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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 前編
152/195

少年たち 1

 『アギ戦記』のプロローグ、そのユーマサイドの話。とある日の放課後。男3人の何気ない日常

 

 

《前書きクイズ》

 

Q.ユーマ、アギ、リュガ、ジン、ブソウ。この5人を身長の高い順に並べよ。(難易度C:ほぼ予想問題。ひっかけはブソウか)


Q.ユーマの好物らしい料理の名を答えよ。(難易度B:この料理とは、前回までの話の中で2回登場したもの)

 

 +++

 

 

 その日の放課後。ユーマは「帰りに外で何か食べに行こうぜ」という友人たちの誘いにのって学園の外へ。男3人で街を歩いていた。

 

 生徒会執行部の一件から2日後のことだ。

 

 

 +++

 少年たち

 +++

 

 

「最近ウマい店見つけたんだ。穴場だぜ」

 

 

 そう言ったのは砂漠の民のアギ。逆立てた黒髪に青いバンダナを額に巻いた、ユーマが学園に来る直前からの彼の友人。

 

 彼は戦士科の2年生。前回の昇級試験では脅威の2ランクアップを果たし、無名から一気に名を挙げた《盾》の少年。今回はこの『2階級特進男(*ユーマが命名)』である彼からの提案らしい。

 

「穴場か。お前がそう言うなら期待できるな」

「そうなの?」

「ああ。アギは昔から食いもんに鼻が効くからな」

 

 答えるのは同行するもう1人の友人、リュガ・キカ。

 

 ユーマやアギと比べると一段と背が高く、体格もガッシリとした赤毛赤バンダナの少年だ。着崩した制服が不良っぽい外見。戦士としてそこそこの実力もある。ユーマ的にはバスケをやらせてみたい。

 

 リュガはアギの昔からの相棒だ。1年生の時は2人して随分とやんちゃしていたらしい。2人揃うと学園の一部の生徒から《バンダナ兄弟》と揶揄されたりもする。他に注目すべきは《アイリーン公式応援団》の幹部だといったところか。

 

 学年こそ同じ(*ユーマは特待生待遇なので関係がない)であるがユーマからみて2人は1つ年上。だけど。やけに密度の濃い学園生活を通して3人は、親友とも呼べる気兼ねない付き合いをしていた。

 

 

「そう言えば、この前連れていってもらった南通りのクシカツはうまかった」

「だろ。……って、南のどこの店だそこ。おいアギ。俺呼ばれてねぇぞ」

「お前、そん時氷の姫さんとこの集会だったじゃねぇか」

 

 そのカツの肉がなんだったのか、ユーマは、アギだって知らないけれど。

 

 

 学園都市にある有名な食堂街の隅。3人は更にそこから曲がりくねった裏路地をアギの案内で進む。

 

 近道かと思ったら。

 

「……おっと。道間違うとこだった。ついたぜ」

「えっ?」

 

 薄暗い道の、その先にあるのは見るからにアヤシイ階段。

 

「地下?」

「……ほんとうにここは食堂街の一画か?」

「穴場だって言っただろ? クサくてキタナイ、いかにも『男の店』って感じだけどな、稀に見るアタリの店だ。味は保証するぜ」

 

 そうは言われても。

 

「……暗いね。井戸の底みたいだ」

「……ああ」

 

 不審そうに地下へ続く階段を眺めるユーマとリュガ。下は光が届かないほど奥行きがある。手摺がなく幅の狭い急勾配の階段。

 

 ユーマが連想するのは、RPGにおけるダンジョンへの入り口だろうか?

 

 

「あれだ。まるで学園の《塔》の下ある、《迷宮》に続く階段みたいだ。……トラップなんてないよね?」

「罠を張る食いもんの店がどこにあるんだよ」

 

 アヤシイのはわかるが、そこまで酷くはないとアギ。

 

「大体《迷宮》ってなんだ?」

「エース資格者しか入れないっていう大図書館の閉架図書のことだろ? まさかユーマ、お前もう潜ってみたのか?」

「最近ちょっとだけ。……エース資格者しか入れない理由を嫌でも体験したよ」

 

 とある事情で《迷宮》の存在を知るリュガが訊ねると、ユーマは若干青褪めながら答えた。守秘義務があるので多くは語らない。

 

 《西の大砂漠》といい、何かとダンジョンに縁のある少年である。

 

