アギ戦記 -学外での遭遇
学外にて。……ラブコメ?
そしてエンカウント。戦闘パートは次回!
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「ああ。今女学院から西の方、姫さんが今日歌う、ていう会場にリュガと3人で向かってる」
女学院を派手に抜け出してから。アギはPCリングを起動してヒュウナーと連絡を取った。空を自由に飛べる緑モヒカンの彼は、定期報告と情報収集に1度学園へ戻っていた。
今回の長期任務に限り、アギとリュガは連絡手段としてエース仕様のPCリングが貸与されている。これは従来器では制限されている各種機能が解放された高性能器だ。
環境の問題で本来リーズ学園内でしか使えない遠距離通話もセイカ女学院内に大型の念波中継器を1つ仮設するだけで対応できる。現在学園にいるヒュウナーにだって女学院の近くにいるのなら通話することができた。
幻創獣同士の《交信》を経由した通話機能。今アギの腕にちょこんと乗る彼の幻創獣――頭に青いバンダナをした竜人兵――は、ヒュウナーの声をアギの元に届け、彼独特の妙な訛りで喋っている。
市街に出て護衛となると、ヒュウナーが上空から警戒するのが1番。そう思ってアギは連絡したのだが。
『ワイは野暮用でもう少しかかる。女学院に戻るのが20分後といったとこや。合流するにも、お前らが会場に着いた頃になるやろな』
「おい。つーことは」
『2人で頑張り』
「……」
『なんや? その嫌そうな沈黙は』
そんな空気まで伝わるのか?
通信系のゲンソウ術が使えないアギは、改めてPCリングの性能に感心した。
『乗り気やないな。マイカとなんかあったんか? もう』
「もう、て何だよ。……殴られたよ。『ぐー』で」
不貞腐れた声を聞くと、げらげら笑いだすアギの幻創獣。
『ぎゃはは。早速か。マイカは美人さんのくせに生粋の南国人やもんな。気っ風がよくて短気で、喧嘩っ早い』
「あー。そんな感じだよ」
アギは殴られた頬を無意識に摩る。あの時は完全に意表を突かれた。女の子で『ぐー』を使ってくるのはエイリークくらいだと思っていたのだ。恐るべし南国の女。
まあ。《竜巻ぱんち》や《昇華斬あっぱー》を振るう彼女は西国の生まれなんだけど。
『けどまーあれやろ? お前はお前ででりかしーつうもんが欠けとるから』
「っ、てめぇに言われたかねぇ!」
街中でいきなり叫ぶので通行人から不審な目で見られた。学園の外でうっかり通話するとこうなる。
傍目からは人形相手に喋る変人。アギの前を歩くマイカも振り返りびっくりしている。
「なにしてるの、あんた」
「……なんでもねぇ。いいから前見て歩け前」
腕を振って追い払う仕草に怒った彼女は、振り返った体を戻してスタスタと先を急ぐ。見失わないようリュガが慌てて彼女を追った。
「ったく」
『大声出すなや。耳にくる』
「悪かったよ。だけどお前な」
『なんや。どうせダチとつるむノリで彼女にも気安く触ったりしたんやろ? あかんで。女の子つうのは気難しゅうて、何よりでりけーとなんやからな』
「……」
この時アギが受けたショックは甚大。
まさか女の子の扱いでヒュウナーに諭されるとは思いもしなかった。
『で。どこ触ったん? 胸か? 尻か? やわらかったか?』
「ヒュウ!」
憎たらしいことを言う幻創獣をいくら握りつぶしても、ヒュウナーにダメージを与えられない。それが腹ただしい。
姿を見なくてもアギの様子がわかるのか、ヒュウナーは「冗談やて」と軽く謝る。
『でも頼むで。《歌姫》を狙ってくるのは再起塾。これは間違いない。やからお前だってわかるやろ? 奴らが事件を起こすのは学校の中やない。学外の市街なんや』
ヒュウナーは前に言った。『奴ら』の手口を知っている2人だからこその抜擢だと。
『奴ら』が動く可能性が高いのは、マイカが外で音楽活動するこのタイミングだ。彼女がイベントに赴く今こそ護衛任務の本番といっていい。
だからこそ。アギには気になることがあった。
