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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 前編
162/195

アギ戦記 -《歌姫》のステージ 3

《歌姫》、遂にステージへ。ライブ開始

 

 +++

 

 

 ピンチをチャンスに。不慮のアクシデントだって最高の見せ場へ。

 

 ステージ崩壊の危機を救ったのは主役の彼女だった。ようやく現れた《歌姫》に気付いた観客の声が波紋のように広がる。

 

 最後まで気付かなかったのは、ステージの最前線で服を脱ぎだす馬鹿2人。「ステージの邪魔するな」と言わんばかりにうしろから派手に蹴り飛ばされると、観客からまたも大きな歓声が。

 

 

 いきなり乱暴に蹴落とされ、アギは半裸のリュガと共に頭からステージの下へダイブ。受け身も取れず床に激突。そこまでして彼らはようやく我に返った。

 

 アギはステージに向かって尻を突き出し、半ケツならぬ半パン状態で悶絶。

 

「~~っ、いってぇ、いきなりなにすんだよっ!」

「あんた達こそ」

 

 声のした方へ振り返りステージを見上げる。すると。

 

「あ……」

 

 マイカがいた。

 

 怒った様子ではない。蹴り落とした犯人は不敵な笑顔を浮かべている。

 

 

「ステージでみんなに……なんてモノ見せるのよ!」

 

 

 更なる歓声。手にした拡声器マイクを通して彼女の声がホールに響き渡る。

 

 歓声と照明の光を一斉に浴びて、きらびやかな衣装を着るマイカにアギは、観客に遅れて目を奪われた。

 

 

 舞台映えのする化粧をした美貌。ホットパンツにチューブトップというボディラインを露わにした大胆な格好。彼女の肌を覆うのはシフォンとチュール(*共にレースの一種)を何層も重ねたボリュームのあるロングスカートとショール。

 

 動きやすいようにフロント部だけ丈が短いスカートとショールはシースルー。濃淡の異なる緋色を重ね合わせふわりと広がっている。彼女の動きに合わせて揺れる様子はまるで風に揺らめく炎のよう。

 

 新曲『ブレイズ・ダンス』あわせて作られた新しい舞台衣装だった。華やかさと烈しさを兼ね備えた、マイカ・ヘルテンツァーという少女のそのままを顕している。

 

(なんつう格好だよ)

 

 でも。らしいな。

 

 よく似合う。アギがマイカの衣装姿を見て素直にそう感じたのは、きっとここまで来る間に何度となく見てきたからだろう。彼女の奔放な振る舞いと、内面の強さ、それに心の熱さを。

 

 

 光の中にいて太陽のように輝く、炎を纏う少女。

 

 

 邪魔者を蹴落としての登場と痛快なパフォーマンスに観客が沸き上がる中、完全に悪役と化したアギの前で。マイカは笑みを浮かべたままマイクを掲げた。

 

 自らステージへ蹴落とした相手に向かい、観覧席の皆に聞こえるように告げるマイカ。

 

 アギはこの時、彼女が向けるメッセージが理解できただろうか。

 

 

 ――あたしは、負けたくない

 

 

「ここはあたしの、みんなのステージよ」

 

 

 ――あいつらの邪魔で中止になって、全部駄目にしてしまったら……

 

 

「誰にも邪魔はさせないわ。このあたし、マイカ・ヘルテンツァーが来たんだから」

 

 

 ――成し遂げてみせるから。堂々とステージの上に立ってみせるから

 

 ――ライブさえ始めてしまえば、それがあたし達の勝ちよ

 

 

「誰が来ても負けない。来るなら来なさいよ。あたしは何度だって来るわよ、ここへ! みんなが待ってくれるステージがあるなら……」

 

 

 ――負けてない、ってあたしがあいつらに見せつけやるから

 

 

「あたしがステージに立つ限り、あたし達は止まらないっ!」

 

 

 マイクパフォーマンスに応える凄まじい観客の声。

 

 歓声の中でマイカは、ステージの真下から自分を見上げているアギを指さし、

 

「わかった? あたし達の勝ちよ」

「……。ああ」

 

 マイカの言葉にアギがしっかりと頷くと、彼女は満足そうに笑みを深くした。

 

 きっと。最後の言葉の真意は、観客の誰も理解できないだろう。この勝利宣言は。

 

