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幻創の楽園  作者: 士宇一
第3章 前編(下)
140/195

3-14b 宴の最中に

遅くなってすいません。しかもまだ続きます

 

 +++

 

 

 レヴァンを探すユーマはとりあえず城を出ることにした。

 

 日除けを兼ねた砂除けのローブを頭から被って《守護の短剣》をズボンの腰に差す。ソードホルダーのあるガンベルトはガンプレートを失くしてしまったのでなし。第一片腕でベルトをするのが面倒だった。

 

 ずっと不機嫌な風葉をくっつけたまま、ユーマは外へ。相変わらず外の日差しは強い。

 

 だけどユーマは「あれ?」と首を傾げた。

 

 心なしか気温が下がっているような気がする。屋内では気づかなかったのだが外の何らかの力で暑さが緩和されているようだ。

 

「これもあの竜の影響かな? さて。レヴァンさんは」

 

 

 気温が下がった分、人の熱気が上昇しているみたいだ。国を挙げての宴会は騒がしく、どこにいても人でごった煮している。皆が何をやっているのかもよくわからない。

 

 その様子はお祭りというより何かのイベント会場のような雰囲気でユーマは少し懐かしい感じがした。昔兄に連れられて行ったことのある野外ライブがみたいだ。確か国内最大の音楽ライブの動員数が20万人だったはず。ちょうど王国の人口と同じくらい。

 

 レヴァンの居場所はすぐにわかった。中央広場。十何万人もの人が集まった中、レヴァンは急ごしらえのステージの上に1人立っている。

 

 王様コールが鳴り響く。でも当の本人が青褪めているのは気のせいか?

 

 

「なにやってるんだろう?」

 

 +++

 

 

「……やべぇ」

 

 宴の席で。レヴァンは追い詰められていた。これは王の威信をかけた戦いだった。

 

 その名も一発芸大会。

 

 

 最初はレヴァンが国民的人気者となりつつある海蛇に「俺のほうがすげぇんだよ!」と言って争い、競いあっていただけのパフォーマンス対決。それがいつの間にか周囲を巻き込んで大事になってしまっている。

 

 そして巻き込まれて、というか飛び込んできた彼女たちが場を異様に盛り上げてしまった。

 

 例えば学生代表のチェルシー。機械の巨腕を使って腕立て伏せからの逆立ち、宙返りとアクロバットな動きを見せたあとは『人間お手玉』でジャグリング。マシンアームのパワーと意外な器用さをアピール。

 

 《レアメダル・メカニック》と協力して行う空中換装をはじめ、奇抜な各種ギミックは技術士や機巧兵器をよく知る者たちを賞賛と批判の両方で唸らせた。「破棄パーツをよくここまで流用した」とか「でも実用性はどうなんだ?」とか。技術士と子供、特に男の子には受けがよかった。

 

 

「次は飛行ショーだよ。アレっく君、フライヤーユニット射出!」

「了解!」

 

 

 チェルシーたち《W・リーズ学園》の学生たちは、ユーマたちと違いしばらく王国に滞在するつもりらしい。技術士の多い彼女たちは実践を兼ねて王国の復旧作業に参加するそうだ。

 

 ユーマはこのあと、王国でチェルシーと話す機会はなかった。

 

 しかし。彼女と彼女の率いる《レアメダル・メカニック》とは、今度はユーマの、そしてティムスの敵として夏期休暇明けの学園祭で再会することになる。

 

 

 傭兵代表で芸をするのは《炎槍》。炎の槍を振り回す演舞であり演武。彼女は情熱的な舞を見せた。

 

 豪快に躍動する炎。あと胸。円の軌道を描く槍と尻。揺れ動く腰布のスリットから露出する脚も、大胆に肌を晒した衣装の彼女が舞えば扇情的で野郎共が燃え上がる。調子に乗った彼女が腰布に手をかけ、脱ぎだそうとした時が最高潮。

