アギ戦記 -再起塾の《用心棒》 2
アギ敗退。選手交代
次戦は《用心棒》VS???
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《盾》。それがアギのゲンソウ術。《砂漠の王国》のレヴァイア王への憧れから生まれた、彼の仲間を守る力。
アギはこの力に絶対の信頼を寄せている。現にこれまでずっと《盾》は彼と共に在り、彼の仲間を守り続けてきたのだ。この先もずっと。
ある時は皇帝竜3体同時による熱線を弾き、またある時は学園最強の《剣闘士》、彼の剣さえも受け止めてさえしてみせた。幾度と無くユーマ達の危機を救ったアギの《盾》。彼は背に守るべき者がいるならば、いつだってとてつもない力を発揮してきた。
《盾》は砕けない。破れはしない。
《盾》は誰を相手にしても、どんな攻撃にも負けない。
《盾》があれば、守りきってみせる。
アギにはそれだけの自負する心があった。それだけの力が彼の《盾》にはあった。
しかし。
こんなにあっさり無力化される日が来るとは、アギは思いもしなかった。
突き出した右手の先にあるものは、喪失感。
砕かれたのでも破られたのでもない。アギの《盾》が、剥ぎ取られる。
彼の守る力が、たった一撃で失われた。
「う、嘘だろ?」
「――御免」
「っ!」
ショックから立ち直る暇もない。間髪無く襲い来るのは、旋棍を繰り出す道着の男。
咄嗟に突き出したアギの左の《盾》までもが、道着の男が振るう逆手持ちの鎌の刃――トンファーのグリップが鉤爪のように《盾》の縁に引っ掛けられ、力任せに剥ぎ取られてしまう。
大振りの2連撃からの回し蹴り。アギは『両腕で』ガードし、苦痛に呻き声を漏らす。
なんとか堪らえきった。奮闘するアギを見ては、道着の男が嬉しそうに笑う。
「やるな」
「ぐっ。くそおっ……」
「アギ!」
自分を呼ぶマイカの悲鳴のような声が聞こえる。だけど振り返る余裕がない。
体勢を立て直す。構え直した両腕を見て、アギは愕然とした。
どうして。
《盾》が、創れない?
《現創》しようとしても両腕に纏い付くのは喪失感だけ。いったい、何をされた?
「《武装解除》だ。君の持つ武装術式を一時無力化させてもらった」
「武装、解除? これが?」
「知ってはいたか。これも烏龍流に連なる技だ」
道着の男はアギに言った。
どんな武具でも、使われなければ危険はない。無力化するにも、わざわざ破壊する必要はない。ただ、人の手から取り上げればよいのだと。
つまり。道着の男はアギの《盾》そのものは破壊せず、『はずした』のだ。
《武装解除》。ゲンソウ術における基本行程の《幻操》、その基本技術である《干渉》からの派生技。相手が手にする武装術式に干渉し、強制解除させる高等技術。
これを《現操》として《武装解除》を応用すれば、リュガの重い大剣を軽い一撃で簡単に弾き飛ばしたように、実在する武具だって容易く『はずす』ことができる。
それは。何も傷つけずに戦士を無力化することができる、武芸。
「まだ、やるか」
「くっ」
再び旋棍を正しく持ち替え、武器を構えてみせる道着の男。
対してアギも同じように構えるが、頭の中はずっと、同じ疑問しか思い浮かばない。
どうして。
あんたほどの人が、再起塾にいる?
烏龍流、ウロン老師の教えを受けたであろうこの人が、どうして?
《避重身》に《武装解除》。加えて。旋棍に付与されていた《想重ね》の秘技。
特に己の武器に想いの『おもさ』を上乗せする《想重ね》は、アギも《盾》に用いているのだからよくわかる。道着の男が放つ旋棍の『おもさ』は、同じ技を使っているアギが押し負けそうになるほどおもかったのだ。
トンファーの一撃毎に《盾》が削られ、穿たれるのを感じた。一朝一夕で身につく代物ではない。間違いなく日々積み重ねた修練の賜だ。これほど優れた『兄弟子』が、堕ちぶれていることがアギには信じられなかった。
また。烏龍流とは《超闘士》と畏れられる学園最古の教師、ウロンが使う武術の流派名だ。アギも体術の基礎として少し齧っている。ウロン老師は《剣闘士》クルスを学園最強まで育て上げた彼の師でもある。
ならば。烏龍流を名乗った道着の男の正体は。
(《剣闘士》の先輩と同じ、《気》をゲンソウ術に使える《闘士》なのか?)
