アギ戦記 -再起塾の《用心棒》 1
久々の戦闘。5ヶ月ぶり? リュガ、噛ませ犬か?
アギ&リュガVS《用心棒》
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どんな奴だろうが再起塾は再起塾だ。去年『奴ら』がした事を俺は許してねぇ。
マイカの為に彼女を調べる? その為にどこかへ連れていく? 安全は保証する?
真摯な態度をみせる道着の男。だけど再起塾の人間だと、正直に告げた男。彼の言葉にリュガは罠を疑わなかった。むしろ彼は罠だと確信した。
根拠は何もない。リュガが仕掛ける理由は1つ。再起塾に対する彼の私怨である。
狡猾で悪どい『奴ら』の手口とやり方に昔、リュガは彼の――
リュガは怒りに身を任せ大剣の柄に手をかける。アギとマイカの制止を聞き入れずに鞘の安全装置を外し、肩に担いだまま道着の男へ突進。
「馬鹿野郎、止まれぇ!」
「リュガ君!」
「おお……おらぁ!!」
突進の勢いに乗って跳躍。怒声と共に一気に間合いを詰める。
邪魔をするなら、ぶっ飛ばす!
一撃必殺は《大剣士》の身上。抜刀と同時にリュガが繰り出すのは、渾身の飛び込み上段斬りだ。
叩き付けるような一太刀。狙うは道着の男。その足元。
流石にリュガは殺す気まではない。これは威嚇と牽制。リュガは飛び込んだ時に間合いを調整し、大剣を地面に叩きつけた衝撃で男を吹き飛ばそうとしている。
その技の名は。
「大剣技の地の型。衝撃放射系《地衝割波》か」
狙いは悪くない。が、道着の男は誰にともなく呟くと。
「なっ!?」
宙で剣を振り上げるリュガは真下を見て驚いた。道着の男は静かに踏み込んだのだ。
剣技、間合いまで見切っていながら、退くのではなく前へ。リュガの間合いの内側、彼の剣が届く距離へ。
自殺行為だ。
「……くそが。どけぇええ!!」
「マズい!」
「あっ……」
踏み込んだ道着の男。立ち止まったのはリュガの落下予測地点の真正面、直撃コース。これを見てアギは思わず飛び出した。
道着の男を守る為に。このままだとリュガが人を斬ってしまう。
リュガはもう剣を振り下ろしていて止まれない。無理に剣の軌道を変えても、頭から肩に変わるくらいだろう。いくら《刃引》の術式が付与された剣でも、リュガの大剣は凶悪な鈍器に等しい。直撃は致命傷になりかねない。
《盾》で守るには『跳ぶ』しかない。アギが咄嗟の判断を決めたその時、
棒立ちの男が動いた。リュガの方を見上げ、腰に提げた左右の警棒に手をかけたのだ。アギは目を見張った。
「あ……」
リュガの剣は、
通じない。なぜだか悟ってしまった。
己の武器を手にした瞬間。道着の男が全身から放ったその気迫、瞬時に高めた戦意に。彼我の実力差をアギははっきりと理解してしまった。それはリュガもきっと同じはず。
アギは無意識に立ち止まる。激突する2人を注視した。次の瞬間の、道着の男の動きを見逃してはいけないと。
リュガは道着の男が向ける力強い眼差しに迷いを捨てた。殺す殺さない、倒す倒さないの問題ではなかった。
全力で当たらなければ――勝てない。
大剣を握る両手に一層力を込める。
「くっ、のぉおおおお!!」
リュガの剣は――
「脅しとしても。武器と技を選べ」
受け止められた。しかも片腕で。
刃を受け止めたのは、男の腕を覆う棒状のなにか。アギがはじめ金属の警棒かと思っていたそれは、握り手が棒に対し垂直に取り付けられ長さが非対称な「T」の字をしている。
2本1組で扱うこの武器の名は旋棍。またの名をトンファーという。
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旋棍は東国の《群島》、南部諸島で生まれた打突武器。ある島の古代武術で用いられてきた攻防一体の武具だ。
腕の肘まで覆うように握るこの武器の特性は、手首の返し1つで棒の長さを切り替えられること。拳を振るうように打突を繰り出すこともできれば、棍棒のように扱うことだってできる。近接格闘において刃物に対する防御に強いことから、格闘術を学ぶ学生の中にはトンファーを扱う者も少なくない。
学園では自警部の装備に警棒のオプションがあるくらいで、トンファーはそこまで珍しい武器ではないのだ。アギ達が驚いたのは道着の男自身。
大剣の重量、リュガの体重。合計で200キロ近い質量に加え、リュガ自身のパワーをすべてを乗せた渾身の1撃を受けておきながら、道着の男は微動だにしていない。
腕を折ったなど、外傷はまず見受けられない。《地衝割破》が放つはずだった衝撃の余波も地面を割ることもなく、石畳に男の足跡をくっきりと刻み込んだだけ。
