3-ex4 姉姫様と末姫様。あと王様(続)
《砂漠の王国》の設定を捕捉するような話
あとラヴニカ、王様相手にぼったくろうと仕掛ける
《前書きクイズ》
Q. 再生世界で、東国に位置するとされる国を2つ答えよ(難易度C:東国は観光地が多いです)
Q.レヴァンのクラス(職業、兵種のこと)を予想せよ(難易度B:予想問題。正解は複数あり。「例、ユーマ=精霊使い+魔銃士、エイリーク=剣士+風使い」)
+++
前回までの話
レヴァイア様
代われと言ったなら、ちゃんと仕事してください
《とある宰相補佐官の嘆きより》
+++
砂漠の王国では、国外の公的な場で大使を務めるのは主に、王妃のサヨコである。彼女は来賓として学園の運動会にも来ており、それでエイルシアとユーマにばったり出会っていたりする。
《帝国》の元皇女であるサヨコが国王代理として表に立つことは多い。内政は王、外政は王妃といった役割分担だ。これは新興国である王国が、滅びた《帝国》から続く各国との繋がりを完全に絶ち切らず、新たに結び直す為でもあったという。
サヨコの政治的手腕は父である宰相譲りのもの。だからといってレヴァンの外交能力が低いわけでない。むしろ商人を志したこともある彼は物流の仕組みに詳しく、商談や取引に強い。
現場主義のレヴァンが国の開発の主導をとっていることもあって、このあたりは適材適所であった。
ロンゲが王国に伝わる伝家の宝刀(「休暇と言って邪魔するんです」ってサヨコ様に言いつけますからね!)を抜いたので、ようやくレヴァンはエイルシアたちと真面目に交渉を始めた。今回の外交は、主に風森側の物資の買い付けである。
物資の交換による商い、交易というよりも『お買い物』であった。
王国の『商品』、つまり輸出品の1番は、なんといっても砂漠の砂だ。次に魔獣除けの結界にも使われれる《消魔石》といった、砂漠地帯で採掘される鉱物資源である。砂漠の砂は、セメントのような王国独自の凝固剤とセットで売り出すことで、建材として大量に輸出している。
砂と凝固剤のセットは混ぜ合わせる比率と水の量、加工法の違いで性質が変化し、使用する用途は幅広い。型に入れて乾燥させれば石材の代わりになる他に補修材としても使え、粘土のようにして形を作り高温で焼けば焼き物の代わりにもなる。
砂で作られた器は独特のなめらかな手触りとズッシリとした重みがあり、艶のない土器と陶器の中間のようなものに仕上がる。調色技術の発展から色付きの容器や絵皿などが開発されると、王国の特産品として他国にも売り出してもいた。
「焼き物もそうですけど、砂漠の王国は売り物が豊富ですよね。4地方の特産品も扱っていますし」
「商品は豊富に揃えておくのは商売の基本だからな。ここ最近になってようやく国の自腹で仕入れられるようになって、商売として軌道に乗ったんだぜ」
王国にはでっかい倉庫があるから大量に仕入れられる。そうレヴァンは言った。
砂漠の王国には、《西の大帝国》時代の地下空間を改装し、利用した施設が幾つかある。その中でも地下倉庫は、王であるレヴァンが《再開発地区》の地下水道の整備と同時期、《新開発地区》にある地下都市よりも早く開発に取り掛かかり、完成させた施設であった。
広大な敷地面積を誇る地下倉庫は、元は《西の大帝国》が長期避難を目的としたシェルターだったもの。《技術交流都市》にいる技術士たちの改装も相まって長期保管に優れている。この倉庫は王国の備蓄庫に使うだけでなく、レヴァンは他国の依頼を受けて物資の『預かり所』としても利用していた。