 

「サービスよん」

 

 と、言った次の瞬間には《氷斧》が彼女を氷漬けにして強制退場させたけど。《氷斧》は今日1番のブーイングを一身に受けた。

 

 

「寒っ! ちょっとレー君、何するの!?」

「……酔ってるな。いい加減にしてくれ」

 

 

 生き残った傭兵たちは、レヴァンが希望者を募りその多くが王国で労働者として雇われることとなった。

 

 復旧作業だけではない。王国は都市の開発や遺跡の発掘と多くの人手を欲しているのだから。《氷斧》を閉じ込めた時に発見した地下の採掘場だってある。元々傭兵は職にあぶれた体力のあるものばかり。懲罰ではなく雇用だというのだから破格の待遇。

 

 レヴァンは機巧魔獣と共に戦った『戦友』をぞんざいに扱わなかったのだ。傭兵たちもレヴァンと共に戦ったことで彼に畏敬と信頼を寄せている。ましてあの巨大な海竜なんて見せられたら反抗する気にもなれない。

 

 しばらくは国民との間で何かと問題があるかもしれない。でももしかすると、彼らもいずれ王国を家として砂漠の民になるかもしれなかった。

 

 

 もちろん労働も定住も性に合わないと王国を離れる傭兵もいる。《炎槍》と《氷斧》がそうだ。

 

 レヴァンは機巧魔獣を倒し、『王蜥蜴』を食い止めた2人に「せめてもの礼だ」と王の名で2人の功績を認め、ハンターの資格を取り戻すために口利きすることを提案したが《炎槍》はこれを拒否。「むしがよすぎるわよん」とは彼女の言葉。

 

 1度は敵、王国を襲った身だからという理由らしい。彼女はあくまで傭兵として『王蜥蜴』戦の時に交わした報酬だけを受けとった。それも大した額ではない。

 

 

 敵だったり味方だったり。最後までよくわからない彼女だった。この先レヴァンが《炎槍》、アニスタリス・エンという女と会うことは2度とない。

 

 

 《炎槍》が退場したあとも大会は続く。他にも次々と飛び入りで挑戦者が現れるのだが彼女たちに敵う芸達者はなかなか現れない。ちなみにレヴァンは王国代表でしかもトリと決まっている。

 

 時間が経つにつれ盛り上がる観客のプレッシャーが半端ない。ここでスベったら王として終わりだとレヴァンは本気で思った。

 

 

「……おい。ここはひとつ、手を組まねぇか?」

 

 窮地を悟ったレヴァンは卑怯にも自分の首にまとわりつく海蛇に協力を仰いだ。

 

 しかし海蛇は「オレに手はない」とこれを無視。 

 

「相棒だろ? なあ、にょろすけ」

「……」

「って、おい!」

 

 何か気に入らないことがあったらしい。海蛇はするするとレヴァンから離れて壇上に登った。そのまま一匹で芸を披露。

 

 

 海蛇は口から身体の体積を無視するように大量の水を空に向かって吹き出した。水しぶきをあげる水鉄砲は空気中に大量の水滴を撒き散らして太陽の光を反射。それで大きな虹をつくってみせる。

 

 空に描く光のアート。どよめく観客。

 

 砂漠の国では珍しい鮮やかな7色の光に誰もが目を惹かれた。万人受けするその芸に今日1番の歓声。

 

 その中でただ1人「裏切り者!」と恨みがましく海蛇を睨むレヴァン。対して「フッ」とキメ顔(?)を返す海蛇。

 

 これがキラーパスとなった。

 

 

「盛り上がったところでそろそろ参りましょう。本日のオオトリ、王様が満を持しての登場です」

「ここで!? こいつの次でか!?」

「あはは。目で会話してたじゃないですか『場は温めてやったぜ』『おう。あとは任せな』って」

「ちげぇよ!」 

 

