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幻創の楽園  作者: 士宇一
幕間章 姉姫様と末姫様
146/195

3-ex3 姉姫様と末姫様。あと王様

王様再登場。思い出話

 

《復活! 前書きクイズ》

 

Q. 話中では「風森へは立ち寄っただけ」と言う王様。では彼がこの時王国を離れた本来の目的、及び目的地はどこか?(難易度C:砂漠の王国編を参照)

 

 +++

 

 

 話はエイルシアが割り込む1時間前に遡る。

 

 自らをレヴァンと名乗る青バンダナのおっさん(37)は、珍しくも国元を離れ、同行を嫌がる外交官と共に《風森の国》へとやってきていた。

 

 砂除けのローブに砂除けのゴーグル。正装とはいえない一般的な砂漠の民の装い。これでも最近は西国最大の国と呼ばれる《砂漠の国》の王様である。

 

「見たか? 森とかの緑みどり! 懐かしいな。こうやって来るのもかれこれ5年ぶり、いやもっと昔の話か」

「あのー、レヴァイア様? 風森まで来て今更なのですけど」

「なんだよロンゲ。俺が付いて来ちゃ悪いかよ」

 

 その通りです、なんて言うに言えないビジネススーツ姿の外交官。

 

 レヴァンにロンゲと呼ばれた青年は宰相から経済を学んだエリート。王国の政に携わる宰相補佐官の1人だ。ちなみに彼の着るスーツは正装として、彼の先輩にあたる国王付き宰相補佐官が、《技術交流都市》の流行を取り寄せてくれたものである。

 

 《風森の国》は周期的にくる謎の『風土病』から立ち直り、国交を回復して間もない。今回ロンゲは外交官として王国・風森間の物資の流通に関する打ち合わせに来たのであるが、何故か王様なんておまけが付いて来た。

 

 相手をするには自分では手に余るとロンゲ。彼は宰相補佐官であっても『国王付き』ではないのだから。

 

 

「ここは私1人でいいので、国に戻って仕事なり遊ぶなりしてくださいよ」

「扱いが酷ぇ!? ミハエルかよお前。いいか。俺は休暇中なんだぜ。サヨコさんも学園都市行って今国にいねぇし」

「尚更国にいてくださいよ。ただでさえ宰相様は表に出てくださらないのに」

「うるせ。……ほら、これ見ろ」

 

 仕事仕事とうるさいロンゲに、レヴァンは1枚の紙を見せる。

 

「ちゃんとジジイに休暇届けて判も貰ってるんだぜ。ミハエルとの連名で」

「宰相様……先輩まで」

 

 王様って、有給取れる職業なんですね。

 

 でも、休暇で臣下の仕事に付いて来るなんてどうかと思う。迷惑極まりない。

 

「別にお前の邪魔なんてしねえよ。何度も言ったろ? 俺はエイリアさんが元気になったって言うんで挨拶に行くだけだ」

「はあ」

 

 重い病で10年以上も臥していたという、風森の王妃のことだ。魔人の封印に関しては極秘事項、王妃の不在に関して公にはこう知らされている。

 

 しかし、ロンゲはレヴァンが先代の《風邪守の巫女》とも旧知の間柄だと、今回初めて知った。この王様、《帝国》を倒した元反乱軍のリーダーでもあったが、その時に築いたという人脈は限りなく広い。

 

「本当ですよね? 挨拶したらサヨコ様のことなど長話せず、すぐに帰りますからね」

「わかったよ。…………つーか。風森に寄るのはついでなんだけどな」

「レヴァイア様?」

「なんでもねぇ。ロンゲ。交渉で困ったらすぐに助けてやるからな」

「参加なさる気ですか。やめて下さい」

 

 ロンゲは本気で拒絶した。これは王国の品に関わるからではなく、王であるレヴァンや、宰相を支える為にいる宰相補佐官の1人として立つ瀬がないからである。

 

(これでも仕事はできる人だもんなぁ……)

 

 たとえレヴァンの交渉力が自分より上だとしても、余程のことがない限り1人で仕事を完遂させよう。そう誓ってロンゲは風森との交渉に臨んだ。

 

 

 ところが。

 

 

「よく来たのう。歓迎するぞ」

「……は?」

 

 

 異常事態発生。ロンゲは目を丸くする。

 

 風森の城で用意された交渉の席の中心に座っていたのは、ふりふりでピンクなドレスを着た、生意気そうで可愛らしい幼女だった。

 

 +++

 

 

