アギ戦記 -閑話 1
後編に向けて。過去編です
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振り返ろう。取り戻すために。もう1度、手にするために。
眠る力は少年の目覚めを待っている。過去より思い出せ。己の《幻想》、その根源を。
はじめ。少年に道を示したのは――
母と死別して2年。その間他の砂漠の民と同じように戦火を逃れ、集落を転々とする内に10年以上渡る紛争は終わりを迎えた。反乱軍によって《帝国》が解体され、西国砂漠地帯に住むすべての民が1つになった時。少年はまだ10歳に満たなかった。
少年がそれでも今日まで生きてこれたのは、戦時という非常時に加え同胞を家族と思い合う砂漠の民の気質に救われたところが大きい。天涯孤独となった少年は、そこで1人で生きる術ではなく、人と共に生きることを学んだ。
戦災孤児という似たような境遇の子供たちときょうだいのように過ごし、沢山の家族に囲まれ支えあって暮らしてきた日々。それが友に篤い今の少年をかたちづくったといっても過言ではない。生まれは砂漠ではなかったし髪も母譲りの黒ではあったが、この頃には少年も立派な砂漠な民となっていた。
戦後。少年は他の孤児と共に建国間もない《砂漠の王国》に保護され、国営の孤児院で暮らすことになる。レヴァイア王に命を救われ、少年が王のことをヒーローのように憧れはじめたのもこの時期だ。
彼の王が荒廃した帝都を皆と一丸となって立て直し、生活の改善どころか瞬く間に国を豊かに大きく発展せさていく様子を目の当たりにすれば、少年の王への憧れが尊敬へと変わるのに大して時間はかからなかった。少年の自分が王国という家族の1人で、王の息子の1人であることを誇らしく思うのは今も変わらない。
いつしか少年は王の下で、きょうだいたちと共に家族を守り、故郷を盛り立てていこうと思うようになった。
ずっと、一生を砂漠の地で生きるだろう自分の姿を、少年は疑いはしなかった。
アギ、15歳の時。
成長した少年に転機が訪れた。それは王国で実施された15歳以上の子供たちを対象とする将来の進路相談、三者面談ならぬ『王様面談』の時のこと。
「砂漠の民の子は皆俺の息子で娘」と豪語するレヴァンが自ら行う進路相談会。15歳になったばかりのアギもはじめてのことで、緊張した面持ちで面談に臨んだものだ。
王城の謁見の間。未だ座り慣れないと居心地悪そうに玉座に座るレヴァンの前でアギは、己の進路希望として王国軍、それも近衛隊を志望することを告げた。
王国近衛隊といえば文官のトップである宰相補佐官に並ぶエリート中のエリート。武官としてはレヴァンや王妃サヨコの警護を務めることもある名誉ある職業だ。単に希望してなれるものではない。
だが先に面談を受けた仲の良い幼馴染が、近衛隊への入隊を希望してなんと、明日からでも見習いとして働くことが決まったのをアギは聞いていた。アギは幼馴染のことをものすごく羨んだ。
つまるところ「近衛カッコイイ。だったら俺も」である。
よく知る幼馴染がなれたのだ。自分だって近衛になれないことはない。アギは勝算ありと面談を受ける前は心底そう思っていた。しかし。
そんな軽い気持ちを見透かされたのか面談の結果は散々。アギは既に用意していた入隊の願書さえレヴァンに受け取って貰えず、進路のアドバイスとしては来期から学園都市へ行くことを勧められた。
王様曰く「お前はちと足んねぇとこあるから、外へ出て勉強してこい」とのこと。勉強嫌いのアギはこれに猛反発。
勉強なんて読み書きできれば十分、本なんて頭痛くなるから読みたくねぇ。そんなアギだから学校に行くらいなら国のために働いたほうがまだ良かったのだ。
幼馴染の件があるので納得がいかず、諦めがつかない。粘るアギは必死に自己アピールを繰り返すが、レヴァンにはそれさえ一蹴され、
「……あーもういい。ミハエル、次のやつ呼んでくれ」
「待っ、待ってくれよ王様!」
「ちっ。なんだよ」
「舌打ち!?」
ものすごく面倒そうな顔をする青バンダナのおっさん、もとい王様。
