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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 前編
153/195

少年たち 2

更新が遅れがちですいません。今回も何とか……


前章はここまで。次回より『アギ戦記』です

 

 +++

 

 

「ごちそうさま。でもアギ。どうしておやっさんはこんなとこに店を開いてんの?」

「噂じゃおやっさん、どこかの国の宮廷料理人らしい」

 

 ユーマの疑問に「よく知らねぇが」と前置きしてアギは答える。

 

「おやっさん、故郷を追い出されて放浪、学園都市に流れ着いたんだとさ。ここでドゲンつう食材と出会い、研究を重ねてドゲンコツ麺は生まれたんだ。店そのものはおやっさん自ら選んだらしい。今度は味だけで勝負がしたい、ってな」

「……おやっさんにも色々あったんだね」

「だな」

 

 

 学園都市の地下に隠された幻の料理、どんこつラーメンことドゲンコツ麺に舌鼓を打ち育ち盛りの胃袋を満足させた少年たち(1名除く)。

 

 3人は食後の余韻に浸りながら、最近あったあれこれを話し合い雑談に興じた。

 

 

「ユーマ。お前算術の測量とってたよな? 今週の課題問4わかったか?」

「三角測量の? あれはね……」

 

 正弦定理だのサインなど、アギは聞きたくないのでこれを無視。

 

「だから地点AからC島までの距離は4500、だと思う」

「そうか。お前、よくわかったな」

「自信はないよ。……俺だってまさか『こっち』で3角関数習うとか思わなかったし」

「あ?」

「こっちの話。じゃあさリュガ。世界史の東国、《群島》のみやこが遷都したあたりなんだけどさ」

「7世紀初めの頃か。それで?」

 

 アギ、これも無視。

 

 つーかお前ら放課後、しかも学園の外で勉強の話なんてすんな、と彼は突っ込みたい。

 

「《魔神戦争》の後100年は激動の時代だったから確かにややこしいんだよな。あとでノート貸してやるよ」

「助かった。歴史は砂更からも教えてもらってるんだけど、精霊の知識って史実とズレがあるから。試験向けじゃなくて」

「……それは色々すげーんじゃねぇのか?」

 

 史実:歴史上の事実。

 

 歴史自体が人による記録なので、史実が真実とは限らない。

 

「歴史の真実か。少し興味あるな」

「あーやめやめ。俺たちしかいねーのに、何頭良さそうなとこ見せてんだよ」

 

 リュガのくせに、とつまらなそうにしているアギが文句を言えば、リュガは「ああ?」と、怒りに眉根を寄せる。

 

 とはいっても。

 

 実際リュガは戦士科の中でも勉強ができる方だ。得意とする歴史に至っては筆記試験で学年の上位に名前が挙がるほど。これが原因でリュガは『歴史オタク』とユーマに密かに思われていた。逆にアギは勉強がからきし。

 

 リーズ学園は学年制ではあるが授業に関しては単位制の選択式。アギの勉強嫌いは折り紙付きで必修の一般教養以外、殆ど座学というものを選択していないほどだった。

 

 なのでこの分野に関して言えば、彼はリュガに頭が上がらない。今回もそう。

 

 顔を顰めたのは一瞬。すぐにリュガは余裕の笑みを浮かべた。

 

「へっ。お前そんなこと言っていいのか? 今日貸すはずだったレポート、ノートはまだ俺の手にあるんだぜ」

「げっ!」

「あれ必須科目のやつだよな?」

「あっ。リュガそれ、俺もやってない。ノート見せて」

「ユーマはいいぜ。麺も半分分けてくてたしな。どっかの青バンダナと違って」

「ぐっ……」

 

 食べ物の恨みは恐ろしい、というよりねちっこい。

 

 ちなみにレポートの提出する相手は魔術科のオルゾフ先生。課題未提出における彼の罰は減点の上でレポート量10倍の再提出、もしくはゲンソウ術による焼死体験の2択とかなり厳しい。