 臨時の司会を務める黒衣の魔術師は朗らかな笑顔でスルーパス。レヴァンは海蛇に芸のハードルを高く上げられたまま、1人ステージに立たされた。

 

 期待に満ちた観客の視線が痛い。古くからの仲間は「スベろ!」とマジコールするので本気でイラッとくる。

 

 レヴァンの周りだけ異様な空気が包み込んだ。マズイ。何をしてもスベる。レヴァンは確信した。そもそも宴会芸レベルの彼に海蛇やチェルシーたちを上回るネタなんて持ち合わせていない。

 

 

 歌? 駄目だ。新曲『サヨコさんバーニンラブ~第29章~』はとっくに披露している。

 

 踊る? 脱ぐ? もっと駄目だ。彼の肉体美(?)では《炎槍》に勝てはしない。つーか40近いおっさんが脱ぐな。

 

 

 ミハエル! こんな時「レヴァン様。これを」と助け舟を寄越してくれるあいつはどうした! 

 

 *彼は王命で裏方、雑務をこなしています 

 

 

 絶体絶命。レヴァンはもう『《盾》を使った芸』ができないというのに。

 

 

 スベる。落ちる。

 

 何が? って王の威信とか人気が。

 

 ペットに負ける失笑王。嫌なフレーズがレヴァンの頭をよぎる。

 

「王様?」

「あ? ……ああ」

 

 奇跡を。レヴァンは願う。

 

 今こそ伝説の大海竜を喚び戻す以上の奇跡を。レヴァンは笑いの神に請い願う。

 

「……」

 

 もちろん笑いの神はレヴァンに降りてこない。この世界。神は殺されたことになっている。

 

 

「――ッ!」

 

 にょろっと来た。神の代わりに現れたのは相棒。海蛇は再びレヴァン首に巻きついた。

 

 海蛇は何も語らない。だけど『繋がっている』レヴァンには海蛇が何を伝えようとしているのかが手に取るようにわかる。

 

 

「……そうか。わかったぜ相棒」

 

 行こう。レヴァンは覚悟を決めた。

 

 +++

 

 

 真剣な眼差しを観客に向ける、時折レヴァンの見せる威圧感に国民は息を呑む。ユーマもまた。

 

「レヴァンさん?」 

 

 何をする気だ? 観客の期待が高まる中でレヴァンは叫ぶ。

 

 

「10番! 王様、いきまーす!」

 

 レヴァンはステージから跳んだ。それから『跳んだ』。

 

 《蜃楼歩》だ。レヴァンは皆の前から姿を消した。それから、

 

 

 沈黙。

 

 

「「「……」」」

「「「はぁ!?」」」

 

 逃げた。まさかの王様エスケープに騒然。ドタキャンにも程がある。

 

 期待を裏切られた国民たち。宙ぶらりんとなったこの場を一体誰が仕切って、どう締めてくれるというのか。下手をすると観客が暴徒と化すかもしれない。

 

 問題ない。『代役』は既に海蛇が用意していた。

 

 

「あ。レヴァンさんの行方がわかんなくなった。……風葉?」

 

 ユーマは気付いた。捨てられたと不貞腐れていた風葉がいなくなっている。『おうち』に帰った感じもない。

 

 どこへ行った? ユーマがきょろきょろと周りを見たその時。

 

 

「11ばんー。かぜはー!」

 

 

 発見。風葉はいつの間にかステージの上にいた。小さいので姿はよくわからないが《拡声》を使って大声を出している。

 

 海蛇に頼まれた風葉はレヴァンの代理として、とっておきの芸を披露した。

 

 それは、

 

「かぜはー、げきじょー」

「やめろぉぉぉぉ!」

 

 この場面で誰にも理解されない身内ネタの暴露ネタなんて。イタイ。イタすぎる。

 

 ユーマは絶叫しながら《高速移動》、《天躯》の空中機動コンボでステージに乱入した。

 