「我は国王代理兼代表議員のラヴニカ・C・ウインディという。此度この席では、我が国の代表として話に参加させて貰う。隣は秘書のミシェルじゃ。よろしく頼む」

「主人共々、是非お見知りおきを」

「国王代理…………はあ!?」

「ミリイ。客人に茶じゃ」

「はい! ラヴさま!」

 

 幼女の自己紹介に驚くロンゲを他所に、元気よく国産のリーフを使った紅茶を用意する侍女。これもまた年端もいかない女の子だ。

 

 なんだ、これは。

 

 困惑するロンゲは紅茶を受け取りながら呆然。

 

「お口にあいませんか?」

「いーや。俺が淹れるより断然うめぇ」

「レヴァイア様! あんた何悠長に茶ぁ飲んでんの!?」

 

 一方でレヴァンは妙に馴染んでいた。王国の子ども達にしてやるように「よしよし」とミリイの頭を撫でている。

 

 レヴァンはロンゲに「落ち着けよ」と声を掛けた。

 

「お前、ツッコミに戻ってんぞ」

「あのですね。どう見てもおかしいでしょ。あの代表とか言ってる小さな子を見て何も思わないんですか?」

「あれだよ。このおちびちゃんたちは外交官であるお前が『幼女好き』と知って寄越した、風森側の粋な計らい……」

「違うよ!? 一発モブキャラだからって勝手に属性つけんなよ!」

 

 ロンゲは絶叫。これに「いとをかし」といった感じで笑うのはラヴニカだ。

 

 いつだって上から目線。

 

「面白いのう。ミシェル、見習うと良い」

「ユーモアですね。精進いたします」

「……おいロンゲ。なんだか俺達、馬鹿にされてねぇか?」

「あんたのせいだよ!」

「大声出すなよ。こっちの品が疑われるぞ」

「~~~っ!」

 

 災難だった。

 

 だが次の瞬間、レヴァンは表情を真剣なものに変える。

 

「でだ。ロンゲ。ちょっと外交の仕事代われ。物資の交渉は俺がする」

 

 気が変わった。そう言いだしたレヴァンにロンゲは慌て出す。

 

「なん、また何を言ってるんですか!」

「悪いな。なんとか大臣とかそんなのが相手ならまだしも、お前じゃどうも荷が重い」

「……えっ?」

「誘ってんだよ。油断したら王国うちはこのおちびちゃんに根こそぎ食われるぞ」

「ほう」

 

 感心するのはラヴニカ。

 

 年齢など関係ない。あれは外見を良く知って武器に使える狡猾な女の目だ。前に座る相手を見て、レヴァンはそう評する。

 

「レヴァイア様?」

「見た目に惑わされんな。相手を探る時は誰だろうがまず目を見ろ。……怖ええな。一瞬でも隙を見せたら『ばっさりどかん』。その目、エイリアさんそっくりじゃねえか」

「む? 母上殿を知っておるのか?」

「昔世話になったことがある。おちびちゃんは『ウインディ』と名乗ったな。もしかして娘か? 下の方の姫さんは確か学生だったと思うが」

 

 レヴァンが確認の意味で訊ねてみると、ラヴニカは、

 

「養女じゃよ。王妃と義姉であるエイルシア姫には良くしてもらっている」

 

 と答えた。

 

 血の繋がりのない王妃と似ている。そう言われたことに嬉しいと思った自分がいた。

 

(……我の、母か)

 

 彼女は苦笑する。

 

「これまでの言は世辞と受け取っておこう。しかし青いの、お主はこんなに愛らしい我を前に、狡猾やら怖いなど酷いことを言ってくれる」

「そうじゃねぇからここにいるんだろ?」

「まあの。そう言うお主こそ」

 

 ラヴニカは得体の知れないおっさんに言葉を返す。

 

「その不精な見て呉れは、こちらの油断を誘っておるのではないのか?」

「俺のは素だ。楽なんだよ」

「レヴァイア様……」

 

 そうでしょうねぇ……と、ロンゲ。

 

 ラヴニカはラヴニカで「召し物を自由にできてうらやましいのう」と、お仕着せのふりふりレースを忌々しそうに睨んでいた。

 

 ピンクは本当に嫌らしい。

 

「おちびちゃん。ほんとは見学だけのつもりだったが、俺も話に混ぜさせてもらうぜ」

「それは構わぬが、そろそろ名乗ってはくれぬか? 補佐役の商人か何かと思ったがお主、ただものではあるまい」

「おっと、悪いな。レヴァイアだ。《砂漠の王国》で王をやってる」

「ほう。王とな」

 

