3-14c 2次会の前に
伏線伏線伏線。次回が砂漠の王国編のラスト
+++
アギが意外な特技を披露してそのまま観客と皆で歌っていたその頃。ステージを抜けて空を駆けるユーマは攻撃を受けていた。
襲いかかるのは、炎を纏う翼刀。
「チィィィィイ」
「このっ!」
ユーマは《天躯》を使い空中2段ジャンプで回避。《風乗り》で滑空して距離を稼ぐ。
駄目だ。翼刀はユーマの動きに追従して一定の距離以上離れない。自由自在に空を飛ぶ精霊相手に空中戦は不利。
しかも今のユーマは片腕が不自由な上にまともな飛び道具がない。風葉は今もご機嫌斜め。翼刀は尚も追いかけてくる。
「こうなったら」
仕方がないとユーマは左腕に力を込めた。
ゲンソウ術で左腕から僅かに洩れ出す銀の燐光。だけど翼を形成できるほどではない。
出力不足。『ユーマ』では燐光で掌を覆うのが精一杯だ。
「落ちろっ!」
平手打ち。ユーマは正面から来る翼刀を叩き落す。
昨晩何度も受けた攻撃だ。炎は燐光で相殺。なんとかうまくいった。もしも翼刀がもっと速く、複雑な軌道を描いて死角を突いてきたならば、掌だけの狭い展開範囲では防ぎようがなかった。
ユーマは内心で安堵しつつ、なるべく人気がない場所を選んで着地する。
「なるほどね。同じ手は通じない、ってとこかしらん」
「……随分な挨拶ですね」
ユーマの前に姿を現すのは2人の傭兵。
+++
国王付き宰相補佐官なる妙な役職に復帰したミハエル青年。彼は早速レヴァンにこき使われていた。
今は『おつまみ係』である。相棒は《機巧剣》ではなく鍋。炊出しで鍋を振っている。
焼く、蒸す、揚げる。なんでもできる万能鍋だ。再成世界では中華鍋と呼ばれるものに似ている。
しかし巨大な鍋だ。1回できっと20人前は容易い。振るとなるとミハエルが今装着している機械腕でないと無理かもしれない。
「しかし助かります。この鍋、量を作るのは向いてるのですけど、香ばしく炒るには火の回りが悪く火力不足なもので」
「いえ。……大変でしょう」
「慣れてますから」
「……」
何だろう。この青年は自分とどこか共感するものがある。
魔術で巨大鍋の火加減を調節する《心火》の魔人こと教師オルゾフは、王に振り回されるミハエルの苦笑を見てなんとなくそう思った。彼もまた代々リーゼリットの血筋に振り回されている。
マークをはじめとする《C・リーズ学園》の派遣組はすぐに学園に帰還する予定であった。しかし学生たちへの労うからと言うレヴァンの厚意を無碍にできず、結局全員が宴の席に参加することになった。オルゾフがミハエルの手伝いをしていたりマークが余興の司会をしたりしているのはその流れだ。
ふとオルゾフは鍋を持つミハエルの義手に目を遣る。左の肩から下全部が銀の装甲に覆われた、右腕よりも一回り大きい機械の腕。オルゾフは気になる。
「失礼ですがその義手。機巧兵器の類ではありませんね。……もしかして貴方方の言う機巧魔獣と呼ぶそれに近いのでは?」
「……鋭いですね。わかりますか?」
「魔術師としてもたいへん興味深いものでして。金属の割にとても柔軟で機械の割にとても繊細な動きをする。まさに鋼の筋肉のようだ。ピエラ・エルド女史の弟子であるチェルシー・レアメダルの機械腕と比べても技術力に大きな差を感じます」
「まあ……そうでしょうね」
「もしやレヴァイア王の友人であるという『あの』ケイオス・エルドの作品なのでしょうか?」
「すいません。この腕は我が国の機密です。いくら先生といえどお教えできません」
鍋を振るミハエルは苦笑した表情を変えずやんわりと拒絶した。
「ですが『帝国軍のアジトを潰して下さった』先生に免じて1つだけ」
「……何のことかわかりませんが。お聞きします」
とぼけるオルゾフ。彼の秘密は誰にも暴かれてはいけない。
「いいですか?」
ミハエルは宰相補佐官の油断ならないところを見せると、真剣な顔をしてオルゾフに秘密を漏らした。
