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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 前編
164/195

アギ戦記 -打ち上げ 2

インターミッションの中編。話が短くまとめ切れない……


『アギ戦記』、完全に長編確定



 

 +++

 

 

 うちあげで

 

 うたひめふいた

 

 あぎぴんち

 

 

「なんて一句浮かんだんだけど、どう?」

「てめぇ!」

 

 ユーマの虚言を間に受けたマイカ。恥をかかされた彼女は敵とばかりにアギを睨みつけ、カウンター席へと向かってくる。

 

「あんた達。これはなんのつもりよ」

「うっ」

 

 美人が凄むと怖いとはよく言った。今のマイカはトマトジュースまみれの妖怪血塗れ女だからアギは一層そう思う。ステージの上で誰もが見惚れるほど、輝くような笑顔を振りまいていた同一人物とは思えない。

 

「アギ『先輩』が、やれって言ったんです。だから、俺……」

「誰だよお前!?」

 

 わざと怯え青ざめた表情をするのはユーマ。

 

 一応アギの1つ年下ではあるが、やけに『いびられ後輩キャラ』が上手い。

 

(なんのつもりだよ)

(それはこっちのセリフ)

 

 胸ぐらを掴み顔をつきあわせての会話。「文句があるのはこっち」と言うユーマにアギは怪訝な表情を浮かべる。

 

(何だって?)

(アギこそ。何のための打ち上げだと思ってるの? リュガと2人辛気臭い空気作って、テーブル席に背を向けたままで)

 

 アギは言葉に詰まる。

 

(このままでいいの?)

(そいつは)

(これは荒療治。ここまできたら言いたいこと言って、ぶっ飛ばされてすっきりしなよ)

(ぶっ飛ぶの前提かよ!?)

(アギがそんな様子だから)

 

 気付いてる? ずっと気を遣われてるんだよ。

 

「ユーマ」

「アギ。腫れ物みたいな扱いは、受ける方もしてる方も楽しくないから」

「……うるせ」

 

 舌打ちしてユーマから手を放した。

 

 店内の皆に注目されていることに気付いたが腹を括るしかない。

 

「話は済んだ? いい加減こっち向きなさい」

「ああ。悪い」

「待てアギ。俺も」

「リュガ。そうだな」

 

 けじめをつけなければならない。そんなことは2人とも、百も承知だから。

 

 

 アギとリュガ、そしてマイカ。3人で向き合う。しかし彼女の剣幕にアギ達の方からは声をかけ辛い。

 

 ビビっていた。

 

「なによ?」

「うっ」

 

(……ユーマ。もう少しマシな振り方があっただろうが)

 

 話の切り出し方に困り妙な沈黙のまま、しばらく睨み合いが続く。

 

 それで。先に折れたのはマイカだ。2人が何も話さないので拉致があかないと思ったのだろう。気まずさを誤魔化すように、彼女はため息を吐いた。

 

「……ほんとになによ。3人でこんな子供染みたことして、あたしに悪戯するのが楽しいわけ?」

「いや。子供染みてんのはユーマだからな。でも。そのな、姫さん」

「なに?」

「悪い。……悪かったよ」

「はあ? 謝るくらいならこんな」

「そうじゃなくて。すいませんでした」

 

 アギは神妙な面持ちのまま、頭を下げた。リュガがそれに倣う。

 

 それだけでは飽き足らず、2人は床に膝と額をこすり着けて、

 

「すいませんでした」

「なっ!? ちょっと、リュガ君までいきなりなにを」

「俺達は護衛だったのに」

「俺達のせいで、ここにいる皆に迷惑をかけた」

「あ……」

 

 土下座に驚いたマイカは思わず、絆創膏が貼られた頬に手を当てた。息を飲むのは周囲の、楽団のメンバーたち。

 

 2人は謝りたかった。マイカたちに顔向けできないでいた。

 

