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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 前編
154/195

アギ戦記 -《バンダナ兄弟》、セイカ女学院へ

 ここからが『アギ戦記』の本編です。セイカ女学園にて。《歌姫》との初顔合わせ。

 

 ……あれ? 《鳥人》って、こんなキャラじゃ……

 

 

《前書きクイズ》

 

Q.今回登場する『あの姉妹』。初登場は何時?(難易度D:……ついやってしまった)

 

Q.リュガの新兵器とは何か? 予想せよ(難易度C:伏線は彼の初登場の時。感想の返信にも1つ書いたような……)

 

 +++

 

 

 生まれて初めて『故郷』を目にしたのは、少年が5歳のときだった。

 

 『故郷』とは砂漠である。実は少年の生まれが西国の南部にある《技術交流都市》だと知る者は、数えるほどもいない。

 

 

 少年は覚えている。母に手を引かれてここまできた、その時のぬくもりを。

 

 広大な砂の大地。はじめて見た時に感じた、素直な気持ちを。

 

 

「……ははっ、でっけぇ。かーちゃん! なんにもねぇ!」

 

 

 ここなら、どこまでも走っていける。転んでも、砂の上なら痛くねぇ。

 

 暑ちー!

 

 

 無邪気に叫ぶ少年に母は、愛おしそうに微笑んだ。

 

 やっぱりおまえも砂漠の民なんだね、と嬉しそうに少年の頭を撫でたのだ。

 

 

 よく覚えている。少年はこの日の事を決して忘れない。母と2人、砂漠の民として暮らすことになった日。母は自分に、かけがえのないものを2つも与えてくれた。

 

 1つは後に少年のトレードマークとなる青いバンダナ。母とお揃いになる家族の証だ。そしてもうひとつは。

 

 

「坊やにもそろそろ……名前をつけてあげないとね」

 

 

 そう。この日まで少年には名前がなかった。

 

 少年の幼馴染になる年下の男の子と女の子の2人には、「ななしのおにいちゃん」とも呼ばれてもいた。少年自身「名無し」が自分の名前と思っていたくらいだ。

 

 砂漠の民の習慣に「子どもに名を与えるのは父親の役目」というのがある。確かに少年には父がいなかったが、名を与えられなかったのはそれだけが理由でない。

 

 

 命名。

 

 いのちに名を与える行為は、その人の運命そのものを決める、強い力を持っている。

 

 

にい……わたし、帰ってきたよ。この子にも見せたかったから。兄が変えようとしているわたしたちの故郷、砂の世界を」

「?」

 

 きょとんとして見上げる少年に、母はやさしく微笑むだけ。

 

 

「この子が、わたしの代わりにずっと居るから……見てくれるからね」

 

 

 彼女は帰ってきたのだ。故郷へ。

 

 

「かーちゃん?」

「……うん。今度こそ決めた」

 

 

 親から子へ。繋がる未来。

 

 母が――黒髪金眼の彼女が――自分に残された時間を懸け、故郷の砂漠で、

 

 息子へと託した願いは何だったのか。

 

 

 

 

「坊や。おまえの名前はね――」

 

 

 その名と共に。

 

 +++

 

 

 天国のおふくろ。それと、今も生きてるらしい会ったこともないオヤジ。

 

 俺、頑張ってるぜ。

 

 

 アギは今、動悸を抑え緊張した面持ちで廊下に立っていた。

 

 隣には同じように強張った表情をしたリュガがいる。引き攣った笑顔が正直、彼の目から見ても気持ち悪い。自分も同じようなものと思うとすごく嫌になった。

 

 ここは学園都市内にある女子校のひとつ、《セイカ女学院》。2人が立つのは女学院の中にある教室の前。

 

 彼らは外で教師に呼ばれるのを待っている。

 

 

「突然ですが。みなさんとしばらく学び舎を共にするご学友を紹介します。――また男子生徒です」

 

 

 教室の中から年老いた女性、教師の疲れたような声が聞こえてくる。続いて騒ぎ立つ女の子たちの声が。これだけでアギは教室の中に入ることに気が引けてきた。

 

 

 《歌姫》、マイカ・ヘルテンツァーの身辺警護。これがユーマから引き継ぐことになった任務の概要だ。この為にアギたちは暫くの間、セイカ女学院に通うことになったのだ。

 

 女子生徒しかいない、教員だって殆ど女の学校に『男3人』放り込まれる。緊張しないほうがおかしかった。

 

 

「静かに。……いいですか。これは緊急措置、今回の騒ぎが終わるまでの辛抱です。――マイカさん、何か?」

「……いいえ。シスター、ご迷惑をおかけします」

 

 

 次に聞こえてきたのは険のある、ちっとも反省した感じのしない少女の声。

 

 これが例の《歌姫》の声か? でも。それよりアギには気なることが。

 

「おいリュガ。ここじゃ教師のこと、『シスター』って言うのか? はじめて知ったぞ」

「……俺もだ」

 

 答えるリュガの声は緊張でガチガチ。大丈夫か?