「なあ。だったらどうして、歌の姫さんを女学院の外へ出したりするんだ? あそこは寮だって中にあるんだぜ。事件が解決するまで学校の中にいた方が安全じゃねぇか」
『……。そうなんやけどなぁ』
「ヒュウ?」
歯切れの悪い返事は彼らしくない。
ヒュウナーは少し考えてから言葉を口にした。
『アギ。ワイはな、今回のことでマイカの事を知り、彼女に同情しとる。そんでな、同じくらい彼女のことを羨ましくも思っとるんや。尊敬と言ってええ』
「あいつを? お前が? なんだよそれ」
『すまん。うまく言葉にできん』
とヒュウナー。
『お前の言う通りした方がええに決まっとる。彼女の安全は保証できる。けど違うんや。それだけなんや。ええかアギ。お前の《盾》が守るモンちゅうならな、このワイ《鳥人》は、何の縛りもなく空を飛べる自由の男なんやで』
鳥籠なんて自分が勘弁なのだ。だから彼女の意志を尊重し、自由にさせてあげたい。
でも。それだけじゃない。
『ワイにもエース資格者であるプライドつうもんがある。学校の言いなりなんて御免や。やからエースの介入権使うてまで本来の依頼から逸脱したことをワイらはやっとる』
ヒュウナーは任務の代行を頼むにあたり、アギに隠していることがある。
《歌姫》の護衛なんて本当はおまけ。ついでだったということ。
「本来の依頼?」
『お前は《歌姫》の歌を聞いたことあるか?』
突然ヒュウナーは訊いた。アギの返事は「いいえ」だ。
「それがどうしたんだよ」
『なら今日はええ機会や、いっぺん聞いとき。世界が変わるで。……いいや』
幻創獣を通してヒュウナーの声音に感情が籠る。
郷愁や羨望。そういった何か。
『ワイも昔、どうせとんがるならマイカのようになりたかったわ。音楽ってええな』
そう言う彼は、今だって緑髪モヒカンでなかなかパンクなわけだけど。
《歌姫》の歌を知らないせいなのだろうか。ヒュウナーの感傷にアギはあまり共感できなかった。
+++
女学院から離れ、PCリングの通話可能距離から外れかかったので連絡を切った。遅れがちだったアギはリュガに追い付くべく先を急ぐ。
合流直後。早速マイカに絡まれた。
「遅かったじゃない。何してたのよ」
「何でもねぇって言ったじゃねぇか。……なんだよ、それ」
アギが少し離れている間に、マイカの出で立ちが少し変わっていた。
彼女は唾の広い帽子を被り、眼鏡をかけている。
「目、悪かったのか?」
「馬鹿ね。変装よ変装。あたしって有名人だから」
彼女は伊達眼鏡であることを教えるように、レンズのある場所に指を通す。
「いくら地味な制服着ていても、あたしがセイカ女学院の生徒だというのは結構知られてるの。わかる人にはわかるのよ。髪だって」
成程。確かに彼女の輝く燈色の髪は、ヘアゴムで簡単に束ね地味にしても目立つ。
「街で気付かれたら、ちょっとしたパニックよ」
「ふーん。そんなもんか」
『ただの一学生』が変装なんて大げさだとアギは思うが、『奴ら』のターゲットにされているのだ。用心に越したことはないと納得。
ここでアギは少し前にマイカとしたやり取りを思い出した。『ぐー』のあれだ。経緯はどうあれ彼女を怒らせた。その……触ったりして。
ヒュウナーに言われたからというわけではないがアギは悪いことをしたと思い、彼なりに気を遣い彼女と距離を置くことにした。
「周囲の警戒はしておくから俺に構わなくていいぜ。さっさと会場とやらに行こう」
「何よその言い方。あんた怒ってるの?」
それはお前だろ。急に不機嫌になった彼女にアギは言いたい。
「もしかしてさっき殴ったこと? 男でしょ。そのくらい笑って許しなさい」
「……わかったよ」
渋々頷いた。不可解だったが。
ステージ会場へ向かい雑踏の中を3人、マイカを先頭に3角形の並びで歩く。
変装といって地味な格好をしてるマイカであるが、長身ですらりとした肢体を、背筋を伸ばして歩く姿は中々堂に入っている。彼女を見て思わず振り返る通行人は多い。
彼女が目立っている。注目されている。アギはそう感じることはできたのだが、それが『リーズ学園らしい男子を2人も連れ従わせている女子』という構図にも原因があるとまでは気付かなかった。
