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幻創の楽園  作者: 士宇一
幕間章 姉姫様と末姫様
149/195

3-ex6 姉姫様と末姫様。それから……

おそらく今回が本編となるこちらの、年内最後の更新となります。

 

外伝の更新は続けますので、そちらをよろしくお願いします。


 

 +++

 

 

 それから。

 

 

 レヴァンは時折、時間を作っては風森の国へと赴いていた。

 

 《精霊使い》となるべく修行をはじめたのだ。彼は約束を守る男だった。

 

 直通の《転移門》を使えば移動は一瞬。日帰りで風森に来てはエイルシアの指導のもと、週3回1日3時間のペースで修業をするレヴァン。1ヶ月ほどで契約の要となる《交信》の術式を習得するに至った。

 

 学生たちが夏期休暇に入る直前の話である。

 

 

「これでレヴァイア様も《精霊使い》となる基礎を習得しました。これからの修行は実際に契約する精霊との波長を合わせ、《交信》の精度を上げていくことになります」

「精霊との契約ってのはどうするんだ?」

「それは正直、私にもわかりません」

 

 カレハを肩に乗せたエイルシアは、申し訳ないように答えた。

 

「どういうことだ?」

「契約の内容は精霊によって違うのです。例えば、私のカレハはウインディを護る守護精霊です。私が望む限りということでほぼ無条件で契約が成立しています」

 

 そうエイルシアが言うと、紅葉色の羽妖精が「当然です」とばかりに胸を張った。

 

「参考にならねぇな」

「ええ。上位精霊となると私も想像がつきません」

「そうか」

「ですが。どの精霊にも契約に関しては共通する事があります。それは人と精霊が互いに認め合い、求め合うこと」

「認め合い、求め合う?」

「はい。共にあると誓うことが契約です。精霊に歩み寄るためには対話する必要があります。精霊の声を正しく聞き取り、自分の声を正しく伝えて」

「なる程な。その為の《交信》ってわけか。おともだちになりましょう、ってか」

 

 そうですね。とエイルシア。

 

「レヴァイア様は最初からレヴァイアサンの声が聞こえているというので、波長を合わせるのはそう難しくないと思います。それと《盾》を《交信》の媒体にした方が精度は高いようですね」

「ああ。しっくりくるんだよな」

 

 そう言ってレヴァンは《交信》用の青く輝く《盾》を展開してみせた。

 

 武装術式をさらに別の術式の媒体、つまりブースターにする技術はそう珍しくない。

 

「これならもう、契約自体はおこなえるはずです」

「そうか。でも《これ》、なんで光ってんだろうな」

「ゲンソウ術による《交信》だからでしょうか。レヴァイア様の《幻想》が反映されてるとしか。よくわかりませんが意味はあると思います」

「意味、ねぇ」

「きっと篝火のようなものじゃろう」

 

 答えたのは2人の前に現れたラヴニカだった。ふりふりドレスに工事用ヘルメットという妙な出で立ちをしている。

 

 今も国王代理を務めている今日の彼女は、城の修繕工事における現場監督だ。

 

 只今休憩中。ラヴニカは不機嫌にレヴァンを睨みつける。

 

「ぬかったわ。資材をタダで手に入れたのは良いものの、まさか次の日に王国の職人共をうちに売り込んでこようことは」

「東国には餅は餅屋って言葉があるのを知ってるか? 砂を使ったあれを綺麗に均すにはちょっとコツがいるんだ。城みてぇなでかい規模で使うには素人には厳しいんだな」

 

 砂漠の王国は、砂と凝固剤の建材セットに加え、レクチャー役から実際に作業までこなす職人派遣のサービスも実施していたりする。

 

「俺達なら風森が買った資材を無駄なく使いこなせる。修繕はバッチリ短期間で仕上げておくから、その分人件費に色つけてくれよ」

「ちいっ。本来なら二段構えで儲けようとしとったくせに。覚えておれよ」

 

 してやったりのレヴァンだった。

 