 

 ここでいうシスターとは修道女という意味ではなく、教師に対する敬称で言う。師父、というよりも『師姉』といった意味合いか。

 

 

 シスターの話は続く。

 

「色々と戸惑う日々が続くことになるでしょう。しかし、こんな時こそみなさんには敬虔なセイカ女学院の生徒であることを思い出してほしいと思います。誰が相手とも、敬意と慈愛を以て接することを忘れずに。では――お入りなさい」

 

 呼ばれる声に2人は腹をくくった。

 

 最終確認。大丈夫だ。『身なり』もばっちり。この日のためにきちんと整えている。

 

 これはエースを要する依頼だ。代役とはいえきっと、想像もつかない過酷な任務となるだろう。

 

 だけど。彼らは男だ。友に頼まれたからにはやるしかない。

 

 

(……仕方ねぇ。ユーマ、ちゃんと尻拭いしてやるからな)

 

 

 いよいよ女子生徒たちとご対面。アギは、リュガと共に教室の中に踏み込んだ。

 

 次の瞬間。

 

 

 

 

「きゃーーーーーーーーっ!?」

 

 

 

 

 絹を裂く悲鳴とはこのことを言うのだろう。絶叫に包まれた教室は阿鼻叫喚のパニックに陥った。

 

 

 それは、190に近い長身にガッシリした筋肉質の……真っ赤なツインテール。

 

 それは、青いバンダナを……うさみみのリボンにしてぴょこぴょこ揺らした黒髪のロングストレート。

 

 

 かつらをして化粧をして、『セイカ女学院の制服を着た』、2人の正体は。

 

「リュガ子です」

「アギ美です」

「「よろしくおねがいしまーす!」」

 

 

 戦慄の《バンダナ姉妹》、見参!

 

 

 攻撃力の高い2人が必殺スマイルが炸裂させると、今度はドン引きされた。

 

 沈黙。

 

「「「……」」」

「……えっ? 何この反応。もしかして間違ったか?」

「でもここ、女子校だろ?」

 

 

 女子校。それは年頃の男子なら1つや2つ、幻想を持っておかしくない場所。人によっては「男の身では踏み入れない聖域」とさえ呼ぶ者もいる。

 

 だからといって女装する必要はないけど。

 

 外から様子を見ていた先任の《鳥人》はもちろん、男のままだし。彼らの勘違いに腹を抱えて空を飛び回っているし。

 

 

「あなた達はなにがしたいの!? 急いで着替えてきなさい!!」

 

 

 イタイ沈黙の中、敬意も慈愛も忘れ激怒するシスターに追い出された。

 

 

「「……」」

 

 

 廊下に飛び出て2人きりになると、良かれと思った女装も急にいたたまれなくなって。

 

「……あれだな」

「ああ」

「お前の女装が気色悪いせいでスベったんだ」

「てめぇに言われたくねぇ!」

 

 殴り合い、喧嘩してごまかすことにした。

 

 

 

 

 天国のおふくろ。俺、頑張ってるぜ。

 

 ほんとだよ!?

 

 

 

 

 アギの頑張りが天国の母に届くかどうかは、これから次第だ。

 

 

 +++

 アギ戦記

 +++

 

 

「ぎゃははははは」

 

 昼休み。セイカ女学院。

 

 中庭で菓子パン片手に馬鹿笑いをするのは、緑髪のトサカ頭。

 

「あー思い出すだけで腹痛い。やってくれるやないかええ? 《バンダナ兄弟》」

「うるせ。黙ってろ、ヒュウ」

「……ちっ」

 

 不貞腐れたように惣菜パンに齧り付くリュガ。

 

 このパンもトサカ頭が学園の購買部へわざわざ『ひとっ飛び』して用意してくれたものだから、余計不機嫌になる。

 