 わざとらしく驚くラヴニカ。正体に気付かなかったとはいえ動揺はない。

 

「ではお互い有意義な話し合いをしようぞ」(誰が相手だろうが構わん。毟りとってくれるわ)

「お手柔らかにな」(さーて。おちびちゃんのお手並、拝見と行くか)

「……」(俺の仕事……)

 

 ロンゲは諦めるしかなかった。

 

 

 こうして(見たまんま)おっさんと(見た目)幼女、王様と国王代理兼代表議員という国のトップ同士の会談がはじまった。

 

 

「さて。我はみてのとおり若輩者でな(大嘘)、他国の情勢に疎い(これも嘘)。まずは色々とお主らの国の話を訊きたい」

「いいぜ。なんでも聞いてくれ」

「では。《砂漠の王国》とは何が有名なんじゃろうか?」

 

 ラヴニカはただ、本題の商談や取引に入る前にレヴァンの、その性格を掴むために出方を伺っただけだ。

 

 しかしこれはとんでもない地雷だった。ロンゲにいたっては「まずい」と顔に出てしまっている。

 

「やはり《西の大帝国》の遺産という発掘品の数々か? それとも王自らが発見したという地下の水道網、あるいは砂を固めて資材に使うという技術かのう?」

「全部違うな」

「何?」

 

 レヴァンは断言した。

 

「王国といったらお前、サヨコさんに決まってる」

「ああ……」

 

 やってしまった。「サヨコとはなんじゃ?」と首を傾げるラヴニカを他所に、この先の展開を予想できるロンゲは絶望した。

 

 

「いいかおちびちゃん。サヨコさんはなあ……」

 

 

 このあとレヴァンはラヴニカたちを前に延々と、『俺の嫁』を惚気はじめる。

 

 それから30分。

 

 

「ええい、サヨコサヨコと五月蠅いわ! それを言うなら我が姉上はなあ……」

 

 

 無駄な長話にいい加減ブチ切れたラヴニカ。

 

 大人気ないというか見た目相応というか。一方的に自慢話を聞かされた彼女は、ムキになり、意地になってレヴァンに対抗した。つまり『我が姉上殿』の自慢である。

 

 同じ土俵で戦うのは国の代表を名乗るが故のプライドから。どうでもいいが彼女の負けず嫌いは義姉2人によく似ていた。

 

 傍目から見るとおっさんと幼女の惚気合戦。場所が場所、知る人が知らなければ誰も、国の尊厳を懸けた――互いに国の象徴である王妃と王女の優劣を競っているのだ。決して誇張表現ではない――トップ対談とは思いもしない。

 

 真っ赤になったエイルシアが、割り込んで来るまで続いた激しい言い合い。これを最後まで聞いていた1人であるロンゲは。

 

 

「すげぇ。レヴァイア様にノロケで渡り合ってる……」

 

 

 現実逃避する傍ら、風森の国王代理という幼女の実力(?)を認めるしかなかった。

 

 +++

 

 

 それで話は戻る。交渉の席にエイルシアが加わった。

 

「では王妃代理として私も参加させて頂きます。この場でラヴちゃんの可愛さをたくさんアピールすればいいんですね!」

「やめい!」

 

 突っ込むのは我に返ったラヴニカ。エイルシアは「冗談です」と言うがちょっぴり残念そう。

 

「やられたよ。我としたことが向こうのペースに乗せられてしもうた」

「おちびちゃん、途中からノリノリだったじゃねぇかよ」

「うるさい! それは我であって我ではないわ! ……仕切り直しじゃぞレヴァイア王。よいな」

「まあ、それはいいんだが……」

 

 レヴァンは不躾にラヴニカとエイルシア、2人を指差す。

 

 彼の目の前には、エイルシアの膝の上に座らされているラヴニカがいる。

 

 いわゆる膝抱っこ状態。エイルシアはラヴニカに腕を回して抱きしめている。

 

「話し合い、姫さんたちはそれでやるのか?」

「あ。しばらくラヴちゃん成分を補給してなかったのでつい……」

「許してくれ。これは病気なんじゃよ」

 

 義妹となってしばらく経つが、ラヴニカは諦めの境地に達している。遠い目だ。

 

「まあいいけどな。気持ちはわかるし」

「レヴァイア様……」

 

 俺だってサヨコさん抱っこしてぇ……人前じゃさせてくれないけど。

 

 理解ある王様だった。

 

 

 改めて。レヴァンは挨拶も兼ね、エイルシアに話しかける。

 

