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幻創の楽園  作者: 士宇一
番外 アギ戦記 前編
151/195

《会長派》の人たち+2

折角の番外編。ゲストは第2章以来の彼女。名前付きで登場

 

《前書きクイズ》

 

Q.《白雪姫》《桜姫》そして《歌姫》。本編でこれらの言葉をはじめて口にしたのは誰?(難易度E:読み返してもらえれば……)

 

Q.学園の前期終了時点で《C・リーズ学園》内の人気投票の女子の部、その1位を答えよ(難易度D:最近感想の返信で書いたような……)

 

 +++

 

 

“生徒会長……アイドルが欲しいです”

 

 

 アイドル:偶像。あるいはその意味から派生して『あこがれの対象』、ひいては人気者を意味する。

 

 再生世界におけるアイドルという言葉も同様の意味を持つ。ただし。その言葉の発祥は今より約400年前も昔。

 

 異世界の勇者、《剣》からだったとか。

 

 +++

 

 

「僕だってアイドルの言葉の意味くらいわかってるつもりだ。だけど『欲しい』というのがよくわからない。

 

 要望書を片手に生徒会長は困った顔をした。

 

「学園にも《Aナンバー》をはじめとする、人気のある生徒はいるだろうに」

「……成程。セイが不思議に思うのはわかる。俺も《蒼玉》の彼らに熱弁されるまで胡散臭く思ってたのだが……」

 

 これが意外と奥が深いと、生徒会長に言うクオーツ。

 

「《C・リーズ学園》には確かに戦士、魔術師、技術士、一般生徒にだって優れた人材が豊富に揃っている。しかしアイドルと呼ぶ『分野』に関して言えば、今期の俺達は他校、特に東西南北の4地方にあるリーズ学園の付属・系列校に劣っているともいえる」

「……《中央校》であるここが地方校に劣るか。生徒会長としても聞き捨てならないね。クオーツ、詳しく訊いてもいいかい?」

「そうだな」

 

 本校と他校との比較、それに生徒の実情を詳しく知ってもらう機会なのかもしれない。そう思ったクオーツは己の持つ、アイドル知識を語ることにした。

 

 事前に言っておくが、《青騎士》は真面目な男である。

 

 

「まずはセイ。君のアイドルに関する認識を確認しよう。この学園のアイドルに該当する生徒を、君の知る限り挙げてみてくれないか?」

「わかった。ええと、確か前に読んだ学園の会報誌によると……」

 

 生徒会長が参考にするのは《リーズ学園だより》。報道部監修の生徒会会報に記載される人気投票の特集記事だ。報道部は新聞部をはじめとする出版関係の委員会、生徒会組織も取り込んでいる。

 

「まずは《姫》の2つ名を持つ生徒たちだね。3年生を代表するのが《獣姫》のメリィと《賢姫》のカンナ先輩」

 

 メリィベル(中身)は前回でも説明したとおり、グラマラスでワイルドな美女だ。一方でミヅル・カンナはスレンダーな体型にロングストレートの黒髪が似合う美少女。いわば大和撫子といった容姿の持ち主。

 

 エースとして知名度も高い。確かに2人は学園の3年生を代表とする美少女の2トップとされるが。

 

「……セイ。そこから違う」

「えっ?」

 

 やはりそう考えていたか。そんな風に呆れた声を出すクオーツ。戸惑う生徒会長。

 

 クオーツはこの時点で、生徒会長が『アイドル』というものに疎いことを悟った。

 

 彼は語る。

 

「確かにセルクスとミヅルは容姿に優れ、学園での知名度も高ければ生徒にも人気がある。……しかし。アイドルと呼ぶには彼女らはイロモノだ!」

 

 ぶっちゃげた。やっぱり着ぐるみは……ね?

 

 別にメリイベルも1日中着ているわけじゃないけど、イメージとして『うさベアさん』の方が断然強い。「脱いだらスゴい」のインパクトは強烈ではあるがやっぱりイロモノ。

 

 

「ところでセルクス。大人しいがお前、何をしている?」

「ん? セイの仕事」

 

 話を聞いていないメリィベルを見ると、彼女は1枚の要望書を見て何か閃いたらしく、裏紙に落書きをしている。彼女の絵は着ぐるみやぬいぐるみのデザインもしていることもあって作風はファンシー。やけにうまい。

 

 それで彼女が読んだという要望書の内容とは、要約すると『もっと《塔》にある本を読んでもらいたい』といったもの。差出人は図書委員の関係者か?