「『これ』を初めて付けた時に手術をしたのです。とても痛かったんですよ。失禁するくらい」
「……」
「内緒ですよ」
微笑むミハエルに「そうですか」とオルゾフ。はぐらかされたという気持ちは何故か起きなかった。
本当に秘密だったのだろう。ミハエルの笑みはどこか照れがあって昔を懐かしむ気持ちで一杯だった。オルゾフはそう感じる。
(思い出か。そうだな。これこそが400年前の俺達、魔人が持たなかった人の力。その源泉だ)
長い教師生活を経て、彼もまた手にすることのできたその力。
オルゾフは自分の知る、今の時代を生きる同胞たちのことを思う。
《病魔》、《沈黙》。それに《忘却》。彼女たちは人の世界で、ひとつでも幸せな思い出を作ることができたのだろうかと。
前者2人は問題ないだろう。だけど昨晩出会った、彼が殺し損なったあの魔人は。
(《忘却》。お前は今も独りか?)
「良い話でした」
「ありがとうございます」
このあと彼らは黙々と巨大鍋を振り続け、火を熾し続けた。
ところが。
「せんせいー、ナッツできましたかー?」
「……もうすぐだ」
給仕を手伝うミサが料理の皿を手に縦横無尽に駆け回り、
「――!? きゃあーーっ! ミハエルさんその腕! みみみ見せて。分解させて!」
「……日常用の義手は《技術交流都市》に置いてきているのです。分解はやめてください」
食べ物を物色しにきたはずのチェルシーが黄色い声を上げてミハエルの義手に目を輝かせ、
「ようミハエル。ツマミもらってくぜ」
「ああっ、レヴァン様。そんなごっそり」
「シャァ……!」
「睨むな。お前とは因縁もなければ敵対する気もない」
突然現れては炒ったナッツを勝手に紙袋に詰めているレヴァンにオルゾフを威嚇する海蛇。あと食い物はまだかと叫ぶ人達。
2人の周りは何かと騒がしく、忙しかった。
+++
王立研究所のポピラさん。
「……」
みつあみの少女は研究所の片隅に小さな墓を作った。共に戦い機巧魔獣との戦いで命を散らした、『彼』を供養する為の墓だった。
リュガキカ丸の墓
「……」
ポピラは墓石の前で手を合わせ祈りの仕草をすると、研究所の技術士たちも彼女に倣う。
「あなたの尊い犠牲は無駄にしません。欠片は必ず兄に届けます」
舟の破片をぎゅっと握り締めるポピラ。「良い奴だった」「もっとデータが取れてりゃ……」嘆く技術士たち。
こうして研究所を傭兵から守った『リュガ』の名は、本人のあずかり知らぬ所で王国の小さな伝説となる。
どうでもいい話だけど。
あと破片だけになった舟を送りつけられたティムスが『リュガキカ丸』の短くも波乱万丈な一生を《解読》し、呆れとも怒りともつかない複雑な顔をしていたけど。
技術士として供養を済ませたあと。ポピラは整備工場に運ばれる『それ』を見た。それで呟く。
「あれは……いったいどうするのでしょう?」
それは機巧魔獣。ミハエルが核の魔石を引き抜くことで機能停止に追い込み、唯一自爆せず無傷で鹵獲できた稀少な一体。
他にも王国の外にはユーマが撃墜して半壊した要塞級もある。今回の事件における重要機密だった。
ポピラの呟きに答えるのは近くにいた整備主任。
「あれかい。とりあえずウチと《技術交流都市》で調べるだけ調べて封印といったところだな」
「主任さん」
「こいつは世に晒すには危険な『兵器』だ。『次』がある時に備えて対策を立てんとなんともな」
「そうですね。……いったいどんな人がこれを作ったのでしょう」
「……そうだな」
答えはなかった。ポピラは別のことを考える。
(機巧魔獣の体。あれがチェルシーさん経由で母の手に渡らなければいいですけど)
ポピラのその願望が叶わなかったことを彼女が知るのは、またあとの話。
+++
思わぬ鉢合わせ。ユーマに緊張が走る。
《炎槍》は興味深そうに、《氷斧》は相変わらず冷たく無表情にユーマを見ている。翼刀は試したのだろうか?