 マイカを攫われかけ、開演時間に間に合わせることができず遅刻させて、ライブの予定を狂わせてしまったこと。そこに前座をスベったことを加えてもいい。2人の自責の念は、彼女らの素晴らしいパフォーマンスを目の当たりにして一層重い物になっていた。

 

 自分達の失敗で危うくライブを駄目にしかけたのだから。

 

 貢献したのはホールの延長時間を確保したことくらい。それもただ、失敗を取り繕っただけ。

 

「許してなんて言えねぇ。でも。謝らなきゃ気がすまねぇよ。……すいませんでした」

「すいませんでした!」

「アギ。リュガ君。もしかして、あんた達ずっと……」

 

 けじめとしての土下座。これ以上の謝罪を彼らは思いつかなかった。

 

 店内にしらけた、沈鬱な空気が生まれてしまう。

 

 

「馬鹿。こんなことされたあたしは、どうしたらいいのよ」

「とりあえず。踏めば?」

 

 

 というのでマイカは踏んだ。アギの頭を。

 

「ぐっ!」

「……。それで?」

「そのままぐりぐりしてあげるといいよ。アギは《盾》で基本が『受け』だから、その内だんだんと気持ちよく」

「なるわけねぇだろうが! ぶっ!?」

「いきなり顔を上げないで!」

 

 いきなり顔を上げるアギに、スカートの下を覗かれそうになったマイカが思いっきり顔面を踏みつける。

 

 ブーツのかかとが顔にめり込み、アギは悶絶。

 

「ぐおおおおっ!」

「いったい何よ。……やっと話かけてきたと思えば、いきなり土下座なんて。生まれて初めてよ」

「ほんとにね。謝るだろうとは予想してたけど」

「ユーマぁ、お前」

「土下座なんてやりすぎ。扱いに困るから頭下げられる身になりなよ。正座でいいんだよ正座」

 

 それは御剣家のルールである。

 

「でも。マイカさんもこれでわかったでしょ? 2人がウジウジしてた理由」

「ユーマ?」

 

 いつの間にかマイカの側にいるユーマ。彼は小声でマイカに話かける。

 

「ずっと気にしてたみたいだから。ぼんやりしながらカウンターの様子を伺ってさ」

「……! あんた」

「許してあげて。それで2人も立ち直れるから」

「許す? あたしは別に」

 

 怒っていないと言おうしたマイカに、ユーマは「わかってる」「それでも」と言葉を被せる。

 

「かたちだけでいいんだ。2人とも今日は男のプライドを傷つけられてヘタれてるだけだから」

「えっ」

「謝りたくても、なんて声をかけたらいいかわからない。そのくらいに」

「まさか。だからあたしの方をけしかけたというの? あんなの飲ませて」

 

 ユーマは笑うだけ。

 

「体にはいいんだよ。怒ってこっち来るくらいは元気になったでしょ?」

「……1番厄介よ。あんたは」

 

 今度こそ覚えてなさい。睨むマイカをユーマは意にも介さず、「2人をよろしく」と言って場を離れた。

 

 とにかく。マイカも床に座る2人をこのままにして置けない。

 

「リュガ君、顔を上げて頂戴。アギもいい加減寝転がったまま踊るのやめなさいよ」

「だ、誰のせいで」

「煩いわね。そんなことより」

 

 マイカは、改まって彼らに訊いた。

 

「今日のあたし達のライブ、どうだった?」

「えっ?」

「あたしの歌や踊り、パウマ達楽団が奏でる音楽にイレーネ達の演出。リュシカがつくる衣装も。全部を心から楽しんでくれた? もう1度ライブに行きたいって思える?」

「それは」

「つまんない謝罪なんていらない。まずはライブの感想、ちゃんと聞かせてよ」

 

 心なしか不安げな彼女の声。周りの視線も強くなったと、座り込む2人はそう感じた。

 