 

 アギは思う。少なくともマイカは負けなかったと。

 

 再起塾を名乗る連中を相手に、どんな目に遭おうとも自分の芯を貫いたのだから。

 

 

 

 

「みんな! 遅くなってごめん。待っててくれてありがとう」

 

 頭を下げるマイカにあたたかな拍手が送られる。

 

「お詫びといってなんだけど、学芸会館を貸切りにしてもらったの。だから今日は時間の許す限り歌うわ。みんなもよければ最後まで付き合って頂戴」

 

 新曲だって披露するわ! とマイカから皆に向けて連続サプライズ。するとずっと我慢していただろう観客の歓声は、溜め込んでいた不安や不満をすべてを発散するように爆発。

 

 ホール全体が今からのライブへの期待に満ちはじめてきた。

 

「最初にブレイズ、そこからメドレーよ。ヒサン、パウマ。準備はいい?」

「おう」

「いつでもいいよ」

「ルッセ。今日もお願いね。クーリンヒオは遅れないでよ」

「ようやくだ。待ちくたびれたぜ」

「先に遅れたのはマイカだけどな」

「ちゃんと挽回するわよ。……見てなさい」

 

 見てもらいたから。

 

 ギター、キーボード、ドラム、ベースといった《歌姫楽団》のメンバーにを声かければ、すぐに快い返事が返ってくる。

 

 舞台袖のイレーネに視線を送れば、「思う存分やりなさい」と、彼女の目が言ってくれる。

 

 

 ステージを包み込むのは、熱を伴う目映い光。

 

 観客の期待と仲間たちの信頼が熱となり、波となって押し寄せ、彼女を満たしていく。

 

 

 ――この感動をあたしは、ありったけの想いと力を込めて

 

 

 伝え、届けるために、

 

 さあ。ライブをはじめよう。

 

 

「いくわよみんな!」

 

 

 マイカが叫ぶと同時。それを合図に連続で鳴り響く激しい炸裂音。これは舞台演出用の大型のクラッカーだ。

 

 ホール全体に舞い散る金と銀。紙吹雪が舞う中でマイカは、

 

 ステージから勢い良く飛び出した。

 

 +++

 

 

 ここから《歌姫》と呼ばれる彼女の、本当のパフォーマンスが始まる。

 

 

「なっ!?」

「危ない!」

 

 マイカが飛び降りたことへの悲鳴は一瞬。次に観客があげるのは、驚きの声だ。

 

 

 ――集え。集え集え

 

   風よ集いて螺旋を描け

 

 

 屋内のはずのホールに、風が吹いた。

 

 ゲンソウでもない。魔法の風だ。

 

「――えっ?」

 

 薄暗い観戦席の中に降り注ぐ金と銀の紙吹雪が、風でゆっくりと舞い上がる。それから滞空して風の流れのままに形作るのは、スポットライトを浴びて星河のようにキラキラと輝く花道。

 

 ステージから飛び降りたマイカは光の道となった紙吹雪を『踏みしめ』、ホールの中心に向かって宙を『駆け登っていく』。

 

 彼女が立つのは、風と紙吹雪でできた即席の空中ステージだ。ぶっつけ本番の仕掛けには観客どころか、楽団のメンバーまで呆然としてマイカを見上げている。

 

 輝く紙吹雪の上、軽やかなステップを刻み続けるマイカは、皆に向かって1曲目を紹介。

 

 

「新曲からいくわ。あたしを見て、『ブレイズ・ダンス』!」

 

 

 彼女の声に「はっ」とした楽団の伴奏が遅れて入る。

 

 イントロから激しいリズム。身に纏う緋色を靡かせ、伴奏に合わせマイカが踊りだすと、観客は皆席から立ち上がりライブの興奮に身を委ねた。

 

 

「……すげぇ。ヒュウみたいに飛んでるじゃねぇか」

 

 アギは初めて見るライブのパフォーマンスに驚きっぱなし。宙を舞うマイカを見上げ、見入っている。

 

「リュガ、あれなんだよ。歌の姫さん、本当に紙の上に乗ってるのか?」

「……わかんねー。これは俺もはじめてみた」

 

 同じく呆然と上を見上げているリュガ。

 