 セイカ女学院には購買もなければ学食もない。生徒は皆お弁当を作ってくるのが義務だという。この事実を知らされた時、アギは愕然としたものだ。

 

 

 《鳥人》、ヒュウナー・フライシュ。それが妙な訛りを持つトサカ頭の名前だ。

 

 リュガに引けを取らない長身のモヒカン男。《天翔術》という飛行に特化した彼独自のゲンソウ術を使う。空飛ぶ悪童と言われもするが、これでも2年にして《Aナンバー》の1人である。

 

 アギたちとは1年の頃から因縁のある、自称《C・リーズ学園》の特攻隊長。

 

 

 笑いの発作が収まったヒュウナーは手に持つ牛乳の瓶を一気飲み。それでようやく落ち着き、彼は本題に入る事にした。

 

 3人が揃って昼食をとっているのは他でもない。ユーマの後任である2人が、先任の彼から今回の任務内容を説明して貰うためだ。

 

「しっかし。任務内容つうてもお前ら、昨日のうちにユーマとブソウの旦那に聞かんかったんか? 聞いとったら女装登校なんて、変なこと思いつかんやろうに」

「昨日はそれどころじゃなかったんだよ」

「あん?」

 

 我らが自警部部長、ブソウさんがぶち切れかかっていたから。

 

 《一騎当千》の鬼を2人で鎮めるのに、丸1日かかったのだ。

 

 

 うたひめうめた

 

 

 ユーマが任務から外された理由はこの一言がすべて。問題はこの時の苦情の手紙が何故か、自警部の部長室へと運び込まれた。

 

 女学院からと《歌姫》のファン、それから事件の現場となった周囲のものも全部。その量は膨大。これは《皇帝竜事件》絡みの雑務が終わったばかりのことだった。

 

 ブソウの部屋がまた、今度は怨嗟の籠った紙の束に埋まった。この時の彼の感想は推して知るべし。

 

 彼は知らなかったのだ。新任のエース2人、彼らが問題を起こした時の責任者が誰でもない、自分だったと。

 

 この事実を事態に直面したことで初めて知り、ブソウの《鬼神ストレスゲージ》が増大。今期で2度目となる最高点に達し、彼は荒れた。

 

 学園の問題児担当。《Aナンバー》内どころか、学園内では暗黙の了解だった。

 

 

「ヒュウ。お前も学園に戻ったら覚悟しろよ。今回のブソウさん、マジ鬼だからな」

「昨日なんていきなり『怒りを鎮める儀式』つうのはじめて……磔にしたユーマの傍に紙の束くべて、火にかけようとまでしたんだぜ」

「止めなきゃ俺達まで焼身自殺の生贄になるとこだ」

 

 それどころか。自警部の本部は生徒会棟の1階にある。危うく学園の生徒会そのものが炎上するところだったのだ。

 

 いや。大丈夫かな? 水使いでもある《青騎士》もいただろうし。

 

 自警部の鬼。今では学園の新興組織《天下無双薙刃神教》に崇められ、武神とも鬼神とさえも呼ばれる。

 

 そのキレた時の恐ろしさといったら。

 

 ユーマの次はお前だと言われれば、ヒュウナーの頬が引き攣る。

 

「……あかん。ワイ、このまま女学院の子になろうかな……って、ちょい待ち。一応言うとくけど、ユーマが砂の精霊使うて《歌姫》を地面に埋めたのは苦肉の策。最善のことをしたまでやで。なんでそんな酷い目に遭わないかん?」

「は? 埋めるのが最善?」

「どういうことだ?」

 

 実は。アギたちが女学院に来ることになった、そのきっかけとなる事件の詳細を2人は知らない。

 

 ヒュウナーは説明した。

 

「ワイは元々、上空からの監視が担当やったからな。わかるんや。ああでもせんやったら彼女は『奴ら』に攫われとった。あの土壇場でユーマは機転の効いとった方や」

「攫われる!?」

「『奴ら』ってなんだよ。この任務、そんなに大事だったのか」

「当たり前や。何の為のエース派遣と思うとる。滅多にないが、ワイらが任される依頼はこんなんばっかやで」

 

 それでも予想外の事態やったがな、そう言うヒュウナーに驚くアギとリュガ。

 

 そこへ。

 

 

「そうなんだ。でも初耳よ、それ」

 

 

 ヒュウナーに声をかける1人の女子生徒がいた。取り巻きのように2人の女子生徒を連れている。

 