「それよりラヴちゃん。篝火って?」

「む……そのままの意味じゃよ」

 

 ラヴニカは《盾》の光に関して、自身の推測を述べた。

 

「灯台と言っても良い。レヴァイア王、その光はお主を照らす自身の輝き。お主の居場所を指し示す光じゃろうさ」

「俺の?」

「これは《世界》におる精霊にとっても標となろう。今度《交信》を使う際は光が、世界の果ての果てまで届くよう意識すると良い」

「ふーん」

 

 一応レヴァンは納得してみせ、腕を振って《盾》の展開を解いた。

 

 

「しっかし、おちびちゃんは何でも知ってるな。流石は風森の《賢者》ってか?」

「いや。その名はやはり性に合わん」

 

 ラヴニカはニヤリと笑う。良い話題じゃ、といった感じで。

 

「それでな。代わりになる名を我は考えた」

「名前? ……らぶりぃらぶラヴちゃん?」

「却下。姉上はセンスがない」

 

 エイルシアはばっさり切り捨てられた。

 

「ラヴちゃん酷い……」

「うるさい。まあ、思いついたのはレヴァイア王、あの時のお主のおかげじゃ。若しくはあの蛇女というべきか」

「もったいぶるなぁ。なんだよおちびちゃん、俺が関わってるならちょっと気になるぜ。教えてくれ」

「うむ。良かろう」

 

 レヴァンの食いつき(サービスだろう)に満足したラヴニカは、新たに決めた自分の名を堂々と、自慢気に発表した。

 

「魔女じゃ」

「魔女?」

「あ? 魔女つうとあれか? 400年前の勇者の仲間にいたあの」

 

 《裏切りの魔女》

 

 同胞と袂を分かち、人と共に道を歩んだ魔人の少女。

 

 《剣》を導いた、彼の最初の仲間。

 

「そう。あの白猫女と同じなのは癪ではあるが、《賢者》よりもドスの効いた、箔の付く名であろう?」

「……つまり二番煎じじゃねぇか」

「なんじゃと!」

 

 聞き捨てならなかった。エイルシアにすれば「可愛くない」と不満気味。

 

「うぬぅ。では姉上や母上にちなんで《風邪守の魔女》と名乗ろう。どうじゃ?」

「どうでもいいけどな」

「ラヴちゃん可愛くない」

 

 不評だった。

 

 

 余談だが、後にこの話を聞いたユーマがラヴニカを「魔女っ子かよ」と評し、それをさらに詳しく聞いたエイルシアが、「魔女っ子ラヴちゃん」のフレーズをいたくお気に召し、それから彼女が『ある行動』に移り出すのだが。

 

 ラヴニカが《魔女》を名乗ることを後悔するのはあとの話だ。

 

 

「修行は順調のようじゃの。となると問題は」

「《精霊器》、ですね」

 

 レヴァンが《精霊使い》になるにあたって1番の問題がある。それが精霊の『受け皿』のこと。

 

 精霊は世界を調整し、管理する存在。その役目のために森や川といった自然、国といった土地に縛られる。風の精霊である風森でさえ風森の国から外へ出ることができないのだ。

 

 例外となるのは、自然から離れ《精霊器》という宝具に身を宿した精霊たち。例えば同じ《風森》でも、《守護の短剣》に宿る風葉やカレハはユーマやエイルシアと共に風森の国の外へ出ることだってできる。

 

 《精霊器》は《精霊使い》にとっての必須のレアアイテム。また《精霊器》に宿る精霊たちは土地に縛られず、《精霊使い》と共に世界を自由に行き来できることから『旅する精霊』と呼ばれてもいた。

 

「レヴァイアサンの《精霊器》は見つからないのですか」

「王国でも調べちゃいるんだが。あれは《西の大帝国》の精霊だ。《帝国》の資料には一切ねぇ」

 

 宝具扱いの《精霊器》の入手は困難なもの。現在、レヴァンのものとなる《精霊器》の捜索状況は芳しくない。

 

