表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻創の楽園  作者: 士宇一
幕間章 姉姫様と末姫様
145/195

3-ex2 姉姫様と末姫様。それに愉快な侍女たち

予告していた「~。あと王様」は次回に。


風森の国が心配になってきました。

 

 +++

 

 

 それから10日後。

 

 学園都市を発ったエイルシアは、故郷である風森の国へ帰路に着いていた。

 

 楽しかった。学生であったことのないエイルシアにとって、学園にあるものすべてが新鮮だった。

 

 ユーマと一緒に学園の催しを見て回ったし、エイリークとははじめて姉妹でおでかけなんてこともした。友人たちに囲まれた2人の過ごす毎日を垣間見て、少し羨ましいと思ったのは彼女の秘密だ。

 

 一緒に学園生活なんて夢見てもいいけど、流石に今の年齢で学園の制服はちょっと……

 

 

 そんな複雑な心情はさておき。エイルシアはユーマのことで懸念していた、幾つかのことも解決できた。

 

 ユーマへの何者かの介入に気付くことができ、対処することに成功した。《槍》の名を預かる学園長のイゼットとも情報を共有できた上、更には今代の《弓》の勇者、アロウとも偶然出会い、イゼットの仲介から《盟約》の下、彼女の協力まで得ることができたのは嬉しいことだった。

 

 《残された者の盟約》。それは世界を救ったかつての《剣》の恩に報いる為の、異世界人を保護を誓う、勇者たちの古い約束。

 

 小国の姫でしかないエイルシアにとって、イゼット達のような勇者とそれに連なる者のうしろ盾があるとないとでは大きく違う。

 

 『もしも』の時、ユーマの『人権』を守らなければならなくなった時を考えると、2人の存在はなんとも心強かった。

 

 

「ラヴちゃんの言うとおりだったなぁ」

 

 まとめた上げた髪にゴーグル、外套の下は騎士服でガンベルト。多少風変わりな男装姿のエイルシアは思い返してつくづくそう思う。

 

 風森の国でずっと抱えていた悩みなんて、ユーマに会えばすべて解決する。そう言ったのは彼女の義妹だった。

 

 会って、話をして。僅かな間だけど久しぶりに一緒に過ごすことができて。それだけで心にずっとつかえていたものがスッと消え去ってしまった。だからこそ。他人を巻き込むことを躊躇っていたはずのエイルシアは、迷うことなくイゼットへ相談を持ちかけることができたのだ。

 

 ユーマを守ること、ユーマを救うことの一心で。

 

 新たに決意を固めることができた。その結果がイゼット達の協力を取り付けたといってもいい。

 

 《預言者》と世界中で恐れられるイゼットの情報網。《槍》、《弓》として受け継がれる勇者の知識。アロウに至っては放浪のついでに世界にあと4つ遺された《召喚陣》のある遺跡を巡ってくれるらしい。ユーマを還す方法を探すのに行き詰っていたエイルシアにとって、これらは大きな前進だった。

 

 

 1人じゃきっと何もできない。何も見つからない

 

 でも誰かといたなら、皆でいろんなものを分け合って支えてあっていけたなら――

 

 

 学園を発つ前、エイリークに告げた彼女の言葉こそ、エイルシアが学園で学んだ大切なことだった。

 

 

 揺らいでいた決意を取り戻し、正面から向き合うことで大事なものを得ることができた。これもすべて、ラヴニカが学園に行くことを後押ししてくれたおかげだ。

 

 エイルシアは『いもうと』でいてくれる彼女に感謝しきれない。

 

 

「お土産。ラヴちゃんは喜んでくれるかなぁ」

 

 エイルシアは使用人のミシェルが用意した行程表通りに帰路を辿る。《転移門》を使う数ヶ国を経由した長距離移動も慣れたもので、学園都市を発って3日後には、無事に故郷へと戻り着いた。

 

 

「風森に着いたわ。カレハ、行きましょう」

「最後までお気をつけください。エイルシア様」

 

 と、肩の上にちょこんと座る紅葉色のちいさな羽妖精。エイルシアの精霊であるカレハは、護衛として油断なく周囲を警戒している。

 