 マイカ・ヘルテンツァー。ユーマに埋められることで庇われたという、件の少女だ。

 

 

 長袖の白のブラウスに袖のない紺のワンピース。ジャンパースカートという一見地味な女学院の制服をきっちり着こなしている彼女。スカートの裾も膝より随分と下。規則が厳しいのか輝く燈色の長い髪もまた、邪魔にならないようヘアゴムで束ねている。

 

 だけど、すらりと伸びた手足に腰周りを絞るベルトの位置の高さ。顔立ちはもちろんのこと彼女のスタイルの良さは、制服の上からでも際立っているのがわかる。失礼だが隣にいる女子生徒たちと比較すれば尚更。

 

 大人びた少女だと以前アギはリュガから聞いていた。でも彼はマイカが身に纏う雰囲気に圧倒された。とっくに顔を合わせているヒュウナーならまだしも、リュガなんて突然の《歌姫》登場に硬直している。

 

 なんというかオーラが違う。挑戦的な眼差しはエイリークに似ているが彼女の放つ剣気とも、アイリーンが纏う空気とも違うマイカの『それ』を、アギは形容できなかった。

 

 

「こいつが……歌の姫さんか」

「あなた達」

 

 アギたち3人に話しかけるのはマイカ……ではなく、彼女の隣に立つ女子生徒の1人。みつあみおさげの、やや吊目がちで見た目から気難しそうな少女だ。

 

「中庭での飲食は禁止よ! 買い食いも校則違反! 制服着崩して地べたに座り込むなんて。まるで不良じゃない」

「……これでも駄目なのかよ」

 

 女子生徒の注意にアギはうんざり。リュガとヒュウナーもだ。この彼女には出会ってからずっと、注意を受けている。

 

 これでも女装から着替え直した2人にヒュウナーを含め、3人は一応、きちんとした身なりをしていたのだ。

 

 

 臙脂色、格好良く言えばダークレッドをメインカラーとした学園のブレザーにグレーのスラックス。ネクタイもしっかり。女学院では余分な肌を見せてはいけないとのことで、彼らは夏服の着用が認められなかった。シャツに簡易戦闘衣のジャケットなんてもってのほか。

 

 ただ。着崩しているといっても、ブレザーの袖を捲くっているくらいだったけど。

 

 また。彼らが不良と呼ばれるのはバンダナとトサカ頭が1番の原因。髪の色に関しては特に非難はない。これは人種差別の問題に関わるのだ。

 

 リュガの赤、ヒュウナーの緑。それにマイカの燈。彼らの髪の色はみんな地毛。祖先に亜人、魔族の血が混ざっているとされる南国人の特徴であった。

 

 

「今日は暑いんだけどな。大体ブレザーなんて、もう着るような時期じゃねぇし」

「まだ6月です! それに制服が暑いといったら私達の制服なんて、スカートの中が」

「イレーネ。お説教はあとにして。話ができないわ」

 

 マイカがイレーネと呼んだ女子生徒の小言を止める。

 

 それでスカートの中がどうなのか、彼らは聞く機会を失った。

 

「マイカ。あなた」

「いいじゃない。こんなにいい天気なのよ。外でお昼にしたいって気持ち、わからなくもないわ」

「だけど校則は……」

「それにね」

 

 マイカはイレーネに「にこっ」とした笑顔を向ける。

 

 だけど次の瞬間、彼女は軽やかなステップを刻んでいきなりアギ達の元に詰め寄った。今度は悪戯っぽい笑みを浮かべ、アギに顔を寄せる。

 

「うっ……」

「こんにちは」

 

 気恥ずかしくなるほどきわどい距離。間近で見る華やかな笑顔。アギは頬が紅潮するのがわかった。ドキリとしないほうがおかしい。

 

「なっ、なんだよ」

「ねえイレーネ。彼らがいなきゃこんなもの、学内で食べる機会なんてないのよ」

「!? ああっ!」

 

 マイカはそのまま、アギの手にした焼きそばパンにかじりついた。

 

 アギは、それにリュガとイレーネも、たまらず絶叫。

 

「マイカ! はしたないわよ」

「あら。意外とおいしい。パンに麺挟んだだけなのに」

「てめぇ……何しやがる!」

 

 たった一口。それだけでアギは、マイカに対する印象が激変した。

 

 