いわゆる倉庫業だ。例えば、ある国が余剰生産して保管できない小麦があるとする。これを王国で預かり、必要に応じて再輸出するのだ。王国は小麦の輸送と保管の費用分だけ儲けを得ることになる。
保管に関しては保存の効く食糧や調味料、特に酒類の熟成に他国から預っているものが多い。他にも王国は小売業として仲介に入り、預った他国の物品を別の国へ売り出したりもしている。
砂漠地帯にある王国は技術力は高いが資源が乏しく、特に全国民に対する食糧の自給率は3割に満たない。しかしその反面、食糧の『輸出量』は西国一だったりするのだ。これは再生紀1000年以降に開発された《転移門》があるからこそ可能なことである。
砂漠の王国は《門》の普及がまもなくして生まれた国だ。この瞬時に国と国の間を行き来できる『輸送手段』がある今の時代にあわせて作られた国だった。
物資の保管と管理、委託販売、輸送。つまり物流だ。これが生産力のない王国の発展に一役買っている。今の王国は『西国の物流センター』といってもいいほどに発展し、多くの物資を取り扱っている。
レヴァンは王であり、国を相手に商売をする大商人であった。
「ロンゲ、資料をくれ。姫さん。まずは確認してくれないか? これが風森がウチの国から買う物資と、その金額の見積もりだ」
「はい」
「こちらが資料です」
ロンゲは補佐官らしく資料を皆に配る。勿論レヴァンは事前に目を通してある。
「買ってくれるのは主に資材なんだが、食糧に関しては『仲介料』を引いてある。原価で仕入れたのとそう変わらねぇはずだ。それと全体の輸送費。これも俺が昔世話になった礼として今回は差し引いておく」
「……確かに。ありがとうございます」
「なに。今後共ごひいきにってやつさ」
資料を確認したエイルシアは、レヴァンと王国の厚意にもう1度お礼を言った。
また、彼女の膝の上に座るラヴニカも一緒になって資料を見ているのだが、これがまた『良心的なお値段』で非の打ち所がなかったらしく「むぅ……」と唸っている。
「どうした? おちびちゃん」
「食糧に関しては我の試算より安い。これではそちらに儲けなどないではないのか?」
「そのぶん資材の方で儲けているさ。調味料や香辛料の類は国で他所から仕入れたもんだが、小麦や酒なんてのは殆ど預かりもんだしな。これの売買で儲けようとは思ってねぇよ」
「ふむ。貴国は西国の台所、大倉庫として機能しておると聞いてはいたが……ちょろまかしておらぬか?」
「ラヴちゃん!?」
慌てるエイルシア。レヴァンはラヴニカの邪推を「子どもだから」と笑って許した。
「おいおい。そんなことしたら信用なんてすぐ失くしちまうじゃねぇか。ウチの国はそこのロンゲといい、備品管理と数字には滅法強い奴らばかり揃ってるんだぜ。警備も厳重にしてるし視察にも来てもらっている。その辺はちゃんとしてるよ」
レヴァンはラヴニカに「食糧は預かり元から買っている」と説明した。
「ところで。そっちの買い付けの品目を改めて見ると、米とか醤油とか、なんか東国のもの全体的に多いんだな。米に関しては前より量が増えてるし」
「そうですか?」
返事をするのはエイルシア。
風森の国では主食といえばパンなどの小麦。そもそも小国である風森は自給自足が可能で、食糧の輸入といえば珍しい食材や調味料、嗜好品といった傾向にある。
「西国でお米を取り扱ってるのはレヴァイア様の国くらいですし。ごはん、おにぎりにすると美味しいですよ?」
「そりゃあ、そうだな。サヨコさんも好きだし」
「……」