学外では所属を表す制服の影響は、彼らの想像以上に大きい。リーズ学園のネームバリューなんて特にそう。
人目につきたくなければ、変装するべきは彼らだったのかも知れない。そのあたりの判断がつかなかったのはアギもリュガも、特に護衛の訓練なんて受けたことはないから。これがあとで少し問題となった。
移動の途中、マイカが振り返りアギに話しかけてきた。
「思ったより早く着きそう。少し時間あるみたい。ちょっと話相手に付き合ってよ」
「そういうことならこっち。リュガに頼んでくれ」
「あ、アギ……」
厄介払いではない。これはちょっとした友情だとアギ。
《歌姫》ファンでもある彼なら、喜んで付き合ってくれるだろうと思ってのこと。
ところが。
「リュガ君とはさっきまで話に付き合ってもらったわ」
とマイカ。
「だけど彼、物静かであまり喋ってくれないの。体は大きいのにシャイなのよね」
「おい」
誰が、なんだって?
大体『君付け』で呼ばれるようなキャラか? アギが思わず隣を振り向くと、リュガは気まずそうに目を逸らした。
(お前、なにやってんだよ)
(1対1なんて無理だ。緊張して間が持たない)
へたれだった。
それでマイカは暇つぶしにとアギに話しかけてくる。
「だから今度はあんたの番。リーズ学園のこと、何か話してよ」
「何かって、……何話せばいいんだ?」
「女の子を喜ばせる会話もできないの? 駄目ね」
「うるせ」
「だったらさっきのあれ。人形みたいなのと話してたでしょ? あれは何?」
はじめから訊きたい話題があったらしい。マイカは幻創獣に興味津津。
「もしかしてあれも精霊? あんたも《精霊使い》なの?」
「違うちがう。あれは幻創獣っていう、このPCリングで操作して色々できる……」
あれ。なんだっけ?
幻創獣って何? 考えるとうまく定義できない。アギは説明できずに首を傾げた。
連絡しあうのに便利だからなんとなく使っている。思えばPCリングの『PC』の意味も何のことだかさっぱり。
参考にすると。かつて幻創獣の開発者である技術士『ルックス・ルウフェル』は、幻創獣の定義として「術者の想造で生み出し、思考操作で操る魔獣」「ゲンソウ術で再現した《召喚獣》」と言ったことはある。
しかし。PCリングを開発する経緯で改めて幻創獣の基になった『遺跡の謎システム』を解析し直した彼は、リングを含む幻創獣をつくるシステムを新たに「《召喚獣》の再現ではなく、『精霊のようなもの』を再現した」と、自ら再解釈してもいた。
閑話休題。つまり幻創獣を説明するのは難しい。
アギは誤魔化すようにPCリングを起動し、幻創獣をマイカに見せた。喚び出したのは彼のリザードマンではなく、PCリングに『プリインストール』されているうさベアさん。このキャラクター、《獣姫》の着ぐるみとして学園では知名度が高い。
小さなうさベアさんを手の平に乗せ、思考操作でくるくると踊らせてみせると、マイカは驚き感心するように踊るうさベアさんに見入った。
「こういうやつだ」
「あんたが動かしてるの? すごいじゃない! こんなの作ってるなんて流石リーズ学園、て感じだわ」
「そうか?」
「ええ。この子の踊りはイマイチだけど」
「ほっとけ」
一言多い。
アギの思考に連動してうさベアさんが「ビシッ」とツッコミを入れれば、マイカもおかしそうに笑う。
次に彼女が注目したのはアギのPCリング。好奇心の強い彼女は珍しいおもちゃを見るように目を輝かせている。
「ねえ。その腕輪ってブースターなの? 訓練してないあたしには使えない?」
「そんなことねぇぜ。厳密にはブースターでもねぇらしいし、学園の一般生徒も使ってる……」
「じゃあちょっと貸して。あたしにも使わせてよ」
「ちょっ」
次の瞬間。マイカがリングを奪おうとスッと男2人の間に割り込み、アギの左腕に手を伸ばす。
突然の事に驚き、アギが反射で身を引いて腕を上げると、彼女は食いついて背を伸ばし体を寄せてきた。
色々と当たってる。
(おまっ、さっき殴ってきたくせに、自分から抱きつくのはありなのかよ!?)
