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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 前編
165/195

アギ戦記 -打ち上げ 3

 ……難産でした。次回はもっとはやく更新できると思います。

 

 アギとマイカ。アギとユーマ

 

 

 +++

 

 

 呼ばれて振り返ったアギが最初に目にしたのは、彼女の髪の色にも似た、淡い燈の色。

 

 向けられた《灯火》の光がマイカのものとわかった時、アギは意外だと感じていた。

 

 

「こんなとこで何してたの?」

「ちょっと。涼みにな」

「ふーん。別にいいけど」

 

 照明の光が眩しいと言ったように顔を顰め適当に誤魔化すと、マイカが向けるのは不審そうな、それでいて心配そうな表情。

 

 眩しいなんて『振り』が、彼女に気付かれなかっただろうかとアギは考えた。

 

 外に出た自分を、いつからマイカに見られていたかわからない。《盾》が使えないことに悩み苛立っていたところなんて、彼女でなくとも人前では見せたくなかった。

 

 それはアギの男としての矜持。

 

「……リボン。似合わないわよ」

「うるせ」

 

 罰ゲームで女装させ、楽しそうにリボンを着けて遊んでいた本人が何を言う。

 

 もしかすると。変質者を見る目で見ていただけかもしれない。

 

 

「そういう姫さんこそ。その格好はなんだよ」

「あら。似合わない?」

 

 マイカは不敵な笑みを浮かべ、暗闇に全身を映すようにランプを掲げた。

 

 アギの目にはリーズ学園の制服を着たマイカの姿がはっきりと見えるようになる。この制服はアギと同じくトマトジュース(とドゲンの生き血)で汚した彼女の制服の替えとして借りたものだ。

 

「学園の生徒であるあんたよりも、着こなす自信があるんだけど」

「……そりゃそうだろ」

 

 2人が着てるのはどちらも女子用なんだし。

 

 ジャンパースカートのきっちりとしたセイカ女学院の制服とは違い、普段はヘアゴムで束ねている長い髪を解いた今のマイカは開放的な格好をしている。

 

 スカートの丈は短くして胸元のボタンを空けルーズに。ブラウスの裾を手前で縛る南国人ルックは、腰のくびれを見せるのが本物。照明の淡い光に照らされ露わになった素肌が夜目にも眩しくて、おへそが艶かしい。

 

 際立つ抜群のスタイル。そうでなくとも襟元から覗く華奢で細い首筋や肩甲骨のあたりがいかにも女の子といった感じで、見せられているアギの方がなんだか気恥ずかしくなってきた。

 

 どう? と言わんばかりに胸を張るマイカに自然と、アギの視線が下の方に逸れる。

 

「黙らないでよ。ほら。何か感想は?」

「……腹、冷えるぞ」

 

 蹴られた。脛にトゥキック。

 

「ぐうっ!?」

「あのね。目の前に可愛い女の子がいるのよ。もう少し気の効いたこと言えないの」

「……気ぃ遣ったじゃねぇかよ」

 

 まるだしだから気になったと言われれば、マイカは慌てるようにおへそを隠す。

 

「あ、あんたって。これだから男は」

「なんだよ、それ。大体姫さんはなんで外へ出たんだ。店のトイレがつかえてたのか?」

「ふん!」

 

 また蹴られる。今度は逆の脛。

 

 激痛に危うくアギは膝をつきそうになった。

 

「くぅぅぅ。こ、このっ! どうしてそうピンポイントな……」

「馬鹿。あたしに外でしろって言うの。違うわ。あんたを捜してたのよ」

「はあ、俺?」

「そろそろお開きにするって。今ユーマが『シメのデザート』というものを用意してるから。呼びに来たの」

「あいつ。そんなもんまで作ってたのか」

 

 よくやるよと、感心とも呆れともつかない顔をするアギ。しかしユーマが作ったというデザートには彼も興味がある。

 

 ユーマが時々「食べたくなった」と言って作ってくる料理の数々は、珍しい且つアギの好みに合うものが多かった。焼きそばパンしかり餃子しかり。気取った感じがなくて庶民的な所謂『B級グルメ』と呼ぶものだ。