 

 罠にかかった。

 

 

 風葉を止めるためとはいえ、ユーマはステージの上に立ってしまった。スベりやすい魔の巣窟へ。

 

「来ちゃったね。それじゃあユーマ君。君は何をしてくれるのかな?」

「マークさん。……え?」

「がんばってくださいー」 

 

 罠だ。嫌がらせだ。ユーマに握りつぶされて首だけの風葉が笑みを浮かべている。どこか邪悪。

 

 ユーマは10万人を超える人の視線を浴びた。レヴァンも味わったプレッシャーが彼を襲う。

 

 マズイ。精霊の援護なし、ガンプレートなしのこの状況。いきなりネタなんて出るものじゃない。

 

 

 こうなったら。

 

 

「12番。ユーマ・ミツルギ。小話をひとつ。……あの日、友達のA君の行きつけの店に1人呼び出された俺は、真剣な顔をしたA君に『なぁ、デートってどうやるんだ?』てマジな相談を受けたんです。それで俺がA君の為にとっておきのデートプランを企画したその3日後。A君は……」

「やめやがれぇぇぇぇ!」

 

 ステージ上のユーマに酷い形相で飛びかかる青バンダナのA君。彼もまた見事に罠にかかった。

 

「よし釣れた! あとよろしく!」

 

 バトンタッチ。ユーマはアギのタックルを躱すとレヴァンを探すべく空を駆け、ステージをあとにした。

 

「てめっ、待ちやがれ、って……え?」

「あはは。それじゃあトリをお願いするね」

 

 13番アギ。代理の代理、その代理のオオトリ。

 

「張り切っていこう」

「……マジかよ」

 

 彼が観客の前で披露した芸とは?

 

 +++

 

 

 話は前後して。ユーマより先に城をあとにしたエイリークとアイリーン。

 

 初めて王国の街並みを見るアイリーンは最初もの珍しそうにしていたが、中央広場に集まる人の数にびっくり。雑踏を抜けるだけで2人はぐったりとなった。

 

「……すごい人の数でしたね。学園祭を思い出します」

「ポピラは研究所、ミサは前に手伝った新開区の食堂に行くって確か言ってたわね。……あー。こんな時PCリングの通話機能が使えればいいのに」

「ほう?」

 

 呼んだ? とエイリークの携帯ポーチ、その中にあるリングから飛び出してくるのは手のひらサイズのしろい梟。彼女の幻創獣だ。

 

 梟の『しろ』はエイリークの頭の上にちょこんと乗った。

 

「何よ。別にアンタは呼んでないわよ」

「……zzz」

「寝ないで」

「ほう」

「痛っ! だからって髪を引っ張らないで」

「ほーぅ」

「いつ見てもその子は変わっていますね」

 

 他の幻創獣とは違い特別に簡単な思考プログラムを持つ『しろ』。エイリークとは迷コンビだったりする。

 

 瞳までまっしろでぽわぽわ。「ほう?」と首を傾げる仕草なんかして愛嬌がある。

 

「可愛い子ですね」

「どこが! いっつも髪を引っ張るのよ。こんなのをユーマのやつは」

「ユーマさん?」

「うっ」

 

 押し黙るエイリーク。『しろ』をユーマから譲ってもらったことが内緒、という訳ではない。

 

 ただなんとなく。

 

「……」

「……ふぅ。貴女には聞きたいことが沢山あるのですけど」

「何よ」

「例えばあの時。先を行った貴女がどうして最後になって、しかもオルゾフ先生と一緒に王国へ帰って来たのですか?」

「それは、……道に迷ってたら偶然……」

「……まあいいです。でもこれだけは教えてください。どうして彼のこと、避けるのですか?」

「っ」

 

 アイリーンが核心を突いた。エイリークは息を呑む。

 

「『あんなにまで』なって王国のために戦ったのです。失礼ではないのですか」

「本当にそう思ってる?」

「えっ?」

 

