アギ戦記 -舞台裏のユーマ
ユーマとブソウ、『奴ら』を語る
アギは任務代行開始。初仕事は?
《前書きクイズ》
Q.《用心棒》は『旋棍使い』です。つまり彼の武器は何?(難易度E:少しネタバレ。調べたら1発)
Q.ブソウの使う《紙兵》。彼がこれまでに繰り出した《紙兵》を使った術式は何種類あったか。その数を答えよ(難易度B:ユーマの使った《砂人・千騎兵》は除外)
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再起塾。それは、元は学園都市にある時間外再教育施設、その1つであった。
この世界、学園都市における塾とは、放課後の時間帯に学外で『充実した補習』を行うことを目的とした私設の専門学校のことをいう。
設備と教員が充実したリーズ学園の生徒には少ないが、他校の生徒と交流できることもあって、放課後塾に通う学生は多い。それで再教育施設とはその塾の中でも毛色が違い、訳あって退学になった学生の、次の転校先が見つかるまでの預かり所のような場所のことである。再起塾も最初はその手の施設であった。
編入試験に備え教員を雇い特別授業を個別に行いもしていた、その名の通り学生の再起を図る立派な塾だったという。だがそれも昔の話。
毎年増加の一方を辿る学園都市の人口。これに伴う学生の犯罪者・退学者の増大に再起塾他、再教育施設の殆どが次第に事態に対応しきれなくなったのだ。塾としての機能が崩壊した再起塾は、悪質な事件を起こした学生たちの溜まり場と化してしまい問題となった。
これを見兼ねた当時の学園都市市長が近年、1つの政策を実施。それが再起塾を新たに学生の収容所、矯正教育施設として再構築するといったもの、要するに少年院を創ることだった。
学園都市内にあって隔離された要塞のような巨大施設。それが現在の再起塾だ。毎年何百人もの学生が収容されている。
施設の全容は不明。収容された少年たちが中で何をしているのかもわからない。出所できるかどうかも。その不気味さから『監獄』と呼ぶ学生さえいた。
再起塾は存在そのものが学生犯罪者の再発を防ぎ、被害者の激減に一役買っていると言われている。
だけど。その一方で。
「脱獄しては裏で学生犯罪の手を引いている。そんな噂があるのも確かだ」
おそらく事実だろう。去年の学園襲撃でアギたちが倒した『奴ら』も、今回ユーマたちが捕まえた『奴ら』の中にも、再起塾にいる筈の少年たちがいたのだから。
学生ギルドの非公式依頼としても受理されない裏の仕事。それを報酬次第で引き受ける傭兵のような連中。学籍を剥奪され学生でさえない者たち。
《C・リーズ学園》の自警部部長、ブソウ・ナギバはそう、再起塾を名乗る『奴ら』のことをユーマに説明した。
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ユーマが学園都市に来て2ヶ月と少し。彼の知らないことは多い。
「ブソウさん。再起塾に収容された学生にはやっぱり、竜騎士団も」
「全員というわけではない。エルドの所にいる4人組のように復学した者だっている。ただし。取調べで傷害以上の罪を犯したとわかった奴らは例外なく再起塾に送るようにした。自警部の部長として、俺がな」
「ブソウさん……」
自らの手で裁いたとブソウ。