「風葉お姉様は言いました。城に帰るまでが旅行なのです」

「そうね。ねえ、カレハ。あなたも風葉のように外へ出ることができてよかった?」

「もちろんです」

 

 カレハは答える。

 

「精霊とは自然と融和して永遠に在り続けるモノ。土地に縛られる私たちにとって、風葉お姉様のような『旅する精霊』は皆の憧れなのです」

 

 風葉はあれでもカリスマらしい。ミサちゃんクッキーの伝道師だし。

 

 カレハは双子の片割れともいえる風葉から「おみやげですよー」と貰った、ミサちゃんクッキーの包みを大事そうに抱えている。それがどこか微笑ましい。

 

 

「またいつか、今度はみんなで旅行に行きましょうね」

「はい!」

 

 今度はそう、家族旅行なんていいのかもしれない。

 

 父と母、自分と2人の妹。そこにユーマを加えてみんなで。

 

 

 

 

 風森の城が見えてきた。《ゴッドフリート》の余波で半壊した、尖塔も少し懐かしい。

 

 

「……修繕工事。そろそろ取り組むようにしないと」

 

 

 有意義な休暇はこれでおしまい。

 

 こうしてエイルシアは家族の待つ城へと戻るのだった。

 

 

 ところが。

 

 

「おおう。誰かと思えば我が姉上殿か。よく帰ったのう」

 

 

 帰って早々エイルシアは、王座にふんぞり返って座るラヴニカとご対面した。

 

 +++

 

 

「ラヴ……ちゃん?」

「すまぬが今はいそがしい。すこし待ってくれ」

 

 とは言われても、エイルシアは事態がよく飲み込めないでいる。

 

 まずここは風森の城にある謁見の間だ。謁見とはいっても来賓の為に使用するちょっと豪華な内装の、少しだけ広い部屋。風森には政を行う議事堂が別にあるので、この部屋は普段あまり使われない。

 

 なのにそこへ多くの人が行き交っている。扉の外では文官や騎士、商人に議員という街の代表と呼ぶ人達までも皆が並び立ち、1人ずつ入室を許可されては王座に座るラヴニカの前で恭しく傅いている。

 

 

 中に入ってきた文官が、ラヴニカに頭を下げた。

 

「ラヴニカ様。こちらが例の政策で再計算した際の、我が国の来月以降の収支予想でございます。なんと先月の収益4割増が見込める模様」

 

 と文官。ラヴニカは受けとった報告書を読み、鷹揚に頷く。

 

「元々我が国の経済は手を加えるべきところが多々見られたからのう。しかしじゃ、我の試算じゃと無理なくもう1割増が望めるはず。見落としがあるな。こことここだ」

「これは……! 確かに」

「踏まえてもう2、3シミュレートして参れ。議会には明日通すから念入りにな」

「かしこまりました。今後共是非ご指導のことを」

「うむ。機会を見てまた勉強会を開こう。これから本格的に忙しくなる。文官の増員も検討せねばな」

「候補者の選出は私どもの方で」

「頼むぞ」

 

 文官は忙殺で使い潰さぬよう数を揃えんといかんのでな。物騒なことを呟くラヴニカ。

 

 次にラヴニカの前に現れたのは騎士だ。しかも騎士団長クラスの。

 

「ラヴニカ様。兵のことですが……」

 

 彼は訓練の方針で思い悩んでいるらしい。

 

 騎士の相談にラヴニカは、

 

「剣も術も未熟なれど、まず基礎体力がなっておらん。今度新たに田畑を拓く。しばらくはそこで農耕に従事して身体を作れ。それと全隊に休日を除く毎日朝夕の2回、国1周のマラソンを課す」

「農耕ですか。……まらそん?」

「兵農一体じゃよ。今後わが国では戦う術しか知らぬ、非生産的な脳筋は要らぬ。今は平和なのでな、兵と騎士どもの有り余った体力は正直もったいない」

「もったいない……」

 

 騎士の表情に不満が見えたのを、ラヴニカは見逃さなかった。

 