 

「クオ。こんなのはどうだ?」

「これは……ポスター? 『本を読まないと……飛ばすわよ』?」

 

 デフォルメされた髪の長い黒髪の女の子が、大きな刀を振り回している上でこの台詞。絵のモチーフは明らかに《賢姫》のミヅルだ。

 

 あ。女の子の頭には角も生えてる。

 

「学園中に貼れば効果てきめんだぞ」

「……促進と言うよりは脅迫だな。よし、セルクス。その案は図書委員会に匿名で回しておけ。近い内必ず荒れるぞ」

「おお。事件だな」

「君たちエースが余計な混乱を起こさないでくれ!」

 

 2人は《賢姫》に何か恨みでもあるのだろうか?

 

 

 話が逸れた。クオーツはメリィベルの描いた《剣鬼》の絵を生徒会長に見せながら、話を続ける。

 

「つまりセイ。こういうことだ」

「いや。詳しい話がまったくされていないのだけど……」

「俗に美少女の称号とされる《姫》の2つ名を持つ生徒だろうが、彼女たちがアイドルになれるとは限らない。ミヅルの正体など所詮『コレ』で、セルクスに至ってはマスコット未満のなにかだ」

 

 つまりイロモノ。

 

「……メリィたちが違うのはわかったよ。ではアイドルとはいったい?」

「そうだな。例えば北校、《N・リーズ学園》の《白雪姫》がそうだ」

「現北校生徒会長の彼女が?」

 

 生徒会長は《白雪姫》と呼ばれる彼女と面識がある。彼の目から見ても小柄で、美人というよりも可愛らしい女子生徒。2年連続で北校の生徒会長を務めている。

 

 白い肌と銀髪が特徴とされる北国人の中でも、雪のような肌と白が映える輝く黒髪を持ち、《姫》の2つ名を与えられるほどの容姿を持つ。今の北校の象徴とも呼ぶべき存在。

 

「ああ。彼女はその人気1つで北校のトップにまで登り詰めた、『アイドル生徒会長』とも呼ばれている本物だ」

「……初めて聞く言葉だ」

 

 生徒会長としては、《白雪姫》の何が『本物』なのかよくわからない。

 

 クオーツはこう語った。

 

「同じ生徒会長でも、為政者タイプのセイとはまったく別物と言っていい。《白雪姫》の力は偏に、彼女の愛らしい容姿と立ち振る舞いからくる魅力だ。彼女に心酔し彼女を助けようと多くの人が集まり、結束する」

「うらやましい話だね」

 

 実績を経てようやく周囲の信頼を勝ち取り、今の地位に就いて尚も通常業務の傍らで対抗勢力と争わねばならない。

 

 その上で手を尽くして賛同者を集めなければならない《中央校》の生徒会長としては。

 

 《白雪姫》は決して指導者といったタイプでも、一際優れた能力を持つ学生でもない。愛されることで支持される存在。

 

 崇拝対象アイドルなのだ。

 

「カリスマ、だったかな? 古い言葉でそういうのは。人の上に立つものにとって得難い資質のことを」

「そうだな。ただ、その言葉をアイドルにそのまま当て嵌めるのは適切ではない」

 

 カリスマは本来、特定のことに優れた能力や資質を持つ者を指す言葉。例えば《天才》技術士と呼ばれるティムス・エルドがそうだろう。

 

 画期的な多機能ツールとしてPCリングが学園で普及すると、開発責任者として認知度が急上昇。《組合》どころか全校生徒からも一目置かれるようになる。一概にアイドル=カリスマとはいえないのだ。

 

 ちなみにティムスは別段彼の弟子であるルックスや、ジンのような美少年というわけではない。目付きと口が悪くとも顔立ちが双子の妹そっくりなので女顔ではあるが。

 

「『カリスマアイドル』というならば東校、《E・リーズ学園》の《桜姫》だろう」

「……また知らない言葉だ」

「彼女らの場合、『伝統』という箔が付く」

 

 《桜姫》は東校で10年以上も続く、襲名制をとる珍しい2つ名。歴代の彼女達は選ばれるのではない。先達の指導のもと、多くの礼と作法を修め『東国の女性はかくあるべし』というものを体現できてはじめて『なれる』のだ。