得体のしれない烏龍流の旋棍使い、道着の男。
もしかして《剣闘士》と同等、それ以上? とんでもない推測をしてアギは青褪めた。実力差以前に《武装解除》を使う道着の男と《盾》を使うアギでは、相性が悪すぎる。
考える。《盾》が一時的に使えなくなったと言われたが、何時回復する?
回復したとしてもまた剥ぎ取られてしまうのがオチなのに、そんなことをつい考えてしまう。己の支えとなる力を失い、アギは窮地に陥ったことを自覚した。無手で相手に対峙することがすごく心許ない。
気付かされる。自分が、どれだけ《盾》に依存していたかに。
(俺ってやつは……こんなに弱かったのか?)
力ではない。心だ。
無言で立ち塞がる道着の男。その重圧から、アギは身を守るモノがない。
アギは怯んだ。思わず一歩後退してしまう。
じわりと後退り、もう一歩後退しようとして、
踏み止まった。ようやく思い出して気付いたのだ。
今、自分のうしろには、マイカがいる。迂闊な真似をしたばっかりに守れず、傷つけてしまった彼女が。
アギは動けない。その間に道着の男はマイカの方を見た。
「……。結局、乱暴を働いてしまったか。君には済まないことをした」
頬を腫らした彼女を見て、僅かに顔を顰めた。それから。
アギとマイカは2人して驚く。武器を下ろした道着の男が、「すまなかった」と頭を下げたのだ。
「あ、あんたは」
「でも。だからこそ俺と一緒に来て欲しい。これ以上君が酷い目に遭わないためにも」
「……嫌よ。ふざけないで」
拒絶した。
攫われかけた恐怖から抜けきれず、身体を震わせても。
彼女の、挑むような瞳の力だけは今も失われていない。
「どいて」
「ちょっ、おい!」
アギの制止を振りきり、マイカが前に出る。
ふざけてる。負けたくない。憤る心が彼女にはあった。
道着の男にマイカが1人対峙する。腫らした頬を隠さず、精一杯睨みつけて。わざと服の袖を捲くり、自分の肌を道着の男に見せつけた。
彼女の細い腕。その肌には攫われかけた時、男たちに乱暴に掴まれた手の跡がくっきりと浮かび上がっている。
「それは」
「ここまでしておいて……今更謝るあんた達の何を信じろと言うの。よってたかって攫いにかかってあたし達がステージへ行くのを邪魔して」
「……」
「あたしだけじゃない。女学院に脅迫状なんて送って皆にまで迷惑をかけるのよ。何がしたいのよ、無茶苦茶じゃない!」
「姫さん……?」
脅迫状なんて、アギは初めて聞かされた。
今、マイカを取り巻く環境が滅茶苦茶にされかけている。彼女が《歌姫》の名と共に手に入れた自由と喜び、仲間たちが『奴ら』に奪われかけている。
《歌姫》を1人を奪うためにセイカ女学院までも危険に晒されていた。だから。彼女は許せなかった。
マイカには憤る心がある。虚勢でも、理不尽に屈したくないという炎のような熱い意志が彼女の芯だ。
必死に抵抗した。道着の男に訴えた。
あたしは暴力には絶対に屈しない。だいじなものを奪われてなるものかと。
「あたしはステージに立ちたいだけ。あたし達の自由はそこにある。あたしはステージの上で音楽を感じて、伝えたいの。喜びを分かち合いたい!」
「……」
「あたし達はみんなでステージをつくりたいだけよ。《歌姫》の歌にあんた達の欲しい力なんてない、あってたまるか!」
「それでも」
道着の男は揺るがない。
「君は知るべきだ。マイカ・ヘルテンツァー。《歌姫》の歌は、無闇に振るってはいけない力だと」
「……なによそれ。言ったじゃない、歌に力なんて」
「ないと言い切れるのか? 君が」
「っ」
マイカは気圧された。道着の男に。
気丈に振舞ってもここまでだった。《歌姫》と呼ばれても普通の女の子だ。本気の武芸者の放つ気迫に対抗できるわけがない。
仕方がないとばかりに前へ1歩踏み出す道着の男。アギがすぐにマイカを庇う。
「あっ……」
「下がれ、姫さん」
マイカを引き寄せ、うしろに下がらせた。
「? あんた……」
「……」
彼女に気付かれなかっただろうか? 手が、震えていることに。
(何やってんだよ、俺は!)
