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幻創の楽園  作者: 士宇一
幕間章 姉姫様と末姫様
148/195

3-ex5 姉姫様と末姫様。あと王様(完?)

完結編と言っといて、終わらなかった……


ラヴニカとレヴァンの取引の、その結末


《前書きクイズ》


Q.『風森の王妃編』にて登場する《Aナンバー》を1人答えよ。(難易度C:実は予告済みです)


Q.『にょろすけ』が時折レヴァンとサヨコの仲を邪魔する理由を述べよ。(難易度C:ヒントは今回のラヴニカの話に)

 

 +++

 

 

 ラヴニカはレヴァンに言った。資材の代金として力を与えられると。

 

 世界を変えるほどの力。この言葉を間に受けたのは、レヴァンではなくエイルシアだ。彼女にはわかる。

 

 

 エイルシアは《魔法使い》、そして《精霊使い》だ。その身で魔力の流れを感じ取ることもできれば、精霊の感覚を通して魔力を『視る』こともできる。彼女は意識して視ることでレヴァンの中にある『繋がり』を視認することができた。

 

 それはエイルシアと精霊カレハのようにしっかりしたものではない。糸のように細いもの。しかも先端がレヴァンに『触れている』だけで繋がっているかどうかも怪しい。


 よく探ってみると、レヴァンから伸びる糸は河川とは逆で、『元』を辿るほど広く大きくなっている。

 

 あまりに大きすぎてエイルシアの、つまり人の感覚ではその全体像を掴むことができない。まるで《それ》は、西の地を流れる水のようであって、西国にはないはずの海そのものだった。

 

(……嘘。レヴァイア様の『糸』の先から、《風森》よりも大きな魔力を感じるなんて)

 

 1度気づいてしまえばとんでもない。これは?

 

 中位の精霊である《風森》を超える魔力の持ち主など、そう多くない。エイルシアが今まで見た中で1番は、やはりかつての《病魔》。それと学園で出会った《心火》と名乗る教師だろう。

 

 しかし。彼女たち『魔人以上』となると。

 

 エイルシアはすぐに察しがついた。この世界を守護する4体の上位精霊だ。それも西国となれば、水と海を司る海竜レヴァイアサンだと特定できる。

 

 

 彼女の驚きを背後で感じ取り、ラヴニカは笑みを見せた。

 

「気付いたな。驚いたじゃろ? 実は我もなんじゃ。……まさか生きておったとはな」

「ラヴちゃん?」

 

 ラヴニカの笑みはどこか硬い。

 

 《世界》に引っ込んでおるくせに、遠くから我を警戒しておる。そう彼女は言った。

 

「どうやらあの王がお気に入りのようじゃの。女の嫉妬は海より深いというが、あの蛇女、こちらに来れぬからとストーカーでもしておるのか?」

「……蛇女?」

 

 よくわからないが、ラヴニカはレヴァイアサンと面識があるらしい。魔人と精霊。言わずとも仲は良くないようだ。

 

 だけど。エイルシアは考える。魔人は元より一国を護る精霊の《風森》でさえ、自分と比べて桁が3つ近く違う力を有しているのだ。

 

 世界の4分の1に匹敵する上位精霊となれば、どれほどの持つというのだろうか。

 

 もしも。それだけの力があるのなら――

 

 

 ラヴニカは唖然としたままのレヴァンに提案する。

 

「どうじゃ? 見たところお主には《精霊使い》の適性が生まれつつある。我が代金に提示するのは精霊との契約する術、『レヴァイア』の名を持つ精霊の力じゃ」

「《精霊使い》……レヴァイアの、精霊だと?」

「うむ。安い買い物じゃと思うが?」

 

 驚いて声も出まい、とラヴニカ。

 

 風森の国のように、精霊が守護する国は《世界》に守られる。それは一種の、それでいて絶大な加護の力だ。今ある多くの国が精霊に護られているといっていい。

 

 そして。《砂漠の王国》にはその精霊が《帝国》時代からずっといない。

 