 今度はアイリーンがドキッとした。思い出す。

 

 

 身の毛がよだつ咆哮。醒めた声。透き通った黒い瞳の色。

 

 機巧魔獣が逃げ出すほど、滅ぼすほどの圧倒的な暴力。

 

 それに触れるだけで崩れてしまうような、無残なかたちをした腕のようなモノ。

 

 

 優真あれを見て怖くなかったといえば嘘になる。でも、

 

 

 ――やっぱりこんなの暴力だ。あと少しで……

  

 

 アイリーンは信じたい。あの時、初めて手合わせしたあの時の、泣きそうになった顔を見せた『ユーマ』こそが本当の少年なのだと。

 

 

「だけど。ここで私達が避けてしまったらユーマさんは」

「わかってる。違うのよ。そうじゃない」

「エイリィ?」

 

 避けているわけじゃない。エイリークは自分を責めているだけ。その理由をアイリーンは理解することができない。

 

 

 アイリーンは知らないから。ユーマが異世界から来た《転写体》だということを。

 

 アイリーンは違うから。彼女は剣士、戦うことしかできない戦士じゃないから。

 

 それに。アイリーンは交わしていないから。

  

 

 ――ユーマさんが無茶するのを止めて欲しいの

 

 ――面倒をみてあげるわ。アタシやアイリィ、アギやポピラ。みんなで

 

 

 ――お願い。……ユーマさんに拳を、それを使わせないで

 

 

 彼女と。大事な約束を。

 

 

「ねぇアイリィ。今回アタシたちは……」

「ほう!」

 

 突然『しろ』が鳴いた。まるで危険を告げるように。

 

「おい。見ろよ」

「ヘヘッ」

 

 人混みを避けたのがまずかった。彼女たちの行く先を阻むように現れるガラの悪い男たち。値踏みするように2人を見ている。

 

 おそらく傭兵。酔ってる上に武器まで所持している。

 

「絡まれるわね。話はあとよ」

「……仕方ありません」

 

 タチの悪いナンパなんて慣れたものだ。エイリークが威嚇で剣に手をかけたその時。

 

 

「不埒な真似してんじゃねぇ!」

「シャァッ!」

 

 『跳んで』来たレヴァンの飛び蹴りと海蛇の噛み付き攻撃が傭兵たちを強襲。

 

「どわっ!」

「れ、レヴァイア王!?」

「ぶっ! わぁぁぁぁっ!!」 

「酔い覚ましだ。しっかり浴びとけ」

 

 海蛇の水鉄砲を頭から被る傭兵たち。すると。

 

「……あれ?」

「なんだかスッキリ」

「おい。つまんねぇことしてねぇで向こうで皆と騒いでこい。別に傭兵だからってこそこそしなくていい」

「はあ……」

「行けよ。じゃねぇと10万超えの観客の前で一発芸させるぞ」

「し、失礼しました!」

 

 毒気を抜かれたようにきょとんとするずぶ濡れの傭兵は、レヴァンの一言で一目散に逃げ出した。

 

 

 レヴァンは傭兵たちを見送ってボリボリと頭を掻く。エイリーク達は何度目かわからないが、やっぱりいきなりのことに呆然。

 

「……ったく。にょろすけの『目』があるとはいっても警備の数増やしとくべきだったか」

「王さま?」

「嬢ちゃん達もだ。また砂除けのローブ被ってねぇじゃねぇか」

「あっ」

「美人さんは顔隠しとかねぇと危ないんだぜ」

 

 冗談交じりに注意するレヴァン。その間海蛇はエイリークの頭の上をじっと凝視している。「ほう?」と首を傾げる『しろ』。

 

 海蛇は幻創獣をみて「EWGシステム。しかも紛いモノか」とすぐに興味を失くした。餌にもならないと思ってレヴァンに突っ込まれる。

 