学園から放逐した生徒の責任までも背負う。学園一の苦労人とは、そんな男だった。
《皇帝竜事件》と呼ばれる事件の裏では、今期の《Aナンバー》選定における様々な思惑があった。《竜使い》ユウイ・グナントと彼が率いた騎士団、《グナント竜騎士団》が幻創獣を使った闇討ち、彼らが現エースとエース候補者たちの排除を行ったのもその1つである。
《竜使い》らの暗躍は《黙殺》を無実の罪に陥れ、ティムスをはじめ何人もの重傷者を生み出した。そして。結果的に彼らの組織を壊滅に追いやり、学園から約60名もの生徒を追い出した中心人物は他ならぬユーマであった。彼はその後学園を退学した竜騎士団員たちの行方を詳しく知らない。
今回の《歌姫》拉致未遂という事件が起きるまでは。
「ミツルギ」
「襲撃者の中に見知った顔がいたんです。事件に竜騎士団の残党が関わっているのなら、俺のやったことは」
「お前の背負う責任ではない」
ブソウは厳しい声ではっきりと告げた。
「残党の奴らが再起塾の脱獄者に混じり悪事を働くというのならそれは、奴ら自身の責任だ。この期に及んで学園を退学した理由も理解できないというのなら、救いはない」
「ブソウさん?」
「犯した罪を償うこともできず、いずれ裁かれることになる」
「裁き……?」
学園都市直属の憲兵。懲罰隊。
その存在をブソウは示唆する。
「覚えておけ。例え学園都市が学生のためにある街、楽園だとしても。ここは俺達に甘い顔をさせるだけの場所ではない。『奴ら』だって、『教員』が動けばすべて終わる」
学園都市の暗部。それはブソウでさえ把握していないこと。
得体のしれない何かにユーマは頷くしかなかった。
神妙な空気。ブソウは気持ちを切り替え、でも眉間に皺を寄せてユーマを軽く睨む。
「大体そんなことはどうでもいいんだ。今、お前の負うべき『責任』はこれだ」
「うっ」
それはユーマの座る席、長机の前に積まれた紙の束。
数千枚もある《歌姫》ファンからの、苦情の手紙。
「少しは俺も手伝ってやる。1人1人に謝罪文を書け」
「……はい。風葉、お前も手伝って」
「仕方ないですねー」
ユーマの《守護の短剣》からひょっこり出てくる風葉。
10センチサイズの精霊はペンを抱くように抱え込むと、ふよふよー、と紙の上で踊るように文字を書き連ねる。
うたひめうめてごめんなさい、と。
「どうですかー?」
「うん。いつもながら達筆」
「待て。……全く誠意が感じられん。書き直せ」
「誠意ならほら」
ユーマは封筒を取り出すと風葉の書いた謝罪文と誠意――《歌姫》のライブチケットを1枚封入した。
あとは送り先を書いて。
「1通終わり」
「おい」
「いいんですよ。学生相手の謝罪ならこの程度で。ファンも喜んでくれます」
「お得ですねー」
誠意は即物的だった。
「限定ライブにも行けてマイカさんの無事をこの目で確かめられる。よくないですか?」
「……そのチケットはどうした?」
「さっきヒュウさんが」
マイカの誤解は解いてやったでー、と空を飛んできては、定期報告のついでに彼女が用意してくれた追加イベントのチケットを持ってきてくれたのだ。たくさんあるのは多分布教用。
「苦情は数千枚とあるけど、相手は千人ちょっとだ。この調子でどんどんいこう」
「はーい」
ユーマは内職(?)に馴れていた。これも兄の教えの賜物か?