 契約されていない精霊、つまり『《精霊使い》に使役されていない精霊』を目にできる者は少なく、『手にする』機会となれば滅多なものではない。それこそ値をつけることはできない。ラヴニカの持ちかけた話を信じるならば資材と引換というのは破格といえる。

 

 そう。信じることができるならば。

 

 

「おちびちゃん、1つ聞きたい。――本気か?」

「ぬ?」

 

 訊ねるレヴァンの目は険しかった。彼の傍に控えるロンゲは「ああ。やってしまった」といった顔をしている。

 

 この中で1番、王のことを知るのは宰相補佐官の彼だ。だからロンゲは1瞬でレヴァンに『スイッチ』が入ったのを悟ってしまった。

 

 レヴァンはラヴニカを睨みつけていた。何が癇に障ったのか、ほんとうのところはロンゲにもわからない。とんでもない話、話にならない話を聞かされたせいではないことくらいは彼にもわかる。

 

 子どもの外見など、《賢者》と言われようなどと関係ない。

 

 レヴァンは駆け引きを一切使わず、真正面から本気でラヴニカ個人に挑みかかる。

 

 

「精霊の力とかいう不確定なもんを、俺が信じると思ったか?」

「思う。少なくともお主はもう、精霊の存在を感じ取っておるはず」

「……そうだな」

 

 時折助けを呼ぶ『声』が精霊だというなら。レヴァンは心の中で肯定した。

 

「だがな。押し付けられた力なんて別にいらねぇよ。俺がそんなに欲しがるような奴だと思ったのか?」

「思う。目を見ればわかる。お主は王である前に戦士じゃ」

「……っ!」

「わかるぞ。その目はよく似ておる。お主は守るためならば、傷つくよりも、傷つけられることを畏れ、その身を危険に晒すことのできる愚か者じゃ」

 

 レヴァンは言葉に詰まる。動揺した。

 

 

 ――守らなければならない時、戦うべき時に力がない

 

 ――そういうの嫌だろ、お前

 

 

 昔。ただのガキだった自分に、「お前は戦士だ」と言ったのは、誰だったか。

 

 

「じゃから王よ。お主は欲する。守るためならば、あらゆる力を。……そう。かの《剣》のように」

「……よりにもよって、勇者かよ」

 

 吐き捨てるように呟く。そこまでは誰も、『彼』にも評されたことはない。だがそれでレヴァンは動揺から落ち着きを取り戻した。

 

 偉くなったものだと、自分のことに苦笑しながら。

 

 

 手にした武器が《盾》でなければ、砂漠のレヴァイア王は勇者にもなれた。それが世の、彼に対する評価だというのは余談である。

 

 

「お世辞にしては大げさだな。成り上がりのおっさんだぜ、俺は」

「本心じゃよ。我は『本物』を知る女じゃ」

 

 それこそ冗談のように笑うラヴニカだった。

 

 

「のう。話に乗らぬか? 一国の王なれば、精霊の加護を得る機会は悪い話でないはず。《精霊使い》である我が姉上の手助けもあれば、上位精霊といえど契約は容易かろう」

「ラヴちゃん。それで私を?」

 

 エイルシアは「力を借りる」とはこういうことだったのかと理解した。

 

 確かに《精霊使い》の彼女と、レヴァイアサンと同じ西の中位精霊である風森の仲介があれば、レヴァンの契約の際にも大きな助けとなるかもしれない。

 

 しかし。レヴァンは、

 

「……解せねぇ」

 

 ますますラヴニカのことを不審に思う。違和感と言うにはレヴァンは彼女のことをよく知らない。

 

 ラヴニカが精霊をことを切り出した時から抱いた疑問を、レヴァンはずっと考えていた。

 

「話が強引すぎる。……そうだよ。こんなの最初から取引だの商談だの、なんでもねぇ」

「レヴァイア様?」

「姫さん。それにおちびちゃん。どうしてだ? 会って間もないが、おちびちゃんの腕前はもう大体わかる。精霊なんてもん使って力技で押し切らなくても、もっと違う話でマシな交渉ができたはずだ」