叱咤する。思いだせ。1度は口にしたのだ。これ以上はさせないと。
だったら退いてはいけない。守るためには、立ちはだかるしかない。
畏れに負けじと踏み止まるアギ。彼の決意に道着の男は、何を見たのか。
「そうか。あきらめない、か」
「……その通りだ」
例え敵わなくとも、絶対に守り通さなければ。
俺達で!
「姫さん!」
「えっ……きゃっ!」
次の瞬間。アギは道着の男に背を向け、マイカの腕を掴むとなりふり構わず全力で駆け出した。
敵わないとみての逃走。正しい判断だと道着の男は思う。すぐに追いかけようとするが。
「……すまねぇ。あとは任せたぜ。ヒュウ!」
「だらっしゃああああああ!!」
道着の男に襲いかかるのは、人のかたちをした、猛禽。
+++
真上からの急襲。炸裂する必殺技は《鷲墜撃》。《鳥人》の十八番、《鷲爪撃》で垂直に猛スピードで降下突撃を仕掛ける、捨て身の蹴り技だ。
アギ達と合流しようと近くまで来ていたヒュウナー。彼はリュガが鳴らしたPCリングの緊急コールを受けて急いで駆けつけてくれていたのだ。腐れ縁の為せる技か、アギは上空にいたヒュウナーの存在に逸早く気付いていた。
即席の連携。タイミングを見計らっていたヒュウナーがアギの撤退を支援する。
人間ミサイル言うべき《鳥人》の飛び蹴りが道着の男に激突。だが。
「……。《精霊使い》と共にいたエース資格者か。君の思い切りの良さ、度胸は認める」
「なんやて!?」
衝撃を地面に逃す《避重身》。真上からの攻撃は、道着の男に一切通じない。
トンファーを持つ右腕に、ヒュウナーの蹴りが受け止められた。
「単に墜ちるだけでは芸がない」
「なん……!」
逆刃蟷螂の握りだ。左のトンファーがヒュウナーを襲う。
ヒュウナーの脚にトンファーのグリップが絡みつき、脚を引っ掛けられたまま振り下ろされた。
直撃。次の瞬間には地面に叩きつけられていた。まともな受け身も取れず、ヒュウナーは背中で受けた衝撃に肺の中の空気を全部吐き出す。
「がはっ! かっ、ああっ……」
「烏龍流旋棍術の投技、蔓落としだ」
「ヒュウ!」
奇襲失敗。アギは思わず立ち止まってしまった。
道着の男との距離は7、8メートル程。逃げ切るには距離が十分に稼ぎきれていない。
あとを追おうとする道着の男。足を踏み出して、不自然に止まった。
「むっ?」
「な、なにやっとる。……はよ、せ……」
ヒュウナーだ。彼が足掻いている。
男の片足を掴み、少しでも2人の逃げる時間を稼ごうとしている。
「ヒュウ……くそっ!」
彼の根性を無駄にしてはいけない。アギはマイカを連れ、人に紛れるために街の中へと再び駆け出した。
「待って。ヒュウナーが」
「黙ってくれ! 今逃げなきゃヒュウが浮かばれねぇ!」
「痛っ」
アギに掴まれ引っ張られている彼女の腕。握りつぶされるような力強さにマイカは顔を歪めた。アギは気付いていない。
敗走だ。完全に負けた。
陽動に引っかかり、マイカを攫われかけ、傷つけられたこと。道着の男への敗北。
たかが《盾》を無力化されたくらいで、逃げることしかできなかった自分の情けなさにアギは、悔しさを噛み締める。
「ちくしょう、畜生! 絶対に……逃げきってやる!」
守るなんて、絶対に言えなかった。
「アギ。あんた……」
掴まれた腕が痛い。絶対に離してくれないから。
少年の手は熱い。あまりの力強さにきっと、跡が残ってしまうと思った。攫いに来た男たちが付けた手形の上から消し去るように。
焼き付けるように。肌に赤く、はっきりと。
マイカは、必死に逃げるアギの背中に、何も言えない。
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「……何がワイが浮かばれんや。まだ往生しとらんわ」
ヒュウナーは笑った。立ち上がれず、地に這いつくばったまま。自分を見下す道着の男に向かって。
「君は」
「へへっ、どうや《用心棒》。ワイの勝ちや」
これだけ騒いだのだ。意外と抜け目のないリュガも連絡しているだろうし、学外警備隊がすぐに駆けつけてくれる。これ以上は『奴ら』も、行動を起こすにはリスクを背負うことになるだろう。