 

 初代《桜姫》こそ剣術に長け、武術にも優れたと言われているが、以降の《桜姫》たちは作法に磨きをかけ、先達による指導も女性らしさの洗練に重きを置いている。

 

 東校で《桜姫》は、女子生徒の立ち振る舞いにおける手本とされる。同性にも高嶺の花として憧れの対象にみられ、男女共に敬意を払うべき存在。

 

 

「《白雪姫》。それに歴代の《桜姫》たち。リーズ学園5校の内、今期で《姫》と呼ばれる者の中でも2人は、アイドルとしても格が違う」

「あら。それは聞き捨てなりませんね」

「何?」

 

 意義を唱えたのは、執行部の部室に無断で入ってきた新たな人物。

 

「《青騎士》さん。《獣姫》と《賢姫》だけではありませんよ。《白雪姫》にも劣らない《姫》は中央校にいます」

「君は……生徒総会書記長」

「セリル書記?」

 

 セミロングほどの長さの銀髪を2つに束ねて、頭の低い位置で縛ったいわゆるおさげに眼鏡。

 

 『委員長』と呼ぶべき毅然とした立ち振る舞いから真面目な印象をもたれる彼女、2年生ながら生徒会執行部・総会書記の長たるアーシェリー・セリルには、生徒会役員の他に別の顔がある。

 

 

「《銀の氷姫》をお忘れなく」

 

 

 アイリーン・シルバルムの公式応援団、副団長という顔を。

 

「確かに《桜姫》として彼女達がかさねる努力は賞賛するもの。同じ女として頭が下がる思いです。しかし我々のアイリーンさんは――勿論彼女をアイドルと呼ぶことはおこがましいですが――歴代の《桜姫》にも負けてはいません」

 

 いきなり語りだす闖入者。

 

「氷にたとえられる透明感のある容姿。大人びた表情にも時折見せる可憐さ。魔術師としても研鑽と修練を怠らない努力の女性ひと。彼女の進む道を応援しないでどうしましょうか。まして、ちょっと可愛いからと愛されるだけの《白雪姫》なんて……」

「ち、ちょっと待ってくれ」

 

 アーシェリーの演説に僅かながら怯む生徒会長とクオーツ。メリィベルは何故か天井に睨みをきかせている。

 

 生徒会長が彼女に訊ねた。

 

「あのう、セリル書記? 定例会は明日だけど、どうしてここに」

「雑務を片付けに執行部の部室を借りようと思ったのですが。貴方がた先客がいまして。……途中からですが話は聞きました。随分と面白い話をしていますね」

 

 アーシェリーは涼しげな相貌に微笑を浮かべている。

 

「生徒会長がアイドル談義、ですか。男の子ですね。少し安心しました」

「安心? いや。これは生徒会宛の要望書にあって」

 

 何故だろう。異性に指摘されると後ろめたい気分になるのは。

 

 次にアーシェリーはクオーツに向けて意味深な笑みを見せた。クオーツは眉を顰める。

 

「貴方も。アイドルのたとえに《白雪姫》と《桜姫》を1番に挙げるとは」

「……書記長。何が言いたい」

「騎士としての性でしょうか? 貴方も他の生徒と同様、彼女のような庇護欲や忠誠心に駆られるお姫様やお嬢様、つまり王道のヒロインがお好みなのですね? 確かに中央校では少ないタイプですし」

「……。何を馬鹿な」

 

 言い詰まったのは何故だろう?

 

 ここで生徒会長が、そして天井とにらめっこしていたメリィベルがクオーツの方へ振り向いた。

 

「クオ?」

「そうだったのかい? 君のそんな話、はじめて聞いたよ」

「待て」

 

 クオーツは自分に向けられる視線に居心地の悪さを感じる。 トドメはアーシェリーの『《青騎士》はミーハー』発言。

 

 改めて言っておくが《青騎士》、クオーツ・ロアは真面目な男だ。

 

 彼は同僚である《蒼玉騎士団》の連中に感化された上で、真剣にアイドルという存在の重要さを考えているだけ。

 

「だから待て。言って置くがこれは俺が《蒼玉》から聞いた話だ。俺の意見じゃない」

「ご冗談。《蒼玉騎士団》で今1番の話題は《烈火烈風》、ハイドランジアの制服を着て『ドジっ娘ウェイトレス』の道を拓いた彼女では?」

「! 何故それを」

 