 

 正直言ってラヴニカの交渉は甘い。

 

 いきなり精霊という希少価値のある『商品』を提示して「あなただから」、「あなたにだけ特別」とレヴァンにみせただけ。

 

「それこそおちびちゃんならロンゲくらい、口八丁で代金も全額踏み倒しただろうに」

「ええっ!? レ、レヴァイア様!?」

「なのに」

 

 とばっちりで宰相補佐官にダメージを与えてしまったのはこの際無視。レヴァンは疑問の核心を突く。

 

「大げさに振舞ってみせても、おちびちゃんの狙いは1つだ。資材の割引なんて、二の次じゃねぇか」

 

 

 どうして俺に、精霊の力を与えようとする?

 

 

「それは」

「何を企んでるのかは知らねぇ。だけどな。1度話を受けたからには最後まで聞いて判断する。だから教えてくれ。俺は正直な本音ってやつを聞きてぇ」

「……我のか?」

「ああ。気づいてるか? 今のおちびちゃん、『ちぐはぐ』してるぜ」

 

 だからはっきりと読めねぇんだが。レヴァンはそう言葉を付け足して、それから彼は笑ってラヴニカに言った。

 

 今ならナシにするのもいい。でも望むなら、受けて立つと。

 

 

「さあ。お互い腹を割って話をしようぜ。俺達がさっき、サヨコさんや姫さんのことを話したみたいにさ」

「っ、こやつ!」

 

 

 レヴァンが要求したのはラヴニカが本音を話すかどうかだ。あらゆるものを受け止める《盾》の王。その人の器を彼女は垣間見る。

 

 ラヴニカは言葉が出ない。彼女は本音を話すこと、つまり他人に自分を晒すことに躊躇いがあった。でもその理由はきっと、彼女が魔人だからだといったからでなく、誰にでもあるありふれたもの。

 

 ラヴニカのちいさな身体が強張っていたのに気づいたのは、彼女を膝の上に座らせているエイルシアくらいだろう。

 

「ラヴちゃん?」

「……くっ」

「どうした? 言えねぇなら先に俺が『今の』返事をするぜ」

「返事、じゃと?」

「そうさ。言っとくが俺はおちびちゃんたちから上位精霊だの《精霊使い》など、どんなに価値があろうが大きかろうが、そんな力は受け取らねぇ。要らねぇんだよ」

「なんじゃと!」

「レヴァイア様?」

 

 驚くのはラヴニカとエイルシア。特にラヴニカは完全に意表を突かれた。

 

 傲慢なんだとレヴァンは言った。


「与えられただけのもんが、自分の為になるとは思わねぇよ。力ってのは結局、てめぇの手で掴まなきゃなんにもならねぇ」

 

 昔の話だ。『あいつ』に与えられた銃は、いくら撃っても砂蜥蜴の1匹仕留める事ができなかった。

 

 あの頃。反乱軍時代の相棒だったあの銃を使えるようになるまで、俺はいったい、どれだけの弾を使っただろう?

 

 レヴァンは視線をエイルシアに向けた。

 

「姫さんだってそうだろ? 《巫女》の力は、エイリアさんから教わっても貰ったものじゃねぇはずだ」

「それは」

 

 その通りだ。エイルシアには言い返す言葉なんてない。

 

 次にレヴァンはラヴニカに向けて言葉を放つ。

 

「おちびちゃんは俺のこと『守る為にあらゆる力を欲する』と言ったが、それは違う。でかいだけの力が絶対に誰かを守れるとは、救うことができるなんてことはねぇ」

「お主」

「それができなくて……自棄になって力を振り回して、暴れて周囲を巻き込んで自滅しかかった馬鹿を俺は知ってる。そりゃ力があるにこしたことはねぇ。俺も大事なもん守る為なら全力を尽くす。でも俺は、力を選ぶぜ」

 

 途中からは誰にも理解されない独白が混じっていた。でも、紛れも無い本心だった。

 