「安心せい。我も我が国の騎士団の『貧弱さ』はどうにかしたいと思っておったところ。訓練のメニューは我も王と相談し、今見直しておるわ」

「ラゲイル様自ら?」

「そうじゃな、現段階で予定しておる訓練。密度で言えば今の10倍」

「じゅっ!?」

「なかなかデンジャラスでデリシャスな仕上がりじゃぞ」

「……(ごくっ)」

 

 怖気付いたか? ラヴニカは騎士に向かって不敵に笑う。

 

「覚悟しろよ。1年で今の兵のレベルは3倍に伸ばし、ついでに作物の収穫量も倍にするからな。最終目標は西国、いや世界一の騎士団」

「!」

「1人1人を、《風邪守の騎士》と謳われた我等が王に匹敵するほどまで鍛えてやろう。風森の騎士の勇名は今代、我等が築くのじゃ。じゃから今はシゴキに耐え得る体力の向上に努めよ。やれるな?」

「はっ! ありがたき幸せ!」

 

 これで労働力ゲットじゃ。ラヴニカの呟きは騎士には届かない。

 

「次。申すがよい」

「ははっ。この度はラヴニカ様にお目を通して頂き……」

「御託はよい! あとが支えておるから早うせんか!!」

 

 ばしぃィィィん! 唸るハリセンは《音爆弾》のカードが仕込まれている特注品。ゴマすり商人をラヴニカは暴君よろしくふっ飛ばした。

 

 彼女が「あとまわし」と言えば、傍に控えている兵士が慣れた手つきで気絶した商人を担ぎ、陳情の列の1番後ろに並ばせていた。

 

 

 ……なんだろう。これは。

 

 王だ。ちいさな女王様がいる。

 

 部屋の隅で待たされているエイルシアはずっと彼女への謁見を見ているのだが、このあとも多くの人が「ラヴニカ様、ラヴニカさま」と意見を求めにやってくる。

 

 それと。王座の傍でラヴニカの秘書のような役割をしているのはミシェル・クリス。彼の妹である幼女、ミリイ・クリスはラヴニカに飲み物を差し出したり、扇子で仰いだりして嬉しそうに彼女のお世話をしている。

 

「いったい、何がどうなって。……お父様は?」

 

 エイルシアは困った。みんなが忙しそうにして誰も事情を説明してくれない。

 

 そもそも静養している王妃の母はともかく、国王である父はどこへ行ったのだろうか。また中庭か?

 

「それにしても」

 

 陳情に相談、報告。人の列をミシェルと数人の文官と共に瞬く間に捌いていくラヴニカ。エイルシアが見ても驚くべき仕事ぶり、処理速度だ。ここまで話を聞いた時点で不備は特に見当たらない。

 

 ラヴニカがこんなに有能なところも、彼女が積極的に政に関わるところなんてエイルシアの前では1度もみせたことがなかったのに。

 

 

「次が最後か?」

 

 陳情の殆どをラヴニカが捌き終えたところ。そこへ、バアン! と勢い良く扉を開ける音が響き渡った。

 

「ぬ。性懲りもなく来おったな」

「あなたたちは!」

 

 新たに謁見の間に現れたのは、エイルシアもよく知っている3人の侍女。『国王代理』となったラヴニカが今もっとも警戒している3人組だ。

 

 その名も姉姫様公認特殊部隊『ラヴちゃん着せ替え隊』! そのトップ3!!!

 

 確かエイルシア専属の侍女たちだった気もする。

 

 

「間もなく休憩のお時間ですラヴニカ様」

「お菓子です!」

「……お茶」

「うむ……」

 

 ラヴニカは密かにハリセンへ手を伸ばす。彼女は警戒している。

 

「そこで報告なのですが、職人さんに発注した新作のドレスが遂に完成しました」

「ふりふりレースが3倍です!」

「試着……」

「ぬおっ!?」

「こ、これはっ!」

 

 ラヴニカは、それにエイルシアも、その新作ドレスに戦慄する。

 

 ピンクだ。ピンクな甘ロリ。

 

「さあ。ラヴニカ様」

「ご試着お願いします!」

「写真……」

 

 迫り来るピンクに慄くラヴニカ。

 