「ハンター達の情報に《西の大砂漠》には《精霊器》の腕輪があるって噂があるんだが」

「ああ。それは」

 

 ハズレだ。おそらくユーマの持つ砂の精霊のことだろうとエイルシアは察した。

 

「でも。大砂漠にある可能性は高いですね」

「そうか。王国軍で探索隊でも結成するか?」

「今の情報だけで動くのはなんとも。ラヴちゃん。《精霊器》のことなにか知らない?」

「レヴァイアサンのものは我も見たことはないが……」

 

 ラヴニカは2人に訊ねた。

 

「それよりも、エンチャンターはおらぬのか?」

「なんだって?」

「付与魔術師のことじゃよ。金属や宝石といった物に、魔力を吹き込むことに長けた魔術師。今では技術士になるのかの?」

「《錬金術師》の《彫金術》みてぇなもんか?」

「そうかも知れぬ。奴らは《精霊器》の作り手たちじゃ」

「《精霊器》を……作る?」

 

 初めて聞いた言葉に驚く。エイルシアもレヴァンも、その発想はなかった。

 

「そんなことできるの?」

「何を言っておる。お主の《守護の短剣》もそうであろう。人の手により生まれし宝具は数知れず。神が神剣を創ったなどと言うのは謀りじゃ」

 

 ラヴニカはこの世界にある《精霊器》をはじめとする宝具、神器の類はすべて人の力、つまり人がつくったモノだと言った。

 

 《精霊器》は人の手で作れるとも。

 

「宝探しもよいが、《精霊器》が付与魔術の産物という点から探るのも手ではないかの? まあ、生半可なものでは上位精霊の器など作れはせねじゃろうが」

「《精霊器》作りか。そいつはケイオスの奴が食いつきそうだ。一応《技術交流都市》に話をつけておこう」

 

 とりあえずここでは、レヴァンの友人である凄腕の《錬金術師》に《精霊器》のことを頼むこととなった。

 

 これが徒労に終わるかどうかはさておき。

 

 

「ラヴさまー、どこですかー?」

「む。そろそろ休憩も終わりじゃな」

 

 ミリイが探しに来たので、ラヴニカはこの場をあとにしようとする。

 

「ではの。あまり根を詰めるでないぞ」

「おちびちゃんもな」

「うむ。折角高い金を払ったのじゃ。職人共はこき使ってくれるわ」

 

 

 やや危険のことを言うラヴニカが立ち去ったあとも修行は続く。

 

 その途中。レヴァンはエイルシアに用があるのを思い出した。

 

「ちょっといいか姫さん。明日以降の話なんだが」

「はい?」

「悪ぃ。しばらく国が忙しくなるんで、風森に来れそうもねぇんだ」

 

 レヴァンが修行を一旦中断する旨を告げると、エイルシアは快く承諾した。

 

「すまねぇな」

「そんな。レヴァイア様の時間を頂いているのはこちらなので。《精霊器》の問題を解決しなければ契約も無理ですし、急ぐ必要はありません」

「そうか? そう言ってくれると助かる」

「はい。夏期休暇の時期ですものね。王国も大変でしょう?」

「いや。そういうわけじゃねぇんだが……」

 

 レヴァンは言葉を濁した。

 

 学園の運動会から帰ってきたサヨコがもたらした帝国軍再起の情報。それが最近、真実味を帯びてきた。

 

 レヴァンは王として王国を守る何らかの対応を取る必要があった。それと王国に迫る危機をエイルシアに告げるのは流石に躊躇われた。

 

「レヴァイア様?」

「……ああ、あれだ。実はな、今度サヨコさんに郷帰りさせようと思ってな」

「サヨコ様の? でもサヨコ様のお生まれは王国、元《帝国》では?」

「ああ。でも母親の生まれは違う」

 

 それはエイルシアも知っている。黒髪をはじめとする彼女の容姿と刀は、東国人である母譲りのものであると。

 

 

 サヨコの母とは、20年近く昔に《帝国》の第1皇女、サヨコの実姉と共に亡命されたとされる皇帝の妾妃のことだ。

 