実はアギのように近衛隊を希望する少年たちは例年多い。無茶苦茶言う彼らに1人1人対応するレヴァンが頭を抱えるのは毎年のことだ。
レヴァンの傍に控える国王付き宰相補佐官なる妙な役職をもつ青年もまた、アギ1人のために時間が圧していることで困った顔をする。
「長くなりそうですので次回にして欲しいのですけど。次は2週間後になりますが」
「ミハエルさんまで。すぐ、すぐ終わるから。これだけはやらせてくれ」
「……はぁ。なんでしょうか?」
「みてくれよ。俺も王様みてぇに《盾》が使えるようになったんだよ。ほら」
2人の前で両手を突き出しゲンソウ術を発動。
この日、アギは初めてレヴァンの前で自分の《幻想の盾》を披露して見せた。
アギは近衛隊に入りたくて必死だった。《盾》はレヴァンの、ひいては王国の象徴ともいえるモノ。レヴァンと同じ《盾》が創れるとなれば王様だって気が変わると、この時はそんな風にさえ思っていた。
そんなはずないのに。
《幻想の盾》は無属性特有の、不可視の特性を持つ武装術式。しかし名の知れた実力者であるレヴァン、それにミハエルならばアギの掲げたこの術式の力を、一目見るだけで手に取るように把握できる。
これは……? と僅かに驚いたミハエルの声に手応えを感じるアギ。だが。
「どうだよ王様。これでも皆に内緒で訓練したんだぜ。この《盾》があれば俺だって王様みてぇに……」
言葉は最後まで続かなかった。途中でただならぬ雰囲気に気付き口をアギは紡ぐ。
気付いたのだ。レヴァンから失望したような視線を向けられていることに。
「……ちっ」
玉座から降りたレヴァンは無言でアギに近づくと、無造作に彼の《幻想の盾》を指で弾く。たったそれだけでアギの武装術式は呆気無く破れ、霧散してしまう。
あまりにも、弱い。
「あっ!」
「ぺらっちい。紙か?」
「そんな。俺の《盾》が」
「でだ。そんな紙装甲があれば、俺みてぇになんだって?」
「っ」
アギは何も言えない。ここまで、しかも憧れの《盾》の王その人に虚仮にされて何かを言えるわけがなかった。
狼狽した。アギは気付かない。レヴァンが自分の何に苛立っているのか。
「どうした。もう気は済んだか?」
「えっ。えっあの。王様?」
「つまんねぇモン見せやがって。ここは素人一発芸大会でも、モノマネ大会の場でさえねぇんだぞ」
ショックは大きかった。ここまで酷評されるとは思いもしなかったのだ。
呆然とするアギにミハエルがすかさずフォローに入るが。
「レヴァン様。いくらなんでも」
「お前だってそう思ってるだろ。工夫も無ければ実用性もない。張り子みてぇな初級術式なんて見せられて、自慢されりゃあ」
「それは」
「初級……?」
ほぼ独学でゲンソウ術を習得したアギは、《幻想の盾》が誰もが容易に習得できる防御術式の基礎中の基礎、本来咄嗟の風避け程度にしかならない「ないよりまし」といったものだとは全く知らなかった。レヴァンの《盾》とは似たようで別物だ。
基礎だけに術者のイメージが防御性能にダイレクトに反映される《幻想の盾》。この時のアギが創りだしたモノは薄く脆かった。かたちだけ立派であって、『中身』が全くともなっていなかった。
アギは己のゲンソウ術を見せたことでレヴァンに全て見透かされたのだ。
見栄や虚栄。そういったものを。
「お前は、そんな《盾》で何ができる? ……何を守れるっていうんだ」
「あ……」
「てめぇを良く見せる飾りか? 違ぇよ。見せモンじゃねぇんだよ、《盾》は。頭冷やしてこい。話はまた今度聞いてやる」
投げやりに部屋を出ろと言われた時。アギは青褪め、頭の中が真っ白になった。
デコピン一発で破れるような、しょうもない《盾》を見せたことで王様に失望された、見放されたと、そう思ったのだ。
こんなはずではなかった。見捨てないで。アギは縋るように叫ぶ。
「王様! 近衛が駄目なら兵でもいい、俺も、俺だって軍に入れてくれよ! 学校なんて行きたくねぇ、俺も王様の役に立ちてぇんだよ。だからっ!」
「俺も? ……あのな。大体兵役に就けるのは予備役でも18歳以上と決まってんだよ。知らねぇなら募集要項読み直して出直してこい。あと職業軍人なんて今時流行んねぇぞ」