 ……のはず。なのにこいつ、動揺しやがった。

 

「……クオーツ。よかったら今度リーズ学園の生徒交流会、メリィの代わりに君が護衛で参加するかい? 彼女たちを紹介できると思うけど」

「……よかったな。クオ」

「セイ!? セルクスも勘違いするな。俺の忠誠はセイ、お前だけのものだ!」

 

 生徒会長が微笑ましい笑みを浮かべ、クオーツに優しい声を掛ける。メリィベルはジト目。クオーツ1人が大慌て。

 

 それで《会長派》の彼らを引っ掻き回した彼女といえば、

 

「迂闊な人。そういった発言が女子の『一部の噂』に拍車をかけるのに気付いているのかしら?」

 

 とつぶやいた。

 

 ここで言う一部の噂というのは『青騎士×生徒会長』といったもの。知る人ぞ知る禁断の世界だ。

 

 最近はリアトリスに続き、ハイドランジアに『男装ウエイター』が現れたこともあって『旋風の剣士×烈火烈風』のカップリングも人気急上昇だとか。

 

 

 ……また話が逸れた。

 

 生徒会長たちの誤解を解いた(と思っている)クオーツが話を引き戻す。

 

「丁度いい。書記長。君からも話を聞きたい。アイドルについて」

「誤魔化すにしても下手な振りですね《青騎士》さん。私にアイドルのことを? 言っておきますが、私はアイリーンさん一筋です」

「……いや。訊きたいのは男でアイドルと呼ばれる生徒だ。例えばそう、《射抜く視線》の彼」

「……成程。ジン・オーバですか」

 

 おそらく。1年生ながら《白雪姫》や《桜姫》にも劣らず《中央校》の中で一般生徒に強い影響を与えられる、あるいは将来その可能性があるであろう脅威の少年。

 

 生徒会長も名前と顔は知っている。

 

「弓を使う戦士科の1年生だね。《皇帝竜事件》にも関わっていたはず。他校の女子生徒にも人気があるらしいね」

 

 それで? と生徒会長。このきょとんとした反応にクオーツとアーシェリーは呆れがちに顔を見合わせた。

 

「……《青騎士》さん。これ、学園都市の外のこととはいえ、東では『大事件』だったのですけど。前から思っていましたが彼、頭が切れる割に少し俗世に疎いようです。過保護なのでは?」

「……少し反省している。かという俺も《蒼玉》の連中に教えられるまで、この『問題』に君たちが対応してくれたことに気付かなかった」

「《会長派》の右腕が聞いて呆れますね」

「2人とも。内緒話なら聞こえない場所でしてくれると嬉しいのだけど」

 

 困惑気味の生徒会長。

 

「僕だって努力してるつもりだよ。こうやって要望書も検討しているし、君たちに意見を訊いている」

「失礼。では生徒会長。お詫びに私から、生徒会執行部・総会書記長として私が議事録に記録した春先の『ジン・オーバ問題』について少し」

「問題?」

「アイドルと呼ぶ者の影響力。その極端な1例だ」

 

 クオーツの言葉に疑問符を浮かべる生徒会長。アーシェリーが説明した。

 

「では。今度行われる、進学を控える中等部の3年生すべてを対象にした学園の見学会。会長もその準備段階で『怪現象』があったのを覚えていますね?」

「……? それは例年にも増して、東高の生徒がこぞってうちを見に来るという話のことかい?」

「その通りです。どう思いましたか?」

「見学希望者の女子生徒が異常に多くて、ただ珍しいと」

「……やはりその程度の認識でしたか。会長、ではもしその原因が1人の男子生徒にあるとしたら?」

「まさか」

 

 そのまさかだ。

 

「……オーバ君の影響だと?」

「そうだ。彼が在学していた東校の中等部では未だ根強い人気がある。これはもう異常とも言えるが」

「彼の後輩が一目会いたいがために見学者が急増しているのです。当日は何らかの対応を取らないといけません。来期東から来る受験生に関しても」

 

 クオーツの言葉をアーシェリーが補足する。

 

「どうやら何者かが彼の進学先を隠蔽していたようです。それが原因で今期の春、東校では彼の進学先が中央校だと初めて知った女子生徒から非難が殺到。突如中央校への転入願いを出す人が急増しました。それもジン・オーバ、彼の後輩にあたる東校の新入生だけでなく彼の先輩にあたる2年、3年生までもです」