アギは1番に理不尽を味わった。
「ちょっと待て! 離れろ」
「あっ。……何よ。けち」
「けち、て何だ。こいつは任務用の借り物なんだよ。……ったく。俺が普段使ってるのがあるから、遊ぶならそっちで勘弁してくれ」
強引に腕を振りほどいた時に見せた、しゅんとした表情をアギは見逃さなかった。
乱暴だったか? それで居た堪れなくなった彼は妥協案を彼女に提示する。
「……本当?」
「すこし待ってろ。リングの所有権を再設定して、お前にも使えるようにしてやるから」
拗ねた表情から一転。晴れやかな笑顔を見せるマイカ。現金な女と思わないこともないが、アギは気にしないことにした。
なんだかんだ言ってもアギは人付き合いの良い、面倒見の良い少年である。
流石は学園きっての苦労人、ブソウの後輩。忍耐力も高ければ、ユーマやエイリークにしょっちゅう振り回され(吹き飛ばされ)ていることもある。でも。何よりアギは故郷、《砂漠の王国》できょうだいたちに慕われる『アギにいちゃん』なのだ。年頃の気難しい『あね』や『いもうと』の我侭に付き合い、相手にするのにも馴れていた。
女の子の扱いに長けていると、言って良いのかどうかはさておき。
アギは自分のPCリングに嵌め替えると、リングから仮想モニター『ウインドウ』を宙に投影。設定画面を開き、画面に直接手で触れながら設定を弄り始める。
「えーと。前にユーマが言ってたのはこの、『アカウントの変更』を変えるんだったか。パスワード? なんだこれ」
「早く早く。急がないとステージに着いちゃう」
「急かすな」
「ねえ。このよくわからない文字の羅列は何? E、W……G? なんて読むの?」
「さあ。知らねぇ」
マイカも一緒になって、よくわからずとも楽しそうに画面を覗いている。アギは不慣れな設定変更に手を焼いて気付いていないが、随分と顔が近い。
傍目からは2人、いちゃついているようにしか見えなくて。
「……」
隣のリュガは「なんでお前だけ……」と、恨めしそうにしていた。
PCリングだって彼の方が詳しい。だけど話に割って入れなかったのはやっぱりへたれだから?
アギ、俺に話を振るんだ……! 構って欲しいリュガが相棒にひたすら念じていると。
「おい、リュガ」
「……ああ。わかってる」
よしきた。俺が代わりに彼女のリング設定を……違う。そうじゃない。
すぐに気付いた。自分達に向けられている力強い視線に。それも真正面から。
『奴ら』とは思えない。お尋ね者である連中は狡猾で表沙汰になることを極端に嫌う。もしも正面から仕掛けてくるとなればそれは、ユーマが遭遇した時のように何重にも罠を張って待ち構え、逃走経路まで確保している時くらいだ。
予想できることは案の定、イベントがあることを見越しての待ち伏せか?
