《会長派》の人たち 1
今年もよろしくお願いします。本編ではなく番外編ですが。
ユーマもアギも登場しない、事がはじまる前の話
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それは、《皇帝竜》事件後。ユーマがエースとなってしばらくした頃の話。
《C・リーズ学園》は400年も続く伝統校。学園都市でも1、2を争うほどの大きな学校だ。その生徒会も学生の組織としては大規模であり、一般生徒の多くが何らかの『委員会』に所属して活動を行なっている。
学園の生徒会における主要組織といえば生徒会執行部(執行機関)、自警部(自治機関)、報道部(監査機関として機能)、それから技術士系と商人系の生徒の寄り合いである《組合》。最後にエース資格者たち《Aナンバー》の10名(+1)が挙げられる。生徒によっては一般生徒の代表でもある生徒会長をトップとする執行部のことを『生徒会』と呼ぶ者もいるが、これは正確ではない。
学園において生徒会執行部とは、各委員会を統括する学生組織のことだ。本来生徒会とは、生徒の自治活動を通して学生生活の改善と充実を、生徒自身の手で図るためにある。
執行部は生徒会において、各種生徒活動の企画と運営において意見をまとめ、調整するのが役割である。つまり事務方の裏方だ。学園から生徒会の運営の為に特別な権限を与えられる生徒会長いえど、一概に華やかな役職とはいえなかった。
余談だが生徒会長の正式な役職名は『生徒会執行部・代表委員長』。学園の生徒代表も兼任してはいるが、生徒会長という役職自体は自警部部長(*現部長のブソウの役職名は生徒会自警部・統轄委員長)等と同列にあたる。
それで今回の話はここ、学園の生徒会棟の中にある生徒会本部、生徒会執行部の部室で雑務を行う《会長派》の彼らからはじまった。
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《会長派》の人たち
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《C・リーズ学園》生徒会棟。
執行部の部室は主に、生徒会役員の会議室として使われている部屋。その日は生徒会長が1人、仕事をしていた。
夏物のスラックスに学園指定のサマーセーター。整髪剤で丁寧に整えられた銀髪。6月の半ばに差しかかり夏に向かって気温が次第に高くなってくる中、生徒の規範として制服の中間着をきっちり、ネクタイまでして着こなす生徒会長。
メタルフレームの細い眼鏡をかけて机に座り、書き物をしているとなんとなく『仕事のできるエリート』といった感じでサマになる。同じ作業でもドス黒い隈を浮かべながら、徹夜で報告書にサインをするブソウとは偉い違い。スタイリッシュ。
彼のしている作業は生徒会宛に送られてきた要望書の仕分け。これは手紙のような郵便物と同じ扱いで学園内に設置されているポストに投書すれば、誰だって生徒会に意見することができる。
平日に送られてくる要望書の数は平均して10件ほど。個人よりも連名で書いてくる者が多い。要望書は事前に生徒会の下部組織(*ここでは郵便物取扱委員会のこと。現在は報道部の傘下にある)で1度検閲され、内容をまとめて執行部に回される。
生徒会長は先週分の案件をどの委員会や組織に任せるか、執行部で議論する前に予め目を通し、自分の意見をまとめるという整理をしていた。
「……『学生食堂の利用者のマナー改善』、それと『学生食堂の利用者を増やしたい』か。調理師関係の生徒だろうけど、どちらもいったい、どこの食堂なのか」
生徒だけで約3千人もいる学校だ。学生食堂も多くある。
「まずは風紀委員を中心に実態を調査してもらうことにしよう。でも後者はもうひとつ」
アイデアが欲しいな、と生徒会長。
学生ギルドで『食堂利用促進臨時委員会(仮)』の募集でもかけてみるかと考えていたところ、外からドアを叩くノックが。生徒会長は入室を許可する。
「失礼する。……セイ。ここにいたか」
部屋に入ってきたのは、学園の生徒が着るブレザーとは色違いの、青い制服を着た男子生徒。学園の誇る《Aナンバー》の1人であるクオーツ・ロアだ。青い改造制服は、彼の2つ名である《青騎士》の、パーソナルカラーへのこだわりからくる。
クオーツは生徒会長とは同郷で、しかも幼馴染だ。彼は生徒会長個人に《騎士》としての忠誠を誓っており、《会長派》の中でも会長の右腕と呼ばれていた。
「クオーツ」
「探したぞ。どうして会長室にいなかった?」
「ちょっと。メリィがね」
陰干しするからと言って着ぐるみを持ってきたんだよ。そう説明して苦笑する生徒会長。彼の部屋は今、ふわふわのもこもこに埋もれていた。
会長室を占拠した張本人曰く、雨季に差し掛かるこの時期は手入れが大変とのこと。広くて風通しの良い会長室は陰干しに最適だとも。
