アギ戦記 -《歌姫》のステージ 2
*お待たせしました。今日から再開します。
マイカと、彼女の仲間たち(その2)
《バンダナ兄弟》、ステージに立つ!
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ステージを包み込むのは、熱を伴う目映い光。この日のために集まってくれた観客の熱が、舞台上のあたしを満たしていく。
何よりも熱いのは、波のように押し寄せてくる歓声。それを生み出すのは、みんなが奏でる音楽と――の歌。
全てが1つになって全身を包む。この感動に胸を震わせるあたしは、ありったけの想いと力を込めて――
伝え、届けるの。
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学芸会館、大ホールの舞台裏。
「無理。だから無理だって」
「押さないでくれ。早まるな、委員長!」
「誰が委員長よ。ほら」
マイカが準備に入って約3分が経過。前座を任されたアギとリュガは、イレーネに背を押されつつも尚悪あがきしている。
「ほら。ヒュウナーさん、彼もお昼に言っていたじゃない。貴方たち、《バンダナ兄弟》っていう芸人なんでしょ? ……まさか。女装の準備しないと駄目だとか」
「違ぇよ!?」
もう根本的に。
仕様もない紹介をした鳥頭に文句を言いたいアギ。できるなら外で暴れているであろうヒュウナーには、責任をとってすぐにでも代わってもらいたい。
アギは、それにリュガも正直、怖気付いていた。
舞台袖からステージを覗いてみると、500席ある観覧席は満席という状態。その中で音楽が舞台いっぱいに鳴り響いている。
オリジナルだろうか、全く知らない曲。うるさいと思ったのは音楽に詳しくないアギの素直な感想だ。しかし派手な楽曲とは裏腹に物足りなさを感じる。
今ひとつ盛り上がらない雰囲気はきっと、観客が未だ現れない《歌姫》のことで不審に思っているからだろう。それでも誰も帰ろうとする気配がないのもまた、彼女のカリスマなのだろうか。
こんな場でいきなり前座なんて。
「委員長も歌の姫さんも何考えてんだ。俺達に何させたいんだよ」
「いいから。そのマイカが責取るっていってるの。つべこべ言わず彼女の期待に応えて、行って!」
「どわっ!」
「ぬおっ!?」
業を煮やしたイレーネがいきなり尻を蹴り飛ばす。まさかの仕打ちに2人は、転がるように表へと飛び出す。
飛び出してしまった。
「いってぇ……」
「委員長のくせになんつう蹴りを……」
蹴り飛ばしたことに文句を言おうと立ち上がった、次の瞬間のことだった。
初めに感じたのは目を灼くような眩しさ。次に周囲からいくつもの人の気配。
「「あ……」」
2人して息を呑んだ。ステージを包む照明の光は思いのほか眩くて、熱いと初めて知る。
気がつけば注目されていた。観客にも、演奏で場を凌いでいた楽団にも。思いがけないアクシデントに音楽も中断。
誰もが突然のことに驚き、空白の時間が生まれる。
だれだ? こいつら。
沈黙。観客の不躾な視線にアギとリュガは慄いた。ステージは彼らがよく知る学園の錬武館、その上の階から見下ろすような観戦席とは全く違ったのだ。
ここ大ホールは観覧席が手前から順にせり上がっており、席のどこからでもステージが見渡せるように設計されている。ステージから見た薄暗い観覧席は満席の状態もあって、まるで正面にそびえ立つ人の壁のようにこの時のアギは見えた。
2対500。
アギ達が置かれた状況を端的に言えばこうなる。これまでそれなりの場数を踏み越えてきた彼らにしても、1度に面と向き合う人の数は今日が最多。今まで歌や劇といった学芸会の催し事なんて参加したことのない2人にとって、舞台の上は未知の世界だった。
もしこれが錬武館での試合ならば観戦客なんて蚊帳の外。対戦相手に集中すれば気も紛れただろう。しかし。観劇を披露するような場での『対戦相手』とは誰でもない、観覧客なのだ。戦闘系である彼らの勝手と明らかに違う。
戦い競う場ではない。『みせる』ための舞台。彼らもここでは、緊張して立ち位置さえ曖昧、足元もおぼつかない。
いわゆる舞台馴れしていない2人は、緊張に呑まれてしまう。
「……マジかよ」
(こんな場所で……あの姫さんは歌ってるのか?)