 

 自力でレポートを書くという選択肢のないアギは、観念してリュガに謝るしかなかった。

 

「……悪かったよ。明日の昼飯、おごり1回で勘弁してくれ」

「晩飯の計2回だ」

「ちっ。わかったから話題変えようぜ。勉強なんて学園ん中だけで十分だ」

 

 よくそんな感じでアギは進級できたよなー、とユーマ。それは偏に相棒の赤バンダナのおかげであった。

 

 

 ユーマから話題を変えた。

 

「最近2人はどう? 自警部の研修」

「ああ……」

「まあな……」

 

 訊ねられた2人は、自分の腕にある腕章を見て気のない返事をする。

 

 役職を表す星飾りの代わり、『研修中』と書かれた自警部の黒い腕章。今まで持たなかった自分の所属を表すそれを見るたび、2人は心なしか窮屈な気持ちになるのだ。

 

 6月現在。アギとリュガの2人は自警部部長にして彼らの先輩であるブソウに強要され、自警部に入るべく臨時部員として研修を受けている最中だった。

 

 

「2年になって個人ランクも上がった。一応だが実績もある。いい加減お前らも《無印》をやめて責任ある立場に就き、1年の規範となる上級生の自覚をだな……」

 

 

 これが以前2人が聞かされた、延々と続くブソウの小言、その冒頭。

 

 ここでの《無印》とは、生徒会関係の学生組織、そのどこにも所属しない生徒のことを指す。新入生を指すこともあるが大抵、無所属から揶揄して『はみ出し者』という意味で呼ばれる。

 

 1時間続いたブソウの説教は要するに「去年散々迷惑かけたんだ。今からでも俺を手伝え」である。問題児の《バンダナ兄弟》には去年から手を焼いていたブソウ。それでも彼はアギとリュガのことを高く買っている。

 

 友の為ならば危険を顧みず、前に立ち体を張れる勇敢なアギ。

 

 戦士として恵まれた体躯とパワーを持ちながら、意外と知能派のリュガ。

 

 ユーマの登場で最近こそ鳴りを潜めるてはいるが、《バンダナ兄弟》の行動力には良くも悪くも目を見張るものがあった。

 

 例えば。去年起きた他校とのある諍いでは、自警部の裏をかく襲撃を事前に察知。因縁のライバルである《鳥人》と協力し、たった3人で普通科棟への強襲を食い止めていたりする。

 

 他に有名なのは《焼きプリン事件》。かつての『自警部取締りの鬼』、《一騎当千》のブソウを罠にかけ、彼の好物であるプリンごと教室を焼いた自爆必至・相打上等の攻撃は今や伝説。その後3人仲良く停学をくらい現自警部部長の華々しい経歴に唯一傷をつけた偉業(?)と学園の一部で評されている。

 

 

 《焼きプリン事件》が起きた経緯はさておき。

 

 アギたちのように独自に事件を調べることができ、少人数で問題に対処できる生徒、特に戦闘になった場合遅れをとらない『現場向き』の生徒は、自警部の部員でさえ少ない。

 

 3年生のブソウは引退後の事を踏まえ、自分の後釜として2人を自警部に引き入れたいらしい。《無印》のまま、野放しにしておくなど持ってのほかとのこと。

 

 彼は生徒会として『ノンキャリア』であるアギたちを早い時期から指導し、自身の卒業までに自警部の幹部にまで推し上げようとしていた。

 

 

「冗談じゃねぇよ。俺たちが自警部の幹部候補なんてな」

「まったくだ。ブソウさんも今の部下たちの立つ瀬がねーだろ」

「でも断らなかったんだよね」

「そりゃあ」

「まあ……」

 

 きまりが悪いように顔を見合わせるアギとリュガ。

 

 なんだかんだ言っても恩のある、世話になっている先輩だ。彼らはブソウの勧誘を無下に断ることができなかった。

 