 

 甘いものもアギは別に嫌いではない。

 

 

「デザート。どんなんだ?」

「ゼリー? あたしは初めて見たんだけど、見た感じ白くてつるつるしていて。四角で」

「……は?」

「ほら。東国料理にそういうのあるじゃない」

「トウフか?」

 

 アギは見てもないデザートにドゲンの生き血割りような、ハズレの気配がした。

 

 ちなみにデザートはフルーツの蜜漬け入り牛乳プリンである。今日は中華で攻めてきたユーマであるが、杏仁豆腐だけは材料の問題(*杏仁豆腐には杏仁――杏の種の中にある仁というものの粉末――あるいは代用のアーモンドエッセンスが必要なのだ)で作れなかった。

 

 なので代わりの牛乳プリン。ユーマが『杏仁豆腐もどき』として皆に振舞ったところ。豆腐のような見た目に反した洋菓子に近い甘さと、冷奴のように冷たくなめらかな舌触りが割と好評で、

 

 

「あ、甘くったって。これはおとうふだから」

「いくら食べても……」

「大丈夫。だよね?」

「おかわりあるよー。いる人ー」

「「「……」」」

 

 

 杏仁豆腐そのものを知らない少女達が、有名な東国の健康食品の名に騙されていた。

 

 罠だ。ユーマのそれは砂糖だけでなく、生クリームも多用している別物だぞ!

 

 数日後。ミサがお風呂場で悲鳴を上げ「リィちゃん! わたしも朝走る!」なんて言い出すのは別の話。

 

 

 閑話休題。デザートが豆腐らしいと聞いたアギは、一瞬で興味をなくした。

 

「トウフってあれだろ? 醤油かけねぇと味しねぇやつ。ならいらねぇや。よかったら俺の分、姫さんにやるよ」

「いらない。……甘いもの、そんなに好きじゃないの」

「そうか?」

 

 自ら創りだした少女趣味全開のファンシーなお菓子の世界で、純真無垢なお姫様や甘いお菓子で誘惑してくる小悪魔を演じていたのはどこの《歌姫》だったか。

 

「何。その意外そうな顔」

「歌ってたじゃねぇか。甘いあま~い、って」

「なっ。あれは」

「あの歌、ここの部分だけ妙に頭ん中残ってるんだよな。リュガから聞いたけど自分で歌作ってるんだろ? 本当は甘いもん好きなんじゃねぇか?」

「っ、違うわよ。そもそもあの歌だってあたしが……」

 

 何かを言いかけて、急に口を閉ざす彼女。

 

「姫さん?」

「からかうのはやめて。何よ、アギ子のくせに」

「アギ美だっつってるだろ」

 

 アギがどうしてそこにこだわるか不明。マイカは怒ったような顔を向ける。

 

「なんだよ。別にからかってなんか」

「これ以上言うとあんた、その格好で『スイーツ』の振り付けやらせるわよ」

「マジでやめてくれ」

 

 可愛く踊る女装を見て、一体誰が喜ぶ。

 

 駄目だ。何をしても最後は女装を弄られる。

 

 ……着替えよう。それこそいい加減アギは思った。

 

 

 とはいえ。暗い夜道にマイカを置いていくわけにはいかないので声をかける。

 

「俺を呼びに来ただけか? だったらそろそろ戻ろうぜ」

「待って。もう少し涼みたいから。しばらく付き合ってよ」

「……仕方ねぇな」

 

 アギが路地の壁にもたれかかると、マイカが隣に並ぶ。空けた距離は人ひとり分。

 

 そのまま2人はしばらくの間、無言で夜風に当たった。

 

 

 夜も更けた狭い裏路地。人気のない場所に、2人きり。

 

「「……」」

 

 相手を意識して向き合うのを避けたのは、どちらだったか。

 

 +++

 

 

 静かだった。何も話もせず、2人はマイカが持つ照明の光をぼんやりと見つめている。

 

 照明は一般的な手持ち式のランプ。ランプと称しても実はブースターの一種で、これは術式の発動を補助する道具だったりする。

 

