3-ex1 姉姫様と末姫様。
1ヶ月ぶりです。現在外伝のほうを更新中ですが、本編をあんまり放置しておくのもなんなので番外編を……
3章中編へと繋がるプレストーリーのようなものです
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西国の最西端にある小国の1つに《風森の国》という国がある。その名の通り実り豊かな森と風の精霊に愛された、翠の国である。
昔から風森の国といえば有名なのが《風邪守の巫女》。400年前の勇者達、その仲間の1人であった《風使い》と血を分けた者、《風使い》の宿業を引き継いだ一族の末裔である。彼女達は代々風の魔法と病の治療に長けた優秀な《魔法使い》であった。
特にその中でも先代の巫女エイリア・ウインディは《旋風の剣士》、《ほんものの魔法剣士》と呼ばれ《巫女》としてはやや逸脱していたものの、その勇名は今も世界に轟かせている。
歴代の《風邪守の巫女》がいたからこそ風森の国は「小国なれど侮りがたし」と西国だけでなく、世界各国から一目置かれていたりする。
それで。《風邪守》の運命から解放された今代の巫女、エイルシア・ウインディといえば。
「…………ふぅ」
彼女の溜息が多くなったのは確か、彼女の(このあたりは周囲の認識)召使い(決して執事ではない)の少年が学園におつかいへ行ったっきり帰ってこなくて3ヶ月くらい経った頃だろうか。
「…………はぁ」
「ええい。鬱陶しいわ!」
エイルシアの『癒されタイム』として彼女の膝の上に乗せられ、それでいて紫の長い髪を大人しく弄らせていた彼女の義妹さんは、頭をくちゃぐちゃにされて「いい加減にしろ」ととうとうぶち切れた。
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姉姫様と末姫様。
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ラヴニカ・C・ウインディ。ウインディ家の養女として迎えられた《病魔》の魔人。今は紆余曲折を経て、風森のちび姫様として第2の人生を送っている。ふりふりドレスの幼女。
最近エイルシアに本音をぶつけ合う機会があって以来随分と素直になった。今では義姉であるエイルシアや義母となるエイリアとも良好な関係(妥協も含む)を築いている。
というか。ラヴニカは彼女たち『家族』に対して一層遠慮しなくなった。
「休暇をやる。学園都市へ行って来い」
「……え?」
ラヴニカがいつも偉そう、それでいて可愛らしい(エイルシア談)のはいつものことである。
でもその日、突然彼女に呼び出されたエイルシアは何と言われたのかすぐに理解できなかった。
「ラヴちゃん。いったいどうしたの?」
「言ってる意味がわからぬか? ユーマに会いに行って、そのイロボケ頭を直してこいと言っておる」
「ラヴちゃん!?」
本当に容赦がなかった。
大体エイルシアの悩みの8割以上があの少年のこと、あるいはあの少年に関わっていることだとは、ラヴニカでなくとも見抜いている。
それでエイルシアがずっとぼんやりしているのかというと、実はそうではない。
彼女の場合、雑念を捨てるように公務と修行に明け暮れ、時折癒しを求めてラヴニカに甘やかしに行く(このあたりは主観の違い)。正直誰が見ても過労気味である。
「い、いろぼけって」
「気を抜くといつも思いつめた顔をして溜息ばかりつきおって。見ているこっちが欝になる」
「……そんなに?」
「自覚がないのか? 重症じゃな」
かつての《病魔》はエイルシアの『患った病気』をそう診断した。
「あの小僧のどこがいいのじゃか」
「あのうラヴちゃん? 聞こえているんですけど」
「嫌味じゃからの。……悩んでおるのは、あやつらが来たせいなんじゃろ?」
「……はい」
エイルシアは観念して頷いた。
6日ほど前のことだろうか。風森の国に《勇者調査隊》と名乗る3人組が現れた。
城を訪れた彼等は、王女であるエイルシアに旅の目的は「諸国を巡り初代勇者たちの軌跡を編纂(*書籍を作る材料集め)すること」と告げ、《風使い》のことを色々と調べて立ち去って行った。
「あれは『表向き』の話じゃったからな。あやつらの本当の目的は」
「ユーマさん……いえ。おそらくあの人たちは、この世界に現れた『異界のモノ』を探し回っています」