「……シュリは」
「あん?」
「王様はあいつを、近衛隊に入れてくれたじゃねぇか。他の奴も。何人か入隊が決まってんだろ?」
「お前」
悔しかった。レヴァンが相手にしてくれないことが。自分を認めてもらえないことが。
幼馴染に負けたような気がして。
抑えきれないわだかまり。黒い感情。アギが嫉妬というものを初めて感じたのはこの時だったのかもしれない。
堪え切れず、アギはレヴァンの前で心の内をぶちかましてしまう。
「シュリがなれるくらいなら俺が、俺の方が!」
「おい」
言葉を遮ったのは、怒りを抑えた低い声。
有無を言わせなかった。場の空気が凍った。ミハエルまでも息を呑む。レヴァンの形相を直視したアギに至っては、体が震え上がり声がでない。
時が止まったように感じたのはアギの錯覚だ。自分の心臓が緊張で早鐘のように鳴り響いているのを感じているから。むしろ自分の思考だけが加速しているかのように感じてしまう。
怖い。
それは、かつての反乱軍のリーダー。誰よりも戦地を駆けた、英雄としての王の姿。
己が大事にするものを守るため、あらゆる敵の前に立ちふさがる、戦士としての顔。
背に庇われては、守られるものには決して見ることができない王の本気を、アギは目の当たりにする。
「アギ」
「……」
「おい、聞いてるか」
「…………あ」
「呆けんなよ。さっきのは聞かなかったことにしてやる。だがな」
我に返ったアギに、凄んだままレヴァンは告げる。
「忘れんなよ。シュリもお前も俺の息子だ。俺の家族だ。だけどてめぇが、てめぇで自分のきょうだいを、ダチを貶そうとするような奴なら」
俺達の家族を、つまんねぇことで馬鹿にできるというのなら。
その先はアギだって言われずともわかる。レヴァンは戦う。守るために。
アギが妬むあまり心のどこかで見下した彼の幼馴染。彼の友の誇りを守るために。
国の父として息子達のために、レヴァンはアギと戦うと言っている。
宣戦布告。最終宣告。レヴァンにそこまでされたアギは、自分がとんでもない過ちを犯そうとしたのだと気付く。
冷水を浴びた気分だった。アギは、別に幼馴染を貶してまで近衛隊に入りたいわけではなかったのだ。《幻想の盾》を覚えたことだって自慢したかったわけではない。
アギはただ、王様のように。
「レヴァン様。脅しすぎです」
「……そうだな。おい。意識あるか? まさか小便ちびってねぇだろうな?」
「王様。……違うんだ。俺は、ただ俺は……」
「アギ?」
「――っ!?」
レヴァンと目を合わせた次の瞬間。アギはレヴァンたちに背を向けて駆け出し、謁見の間から飛び出した。
逃げだした。王様の前から。情けなかった。王様の前で無様を晒した自分が。
この日起きた出来事のすべてが生涯にわたって1番の恥だったと、後にアギは語る。
一方。飛び出したアギを追いかけもせず場に残った王様と宰相補佐官。
「ちっ。人の顔見て逃げる奴があるかよ」
「八つ当たりに玉座を蹴らないでください。これでも帝国時代からの縁ある特級品です」
「要はあの引きこもりジジイが座ってた椅子じゃねぇか。ケツに合わねぇんだよ」
「レヴァン様……」
ミハエルは溜息を吐くしかない。
国王付きとなってもうすぐ5年。だというのにこの王様のガキっぽさは何時まで経っても変わらない。
「結局、アギの進路のことは殆ど話せませんでしたね。……少しキツく当たり過ぎだったのでは?」
「わかってるよ。でもアギがゲンソウ術を見せびらかした時はなんかこう……」
「レヴァン様?」
「ほら。お前だって男で、その上元帝国軍人なんだから憶えがあるだろ?」
「はい?」
「初めて銃やら剣やらを手にした時。ついはしゃいでおもちゃみてぇに振り回してた時がよ。これがあればなんでもできる、強くなれるってな。今日のあいつみてたら青臭いガキだった自分の、小っ恥ずかしい思い出が蘇ってきて……」
「私はありませんけど。そんな思い出」
「……真面目め」
ミハエルはばっさり。レヴァンも話す相手を間違えたと黙り込む。
宰相補佐官の彼は何を思い出したのか、生身でない自分の左腕に触れる。