「君も僕の部屋の中を覗いたんだろ? 流石にあの中で仕事をするのはちょっと」
「……まあ、な」
室内にところ構わず張られた洗濯紐。吊るされたように干されて、力なくぶら下がっている着ぐるみたち。
誰だってたくさんのつぶらな瞳に監視されている部屋の中に、1人でいたくない。
「今日この部屋は使う予定がなかったからね。借りているんだ」
「まったくあいつは。俺からも言っておく。セルクスはどこに」
「そこだよ」
生徒会長の視線の先は床。そこには、
『うさベアさん』がぐったりしていた。
茶色い野兎のような、長い耳が垂れ下がっているくまさん。着ぐるみは生徒会長の真下で毛皮の敷物よろしく、うつ伏せで大の字になって寝そべっている。
「……」
「セルクス? 中に入っているのか?」
「……ううっ。クオぉ……」
「どうした? おい」
へたれたうさベアさんは力なく答えた。
「夏は、暑いんだ……」
「「……」」
そうだろうなぁ。着ぐるみなんて着てたら。
まだ6月だけど。
床はひんやりして気持ちがいいらしい。突っ込む気にもならないクオーツは頭痛がするように額を抑え、生徒会長を見る。
彼は苦笑した。
「着ぐるみは《獣姫》のポリシーだってさ。去年もそうだったけど意地になって」
「何を馬鹿な」
他人にはそう言うが、自分だって『青』にこだわって制服を特注している《青騎士》。改造制服だってエースの特権で融通してもらっている。
暑い日でも白い半袖シャツを認めずに青いブレザーを着用する彼も大概だ。
クオーツは暑さなど気にもならない様子。彼はうさベアさんを床から起こそうと、もこもこした腕をとった。
「おいセルクス。ダレるくらいなら制服に着替えろ」
「うーでもぉ。脱いだら負けだとメリィは思ってる」
「……一応聞くが何との勝負だ?」
「たいよう」
強敵だった。
「お前は……その様でセイの護衛が務まるのか? いいから着替えろ」
「……うん」
「だからといってそこで脱ぐな!」
「ほんと君たちは相変わらずだね」
彼女の脱ぎ癖はお約束だった。
15分後。
シャワーを浴びて制服に着替えなおしたメリィベルは、暑さから解放されスッキリした顔をしていた。
《獣姫》、メリィベル・セルクス。『着ぐるみ狂戦士』の異名を持つ《Aナンバー》の1人。クオーツと同じく生徒会長の《騎士》でもある彼女は《会長派》の最高戦力であり、役職としては生徒会長専属の護衛をしている。
灰に近い銀髪は無造作に伸ばしてぼさぼさ。制服のブラウスは胸元のボタンを2つほど空けて裾は手前で縛りおへそまるだし。南国系に見られがちだが、制服から覗く剥き出しの白い肌は間違いなくクオーツ達と同じ北国系のそれである。
メリィベルのうさベアさんは仮の姿。その中身は学園でもトップクラスの、グラマラスでワイルドな美女である。汗をかいていたところをみると、彼女の抜群のプロポーションはもしかして、着ぐるみを着続けることで維持しているのかもしれない。
「あーさっぱりした。パンツまでぐちゃぐちゃだったぞ」
「……セルクス。俺達の前でもそんなはしたないことを言うな」
クオーツは同僚のことで気苦労が絶えない。
「大体なんだ、また会長室を勝手に占拠して。陰干しならお前の店(*《メリィベル・クラフト》。ぬいぐるみを置いた彼女の手芸店。《獣姫》が率いる学生騎士団と同名)にも倉庫があっただろ」
「セイは使っていいて言ったぞ。セイの部屋のは私物だからお店におけない」
「どんな理屈だ」
「まあクオーツ。いつものことだから」
「……わかったよ」
迷惑を被る彼がそう言うので説教は諦めた。
生徒会長はクオーツに訊ねる。
「ところでクオーツはどうしたんだい?」
「学外警備隊の定期報告だ。それとこの書類に生徒会の判を頼む」
学外警備隊とは、自警部が学内の治安に務めるのに対し、学外の学園都市全域を対象とした学生からなる治安組織のことだ。管轄は学園都市。各学校から有志を募って組織している。
学園から派遣する警備員、リーズ学園分隊の隊長は学園の伝統として、《蒼玉騎士団》の団長であるクオーツがおこなっていた。
生徒会長にサインを求めた書類は、学外警備隊本部より送られた都市の巡回を行う輪番の確認と、夜間警備を担当する生徒への手当申請であった。
生徒会長は警備隊の報告書と2枚の書類に目を通して判を押す。
「これでいいかい?」
「ああ。助かった。……今日も1人なのか?」
「別に皆が皆仲違いしているわけじゃないよ。忙しくしているだけさ」
クオーツが訊ねたのは他の執行部のこと。彼ら生徒会の役員たちはそれぞれに派閥を形成し、牽制しあって必要以上に顔を合わせようとしない。
説明すると、執行部の人員構成は生徒会長の他に2人の副会長と会計、書記、議長の計6名。その内主流となる《会長派》に対抗するのは現在、前回の選挙戦で今の生徒会長に負けた副会長らそれぞれの勢力だけである。