「例え守れなくても、救えなかったとしても俺は……あいつみたいになりたくねぇ。人がああなっちゃいけねぇんだ」

「レヴァイア様……?」

 

 レヴァンは、いとも簡単に自分を晒す事ができた。

 

 元からレヴァンは力としての精霊に魅力を感じていない。欲していなかったのだ。それは、すぐに食いつくと思っていたラヴニカにすれば計算違いだったといえる。

 

 どこかでレヴァンを見くびっていた。ラヴニカは焦りさえ覚える。

 

「レヴァイア王、そうではない。あの蛇女…もとい精霊の力とはお主の考えておるようなものではないのじゃ。あれは……」

「説明はもういいんだよ」

 

 レヴァンは切って捨てる。ここぞとばかりに畳み掛ける。

 

「資材の代金にだの、国の加護にどうだなの、下手に誤魔化すな。混ぜっ返すからややこしくなる。おちびちゃんの狙いは最初から俺に精霊を契約させたいことだろ? 力なんて要らねぇと言ってる俺がそれに価値を見出すとすれば、それは精霊じゃねぇ。おちびちゃん自身だ」

 

 迫力に呑まれた。ラヴニカが押し黙る。

 

「単なる儲けじゃねぇ。善意でも厚意でもねぇ。おちびちゃんにとって俺に精霊をもたせることの意味は何だ? おちびちゃんが求めているそれを教えてもらわなきゃ『俺達』は納得しねぇ」

「待て。たち、じゃと?」

「俺じゃねぇんだ。俺の『相棒』が、おちびちゃんを《魔女》だと言って信用してねぇ」

「……!」

 

 ラヴニカだけではない。エイルシアまで驚愕した。

 

 そうだ。ラヴニカ自身「警戒している」と気付いていたのに。まさかレヴァンが精霊の声を聞き取れるまで『繋がっている』とは思いもしなかった。

 

 レヴァンが『相棒』と呼ぶ『声』は、間違いなく上位精霊レヴァイアサンのものだ。問題はレヴァンがどこまで正確に『声』を聞き取っているのか。

 

 

 最初から、ラヴニカの正体に気付いていたのか?

 

 

「お主は、我のことをヤツに知らされておったというのか?」

「いいや。おちびちゃんを見てからずっと、俺の頭の中で喚いてるんだよ」

 

 レヴァンはここで初めて煩わしそうに耳を抑えて、眉間を抑えた。ポーカーフェイスでずっと隠していたようだ。

 

 《魔女》というフレーズは、その喚き声の中から唯一聞き取れたものらしい。

 

「言っただろ。おちびちゃんが何者でも構わねぇって。俺の勘も悪いもんと思ってねぇよ。信じてねぇのは『相棒』だけだ」

「……魔女、か」

「でだ。おちびちゃんの話を受けるにしても、国で『こいつ』に何度も助けられてる俺としては警鐘を無碍にできねぇのさ。だからさ。俺が決断する為のもう一声を、おちびちゃんから欲しかった」

 

 そこまで言ってレヴァンは、おどけたように両の掌を広げラヴニカ達に見せる。

 

 隠し事はこれでなし。手札を全て見せたというサイン。

 

「俺から言うことはもうねぇ。話を続けるかどうかはおちびちゃん、お前さんに任せる。どちらにしても割引の件は無しにしてもらうぜ。関係ねぇからな」

「……」

「ラヴちゃん……」

 

 ラヴニカは俯いていた。何かを堪えるようにじっと蹲っている。

 

 彼女の葛藤を理解できずエイルシアは、それ以上声を掛けることも、抱きしめることもできない。

 

 代金として精霊を持ち出すなんて話、無茶とはわかっていた。だからといってラヴニカを止めなかったのは、エイルシアにも打算があったからにほかならない。

 

 

 上位精霊の力を、レヴァンが手に入れることができるというのなら――

 

 

 エイルシアはここで話が途切れてしまうくらいなら、ラヴニカから引き継いでレヴァンを説得する気でいた。

 

 説得と言うよりもむしろ請願というかたちで。

 