「そもそも私にとって銃は子供の時からのトラウマです。剣に至ってはずっと『おもい』ものでした。今だって冗談で振り回すなんてとても」
「……ジャファルのおっさんの剣か。お前はそうだよな」
「はい。私としてはレヴァン様の『小っ恥ずかしい思い出』とやらが気になりますが」
「忘れろ」
不貞腐れるレヴァン。でもミハエルはなんとなくわかっている。
レヴァンがアギを見て思い出したのは、若き日の自分と『彼ら』だろうと。
「私もレヴァン様が仰ることはわかるんですよ。戦士として心構えがある者からみれば、確かに今日のアギは軽率でした。ですが彼がレヴァン様に《幻想の盾》ができると自慢したかったのは、年頃の少年らしい見栄というものなのでしょう? いいじゃないですか。王国が平和な証拠です」
「……」
「それに。近衛の件にしてもどうも彼はシュリの事情を知らなかったようですし」
「あー。わかってるわかってるよ。大体シュリもシュリだ。国から正式な通達がくるまでは黙っておけとあれほど」
「レヴァン様」
流石に窘めた。それでもレヴァンは拗ねたような顔をするが。
遂に泣き言を漏らす。
「ミハエルぅ。わかってくれよ。どいつもこいつも我侭なんだよ。面談に来た娘たちだって誰1人『将来は王さまのお嫁さん』なんて言ってくれねぇんだよ。シャイなのか?」
「突っ込みませんよ」
「ノれよ! 紛らわせろよ! ただでさえ今日はファルケの件で頭痛いってのに」
「それは。……そうですね」
2人が思い出すのは帝国の英雄、その忘れ形見である気難しい少年のこと。
ファルケという少年は、アギと同じ世代の中では文武共に際立つ成績を誇る優秀な少年だった。問題は極度の王様嫌いで今の国の体制に不満を持っていること。
『帝国人』であることに誇りを持つこの少年は、面談に顔を出したかと思えばレヴァンに対し「『砂喰い』の施しなど不要」とわざわざ王国の支援を拒否することを告げに来たのだ。
「王国で確保してた《C・リーズ学園》の推薦状。1枠余っちまうじゃねぇか。学園都市でも有名でデカい伝統校なんだぜ。突っぱねるか? 普通」
「ですが今のファルケならこうも考えたかもしれません。学園都市への推薦状は体の良い厄介払いだと」
「……そんなつもりはねぇんだけどな」
レヴァンも薄々感づいてはいたが、はっきり言われると気落ちする。
「俺はな。あいつみてぇな狭い見識と了見持ってるガキにこそ学園都市に行ってほしいんだよ。イゼットのばあさんがやってる学校なら尚更」
「レヴァン様……」
「なあ、ミハエル。これは親の心子知らずってやつかな。それとも要らぬおせっかいだと思うか?」
「年寄の冷水かと」
「おい」
*年寄の冷水:老人がでしゃばるという意味合いもある
「なんとも言えません。ただ。ファルケのあの頑なさは意思の強さの顕れ。ジャファル様によく似ています」
「そうか? ……お前が言うんならそうなんだろうな」
「はい。加えてあの子も優秀な子です。己の才覚で道くらい切り拓いてみせるかもしれません」
「だといいけどな」
「レヴァン様。ファルケのことは私も気にかけておきます。ジャファル様より託された剣に懸けて。あの子が進む道を過たないように」
「頼むわ。あいつも親父を殺した俺達反乱軍よりは、おっさんの部下だったお前やサヨコさんの方がとっつき易いだろうから」
力ない返事。彼が直接手を下したわけではないのだが、ファルケのような帝国生まれの孤児にはレヴァンも負い目があるのだろう。気を病んで欲しくないとミハエルは思う。
彼をはじめとする多くの民が王国のこれからに想いを馳せ、故郷の砂の地に理想を掲げる王を必要としているのだから。
「アギの方はどうします?」
「ヘコませたからな。あいつは気持ちの整理に時間が要るだろう。あとで俺から話をしておく。シュリのことも含めてな」
「はい。では次の休憩まではこのまま面談の続きをしましょう」
「おう。次は誰だ?」
「えーと。再開区東6丁目に住むパウマさんです」
補足として「彼女は私の後輩の妹さんですね」と説明すると、レヴァンは「はて?」と首を傾げる。
「後輩? あー。今ジジイのとこにいる宰相補佐官候補の」