《会長派》による生徒会組織の統一を諌めようとする《温厚派》と、生徒会長の座そのものを狙う《過激派》の2勢力だ。残り3つの役職の勢力は予算と記録、議決を扱うことから中立を保っている。
そもそも。エース資格者を3名も有する《会長派》に正面から敵う勢力は限られている。副会長らの派閥は正直、対抗組織として今ひとつ弱い。
《会長派》と勢力が拮抗するのは同じくエース資格者のいる自警部と報道部、それから《組合》。いわゆる学園の4大組織だ。戦力のみならば学園最強の《剣闘士》、魔術師系生徒の精鋭《黒曜騎士団》を率いる《黒鉄》、同じく女子生徒の最大勢力《紅玉騎士団》を率いる《烈火烈風》といったエース勢もいる。
ちなみに会計は予算を預かる関係で《組合》と親しく、書記は《賢姫》が所属する図書委員会、議長は自警部と報道部のそれぞれと繋がりがある。言うなれば反《会長派》を表立って掲げながら、副会長たちの派閥はタレント不足だった。彼らは《皇帝竜事件》を機に勢力の拡充に躍起になっているというのが現状。
実は元《会長派》である《竜使い》と戦った経緯から、副会長はユーマ達のところにも誘いをかけていたりする。(結果は芳しくなかった)
もっとも。そんな副会長らの努力を歯牙にもかけず《会長派》が1番に警戒しているのは監査委員会を取り込み、幾つかの委員会と合併して一大勢力にのし上がってきた報道部と、その部長の彼女であったが。
「副会長たちか。彼らの勢力がなければ、生徒会の掌握はとっくに済んでいただろうに」
「滅多なことを言わないでくれ。副会長たちはよくやってくれてるよ」
生徒会長はクオーツを窘める。だけどそのあとでひとこと。
「……まあ。今の生徒会の発足時に起きた彼らとの諍いがあったからこそ、それを収めようとした報道部部長の台頭を許してしまったのだけど」
「……」
それが1番の痛手だったと生徒会長。
生徒会の不正を糺す監査委員会。そこの委員長を学園長の孫娘が兼任すると言えば、今こそ納得もするけれど当時は寝耳に水の出来事であった。今も彼女の正体は生徒会幹部の一部を除き、一般には公にされていない。
でも本名を公開しないのは彼女の主義で全然関係ないけれど。
生徒会長の言葉に神妙な顔をしだしたクオーツ。メリィベルは話自体を聞いていない。
それで生徒会長は彼にこう言った。
「クオーツ。報道部のことは置いていい。彼女を抑えるのは最後だ」
「セイ?」
「いつか彼女は僕と手を組まざる得なくなる。でもそれは今じゃない。機を待つんだ」
「……そうか」
「ああ。他の派閥だって今度新規に追加される編入生を僕らが抑えた以上、大幅な勢力変化はありえない。計画は順調だよ」
「生徒会の掌握と学園の勢力を統一、か」
それからはじまる《C・リーズ学園》による学園都市の統一。これが《会長派》の掲げる彼らの目標だ。
しかし。生徒会長の真の目的を知る者は、クオーツをはじめとする極少数の者しか知らない。
そして。生徒会長の予想だと《会長派》最大の脅威となるのはやはり《剣闘士》。学園最強の彼だろう。
最後にものをいうのはやはり力だ。《会長派》が武力制圧などの強攻策にでないのは、学園最強という抑止力の存在が大きい。迂闊なことをすれば必ずしっぺ返しを受けることになる。
それでもしも。《剣闘士》が生徒会長と《会長派》を学園、及び学園都市の敵とみなして本気の剣を向けた時。
《鳥人》を含む《会長派》のエース3人で彼を制することができるのだろうか。
学園都市の学生すべてをぶつけても止められない。生徒会長はそう思った。
「……クオーツ。メリィ。君たちは《剣闘士》の事をどう思う?」
「「戦闘狂」」
ひとことでばっさり。
「普段から剣を振るところしか見たことがない。一般教養の授業に出席しているのか?」
「おお。メリィはこの前、算術の補習で一緒だったぞ。センセイはマークとミヅルだ」
「……いや。そうじゃなくて」
……大丈夫か? 学園最強。
「この先完全に対立して戦闘になった時、彼に勝てるかい?」
「「……」」
2人は顔を見合わせた。厳しい顔をして答えるクオーツたち。
「1対1となるとな。例えば近接戦の力、身体能力だけならセルクスの方が上だが」
「あいつは反則くさい。学園のエース全員でかかって互角じゃないのか?」
ブソウの《紙兵》による物量も、リアトリスの《鳳凰術》さえ切り伏せてしまうし。
「話を聞くと《精霊使い》も相手にならなかったらしいな。今の代の連中であいつに勝てそうだったのは……ミヅルか?」
《剣闘士》の剣を1本斬り飛ばしたという彼女の武勇伝。
それはミヅルがエースのよしみでクルス達の補習監督を任された際、彼らのあまりの不出来さに業を煮やし、その上でクルスの「お前の教え方が悪い」発言にぷっつん。大太刀で斬りかかったとかなんとか。
しかしこんな話ばっかり。もう《賢姫》の2つ名は怪しくないか?