「……ないみてぇだな。じゃあこれでお開きにするか。姫さん、契約書に印を」

「待っ……」

「まってください!」

 

 響き渡る大きな声。エイルシアより先に止めに入ったのはミリイだ。

 

 ミリイはいきなり、形振り構わずラヴニカの手に飛びついた。

 

「だいじょうぶです。ラヴさま!」

「ミリイ。お主」

「はなしてください。ラヴさまのきもちは、レヴァイアさまだってわかってくれます」

 

 ラヴニカを見守るその笑顔は、エイリークを見守る彼女の姉によく似ている。

 

 ふと、ラヴニカは傍に控える付き人に目を向けた。ミリイの兄である彼もまた、迷いを見せる彼女に優しく微笑んでいる。

 

「振るうべきは知恵だけではありません。その御心もまた、ラヴニカ様の思うがままに」

「ミシェル……」

 

 ラヴニカはもう独りではない。繋いだ絆はもうエイルシアだけではなかった。

 

 何を恐れていたというのか。2人に支えられ、与えられた力に彼女は感謝する。

 

 

(……レヴァイア王。与えられるだけの力が我のためにならんと言うのなら、これがそうとは我は思えぬよ)

 

 

 レヴァンを見つめるラヴニカ。

 

 その視線から何を思ったのか、レヴァンは「参った」とばかりに肩をすくめてみせた。

 

「言ったぜ。俺は力を選ぶって。愛と勇気が偉大なのはわかってるし、力自体を否定したつもりはねぇ」

「食えぬ男よ。あと人の心を読むな」

 

 調子を取り戻したようにラヴニカは笑った。レヴァンも笑う。

 

「言いたいことでもみつかったか?」

「ああ。すまぬな。色々と遠回りをさせてしまった」

 

 ラヴニカはそう言ってミリイの手を振りほどき、エイルシアの膝の上から下りる。

 

 格好がつかないから。

 

「ラヴちゃん?」

「まあ、何じゃ。我も見栄や虚勢を張って、お主らの前で恥をかきたくたかったのじゃよ。今更ではあるが」

 

 子供らしくない、時折見せる寂しそうな微笑み。でも今回は違う。

 


 ラヴニカは決意を固めてレヴァンの前に立つ。


 

「レヴァイア王、許してくれ。割引云々は所詮我の戯言じゃ。しかし。我にすればお主に出会えたことが偶然で、僥倖じゃった」

「そうかい」

「あれじゃ。お主はカモネギだったのじゃ」

「……おちびちゃん。謝る気ねぇだろ」

 

 *鴨が葱を背負ってくる=もう鍋出すだけじゃねぇかヤッホゥ! の意。好都合。

 

 エイルシアは首を傾げ、なぜかレヴァンには通じた。

 

 

 ラヴニカはまた誤魔化そうとした自分を恥じ入り、声を荒げる。

 

「聞いてくれ王よ! すまぬ。正直に言う。お主を《精霊使い》にしようとしたのは他でもない。上位精霊の力を欲しているのは我の方じゃ」

「だろうな。理由を話してくれるのか?」

「詳しくは言えぬ。お主がレヴァイアサンと契約できたならば、あとは好きにすればよい。ただ、1度だけでいい。その力を貸して欲しい」

 

 ラヴニカはレヴァンに頼み込む。

 

 レヴァンの前に傅き、頭を下げて。レヴァンが目を見開いた。

 

 彼でだけではない。エイルシアにミリイ、ミシェル。彼女を知る誰もが驚いて彼女を見る。

 

「ちょっと待て。力を貸すって、それは風森にか? それともおちびちゃん個人に」

「どちらも違う。姉上にじゃ」

「!」

 

 戸惑うレヴァンの言葉を遮り、ラヴニカは迷いなく答えた。エイルシアが息を呑む。

 

 

 エイルシアの為に。

 

 もしかして、ではなかった。最初からラヴニカは彼女の為に動いていた。

 

 そのことがはっきりとわかってしまったエイルシアはぎゅっ、と、胸が締め付けられる思いでいっぱいになる。

 

 

 どうして?