まさか。棒立ちで受け止めた? 衝突したあともリュガは足を地に着け、大剣を押すがビクともしない。
力負けしている。このことにリュガの受けたショックは勿論、アギも道着の男に驚きを隠せない。瞬きもせず見ていたアギは気付いたのだ。彼は知っている。
大地に根を張るように直立し、落雷を受け流す大樹のように『上からの衝撃を身体を伝って地面に逃がす』、その体術を。
この技を使う『流派』の使い手は、数えるほどしかいないことを。
「《避重身》? おい、嘘だろ」
「……なんだよ、こいつ!」
「大剣は人のいる街中で振るっていい武器ではない。《地衝割破》もだ。少しは周囲への被害を考えろ」
「っ」
リュガはようやく、道着の男に剣を見切られていたことに気付いた。
更に。
「俺が踏み込んだ時には躊躇い、俺の見せた戦意に迷いを捨てた。怒りに身を任せ、斬りかかったと思えば実は冷静に威嚇の範疇に留めている。……君は見かけよりもずっと思慮深い、理性的な人のようだな。判断の切り替えも早い」
「な、なに」
「それでも。《気》を乱し、感情のコントロールが効かず剣を抜いたのは……憎しみか?」
「!」
再起塾が、
それを言うなぁ!
見透かされたような男の言葉。リュガは憤怒に血を滾らせた。
リュガの得意とする《高熱化》の術式。全身に走る熱のイメージは腕を伝って大剣に伝わり、灼熱した刀身が空気を焼くように赤く染まる。
剣の名は《溶斬剣》。リュガの感情をそのまま《現創》した、彼の怒り。
「その棒切れごと、ぶった切ってやる!!」
「……。そうか」
リュガの激昂する意味を悟り、申し訳ないように呟く道着の男。しかし。
「だが。俺は」
何かを言い切る前に、棍を焼き切られる前に、道着の男が動く。
拮抗していたようにみえた旋棍と大剣。道着の男は剣を受け止めたまま、力だけで腕を持ち上げてみせた。傾けた棍に沿って、重力に従い大剣の切っ先が滑るように下へ流される。
金属同士の摩擦に火花が散る。《溶斬剣》が簡単に捌かれた。だけど、リュガもただでは終わらない。
振り下ろした剣の勢いを殺さぬよう遠心力を利用し、剣をすくい上げながら素早く体を反転。リュガは勢いを乗せた剣を、バックステップで距離を取ろうとする道着の男に向け真横に振り抜く。
「ぶっ飛べぇ!」
フルスイングだ。胴に打ち込まれる大剣を道着の男は、剣を自身へ十分に引き寄せた。
当たるかどうかの際どいタイミングで次に放ったのは、腕を深く曲げ、腰回りで短い軌道を描いた旋棍の一撃。
ショートフックの応用で剣の平に打撃を打ち込む。それだけでリュガの大剣が宙へ高く弾け飛んでいってしまった。
「な……!?」
手に馴染んだ大剣の重みが、一瞬で抜け落ちた。なのに弾かれた時の衝撃などなかった。手や腕にも痺れなど一切ない。
やられた手応えがない。奇妙な感覚にリュガは呆然。そこへ突き出される旋棍。
「その怒り、討たせてもらう。――御免」
「っ、させねぇ!」
今度こそ2人の間に飛び込むアギ。リュガを背に庇い右手を突き出した。
《盾》。それがアギのゲンソウ術。《砂漠の王国》のレヴァイア王への憧れから生まれた仲間を守る力。
彼の《盾》はトンファーを受け止めた。その1撃の『おもさ』は《盾》を伝いアギに衝撃を与える。体にではなく心に。
それは、驚嘆とも敬畏とも呼ぶ何か。
「あ、アギ」
「馬鹿野郎、先に手を出す奴があるかよ!」
庇ってすぐリュガを叱り飛ばすが、それ以上の余裕がアギにない。
おもい。ただの打突ならアギの《盾》は力負けしない。彼は10メートル級の皇帝竜、その爪撃や尾の一撃でさえ、体格差をものともせずにブロックしてみせたのだから。
淀みのない動作。洗練された突き技は明らかに修練の積み重ねから生まれる業のはず。道着の男が一撃に込めるものが『おもい』。
それに。道着の男が繰り出す動きは、アギにある人物を連想させた。
一方で道着の男は、アギに旋棍を弾かれたことで僅かに驚き、目を見開く。
「見えない壁……《幻想の盾》か? しかし、この『おもさ』は……」
何か言いかけて、口を噤んだ。
「……。ここまでか」
「えっ」
道着の男の雰囲気が変わった。アギへ向けた視線を逸らし、後方のリュガ、更にその背後を見て顔を顰める。
失敗した。そんな風に。
トンファーを下ろした道着の男は空気を刺すような《気》を放ち、周囲に緊張を走らせた。それでアギは慌てて気を引き締め《盾》を構え直す。リュガも同じく大剣を拾い態勢を整えた。
2人がかりでも勝てるのか? 次はどう来る?