「姫さんとは久しぶりだな。ラゲイルさんとは西国議会で何度か顔を合わせて飲みに行ったりしたんだが」

「そうですね。サヨコ様とは学園でお会いになりましたけど。6年、でしょうか」

「そのくらいだ。俺が風森に、王になった挨拶に来て以来だな」

 

 レヴァンとエイルシア。2人がこうやって顔を合わせるのは今日が3度目である。

 

 初めて出会ったのは15年か16年ほど昔。エイリークが生まれて間もなく、レヴァンはまだ『レヴァイア』でなかった頃。彼が《帝国》と戦う反乱軍のリーダーになったばかりのことだ。

 

 

 当時の反乱軍は帝国軍の英雄、ジャファル将軍(当時は大尉だった)を前に大きな戦いに敗れ、壊滅一歩手前まで追いやられていた。反乱軍は戦力の多くを失い、先代のリーダーは帝国軍に捕まって見せしめに処刑されもした。

 

 それで新リーダーとなったレヴァンはこの時期、一時的に身を潜め、敗走して散り散りになった仲間を集めながら各地を回り、極秘に反乱軍への支援を呼びかけて再起の時を窺っていた。

 

 

「エイリアさんには本当に世話になった。あの頃の俺は《帝国》に加担しないよう各国に呼びかけるのが精一杯で、風森に来た時も表立った援助は正直諦めていたんだよ。だけどエイリアさんは怪我人を受け入れ治療してくれただけでなく、国で完治するまでの療養の世話までもしてくれた」

「覚えています」

 

 エイルシアも《風邪守の巫女》の修行の一環として、母から怪我人の治療を手伝わされたことがある。当時彼女は6歳だ。

 

「確か俺達を匿ったせいで、風森にも帝国軍が来たんだよな?」

「なんじゃと?」

「はい。《風邪守の巫女》は癒し手にして護り手。怪我した者を守るのは当然なので」

「それでどうしたのじゃ?」

「俺も又聞きでしか知らねぇが、噂は本当なのか?」

「ええ。あの時は母が1人で」

 

 1個中隊、《機巧兵器》ごと、全部吹き飛ばしましたとエイルシア。

 

「威嚇の空砲が大きな音で、赤ちゃんだった妹が泣き出してしまったんです。それで」

「……とんでもねえ母親だな」

 

 それ以来、反乱軍の怪我人が《風森の国》に運び込まれ、治療を理由に何人も匿おうと《帝国》がちょっかいを出すことはなかったという。

 

 

 これには裏話があり、帝国軍は以前『バケモノ』に相対し、1人を相手に軍そのものを半壊まで追いやられたことがあった。

 

 加えて、小国と侮っていた風森では王妃1人に蹴散らされ、以来《帝国》は無闇に軍の威光を貶めないよう、エイリアのような《魔法使い》や《炎槍》といった(*当時彼女は《3神器》を結成しておらずソロ活動)勇者候補クラスを敵に回さず、相手にしないことを決めたのだとか。

 

 

「でも追い払ったあとが大変だったんです。国際条約に抵触する《帝国》の侵略行為ともみられましたが、何より母が『娘を泣かす《帝国》なんて、私が滅ぼすわ』って」

「……初耳だな」

「流石に一国の王妃、それに《巫女》としても本分を逸脱しているので、これは父や騎士達が思い留めたんですけど」

「それでよかったんだ。《帝国》との戦いの決着は、やっぱり俺達がつけないといけないことだったからな」

 

 レヴァンは昔のことながら冷汗をかいた。

 

 一方でラヴニカはというと、今の静養している王妃しか知らないので今のエイルシアの話は半信半疑といった感じだ。

 

「あの優しい母上がな。信じられぬ」

「昔のお母様はそれはもう、スパルタだったんですよ」

「違ぇねえ。俺もラゲイルさんと一緒に、エイリアさんから剣の手ほどきを受けたことあるからわかるぜ。『ばっさりどかん』なんだよ」

「そうなんです。お母様ったら剣を持ったらいつだって『ばっさりどかん』って」

「……なんじゃよ、それは」

 

 謎のキーワードを口にして懐かしそうに笑うレヴァンとエイルシア。ラヴニカ、というよりも2人以外の誰もが話についていけない。

 

「あれからずっと、俺はエイリアさんに会えずじまいだったが、最近になってあの人の病も快方に向かい元気になったんだってな」

「それは……はい」

「昔の礼もあわせて、あとで挨拶に行きたいが構わねぇか?」

「すまぬが。今、母上も王も国におらぬ」

 

 答えるのはラヴニカ。

 