 

 

 本当は、頭を下げるのはラヴニカではなかった。

 

 上位精霊の存在に気づいた今、レヴァンに請い願わなければいけなかったのは誰でもない、自分だったのに。

 

 そこまで気づいたエイルシアもまた、レヴァンに頭を下げる。

 

「レヴァイア様。私からもお願いします。私に、力をお貸しください」

「おい。姫さんもか? なんだ、いったいどうしちまったんだよ」

「助けたい人がいるんです」

 

 エイルシアは下げた頭を戻し、レヴァンを正面に据えて答える。

 

 自分を晒すというのなら、今がそうだった。

 

 

「私は……私の運命は春の初めに潰えるものでした。それは《風邪守の巫女》である私のさだめ。私自身その運命に立ち向かいもしました。結局、浅はかだった私は憎しみに囚われて失敗してしまったんですけど」

 

 だけど。そんな私を救ってくれた人がいた。

 

 

 人の運命は人が選びとる。そう言ってくれたのは『彼女』だったけど、ラヴニカと戦い、私の運命を選びとったのは、間違いなくあの少年だった。

 

 もう会えないと思っていた母が目覚め、今年の春も帰省する妹にちゃんと再会できた。エイリークだって助けてくれた。

 

 和解できた魔人の彼女は今も一緒にいてくれる。楽しいことも嬉しいことも、あれからずっと続いている。

 

 これからも。

 

 

 そう。これがあの時選びとった運命の、その先。

 

 

「私の今は、あの人が与えてくれたもの。私は未来を手に入れたんです。なのに私は……あの人に何ひとつ返すことができない。そしてあの人には」

 

 エイルシアは知っている。

 

 

 少年にはこの先、未来はない。

 

 

「還したいんです。私は……」

「お主だけではない」

 

 言葉に詰まるエイルシアに、言葉を掛けるのはラヴニカ。

 

「エイルシア。お主の言う未来とは、お主だけが与えられたわけではないぞ。我も、母上だってそうじゃ。……感謝しておるよ。あやつには」

「ラヴちゃん……」

「これを恩というのなら、我はやつに返そう。じゃから我は、お主の望みに力を貸すと決めた」

 

 これがラヴニカ・C・ウインディの、エイルシア達と共にあるにあたって決めた、彼女の決意。

 

 2人は視線を交わし、意志を込めてレヴァンに向き直る。

 

 

「レヴァイア王。これは本来、お主には全く縁のない話。じゃが、上位精霊を使役できるやも知れぬお主の力、なんとしても欲しい」

「レヴァイア様。私はある人を助けるために探しているものがあります。それが上位精霊にあるのかも知れないのです」

「もしかするとないかも知れぬ。それでも」

 

 ラヴニカは、エイルシアは、

 

 彼女達に応じてミリイもミシェルも、

 

 

「それでも我らは、ただ1人の未来の為に手を伸ばさなければならん」

「私たちは1つでも手掛かりを、あの人の希望を手に入れたいのです」

 

 

 力を貸してくださいと、皆がレヴァンに頭を下げるのだった。

 

 

 レヴァンは、

 

 2人の話は漠然としていて半分も理解できない。上位精霊を手に入れるために誇張しているような気もする。

 

 けれど。

 

「未来。その先に続く」

 

 希望。レヴァンは知っている。

 

 

 閉ざされたはずの未来を『彼』に与えられた少女。『彼』が彼女に残した僅かな希望。

 

 その彼女が遺した新しい未来を、レヴァンはもう知っている。

 

 

 大切な誰かの、その未来を守りたいと言うのなら――

 

 

「よくわからねぇが。姫さんたちはそいつに助けられて、助けたいんだな」

「はい」

「その為に俺、というか俺が契約できるかもしれねぇ精霊の力を借りたいと、そういうわけなんだな」

「そうじゃな」

「そうか……」 

 

 確認するとレヴァンは思案する。

 

 訊きたいことは1つだけ。

 

 

「……男か?」

「……えっ?」

「そうじゃよ」

「ラヴちゃん?」

 