戦う? それとも逃げる? 襲われた意図が読めないのでユーマはすぐに動けない。2人もだ。
どちらも動かない。考えた末にユーマは砂除けのローブを脱ぎ捨てると、右腕を吊る三角巾を外して油断なく構えを取った。
包帯が巻かれたままの右の拳をいつでも使えるように。
そこへ。
「痛っ! か、風葉! やめて!」
「む~」
風葉はユーマの左腕に齧り付いた。ちょっと強くなったからって喧嘩癖のついたユーマがお気に召さなかったらしい。
「だめですよー。敵じゃありませんー」
「風葉?」
「『風森のちびっこちゃん』の言うとおり。それにしても、そこであの右を躊躇わず使うのね。……とんでもない子」
「え……?」
「『魔銀の力』まで使う《精霊使い》。こんな子が今まで無名だったなんて」
僅かな驚きを含む呆れ声。敵意が感じられなかった。
今の《炎槍》の表情は戦士らしくなく、どこかやわらかい。
「別に喧嘩売りに来たわけじゃないわ。王国を発つ前に坊やを見かけたから声をかけただけ」
「声、ってあれが?」
「あらん。空を走り回ってる坊やを呼び止めるなんて、火燕ちゃんにしかできないわよん」
随分と乱暴な呼び止め方だった。翼刀から分離した火の精霊は《炎槍》の肩にちょこんと乗る。
彼女の精霊である火燕は方翼を上げて「よっ」と同僚の風葉にご挨拶。
「チ!」
「元気ですかー?」
風葉は先輩風を吹かせて後輩(どうも精霊どうしの認識に違いがある)にミサちゃんクッキーを差し出した。喜んで啄む火燕。
風葉がまたどこからクッキーを取り出したかはさておき。
「何の用です? 《炎槍》さん」
「警戒しないでいいわよん。いくらレー君の顔が怖いからって」
「……」
なんと言われようが《氷斧》は無表情。《炎槍》に付き従うこの巨漢は普段何を考えているかよくわからない。
「はぁ。……レー君?」
「話をする前に自己紹介が先かしらね。じゃあ改めて。あたいはアニスタリス・エン。アニスでいいわ。この子は火燕ちゃん」
「チチッ」
「……」
「ほら。レー君も」
「……レークリュス・タロスだ。間違ってもレー君はやめろ」
2人が名乗るのでユーマも自分の名を名乗る。風葉も一緒だ。
(タロス……やっぱり由来は青銅の巨人かな?)