「でも《迷宮》の中にある本や資料は流石にすごかったよ。奥の方にはゲンソウ術の秘伝書や魔術書とかもあるらしい。歴代の《Aナンバー》は《迷宮》の奥に挑戦してその名にふさわしい力を手に入れるんだってさ」

 

 《迷宮》はいわばエースの養成、エース専用の訓練施設という扱いらしい。これには本なんて興味のないアギも関心を持つ。

 

「へえ。じゃあブソウさんやヒュウの奴も《迷宮》とやらで修行したりしてんのか?」

「知らないけど。時々挑戦してると思う。今期のエースで1番《迷宮》に潜っているのはミヅルさんらしい。あたらしい本をよく『発掘』してくるって」

「……あの人か」

 

 一応普通科に所属するミヅルがどこで訓練しているのか。その謎が解けた。趣味と実益を兼ねているらしい。

 

 少し前、糸くずを取るためだけにあの大太刀を振るわれたことがあるリュガ。あの一件以降、彼は《塔》に行く度にミヅルから、図書委員の雑用を頼まれる事が多くなった。

 

 いいように使われている。

 

 

「ああ。それで思いだした。リュガがずっと探してる『炎翼のイカロス』の第2シリーズ、あったよ。歴史資料扱いで貸出不可だったけど」

「何! それ本当か!」

 

 話に食いついた。リュガの愛読する『炎翼のイカロス』とは、《精霊紀》の時代に活躍したとされる《エレメンタル使い》を主役にした戦記ものである。

 

 ……ラノベ?

 

「俺も第1部の途中まで読んでみたけど、実はあれって外伝だったんだね。本編の主人公も本当はライバル役の《黒騎士》……」

「本編なんて別にいいんだよ。俺にとって《炎翼》が主人公だ。……そうか。どこを探しても続きが見つからないわけか」

 

 よりにもよって《迷宮》とは。絶望的だとリュガ。

 

 お宝を目の前にして、絶対に手が届かないと知ったそのもどかしさといったら。

 

「そんなにがっかりしなくても。《迷宮》に潜る注意を受けた時ミヅルさんから聞いたんだけど、エースの同伴があればランクAの生徒も潜れるらしいよ」

「駄目じゃねぇか。リュガはBだぜ」

「……畜生。ランクBの己の身が恨めしい。よしユーマ。俺がランクAになるまで絶対エースでいるんだ。俺が《迷宮》に挑戦する時は手伝ってくれよな」

「それはいいけど……」

 

 いつまで。学園にいられるのだろう。

 

「次の昇級試験って、学園の夏期休暇明けかぁ」

 

 ユーマはふと、そんなことを考えるのだった。

 

 

「なあ。立ち話もいい加減にして中入ろうぜ。腹減った」

「そうだね。ここまで来ると何を食べさせられるのか気になるし」

「よし。今日はしっかり食って、明日から特訓だ」

 

 ランクAとなるべき目標を得て、やる気を出すリュガ。彼は先頭に立ち意気揚々と地下への階段へと向かう。

 

「先行くぜ」

「あっ。リュガ、ちょい待て」

 

 リュガが勢い良く足を踏み出したところ。

 

「そっから先、滑るから気を付け……」

「どわああ!?」

「リュガ!」

 

 アギの制止は遅かった。

 

 +++

 

 

 やけに滑る階段を慎重に降りるユーマとアギ。2人は真っ逆さまに滑り落ちたリュガをなんとか救出。戦士として丈夫な彼に外傷が特になかったのは幸いだった。

 

「気を付けろよ。あと店の床もズルズル滑るからな」

「……どんな店だよ」

 

 

 こうしてやってきたアギおすすめの穴場のお店。店舗の元は地下の倉庫だったらしい。

 

 地下の薄暗さに加え閉塞感があって息苦しい。3人は店の入口である立て付けの悪い引き戸を開けた。すると今度は白く立ち込めるほどの湯気と蒸し暑い熱気、同時に強烈な生臭い匂いに襲われた。いきなりのことに顔を顰めるユーマたち。

 

「臭っ! なんだよ、この匂い」

「うっ。……風葉、換気お願い。《浄化の風》で」

 

 非常事態に呼ばれたちいさな羽妖精。《精霊使い》ユーマの風の精霊だ。

 

「わたしはー、換気扇でも消臭剤でもないですよー」

 