 アギは彼女の灯す光ならもっと、苛烈で鮮やかな炎の色をしていると思っていた。ゲンソウ術で創る光は、術者のイメージが反映される故にその人の心の在り方を表すとも言われているからだ。

 

 マイカが灯すあたたかかで、やわらかな光。この燈の色こそ彼女の本質なのだろうか。アギにはわからない。

 

 

 彼女の光を見つめながら、アギは今日を振り返っていた。

 

 ユーマに頼まれリュガと共に護衛に就いたのは今日の話。たった1日で色々なことあって、ありすぎたと彼は思う。

 

 そう。たった1日。

 

 隣の彼女と知り合ったのは今日が初めて。なのにアギは、その1日でマイカという少女のことをこれでもかと見せられた気がするのだ。

 

 奔放で快活な、活き活きとした振る舞い。それでいて芯は誰よりも熱い。

 

 《用心棒》を前にして啖呵をきったこと、「負けてない」とアギに訴えた時。学芸会館で見せたステージに懸ける情熱もすべてが彼女の有り様を物語っていた。

 

 彼女、マイカ・ヘルテンツァーは、

 

 

「すげーよな」

「何が」

 

 思わず出たつぶやきに、すぐさまマイカが反応する。

 

 アギは何と言ったらいいか困り、別のことを口にした。

 

「ライブ。祭りみてぇだった」

「祭りって。もう少し言い様はないの?」

「そうは言ってもな。いつもあんなことやってんのか?」

「そんなことないわ。月に2、3回」

 

 ちょっとした雑談だ。マイカは応じた。

 

「本当はもっとやりたいんだけどね。《歌姫》の歌を聞きに来てくれるお客さんもだいぶ増えたし」

 

 だけど、とマイカはため息をひとつ。

 

「イレーネが頑張ってくれるけどお金とか時間とか、色々と制約あるから。大きなとこでやるのはそれこそ月に1回できたらいい方」

「大きな?」

 

 言われたことがよくわからないアギ。

 

 オウム返しで訊ねると、マイカは呆れたような顔をする。

 

「まさか今日のステージで凄いとか思ってないでしょうね? 言っとくけどもっと大きなステージに立ったこともあるんだから。3千人くらい入るようなとこ」

「さん!? 学園の生徒数と同じくらいじゃねぇか」

「ふふん。すごいでしょ」

 

 今日の6倍の人数が集まったと聞いて驚くアギは、

 

「みんながみんな、姫さんの歌を聴きに来るっていうのか?」

「まあ、ね」

 

 彼女が謙遜するような曖昧な返事をした、その僅かな変化に気付かない。

 

「すげぇな。3千となるとやっぱ、学園のスタジアムくらいでけぇんだろうな」

「まさか。ここから北に2区画行った先にある歌劇場。リーズ学園のスタジアムといったら、観戦席だけで5万人も入るもっとすごいところよ」

「……ごまん?」

「何そのびっくりした顔。知らなかったの?」

 

 知りませんでした。彼も参戦した《皇帝竜事件》の舞台でもあったというのに。

 

「呆れた。学園の生徒のくせに」

「やけにでけぇとは思ってたんだぜ。あまりにでかくて学園祭くらいしか使わねぇし」

「うわ。贅沢な話ね」

「しかし姫さん。よく知ってんな」

「学園都市の中でも指折りの大舞台よ。興味あるに決まってるじゃない」

 

 あこがれよ、とマイカは笑みを浮かべて楽しそうに語る。

 

「1度はスタジアムくらい大きな舞台の中心に立ってみたいわ。学園都市中から何万人もお客さんを集めてライブをやれたら」

「そいつは……」

 

 今日の100倍の観客。アギは想像してみる。マイカなら5万人が相手でも堂々としていそう。勇ましく「かかってきなさい」とか言ったりして。

 

 歓声に応える彼女の歌がどんな世界を創るかまでは想像できなかったが。

 

「すげぇことになりそうだな」

「でしょ? きっと最高のステージがつくれるわ。でもリーズ学園のスタジアムは学園の施設だから一般開放されてないのが問題なのよね……だからね」

 

 ここで彼女は茶目っ気たっぷりの笑顔をつくって、

 