 マイカの問いかけは1人のものではない。楽団の皆からの問いかけだ。全員がアギ達の答えを聞きたがっている。

 

 何も伝えていなかった。それを2人は思いだした。

 

「姫さん。俺は……」

 

 アギは、正直な気持ちを伝える。

 

 

「俺は、初めてだったんだ」

 

 

 音楽の鑑賞自体あまり興味がなくて、アギにとって初めてのライブだった。機会がなければ絶対に行くことはなかった。

 

「ステージに立ったときはビビって、姫さんの歌聞いた時は……鳥肌が立った。みんながすごかった」

 

 思い出すのは「ステージはみんなでつくる」と言ったマイカの言葉。

 

 

 《歌姫》の創る音に彩られた世界の凄さとは、音楽と歌詞に込められたイメージを現実の世界に《幻創》させ、歌を視覚的にも体感できることにある。でも。そんなのはライブの演出の1つに過ぎなかったとアギは思うのだ。

 

 音楽と歌を贈るステージに歓声と手拍子で感動を返す観客。あの時、互いの気持ちを乗せた音の応酬は波となり、うねりとなってすべてを呑み込んだ。

 

 ステージと観客の垣根が取り除かれた瞬間。ホールにいた皆が生み出した熱狂と1つになった感覚は、今も余韻だけがアギの中に残っている。

 

 

 ライブの醍醐味は触れ合い、共有し合い、分かち合えることだ。

 

 一体となってつくり上げた世界で、多くの人と1つになることで生まれる充実感。人の発する熱で全身を満たす高揚感は、滅多に味わえるものではない。

 

 

「熱くて、楽しかったよ。なあ、リュガ」

「俺は初めてじゃなかったけど。これからもマイカさん達のライブなら1度と言わず何度だって行く」

「……そう。ありがとう。2人とも」

 

 ほっとした表情を浮かべたマイカを見て、知らずに強張っていた体の力が抜けた。2人は安堵したのだ。

 

 心に余裕ができてもう一言。

 

「でもな姫さん。俺はもうステージ立ちたくねぇよ。人前で何かするのは勘弁」

「それは俺も」

「……ふふっ、馬鹿ね。ステージの上が1番気持ちいいんじゃないの。ねえ?」

 

 笑ってマイカが振り返れば、皆が笑っていた。

 

 イレーネとリュシカ、パウマにヒサン。アギが知ってる顔も知らない顔もみんなが笑顔を向けてくれる。音楽やっている彼らだからわかるのだ。

 

 楽しかった。ありがとう。そんな言葉を直接貰えることが、1番嬉しいことだと。

 

 そんな大切なことを2人は理解して、改めて実感する。

 

 

「アギ」

「ああ」

 

 皆につられて、ようやく笑みを取り戻した。

 

 

「2人とも、やっと笑ったわね」

「姫さん」

「あんた達が気に病んでたことなんて誰も気にしてないわ。それでも謝らないといけないことがあるならそれは、2人して打ち上げの空気をしらけさせていたことの方」

 

 ここでマイカがわざと怒ったような顔をみせる。

 

「言っとくけど。門限が厳しいセイカ女子のあたし達は、打ち上げ自体がはじめてなんだからね。これでも楽しみにしてたんだから」

「……悪ぃ」

「ほら。また謝る」

 

 仕方ないわね、と彼女。

 

「悪いと思ってるなら今からでも楽しませてよ。《バンダナ兄弟》は芸人なんでしょ?」

「ちげぇよ! でも、こうなったら名誉挽回になんでもやってやるぜ」

「そうこなくっちゃ」

 

 力強く答えるアギに、マイカは笑顔を返した。ステージで見せるのと変わらない、輝くような笑みを。

 

 彼女は打ち上げをはじめてからやっと、心から笑った。そんなことアギは最後まで気付かなかったけど。

 

 