「あれが移動系のゲンソウ術だとしても、マイカさんが使えるなんて聞いたことがない」

「じゃあ、あれは」

「《天駆》だよ。踊るように宙を踏み続けて高度を維持してるんだ。紙吹雪のステージは風で気流を操って滞空させてるだけ。見せかけで足場にもならない」

 

 どちらも風葉の魔法だと、アギ達の疑問に答える者がいた。

 

 聞き覚えのある少年の声。2人が思わず振り向けばそこに――怪しい覆面がいる。

 

「……おい」

「誰だよ、お前」

「通りすがりの覆面警備員です」

 

 とユーマ。ミスト《黙殺》と続き、最後に彼も応援へ駆けつけていた。

 

 彼が任されたのは今回のアフターケアである。

 

「いきなり脱ぎだすから驚いたよ。学祭ライブに出演した若手芸人じゃあるまいし」

「ぶっ」

「おまっ、どこから!?」

 

 見てたら助けろよ! 騒ぐ2人にユーマは、

 

「しっ。……とにかく移動しよう。ほんとの警備員に追い出される前に」

 

 こうして覆面の偽警備員に連れられていくわいせつ罪未遂の少年たち。

 

 館内警備の目を逃れて騒ぐ観客の中に紛れる。

 

 

「遅くなってごめん。外は大方片付いたから、もう大丈夫」

「とりあえずお前、なんで覆面なんだよ」

「念のため」

 

 理由はあれど《歌姫》を埋めた犯人なので、ファンの報復を恐れての変装だった。

 

 ユーマが館に到着したのは、アギ達がステージに飛び出す前後のこと。その間に準備中のマイカやイレーネと顔をあわせ、サプライズの演出を打ち合わせたらしい。

 

 空中ダンスはユーマがマイカの護衛をしていた頃、精霊の魔法に興味を示した彼女にせがまれて遊んでいた『ネタ』だ。

 

 これを本番でやってのけるマイカの度胸といったら。

 

「じゃあ歌の姫さんは」

「うん。こっそり風葉がくっついてマイカさんに《天駆》をかけて補助してる。あれでもマイカさん、実は《天駆》を試したの前にたったの2、3回なんだけど」

「なんだって?」

「あれはすごいよ」

 

 ユーマは踊るマイカを感心するように見上げている。

 

「《天駆》はヒュウさんの《天翔術》のように空中じゃ静止できない。常に脚を動かして踏み続けないと真っ逆さまに落ちてしまうんだ。だから」

 

 宙にいる限り、マイカは歌いながら常に踊り続けなければならない。

 

「体力だけじゃない。1番すごいのは、踊りながら高度を保ち続けるバランス感覚と空間把握能力だ。ほら。ジャンプしても一定の高さから落ちてないでしょ? 紙吹雪の中に本当の床があるみたいにみせてる。それにずっとホールの中心で踊って立ち位置もしっかりしてるし」

「……本当だ」

「風葉が魔法をかければ誰だって空を駆けることはできるけど、マイカさんみたいな真似は俺にはできないよ。余程舞台慣れして踊り慣れてないと」

 

 言われてはじめて気付く。魔法だけでは成り立たない彼女の踊り、芸の凄さを。

 

「ぶっつけでやれるだけの自信があるわけだよ。きっとマイカさんには舞台で踊る自分のイメージが明確に浮かんでいるはずだ。だから宙でも同じように踊れる」

「ああ。すげぇ」

 

 ユーマもアギも、ここまでマイカから目を離さずに話をしていた。

 

 

 彼女は歌いながら踊っている。止まることのない激しいステップに合わせ揺れる緋色のスカート。手にしたショールもまた、腕の振り付けに沿って彼女に寄り添うように舞う。

 

 それは、音に揺らめく炎の幻。そしてマイカ自身は皆に眩しい太陽を連想させた。

 

 スポットライトの光を反射し一層輝く長い橙色の髪。激しい運動にもかかわらず心から楽しいと笑顔を振り撒くその姿は、薄暗いホールの中にいて光を放っているよう。躍動感溢れるリズムに合わせ、歌と踊りで全身から発する膨大なエネルギーこそ彼女の情熱だ。

 

 踊りに魅入られ、歌を聞き入る観客はまるで彼女の放つ光と熱を受け取り、エネルギーを分けて貰うように活気付き、気分が高揚していく。

 