信じられなかった。隣のリュガも若干青褪めている。
「どうする。アギ」
「どうする、って」
助けを求めて舞台袖を見る。すると、イレーネからのカンペが。
“ステージ確保。延長無制限”
“芸人さんは10分とは言わず遠慮なくやって”
「芸人じゃねぇ言ってるだろが!」
「おい、アギっ」
「うっ」
思わず突っ込んでは余計に奇異な視線を浴びてしまう。沈黙の空気が肌にイタい。
あと無制限とは彼女、人のお金を幾ら使った?
(いったいどうすりゃ……)
そこでふと、アギが思い出したのは彼女たちの言葉。
――今日のライブ、彼らにも命運を託すのよ
――ええ。どう転んでも最後はあたしがひっくり返してみせるわ
(くそっ。無茶言ってくれるぜ)
もう1つ思い出す。それは学芸会館に来る途中、彼女が言っていたこと。
――ステージはね。みんなでつくる舞台なの。舞台に立つのはあたしだけど、あたしのものじゃない。アギ。あんた達のものでもあるわ
――もうみんな、あたし達のステージの一部なの
(誰のものでもない。俺達の、か)
「……やるぜ、リュガ」
腹を括った力強い声にリュガが「はっ」とする。
「アギ?」
「男が任されたんだ。やるしかねぇだろうが」
「……。そうだな」
そう。男には退き下がれない時がある。それは責任を取る時だ。事態を招いたのが己の不始末だと思えば、なんのことはない。
2人がステージに飛び出してここまでの時間は十数秒。
500人もの観客を前に臆さず、立ち向かった彼らの度胸『だけ』は賞賛したい。
+++
「ヒサン。もしかしてあれ」
「ああ。青い方のバンダナは……アギなのか?」
突然ステージに上がってきた闖入者たち。まさか、といった呟きはステージから。
揃いの衣装を身に纏う《歌姫楽団》のメンバーたち。その中の2人、撥弦楽器の少年の1人と鍵盤型の幻鳴楽器(*幻鳴楽器とはゲンソウ術で音を生み出す楽器の総称。ここでいう鍵盤型とは電子オルガンを想像してもらえばよい)の少女はそれぞれ、腕と頭にアギと似たような青いバンダナを身に付けている。
バンダナは砂漠の民であるという家族の証だ。学校こそ違えど彼らはアギの顔なじみ、同郷のきょうだいたちだった。この時のアギはこの偶然の邂逅に気付く余裕がない。
それで、オルガンの少女パウマは、こちらに背を向けて「芸人じゃねぇ!?」と叫ぶ声に闖入者が幼馴染だと目が点。ギターの少年ヒサンも同じく呆然としている。
楽団のメンバーはまだ、アギがマイカに護衛をしている事を知らない。
「どうなってるの? マイカはいつまでたっても来ないし、私たちも歌なしじゃもう一杯いっぱいなのに……なんでここでアギ?」
「あの2人、裏から来たよな。イレーネさんはどういう……芸人?」
アギが? そうだっけ? イレーネのカンペを見て首を傾げる青バンダナの少年と少女。他の楽団のメンバーも困惑している。
どうすべきかと迷う中、動きのないステージの沈黙を破ったのもまた、闖入者の2人だった。アギが相棒の赤バンダナと共に決意を固めて動き出したのだ。
ざわめきはじめていた観客も何事かと彼らに目を見張り、静まり返る。
《バンダナ兄弟》が……ステージに立つ!
ステージの立ち位置が把握できないのか、アギとリュガは中心より前面やや左という微妙な位置取りで正面を向いて直立。
そして。ガチガチのまま、アギは皆に向けて口を開いた。
「……えーと。歌の姫さん、もうすぐ来るんで。その……」
「お、俺達の、聞いてくだひゃい」
……は?