「ねえ。打ち上げって他にどんなことするのよ。皆でごはん食べるだけ?」

「えっ? そうだな」

 

 言われてアギは考える。こんな時は余興の1つにゲームでもするのだが。

 

 となると。

 

「ユーマ。なんかあるか?」

「ロシアンルーレット?」

 

 それは罰ゲームだ。

 

 

 用意されるのは10個のコップになみなみと注がれた、赤い飲み物。

 

 ユーマがルールを説明。

 

「要は対戦形式の度胸試し。交互に一気飲みして『あたり』を引いたほうが負け。あたりはマイカさんも噴いた必殺のトマトジュースドゲンの生き血割り」

「あれかよ」

「勝った方には景品に、学園都市共通の食券カードを用意しました。1000ポイント分」

「あたしは絶対飲まないわよ。他に挑戦する人いる?」

 

 景品は魅力的。でもマイカの惨劇を見たものだから。

 

「誰もいない? じゃあ、2人で勝負して」

「たかが不味いジュースだろ? みんな根性ねぇな」

「仕方ねぇ。食券は俺が貰うぜ、リュガ!」

 

 じゃんけんの結果。先攻はアギ。

 

 確率、10分の1。

 

「行くぜ! ――ぶふっ!?」

 

 初弾ヒット。一気飲みの反動でクリティカル。

 

 派手な吐血ぶりに周囲から悲鳴があがる。噴きだしたものは真正面にいたリュガに直撃。

 

「……おい」

「げはっ、ぐぁはっ! ……なんだよ、これ」

「リュガの勝ちー」

「勝った気がしねーのは何故だ?」

「まーまー。はい食券」

 

 納得が行かないと思いつつも食券ゲット。

 

 血まみれのリュガはこれに気を良くし、残ったトマトジュースに手を伸ばす。

 

 ジュースを飲んで、吐血。

 

「ゲフッ!」

「言っとくけど、あたりが1つとは言ってないよ」

 

 実は『はずれ』が1つという鬼ルール。

 

「ユーマ!」

「てめぇ!」

「マイカさん。こんな芸風、どう?」

「芸を持たない芸人って、笑いを取るのが大変なのね」

「「ちげぇよ!?」」

「じゃあ次はね」

「「次はねぇ!」」

「女装、行っとく?」

「「聞けぇ!!」」

 

 息の合った連続同時ツッコミは受けが良かった。漫才みたいで。

 

 

 こうして。アギとリュガは抱えていた胸のつかえを取り除き、マイカ達と一緒になって打ち上げの余興を楽しめるようになった。

 

 大半はユーマに弄られて笑いを取るばかりであったが、これで皆が笑ってくれるのならそれでもいい。そんな風に2人は思うのだ。

 

 

「こうして着々と若手芸人の道を進むと」

「「しねぇ!」」

 

 とりあえず。ユーマには制裁が必要だ。

 

 +++

 

 

「あー。あの野郎、散々弄りやがって」

 

 アギは1人店の外へ出た。なぜか頭にリボンを付けている。

 

 夜風に当たりに来たのだ。地下にある店内は排熱が難しく熱がこもりやすい。あれからアギはリュガと共に散々騒ぎ、賑やかしたお陰で体が火照ってしょうがなかった。

 

 だけど心が大分軽くなった。抱え込んでいた悩みの『半分』が吹き飛んだおかげだと彼は思う。

 

 

 自分勝手ではあるが許してもらったと、そう思えるから。

 

 

 外へ出る階段を上りきった途端、裏路地を吹き抜ける風に晒される。ひんやりとして気持ちがいい。熱に浮かれた頭も冷えるというものだ。

 

「……」

 

 アギは何を思ったか右手を前に突き出した。頭の中で《幻想》を描き、念じる。

 

 

 幾千の刃を防ぎ 幾万の矢を弾く

 

 火竜の息吹に耐え 極寒の吹雪を凌ぐ

 

 