俺もサヨコさんが握ったやつくいてぇと、納得するレヴァン。あとラヴニカの、エイルシアを見上げる視線がどこか生あたたかい。
「それだけかのう?」
「ほ、ほら。東国の《群島》料理は健康食としても有名ですし、病み上がりのお母様の身体にも……」
「そういうことにしておこう。ところで。我は東国料理なら《大陸》の辛いもののほうが好きなんじゃが」
「レヴァイア様! トウガラシを追加で」
「……ああ。東国で辛いってのはジャンって調味料なんだがな。そいつを用意しよう」
エイルシアはごまかし笑いで衝動買い。
甘やかしたというよりも、余計なことを言わないよう口封じである。
「次は資材だ。王国の建材セット(凝固剤と砂漠の砂。マニュアル付)に型枠一式……と。大規模な工事でもするのか? そういやここの城、外から見ると尖塔とか、あちこちぶっ壊れていたみたいだが」
「えっ? ええと……」
嫌な事を訊ねられた。
勿論これは城の修繕の為に使うのだが、ぶっ壊した張本人は正直に言えず言い籠る。
「それはのう。そこのうっかりが……むぐっ」
「姫さん?」
「なんでもないんです。あちこち老朽化がひどいので補強工事を」
「……そうなのか?」
エイルシアの様子を訝しむレヴァンは、何気なく言った。
「てっきり俺は、エイリアさんが派手にやったんだと思ったんだが」
「あはは……。昔はよくありましたね」
「むぐっ、むーむ! むー!」
母上がやるわけないではないか! そこのうっかりボケ女が、国ごと我を滅ぼうそうとしたわ! と言いたいらしい。
暴れるラヴニカの口を塞ぐエイルシアは、ずっと笑顔を張り付かせていた。
商談は続く。といってもこれはずっと前から、外交官であるロンゲが風森の国と交渉を続けていたものであって、今回はその最終確認にすぎない。
なので王国側にすれば今日レヴァンがいきなり割り込もうがそれほど大きな変更があるわけではなく、交渉は資料を元にスムーズに行われた。
「これで全部だな。なんか思ったよりあっさり終わった」
レヴァンが「俺の出る幕じゃなかった」と言えば、「だから私1人でいいと言ったのに……」とロンゲ。愚痴る宰相補佐官に「悪かったよ」と、王様は適当に労う。
あとは取引証明書と契約書に承認の国印を押すだけ。ところが。
ここでふりふりドレスのちび姫様はいきなり、これまでの話をぶち壊す発言をした。
「のう。ここまで来てなんじゃが、もう少しまけてくれぬか?」
「ラヴちゃん?」
「具体的には……そうじゃ。この建築資材を今の1割で買いたい」
「なっ!?」
いくら何でも9割引は暴言だ。驚いて息を呑むのはエイルシアとロンゲ。
ロンゲは熱り立つ。
「こ、この子は、一体何を言ってるんです? 食糧を安く売る代わりにこっちで収益を得てるんですよ。これじゃ全体的にうちの大赤字じゃないですか!?」
「おかしいじゃろ。そこらにある砂を大枚はたいて買うのはどうかと思うが」
「まあ、普通そうだよな」
「レヴァン様!」
怒りの矛先が王様へ。レヴァンは「落ち着け」とロンゲを宥める。
「普通はな。だけどおちびちゃん。これがそうじゃねぇんだよ。おいロンゲ、砂と凝固剤を持ってきてるか?」
「……え? いえ。そんなのありませんし、普段持ち歩きませんけど」
「ったく。まだまだだなお前。商売ってのは実物見せて、実演してみせるのが1番説得力あるだろうが」
「私は商人ではありません!」
それを言うならレヴァンも、本当は商人ではなく王様なのであるが。
しかし。彼は懐から砂漠の砂が入った小瓶を取り出してラヴニカに渡した。実はこれ、レヴァンのブースター(ゲンソウ術で使うイメージ増幅器)である。