ボロを出したのは向こう。調査隊の隊長という黒い学生服の少年が風森で起きた『誘拐事件』のことを話題にしたのだ。あの事件は黒幕が不明だったことにより詳細は極秘に処理されている。
要はエイルシアたちは情報操作をしていた。たとえば、誘拐されたのはエイリーク『1人』で、傭兵からは『救出』したとしている。なのに黒服の少年は「『2人』が無事『脱出』できてよかったです」と言った。明らかに事件の詳細を掴んでいたのだ。
「今回はラヴちゃんが巧くはぐらかしましたが……」
「なんじゃ?」
「あの時、もっと彼等のことを問い詰めるべきだったかなって」
「そんなことか。あれでよいのじゃ」
まだ目を付けられるような真似をしないほうがいい。そうラヴニカは言う。
ユーマの前にエイルシア、そして風森の国が『黒幕』にマークされる恐れがあるとも。
「下手に藪をつつく真似をするな。どうせあれは小物。たかがしれとる」
「どうしてそう言い切れるの?」
「あやつらはこの国で決定的なモノに気付かず見逃した。封印されておるはずの《病魔》の魔人をな」
ふん、と鼻を鳴らすラヴニカにエイルシアは複雑な顔をした。
エイルシアはこの義妹の正体が公になることが、どれだけの影響を及ぼすのか想像がつかない。
このことでラヴニカがどんな思いをするのかも。
「また顔に出とる。我のことは気にせずによい」
「ラヴちゃん……」
「今は大人しくしておるではないか。しばらくは『いもうと』をやっておくさ」
「じゃあ今からでも私のこと『おねえちゃん』と呼んで……」
「却下じゃよ。『姉上』」
即答。ラヴニカは甘やかさなかった。
できれば『ラヴちゃん』もやめて欲しいと思っているが、そこは妥協している。
「ううっ……ラヴちゃん酷い」
「何を言っておる。これだけ姉想いの妹はおらぬぞ。近所でも評判じゃ」
「それは……そうなんですけどぉ」
最近のラヴニカの『いもうとぶり』は皆から絶賛だ。公務に街の巡回、《精霊使い》の修行はもちろん、食事の「あーん」もされてやれば一緒にお風呂、着せ替え人形におやすみの抱き枕まで。公私共にエイルシアのサポートと心身のケアをして(させて?)、これまでの彼女の負担を大きく軽減させている。
だからこそエイルシアがいじけはじめた。末期じゃな、とラヴニカは嘆息。
長く甘えることをしなかったエイルシアの加減が効かないのも悪いといえるが、ラヴニカ自身も彼女を十分に甘やかしていることに自覚がない。
最初の頃(第1章)と比べて退行化の激しいエイルシアを他所に、ラヴニカは話を戻す。
「よいかエイルシア。最近お主は働き過ぎだ。だから1度休めと言っている」
「でも」
「そんな状態でなにもかもがうまくいくものか。『あっちの方』も煮詰まっておるのじゃろ?」
エイルシアは黙り込んだ。図星だったから。
彼女が《精霊使い》となって約1ヶ月。精霊の風森を通して《世界》の情報を探りだしてしばらく経つ。
しかし。ユーマを元の世界へ『還す』手掛かりをエイルシアは未だ手にしていない。
「聞いてくれる?」
「かまわぬよ」
「……ありがとう」
こうやって話を聞いてくれる人がいる。
それが今まで1人で頑張ってきたエイルシアにとって、1番の救いなのかもしれない。
エイルシアはラヴニカに、その心の内を吐露する。
「このままでいいのかな? って思う時があるんです」
結局のところ、エイルシアが「自分を救ってくれたユーマの為に」と思ってやっていることは、彼女の独り善がりな部分がないとは言い切れない。
「元の世界に還らなければいけない。それは絶対です。この世界に居続けるほど、ユーマさんは不幸になる」
エイルシアが調べてわかったことの1つに「異世界からの召喚されるものは3パターンある」というのがある。ユーマはその内の1つである《転写体》だった。
《転写体》。そのメリットとデメリットは両方共、人に在らざる異質な特性がある。
「今はまだいい。でも自分のことなんです。きっとユーマさんなら、1年も経たずに『異常』に気付いてしまう」
「不幸、か。そう言い切れぬかもしれぬがな」
エイルシアは《転写体》であることのデメリットを見て「不幸になる」と言うが、ラヴニカは一応メリットもある点を踏まえて口を挟んだ。
《転写体》という存在は、どちらかというと魔人であるラヴニカに近い。
「あやつなら自分を、『バケモノ』と割り切ってしまいそうな気もするがのう」
「……はい。それで私は、ユーマさんの意思を確認していない」
ユーマさん。あなたは、
元の世界に還りたいですか?