 工程順序は《幻創》からの《現創》。丁寧に武装術式の展開を試みる。

 

 

 戦う為に守り 守る為に戦う矛盾

 

 傷つくことで傷つけない 戦士と共にあるモノ

 

 そのヒトの在り方は 戦士に在らず

 

 

 それは、

 

 俺は――

 

 

 フラッシュバックするのは、

 

 目の前まで迫り来る、旋棍の一撃。

 

「――っ!」

 

 想い描いたモノは幻想のまま。イメージが霧散する。

 

 《盾》が、創れない。

 

「……くそっ。まだなのかよ」

 

 歯がゆくて壁に腕をぶつける。手に残る虚脱感に回復の兆しがまったく感じられない。

 

 《武装解除》を受けた時の衝撃は、アギに思いもよらぬダメージを与えていた。

 

 

 身を守るモノを失ったまま、敵と対峙した時。向けられた戦意と武器に対して何一つ受け止められないと悟った瞬間。

 

 逃げてしまった。やむを得なかったとはいえ、アギの力の根源に決定的な傷を負わせたのは《用心棒》に背を向けた、この時だったと思う。

 

 トラウマといっても良い。その身に刻まれたのは、《盾》を以ってしてさえ、背にしたものを危険に晒してしまうという事実。

 

 

 不安と、恐怖。

 

 

 《盾》を剥ぎ取られた時。同時に自信や自負といった、これまで積み上げてきたものを根こそぎ奪われてしまった。それは、今日までのアギという少年をかたちづくる《幻想》の喪失を意味する。

 

 もしもこのまま、《盾》が使えなくなってしまったら。

 

 ぞっとしない想像にアギは身を震わせる。

 

 

「……さみぃ」

 

 

 風で体が冷え過ぎた。そう思うことにした。

 

 +++

 

 

 学園都市内にある、とある廃校。

 

 学園都市は常に成長し続ける国だ。年々増え続ける学生を受け入れるため、都市の拡充を何度と繰り返している。

 

 しかし。その中では老朽化対策の再開発が間に合わず、一時放棄されているような場所もいくつか存在する。

 

 その廃校は、再起塾出身である学生崩れのアジト。その1つだった。

 

 

 人目を避け、夜も遅く廃校1人廃校を訪れたのは、道着姿の旋棍使い。

 

「遅かったじゃねぇか、先生さまはよぉ」

「……。お前か」

 

 帰還した《用心棒》に声をかけるのは、1人の男。

 

 身に纏う薄汚れた制服は臙脂のブレザー。《C・リーズ学園》のものだ。男は皮肉そうな笑みを《用心棒》に向けている。

 

「随分だったな。こっちの作戦無視して勝手にターゲットに接触して。派手に戦闘とはな。全部台無しだぜ」

「……」

「聞いてんのか? お前の先走りが馬鹿な兵隊どもを突っ走らせた言ってんだよ! 今日でまた何人捕まったと思ってる! ああ?」

 

 睨むのはわかりやすい威嚇だ。《用心棒》は動じない。

 

「……」

「またシカトか。とんだ助っ人さまだぜ。今日だって計画通りにライブ中に館の包囲体制を築いてしまっておけば」

「……」

「客帰る隙突いて館を占拠して。袋の鼠となった《歌姫》で。楽しく狩りして遊べたのによぉ」

「……」

「あー邪魔するお前なんてもう要らねぇ。払った金返して塾に帰れよ。あとは俺達で」

「《精霊使い》」

「あ?」

 

 《用心棒》が口を開く。

 

「《鳥人》、《霧影》、そして《黙殺》。今回現れたエース資格者達だ。そのどれか1人、あるいは全員がかかって来ても。お前達だけで相手できるのなら」

 

 用済みで構わない。そう言う《用心棒》に男は舌打ちするしかない。

 

 

 結局のところ。協調性はなくとも《用心棒》の力は必要だった。対エース要因として。

 