道着の男の一挙一動に注意していると。
「未熟な。周囲に気を配れ。戦闘にかまけ過ぎだ」
リーズ学園の名が泣くぞ、失望したような道着の男の声。
「なっ」
「なんだと?」
「今、俺を倒すことに何の意味がある? 君たちは、何故ここにいる」
「何って、俺達は姫さんの……――っ!?」
「アギ!」
気付くのが遅過ぎた。2人は慌てて道着の男に背を向ける。隙を見せてしまうなんて、考える余裕さえなかった。
振り返る。マイカがいない。
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はじめに。
リュガが剣を抜いて道着の男に斬りかかり、街の中で騒ぎを起こした。周囲に人集りの野次馬ができたのは、きっとこの時だ。付け入る隙を与えたのはリュガだった。
連鎖して致命的なミスを犯したのはアギ。リュガのピンチにマイカを置いて飛び出してしまった。道着の男が言った「1人だ」「罠はない」という言葉を、心のどこかで信じていたことも裏目に出てしまっている。
わかっていたはずなのに。再起塾を脱獄した『奴ら』はお尋ね者。表沙汰になることを極端に嫌う。だからと言って街のどまんなかで事を起こさないわけでない。
人混みに紛れて『仕事をする』なんて常套手段だったのに。何のための護衛だ。
今、自分達は何を優先すべきだったのか。皮肉にも道着の男に言われて2人は気付かされる。
マイカがいなくなった。もしこれが誘拐ならば、その責任は道着の男にかまけ、彼女から目を離したアギとリュガ。2人にある。
「マイカさん! どこだ!」
「まさか。謀ったのか、あんたは」
「……」
陽動の囮だったのか? 問われても道着の男は答えない。
無表情にして微動だにしない。その態度にアギは苛立ち、叫ぶ。
「答えろ! あんた、罠はないって、嘘だったのかよ!」
「彼らを動かしたのは君たちだ」
道着の男は言った。
「騒ぎを起こしたくないと俺は言ったが」
「この野郎……」
「構うなアギ! マイカさんを捜すぞ」
リュガだ。悔しそうに顔を歪ませて彼は言う。
「捜す、ってこの人混みの中どうやって」
「手はある。PCリングだ」
「ヒュウを呼ぶのか? でも、学外じゃあいつが近くまで来ていないと連絡は……」
「違う。お前、マイカさんに渡していなかったのかよ」
「あ」
確かに渡している。アギが普段使っている方のリングを。ならばリュガには秘策がある。
「このリングはエース仕様だ。これ自体が中継器にもなるし他にない機能もある」
「は?」
「説明書読んどけよ。いいから手を貸してくれ、頼む!」
「お前……」
まだ間に合うはず。間に合ってくれ。
ミスを挽回するチャンスを、危険な目に遭わせてしまった彼女に謝る機会を俺にくれ。
もう失くしたくないから。
再起塾を前にして冷静になれなかった。マイカを攫われた自責の念は、彼のほうが強い。
だけど。頭から血の気が抜けた、リュガの機転の早さを舐めてはいけない。
「PCリングを起動しろ。『レーダー機能』がわからないなら、俺が中継してマイカさんの居場所を教える」
「れーだー? 居場所って、わかるのか?」
「調べるんだ。だからお前は」
リュガはアギに向けて大剣を構えた。
「おい。まさか」
「――とべぇ!!」
「ちょっ」
慌てて《盾》を構えるアギにリュガはフルスイング。
全力の《ソードカタパルト》でアギを高く打ち上げる。アギは人混みを抜けた。
「上から捜すんだ。頼んだぞ、アギ!」
「ばっかやろうーーーーっ!!」
アギの悲鳴がこだまする。リュガも急いで場を離れようとして、
立ち止まった。リュガは動かない道着の男を見る。
「おい。邪魔はしないのか?」
「……」
「ちっ。なんのつもりかしらねーが」
額の赤バンダナを掴み、リュガは道着の男を睨みつけた。
瞳に宿す光は、憎悪。
「覚えてろ。てめーらがしてきたことを俺は……!」
捨て台詞を吐いて背を向ける。