「うわぁ。きっとお似合いですラヴさま!」

「ちいっ! ミリイが寝返りおった。ミシェル! この場は任せるぞ」

「かしこまりました」

 

 形勢の不利を悟ったラヴニカは戦術的撤退。ミリイをミシェルが抑えている内に謁見の間からの脱出を試みる。

 

 そこに立ちはだかるのは3人の侍女。

 

「ラヴニカ様。お茶の準備はできておりますのでこちらで」

「お着替えするまで、ここは通しません!」

「……覚悟」

「そう何度も茶の度に着替える必要があるか! 押し通す!」

 

 煙幕に閃光弾、振り抜かれるはラヴニカ必殺の爆音ハリセン。しかし侍女たちも負けてはいない。

 

 煙幕を払うホウキにハリセンを受け止めるオタマ。閃光弾の光を跳ね返すのは鏡のように磨かれた銀のトレイだ。

 

 反撃に投擲されたコースター手裏剣をラヴニカはしゃがみ込んで回避。追撃のフォークとナイフはそのまま絨毯を転がって避ける。

 

 体勢を立て直したところで、ホウキを投げ捨て、ハタキの2刀流に持ち替えた侍女が急接近。これをラヴニカがハリセンで迎え撃つ。

 

 衝突。《音爆弾》の轟音が室内を満たす。

 

 鍔迫り合いに持ち込んだ。勝負は互角。

 

「……お見事です。ラヴニカ様」

「おのれ。エイルシアら母娘はもうアレゆえ諦めもしたが、貴様らにまで愛でられることを許した覚えはないわ!」

「そうおっしゃらずに。臣下を労るのも主君の勤めかと」

「離れよっ!」

 

 大振りして牽制。お互いバックステップして距離を取る。

 

 仕切りなおしだ。

 

「流石はウインディ家に迎えられたお方。末恐ろしいこと」

「くっ! 奴らめ。連携にますます磨きをかけてきておる。札を使わねばこちらがやられるか?」

 

 苛烈を極めるラヴニカ対3侍女の攻防戦。

 

 今日の勝敗の行方は。

 

 

「いい加減にしてください! カレハ!」

 

 

 怒声と共に突如室内に吹き荒れる旋風。続いて駆け抜ける疾風。

 

 精霊の操る風の輪っかがラヴニカと3侍女、ついでにミシェルら兄妹を捕え、腕と胴を一緒くたに縛り上げた。これは風属性捕縛術式の《縛風輪》だ。大きくなった騒ぎに蚊帳の外のエイルシアがとうとう動いた。

 

「何をしてるんですか、あなた達は」

「え、エイルシア様?」

「いつお帰りで!?」

「……おかえりなさい」

 

 驚いたのは3侍女。自分たちが仕上げたはずの彼女の男装に全く気付いていなかった。

 

「無様ですね、ちびまじん」

「羽虫め、帰ってきて早々よくも!」

 

 風属性無効化の特性を持つラヴニカも、精霊カレハの魔力の付与された風の束縛は振りほどけない。

 

 エイルシアは《ディスペル》を使われないようラブニカの隠し持った魔法カードを取り上げると、少し怒った顔で捕まえた彼女たちに向きあう。

 

「シア! 離せ、離さぬか!」

「ねえラヴちゃん。ラヴちゃんがすごく頑張っていたのは見ていてわかるんだけど、それでもわからないことがたくさんあるの。お父様はどこ? それに、こんな騒ぎを1番に止めてくれるはずのクリスさんはどうしたの?」

「……」

 

 ラヴニカ以外の全員がエイルシアから目を逸した。

 

 上司(侍従長)がいないことをいいことに、多少羽目を外していた自覚はあるらしい。

 

「私がいない間、何があったのかをちゃんと説明してもらいますからね。まずは……」

「な、なんじゃよ」

 

 嫌な予感。怒れるエイルシアは無慈悲に告げた。

 

「ラヴちゃんは今すぐ! このドレスを着てください!」

「やっぱりそうきたか! いやじゃ、ピンクはいやじゃーーーーっ!?」

 

 説明はどうした?