「誰か。どこかの学園の生徒さんが、あたしを連れて行ってくれると嬉しいのに」

「は?」

 

 いきなり詰め寄っては、アギを上目遣いで見上げる。

 

「ねえ。学園の生徒さん。スタジアムを使わせてくれたらお礼に、キスしてあげてもいいわよ。……ほっぺに」

「…………あー」

 

 反応が鈍い。そんな事言われても困る。

 

 可愛くお願いされても、男なら誰もが卒倒しそうな報酬を提案されても。アギには無理だ。なぜなら。

 

「わりぃけど。今スタジアムは解体工事してるぜ。最近派手にドンパチやって壊したから……ユーマが」

「……最悪」

 

 取って付けた最後の一言が、マイカの好感度を大幅に、ものすごく低下させた。

 

 勿論ユーマの。やっぱり《精霊使い》は《歌姫》の敵らしい。とばっちりを受けそうになって、アギも嫌そうな顔をする。

 

「……」

「俺を睨むなよ。ユーマだユーマ。姫さん埋めたのも噴かせたのも、俺がまた女装する羽目になったのもみんな、あいつが悪い」

「あの子。1度とっちめないと気が済まないわね」

「やるなら協力するぜ」

「そう?」

 

 不機嫌になったマイカにちょっとだけ笑みが戻った。

 

 

「やっぱり女装かしら?」

「振り付けやらせようぜ。甘いあま~~いの」

「それはもういいわよ」

 

 2人は復讐に盛り上がるのだった。

 

 

 盛り上がった勢いのまま、そのあと色々な話をした。

 

 学園のことや女学院のこと。リュガやイレーネといった互いの仲間たちのこと。ヒサンとパウマという共通の友人たちのこと。

 

 そこからアギの故郷である《砂漠の王国》の話や、彼の尊敬するレヴァイア王の話などもして。

 

 最後にアギは、マイカの憧れの人という『彼女』の話を聞いた。

 

 

「子供の頃にね、助けてくれた女性ひとなの。あたしが住んでた田舎が魔獣の群れに襲われた時、たった1人で追い払ってくれた」

 

 その女性は自分のことを「通りすがりの傭兵よん」などと言っておきながら魔獣退治の報酬を求めず、それどころか魔獣避けの結界まで張ってくれたという。

 

 

 魔を祓う巫女の力。人の住む地に火の精霊の加護を与える儀式は、炎の舞。

 

 

「女の人なのに強くて格好良くて、陽気で時々お茶目なところも素敵だった。闇夜を照らす炎の中、精霊と共に1人舞う彼女の姿は……今もあたしの目に焼き付いて離れない」

「姫さん?」

 

 マイカはアギから距離を取って離れると、少しだけ彼の前で踊ってみせた。目を閉じたまま、昔見た赤髪の彼女の姿を思い出して。

 

 手にするランプの光を炎に見立てた、ゆっくりした腕の振り付けをアギは最近見た覚えがある。あの時のダンスはもっと激しいもので、マイカもランプではなく紅のショールを手にしていたが。

 

「そいつは」

「そう。『ブレイズ・ダンス』よ。この曲は彼女の舞をイメージして作ったの。あの日のあたしの感動をこの手で再現したくて」

 

 マイカは言った。この曲こそあたしの憧れそのものと。

 

「あたしが感じた熱をみんなにも伝えたかったの。――のように」

 

 最後のつぶやきはアギまで届かない。けれど。マイカが向ける笑みは、陽だまりに差す光のようにやわらかい。

 

(……ああ。そうか)

 

 彼女の色は――

 

 アギは、先程の疑問に答えを得たような気がした。炎の紅ではなかったのだ。

 

 

 自分を貫く芯の強さ。多くの人を惹きつける熱い心。それこそマイカの魅力だとアギは思っていたが、それだけでなかった。

 

 炎はマイカの憧れ。陽の光を表す燈こそほんとうの、彼女の色。

 

 太陽のように時には烈しく輝き、時にはやさしくらせる。今の微笑みのように。

 

 