 風葉はユーマの持つ《守護の短剣》からひょっこり現れては、室内の臭いにいきなり鼻をおさえた。「扱いがひどいですよー」と文句を言う風葉を宥め、ユーマは《浄化の風》を使ってもらう。

 

 《浄化の風》はいわゆる広範囲に渡る『バッドステータスの回復』といった強力な魔法だ。ゲンソウ術では再現できない清浄な魔法の風が、室内の空気を中和して洗浄。それでようやく3人は異臭から解放された。

 

「……ふう。これでなんとか。もしかしてここ、換気設備がない?」

「ここのよく壊れんだよ。でもさすが風の《精霊使い》。換気いらずだな」

「アギ?」

 

 見るとアギは事前に青いバンダナ(予備らしい)で口と鼻を覆っている。

 

 知ってて黙ってたな。この仕打ちにユーマはジト目でアギを睨んだ。アギは悪戯に成功したように笑う。

 

「すげーだろ。俺も初めて来た時は面食らったんだぜ」

「十分トラップだよ、これ」

「おい」

 

 アギへ呼びかける声が若干低くなるリュガ。

 

 階段落ちに続けて異臭騒ぎとこの仕打ち。彼の怒りは頂点に達しようとしている。

 

「これでマズイもん出してみろ。覚えてろよ」

「わかってるってリュガ。学食1週間賭けていいぜ」

「本当だな?」

「任せなって。おーい、おやっさん。来てやったぜ。また換気ぶっ壊れてんぞー」

 

 アギは不躾にカウンターの奥にあるらしい厨房に向かって叫んだ。

 

 

「まず3杯だ。頼むぜ」

 

 +++

 

 

 しかしアギの穴場という店は暗いしクサイしキタナイ。

 

 店の規模は約20席分。4人がけのボロいテーブルが4つとカウンター席がある。やや狭い印象。店主らしい角刈りに捻り鉢巻をした、厳ついおやっさんから出されたおしぼりはまず、床と同じく油汚れの酷い椅子を拭くのに使った。

 

 続いてテーブル。この時点でおしぼりは使い物にならなくなった。客はユーマ達の他にいない。店員もいなければメニューらしいものもない。一体、何の店だろうか。

 

 

 座る場所を確保すると、3人は料理ができるまでカウンターテーブルの前で沈黙した。陰気な店の雰囲気に飲まれ、常連らしいアギさえ無言。

 

 お冷はセルフサービスなのだが、誰もグラスを取りに行こうとしない。

 

「……なんつー店だよここ。罰ゲーム会場か」

「『男の店』ってアギは言ったけど。女の人が嫌がって入らないだけじゃ……」

「アイリーンさんなんて絶対来そうにないな。むしろいたら嫌だ」

「そうだね」

 

 何せ彼女は正真正銘のお姫様だ。地下にある溢れたような場所で食事なんて、イメージじゃない。そうぼやくリュガにユーマは同意した。

 

 エイリークは案外汚いとこ平気かも。偏見を持ってそう思ったのは内緒だ。

 

「それにしても。油汚れの酷い床にこの……何かを茹でてる生臭い匂い。これって」

「3杯。おまち」

「「早っ」」

 

 店主のおやっさんがカウンターに出したのは3杯のどんぶり。注文を頼んでまだ5分も経っていない。

 

 アギは待ってましたとばかりに舌なめずり。

 

「きたきた。早くて安くてうまいが取り柄なんだよ。ここ」

「「……」」

 

 それでも早過ぎる。不安だ。リュガはどんぶりの中を見た。ユーマも同じくどんぶりを見て、彼の方はなんと絶句する。

 

 それは、スープと麺だけの、がっかり感漂う質素な一品だった。想像以上の残念ぶりにリュガは沈黙。

 

「……」

「さあ。見てくれは悪いが遠慮なく食ってくれよ」

「待て。これは麺なのか?」

 

 リュガがそう言うのは仕方がない。彼の知る麺料理とは明らかに違うのだ。

 

 

 東国の《大陸》が発祥の地とされ、その後同じく東国の《群島》にて発展を遂げ世界に広がった《再生世界》の麺料理。その中でも『うどん』を代表とする茹でた麺をスープに浸して食べるタイプの料理は『主食』と『おかず』、更に『スープ』までも1つに合体させた、いわば『丼もの料理』に続く世紀の発明だった。

 