レヴァンは砂漠のない国でも瞬間移動術式の《蜃楼歩》使える様、非常時に備えて国を出る時は故郷の砂を持ち歩き、使い捨ての術の媒体としている。
小瓶の砂はやけに肌目細かく、さらさらとしている。色はクリーム色。これは日に灼けて変色した退黄色であり、日光に晒されていない砂はもっと白かったりする。
「これが砂漠の砂なのか?」
「そうだぜおちびちゃん。ウチが作った凝固剤ってのは勿論、どんな砂でも固められる。だが、砂といっても建築物として十分な強度を得られるのも、焼き物として売り物になるのも、実はこの砂漠の砂だけなんだよ」
《技術交流都市》でも実験済みだと言葉を付け足す。それからレヴァンは肩をすくめた。
「とまあ、砂だけ見せてもわからねぇか。材料として最適なんで普通に砂を買ってくれる国も多いんだけどな」
砂こそ持ち歩いていたが凝固剤はない。それ以上ラヴニカに説明できる材料をレヴァンは持たなかった。
ところが。
「……いや。実物をみせてもらい十分に納得した」
「何?」
意外にもラヴニカは頷いてみせた。
彼女は魔人。人にはない独特の感性を持つ。ラヴニカは砂漠の砂がただの砂ではないことを見抜いたのだ。
400年も昔のことを思い出し、彼女は遠い目をして小瓶の砂を見つめている。
「……そうじゃった。あの一帯は奴らが『失敗』して吹き飛んでしまっておったな」
「ラヴちゃん?」
「エイルシア。この砂はな、《西の大帝国》と呼ぶ彼の国の成れの果てなんじゃよ。勇者の召喚に失敗し、粉塵となってこの地から消え去った」
「!」
「おい。そいつは」
今度はレヴァンも含めて全員が驚かされる。砂そのものが《西の大帝国》だと、彼女は言ったのだ。
ラヴニカは正面に座るレヴァンを褒め称えた。
「砂漠の王よ。よくぞ思いついた。あの国の建築物は、多少特殊な材料を使っておったのを我は覚えておる。その『粉』を固めれば、確かに構造物として十分な強度は得られよう。これを『再利用』するとは、常人ではまず気付かぬぞ」
レヴァンは驚き以上に苦い顔をしている。それがロンゲは気になった。
「レヴァイア様?」
「……参ったぜ。『ここ』まで知ってるのは実際に砂を調べたケイオス夫婦と俺、それに『あいつら』くらいだと思ったんだがな。まさか砂見ただけで……」
「どういうことです? いくらなんでも子どもの出任せでしょ?」
「おちびちゃんの言っているのは正解だ。少なくとも俺は、砂漠の砂の関して同じ意見を持っている」
「!?」
これは宰相補佐官、ひいては宰相も、きっとサヨコでさえ知らない王様の秘密だ。
「……ただの砂じゃねぇ、てのはずっと昔、『ある奴』に聞かされていた。それをヒントにケイオスの伝手で《技術交流都市》でも詳しく成分を調べてもらったことがある」
「それは確か……土に戻しても作物が育ちにくいという結果だったのでは?」
「そいつは『砂漠でも育つ作物を』と、俺が昔ケイオスに品種改良を依頼して、その過程で得た土壌調査の結果に過ぎねぇ。公開はまだしていないが、考古学の点では違う発見があった」
レヴァンはロンゲを中心にもう1つ説明した。
砂漠の砂の成分と地下の遺跡、特に王国の地下に今も健在する大帝国時代の構造物らしいものの成分は、ほぼ一致すると。これは世紀の発見に等しい。
とんでもないことをレヴァンから聞かされた。ラヴニカを除く誰もが驚き、この場にいる皆が沈黙する。
最初に口を開いたのはレヴァン。
「おっと。今のはケイオスたちが論文をまとめている最中だから、公表されるまで内緒にしてくれよ。……ただな。おちびちゃんは砂を見ただけで今言ったことを指摘してみせた。正直驚きだ」