 協力者は『依頼主』の金でいくらでも集められる。しかし。100人200人と集めても、学生のトップ集団であるエース資格者達は数を物ともせず、並の相手なら1人で一蹴してしまう。《用心棒》が一撃で倒した《鳥人》でさえ、学芸会館の乱闘では《鷲爪撃》のヒット&アウェイのみで100人斬りを優に達成しているのだ。

 

 何より。学生崩れの巣窟である再起塾に正攻法でぶつかれる人材なんて存在するわけがない。ましてエース級の相手なんて。

 

 《用心棒》。この男を除いて。

 

 

「あーわかったよわかった。先生、俺達にあんたの力は必要だ。これからもよろしくだ。頼むぜ」

「……。ああ」

「でもな。あんたの仕事はエース潰しだ。エースなら誰を相手にしてもいい。それ以上余計なことはするな。いいな?」

「いいだろう」

「それともうひとつ」

 

 彼は、「糞バンダナ共には手を出すな」と言った。

 

「あれは俺の獲物だ。獲るなよ」

「……。なぜ彼らを?」

「借りがあるんだよ。へへっ。脱獄してこんなに早くアイツらに会えるなんてな」

 

 男の歪んだ笑みは、蛇を連想させる。

 

「運が向いて来たぜ。依頼主がいいモン寄越したところに糞バンダナだ。しかも厄介な青バンダナが再起不能コースときた」

「何?」

「監視してたんだよ、時々不審な動きを見せるあんたを。だから見たぜ。先生さまがあの野郎ゲンソウ術をぶっ壊したところをな。あん時のショックを受けた野郎の顔ときたら」

 

 傑作だったと、学園の制服を着た男は馬鹿のように笑う。

 

 彼の腕にあるのは、依頼主を経由して学園から極秘に入手したもの。

 

 

 幻創獣の、竜の腕輪。

 

 

「俺にはわかるぜ。あの野郎はショックを引き摺って《盾》が使えなくなってる。今なら……赤バンダナごとまとめてぶっ殺せる。俺の手でな!」

「……。お前は」

「待ってろよ《バンダナ兄弟》。《歌姫》もあいつらも、俺の獲物だぁ!」

 

 腕輪を掲げてはアギをぶち殺す想像をし、愉悦して笑い続ける男。声をかけようとした《用心棒》は思いとどまった。

 

 目的を忘れ復讐に奔る。虚しい男だとは言うまでもなかったのだ。

 

 

 《盾》を剥ぎ取った張本人は、弟弟子ともいえる青バンダナの少年のことを考える。

 

「お前には、彼が壊れたようにみえたのか?」

 

 《用心棒》は彼と武器を交え、そして間近で見ている。《武装解除》で無力化された上で尚、《歌姫》を背に庇った少年の意思の強さを。

 

 壊れてなどいない。あの時。アギを突き動かした力こそがゲンソウの真髄なのだから。

 

 

「もしも。俺の《武装解除》がきっかけで、ゲンソウ術が使えなくなったのならば、彼は……」

 

 きっと。無意識に求めている。今以上の《盾》を。

 

 新たな守る《幻想》を。

 

 +++

 

 

「あ……」

「何黄昏てたの? 今は夜よ」

 

 いい加減店に戻ろうと、地下の階段へ向かおうとした時だ。そこでアギは彼女と出くわした。

 

 暗闇の中掲げた照明の光に照らされ、橙色の髪を輝かせているのは、

 

「歌の姫さん」

「しかもあんた、まだ女装したままなの?」

「うっ」

 

 実は。今アギが着ている学園の制服も頭のリボンも。ユーマがネタに用意していた女物。

 

 

「やっぱり。趣味?」

「……制服が血まみれで着替えがねぇんだ」

 

 先ほどのシリアスが台無しなので、そこは触れないで欲しかった。

 

 +++

 

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