「アニス様に比べたらあたしの踊りなんて、まだまだだけど」

「アニス?」

「ええ。アニスタリス・エン様。1度彼女の舞を見たらわかる。彼女の凄さが。もう1度彼女にあって、本物の舞を教わりたい。これもあたしの夢」

 

 この時の会話を後の彼は覚えていただろうか。

 

 今より約1ヶ月後。アギは故郷《砂漠の王国》で《炎槍》と名乗る傭兵と戦い、共闘する事になる。マイカの言う《エンの巫女》の舞を目の当たりにするのは、その時だ。

 

 

「踊っているとね、アニス様のように舞えたらっていつも思うの。鮮やかに揺らめく炎のように。あたしのは所詮素人。見様見真似で荒っぽいだけから」

「そんなことねぇよ。姫さんの踊りもすごかったぜ。その……綺麗だった」

「あ……ありがと」

 

 一瞬すごく嬉しそうな顔をしたマイカは、すぐに顔を背けた。照れ隠しだった。

 

 アギもまた明後日の方を向く。柄にも無い事を言った自覚はあったが、本心だった。

 

 

 再び沈黙。先程より長い。

 

 やがて。無言に耐え切れなくなったのは彼女の方。

 

 

「も、戻りましょ。そろそろ……」

「あっ」

 

 背を向けるマイカを思わず呼び止めて、アギは言葉に詰まる。掛ける言葉は何も思いついていなかった。

 

 僅かな沈黙のあと、「なに?」といった掠れたような彼女の声。

 

 アギは――

 

 

 

 

「学園都市を出て行くって、本当なのか?」

 

 

 

 

 訊くのをずっと躊躇っていたことを思わず口にしてしまう。

 

 マイカの視線が冷たくなるのを、アギは感じた。

 

 +++

 

 

 ――『期限』まで5日。なら大規模な仕掛けはあと1回といったところやな

 

 

 ヒュウナーが言っていた『期限』。それはアギ達の受けた護衛任務の期間。でもそれは、マイカが自主退学をして学園都市から去るまでの時間でもあった。

 

 

 リュガと2人がかりでユーマの口を割り、この話を聞いたのは、打ち上げをはじめる前の話だ。

 

 

 ユーマの話ではセイカ女学院からの正式な依頼は『セイカ女学院の警護』と『マイカ・ヘルテンツァーの監視』の2つ。再起塾に狙われた彼女が在学中、これ以上女学院で問題を起こさない為の配慮だったという。

 

 許可無く外へ抜けだしては学外で音楽活動を続け、その人気から女学院の生徒の中でも多大な影響力を持つ《歌姫》。しかし女学院にとってマイカという少女は、校風にそぐわない異端の問題児でしかなかった。女学院は今回の件を機会に彼女を厄介払いしようとしたらしい。

 

 それで。すでにマイカに自主退学を勧めたと告げた女学院に異を唱えたのはヒュウナーで、彼を支持したのはユーマだった。2人はエース資格者の権限を使い、既に提出された彼女の退学届を一時預かったのだ。

 

 それから7日間の期間を設け、その間に彼女を取り巻く事件を全て解決することを条件に退学の受理の撤回を女学院に約束させたのだが。

 

 問題は当のマイカが女学院に残る気がないどころか、学園都市を離れる気でいたこと。ユーマとヒュウナーは女学院だってこれには驚いた。彼女は2人の気持ちだけを受け取り、彼らが設けた時間を有意義に過ごすことを望んだのだ。

 

 理由は詳しくわからない。説得しようもマイカの決意は固かった。

 

 結局。マイカの意思を尊重した2人は、監視を名目に彼女の護衛を務めることにしたという。

 

 +++

 

 

 あれから。少しだけ言葉を交わし、マイカが1人だけ店の中へ戻った。

 

 外に1人残ったアギは、まだ夜風に当たっている。

 

 

「アギ」

「ユーマか? ……なんだよ、その格好」

「罰ゲーム」

 

 アギの前に現れたのは、一体の着ぐるみだった。額に一本角のあるうさぎさん。

 

「さっきまでカードやってたんだけど、アギの友達にイカサマがばれた上で裏をかかれてボロ負け。ネタに持ってきたこれ着せられてリュガと踊ってきた。もう暑くて」

「脱げよ」

 