《氷斧》の本名を聞いて変わっているとユーマは思った。でもやはり気になるのは《炎槍》のファミリーネーム。学園の大図書館で調べたことを思い出す。
南国に存在する世界有数の山岳地帯。その秘境の地に住む《エンの部族》と呼ばれる者たち。火の《精霊使い》縁の一族。
確か初代勇者の1人、《弓》がそのエンの女戦士ではなかっただろうか。
「エンの戦士……でも槍なんですね」
「? ああ。《弓》の話ね。飛び道具が向いてなかったのよ」
元《巫女》だし、と彼女。
「それにエンの戦士から勇者が出たのは初代だけ。《弓》も今じゃオーバちゃんが『アロウ』の名を継いでるし」
「へぇ」
「あの不良エルフ娘、傭兵上がりのハンターって経歴があるのよ。あたいの後輩」
「……へぇ」
世界は狭い。ユーマは思った。
流石は1流の元有名ハンター。彼女はユーマが1度会ったことのあるジン・オーバの師、現《弓》の勇者とも旧知の間柄らしい。
それだけではなかった。
「それに思い出したわ。剣士のお嬢ちゃん。あの子風森の、エイリアの娘でしょ?」
「えっ?」
「よく似てるのよ。『剣筋はそうじゃないんだけど』。気性が」
「気性って。……そうなのかな?」
ユーマには判別かつかない。彼は風森の王妃、エイリア・ウインディの眠った姿しか見たことがなかった。
思い出してみると、エイリアの外見は長いはちみつ色の髪といいどちらかというとエイルシアに似ていたと思う。
「どうりで懐かしいと思ったのよ。若い頃風森に行ってはよく彼女に喧嘩ふっかけてたわ。旦那ができてからはご無沙汰だったけど」
「はぁ」
疑問が浮かぶ。《炎槍》の見た目は20代後半。《氷斧》は30代半ばに見えるが彼女は彼のことを「レー君」「あの子」呼ばわりしている。しかも彼女の話が本当ならば20年以上昔に風森の王妃と交流があったということになるのだが。
いったいこの人いくつだろう? なんとなく訊ねてはいけない気がする。
「ま。雑談はこのへんで。……昨夜は見せてもらったわ。機巧魔獣を滅ぼし、1人で戦況をひっくり返した坊やの戦い。坊やの覚悟を」
「っ!」
「最後は全部王さまがおいしいとこ持ってっちゃったけどね」
肩をすくめる《炎槍》。ユーマは急に緊張で体を強張らせた。
見られた。それはもう今更で別にいい。それで彼女は何を言う気だ?
「坊やは英雄になりそびれたわね。あたい達は坊やたちのおかげで侵略者になりそびれたけど」
「英雄なんて。そんなの別にいいです」
「興味ない? じゃあその力、何の為に使うの?」
ユーマは答えない。答えを持ち合わせていない。
「……自覚があるのね。精霊の力を除いても自分の持つ力が『バケモノの域に達している』って。だから『人相手に』力を振るうのは躊躇うし、仲間を切り捨てることができなくても自分は捨てられる。その腕のようにね。違う?」
「……」
ユーマは答えない。無言は肯定と彼女は判断した。
「別に非難してるわけじゃないわ。だけど」
次の《炎槍》の意外な申し出にユーマは驚くことになる。
「力を振るうことでこの先……もしも坊やの居場所がなくなったのならあたい達を頼りなさい。歓迎するわ」
「……っ!?」
「坊やは……いえ、『坊やの中にあるモノ』はあたい達に近い」
それは人の皮を被った何か。例えば彼女達やこの世界の勇者達を象徴する槍、斧のようなヒトの武器。
あるいは《梟》、《狼》といった獣。ヒトでは届かない領域に踏み込んだモノたち。
「……どうして?」
「キー君、《雷槌》のキリンジが坊やのことを高く買ってたわ。あの子も坊やを仲間に引き入れようとしてたみたいだけど?」
「おっさん……」
「実際に坊やの力を見てあたいもそう思った。それでどうかしら?」
「俺は」
《炎槍》の勧誘に戸惑うユーマは、しばらく黙り込むとひとつの答えを彼女に返す。
そして。
「じゃあまたね。2度と会わないことを祈ってあげる」
「……」
結局ユーマはその場で2人と別れた。