 

 ブレイズ・ダンス。輝く太陽と、炎の舞。

 

 闇夜を祓う炎の巫女。舞い踊る巫女の歌が1日のおわりとはじまりを告げ朝日を呼ぶ、そんな歌。

 

 プレリュード。

 

 

 新曲を歌い終えたマイカは《天駆》を解いて《風乗り》で滑空。身に纏う炎と髪を靡かせながらゆっくりと、お伽話の天女のようにステージの上へ降り立つ。

 

 彼女が観覧席を振り返った直後。熱狂の渦で観覧席が震え、歓声が爆発した。

 

「ありがとう、みんなー!!」

 

 惜しみない拍手が送られた。

 

 

「……すごい。本当にライブじゃないか」

 

 はじめて見る『こっちの世界』でのライブ。ユーマは観客と一緒になってマイカへ賞賛の拍手を送る。アギもまた。

 

「こいつが歌の姫さん、《歌姫》の歌か」

「うん」

「いいや。こんなもんじゃねーぞ」

「えっ?」

 

 感心している2人に異を唱えたのはリュガだ。

 

 3人の中では彼が唯一、《歌姫》のライブを前に体験している。

 

「リュガ?」

「ユーマ。お前が言うにはマイカさん、空中で踊るのに相当体力つかってるんだろ?」

 

 ユーマの説明では、ステップを細かに刻む分《天駆》を使う回数も半端無いとのこと。マイカに魔法をかける風葉も消耗が激しく1曲保たせるがやっとらしい。

 

「どういうこと? そりゃ空中ステージなんて元は遊びのネタだけど」

「まあ、あれはあれですごかったけどな。つまりさっきのマイカさんは踊る方に力入れて、その分歌う方には力を割けなかったわけだ。……じゃあ。ここからが本番だぜ」

 

 《歌姫》の歌は。

 

 意味深なリュガの言葉。3人は揃ってステージ上の彼女に注目する。

 

 

 『ブレイズ・ダンス』を踊りきったマイカは、表向き疲労した様子を見せず息を整えながら1曲目のことを少し考えた。

 

 歓声を聞く限り大きな失敗はしていない。でも。「ズレがあった」とはっきりわかる。

 

「新曲だし、奇をてらったからよ。……仕方ないわ」

 

 俯いて一人言い聞かせる彼女。だけど顔をあげた次の瞬間、マイカは気持ちを切り替え晴れやかな笑顔を観客に見せる。

 

 ステージに立つ限り彼女は《歌姫》だ。

 

 《歌姫》で在り続けるために、彼女は――

 

 

「さあ。次いくわよ、――」

 

 

 次の曲からはメドレーだ。

 

 まず歌うのは『大地讃歌』。これは《歌姫》のオリジナルではない。合唱会などでよく歌われるクラシックな歌曲、土の恵みに感謝せよという賛美歌だ。

 

 『ブレイズ・ダンス』から一転、低音に厚みを増した重厚感たっぷりのゆったりとした伴奏。

 

 母なる大地よ。マイカが歌詞を口にして歌い始めたその時。

 

 

「今度はオペラ? ――なっ!?」

「ホールが……嘘だろ」

 

 ユーマは、そしてアギは驚いて辺りを見回した。彼らはここに来てはじめて《歌姫》の真価を目の当たりにする。

 

 

 変わる。響き渡るソプラノの歌声と共に。

 

 《歌姫》が舞台を変える。歌詞に込められた思いと感動をよりよく伝え、届けるために。

 

 

 世界が広がる。

 

 +++

 

 

 せり上がった観覧席の上方にある出口。その付近に佇んでいた1人の観客がいた。

 

 

「これが《歌姫》マイカ・ヘルテンツァーの《歌術》? しかしこれは……!」

 

 僅かな驚きに感嘆の声を漏らす道着姿の男。彼は《用心棒》と呼ばれるあの男だ。

 

 彼もまた学芸会館のホールの中に居たはずだった。しかし今は他の観客と共に広大な、何もない大地の上に立っている。

 

「……見せられているのか。彼女に」

 

 大地の中心に立つのは、音楽に乗せて優美に歌う《歌姫》。壮大に広がっていく歌声は次に、彼女を中心とした放射状の緑の波となって大地を覆い尽くしていく。

 