 レヴァンはサヨコに「お袋さんに会わせてやりてぇ」とあらゆる手を尽くし、愛の力で遂に長年行方を眩ませていたとされる彼女の居場所を探し出してみせた。

 

 彼が東国のカンナ家へ、緊張しながらも『お義母さん』に挨拶に伺ったのは、それこそ風森の国でラヴニカと初めて出会ったあの日、そのあとのことである。

 

 

「サヨコさんへのサプライズさ。お膳立てもバッチリ。それでサヨコさんが郷帰りに王国をしばらく空ける分、俺が働こうと思ってな」

「行方不明だったお母様に。それは素敵です。サヨコ様もきっとお喜びになります」

「だよな。サヨコさんには国のこと忘れて、目一杯羽を伸ばして欲しいぜ」

 

 エイルシア自身、最近になって長らく別れていた母と再会した身だ。自分のことのように喜ぶ彼女は気付かない。

 

 レヴァンなら、サヨコさん命の彼ならば無理して郷帰りに同行しようとしてもおかしくなかったのに。

 

 郷帰りが《帝国》の皇族の血を引くサヨコを、王国から一時避難させるレヴァンの策でもあったというのは秘密であった。

 

 

「修行の再開は夏期休暇明けで構わねえか? 姫さんもエイリアさんたちがそろそろ帰って来るだろうしさ」

「そうですね」

 

 療養で東国の温泉都市にいる風森の王夫婦。そろそろ帰ってくると連絡があったのは最近のことだ。

 

「手紙では明日の午後には帰国するとありました」

「そうか。だったら入れ違いか。……まあいいさ。姫さんからよろしく伝えておいてくれ。元気になったエイリアさんにはまた今度、サヨコさん連れて挨拶に行くよ」

「はい。お待ちしています」

「あと今度会った時こそ、上位精霊の力が必要だっていう姫さんのお相手、いい加減教えてくれよな」

「それはっ」

 

 異世界人やら《転写体》などの秘密があって詳しく言えないのだ。

 

 という言い訳はさておき、レヴァンの追求を逃れて最後までユーマのことを隠し通したエイルシア。

 

「前に言ったはずです。レヴァイア様が精霊と契約してからお話ししますっ!」

「そうか? じゃあ、そいつも楽しみにしとくか」

 

 こうしてその日、レヴァンは修行を一時中断して王国にてサヨコを送り出すと、国内で警戒態勢を敷いて密かに帝国軍の襲撃に備えるのだった。

 

 

 

 

 その数日後。

 

 

「紹介するとこの人がうちの王様。レヴァイア様だよ」

「レヴァンでいいぜ坊主。どうもこの名前は堅苦しくてな」

「……。はあ!? 王様って、何でそんな人がシュリ君ちで飯食ってんの?」

 

 

 砂漠の国で王は少年と出会い、

 

 

「感謝するぜおちびちゃん。俺は、いい買物をした」

 

 

 王国を守る激闘の果て、

 

 力を使い果たし、すべての守り手を失ったその時。

 

 

 

 

「『レヴァイア』にもう1度、守る力を寄越しやがれぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 エイルシアたちから授かった青く輝く《盾》を手に、王は奇跡を起こす。

 

 +++

 

 

 レヴァンが風森の国に通うことがなくなって数日後のこと。その間も風森の国では色々なことがあった。

 

 

 王国の職人たちの手により城の修繕は完了。以前エイルシアたちが罠にかかって爆発したユーマの部屋(として使っていた客室)もリフォーム。

 

 現場監督のラヴニカが密かに建造した隠し通路及び隠し部屋は、今も使われるその時を待っている。

 

 

 若干羽目を外していた3侍女ことエイルシアの侍女たちは、侍従長クリスの帰国とともに生活が激変。ラヴニカと暴れまわった留守中のできごとを知られてお説教。一時ミリイ(見習い侍女以下のお手伝いさん)と同格扱いにまで降格され、厳しい指導を受けている。