視線の向こうにいるのは1人。袴のように裾の広がったズボンが特徴の、道着の男。
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道の真ん中で急に立ち止まるアギとリュガ。マイカは不審に思う。
「ちょっと。どうしたのよ」
「悪いな姫さん。厄介なことになりそうだ。……会場まで、あとどのくらいだ?」
「えっ。もう見えるでしょ? 正面、その学芸会館よ」
緊張の走るアギの表情。これを見ては彼女も素直に答える。
「時間ならこの先をまっすぐ歩いて5分もかからないけど……あ」
マイカも遅れて彼の存在に気付いた。彼女は道着の男を知っている。
《用心棒》。ヒュウナーがそう名付けた、再起塾の仲間。
「あの時のやつよ」
「……成程な。ユーマが苦戦したっていう。けど」
本当にこいつも再起塾なのか? 話は聞いていたが、遠くからでもわかる男の纏う空気の『質』に、アギは戸惑いを隠せない。
『道着風の制服』は珍しい。遠目からでは男の所属する、あるいは所属していた学校はわからない。校章でも確認できれば、学園で調べることもできるだろうが。
道着の男の体格は見たところアギとそう変わらない。中肉中背。身長もおそらく170前半。引き締まった身体つきと、半袖の上衣から覗く腕の太さから彼が戦士系、武芸者なのはわかる。
黒眼黒髪の青年。顔立ちも東国系。鋭い目付きもあって年はアギ達より少し上に見える。学生ならば3年か? 放たれる視線からアギは空気を切り裂く刃のような、鋭くも澄みきった武人の気質を道着の男から感じ取った。
誰だ? 道着の男は、アギ達が去年戦った『奴ら』とは明らかに本質が違う。犯罪に奔る悪党とは思えない。
「歌の姫さん。あいつ、どんな奴なんだ? 見た目戦士系っぽいが他の特徴は」
「知らないわよ。あたしは気付いた時には埋められていたのよ」
「……。そういやそうだったな」
こんな奴を相手にしたのならユーマは、そしてマイカも堪らなかっただろう。アギはそう思う。強気なマイカが道着の男の放つ視線に怯える様子を見せれば、ユーマが彼女を埋めて隠すまでした理由もわかる気がする。
危機感を持ったのはリュガも同じようだ。
「《用心棒》。本当に俺らと同じ学生なのか? どうするアギ。今からでも回り道して」
「いや。もう遅いみてぇだ」
気付かれていることに気付いている。道着の男は迷いもなくまっすぐ歩み寄って来る。
罠を疑った。それでアギとリュガはその場を動けず、2人でマイカを背に庇いながら男と対峙した。
「マイカ・ヘルテンツァー。君に確認したい事がある」
道着の男は静かに言った。間近に見れば昏い雰囲気など一切ない、精悍な男だ。腰には鋼鉄製の警棒を左右に2本ずつ提げている。
学校の制服らしい紺の道着は清潔で綻びもなく、あぶれ者には見えない。校章も左腕にあった。
アギの知らない、大樹をモチーフにした緑のエンブレム。
「君は……」
「おい。待てよ」
マイカに訊ねてくる道着の男。割り込んだのはリュガだ。
「マイカさんに話があるのなら、俺達を通してからにしてもらおうか」
「……。マイカ・ヘルテンツァー。確認したいのは《歌姫》と呼ばれる君の……」
「聞けよ!?」
無視された。
「この野郎」
「落ち着けよ。リュガ」
思わず街中で抜刀しかける赤バンダナ。
短気で喧嘩っ早いのが南国人の特徴、とヒュウナーは言ったが、リュガもまた典型の南国人らしい。
今度はアギが話しかける。
「悪いが忙しいんだ。また今度にしてくれねぇか」
「……。話に時間は取らせない。それに今回は俺1人だ。罠もない」
「なんだって?」
「なんでアギには答えんだよ!?」
それはメインキャラ扱いされていない小物だから。というのは冗談。
しかし。道着の男の言葉を素直に信じていいものか。