駆け出したリュガを道着の男は追いもせず、ただじっと見つめていた。
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「ばっかやろうーーーーっ!!」
アギは空を飛んでいる。もとい飛ばされていた。
ユーマといいエイリークといい、彼らにいいように盾に使われては、吹き飛ばされたり突き落とされたり。アギの最近はこんなのばっかりだ。
だけど悪い事ばかりでもない。宙に放り出されても上下の感覚はわかるし空中での姿勢制御も慣れたもの。更にアギは、《盾》の新たな使い方を編み出してもいた。
「いきなり飛ばす奴があるか、よっと」
足の裏に《盾》を展開。《盾》の上に乗り、空気抵抗を受けることで落下速度を減衰させる。次にアギがイメージするのは、たまにユーマと遊ぶ『砂乗り』のライディングだ。
《盾》をサーフボードに見立てる。アギは全身を使ってバランスを取り、風を切って空を滑空。下を眺めた。
「上から姫さんを捜せと言っても」
アギの《風乗り》は文字通り風の気流に乗って滑空するだけ。自在に飛行できるわけでもなく、高度も長く維持できない。
上空からとはいえ、もしもマイカが死角となる建物の中にでも連れ去れていたら、アギには捜しようがない。
「どこだよ、姫さん!」
焦燥に駆られる。そこへ。アギのPCリングが激しい音を立てて鳴り響いた。
緊急コール。周囲のPCリング所持者へ警戒を促す強制通信機能だ。警報を鳴らしたのはリュガか。
『アギ、聞こえるか!』
「リュガ」
『今、マイカさんの方にも通信が繋がった。まだ近くにいるぞ』
「本当か! どこだ」
アギは要点だけをリュガに訊ねた。
どうやって? そんなことを訊く暇はない。
騒音に近いブザー音。音源はアギのものを含め3つある。
「いや。警報を頼りに捜せる。遠いほうだよな?」
『ああ。俺も時間を稼ぎながら後を追う。急いでマイカさんの所へ!』
「時間? とにかく任せろ」
アギは《盾》のボードを変形させることで空力制御。風を切り、素早く旋回しては落下スピードを上げて、地上へと滑り降りる。
警報を頼りにしてすぐに見つけた。騒音に何事かと人集りができていたのだ。
いた。男たちに腕を取られ燈色の髪を振り乱しているのは間違いなくマイカだ。路地裏に連れ去られる直前で男2人を相手に抵抗している。よく見ると彼女を守っている小さな何かがいる。
それは、手のひらサイズのリザードマン。マイカに持たせていたPCリングから強制通信で喚び出されたアギの幻創獣だ。リザードマンはリュガの声で怒声を撒き散らし、小さな剣を振り回しては暴れ、男たちを牽制している。
鳴り響く警報にも負けないリュガのドスの効いた大声。男たちが怯み、戸惑っているのがアギは遠くからでもわかった。
『卸すぞオラァ!』
「な、なんだよ。突然出てきたぞ、こいつ」
「それよりもこの音をどうにかしろ! こんなに人が集まったら……」
学外警備隊を呼ばれないかと男たちがオロオロしている。
「これが時間稼ぎか。やるじゃねぇか、リュガ!」
アギが飛び込んできたのはこのタイミングだ。
滑空して高度が随分と落ちている。アギは《風乗り》のボードに使っていた《盾》を蹴り上げ、人垣を跳び越えた。
そのまま勢いを乗せた飛び蹴りを放ち強襲。『奴ら』らしい男の1人をぶっ飛ばして場を制す。突然のアギの登場にマイカが驚きで目を見開いている。抵抗した時にぶたれたのか、彼女の赤く腫れた左の頬が痛々しい。
すぐにマイカを庇うと、驚いて自分をみる彼女の視線をアギは背中で感じた。マイカはぶたれた頬を隠すように手を当てる。
傷つけてしまった。正直、会わせる顔がない。
「あ、あんたは。どうして?」
「……すまねぇ。護衛失格だよな。あとでいくらでも謝るから」
今は、守らせてくれ。
アギは自警部で支給される警棒を抜いた。目にわかる威嚇をして男達に対峙する。
相手を見る。制服の違う少年の2人組。何日も洗ってないように薄汚れ、所々に綻びがある。所属を表す校章も当然のように破り捨てられている。