「我としては、砂を調べ答えを得たお主たちの方に驚いておるがの」
「なあ、今更聞くがあんたは一体、何者だ?」
「我のこと、知りたいのか?」
「レヴァイア様。それは……」
喋り過ぎだ。エイルシアは焦った。彼女が魔人であることを悟られてはいけない。しかしここまでいってなんと説明しようか。
エイルシアが迷っていると、ラヴニカの方が早くレヴァンに答えを返した。
「自分で言うのもなんじゃが、我は『特殊な生い立ち』があって豊富な知識を持っておる。我は賢い童でな、最近国のものには《賢者》と呼ばれておるよ」
「《賢者》だぁ? おちびちゃんがか?」
「無論年が年なもので公式の資格は持たぬ。俗称じゃ。我は天才美少女なんじゃよ」
ただの童女が王家の養女になれるわけなかろうと、ラヴニカは平然と嘘を吐いた。
この世界における《賢者》は別名を知恵者といい、魔法どころかゲンソウ術でさえ一切使わない特殊な魔術師系クラスのことをいう。軍師や宰相といった要職に就くことが多い。ちなみに砂漠の王国の宰相も《賢者》の資格を有していたりする。
叡智と慧眼に優れ、知識と知恵のみを振るい、言葉1つで奇跡を起こす上位の魔術師。真の《賢者》となれば、国に常勝無敗の勇名と百年の繁栄を約束するとも言われている。
「……それでおちびちゃんが、内緒でラゲイルさんの代理をしているってか?」
「力のあるものが上に立つのは当然。年も外見も関係あらぬよ。まあ、我としてはもっと、賢者よりもドスの効いた、箔のつく名がほしいがのう」
《病魔》とは違う名を。彼女もそこまでは口にしなかったが。
「……『ラヴちゃん』じゃだめ?」
「そう我を呼ぶのは、お主と母上だけで十分じゃよ」
「ラヴさまはラヴさまです!」
「……ミリイはそこの兄のように置物をしておれ」
エイルシアに続いて突然発言するミリイ。ラヴニカは呆れたように溜息を吐く。兄の方は仕える主人の邪魔にならぬよう、呼ばれるまで傍に控えている。
「まあなんじゃ。王よ、それで我のことは納得してくれぬか?」
「……そうだな」
「レヴァイア様?」
「俺も別に、おちびちゃんが何者でもいいんだ。《巫女》である姫さんがそうやって可愛がってるから悪いもんでもなさそうだし」
「む?」
思えばずっと膝抱っこ状態。レヴァンは仲の良い彼女たちに笑顔を向ける。
「ラヴニカ、だったか。姉ちゃんを大事にしな。お前さんが『今』ここにいるのは、きっとそういうことなんだろ?」
「……」
レヴァンは時折、いきなり人の本質を見抜くことがある。これは彼のこれまでの経験で培った人を見る目、観察眼に拠る。
この時もそうだったのかもしれない。ラヴニカは何も言い返せず、黙り込んでしまった。
「ラヴちゃん?」
「……なんでもないわ。いい加減話を戻そう」
ラヴニカは交渉を続けようと、レヴァンに向き直る。
「レヴァイア王、我の指摘した砂のことは理解したし納得もした。貴国のしてくれた輸送費やらの心遣いも感謝しておる。じゃが、それでもお主に頼みたい。資材の代金をまけてくれぬか?」
「売値の1割で売れって話か? そいつはおまけどころじゃねぇ。無茶言うなよ」
怒りこそしないが横暴だとレヴァン。
それこそ1割引がいいところだと彼は答え、補佐官の頬を引き攣らせる。
「おちびちゃんとの初顔合せを記念した出血サービス。これでどうだ?」
「足らぬ」
これでもラヴニカは首を縦に振らない。流石にエイルシアは不審に思う。
どうして1割なのだろう?