 肯定するのはラヴニカ。

 

「まさか。惚れてるのか?」

「まさかなんじゃよ」

 

 肯定するのはなぜかラヴニカ。

 

 加えてひとこと。

 

「姉上がな。困ったことにぞっこんなのじゃよ」

「ラヴちゃん!?」

 

 そんなこと言うので。

 

 

「……なんだよ。なんでそれ言わねぇ!?」

 

 

 レヴァンのテンションが一気にあがった。

 

 絶叫。それから「ちくしょう、やられた!」と唸っては、バンダナの上から髪を掻きむしって悔しがる。

 

 ただならぬ様子に唖然とする一同。その中で嫌な予感にとらわれるのは、宰相補佐官のロンゲだけ。

 

 

「レヴァイア様。まさか」

「あー! あれだろ。ラゲイルさんみたいな……そう。《風邪守の騎士》!」

「!」

 

 エイルシアの頬が一気に紅潮。「ち、違っ」と否定しても、これで事情を察したおっさんはもう聞きはしない。

 

「そうかよ。姫さんも遂に自分の《騎士》を選んだのかよ。……そうだよな。姫さんもサヨコさんくれぇの年だしそろそろ」

「レヴァイア様!」

 

 ちなみに。サヨコの容姿は東国人寄りで若く見られるのだが今年で30。

 

 22のエイルシアが彼女と同じくらいと言われるのは、

 

「複雑ですっ!」

「なんでだよ。めでてぇじゃねぇか」

 

 おっさんは聞いていない。

 

「で。どんなやつだ? 俺よりいい男なんていねぇと思うが」

「好みの基準など、人によりけりじゃ。まあ、我から見ればまだまだ小僧じゃな」

「年下かぁ」

「ラヴちゃん! レヴァイア様も、何話してるんですか!?」

 

 聞いてくれない。

 

 このあともレヴァンが『俺は恋愛の大先輩』と嘯いてエイルシアに絡み、彼女が答えにくい質問に困り果てた先でラヴニカが追い打ちに爆弾を投じて、

 

 エイルシアが羞恥で撃沈した頃には、

 

「なんだよみずくさい。恩人の娘の一生に関わる一大事なんだぜ。先に聞いてたらおじさん、何でも言うこと聞いちゃうのに」

 

 とうとう自分からおじさん言い出した青バンダナのおっさん。

 

 ここでラヴニカが猛禽のごとく目を光らせた。

 

 

「ではレヴァイア王。上位精霊の件じゃが」

「ああ。姫さんのためなら精霊の1体や2体。すぐに契約してやるぜ」

「ついでに資材はどうするかの」

「んなもんタダに決まってんだろ。前祝いのご祝儀だ」

「!?」

 

 気前よく答えるレヴァンにロンゲが青褪める。

 

 もう遅い。ラヴニカが手にするのは、いつの間にかミシェルが用意した新しい契約書。

 

 しかも風森が買う物資の代金がすべてゼロになってる。

 

「うむ。ではここに国印を頼む」

「レヴァイア様! ちょっと待っ……」

「ほれ」

「ああーーっ!?」

 

 契約成立。大赤字確定。

 

 ロンゲはもう、がっくりと膝をつくしかなかった。

 

 

 このあと彼が「この失敗は俺のせいじゃねぇ。ミハエル先輩。あんたじゃなきゃこの人制御できねぇよ」と嘆いたとか、

 

 流石にやりすぎたレヴァンが、あとでサヨコに怒られマジへこみして、今回の損失分を補うために単身出稼ぎに出たとかどうかなんて話は、定かではない。

 

 +++

 

 

 後日談。

 

「最後はちょろかったのう。大儲けじゃ」

「お疲れ様でした」

「ラヴさまさすがです!」

 

 主人を労うクリス兄妹に向けてラヴニカは、

 

「勉強になった。最初から姉上とユーマを出汁にすればよかったのじゃな」

「……」

 

 

 エイルシア、再起不能で聞いてはいない。

 

 +++

 

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