 焼きそばパン。それはつい最近《C・リーズ学園》で生まれた奇跡の合体。ソースとマヨネーズが決め手の『新作』惣菜パン。このパンの誕生に《精霊使い》が関わっているとかいないとか。

 

 今はまだ学園の購買部、しかも1日100個しか売っていない試作限定品。購買部でも歴戦の戦士である《バンダナ兄弟》でさえ入手は困難というレア物である。《購買部の猛禽》と畏れられるヒュウナーだからこそ3つも手に入れることができたのだ。

 

 

 楽しみにして最後まで残していたのに。マイカの仕打ちにアギは怒った。《歌姫》? 美少女? なんだそれ、食えるのかよ!? である。

 

 食べ物の恨みは恐ろしい、というより細かい。

 

 

「いいじゃない一口くらい。あたしが食べたのよ。そのパンの価値だって上がるわ」

「馬鹿野郎。……食べたら減るんだよ」

 

 量が。

 

 そもそも。彼女が口にしたパンをアギは食べれるのか? リュガは睨んでいるし。

 

「おい。間接か?」

「……」

 

 アギはがっくり。焼きそばパンを諦めるしかないようだ。

 

「……仕方ねぇ。歌の姫さん、あんたにこれやるよ」

「なによその呼び方。いらないわ。味見で十分。太るから」

「……」

 

 殺意が湧いた。

 

 

 そんなアギの様子を気にもせず、マイカは視線をヒュウナーに向ける。

 

 挑みかかるような強い瞳で。

 

「それでヒュウナー。あたしが攫われかけた、ってどういう事?」

「あちゃー、聞かれてしもうたか」

 

 言葉の割にヒュウナーの表情に困った様子はない。随分と打ち解けているし。

 

「まあええ。ユーマはエースの同期でワイの後輩でもある。そのよしみであいつの名誉のために言うとくが……」

 

 ヒュウナーは事件の当事者を交えて説明するのだった。

 

 +++

 

  

「《歌姫》を狙う『奴ら』はただの賊やない。この前のことだって奇襲というには用意周到やった。きっと作戦を練って事に当たったんやと思う」

「作戦?」

「マイカ。お前さんの行動を予測した上で大胆にも街んど真ん中で2重3重に罠を張り、さらに護衛のワイとユーマを分断。頭数も揃え逃げ道を塞いどった。ここまでしてただの賊と言えるか?」

「……」

 

 いつになく真剣に語るヒュウナーに、マイカたちの表情が強張る。

 

 代わりにリュガが口を出した。

 

「数がいるくらいユーマなら……」

「それが雑魚だけやないんや。『奴ら』、ワイらのようなエース級まで投入しとった」

「エースだと?」

 

 つまり襲撃者の中には、ユーマやヒュウナーと同等の実力を持つ者がいたという。

 

 ヒュウナーの説明は続く。

 

「多分エース資格者やない。でも背格好からワイらと同じ学生なのも間違うない。今学園の報道部でも調べて貰うとるが、昔は裏でも名の知れたワイさえ知らん顔やった。きっとワイらエースが派遣されることを想定した秘密兵器、いわば《用心棒》やな」

「《用心棒》……」

「ユーマはそいつに苦戦した。もちろん負けてはなかったであいつ」

「だろうな」

 

 磔にされてはいたが、元気だったよな。アギは思い出す。

 

「それで?」

「何度か《用心棒》と打ち合ってユーマは察したんやろう。庇いながら包囲を突破するのは無理。隙を突かれたら最後、よってたかってマイカを奪われると。やから」

「狙われるあたしを埋めた……じゃない。隠した?」

「そうやで。なんや? 今日は頭冴えとるやないか」

「……何よ。あたしだって、ずっと怒ってなんていられないわ」

 

 ヒュウナーの茶化した言葉に、マイカはばつが悪そうにそっぽ向く。

 

「『奴ら』から隠す、という意味もあった。それ以上にお前さんを砂で包むことでユーマは精霊にあんたの保護を任せ《用心棒》の撃退に専念したんや」

「ヒュウ。そいつは……」

「ああ。《用心棒》はそれ程の相手やった」

「……」

「やけど。ユーマがいきなり埋めたのは、ワイから見ても荒っぽかったけどな。でも別に苦しい思いはせんかったやろ?」

「……そうね。心臓が飛び出るくらい驚いたけど」

 

 やろうなぁ……。これには彼女に同情しないこともない。

 

 攫われそうになる境遇も勿論。

 

 