「俺と風葉で封筒の中身を用意します。ブソウさんは送り先の住所書いてくれません?」
「……いいだろう」
俺の短所は固く考え過ぎる所だと、自分に言い聞かせるブソウ。この程度の作業になれば夕飯時までに終わる。彼も馴れたものだ。
真面目に何千枚もの謝罪文書き、今日も徹夜を臨んでいた身としてはこの上ない提案であった。
+++
一方。セイカ女学院の放課後。
アギはリュガと共に校舎の中を駆け回っている。後方には彼らを追いかける多くの女子生徒たち。別に「きゃー。アギ様ー、リュガさまー」というノリではない。
その証拠に女子生徒の先頭を走る三つ編みおさげのガミガミ委員長タイプ、イレーネが2人に向かってキッツイ視線を送りながら叫ぶ。
「あなた達! 廊下を走るのは校則違反よ、待ちなさい!」
「……だとよ。アギ」
「って、んなこと言われてもな」
「なにしてるのよあんた達、急ぎなさい」
うしろからと思えば、今度は前からもきっつい声。
2人の前を走るのは《歌姫》のマイカ・ヘルテンツァー。彼らの護衛対象。
マイカは息を切らした様子もなく、ヘアゴムで束ねた髪を揺らしながらジグザグに校舎の中を駆け抜け、追手を撒きながら外を目指す。そんな彼女に仕方なく追走するアギ達。
彼らは今、彼女の『脱走』を手伝わされている。アギは堪らずマイカに向かって叫んだ。
「待てよ姫さん! 無茶苦茶だぜ。なんでこんなことするんだよ!」
「だって。今日は待ちに待ったライブなのよ。みんなが準備して待ってるんだから」
マイカは髪を揺らし、輝く笑顔を振りまいて答えを返した。
楽しみで待ち切れない、そんな表情。上気した赤い頬を彼女は隠そうともしない。
「ぐずぐずしないで頂戴。あんた達のせいでシスターに捕まったりなんてしたら」
許さないんだからっ。
本気とも冗談とも言えない笑顔の脅し文句。ところが。少女の魅力的なスマイルをみせられてもアギは騙されはしない。
他所の学校に来てまで自警部に追いかけられるような真似をして、焼きそばパンを駄目にされた(*彼は食べ残しを泣く泣く池の魚に与えました)恨みか、アギはマイカの意に介さない。
だけど。
「これも護衛の仕事の内っていうのかよ」
と愚痴っても。
「なあリュガ」
「いいから走れ。《歌姫》のイベント成功は、俺達にかかってるんだからな」
相棒の赤バンダナが妙な使命感を以て事に当たるものだから。
「……はあ」
付き合うしかなかった。
マイカの主導で1階まで駆け降りる。
待ち伏せを予想してか彼女は校舎の出入り口となるエントランスを避け、途中廊下の窓から外へと飛び出した。その行動力はお転婆というか破天荒というか。
屋外へ出たマイカが次に向かうのは、学外へと出る校門でも裏門でもなかった。
女学院と市街を隔てる絶壁のような外壁へ、彼女はまっすぐ突き進む。
「行き止まりだ」
「委員長に追いつかれるぞ。この先どうすんだよ」
「外壁を飛び越えて。できるでしょ?」
「はあ!?」
人任せなんて無茶苦茶だ。
驚きを超えて嫌そうな顔をするアギを見て、マイカは「むっ」とする。
「何よ。あんた達だってリーズ学園の生徒なんでしょ? できないなんて言わせないわ」
外壁の高さは3~4メートルのあいだ。確かに戦士系のアギやリュガなら、このくらい壁をよじ登るのは容易い。壁を2、3回蹴ってジャンプでクリアだ。
ただし。この外壁の手前には深い水堀があって、外壁に取り付くのが困難になっている。マイカを連れて壁越えというのなら尚更。
だけど。だけどだ。
「ヒュウナーとユーマはできるのに無理なの? 無能?」
なんて言われれば、アギだってムキになる。
「どうなのよ」
「……いいぜ。やってやろうじゃねぇか。おいリュガ、2人だ。いけるよな?」
「2人、ってお前まさか」