 

 

 《風邪守の巫女》という国の象徴、絶対権力者エイルシアが戻ってきた今。

 

 ラヴニカを助ける者は誰もいなかった。

 

 +++

 

 

 風森で起きた『末姫様クーデター』『ラヴちゃん革命』なる事件の概要。これは主犯である風森の末姫、ラヴニカ・C・ウインディ及びその協力者である彼女の付き人、ミシェル、ミリイの3名が以前から計画していたものであるらしい。

 

 

 計画の第1段階は城の中でも影響力のある人物の排除。対象はエイルシア、エイリア、ラゲイルのウインディ家3名に加えて侍従長、風森の第1騎士団長の計5名。ラヴニカは作戦として、エイルシアに休暇を勧めるのと同時に王と王妃の2人にも旅行の話を持ちかけていたそうだ。

 

 旅行先は《仙桃の国》という東国にある立派な温泉都市。風森からは随分と離れた場所にあって《転移門》を利用しても片道10日はかかる。

 

 

 ――我に与えられた知識じゃと、ここにはあらゆる難病に効くという秘湯中の秘湯があったはず。母上の療養も兼ねて夫婦水入らずの旅行などどうじゃ?

 

 

 「とても鮮やかな手並みでしたよ」「王妃さま、ラブさまにメロメロです!」その場にいた付き人のクリス兄妹は語る。

 

 ラヴニカは「早く母上に元気になって欲しいのじゃ!」と、こどもらしい甘えた声に上目遣い、うるうる涙目の3重コンボを駆使。この必殺の演技おねがいで王妃を1発で墜とした。エイリアは感激して、小さくてかわいい養女を抱きしめながら療養に旅立つことを決意したという。

 

 それから。「国のことは我に任せよ」と自信をもって言うラヴニカの言葉を信じた王(この人は娘というものに甘い)は自分の権限を彼女に一時譲渡。王夫婦は世話係の侍従長クリス、騎士団長ズイン以下数名を護衛に付けて全員が温泉旅行へと旅立ってしまった。

 

 この時。ラヴニカが巧妙だったのはエイルシアとエイリア達、お互いが国を空けることを知らされなかったことだ。エイルシアは「お母様たちがいるなら数日くらい」、逆にエイリアは「シアがいるから1ヶ月くらい」と留守のこと何も心配せず安心しきっていた。

 

 実際国に残るのは、『国王代理』の権限を貰ったラヴニカだけというのに。

 

 

「こうしてエイルシア様たちを追い出…ごほん。送り出して舞台を整えたラヴニカ様は、風森に新たな風を起こそうと隠した爪を露わに躍進をはじめたのです」

「……ちょっとまって」

 

 侍女たちからこれまでの説明を受けるエイルシア。彼女は少し考えたくて黙り込んだ。

 

 ここはエイルシアの自室。彼女は旅の汚れを落とすために湯浴みして、普段着に着替えたところだ。

 

 部屋には今、エイルシアのほか3侍女しかいない。彼女は長らくアップにまとめあげていた髪を解き、櫛で梳かされながら話を聞いていた。

 

「……えーと。クリアナ。つまり、この数日間は」

「はい。国王代理の任に就いたラヴニカ様を中心に動いています」

 

 答えるのは3侍女のリーダー格で狐目のキリッとした侍女。エイルシアより年上で彼氏なし。

 

 得意『武器』は掃除用具全般。

 

「そんな。だけどこの国の政は議会制。ラヴちゃんが国王代理なら王妃代理である私と同じ、議員の1人でしかないでしょ?」

 

 なのに謁見の間での1件をみると、どうみたってラヴニカの言動1つで物事が決まっている。

 

 そのエイルシアの疑問に答えるのは、得意武器は調理器具全般という、クックという名の鼻が低めで丸顔の愛らしい侍女。エイルシアと同い年で彼氏なし。

 

「それがですね。国王様って臨時総会開く権限あるじゃないですか。ラヴニカ様はその場でなんと! 全議員と騎士団長、文官長の全員の賛同を得て、代表議員の座を勝ち取っちゃったんですよ!」

「ええっ!?」

 

 それこそありえなくて、エイルシアは驚くしかない。

 