 これらの麺料理は、のせる具材の豊富なバリエーション楽しめることもさることながら、共通して1つの特徴がある。それは魚介系をベースとした、あっさりとしてコクのある『透き通ったスープ』だ。本場となる《群島》のうどんは、さらさらのスープが黄金に輝くほど美味いとされている。

 

 うどんならば学園の食堂にもある。中でもリュガはかき揚げうどんが大好物だ。

 

 彼はかき揚げの半分を先に食べてはサクサクを楽しみ、最後にもう半分のべちゃべちゃかき揚げを楽しむという食べ方を好む。最後はスープごはんで締め。

 

 

 しかし今、リュガ達の目の前にあるシンプルな麺はなんだろう。具材もなければスープは脂でぎっとりとしていて麺が見えなくなるほど濁っている。うどんの黄金とはかけ離れているというのに。

 

 

(……なんだ? この妙に食欲をそそるスープの匂いは……!)

 

 

 クサい。おそらく店に漂う異臭の元凶だと思うが、リュガはその正体を見抜けない。

 

 食べられるのか? 彼がおずおずと箸に手をかけたその時。

 

 

「ごちそうさま」

「なっ」

「……。おじさ、いえ。おやっさん。おかわりありますか?」

「ユーマ!?」

「俺もだぜおやっさん。次の麺は固めに茹でてくれ」

「アギ!?」

 

 気付けば2人はもう完食。スープまで綺麗に飲み干している。

 

「おいっユーマ、食えたのか?」

「リュガ……スープを一目見た時にね、まさかと思ったんだ。俺、『こっち』に来てからずっと、食べる機会がなくて……」

「はあ?」

 

 リュガは驚く。ユーマが……感激していた。

 

「……泣いてるのか?」

「まさか。きっとスープの湯気が目が染みたんだよ。ほら。リュガも食べなよ。細麺なんだから麺がすぐ伸びるよ」

「ああ……」

 

 言われて箸をどんぶりの中にのばす。掴んだ麺は東国夏の名物、そうめんのような極細のストレート。

 

「量が少ないな……」

「細い分スープが絡みやすいんだ。伸びやすいのは麺にコシがなくてよく吸うから。さっと食べないとね」

「ふーん。そういうもんか」

「だけどその分茹でやすい」

「2杯。おまち」

「「いただきます」」

 

 言ってる傍からおかわりが来た。アギと共にユーマは2杯目に即チャレンジ。

 

「……そんなに美味いのか? だいたいこれ、何のスープだよ。ぎらぎらしてるし」

「見かけの割にいちいち細かいな。説明すると長くなるよ」

 

 そう。スープの正体がわかれば店がクサイ理由も、床が滑る理由もユーマはわかる。

 

 おそらくどちらも出汁取り用の骨を長時間煮込んでいるからなのだ。それも茹でた匂いや脂が狭い店の中に充満するほど。

 

 肝心なのは下ごしらえ。骨から十分な旨みを引き出し、スープに肉独特の臭みと余分な脂を移さないようにする為には丁寧にじっくりと大鍋で煮込み下処理する必要がある。実に根気のいる作業だ。スープが白濁するのは、骨を沸騰して煮立たせることで骨髄から溶け出すゼラチン化したコラーゲンによって、油分が分離せず乳化してしまうから。

 

 ユーマはリュガに説明する途中でスープを啜る。これはどうも背脂を加えたこってり系らしい。スープのコクにくせがあり時折無性に食べたくなる味だ。クサいのは店に染み込んだ下処理の匂いであってスープ自体に臭みはまったくない。味を締める調味タレもばっちり加えられている。

 

 惜しむは何も無いトッピングと薬味の類か。これはまだ伸びる余地がある。まさかここまで料理が『再現』、いやこの世界で『再生』しているとはユーマは思いもしなかった。サイドメニューに餃子と炒飯が、セットで欲しくなる。

 

 

 そう。この麺はつまり。

 

 

「とんこつラーメンなんだ」

「違うぜ。ユーマ」

「アギ?」

 

 気付けばアギは2杯目をスープまで完食してしまっている。麺の量は少ないとはいえ、なんという早さ。

 

「おやっさん、もう一杯」

「食べるね。でもこのスープ、どうみたってとんこつじゃ……」

「お前が知ってるのはそれかも知んねぇけどな。でも、こいつはおやっさんが『ドゲン』つう魔獣の骨を、おやっさんが独自の製法で煮込んだとっておきのスープだ」

「ドゲン?」

 