「まあ。今は体験入部みたいなもんだ。実際俺らが自警部に入るかなんて、先のことはわかんねぇよ」

「そう?」

「ああ。でも自警部は《皇帝竜事件》の事後処理に追われて、最近まで通常業務に手が回らないくらい働き詰めだっただろ? この前会った時、目に隈つけてやつれたブソウさん見てたらなんか……」

「俺もアギも暫くの間、先輩孝行にブソウさんを手伝ってもいいくらい思ってな」

「2人とも……やさしいね」

 

 《皇帝竜事件》を起こし、自警部に多大な迷惑をかけた張本人ユーマとしては耳の痛い話。

 

 また今度、お詫びにブソウには甘いものを贈ろうとユーマは考えるのだった。

 

 

「今度はお前の話を聞かせてくれよ」

 

 

 そう言ってユーマに話題を振ったのはアギだ。

 

「俺の?」

「エースとしての任務。あの時以外にも他校の事件に首突っ込んだりしたんだろ?」

「突っ込むって。一応依頼を受けているんだけど」

 

 アギの言うあの時とは、ユーマが初めてエースとして、他校の事件に介入した『ウズミ学園立てこもり事件』のこと。助っ人としてアギも人質救出作戦に参加している。

 

 降下強襲の《クッション》としてだけど。

 

「俺も興味あるな。よその学校はそう簡単に行けるもんじゃねぇし」

「リュガも?」

「ヒュウとかと一緒に毎度派手にやってんだろ? ……空の上から人落としたり、屋上に突っ込んで人埋めて、そのまま一晩放置したり」

「アギ……」

 

 前のこと、根に持ってない?

 

「言っとくけど。他校へ行ったことはあっても長く居るわけじゃないから。事件解決したら即撤退。よその学校なんて詳しく知らないよ。大体外で起きる事件の頻度が少ない」

「そうなのか?」

「うん。そりゃあ学園都市に向かってくる魔獣の群れを追い払ったりなんて派手なこともするけどさ、事件の数なら学園の中のほうが多いくらいだよ。最近だと……ああ」

 

 最新の話題があった。

 

「どうした?」

「今日も依頼を受けたんだ。それが今度ヒュウさんと一緒にしばらく他校へ出向することになって。セイカ女学院てとこ」

「女子校だぁ?」

 

 ユーマの意外な出向先に、アギは素っ頓狂な声を上げる。

 

「そんなとこにも行くのかよ。しかもヒュウと? あいつなんか行って大丈夫か」

「今期の《Aナンバー》はブソウさんみたいに役職持ちばかりだから、長期任務に就くほど手の空いている人がいないんだ。本当ならリアトリスさんが行くのが最善なんだけど」

「待て」

「リュガ?」

 

 セイ女……だと? リュガの目の色が変わった。

 

「知ってるの? 女学院のこと」

「知ってるも何も。学園都市で今一番有名な美少女、《歌姫》マイカ・ヘルテンツァーのいる学校じゃねーか! お前、彼女に会いに行くのか?」

「まあ。護衛任務と言うか……」

「なんだって!?」

 

 異様に食い付いてくるリュガに、ユーマは引いている。

 

 アイリーンの応援団とは別に《美少女信仰》なる学園都市における裏組織にも所属するリュガ。余り踏み込みたくない友人の一面。《歌姫》と聞いてテンション上がった?

 

 どんな組織かユーマは知りたくもないけど。

 

「《歌姫》って誰だよ」

「なっ!?」

 

 アギの素っ気ない一言にリュガは絶句。加えてユーマも。

 

「俺も詳しく知らないんだよね、その人。報道部で調べようとしたらお金かかるし」

「ユーマまで。これだからお前らは……」

 

 気のいい1番の友人たち。だけど彼らに限って特定の話題になると疎くて、自分の話に付いてきてくれない。リュガはそれが悲しい。

 

 嘆いた彼は「いいかお前ら」と前置きして、

 

 