 風森の国で代表議員といえば、事実上国の政治に携わる者の最高権力者だ。1日でラヴニカは国王代理からその地位へのし上がったという。

 

「実際あの方の手腕には驚かれます。あらゆる分野に精通した豊富な知識、それらを運用できる知恵と判断力。《賢者》とはラヴニカ様のような方をいうのかもしれません」

「ミリイより小さいのにね。それがもうすごいんです!」

「それは……」

 

 それはそうだろう。何せラヴニカは魔力を失っても魔人だ。彼女は魔神から与えられた今から400年前の、更にはそれ以前の《精霊紀》時代の知識まである。

 

 だからそのこと関してはエイルシアは驚かない。だけど彼女は戸惑う。

 

 不意に学園に向かう前のやり取りを思い出すエイルシア。

 

 

 ――今は大人しくしておるではないか。しばらくは『いもうと』をやっておくさ

 

 

 今は。そこに引っかかりを覚える。

 

 風森に封じられた魔人であるラヴニカは本来忌むべき存在。本当なら正体が悟られぬよう表舞台に立つことは避けるべきなのに。

 

「ラヴちゃんは今更、どうしてこんなこと」

 

 国の運営に興味なんてなかったはずだ。独裁とも言えなくない今の状況。

 

 彼女の目的はいったい。

 

(ま、まさか……)

 

 ははははは、あはははははは! 脳内に鳴り響く幼女の高笑い。

 

 

 ――油断しおったなエイルシア。策は成ったぞ!

 

 ――ラヴちゃんとは仮の姿。間もなくこの国が我のモノとなる以上、今こそ我の真の姿を見せようぞ!

 

 

 風森の国を支配を企む彼女、その正体は!

 

(でびる……ラヴちゃん!)

 

 考える挙げ句に妙なことを想像するエイルシア。残念だが真の彼女はボケである。

 

 また。そういった彼女の素を知っているのはエイリークら家族でもあれば、専属として長くエイルシアに仕えている3侍女なわけで。

 

(……エイルシア様。多分、それ違う)

 

 物静かでウルフカットな3人目の侍女(年下、彼氏あり、得意武器はティーセット全般)はそっと、エイルシアに心の中でだけ突っ込んだ。

 

「? どうしたの、ティーカ」

「……なんでもない」

 

 訂正しないのは、そのほうが面白いから。

 

 

「とにかく。改めて話を聞かないと。ラヴちゃんがどこにいるかわかる?」

「そうですね。たしか本日のご予定ではラヴニカ様は今、来賓室の1つで《砂漠の王国》からお越しのお客様と、物資の流通のことで会談しているはずです」

「そんなことまで……。わかりました」

 

 様子を見てきます。エイルシアは侍女たちにそう告げた。

 

 

 会って、ちゃんと話をしよう。

 

 彼女が今日まで何を思い、自分のいない10日間に何をしていたのか。

 

 エイルシアは1人、ラヴニカが商談に臨んでいるという城の来賓室へと向かった。

 

 +++

 

 

 なんだけど。

 

 

「だから、髪だよ髪。あの絹、つーか長い黒髪の手触りがたまんねぇんだよ。俺のサヨコさんはさあ!」

「……」

「ふん! 髪なら負けてはおらぬ。我のものこそ極上なれど、あの金とも言えぬはちみつ色は母上譲りの一品じゃ」

「……」

 

 この2人、どういう縁があって、いったい、なにをしているのだろう?

 

 その白熱した様子を覗くエイルシアの思考が止まった。

 

 そんな中でラヴニカ(Ver.甘ロリピンク)が嫁さん大好きな青バンダナのおっさんに渾身の1撃を放つ。

 

 叫ぶ。

 

「手触りがなんじゃ! 甘いのじゃぞ、姉上の髪は!!」

「甘いだと!? それは匂いか、それとも……まさか味か? なんてとこ攻めやがる」

「ふっ。貴様の嫁ごときに我が姉上は負けぬよ」

「ラヴちゃん! それにレヴァイア様も、なにをしているんですか!!?」

 

 相手の力量を測る、商談前の前哨戦らしい。

 

 勝敗のルールは不明だけど。

 

 

(*続きます)

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