アギは決断した。この男のことも『奴ら』のことも、少しでも情報は欲しい。
「いいぜ。あんたの話を聞こう」
「アギ?」
「勿論俺達にも聞かせてくれんだよな? 歌の姫さんだけってのは無しだ」
話を聞いてから判断する。無難なアギの言葉に、道着の男は心なし口元を綻ばせた。
「それでいい。……ありがとう。話を聞いてくれて」
「……なんか調子狂うな。あんた、本当に再起塾の人間なのか?」
道着の男は、
「……。そうだ」
と、簡潔に答えた。増々正体のわからない男だった。
道着の男は改めてマイカに訊ねる。
「確認したいことは1つだ。マイカ・ヘルテンツァー。《歌姫》と呼ばれる君の力は本物なのか?」
「力?」
アギも聞いたことがある。確かドゲンのおやっさんの店でリュガが言っていた、
「《歌術》ってやつか」
「そう。《歌姫》だけのゲンソウ術。かつての《魔法使い》達の秘術。これを再現してみせた君の歌は」
「やめて」
マイカは道着の男の言葉を遮る。彼女は拒絶の意を示した。
怒りの感情を露わにして、挑むような瞳で道着の男を睨みつける。
「《歌術》なんて知らない。わからないの? ただの歌に、力なんてあるわけないじゃない!」
「おい、姫さん?」
「《歌姫》の歌はただ……、ただ、あたしは……!」
「ならば確かめさせてくれ」
意外とも言える、道着の男の提案。
「……えっ?」
「俺には、君の歌が本物とは思えない」
「!」
マイカに動揺が走る。道着の男は言った。
「《歌術》でないと証明できれば、狙われる理由もなくなる。今回の件にすべて片を付けることだってできる。これはマイカ・ヘルテンツァー。君のためにする提案だ」
「ちょっと待て。《歌術》なんてどんなもんか知らねぇが、そんなよくわからねぇもん、どうやって調べるんだよ」
「俺と一緒に来て欲しい。勿論君たちにも居て貰って構わない」
「なっ!?」
驚くしかなかった。
道着の男は、頼もしく感じてしまうほど力強く3人に答える。
「君達の安全は、俺が保障する」
「待てよ。……何が話だけだ。結局てめえは、マイカさんをてめえの都合で連れて行きたいだけじゃねーか。しかも俺らごと? ふざけんな!」
「リュガ!」
今度こそリュガは背に担いだ大剣の柄に手をかけた。アギが制止に入る。
「馬鹿。落ち着け」
「落ち着けるか、こいつは信用できねぇ。マイカさん! 君だってあの男に付いて行きたいのか?」
「おい!」
「あ……」
マイカは動揺していた。先程の道着の男の言葉と、自分を見つめる鋭い双眸に。
リュガの怒鳴り付けるように質問する声に、怒鳴る彼を止めるアギの大声にも。彼女が何を畏れているのか、もうはっきりしない。
マイカは。
「……嫌よ。どうして? あたしなんていくら調べても、何もわかるわけないじゃない!!」
すべてを拒絶するような絶叫だった。
彼女が過剰に反応する理由をアギは理解できない。しかもここは市街地の中だ。突然の少女の絶叫に何事かと、彼らに注目する通行人。野次馬まで集まってきた。
そして。我が意を得たと物騒に笑うのはリュガ。
「ああ。その通りだぜマイカさん。……おい。交渉決裂だ。そこをどけ」
「……」
道着の男は無言。落胆したような溜息を吐くだけ。
「おい!」
「君達と争う気はない。今は騒ぎを起こしたくないんだ」
「再起塾の野郎が何言ってやがる! アギ。マイカさんを連れて会場に行け。ここは俺が――」
「待て、リュガ!」
リュガは止まらない。血の気が多い彼は護衛の使命に燃えた。
「スカした野郎は俺が、ぶっとばしてやる!」
邪魔者を力尽くで追い払うべく大剣の鞘を外し、道着の男に斬りかかる。
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