「そんなにも」

「今期の《桜姫》のおかげで暴動にこそなりませんでしたが、一時の大事件です。先生方の話では『ジン・オーバの返還』と銘打った嘆願書まで用意されたとか」

 

 東校の女子生徒すべてが、中央校へなだれ込んでくるような勢いだったという。

 

 《射抜く視線》ジン・オーバ(天然)。自覚もなく、その異能を以て『射抜いた』少女の数は数知れず。

 

「し、知らなかった」

「仕方ない。時期が丁度、昇級試験とエース選定に被っていたからな。俺達は《竜使い》らの造反の対応に忙しかった」

「言い訳です。《竜使い》との決着をつけたのは、アイリーンさん達と《精霊使い》の彼でしたのに。副会長達もですが、くだらない勢力争いに力を入れ過ぎるから生徒の事も、外の世情のことだって疎かになるのです」

「「……」」

「それと。《皇帝竜事件》の前後で忙しい貴方の代わりに意見調整に先生方と共に東校へと派遣され、針のムシロにすわった私と会計のことをお忘れなく」

「……耳が痛いね」

 

 今日まで教えてくれなかったのに、ここに来て散々と愚痴を零された。眼鏡越しの鋭い視線に生徒会長はたじたじになって苦笑いで場を切り抜けようとする。

 

 そんな彼に生真面目な生徒会書記はひとつ忠告した。

 

「彼を取り入れようとするのはやめておきなさい。下手を打てば東校にいる彼のファンをすべて敵に回します。その数は尋常ではありません」

「そうだな。聞くと普段はこれといった野心もない普通の少年だ。刺激してはいけないのはむしろ周囲の人間だろう」

「彼を巡り『中央校対東校』なんて対立を引き起こしかねません」

「肝に銘じておくよ。……傾国の美少年といったところか」

 

 そこまでの魅力を僕は持たないからなあ。《白雪姫》の時と同じようジンのことも羨む生徒会長。

 

 別に女の子にもてたいわけじゃないけど、上に立つ者として人を率いるだけのカリスマは欲しいと彼は思う。

 

 

「セイ。これで少しはアイドルのこと、わかっただろうか」

「今までの話を聞いて大方理解したよ」

 

 生徒会長は頷く。

 

「生徒会長として成功した《白雪姫》は勿論、東校における《桜姫》の発言力も馬鹿にできない。オーバ君の例は極端だとしても、その存在が多くの人を引き寄せるというのなら……アイドルという存在はどうも、世論を動かす『扇動者』として最適のようだね。しかも《会長派》にいないタイプの人材のようだ」

「その通りだ」

 

 えっ? アーシェリーは1人、耳を疑った。

 

 生徒会長の話はこう続く。

 

「考えてみればそうだ。組織のトップとして優れた手腕を発揮する生徒は中央校にも多くいる。なのにアイドルのような多くの人に呼びかけ、活動を盛り上げるような力を持つ人は皆無に等しい。それこそ報道部部長のような」

「ああ。イベント時における彼女の手腕は見事というしかない」

「……まあ、彼女は間違いなく扇動者のほうですが……。」

「参ったね。僕は《皇帝竜事件》以降、失った戦力の増強にだけ目が眩んでいたようだ。《会長派》にも魅力的なアイドルいれば、もっと巧く事が運べたかも知れない」

「俺もそう思う」

「盲点だった。もしかすると他の勢力は、アイドルの有用性に気付いて動き出しているかも知れない」

「……聞いてませんね」

 

 アーシェリーは「だから《会長派》は……」とため息。

 

 生徒会長の指摘は確かに鋭かったのだけど。

 

「あの会長。要望書のことは?」

「これかい? 多分この要望書の生徒は、雨季を前に今ひとつ士気の上がらない学園を盛り立てたいがために『アイドルが欲しい』と書いたのだと思うけど?」

「……」

 

 間違っていない。間違っていないが。

 

「色々と参考になった。カリスマに自信のない僕には、この先アイドルの協力が必要だ」

 

 クオーツが同意の意を示し、アーシェリーが何か言おうとした、その時。

 

 メリイベルが動いた。

 

「くるぞ……! 伏せろ、セイっ!」

「えっ?」

「ふざけるなぁ!!」

「「「!?」」」

 