 ツッコミどころが多すぎる。

 

「イカサマだったらヒサンだろ。あいつの親父が昔、悪魔みてぇな男に散々毟られたらしくてな、その手のやつは相当詳しいぞ。カードも強い」

「おかしいな。光輝さん仕込みだったんだけど」

 

 余談だが、ヒサンの父の名をヨサンという。レヴァイア王とは旧知の間柄で王国軍でも古参の将官。

 

 

「歌の姫さん。店にちゃんと戻ってきたか?」

「うん。……何かあった?」

「……」

 

 何でもないとは言えない。

 

 アギはしばらく黙っていたが口を開いた。このままでいいのかと。

 

 今日がおわりあと4日。

 

 彼女を守り通しても、再起塾の企みを潰しても、マイカは去ってしまう。

 

「納得いかねぇ。なんで、姫さんは」

「マイカさんは、何か言ってた?」

「……。やりたいことがみつかった」

 

 

 ――このままじゃいけないとわかったから。あたしは行くの

 

 

「そっか。じゃあ、それがすべてだよ」

「ユーマ?」

「羨ましいね。自分の道をまっすぐに進める人は」

「……。ああ」

 

 頷いた。そのとおりだ。

 

 彼女はいつだって輝いてる。自身の放つ光で輝くことができる。誰もが羨むほどに。

 

 《盾》が使えず己を見失いかけているアギは、揺るがない彼女の強さが羨ましかった。

 

 

「アギはさ、どうしたいの?」

「俺?」

 

 答えに詰まった。

 

 学園都市に残ってもらいたいと思うのは、自分勝手な考えだろうか。彼女は自分の意思で何かを求め『外』へ行こうとしている。

 

 やりたいこととは何だ? それは、学園都市の中ではできないことなのだろうか。

 

 アギにはわからない。

 

「俺は……わかんねぇ」

「なら。少し考えるといいよ。時間はまだあるから」

「時間?」

「あと4日。マイカさんのことを知るには十分でしょ? マイカさんの目的を知った上で納得するなり説得するなりすればいい」

「……そうだな」

 

 アギは一応納得した。

 

 問題の先送りな気もするが、ここで悩んでもしょうがない。

 

「もちろん4日もあれば攻略することだってできるよ」

「? 再起塾のアジトをか?」

「……まあ、いいや」

 

 異世界ギャップ(?)で冗談が通じなくても。

 

「これだけは覚えておいて。マイカさんにその気があるのなら、たとえ女学院を退学したとしても学園都市ここに残る方法はいくらでもあるって」

「本当か?」

「うん。まあ何をするにもマイカさん達を守りつつ再起塾を撃退しないとね。再起塾の方はもうミストさん達が動いてる」

「忍者の先輩が?」

 

 アギは驚く。一体、この件に何人の《Aナンバー》が参加しているというのか。

 

「最初からそういう算段だったんだ。俺達は護衛チーム」

「ったく。聞いてねぇぞ」

「エースの守秘義務ってやつだよ。ちょっと学園の方で厄介ごと抱えてるみたいだから」

「ユーマ?」

「俺も下っ端って話。明日からは俺も女学院に行くよ。だからアギ」

 

 手伝ってと、ユーマに言われた時。

 

 アギは少しだけ迷って、

 

 +++

 

 

 打ち上げが終わったあと。全員で女子達をそれぞれの寮へと送り届ける。

 

 別れ際。アギは店を出て初めてマイカに声をかけた。

 

 

「何?」

「また明日な」

「あ……」

 

 《盾》を失ったままのアギは、それでも彼女を守ると決めた。

 

 マイカのことも再起塾のことも、このまま放おってはいられない。ならば取り戻すと彼は決めたのだ。

 

 己の誇りを、守るモノとしての、自身の在り方を。

 

 

 だから。また明日。

 

 彼女に会おう。あと4日と言わず、いつでも会えるように。

 

 

「姫さん?」

「……ええ」

 

 また。またあした。

 

 この時返したマイカの笑顔を、アギは忘れない。

 

 +++

 

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