「……ねえ、ラヴちゃん」
「なんじゃ?」
「ラヴちゃんはお留守番で今日まで色々と国のお仕事していたよね? 私、帰ってきたばかりだからまだ確認していないのだけど……」
エイルシアは、向かいに座るレヴァンに聞こえないよう小声になる。
彼女は直感で訊いてみた。
「もしかして。私のいない間に国のお金、使い切っていない?」
ラヴニカは質問に答えてくれなかった。
「ラヴちゃん?」
「……うるさいのう。今は手元にないだけじゃよ。支払いはどうせ引渡しのあとじゃろ? 今日契約後に払う前金くらいは残っておる」
「今は、って……」
「あとで倍返しじゃ」
危険な台詞を言っている気がする。ラヴニカから尻尾と触覚の生えるのをエイルシアは幻視した。
でびるラヴちゃんだ。彼女はミシェルの目配せすると、エイルシアに内緒話を持ちかける。
「それよりも聞けエイルシア。これはチャンスじゃぞ」
「えっ?」
「実はな。今回の商談は元々、ロンゲとかいう外交官が相手なら我は半分くらい代金を踏み倒せると思っておった」
「ラヴちゃん!? それも問題だからね!」
しかし。実際はロンゲよりも大物がかかったとラヴニカは言う。彼女にとってレヴァンの登場は嬉しい誤算だった。
レヴァンを観察し終えたラヴニカは結果、もっとふんだくれる秘策を思いついたのだ。
それが1割買いの理由らしい。
「レヴァイア様がどうしたの?」
「奴を見て何も感じぬのか? ならばその目であの男の深いところ、『繋がり』を意識して探ると良い。お主ならわかるはずじゃぞ。この件はエイルシア、あとでお主の力も借りるからな」
「私の?」
「おーい。姫さんたち、内緒話はもういいか?」
レヴァンが淹れたての紅茶を飲みながら声を掛けてきた。
どうやらミシェルがミリイを使い、もてなして時間稼ぎをしてくれたらしい。
「お話はまとまりましたか?」
「うむ。ミシェル、ミリイもご苦労。さがっておれ。……さて。レヴァイア王」
「おう。決まったか?」
レヴァンが訊ねると、ラヴニカは返事として頷いた。
「なんと言おうが我の意見は変わらん。話としては無茶も無謀も承知。じゃが、お主が相手なら話は別じゃ。王よ、お主じゃからこそ我は話を持ちかけた」
「俺だから、だと?」
「我から提案がある。じゃがその前に1つ確認を取りたい。『レヴァイア』。お主はその名の由来を知っておるのか? おそらく王の名は、生来のものではないよな?」
「? ああ。国を建てる時にジジイ……《帝国》の皇帝に頼まれて改名した。元は皇族の姓で、世界の西に棲むといわれる伝説の精霊、竜の名前らしいな」
俺の前の名はもう、完全に別の奴のもんだ。
レヴァンはそう答え、エイルシアは精霊と聞いて目を見開いた。
そしてラヴニカは、1つの確証を得る。
「やはり。お主も名と共に運命が変わった者か。……我や、そう。あの小僧のように」
ラヴニカ・コルデイクはラヴちゃん……ではなくラヴニカ・C・ウインディへ。それに『あの小僧』こと優真は、精霊の風森によって『ユーマ』へ。
ラヴニカの最後の呟きはエイルシアにしか聞き取れない。彼女はその意味を考えて、複雑な思いを抱いた。
レヴァイア。その名の意味するところをラヴニカは覚えている。出会ったこともある。
かつてラヴニカに『レヴァイア』と名乗った《巫女》は、彼女の敵だった。
「俺の名がどうかしたのか?」
「気にしないでくれ。のう、レヴァイア王。資材を1割で売れという話、タダで通せるとは我も思っておらん。代わりというのもなんじゃが、実はお主にだけ渡せる、お主にしか価値のない特別なモノがある」
「……やっと手札を切ってきたな。いいぜ、聞こうか」
ニヤリと笑うレヴァン。面白くなってきたと。
今までの無茶振りは前振り。先の『ノロケ合戦』よりラヴニカの実力を量っていた彼も、そろそろ本番が来ると踏んでいたらしい。
「ウチで買うはずの資材9割分。その莫大な代金の代わりにおちびちゃんは、いったい俺に何を売ってくれるんだ?」
「力じゃ」
ラヴニカは大々的に手札を切った。
「お主と、お主の国の運命を護る力。魔人を何人相手にしようが怯むことさえない、絶望に抗うことのできるレヴァイアの、真なる力じゃ」
(*次回が完結編)
+++