緊張でリュガが噛む。ホール内の全員が事態を飲み込めない。
なにする気だ? こいつら。
場が沈黙している事をいいことに、いきなり歌いだした2人は、
すべった。言わずもがな。
+++
ステージを包み込むのは、熱を伴う目映い光。この日のために集まってくれた観客の熱が、舞台上の2人のために一斉に引いていく。
何よりもサムいのは、居た堪らない沈黙。それを生み出すのは、学園都市の中でも伝統のある、とある有名校の――校歌。
沈黙のイタい空気の中、アギは唯一覚えているリーズ学園の校歌を全身全霊を懸けて歌った。アカペラである。リュガと一緒になって声を張り上げ3番まで。音程、音階、リズム。それに声量。どれもバラバラで時折歌詞さえ間違えている。
それでも。一生懸命なのは誰の目からでもわかる、そんな歌。だから観客も誠意を以て2人の歌を聞いてくれた。彼ら《歌姫》のファンは理解しているのだ。歌は心で歌うのだと。人の歌は最後まで聞くのがマナーだと。
2人が勇敢にも最後まで歌いきった時。観客にパウマやヒサンといった楽団のメンバーとイレーネ、音響や照明を担当する技術士、館内の警備員までもが再び沈黙。
歌った2人に向かって観客は、ありったけの想いと力を込めて――
まばらな拍手をおくる。
ぱち、ぱちぱち。……ぱち?
「……し」
死にてぇ……。
観客のお情けにアギは心底そう思った。まさかブーイングさえこないとは思わなかったのだ。リュガも噛んだことを後悔して「いっそのこと殺してくれ」と喉元まで声が出かかっている。
「……で。《歌姫》は?」
「おそいよね。マイカさんどうしたんだろう」
「埋められたなんて噂もあるし、まさか事故か?」
壇上の2人のことは、あまりのイタさに皆一斉に流してしまった。
場の空気が一層しらけたものになってしまう。修復不可能か?
それで1番のとばっちりを受けたのは、同じステージに立つ《歌姫楽団》の彼ら。
「あちゃあ。やっちゃったよ。ヒサンが止めなかったから」
「俺のせいか?」
目も当てられないといった感じのパウマ。ヒサンは自分のせいにされて嫌そうな顔。
「パウマだってアギを止めなかったじゃないか」
「アギならもしかしたら、って思ったのよ。2:8くらいで」
「……博打だな」
ちなみにヒサンの『アギがもしかしたら度』は3:7。どうして止めなかった?
後悔してももう遅い。見事にスベった幼馴染に、今更声をかけるのも躊躇われる。
「大体なんで校歌? 予想外よ。せめてここは《歌姫》の曲の何かでしょ?」
「だったら俺達もフォローできたのにな」
「もうどうしよう。これも全部アギがうちの王さまそっくりだからいけないのよ。私達のピンチに突然出てくるんだから、変な期待しちゃったじゃない」
「そうなんだよなぁ……」
しみじみとヒサンは同意。アギを見て2人して思い出すのは、故郷《砂漠の王国》いる王様のこと。
だからって何も、歌ってスべるところまで王様に似てなくていいのに。
「これで服脱ぎだして裸でサヨコ様の名前でも叫びだしたら、ほんとに王さまだよ」
「……。パウマ」
「ん?」
嫌な予感がしてヒサンは、同郷の彼女に確認を取る。
「こんな時、スベったレヴァン様なら……どうする?」
「えっ。……まさか」
そのまさかが的中する。目の前で棒立ちしたままの彼らから、何やら怪しい呟きが。
「……ああ。今ならわかるぜ、王様。もう、これしかねぇよな?」
「…………。死のう」
錯乱してる?
どうにかしないと。そんな思いに駆られてアギは極度の緊張に限界を超えた。リュガに至っては生き恥を晒すことをよしとせず、死に場所を求める。
「おい。何をする?」
「決まっている。俺達は男で、漢だ」
「……そうだな」
ならば今こそ、日頃の鍛錬の成果を見せる時。
恐れるもの、失うものだってもう何もない。
ぶちきれた。
「俺達の漢気、見せてやろうぜ!」
「おおっ!」
「「……!?」」
勢い良く投げ捨てられた制服のブレザーに悲鳴があがる。
間違いない。脱ぐ気だ。
しらけた空気をぶち破る、一か八かの漢芸。服を脱ぎ己の筋肉、自慢の肉体美を披露するネタは戦士系なら誰でもやる定番だ。
「やっぱりか!?」
「脱ぐな! バカアギーーっ!!」
騒然となるステージ。パウマたちが慌てて止めにかかるがもう遅い。リュガはシャツのボタンをブチブチ引き千切り胸元をはだけだす。
腰のベルトに手をかけるのはアギだ。どうして下から脱ぐ?