コンビネーションだ。アギがやろうとしていることを察して嫌そうなリュガ。
心情としては「お前だけオイシイ思いすんなよ」といったところ。
「お前にとって、外へ連れ出すのも任務なんだろ?」
「でもな」
「リュガ君、お願い」
「よしきた任せろ」
現金だった。青バンダナの相棒がしらけた目を向けるが気にはしない。
マイカのお願いに応じたリュガは、肩に担いだ愛剣を鞘ごとホルダーから外した。
リュガのクラスは《大剣士》。それも大型魔獣を相手にするのが専門の、前衛超攻撃型。彼の剣は刀身の分厚い、1撃の重さに特化した巨大なもの。剣の幅も広く、ヒト1人くらい乗せることだってできる。
外壁に背を向けたリュガは、大剣を下段に構えた。
「いつでもいいぞ」
「おう。歌の姫さん、失礼するぜ」
「えっ? ……きゃっ」
アギはいきなりマイカを引き寄せると、そのまま横抱きに抱えジャンプ。リュガの大剣に足をかける。
「ちょっとあんた、何するのよ!」
「気をつけなよ舌噛むぜ。リュガ!」
「おらあっ!!」
「きゃ……」
次の瞬間。マイカの甲高い悲鳴が空にこだまする。3人に追いついたイレーネ達女学院の生徒たちも唖然。
リュガは気合の雄叫びと共に大剣を振り上げ、アギをマイカごと、壁の向こうへと高く打ち上げたのだ。ソードカタパルト。これが《バンダナ兄弟》の得意とする連携技だ。
しかもリュガはこれだけでは終わらない。
2人を打ち上げたあとは1人だけ置いてけぼり。そんなことはさせないと、今度の彼は大剣を上段に構え、思いっきり振り下ろす。
移動系大剣技、《爆砕跳躍》。地面に叩きつけた反動で高く跳ぶ力技だ。アギに続いてリュガもまた、外壁を軽々と飛び越えていった。
脱出完了。これで第1ミッションクリア。
それで。マイカ達の騒がしい脱出劇を最後まで見届けた、委員長ことイレーネは。
「行ったわね。……まったく。彼らも派手なことしてくれるわ。剣で空けた穴は、あとで責任もって埋めてもらわないと」
「イ、イレーネさん」
怒ったような彼女の背後から、恐る恐る声をかけるのは小柄な女子生徒。今日の昼休みにマイカやイレーネと一緒にアギ達の元を訪れたもう1人の少女だ。
「時間、あまりないかも」
「わかってるわリュシカ。騒いでる内に私達も行くわよ。遅れないでね」
「う、うん」
また。外壁を飛び越えた3人は。
「――よっ、と。どうだ姫さんよ。飛び越えてやったぜ」
マイカを抱きかかえたまま、軽々と地面に着地したアギ。
彼は先程の挑発に対し腕の中の彼女に向かって「どんなもんだ」と笑ってみせる。
ところが。笑顔を向けられたマイカといえば顔が真っ赤。なぜなら彼女は……
「……」
気付けばいきなり抱き寄せられ、そのままお姫様だっこされて、訳のわからないまま、説明もなしに次の瞬間には打ち上げられ、外壁を飛び越え自由落下して、
突然の連続でカッコ悪い悲鳴をあげてしまった。声をかけられて終わったと思って固く閉じた目を開いたら、あのバンダナ少年の顔が思いのほか近くて。
その時に抱き寄せられたままなことに気付いた。更には飛びあがった時からずっと、彼にしがみついていた自分にも気付いてしまって急に恥ずかしくなってしまう。
だというのに。
「どうした? ちゃんと学校から脱出したんだぜ、なんか言えよ」
「……どこ触ってるの」
「え?」
自分をお姫様抱っこしているというのに。平然としている青バンダナに彼女はなんだか腹が立って、
マイカは。
「いい加減離しなさいよ、馬鹿っ!」
羞恥と怒りのあまり、アギを『ぐー』で殴った。
このあと。更にあとから外壁を跳び越えてきたリュガは、アギがマイカから受けた理不尽な仕打ちなんて気にもせず「マイカさんに抱きついてんじゃねー!!」とアギに大剣を振るってくる。誰がどうみたって妬みだったという。