「ま。そんなとこや。あとはユーマが《用心棒》を抑え込んどる間、駆けつけた学外警備隊とワイが雑魚を追っ払っておしまい」

 

 これでヒュウナーは一旦、話を締めた。改めてマイカの方を向く。

 

「わかってもらえたやろか? 確かにこの前の襲撃は想定外のもの。ワイらに不足があったことは認める。そやけどユーマは最善を尽くした。これもお前さんを守るため。それとお前さんの我侭に付き合うたために起きたことやと、覚えておいて欲しい」

「ヒュウ……」

 

 何度と敵対しても、今は《会長派》の1員でも、根は悪いやつじゃない。

 

 ユーマにも言われたことだが、アギは改めてヒュウナーのことを見直した。

 

 悪童と呼ばれた彼も、きっとエースとなって良い経験を積んだのだろう。

 

「この先も、あんなことが続くの?」

「……やから。そんな顔されると困るんでワイもユーマも言わんかった。でもあれだけの作戦はそう何度も仕掛けられるものやない。『期限』まで5日。大規模な仕掛けもあと1回といったところやな。最初の1回がユーマ1人の犠牲で済んだと思えば儲けもんや」

「……そう」

「期限?」

 

 あとで話すと、ヒュウナーは2人に目で合図を送る。

 

 マイカの表情は曇っていた。

 

「《精霊使い》。あの子には酷いことしたかしら」

「気にせんでええよ。エースとして失敗は失敗。むしろワイまで任務から外さんといてくれてありがとー言いたいで。いや。今言っとこう」

 

 冗談を言っては気を紛らわせる。

 

 ヒュウナーの気遣いがわかってか、マイカは笑みを返した。

 

「じゃあ。あの子の分も期待するわ。頼むわね、《鳥人》さん」

「任せとき。それにあんたが任務から外してくれたおかげでユーマは……」

 

 と。言いかけてヒュウナーは口を閉じる。

 

 代わりに彼はアギとリュガ、2人の間に割り込んでいきなり2人の肩に腕を回した。

 

「なんだよ。いきなり」

「つーわけでな。『奴ら』に負けじとこっちも援軍や。改めて紹介するとこいつらがお前さんが外したユーマの後任、新しいあんたの護衛になる。名前はもうええか?」

「ええ。確かリュガ子とアギ子」

「アギ美だよ!?」

 

 どうでもいい訂正だ。

 

 もちろんこれはマイカの冗談。ヒュウナーも思い出し笑い。

 

「《バンダナ兄弟》。ワイのようなエース資格者でもないし、今朝の女装で知っての通り芸人としてもスベりっぱなしやけど腕は保証する。あんたの好きなように使ってくれ。人も増えたし、ワイはまた女学院の監視に専念させてもらうで」

「好きなように? つーかどんな紹介だよ」

「俺達は芸人じゃねぇ!」

「ふふっ。シスターがあそこまで怒ったところを見るのは珍しいのよ。あなた達の芸も大したものだわ」

 

 彼女は笑った。

 

「2人とも。しばらくの間、よろしくね」

 

 

 こんな感じでアギとリュガは、《歌姫》マイカとの初顔合わせを終えたのだった。

 

 彼女が来たことでヒュウナーが話せなかった、任務の詳細を知らないまま。

 

 +++

 

 

 マイカたちが立ち去ったあと。

 

 

「さて。今度こそ本題に入ろか? まずお前らに言うときたいことがある」

 

 

 ヒュウナーは2人に話した。

 

 ユーマの後任としてエースでもない2人を推したのは他でもない、彼なのだ。ユーマもヒュウナーの意見に賛同した。

 

 セイカ女学院にいてエイリークでもアイリーンでもない。アギとリュガ。護衛の代理を2人に頼んだのは。

 

「ユーマの件ではっきりわかった。今回は何よりも経験がものを言う。学園で『奴ら』のやり口に詳しいのは、おそらくワイら3人や」

「『奴ら』って歌の姫さんを狙う奴らのことか?」

「いったい、誰なんだよ」

「そいつは……」

 

 

 

 

「再起塾?」

「そうだ」

 

 

 《C・リーズ学園》、自警部本部。

 

 ユーマは、ブソウからその名を聞いた。

 

「それが、『奴ら』の正体」

「間違い無いだろう」

 

 ブソウは言った。

 

 去年、ある騒動に紛れて学園の襲撃を企み、アギたちに阻止された連中だと。

 

 +++

 

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