 怒声と共に天井が崩壊した。アーシェリーは彼女の近くにいたクオーツが、生徒会長は警戒していたメリィベルが咄嗟に動いて2人を庇う。

 

「襲撃?」

「違う。これは」

「そうだぞクオ。これは……変態のニオイだ!」

 

 現れたのは、いつだって赤いマフラーを手放さない似非忍者。

 

 

 

 

「この世界で。アイドルという言葉が生まれて400年もの時が経つ」

 

 

 

 

 粉塵の中、腕を組み堂々と佇む彼はアイドルを語る。

 

「アイドル自体多様化され、今では個性的なアイドルも数多く存在するだろう。しかし。時代の流れに淘汰されず、長い時を経ても愛される、そんなアイドルも存在する、真なるアイドルが!」

 

 報道部部長の下僕である彼は、学園きっての裏のエース。彼は見逃さない。

 

 

 この話、今の場面を見逃せば次は第4章。この先彼の出番はない!

 

 

「今! アイドルという言葉はあまりにも安売りされすぎている。美少女、美少年ならばアイドルと呼べるか? 否だ。グループになれば、物量に走れば売れるのか? 否だ! アイドルよ孤高であれ。アイドルよ、その『表現力』を以て己の心の内を晒せぇ!!」

 

 その正体は《霧影》、ミスト・クロイツ。

 

「アイドルとは《幻想》に在らず。アイドルとは芸能を以て《現想》する者。その上で共感を以て皆に支持され、万人に愛される者こそ真実のアイドル! 利用するなどもっての外!! 敢えて言おう。俺は……」

 

 魂を叫ぶ!

 

 

「アイドルと呼ぶものすべてを愛でたい!」

 

 

 やっぱり変態だった。

 

 学園の有名人は、男子も彼を筆頭にイロモノばかり。

 

 

 突然の襲撃者を前にクオーツは《現創》した水の弓を構え、メリィベルは生徒会長を背に庇いながら、うさベアさんのグローブだけを装着して鉤爪をひき出す。

 

「変態め! セイを襲う気なら覚悟しろ」

「……フフ。《獣姫》。会長には個人的な文句はあるが襲いはしないよ。どちらかといえば俺はウケなんだ」

「嘘つけ! ずっと天井に潜んでたくせに!」

「《会長派》の幹部が1つの部屋に集まれば嫌でも警戒するさ。丁度タイムリーな話題をしていたら誰だって天井に潜みもする。そうだろ?」

「どんな言い訳だ」

 

 突っ込むクオーツにミストは、

 

「《青騎士》。君が1番残念だったよ」

 

 僅かながら怒りを見せた。

 

「カリスマ? 世論を動かせるほどの扇動者? ふざけるな。貴様らの語るアイドルなど笑止。クオーツ、貴様はそれでも学園の誇る騎士系アイドルユニット、《蒼玉騎士団》のリーダーか!」

「初めて聞く言葉だ」

「会長。君の従者はジン・オーバに劣らず人気があるのだよ」

「やめろ! セイに余計なことを吹きこむな!」

 

 でも。そんな噂が女子の中であるのだ。

 

「帰れ!」

「がるるー」

「……フフ。つれないなあ」

 

 クオーツ達の非難を他所にミストは、封に収めた書類を何故かマフラーから取り出す。

 

 生徒会長に渡した。

 

「クロイツさん。これは?」

「本題に入ろう。俺は『中立』たる報道部の使者としてここへ来た。会長、部長からだ。アイドルに関して《Aナンバー》の派遣を検討して欲しい案件がある」

「何だって?」

「……フフ。副会長によからぬ動きがあるぞ」

 

 

 忍者は告げた。学園のとある生徒が発端となる今度の事件は、学外で起きると。

 

 そしてこの事件の解決に当たり学園から表立って他校に介入できるのは、エース資格者しかいないと。

 

 それがこれから起きる《歌姫》に関わる事件の、はじまりだった。

 

 

 

 

 それにしても。

 

「クロイツ先輩」

「やあ。アーさん、久しぶりだな」

「アイリーンさんの写真ではいつもお世話になっております」

 

 生徒会書記、アーシェリー・セリル。

 

 事態と変態に動じない彼女も、只者ではない。

 

 +++

 

次回『少年たち』

 

2日後の放課後。ユーマとリュガはアギに連れられ学外のアンダーグラウンドへ。

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