「東国にある《仙桃の国》にて療養しておる」

「あん? 観光地として有名な温泉都市のことだな」

 

 桃まんが名産で饅頭だらけの国とレヴァンは聞いている。

 

「知っておるなら話は早い。この国の者たちは湯治というものを知らなくてな」

「とうじ?」

「なんだそりゃ?」

 

 首を傾げるのはエイルシアだけでなく、レヴァンもだった。

 

 湯治とは薬効のある温泉に浴して病気を治療することだ。湯治や薬湯(くすりゆ。薬草風呂ともいう)に浸かるという東国独自の風習は、東国以外の3地方では珍しい。

 

「あの地にある秘湯に通い、繰り返し長く浸かっておれば、おそらく母上も1週間ほどで身体の感覚を全て取り戻し、自力で立てるくらいには回復すると思ってな。慰安も兼ねて夫婦水入らずの温泉旅行を我が勧めたのじゃよ」

「そうだったの?」

 

 てっきりラヴニカの都合で追い出したとばかり思っていたエイルシア。でも半分は間違っていない。

 

「温泉かあ。本物には入ったことねぇが……」

「レヴァイア様?」

 

 サヨコと一緒に温泉。「いいなぁ……」と混浴に思いを馳せるレヴァン。

 

 何故混浴を知っているのかというと、それは男の浪漫だからである。

  

 レヴァンの口元や鼻の下がだらしなく緩んだ所、幼女と宰相補佐官の冷ややかな視線が彼に突き刺さる。

 

「若いのう」

「今のは何考えてるのか、私でもわかりますからね」

「?」

 

 レヴァンの煩悩に気付いていないのは、エイルシア(少女と言うに言えないお年頃)とミリイ(リアル10歳)くらいか。

 

「ラヴちゃん?」

「……エイルシア。お主も少しオスの生態について勉強するがよい」

「おちびちゃんに言われるとかなりキツイんだが……」

 

 気まずくなるレヴァン。わざと咳払いして話を逸らす。

 

「あーつまり。エイリアさんもラゲイルさんも今いねえんだな。……参ったな。ラゲイルさんにも用があったんだが」

「父に、ですか?」

「1人の男として個人的なご相談、ってやつだ」

 

 レヴァンと風森の王ラゲイル。2人は年の離れた友人という関係を結んでいるらしい。

 

「野暮用だし今回は仕方ねぇ。今度エイリアさんが完全復活したときにでも、手土産持参でまた来るさ」

「ありがとうございます。父も母も喜びます」

 

 そうだ。これが『快気祝い』というんですね。

 

 エイルシアは学園で、ユーマから教わった言葉を思い出して、思わず微笑んだ。

 

 

「……姫さんは随分変わったな」

「そうでしょうか」

「綺麗になった。あの頃のエイリアさんにもそっくりだ」

 

 レヴァンはエイルシアの笑みに何を思ったのか、昔の風森の姫を思い出す。

 

 

 彼がエイルシアに2度目に会ったという6年前といえば、当時彼女は16歳。先代の母より《風邪守の巫女》の役目を継いで4年、王妃代理として国の運営にも参加するようになった頃だ。

 

 あの頃のエイルシアは何事にも余裕がなくて、普段からどこか思いつめた、張り詰めた空気を纏っていたことをレヴァンは覚えている。

 

 

「昔に比べて雰囲気が随分とやわらかくなった。……強くなったな。今じゃサヨコさんに負けねぇくれぇ良い女だ」

 

 褒められて少しだけ照れるエイルシア。そんな様子も6年前の彼女では見られなかった。母のことで肩の荷が少し下りたのだろうと、レヴァンは考える。

 

 

 本当によかった。レヴァンは恩人の娘の成長と変化を目の当たりにして素直に喜ぶ。

 

 ちいさなラヴニカを抱きしめている彼女を見ていると、それこそ彼が初めて出会った頃の王妃と姫の姿に重なって見える。

 

 

「俺も年をとったぜ。そうやって姫さんがおちびちゃんを抱いてると親子に見える」

「それはちょっと」

「むぅ」

 

 親子と言われた2人は「複雑です」「我はそこまで縮んでおらん」と、レヴァンを恨めしそうに睨む。レヴァンは意に介しない。

 

 王様は満足したように大きく頷くと、残った紅茶を飲み干し「ごちそうさん」と一言。

 

 

「色々話せて楽しかったぜ。……ロンゲ、そろそろ帰るか」

「仕事しろよ!」

 

 

 自由人な王様にロンゲは嘆いた。

 

 

(*まだ続きます)

 

 +++

 

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