目付きと表情、身に纏う空気。すべてが荒みきっている。何より女にも平気で手を上げるような連中はアギがよく知っている『奴ら』だった。あの道着の男のように躊躇う要素がまったくない。
ならば、容赦はしない。
自分への不甲斐なさも含め、アギは怒りの矛先を彼らに向けた。
「そこまでだ。これ以上はさせねぇ!」
アギの一喝で男たちは逃げ腰になり、這々の体で散った。所詮その程度の奴らだ。
弱くて卑怯で、狡い。
こんな連中に出し抜かれたのか。アギは苛立ちを隠せなかった。
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男たちを追い払ったあと。
マイカに何か声をかけようとしたアギ。しかしできなかった。
先に気付いたのはマイカ。彼女が悲鳴のように叫ぶ。
「危ない!」
「――! ぐっ!?」
側面からの一撃をアギはなんとか防いだ。手にした警棒を投げて牽制するが容易く打ち払われる。
現れたのは、道着の男。
「あんたは、いつの間に!」
「すまないが……討たせてもらう」
「くそっ」
旋棍の連打。アギはマイカを庇いつつ、対抗して小型の《盾》を両手に構える。
連続突き。握りを変えて棍棒のように振るわれた薙払い。グリップを軸に回転させ勢いを乗せた打撃もアギは体術を駆使して対応、すべて《盾》で受け凌ぐ。
何合と打ち合わせる内、《盾》が削られていく。そんな風にも思ってしまうほどトンファーの打撃は『おもい』。
それと同時にアギが感じ取るのは、別の違和感。
(なんで……?)
道着の男の繰り出す技が手に取るようにわかってしまう。まるで組み手をしているように。
どうしてだ? アギは《盾》を強引にぶつけ、押し合った反動で道着の男に距離を取らせる。
向き合う2人は、互いを見た。
「……。成程。君は」
「やっぱりだ。あんたは」
両の手に武器を構えた時の左右の腕の高さ、脚の開き。
腰を落とす高さ。視線。肘、膝、足首の向きまで。
2人の構えが、鏡合わせのように似ている。
道着の男がアギを見て笑った。称賛するように。面白いものを見つけた時のように。
闘うことに楽しみを見出した獰猛な笑み。この笑みもまた、アギに別の誰かを連想させる。
「たいしたものだ。《幻想》から《現想》へ。君の武装術式は、確実にゲンソウの真髄にまで届こうとしている」
「現…? ゲンソウの、真髄? あんたは一体、何者なんだ? 本当に再起塾なのか?」
「……」
質問に答えない道着の男。彼は表情を僅かに緩め、口元を笑うように綻ばせるだけ。
マイカを攫った連中を見たからはっきりとわかる。この男、『奴ら』の中でも異端だ。
道着の男はアギに言った。
「こんなところで『同門』に会えるとは思いもしなかった。あの人はまだ、学園で弟子をとっていたんだな」
「同門? まさか」
「ならば、これはどうだ」
道着の男は、旋棍を構え直した。
トンファーの棍、その長い方を逆手に握り、グリップをアギに向ける。
逆手で鎌を持つような構え。アギの知らない、この型は。
「烏龍流旋棍術。逆刃蟷螂の構え」
「ウロンだって!?」
驚愕。しかし、アギには男の正体を確認する暇さえ与えられない。
隙を突いて間合いを詰めてきた道着の男。アギはただ、《盾》を前へ突き出すしかない。
アギの《盾》は無属性。不可視の武装術式だ。アギのイメージに反映し自由に変化する《盾》のかたちは、本来彼にしか把握できない。
なのに。
道着の男は左のトンファーをアギの右腹部を切り上げるように振るう。それからまるで《盾》が見えるように、鎌の刃に見立てたグリップを『盾の縁』に『引っ掛けた』。
「なっ!?」
「御免」
道着の男は――
引っ掛けたトンファーを振り上げ、そのままアギの《盾》を、剥ぎ取った。
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