「《歌姫》はな……アイドルなんだよ。時代の流れに従って多様化し、『美少女』と同義とされて普遍化してしまった今時の『それ』とは違う。――勿論美少女なんだが――彼女は現代に蘇る、歌って踊れる真のアイドルなんだよ!!」

 

 

 どこかの似非忍者と似たような事を口走り、熱く語った。

 

 

 《歌姫》、マイカ・ヘルテンツァー。

 

 南国出身。現在学園都市セイカ女学院の2年に在籍する少女。9月生まれの16歳。

 

 太陽の恵みをいっぱいに浴びたような、輝く燈色の長い髪が特徴の南国美人。大人びた美貌に加え、身長も高く外見はセクシー。趣味がダンスだといい、彼女が歌に応じて魅せるステージパフォーマンスも人気に拍車をかけている。

 

 元は放課後学外で自由に歌っていただけらしい彼女。《白雪姫》や《桜姫》と並ぶほど有名になったのは最近、今期の初めと随分新しい。この新鋭の『姫』は多感な少女の感性、感情をそのまま表現した自作の詩と、詩を彩る多彩な歌声で聞く者を惹きつけ、同世代の学生たちの共感を得て話題となる。

 

 彼女の歌は《歌姫》の名と共に学園都市に広がっていった。今では人気絶大で多くの有志の協力のもとイベントを企画、ライブコンサートまで開催するほど。

 

 積極的な音楽活動もあって、彼女は「由緒あるお嬢様学校」と言われているセイカ女学院の中では異端とされている。それでも構わず我が道を行き、堂々と振る舞う《歌姫》の姿に憧れる生徒は多い。学外に限らず、彼女の歌声に魅了されている女学院の生徒も少なくなかった。

 

 そんな《歌姫》の歌には、とんでもない力が秘められているという噂もあって。

 

 

「《歌術》、ねぇ」

 

 アギはリュガの熱弁から、唯一自分が興味を示した単語を口にした。

 

 

 再生世界でいう《歌術》とは元々《魔法使い》が多く存在した時代に発展した、高度な魔術の発動に利用した技術と言われている。

 

 歌として、音楽に合わせて呪文を唱えることで5分以上に渡る長期詠唱さえも容易にし、複数の術者たちが共に歌うことで《同調》と《共鳴》を起こし、魔術の力を増幅させることもできたらしい。大規模な集団儀式魔術には歌がつきものだったともいわれている。

 

 でもそれは、魔力が存在したかつての魔術、《魔法》の話。

 

 では、現在の主流となる魔術、ゲンソウ術によって再現された《歌姫》の《歌術》とは――

 

 

「――おい。聞いてたかアギ」

「ん? ああ。聞いてた聞いてた」

 

 投げやりに答え、アギは何杯目かわからないぬるくなったコップの水を啜る。

 

 《歌姫》の事をかれこれリュガに30分も語られてうんざり。

 

「本当かよ。ユーマ?」

「うん。俺もよくわかったよ」

 

 この手の話は報道部で仕入れず、リュガから聞けば安くつくくらい。

 

「つまり《歌姫》はストリートミュージシャンあがりの、学生アーティストなんだね」

「何言ってる? アイドルだよアイドル! お前もよくわかってねーじゃねぇか」

「……まあ、いいや」

 

 じゃあこの世界じゃどこまでがアイドルなんだよ、とユーマは聞けない。

 

 アイドルはあっても芸能人やタレントは言葉も存在しない世界だ。ユーマは詳しく説明するのも嫌なので適当に流した。

 

「まったく。お前ら1度くらい彼女の歌を聞いてみろよ。といっても《歌姫》のイベントは人気すぎて今じゃ入場券もなかなか手に入らねーけど」

「チケットなら持ってるよ」

「……は?」

 

 ユーマが見せる2枚のチケットにリュガは目が点。

 

「ほ、本物? しかも席は最前列! お前、どうして」

「エース特典」

「寄越せ!」

 

 いきなり興奮して手を伸ばすリュガは、アギが《盾》で押し留めた。

 