「……俺が何したって言うんだよ」
リュガの制裁を、アギは《盾》で弾いた。
+++
一方その頃。C・リーズ学園。
自警部の部長室。ユーマとブソウ(あと風葉)が『誠意』を込めた謝罪文を書き始めて約1時間が経過。
「……ブソウさん」
「何だ」
「今回のことで、気になることがあるんです」
「聞くだけ聞いてやる。だから作業を止めるな」
ブソウは振り向きもせず特注のマイ筆(!)を動かし、封筒に宛先を書き続ける。
よく考えてみると、彼の作業の方が封筒に手紙とチケットを封筒に詰めるユーマよりも大変なのではないだろうか。それでもブソウは耳は傾けてくれるらしい。
ユーマも作業を続けながら話をした。彼が遭遇した『奴ら』のことをだ。
気がかりは幾つもある。特に《歌姫》の拉致を仕掛けた連中と共に現れた《用心棒》。ユーマが交戦し苦戦した彼だけは、襲ってきた再起塾の連中と明らかに違う。
ヒュウナーがそう名付けたように、《用心棒》はユーマが見ても悪党というより武芸者といった空気を身に纏う男だった。
エース級と言って過言でない正体不明の実力者。交戦してわかったことは、《用心棒》は純粋な戦士系でありながら「戦士系の天敵」ということ。
ユーマが思うに現在《歌姫》を護衛する3人の内、《用心棒》に対抗できるのはきっとヒュウナーだけ。《大剣士》のリュガは勿論、《盾》を使うアギも《用心棒》の『技』とは相性が悪いはず。ユーマだってそう。
精霊たちがいて3対1の状況に持ち込んだから引き分けに持っていけた。下手をすればマイカを奪われていた。《用心棒》との戦いを思い出しユーマは苦い気持ちになる。
(ヒュウさんは「《用心棒》をワイが抑えとけばあとは楽勝」って言ってたけど)
確認した竜騎士団残党の存在。《歌姫》を狙う再起塾の真の狙い。でもブソウが言うに『再起塾を名乗る犯罪集団』は傭兵のような連中らしい。ならば雇い主は誰か?
事件の謎は多い。なのに対するは戦士系オンリーの赤、青、緑の三原色パーティー。搦手にすごく弱そう。
……不安になってきた。
(サポート役に魔術師のアイリさんか、技術士のポピラがいればバランス取れそうだけどなぁ……)
この時。《銀の氷姫》ことアイリーンは、リアトリスの要請を受けて彼女の任務に同行、《紅玉騎士団》と共に出張中。
ポピラは協力を仰いだ時に「馬鹿ですね」と拒絶された。流石に女子1人だけというのは酷か。
エイリーク?
彼女もアイリーンと一緒だけど、ここで突撃系剣士を追加しても。
(やっぱりここは……)
結論。やっぱり俺しかいない。俺と書いて主人公でもいい。
番外編? アギが主役? ……いや。どんな時だろうが主人公が活躍しないと。
「でしゃばるとー、碌なことになりませんよー」
「風葉はうるさい。――というわけでブソウさん。再起塾を使ってきた黒幕のことも気になります。調べるためにも俺、今から報道部に行ってヒュウさん達のバックアップに…」
「そう言って逃げようとするな」
ブソウはユーマの言葉を信用していない。特に彼が説教をはじめる時は、誰からも似たようなことを言われ、よく逃げられるのだ。
《バンダナ兄弟》にヒュウナーは勿論、ミスト、クルス、マーク、ミヅル、メリィベル。更には《黙殺》、報道部部長。旧友の生徒会執行部議長に自警部の部下にも。
……《Aナンバー》は殆どじゃないか。苦労が絶えないな、この人。
「何をするにもまず、お前は謝罪文を書き終わってからだな……」
「もうすぐ終わります」
「何だと?」
驚いて初めて振り向くブソウ。彼はユーマを見て2度驚いた。
長机の上に沢山の小人が、同じ動作をして働いている。