ということを。
何故なら、エイルシアが相談する前にユーマが突然、風森の国から離れてしまった。
『お使い』に行ったっきり帰ってこなくて「まさかユーマさん、北からではなく砂漠の方へ行ってないかしら?」と心配していた所(*大正解)、そこへエイルシアの元へ届いたのは一通の手紙。
“しばらく学園でこの世界のことを勉強してきます。心配しないでください”
これにはエイルシアも少年の奔放ぶりに呆気に取られた。それでしばらくの間彼女は拗ねてしまった。
何を拗ねたのかは本人しか知らない。
そのいじいじとした拗ねっぷりといったら3日3晩続き、「きっと妹姫様に乗り換えたのよ」「やっぱり歳の差が!」「可哀想なエイルシア様……」といった感じの噂が当事者たちに知られることもなく(内2人が学園にいるので当然なのだが)、侍女の間で広まるほどだったとか。
「別に置いていかれたなんて……気にしてなんていません」
「なにをぶつぶつと。余計なことを考えておるな。……それで?」
「……あ。はい。手掛かりのこともそうですけど、ラヴちゃんも知っての通り今回はユーマさんのことを探る人達まで現れました。幸いユーマさんは今学園都市、つまり世界の《中央中立地帯》にいるので他国から干渉されることは殆ど避けられるのですけど」
ユーマが《転写体》、異世界の住人と気付かれるとどうなるかわからない。
初代勇者の1人である《剣》。彼のようにユーマがこの世界に都合よく利用される恐れがある。
なにか手を打たなければとエイルシアは考える。
「影で何かが少しずつ動いています。もしかすると。ユーマさんはもう誰かに接触しているのかもしれない」
「姉上殿の悩みは尽きぬというわけか。……打つ手はあるのか?」
「ほんとうのところ。事態はもう、私だけではユーマさんを庇いきれないのかもしれない」
だから。ユーマを守る協力者を集める必要がある。
それも国王レベルの、世界に影響を与えるほどの人物の。
「私に協力してくださる可能性があるは2人。風森の同盟国である《銀雹の国》の王。そして、《聖王国》の末裔であるイゼット・E・ランス様。特にイゼット様は《槍》の名を預かる方ですので、もしかすると《盟約》を通して他の勇者様にも呼びかけてくれるかもしれません」
「そこまで考えていながら何故動かん」
ラヴニカが訊ねると、エイルシアは力なく微笑んだ。
彼女から迷いが見える。
「これこそ私の我侭なのかもしれない、ってつい思ったんです。私だけで解決できればよかった。だけど今私は、ユーマさん1人の為に、しかもユーマさんのしらないところで勝手に、多くの人を巻き込もうとしている」
「エイルシア……」
つまりここへ来て尻込みしたのだとラヴニカは納得した。
行き詰ったわけじゃない。1人で悩んで、迷って、踏みとどまってしまったのだと。
だったら。ラヴニカが『いもうと』としてエイルシアにしてやれるのは1つだけだ。
背中を押してやればいい。
「考えるな。やりたいことをやれ」
「ラヴちゃん?」
「今更なんじゃよ。まずはユーマ、あやつに会ってこい。お主の悩みなど所詮その程度で解決するものじゃ」
「所詮? そんな問題じゃ」
「会いたくないのか?」
「それは……」
その問いかけはずるいとエイルシアは思う。
「思いつめるでない。あやつにすべてを相談せずともよい。今はただ顔を合わせ、話をして、少し気分を入れ替えて来い。それからまた頑張ればよい話じゃろ?」
「でも。国のことかお仕事がいっぱい」
「そうやってまた仕事に逃げるな。あの程度のこと、文官共がおれば十分。なんなら王も使えばよい」
「剣とお庭のこと以外にお父様を頼っても」
「猫の手くらいにはなる」
父には辛辣な娘たち。
「私にしかできない街の巡回が……」
「事前に我の札(*ユーマの魔法カードのこと)に魔力を補充しておけば事足りる」
「お母様は体調がまだ……」
「クリス(*風森の侍従長。ミサの母)がおるわ」
どうしても首を縦に振らないエイルシア。
「国のことは数日くらいどうにでもなる。なんでそうユーマに会うのを躊躇う」
「だ、だって休暇なんてはじめてだし、それに……」
ユーマと最後にあったのは確か――
――おまじないです。寄り道してもいいですけど必ず帰ってきてくださいね
「……」
思い出しては我ながら大胆なことをしたと、エイルシアは顔を真っ赤にする。
あの時以来なのだ。どんな風に顔を合わせたらいいかわからない。
なんとなく事情を察したラヴニカは、「やってられん。付ける薬のない不治の病じゃ」と嘆息をもらす。
「……あの小僧のどこがいいのじゃか」
「あのうラヴちゃん? なんだかおなじこと繰り返してない?」
「ワザとじゃよ。だからさっさとイロボケを直してこいと言っておる」
「だから、そのっ」
埒があかない。
とにかく。ラヴニカはユーマなど二の次でエイルシアを休ませたいのだ。
仕方が無いのでラヴニカはエイルシアに『いいわけ』を与えた。それは1枚の紙だ。