最後の《氷斧》の一睨みがユーマの中に強く印象に残っている。彼の僅かな表情の変化から感情が読み取れたのだ。
あれは恨みか妬みか。
再会は3人が思った以上に早く訪れる。
その時ユーマは……
+++
王城の離れにある宮殿――《帝国》時代は後宮だった――は王国の行政機関とも呼べる所で普段は多くの文官が詰めている。
今は宴の席に外へ全員出払っており、そんな物静かな場所に立ち寄る2人の少年がいた。
シュリとファルケである。
「やめろシュリ。引っ張るな」
「いいから」
帝国軍に加担していたことが引け目となって宴に混じれないでいたファルケ。彼を宮殿に連れ出したのは幼馴染だった。シュリはレヴァンに頼まれたのだ。
ファルケが王国を発つ前に『開かずの間』に連れて行けと。
開かずの間。それは王国の建国以来、一度も表舞台に姿を現さない宰相の部屋であった。
「気にならないのか? 宰相様の正体といえば王国7不思議のひとつじゃないか。ミハエルさんたち宰相補佐官の人は絶対に教えてくれないし」
「それは……そうだが」
「だろ? なぁ。これが最後とは言わないけどさ、探検しようぜ。昔みたいにさ」
「……そうだな」
少しだけ口元が綻ぶファルケに笑顔を向けるシュリ。こうやって幼馴染と遊ぶのは何時ぶりだろうか。随分昔だった気がする。
宮殿の奥へ進み目的の部屋に辿り着く。扉を前に緊張する2人。王国の秘密を目の前にしてもう5分くらいじっとしている。
「あ、開けるぞ」
「わかった」
ノックも忘れ2人は不躾に扉を開けた。中は本棚と書物に埋もれながらも整頓された部屋だった。
部屋の主はいた。老年に差し掛かった体の大きな男。きっと彼が宰相だ。
だけどシュリとファルケは、宰相の正体にすぐ気付いて酷く驚く。
「……礼儀のなってない子供達だ。そいういうところは王に似なくていい」
「ああっ!?」
「あなたは……っ!」
呆れながらも静かで威厳のある声だった。玉座ではなく執務用の木の椅子に座る男の前で臣下の礼として膝をつくファルケ。シュリも慌てて彼に倣う。
シュリは覚えている。彼が最後に男を見たのは約7年前。まだレヴァンが反乱軍のリーダーだった頃の話だ。
砂漠の王国の宰相。その正体は王妃サヨコの父、元皇帝である。
王国が建国され新王に『レヴァイア』の名を託したその時。最後の皇族としての役目を終えたと余生を砂に埋もれるようひっそりと過ごすつもりだった元皇帝。しかし。
――楽隠居なんてさせねぇ。『おじいちゃん』はな、国の孫やひ孫の為にしっかり働きやがれ
――私達が国の為にできることは安易に身を引くことではありません。これからなのです。お父様
と新王と娘である王妃に請願され、表舞台に2度と立たないことを条件に今の官職に就くことになった。ファルケの言っていた「皇帝は幽閉された」との噂もこのあたりが原因である。
王国のおじいちゃん(レヴァンが1人勝手に言っている)、宰相となった元皇帝は『帝国貴族』から仕込まれた帝王学(教養は本物。しかし傀儡であったので《帝国》時代は一切振るわれることがなかった)を基にミハエルをはじめとする多くの宰相補佐官を育て、王国をずっと影から支えている。
反乱軍やレヴァンを憎む余りファルケは知らず、また気付かなかった。王国の文官の殆どが宰相を慕う《帝国》の民であったことを。
砂漠の王国は《西の大帝国》、そして《帝国》に連なる国。《帝国》が遺した善きところは王国に受け継がれている。
「陛下っ!」
「やめなさい。今の私は君たちと同じ砂漠の民の1人。娘夫婦に隠居さえさせてもらえないただのジジイだ」
宰相は自らの手で跪いて恐縮する少年たちを立ち上がらせた。それからひとりずつ声をかける。
「君がシュリだね。王とミハエルから聞いている。母思いの立派な少年だと」
「そんな。俺なんて」
「自分を誇りなさい。私は家族を誰1人守れなかった」
「陛、……宰相様……」
感涙で震えるシュリ。
次に宰相はファルケを見た。少年を見る宰相の目はどこまでも優しい。
「そして君が……」