「ぐっ……アギ! 何しやがる!」

「お前は少し落ち着け。ユーマ、もしかしてその依頼、学園長からじゃなくて生徒会長から直接……」

 

 他校から学園に届くエース派遣の依頼。その窓口は2つある。学園長と生徒会長だ。ユーマに依頼を渡したのが学園長ならばアギも問題にしない。

 

 しかし《会長派》のトップである生徒会長というのなら。

 

「大丈夫。セイカ女学院から来た正式な依頼だよ。ちゃんと報道部の部長さんに裏をとってもらってる。学園の派閥争いとは関係ないと思う……多分」

「多分かよ」

 

 《皇帝竜事件》という前例がある。アギは生徒会長、ひいては《会長派》をいまいち信用できない。一時ユーマが身を隠すことになったあの事件の発端も、《会長派》と彼らの勢力から造反した《竜使い》に原因があった。

 

 アギは気がかりがあって神妙に黙りこむ。

 

「アギ?」

「……前の話だが。任務中のエースが1人、濡れ衣の罪を着せられ資格を剥奪されたことがあった。ブソウさんの同期の人だ」

「……《黙殺》さんのこと?」

「ああ。あの時のブソウさん酷く落ち込んでてな。《黙殺》を罠にかけたのは《竜使い》、つまり《会長派》の人間だったと噂がある」

「……」

「ヒュウも一応《会長派》なんだよな? 何をしに行くか知らねぇが、《アナザー》なんて異例の特権を持つお前を消しに、任務と見せかけてお前1人罠に嵌められるなんてことは」

「風葉と砂更がいるんだ。何もそこまで心配しなくても」

「……ま。そうなんだけどなぁ」

 

 むしろユーマがやりすぎた時の被害のほうが問題かと、アギは思い直した。

 

「会長さんはまともな人だよ。ヒュウさんだって根は悪い人じゃない。それはアギがよく知ってるでしょ?」

 

 アギの反応は微妙。事あるごとに因縁をつけてくる悪友のことは、どうも素直に頷けない。

 

 構わずユーマは話を続けた。

 

「何度と顔を合わせるようになってわかったけど、会長さんはエースを私物化するような人じゃないよ。公私がはっきりしてるというか」

「そうか?」

「副会長に会ったら余計にね。今じゃあの人以外に学園の生徒会長は務まらなかったんじゃないかとも思う」

「《過激派》の方だな。あっちの副会長は生徒会長と同じ2年だから、来期のことも考えて余計張り合ってるんだよ」

 

 《会長派》を敵視していると言ってもいい。先の事件で一躍有名になったアギも副会長の2大派閥、《過激派》と《温厚派》の両方にしつこく勧誘されたことがあって辟易している。

 

 派閥争いは結構。所詮生徒会上層部の『陰謀ごっこ』だ。

 

 だけどアギは去年起きた騒動――他校の生徒を呼び込み、一般生徒にまで被害を及ぼそうとした――の二の舞は勘弁して欲しかった。

 

「多分ね。ブソウさんがアギたちを自警部に勧誘したのはそのへんが噛んでると思うんだ」

「あ?」

「《無印》でいるよりどこかに所属していると匂わせれば勧誘しにくくなる。エースになった俺は勿論、リアトリスさん直系の後輩なんて言われてるエイリークだって」

「……そういうことか」

 

 そしてアイリーンとリュガは、応援団の副団長にして生徒会書記、アーシェリーの勢力が牽制。ジンは友達としてユーマが密かに保護(?)している。

 

「自警部に引き入れたいのも本音だろうけど、きっと2人を余計な派閥争いに巻き込まれる前にいつだって庇えるよう、自分のとこに置いておいたんだと思う」

「ったくおせっかいな。……俺もいい先輩を持ったよ」

 

 これじゃしばらく臨時部員はやめられねぇと、アギは思うのだった。

 

 

「……アギぃ、いい加減《盾》を解け」

「リュガ……」

「俺達の話聞いてなかったな」

 