「ほれ。これを見よ」
「これは? “リーズ学園運動会のご案内”?」
「去年は王が保護者としてエイリークの応援に行ったそうじゃな。今年はお主が行ってこい」
「えっ?」
「使命だなんだと深く考えるでない。『王の代理』で『妹の応援に』学園へ行って楽しんでこい。ユーマなどあとはおまけじゃ」
「……」
おまけだなんてそんな蔑ろにすることはできないけれど、正直エイルシアにとって学園に行くというのは、大変魅力的な話なのだった。
彼女は魔人の封印を守る《風邪守の巫女》として、昔からずっと風森の国から長く離れることができなかった。エイリークのように学生であったこともなかったのだ。
(リィちゃんやユーマさんの通う、学園……)
見てみたい。雰囲気だけでも味わってみたい。
そう思わないといえば嘘になる。
更に30分熟考した末、エイルシアはようやく休暇をとることを決めるのだった。
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決めてしまえば不思議と心が軽くなるもので、エイルシアはこの『初めての休暇』に楽しみを抱くようになった。
善は急げ。ここでもラヴニカはその有能な『いもうとぶり』を発揮する。
「よし。では早速旅支度じゃな。ミシェル、ミリイ! 参れ!」
「お呼びですか? ラヴニカ様」
「はーい」
ラヴニカの呼び声に応じてすぐ現れたのは、エイルシアと同じ年頃の若い青年と10歳くらいの小さな女の子。2人ともウインディ家の侍従を務める者たちである。
執事服の青年はミシェル・クリス、侍女服というにはやや簡素なエプロンドレスを身につけた女の子をミリイ・クリスという。2人はあのミサちゃんクッキーで極一部の世界に名を轟かせるエイリークの幼馴染、ミサ・クリスの兄妹である。
ラヴニカの護衛&付き人のいきなりの登場にエイルシアは戸惑いをみせる。
「ミシェルさん? ミリイちゃんも」
「よく来てくれた。早速じゃが用を頼みたい。この度我が姉上が休暇を取るとやっと、やーーーーーーっと言ってくれてな」
「なんと……!」
「おめでとうございます。ラヴさま!」
「どうして2人がそんなに驚くの?」
エイルシアの普段の働きぶりはワーカーホリックと呼ぶべき程。これはラヴニカだけでなく城の者たちの間でもどうも心配の種だったらしい。
「でじゃ。ミシェルには学園都市への行程と日程を組んで貰いたい。ミリイは姉上の旅装と荷物の準備じゃ」
「学園都市……成程。この時期は確かエイリーク様のところで運動会でしたね」
「侍女のおねーさんたちに相談してきます!」
1のことで10以上のことを理解するミシェル。思い立ったが即行動のミリイ。
ミリイがバタバタと部屋を飛び出していくのを見て、ミシェルは少しだけ眉を潜めた。
「見苦しいところを。申し訳ありません。妹には強く叱っておきます」
「よい。あの年頃は元気がある方が好ましい」
と、寛容にのたまう見た目8歳のちび姫様。
「では私もこれで」
「うむ。……あちらのほうも頼むぞ」
「お任せを」
ミシェルは何やら陰謀めいた視線をラヴニカと交わし合い、そのあとで退室した。
再び2人きりになるエイルシアとラヴニカ。
「これで準備は抜かりないであろう。あとは事前にユーマ、はやめておこう。エイリークにでも手紙で報せておけばよいかのう」
「ラヴちゃん? ミシェルさんとは何を」
「なに。野暮用じゃ。…………これで我が計画も速やかに移れるというものよ」
「?」
エイルシアにラヴニカの最後の呟きが聞こえなかった。
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こうした流れでエイルシアは、ユーマとエイリークのいる学園都市へ行くことになる。
この旅支度の準備中に「遂に乗り込むのね」「姉妹決戦よ!」「……修羅場?」といった侍女たちの噂話が立ったのも、「対抗意識を持たせて」「挑戦的に!」「……意外な一面?」という意匠から彼女の旅装がエイリークの騎士服&男装になったのも、当のエイルシアの知るところではなかったりする。
そして。
「さて。邪魔する者はこれでいなくなった。いよいよはじめようかの。ミシェル。ミリイ。最後まで付いて参れよ」
「お任せ下さい、ラヴさま!」
「ご随意に」
エイルシアが旅立ってからの約10日間。この間にラヴニカ、ミシェル、ミリイの主従トリオが起こす『ラヴちゃん革命』(後にエイルシアがこう呼ぶ)が風森の国に大きな旋風を巻き起こすのではあるが、
「ラヴちゃんのお土産。これなんてどうかしら?」
「エイルシア様。学園都市に着く前から買い込むのはどうかと」
旅の道中。護衛の精霊だけを共にして、初めての旅行に浮かれきっているエイルシアは、まだ事態に気付いていない。
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次回「姉姫様と末姫様。あと王様」