「ええ。ロンゲのことです」
「ツッコミに光るとこがある奴だよな。あれだけボケを拾う才能があれば次の宰相補佐官に昇格するのもあいつだと俺は睨んでいる」
「もう少しまともな評価をしてあげてください」
だって最近のお前は淡白なんだもん。なんて気味悪く言われれば、この人の切り替えの早さはどうだろうと、ミハエルは思わないこともない。
疲れてるんだろなぁ……。ミハエルは優しい目をレヴァンに向けることにした。
「……なんだよ」
「いえ何も。それではパウマさんを呼ぶことにしましょう」
「ようし。気分切り替えていっちょやるぜ」
というわけで少年たちの将来を左右する王様面談、再開。
だと思ったけど。
「パウマちゃんか。昔から音楽に興味ある子だったな」
「はい。おそらくその道に進みたいのではないかと」
「だな。だが……」
「レヴァン様?」
「次こそ。今年こそ1回くらい『将来は王さまのお嫁さん』て言われてぇ……」
「……去年も一昨年もそうですが。年頃の女の子に何を期待してるんですか」
『お父さん』としての憧れらしい。
ああでも。とミハエル。
「お嫁さんといえば。パウマさん、ヨサン将軍の息子さんと恋仲なのでは? 夕方の市へ行くと2人でいるところをよく見かけますけど」
「……」
「レヴァン様?」
「ミハエル」
この時のレヴァンの顔といったら。
凄みはアギを震え上がらせた時とは比較にならなかったという。
「パウマちゃんは後回しだ。先に……ヒサン呼んで来やがれ! あとヨサンだ。今から父兄を交えた緊急三者面談を行う!」
動議は「ヒサン、てめぇ俺の娘のことどう思ってる? 将来はどこまで考えてやがるんだよ、ああ?」である。
間違いなくヒサン少年の尋問。というかおせっかいにも程がある。
レヴァン。王国の娘に甘く息子には非常に厳しい。
「ヒサンの男を試す。これでパウマちゃん傷つけるような野郎だと判明したら……あいつの親父と同じように全裸でぐるぐる巻きにして吊るしてやる!」
「ヨサン将軍……」
昔、彼らに何があったのだろう。流石にミハエルも知らない。
だけど。国王付き宰相補佐官である彼にはわかっていた。立て続けに問題児を相手にしてレヴァンが少し滅入っていると。
息抜きが必要だとミハエルは判断した。だけど。王のケアを王妃ばかりに任せてしまうのも申し訳ないとも思っている。
なので。生贄を用意した。
「ロンゲも呼びましょう。 親のいないパウマちゃんの保護者は兄の彼ですし」
「勿論だ! うおおおおおっ!」
興奮して雄叫び。レヴァンは怒りのあまりシャドーボクシングまではじめだした。
こうして。ヒサンの修羅場はミハエルによって完成した。レヴァンのテンションは噴火直前の火山といった模様。
(ヒサンには悪いですけど。砂漠の民の男ならどうせ避けては通れぬ道です。ここは彼らにもレヴァン様のストレス発散に付き合って貰いましょう)
学園都市へ行く前に憂いを断っておくのも彼の為でしょう。後輩のモチベーションにも関わる事ですし。
わざと地雷を踏み、その時点でこんなこと考えていたミハエルは、策士である。
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ヒサンが着々と親父達の修羅場へと誘われていた頃。
城を飛び出したアギは遠く離れた新開発地区まで走っていた。
誰もいない資材置き場まで行くと、アギは隅にある倉庫の壁にもたれ掛かりながら座り込み、先程の事を思い出しては1人消沈した。
「……畜生。俺は、なんであんな……」
丸くなって、小さくなって。消えてしまいたいと蹲る。ところが。
誰も来ないと思っていたのに、声をかけられた。自分の名前を呼ぶのは、ふわりとしたやさしい、女の人の声。
顔を上げれば、淡い桜の色が目に止まる。
ここ砂漠の国で桜といえば、彼女しかいない。
「こんなところで。どうしたのかしら?」
「サヨコ様……」
《砂漠の王国》の王妃サヨコ。
少年に学園への道を示したのは、王国の母たる彼女だ。
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