 リュガはまだ、アギに邪魔されつつ《歌姫》のチケットに向かって必死に腕を伸ばしている。

 

「幹部級でも手に入らない最前列の席、寄越せぇ……」

「……何の幹部だよ」

「あれだよ。《美少女信仰》とかいうアヤシイの。別に1枚くらい譲ってもいいけど」

「本当か!」

「俺が欠席する間のノート。お願いね」

 

 1も2もなく頷くリュガにユーマはチケットを渡した。感涙の赤バンダナ。

 

 嗚呼……俺、ユーマの友達でよかったと、以前にアイリーンのことで因縁つけていた頃の態度とは偉い違い。

 

「ありがとな。お礼に俺が保存用にとってる『今週のアイリーンさん』要るか?」

「いい。それは副団長さんが勝手に寄越してくるから」

 

 アイリーン公式応援団の団員にのみ配布される極秘の会報のことだ。生写真付き。わけあって名誉部員にされているユーマには優先的に配布されている。

 

 これは布教活動だ。応援団副団長のアーシェリーはアイリーンのため、勢力拡大のためにと、いまいち気の乗らないユーマを引き入れようと手を尽くしている。

 

 ちなみに今週の写真は喫茶ハイドランジアにて。モンブランを頬張りクリームを口につけた子供っぽい一面の彼女。

 

「でもリュガ。それペアチケットだよ。いっその事アイリさんでも誘ってみる?」

「いや。抜け駆けは応援団の鉄の掟で禁じられている」

「……立派だよ」

 

 ファンクラブ会員の鑑だった。

 

「ライブは《歌姫》の布教を兼ねてアギと行く」

「行かねぇよ。なんでお前と2人で……」

「いいから来い。で。ユーマは残りのチケット、どうするんだ」

「ミサちゃんにプレゼント。《歌姫》のファンだって聞いたことあるんだ。いつものクッキーのお礼に渡そうと思って」

 

 エイリークと行くんじゃないかな、とユーマ。

 

 任務でもライブは見に行けるのだ。彼自身あまり興味がないらしい。

 

 

 ここで。クッキーと聞いて姿を表すユーマの精霊。

 

「ん? 風葉?」

「ミサちーにー、出張のクッキーを貰いに行きましょー」

「出張って。近くの学校だから学園にはいつでも戻れるよ。でもリュガ以外にもノートのことは今日中に頼みたいし。そろそろ行くか」

「そうだな。いつまでも水だけで長居すんのも悪いしな」

 

 店を出ようと席を立つ3人。

 

「おやっさん。勘定頼むわ」

「毎度。7杯と替え玉1つ、全部で1850だ」

「「安っ!」」

 

 具なしとはいえ1杯につき250。学食並だった。

 

 +++

 

 

 また来ます。今度店を手伝わせてください。

 

 3人はおやっさんに別れを告げ、例の滑る階段を慎重に登り地上へとあがる。

 

 1度学園に戻るというユーマにアギは言った。

 

「とにかく。エースの任務でも何かあったら俺達や姫さんたちを呼べよ。《皇帝竜事件》の時みてぇに黙っていなくなるのは無しだからな」

「わかったよ。もしものときは頼りにする」

「おう。任せな」

 

 この時。友を心配して安請け合いをしてしまったアギ。

 

 これを機にユーマに代わり彼が《歌姫》の事件に深く関わっていくことになるとは、今は思いもしない。

 

 

 『もしもの時』が来たのは、2日後のこと。

 

 

 その日、仕事で自警部の詰め所に向かおうとしていたアギとリュガは緊急で自警部本部、つまりブソウの元へ呼び出された。

 

 相変わらず書類の束に埋め尽くされた自警部の部長室。そこで2人が見たものは。

 

 

「……ごめん。しくじった。任務の代行お願い……」

「「……は?」」

 

 

 怒れる自警部部長と、磔になったユーマがいた。

 

 +++

 

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