 それから。季節が変わる。

 

 幻の大地に、色とりどりの花が咲いた。

 

 

 芽吹くいのちは光を求め

 

 広がる草木は枝葉を絡め、実を結ぶ

 

 花が散るのは結実の、愛の証

 

 いのち育む実りの森を、支えるは――大地

 

 

「やがて緑は大地に還り、新たな命を芽吹かせる、か。……『大地讃歌』の歌詞そのままだな」

 

 周囲の花が散ると大地を覆う緑は紅へと変わり、今度は宝石のように色鮮やかな果実が降り注いでくる。目の前に落ちてきた実に思わず触れると、果実は幻となって消えた。

 

 それで《用心棒》は観客が《歌姫》に見入っている隙にトンファーを投擲。

 

 ブーメランの要領で人のいないだだっ広い大地の向こうへ投げると、30メートル離れた場所で旋回し手元に戻ってきた。――ホールの壁なんてなかったかのように。

 

 それで《用心棒》はただの幻でないと気付く。《歌姫》の力の正体は、

 

 

「《幻創》に《現操》を重ねた……まさか歌を媒体にした《世界術式》なのか? しかも歌詞を幻として表現するただそれだけの」

 

 これだけでは《歌術》とは言い切れない。今の《用心棒》にわかることは、《歌姫》がオリジナルの世界術式の使い手だということ。驚きを隠せない。

 

 

 この世界の魔術には、結界術式の系統の最上位に世界術式というものがある。

 

 結界術式とはつまり空間支配の魔術だ。例えばアイリーン。彼女が使う決められた領域に氷霧を展開する《氷輝陣》がそうだ。しかしこの結界術式の最上位となると次元が違う。世界術式は『空間を創る』出鱈目な魔術なのだ。

 

 

 《歌姫》の歌は、現実の世界とは別に音楽と歌詞に彩られた世界を創る。《歌姫》の歌を聞くものは皆、彼女の世界へと誘われる。

 

 その世界では春の歌を歌えば花が咲き乱れ、夏の歌を歌えば照りつける日差しに爽やかな潮風が吹く。この時、風が運ぶ花の香りや潮の香りは《歌姫》自身がイメージしたもの。歌を聞き入る観客は今、彼女が歌に込めるものを耳だけでなく目と肌、そして心で直接感じ取り共有することができるのだ。

 

 

 『ありえなくてとりとめのない想像』と『人のなかにあるが形にならない想い』。この2つのちからを基に魔術さえもイメージで再現できる想造の超能力、ゲンソウ術。

 

 ゲンソウ術を中には『あたらしい自己表現』と呼ぶものもいるが、《歌姫》のように歌を通してここまで広く、純粋に想いを現せる力の持ち主は希少、稀有である。

 

 

「……そうか。歌で、芸能を以て心の内を晒し、その上で共感を受けて皆に支持され……愛されるもの。ミスト。お前なら彼女をなんと言うだろうな」

 

 無論、真のアイドルである。

 

 あの忍者ならそう言うだろうと、想像しては苦笑する《用心棒》。

 

 「真実は己の目、耳で確かめろ」そう言って、ミストが自分のチケットを譲ってくれたことには彼も感謝しないことはない。

 

 《歌姫》の力を目の当たりにした。それは十分な収穫だ。

 

 気になることがまた増えもしたが、今日はミストに免じて退こう。彼はそう思う。

 

 

「行くか。……彼もいることだしな」

 

 《用心棒》が目を遣ったのは、《歌姫》が創る世界にずっと驚いている《精霊使い》の少年。近くには赤と青のバンダナをした2人もいる。

 

 思うに。《歌姫》の1曲目、宙を舞うあの演出は少年なりの警戒と威嚇ではなかったのだろうか。「ライブ中に仕掛けてきても俺がいる、無駄だぞ」と。

 

 きっと今も少年は、風の精霊を彼女に張り付かせているはず。

 

「この念の入用は良い気構えだ。学園には面白い連中がよく集まる。エースとなれば尚更か。……何故彼は」

 

 覆面なのだろうか?