風葉と一緒になってせっせと謝罪文を書き、チケットと一緒に手紙を封筒に詰めていく銀色の小人たち。10センチサイズ、3頭身の小人の正体は《コメットマン》。ユーマが所有する幻創獣だ。
PCリング。それは幻創獣の腕輪を基に《エルドカンパニー》が開発した多機能ツール。
このリングにはゲンソウ術の他に遺跡の謎システムが使われており、てのひらサイズの幻創獣を介した通話、メール機能を備えている。学園で個人の通信端末として生徒に普及したばかりの新アイテム。以前の腕輪のような戦闘力はないが、小型の幻創獣を思考操作で操ることは今でも可能。
ユーマはエース仕様で高性能化されたPCリングを使いコメットマンを複数展開、同時操作している。術者であるユーマの作業を、ユーマの思考を基にコメットマンに真似させて作業させているのだ。単純作業なら思考操作による脳の負担も軽く、作業効率はこれで10倍以上アップ。
千通以上の謝罪文(チケット入り)が瞬く間にできがった。
「よし、終了。終わったんで俺行きますね」
「待てミツルギ! 第一お前はもう、依頼主から任務を外され……」
「『エース資格者は学園都市内で起きる有事の解決に協力できる』、だから他校の事件に介入できる権限を持っている」
「それは」
ユーマがエースとして初任務のついた時、彼がヒュウナーと共にブソウら先任のエース達から聞いたこと。
「そうでしたよね? だったら任務なんて関係ない。エースの俺はその権限で《歌姫》に関わる事件に介入して、ヒュウさんたちの手伝いに行けるはず」
「……確かにそうだ。だがそれを知っていながらお前は、権限を使わず護衛任務から身を引いた。まさか何か理由があるのか?」
「マイカさんを拉致しようとしてきた時の状況が不自然で。どうも彼女と俺たちの行動が奴らに筒抜けのような」
「なんだと?」
ユーマは思い返す。
その日。《歌姫》のイベントもなく気まぐれで女学院の外へ『脱出』した彼女が、これまた気まぐれで立ち寄った市街地のど真ん中で大規模な待ち伏せに遭った。何日もかけて仕掛けたような罠付きで。
ユーマとヒュウナーが護衛に付いていることを知ってか1人の誘拐に何十人と動員し、更には《用心棒》というエース級まで投入してきた再起塾の『奴ら』。連中の勢力の規模と作戦の展開力、そして情報網は並ではない。
これでマイカの動向を逐一悟られていたとしたら、護衛として後手に回るしかない彼らはこの先も厳しい展開を強いられる。
「仕掛けてきたタイミングが完璧過ぎる。最悪セイカ女学院の中に侵入者がいて、内通しているのかもしれない。それだけは調べておかないと」
「だから報道部というわけか」
「はい。できるならミストさんみたいな隠密の人の力を借りたいと思います。部長さんがゴネて無理を言ってくるなら代わりに俺が」
「お前が?」
「もし護衛だった俺とヒュウさんの行動まで『奴ら』にマークされていたとしたら、任務から外れたのを機に俺のマークは外れるはず」
今なら裏で自由に動けるはずとユーマ。
どうでもいいがこの主人公、兄の影響かいつも裏舞台に行きたがる。ブソウはブソウで《皇帝竜事件》でユーマが裏でしたことを思い出し苦い顔。
エースの権限があって筋も一応通っているけど、行かせたくないなーと逡巡していると。
「とにかく俺、《用心棒》の正体とか、聞きたいことや調べたいことがあるから報道部に行ってきます」
「待て!」
聞く耳を持たず、ユーマは部屋を飛び出してしまった。気になってしょうがないのだ。
(《用心棒》……。あの人だけは)
再戦を臨むユーマ。任務再出撃か?
「……全く。ミツルギを含め《Aナンバー》の奴らはどうしてこう聞く耳をもたん。それに報道部は」
ブソウの眉間の皺が深くなる。
「ミツルギ。部長のあいつをあまり信用するなよ」
どうしたってブソウの気苦労は絶えない。
+++