 土のおおがめ(黿)と書く。どうやら豚ではなく亀のスープらしい。

 

 豚骨と似たような味なのに。ユーマにとって魔獣料理は未知の世界だ。

 

「ドゲンの骨からとった特製スープに、更におやっさん特製の麺を加えたこの料理。その名も『ドゲンコツ麺』だ!」

「……ああ。じゃあ、これ略して『どんこつラーメン』なんだ」

「略してねぇよ」

 

 1字増えてる。だけど妙にしっくりくるネーミング。

 

「おまち」

「おっしゃ」

「……アギ。連れてきてくれてありがとう。俺、アギの友達でよかったぁ」

「なんだよ。気持ち悪いな」

 

 でも感謝されるのは悪くない。アギだってとっておきの店に連れてきた甲斐があるというもの。その後2人は無言で麺を啜り、どんこつスープを味わった。

 

 

 一方。リュガはようやく麺を啜った。時間が経って随分と麺が柔らかくなってしまったが、その分スープがよく染み込んだ麺を味わうことができる。

 

「う。うめぇ」

 

 初めて食べる味だ。リュガは思わず麺をかきこんだ。

 

 うどんにはない、とろみのあるこってりしたスープは絶品。特有の獣臭さも馴れると気にならない。毎日とはいかなくとも、週に1、2回は食べたい癖になる味。

 

 『男の料理』だ。思えば狩猟系民族を祖とする南国人のリュガにとって、東国のうどんなんかより魔獣の骨を煮込んだどんこつスープの方が余程性に合う。

 

 一気に麺を食べてしまうと、リュガはその1杯の量の少なさに物足りなさを感じ、友人たちと同じようスープまで飲み干してしまった。

 

「馳走さん。……うまかったぜアギ。流石お前が探してきた穴場だ」

「だろ?」

 

 自慢するアギに「お前の鼻を疑って悪かった」とリュガは謝罪。こんなことがあるからアギの相棒をずっと続けているのかもしれない。

 

 最高のダチだよな。リュガは染み染みとそう思った。

 

 

「ま。俺としてはもっと量が欲しいけどな。おやっさん。俺にももう1杯くれ」

「申し訳ない。これが最後の1杯だ」

「……えっ?」

 

 おやっさんが出した最後のどんぶりはアギの元へ。

 

 4杯目か!

 

「おまち」

「おしきた。いただき……」

「待て。……おいアギ」

「……なんだよ」

 

 どちらも低い声。2人に険悪な緊張が走る。

 

「邪魔すんな。麺が伸びる」

「いいから聞け。もう麺がないって、これはどういうことだ?」

「ないのは麺じゃなくてスープだよ。ドゲンコツのスープはおやっさんでさえ作るのに手間がかかる。それとこんな店なんで客足が少ない」

 

 だからスープは無駄にならないよう、おやっさんはいつも少なめに仕込んでいるらしい。

 

 その量、限定20杯。3人で店の用意した3分の1の量を食べた計算になる。

 

「なんだと」

「世の中うまいもんは早い者勝ち。お前がぐずぐず食ってるからいけねぇんだ」

「なっ。……言いやがったな。その最後の1杯、俺に寄越せ!」

「やらねぇ!」

 

 一杯の麺を賭けた取っ組み合いがはじまった。

 

 体格と筋力でリュガに劣るアギは、《盾》で彼を抑えにかかる。

 

「ぐっ、てめぇはもう3杯食ってるだろうが!」

「うるせ。俺はな、おやっさんのを5杯食わなきゃ気がすまねぇんだよ!」

「食い過ぎだ! この砂漠の民の欠食児童!」

「んだと、ああ?」

 

 

 アギとリュガ。

 

 2人揃って《バンダナ兄弟》と呼ばれる彼らの友情に、1杯を分け合って食べるという選択肢はない。

 

 

 

 

 ところでユーマは、

 

「おやっさん。麺はあるんですか? だったら替え玉して欲しいんですけど。……えっ? 替え玉を知らない? えーと。スープはこれでいいんで麺だけ欲しいんですけど」

「……今仕込んでるのがある。待ってな」

 

 おやっさんのご厚意で、ちゃっかりおかわりゲット。

 

 +++

 

次回『少年たち 2』

 

ラーメン屋にてボーイズトーク。話題は?

 

そして舞台は自警部へ

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