 

 ……ユーマは彼に謎を残した。

 

 

 《歌姫》が衣装の交換などで小休憩に入ると、歌が止まるその間は『元の世界』に戻る。

 

 その機を見計らい《用心棒》は、学芸会館をあとにするのだった。

 

 +++

 

 

 《用心棒》がホールから姿を消したことは、風を操る精霊を通してユーマにも伝わる。

 

「まさか。何もせずに帰った?」

「どうした、ユーマ」

「……ううん。なんでもないよ」

 

 ずっと気にしても仕方がない。マイカがステージから下がっても、まだライブは続いているのだから。今は《歌姫楽団》が繋ぎで曲を披露している。

 

 

「それにしてもマイカさんの歌。ゲンソウ術ってあんなこともできるんだ」

「ああ」

 

 ユーマの言葉に応じるのはリュガ。

 

 歌が変わる度に周囲の景色まで変わるのでホログラムのアニメかと思ったユーマ。自然の景色だけでなく、ありえないお菓子のお城なんてものまであったから尚更。

 

 山のようなクリームたっぷりのケーキの質感。加えて「甘いあま~い」と歌うマイカの歌声を聞いていると、本当に甘いものが食べたくなってくるから不思議だった。

 

「マイカさんはみんなでステージをつくるとよく言っている。俺もよくわかんねーけど、マイカさんの歌や音楽を聞けば俺達も何かイメージするだろ? それも反映させてあんなすげーの創るらしいぞ」

「これが儀式魔術の応用かな? 実は集団催眠で幻覚見せてるなんてことは。……ん? アギ?」

「? ああ」

 

 ぼんやりしていたアギに声をかける。

 

「どうした?」

「いや。ちっと圧倒されて……なあ、ユーマ」

「うん?」

 

 アギは、ずっと考えていた。マイカの歌を聞いてからずっと。

 

 だけど答えがでない。だからユーマに向かって彼は、疑問を口にした。

 

「歌の姫さんが『奴ら』に狙われているのは、これが原因なのか?」

「アギ」

「わかんねぇ。いや、わかるけどやっぱわかんねぇよ。こんなすげぇの。再起塾は姫さんに何させようってんだ」

「それは」

 

 ユーマがなにか言いかけたその時。観覧席が再び沸いた。

 

 

「みんなっ、おまたせー!」

 

 マイカがステージに再登場する。今度の衣装は初夏を連想させる爽やかな白のセーラーにミニスカート。

 

 観覧席から目ざとく覆面野郎を見つけた彼女は、ユーマをステージに呼ぶ。

 

「ここで特別ゲストを呼ぶわ。ユーマ、みんなの誤解を解いてあげるから、こっちにいらっしゃい!」

「……行ってくるよ」

「おい、ユーマ」

「その話はあとで。じゃあ」

 

 アギ達を置いて、観覧席からステージへ一気にジャンプするユーマ。風葉の魔法で華麗に着地。

 

 それでアギは、ユーマとマイカ、2人が揃ったステージをじっと見ていた。

 

 答えを得られなかったことで、言いようのない『しこり』を残したまま。

 

 

「どうも。呼ばれてきました。噂の《精霊使い》です」

「かぜはー、ですよー」

「……」

 

 ユーマ覆面のまま、風葉と砂更を呼び出して皆に軽く挨拶。

 

 マイカの頭の上からひょっこり現れたちいさな風の精霊、それと前触れもなくユーマの傍に控える砂の精霊には誰もが驚く。

 

 騒がれる前にマイカがトークで繋いだ。

 

「来たわね。でもどうしてあんた覆面なのよ、趣味?」

「いや。ここまで来たのはいいけど、マイカさんのファンがそりゃもう怖くて。こう、顔を隠してやっと」

「そんなことないわよ、ねぇ」

 

 即席のトークショー。ライブはまだまだ続く。

 

 このあとマイカは催し事を含めて、学芸会館の利用時間ギリギリまで歌い続けた。波乱含みだった今日のライブも、最後は盛況に終えるのだった。

 

 

 

 

 余談だが。

 

 例によってマイカに無茶ぶりされた覆面野郎もまたステージで芸を披露することになり、彼はここで兄、真鐘光輝直伝のマジックを披露するのだったが。

 

 スベった。何をしても「だってそれ、ゲンソウ術だろ」と言われて。

 

 +++

 

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