目の前の男からマイカを逃がす。ここでの役目は果たした。十分だ。
《鳥人》は意地でも負け犬にはなろうとしない。そんな男だ。だからあっさりやられても、ヒュウナーは自慢気に、誇り高く笑った。
逃げるが勝ちだと。
「……。ひとつ訊く。《用心棒》? それは俺の事か」
「おっと。ワイが名付けた。単なる再起塾やなさそうやからな。お前さん雇われもんやないのか?」
その言葉に、道着の男が少し驚いてみせる。
「学園で俺のことを……いや」
どうでもいいと言葉を切る。
「あ?」
「《用心棒》。呼び名はそれで結構だ。俺も彼らから『先生』と呼ばれている」
中々のセンスだ。彼は褒めるように笑った。
ウケるとは予想外。これにはヒュウナーも言葉がなく、モヒカンをガリガリと掻くしかない。
「……やっぱ調子狂うわ。あんた、気質つーか、絶対『こっち』の人間やろ?」
「それも昔の話だ」
道着の男改め《用心棒》は、倒れたヒュウナーに向けて旋棍を構えた。
この場の決着をつけるために。
「独断専行したせいでタダでは帰れないんだ。ここはエースを倒したという証を頂く」
「好きにせい。やから覚えておけ」
ヒュウナーは堂々と告げた。
敗者としての、彼の口上。
「ワイは《鳥人》、飛べるんや。何度でも羽ばたいたる」
「承知した。――御免!」
トドメの一撃。トンファーを握る拳が、容赦無く叩きつけられる。
+++
アギは逃げた。マイカを連れて逃げに逃げまくった。
やられた仲間を見捨て、敵に背を向けて。アギがこれほどの屈辱を味わうのは、今までなかったわけではない。
でも。忘れていたくらいに久しぶりのことだった。
(逃げ切れたのか? ヒュウ……)
《武装解除》された《盾》はまだ使えない。そのことがまるで、半身を奪われたようにものすごく不安な気持ちにさせる。
アギは考える。もし今、『奴ら』の待ち伏せを受けてしまったら。
「待って! 今どこへ向かってるの?」
「……えっ?」
マイカに強く呼び止められ、初めて振り返る。
アギはがむしゃらに走っていただけだった。それにようやく掴んでいた彼女の腕のことにも気付く。
「あ。……悪い」
「……ふん」
ばつが悪そうに腕を放すと、マイカは不機嫌そうにそっぽ向く。
痛そうに腕をさする彼女を見ていると、アギは本当に情けなくなってきた。
「……痛かったよな」
「別に。あんたに掴まれるくらい平気よ」
「顔の方は大丈夫か?」
言われて「はっ」と気付くマイカ。酷い顔を見せてないか気になり、慌てて腫れた頬を隠した。
不用意に手で触れて頬に痛みがはしる。
「痛っ」
「いきなり触るやつがいるかよ。……訊かなくても大丈夫なわけないよな。すまねぇ」
謝ることしかできなかった。
水でもあればと辺りを見渡すアギ。手持ちの応急キットに冷却材なんて都合の良いものはないので、まともな手当てができない。
「腫れを冷やすくらい、ユーマか氷の姫さんがいればな」
「別にいいわよ」
アギの気遣いは、また不機嫌になる彼女に突っぱねられた。
「それより時間わかる? 早く学芸会館に行かないと」
「時間? 学芸会館、ってまさか」
歌うのか? こんな時に。
「おまっ、馬鹿かよ! やれるわけねぇだろ!」
「馬鹿って何よ。あたし1人じゃないのよ。ライブをやめてはいけないの!」
みんなが待ってる。マイカはそう言った。
何も知らないアギに、諭すように。
「ステージはね。みんなでつくる舞台なの。舞台に立つのはあたしだけど、あたしのものじゃない。アギ。あんた達のものでもあるわ」
「は? 俺たち?」
「あんたやヒュウナー、それにリュガ君。もうみんな、あたし達のステージの一部なの。だって。あんたがあたしを連れて行ってくれなきゃライブは始められない」
わかってる? 彼女は問いかける。
「今日のライブの成否は今、あたしとあんた達にかかってるのよ」
「……!」
「あんただけじゃない。知ってる? 学芸会館なんて個人でほいほい借りれる代物じゃないのよ。たった2時間借りるのだってお金がとんでもなくかかるの」
舞台と設備、衣装に楽器。音楽も。すべてライブに参加する、みんなで用意したものだ。