「なんでそんなとこまで王さまの真似すんの!? この王さま馬鹿!」
脱ぎ芸及び鍛え抜いた筋肉を晒す漢芸は、レヴァンもよく使う一発逆転の下策。これの爆発力と不発だった時の反動をよく知るパウマは一気に青褪めた。
「やめろ! レヴァン様の脱ぎ芸は……途中でサヨコ様が斬りかかって止めるから面白いんだぞ!」
ヒサン、それは脱ぎ芸ではなく殺陣ではないか? それとも夫婦芸?
錯乱? 若さゆえの過ち? そんな言葉では済まされない。このままでは大惨事だ。
放送事故(?)を起こすまであと僅か。アギがベルトを外しズボンをおろしかけたその時。今日1番の『歓声』が上がって――
次の瞬間。ステージを台無しにしようとする馬鹿2人が、ステージから転げ落ちる。
「ステージでみんなに……なんてモノ見せるのよ!」
揺らめく炎をかたどったような衣装を見にまとい、遂に現れる《歌姫》。
登場と同時、ステージの邪魔者をうしろから豪快に蹴り落とすマイカのパフォーマンスに、観客が沸きあがる。
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一方。学芸会館、その付近の市街。
《歌姫》を巡る2度目の誘拐騒ぎは、学外警備隊の逸早い到着によって速やかに収束に向かっていた。
青い戦闘衣を身に纏う警備隊に連行されてくのは、再起塾らしい学生くずれの少年たち。彼らに大金を餌に唆され、与した学生たちもいる。
その様子を離れて見守るのは、忍者と死神の出で立ちをした、男女の2人組。
「……フフ。警備隊の中核は《蒼玉騎士団》の面々か。クオーツも手を回していたようだな。素早い包囲網の展開は見事だ」
「情報の伝播が早くなってるおかげね。PCリングの中継機能……役に立っているわ」
ミストと《黙殺》である。
2人だけだ。この場にはもう、道着の男の姿はない。
「学芸会館周辺もヒュウナーが片付けたらしい。地面に穴を空けすぎて多少被害が大きかったようだが」
「……」
「捕まえたのは素行に難のある学生約130人、殆どが雇われ者か。学生くずれの脱獄者風情がこの人数をどうやって集められたのかが気になるが」
「……」
「とりあえずこの場はもう大丈夫だろう。さて俺は……っ」
「動かないで」
いきなり機先を制される。《黙殺》は無言でデスサイズの刃を、前に立つミストの首に引っ掛けた。
殺気。
「……フフ。どうしたんだい、シーさん。おネムで寝ぼけているのかい?」
「……」
「……フフ。……あのう、シーさん?」
「どこに行こうとしたの?」
「……」
底冷えするような低い声。フードから覗く目も据わっている。
活動時間が昼夜逆転している《黙殺》さん。実は仮眠中突然部長に叩き起こされた挙句、「追って、ミスト君を取っ捕まえて!」とわけもわからず命令されて強制出撃。
彼女、寝起きは機嫌がすこぶる悪い。
それでミストは言えない。事後処理を放り出して、《歌姫》のライブに行こうとしたなんて。
「部長命令よ。学園に戻って。貴方が勝手に飛び出すから、連れ戻す役に私まで飛び火して……」
「それはすまなかった。だが断る! 俺は今からでもライブに行き……冗談です」
恨み言も何のその。ミストは思わず本音が出るも、デスサイズが首のマフラーに食い込んできたので慌てて訂正。
《黙殺》は魔術殺し。術式を斬る事ができ、彼女を相手にしては《吾霧体》、それに代わり身の術だって通じなかったりする。
今下手すると首が飛ぶ。ミストはこれでもギャグに命をかける変態忍者ではないので、仕方無くシリアスモードを維持することにした。
苦痛だった。
《黙殺》はミストの首筋に刃を当てたまま、彼の背を向けて話す。
「今回の件で貴方は、別の任務を担っていたはず。こちらのフォローには《精霊使い》、あの子が向かおうとしたのに。任せられなかったの?」
「シーさん、今の後輩は満足に戦えない。無理をさせてはいけないよ」
「?」
「戦闘力は半減しているだろうからな。連戦は無理だと俺は判断した」
「……そう」
《黙殺》はミストの判斷に異を唱えなかった。事情を察したのだ。
「《武装解除》ね」