 

 この時の指導監督が時期侍従長候補のミシェル。難を逃れた彼は「裏切り者!」と3人から非難を受けているという。

 

 

 そして。風森に帰ってきた王妃のエイリア。

 

 《仙桃の国》にあるという、ラヴニカお勧めの秘湯。その湯治効果は抜群。感覚の麻痺で自力で立つこともままならなかったエイリアはその足で城に戻り、その腕で娘たちを抱きしめてみせた。

 

 ラヴニカが「向こうではお楽しみじゃったかの?」と訊けば、意味深に微笑む王妃様。実年齢以上に若々しい彼女は、とにかくパワフルだった。封印されていた10年の時を埋めるようにエイルシアを抱きしめ、ラヴニカも同じく抱きしめて愛情を注いだ。

 

 彼女はラヴニカを膝の上に乗せては髪を梳いて、ラヴニカのお着替えを楽しんではラヴニカのご飯を「あーん」させて食べさせ、一緒にお風呂に入って夜は絵本を読み聞かせながら添い寝して朝は……

 

「ええい離れろ! 我を甘やかすな!」

「そうですお母様! 次は私の番です!」

 

 ラヴニカはエイリアのすっかり大きくなってしまった娘たちの代わりに、愛情をたっぷりに愛玩…もとい可愛がられていた。

 

 

 ――ああ。エイルシアが2人おる。

 

 

 完全復活した王妃のことで嘆く末姫様がいたとかいなかったとか。

 

 

 娘、妹、そしてごしゅじんさま。

 

 さらにはミリイが加わり、この先しばらくラヴニカの『お世話』を巡る三つ巴が展開されることとなる。

 

 

 これが風森の国の、緑が1番鮮やかになる季節のはじめの頃のことだった。

 

 

 

 

「ラーヴちゃん。一緒に寝ましょ?」

 

 夜。今日のベッドはエイルシアのものらしいラヴニカ。昨晩はエイリアと一緒だった。

 

 彼女にはなぜか自分のベッドがない。それで「我にも部屋が、プライベートが欲しいのじゃ!」というおねだりをして「ラヴちゃんは子どもだからまだ早い」と、エイルシアとエイリアの両方に却下されていたりする。

 

 最近は使われていないエイリークの部屋が彼女のプライベートルームだったりする。

 

 

「今日のラヴちゃんのパジャマは……しろねこさんです!」

「嫌じゃあ!」

 

 悲鳴。エイルシアが手にするのは、彼女が学園でラヴニカにと買って来たおみやげ。学園の誇る《Aナンバー》の《獣姫》が営む手芸店、《メリィベル・クラフト》製の着ぐるみパジャマだ。

 

 全身を覆う夏物仕様の薄手の生地に尻尾、猫耳と顔が描かれたフード付き。エイルシアは他にも何種類か子供用のパジャマを買い込んでいる。

 

 エイリークにもプレゼントされており、彼女はものすごく困っていたとか。

 

 

「ピンクも嫌じゃがよりにもよって白! しかも猫か! 《裏切り》のあやつと一緒ではないか!?」

「もう。ラヴちゃんたら暴れないで。クリアナ、クック、ティーカ。それにカレハ」

「お任せください、エイルシア様」

「なっ!? お主らはっ」

 

 現れる精霊。それといきなり部屋に入ってきた3侍女に、ラヴニカは目を剥く。

 

 彼女たちもまた動物パジャマだった。エイルシアにプレゼントされている。

 

「さあ、ラヴニカ様」ときつねさん。

 

「お着替えしましょう!」とたぬきさん。

 

「……みんな一緒。怖く……ないわ」と犬、じゃないおおかみさん。

 

 迫り来る動物侍女たちにラヴニカは、

 

 

「やめい! やめんか。こら羽虫、逃げ道を塞ぐでない。やめ……ぎゃあーーっ!?」

 

 揉みくちゃにされた。

 

 

 着ぐるみの嵐がすぎ去ったあと。「我は今日も汚されたわ……」としろねこさん。

 