マイカは言った。自分は主役ではないと。彼女もまたライブに参加する1人だと。
「仲間を集めて、イベントを企画して準備して。そんな風にみんなの協力があって初めてあたしは、ステージに立っていられるの。誰か1人でも欠けたら成り立たない。みんなに応える為にもあたしは行かなきゃならないのよ。あいつらの邪魔で中止になって、今日までの準備を全部駄目にしてしまったら……」
マイカは、アギたちは。
「それこそ本当に負けよ。あいつらに屈したことになる。そんなの嫌よ。みんなに申し訳ない。あたしは、負けたくない」
「姫さん」
「だから」
訴えられる。挑むような、燃えるような瞳に。
アギは、彼女の強さに呑まれる。
「成し遂げてみせるから。堂々とステージの上に立ってみせるから。いい? ライブさえ始めてしまえば、それがあたし達の勝ちよ。あんたもヒュウナーも、絶対『負けたことにさせないから』」
「あっ……」
守れたなんて、思ってない。俺は、俺の《盾》は――
あの男に負けたんだ。
そう思っていたのに。だけど彼女は言うのだ。
アギ。あんたは、
「負けてない、ってあたしがあいつらに見せつけやるから。だからっ」
連れていって、守ってよ
だってそうでしょ? あんたは――
思わず縋りついてきたマイカに、今のアギはかける言葉が思いつかない。
「姫さん……」
抱きつかれてやっと、彼女が震えているのがわかった。
情けない。やっぱり守れていないじゃないか。なんとかしたくて彼は、
「アギ! マイカさんは無事か!」
「「……!」」
マイカに伸ばした手が止まる。かけられた大声に2人で飛び跳ねた。
我に返ったマイカがいきなり突き飛ばすが、むしろ離れてくれて助かったとアギ。声の方に振り向けば、遠くから大剣を担ぐ見慣れた赤バンダナが。
勿論リュガだ。《盾》が使えない今の状態で彼に誤解でもされたら、命がいくらあっても足りない。
「い、今のは気の迷いよ、忘れて」
「わ、わかった」
気まずくなる前にすぐ合流した。
近くでよく見ると、リュガの制服が返り血に染まっていることに気付いた。アギが訊ねると「目に付く『奴ら』をぶっ飛ばしてきた」と、彼は物騒に笑う。
そんなリュガもマイカの腫らした頬を見れば酷く落ち込んでしまって。
「マイカさん。俺」
「あたしは大丈夫よリュガ君。でも。お願いだからあたしをみんなのところへ連れて行ってくれる?」
「……任せてくれ」
マイカの『お願い』に応え復活。
リュガと合流したことで戦力の不安が解消された。
ヒュウナーの無事が気になるも3人は再度、学芸会館を目指す。
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「え?」
ヒュウナーは呆然とした。
やられたと思った。覚悟していたけど体はなんともない。
気付いたらいつの間にか移動していた。《用心棒》が遠くにいる。道着の彼もまた突然のことに拳を地に叩きつけたままだ。
《用心棒》が殴りつけたのは、ヒュウナーの――写真。
これは?
「……。写真と対象の人物を移し変える《現操》の妙技。これは」
「代わり身の、術やて?」
「……フフ。その通りだブラザー」
「――はっ。まさか!」
来たぞ。ヤツが。
「これぞイイイイッツ、忍、法!」
法! のタイミングで『どろん』。ヒュウナーの隣にいきなり登場。
そう。赤いマフラーをしたこの男は、何時如何なる時も見逃さない。
それは、出番。
「まさか。ワイの危機に来てくれたんか、ブラザー!」
「勿論だとも。オイシイからな!」
弟分のピンチというシチュエーション。
ここにまさかの《霧影》、ミスト・クロイツが推参。
忍者のくせに忍ばず、堂々と《用心棒》の前に立ち塞がるミスト。得体のしれなさではどちらも負けてはいない。
対して。《用心棒》はミストを見て……苦笑している?
「ミスト・クロイツ。相変わらずだな」
「……フフ。待ちに待った《歌姫》のイベントがもう15分も遅れている。邪魔する奴ぁ、どこのどいつだあ!」
あ。それがこっち来た動機か。
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