「その通りだよ。《用心棒》。その正体を確認して確信した。後輩はあの男と一戦交えて引き分けに持ち込んだと聞いたが、ただで済むわけがない。報道部で部長には護衛チームのバランスを考えて情報収集と後方支援に回ると言ってはいたが……」
前回の交戦でユーマも《武装解除》を受けていたとしたら。
「ブースターを使ったあの子のゲンソウ術は、封じられている?」
「おそらく。武器を奪い無力化させる戦士の天敵。症状の程度はわからないが回復に暫く時間が必要だろう」
「……」
「見たところバンダナ君の青い方が重症のようだが」
「……よかったの? あの人を行かせて」
「釘は刺した。再起塾も前回に引き続き痛手を負ったことだし、あの男も今日はマイカ嬢に接触しないだろう」
それに。
市街でそろって本気を出しあえば街の被害は甚大。止められないのなら争うだけ無駄だ。《用心棒》のことを訊ねた彼女にミストはそう答えた。
物理攻撃のダメージをほぼ無効化できるミストと、術式を切り伏せゲンソウ術の発動を無効化できる《黙殺》という報道部の最強タッグ。これでさえ《用心棒》相手には厄介と思わせるだけだとミストは思っている。
足止めにしかならないと。だから《用心棒》が背を向けた時、素直に行かせた。
「ただ。俺の方で伝えることは伝えた」
――《歌姫》を巡る争い。これには俺達の学園にいる馬鹿が1枚噛んでいる。故に彼女たちを巻き込んだ俺達が責任を取る
この言葉は、《用心棒》への警告であり、彼への情報提供である。
「あの男なら察してくれるだろう。少なくともこちらの『事情』にまで首を突っ込まないはず。問題は……」
「《歌姫》ね」
「……」
ミストは思い出す。《用心棒》が去り際に1つ訊ねてきたことを。
「ミスト。君達も調べているのだろう。《歌姫》の力をどう思う?」
「力?」
「もしもだ。彼女がかつての《歌術》を再現し、禁忌とされる儀式魔術の再現を可能としたら……」
「それが再起塾の、いや。貴方が《歌姫》を追う目的か?」
「……」
《用心棒》は答えなかった。そしてミストは彼への返事にこう返している。
愚問。真実は己の目、耳で確かめろ、と。
「彼ほどの男なら実際に見て、聞けばわかるはず。《歌姫》の真実は」
ミストは、マイカ・ヘルテンツァーのことをこう評する。アイドルだと。
芸能を以て《幻創》と《現想》を表現できる、ゲンソウ術の本来の在り方を顕せる稀有な少女だと。
「わかっているのか? 《歌術》など本来は暗唱術の1つだ。彼女達の素晴らしさはほかにあるというのに」
「ミスト」
「そもそもあの男、儀式魔術の何を調べている? 禁忌とされているものというのならば……」
「……」
「……とにかく。《歌姫》を狙う《用心棒》と再起塾。彼らの目的が別とわかっただけで収穫だ。問題は……」
柄になく熱くなりかけていた。そこでミストは己の置かれた立場を考える。
いい加減帰ってもうひと眠りしたい《黙殺》が、自分の首に引っ掛けた刃を引っ張っているから。
部長命令。お前は帰れ、と言わんばかりの彼女。
「真面目に戻った貴方は素敵だけど、考えるのは帰ってからにして」
「……フフ。どうせ褒めるなら棒読みはやめてほしいな」
しかし。この場でやるべきことがもうないのは確か。ライブチケットも手放してしまったことだし。
あとは任せていいだろう。ミストは撤収すべく引き継ぎのため、ヒュウナーとユーマに連絡を取ろうとする。
「再起塾にあの男がいるとわかっていたなら、誰も新人2人だけで場数を踏ませようなど考えなかっただろうが」
「今更よ。……あの人。変わってなかったわ」
「……そうだな」
自称が『俺』になったくらいか、とミスト。
ゴザるの人……、いや拙者だって。《黙殺》と同じやりとりをした後に彼は、
「学園を離れ老師からは破門され、今は再起塾。それであの男は一体、何がしたいのだろうか」
思わぬ再会を果たした、道着姿の彼のことを思う。
呟いた問いの答えはミストも、《黙殺》だって持たなかった。
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