「厄介な男だ。クルスを止められるとしたら、ウロン老師くらいではないか?」
「先生か。教員の介入を許したらそれこそ『学園統一ごっこ』で終わってしまうのだけど。……まあ、話題を振っておいてなんだけど、彼のことも一時置いておこう。状況が変わることもあるだろうし」
「状況が変わる? どういうことだ」
クオーツが訊ねると生徒会長は、「可能性として」と前置きして言った。
「僕らの味方になるかもしれないし、何か罪を犯したりして学園から追放されるかもしれない」
「……《黙殺》のことを言っているのか?」
「彼女は無実だよ。だから学園に留まっていられる。『あの時』もエース資格は剥奪されたものの停学扱いだったし。何より皇帝竜事件後、《Aナンバー》に復帰せずに報道部の幽霊部員を続けているのは彼女自身の意思だ」
「……」
それは罪を背負ったということ。負い目ともいう。
クオーツも元同僚の彼女のことは不遇に思っている。だからつい口にしてしまったのだろう。エースとして同期のブソウ、リアトリスの2人にしては《黙殺》の待遇を今もよく思っていないところがある。
当人は新しい環境で『後輩』もできて、頑張っていると聞くが。
「話を戻すよ。これが1番可能性が高いのだけど。リンド先輩は学生の身ですでに剣闘士(*職業の方)の資格を持っている。今も下積みとして遠征試合を繰り返しているんだ。卒業を待たずにプロデビューして学園都市から去ることも考えられる」
「あり得る話だな。あいつ自身、もう世界に目を向けている節がある」
学園にはもう、彼に敵う相手がいないから。
「もしかすると。彼自身が『学園の敵』となるかも」
「……セイ。それも可能性の話なのか?」
「そうだね」
策士の顔だと、クオーツはこの時、生徒会長の顔を見て思った。まさかクルスを相手に何か仕掛けたのか? とも。
生徒会長の言葉は予言なのか、それとも予告なのか。
後に学園最強の《剣闘士》が起こす最凶の事件。生徒会長の思惑を超えたクルスの行動にクオーツは、今日の事を嫌でも思い出すことになる。
生徒会長はクオーツたちが相手でも、少し喋り過ぎたと反省。話題を変えた。
「大分時間が過ぎたね。クオーツはこのあと時間あるかい?」
「そうだな。特に予定はない」
「だったら僕の仕事手伝ってくれないか? メリィもだけど、生徒会への要望書のことで君の意見も聞いてみたい」
「俺の?」
「《蒼玉》は自警部以上に男所帯だろ?」
というか。《蒼玉騎士団》は《紅玉》とは逆に男子生徒だけで構成された組織である。団長であるクオーツの指導の賜物か、周りからは真摯なエリート騎士というイメージが強く持たれて一般の女子生徒に人気がある。
実態はどうあれ。
「それがどうしたんだ」
「現場にも出て学外で他校の生徒とも交流のある君なら、僕以上に男子生徒の赤裸々で、忌憚のない意見というものを知っているんじゃないかと思って」
「まあ。俺が彼らから聞く話で良ければ」
不承不承頷くクオーツ。
正直仕える主人でもある生徒会長の耳に入れたくない『ここだけの話』もあるのだが、そこは当たり障りない言葉で誤魔化そうと思う。
「つまりセイ。そういった話が要望書の中にあったんだな?」
「そうなんだ。僕には検討すべきかどうかの判断材料がなくて。これなんだけど」
渡された1枚の要望書。クオーツは読んでみる。
その内容は――
“生徒会長……アイドルが欲しいです”
「……」
「どう思う?」
「問題だな。…………検討の価値はある」
「……。えっ?」
思いのほか真面目に答えるクオーツに驚く生徒会長。《青騎士》である彼は見抜いた。
「これ。《蒼玉》の奴らが書いてる。絶対」
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次回『《会長派》の人たち 2』
《青騎士》、アイドルを語る。