 尻尾も猫耳も、精根尽きてうなだれていた。

 

「……覚えておれよ、エイルシア」

「さあ、そろそろ寝ましょ」

 

 今日も『ラヴちゃん成分』を補充してご満悦の姉姫様。

 

 ねこさんと一緒のベッドでご就寝。

 

 

「明日にはリィちゃんとユーマさん、風森に帰ってくるかしら?」

「そうじゃの」

 

 ユーマとエイリークから「友達と寄り道をして帰ってくる」と連絡があったのは、学園が夏期休暇に入って2日目。ちょうどユーマたちが『リュガキカ丸』に乗って砂漠を渡り、中継地点である砂漠の民の集落に立ち寄ったその日のことである。

 

 遅くなると聞いたエイルシアが、ちょっぴりしょげていたことをラヴニカは覚えている。

 

「待ち遠しいか?」

「……そうね」

「もしかすると帰って来ぬかもな」

「大丈夫。だって、学園で……ユーまさん、と……」

 

 まどろむエイルシアは、

 

「やくそく……したから……」

「エイルシア?」

「……」

「相変わらず寝付き良いことじゃ」

 

 すぐに眠りにつくエイルシアを見て、疲れているのだろうとラヴニカは思う。

 

 人前ではまったく、そんな素振りを見せないのだから尚更。

 

「世話の焼ける姉上じゃよ。我もそう長く面倒をみぬからな」

 

 やれやれとため息を吐き、それこそ『妹』に手を焼く思いでエイルシアの寝顔を眺める。

 

 

 さて。今夜はどう過ごそうか。

 

 

 ラヴニカは、眠れぬ夜を今日も1人で過ごすのだった。

 

 

 

 

 ところが。

 

 今夜は違った。

 

 

 

 

「――!? ラヴちゃん!」

「なんじゃ! これは!?」

 

 その日の深夜。ただならぬ魔力の波動を感じ取り、エイルシアは目覚めた。ベッドから飛び起きると、ラヴニカを連れて城のテラスへ駆け出す。

 

 テラスには先に、エイリアが来ていた。

 

「お母様!」

「シア。あなたも感じたのね。……外を見て。あれが何かわかりますか?」

「あれはっ」

 

 エイリアに促されてここより東、砂漠地帯のある方を眺める。すると見えた。

 

 夜空を染めて、世界を越えてどこにでも届くような、青い輝き。

 

 その色を、その光の持ち主を、エイルシアとラヴニカは知っている。

 

「砂漠の王国の方向。ラヴちゃん、まさかこれは」

「レヴァイアサンの魔力……レヴァイア王、やったのか?」

「起きてますね。エイルシア」

 

 突如、風と共に現れるのは、

 

 

 エイルシアにもエイリアにも似た、翠の髪をした風の精霊。

 

 

「《風使い》か」

「風森……。いったい、王国で何が起きてるの?」

「落ち着いて聞いてください」

 

 精霊の風森は、エイルシアにただ1つ、大事なことだけを伝える。

 

 

「あの子が、自ら私の『枷』を外しました」

「――!」

 

 

 その言葉にエイルシアは――

 

 +++

 

 

 第3章中編 風森の王妃編へ続く

 

ここまで読んでくださりありがとうございます。

 

《次回予告》

 

*すいません。次回も番外編です。

 

 学園では夏期休暇も運動会でさえはじまっていない頃。生徒会に1つの要望書が届いた。

 

 ――アイドルが、ほしいです

 

 意外にも事態を深刻に受け止める《会長派》の面々。生徒会長は新たな学園のアイドルを入手すべく、学園都市で今有名な《歌姫》を誘致することを決定した。

 

 《歌姫》を学園へ勧誘する一環で彼女の護衛を引き受ける生徒会長。この時派遣されたエースというのがユーマであったが……

 

 次回「アギ戦記―歌姫護衛編―」

 

 遂に公開される《歌姫》のエピソード。あとリュガも出ます。

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