「……」
「ああ。君は本当に父親によく似ている」
「!」
「話は聞いている。君はこの夏、旅に出るそうだね」
「……はい」
なんとか目を逸らさずに答えることができた。ファルケは今の自分を宰相に見られると気恥ずかしいというか居た堪れない気持ちで一杯になる。
ファルケは夏期休暇の残りを自分の心身を鍛え直すことに費やすことに決めた。今度こそ自分の手で誇りを取り戻す為、まずは武者修業の一環として王国を離れしばらく《炎槍》たちと行動を共にするつもりらしい。
今、ファルケは思う。誇りを取り戻したその時。目の前にいる人と次に顔を合わせる時は目を逸らさず、理想の『帝国人』、英雄の息子として堂々と前を向きたいと。
「いつか父のようになりたい。そう思います」
「……そうか。ならば旅立つ君に餞別として話をしよう」
「え?」
「皇帝でも宰相でもない。ジャファル・シュペルの友である老いぼれの話だ」
「!?」
「君の長い旅の指針となればいいと思う。聞いてくれるか?」
「……是非」
おねがいします。言葉にならずファルケは膝を突いて崩れ落ち、涙を流す。シュリは「よかったな」と貰い泣き。
ずっと。ずっと知りたかった。誇り高き軍人で英雄だった父の真の姿を。あの中将の男なんかじゃない、本当の父を知る誰かにずっと聞きたかった。
願いは叶った。もしも。もっと早く少年が宰相と出会えていたならば、彼は迷走せずにすんだのかもしれない。
「ファルケ。長い旅路の果てには、君もいつかはこの国に帰って来なさい。今の王やサヨコ、ミハエルの跡を継ぎ、砂漠の未来を担うのは誰でもない君たちなのだから」
「……はい。必ず!」
ファルケはシュリと共に一生忘れまいと宰相の話を聞いた。宰相は友の忘れ形見を導くことができることに密かに感謝する。
人に会うのを頑なに拒んだ自分を説教し、殴り合ってまで引っ張り出した今の王、彼の婿に。
レヴァンが図らなければ実現出来なかった宰相と少年の邂逅。それは今後の少年たちの糧となる、かけがえのないひとときだった。
+++
エイリークたちとの約束の時間まであと1時間を切った。
レヴァンをなかなか見つけることができないユーマ。彼は今、風葉をくっつけたまま1人王城の屋根の上にいた。
《炎槍》たちと別れたあと、なんとなくひとりになりたかったのだ。
王国全部を見渡せるてっぺんで風葉と一緒にぼんやりしていた。時折ユーマは機嫌の直らない風葉に話しかける。
「別にポピラやミサちゃんのところに行っていいんだぞ」
「いやですよー。わたしはー、ストライキ中ですー」
そう言って風葉はぷいっと顔を逸らす。
「いうこと聞きませんー。護衛のお仕事もしませんー」
だけど報酬はもらいますー、と風葉はユーマの携帯ポーチからミサちゃんクッキーを取り出しばりぼり。これにユーマは「ポピラたちにくっついて行くのは仕事だったのか……」と妙な感想を持った。
『レンタル守護精霊かぜは』。確かに学園では何度もそういうことも頼んではいたけど。
風葉は気の済むまで放置することにした。風森の国に帰るまでに機嫌が直ればいいと思いながら。
国中で行われている宴。その中でレヴァン1人捜し出すのは難しい。だからユーマは捜すのではなく待つことにした。
ぼんやりと。今後のことを考えながら。
「坊主。ここは俺の特等席だって言わなかったか?」
「……あっ」
「にょろっちー」
待ち人が来た。レヴァンは手に紙袋、首に海蛇を巻いてさらにミハエルを連れている。
レヴァンはユーマの隣にどっかり座る。ミハエルは王の傍に控えた。
「ミハエルさんまで……なんです、その腕?」
「元気そうですね。腕の具合はいかがですか?」
「あ。はい。いやだから」
「挨拶なんていいだろ? ほれ」
レヴァンはミハエルの機械の義手に驚いたままのユーマに空のグラスを渡す。
「これは?」
「嬢ちゃんたちに会ったぜ。帰るのにまだ少し時間あるだろ? ちょっと付き合え」
俺たち3人。男同士の内緒話だと彼は言った。
+++