「お前、人のペット食おうとするなよ」

「……傭兵たちのあの様子。先程の彼らに浴びせた水は、もしかして《清水》ですか?」

「あ?」 

 

 レヴァンの代わりにアイリーンの問いに答えるのは海蛇。「詳しいな。魔銀の娘」といった感じで頷いた。

 

「《清水》って?」

「清めの水。そのままの意味です。人に使えば身体や精神の異常を清める働きがあります。魔力の狂気さえも中和できる、水属性の精霊のみが精製できる魔法の水」

「ん? ああ。『王蜥蜴』の奴もその水で押し流したらしいな。これで魔獣もしばらく大人しくなるだろうって……マジかよ」

「そんな」

「うそ」

 

 海蛇の言葉を通訳するレヴァンを含め皆が驚く。《清水》は特効薬の材料として恐ろしく稀少で高価な代物だ。市場に出回るのも少量で小瓶でさえ例えば『リュガキカ丸』が2隻は作れるほどの値を張る。

 

 それを津波を生み出すほど大量に精製するなんて。

 

「……(ごくっ)」

 

 海蛇はレヴァンの邪な念を感じて首筋に噛み付いた。

 

「シャァーッ!!」

「痛ぇ! わーた、わーってるよ。商売に使わねぇって。ウチは貧乏で大所帯なんだぜ。億万長者なんて夢くらい見てもいいじゃねぇか!」

「でも。それほどの力があるのなら」

 

 アイリーンは思い切ってレヴァンと海蛇に頼み込む。

 

「レヴァイア様。陛下のその力でユーマさんの腕を癒すことはできないでしょうか?」

「何?」

「アイリィ?」

「お願いします」

 

 真剣な面持ちで頭を下げる彼女にレヴァンは、

 

「……悪いが。今の俺じゃ無理だ。《精霊使い》だの《巫女》だの、なったばかりのオレじゃこいつの力を引き出せねぇ」

 

 レヴァンは2人に正直に答えた。相棒である海蛇を見る。

 

 この海蛇は上位精霊レヴァイアサンの力を抑えた分身体と呼べるもの、精霊の風森にとっての風葉に近い。本体である海竜は王国の地下、《西の大帝国》の水道網に身を潜め、眠らせている。

 

 水道網は元々大帝国の民が上位精霊の為に用意した巨大な魔法陣、《精霊器》だった。

 

 『王蜥蜴』の時はあらゆる手を尽くし、裏技まで使って無理矢理喚び出したのだ。契約は済ませたものの、下位レベルの海蛇ならまだしも海竜の力を使役するとなると今のレヴァンでは不可能に近い。

 

「そうですか」

「そうがっかりするな。それに坊主は……」

「レヴァイア様?」

「……いや。相談するなら俺よりも、頼りになるのが嬢ちゃん達にはいるじゃねえか」

「えっ?」

「《風邪守の巫女》」

 

 はっとする2人。

 

 いや。エイリークの表情が僅かに強張った。

 

「風森の姫さんは《精霊使い》で《巫女》。いわば俺の先輩だ。今は魔女のおちびちゃんもいる。坊主のことはなんとかしてくれるだろう」

「魔女?」

「姉さま……」 

 

 よくわからなかったアイリーン。逆に話を理解したエイリークは「わかった」とぎこちなくレヴァンに頷いた。

 

 

 風森の国へ。

 

 だけど。できることならユーマの腕をエイルシアに見せずに済ませたかったとエイリークは思う。

 

 

「どうした?」

「……いえ。アタシ達、今日中に国を発とうと思います。《門》の開放をお願いしてもいいですか?」

「そうか。いいぜ。俺の方から連絡しておく。ただ銀雹は遠いな。北国へは中継地点の国になるが」

「お願いします」

 

 こうしてユーマより先にレヴァンと会った彼女たちは、《転移門》の使用許可を得て帰り支度の要件をひとつ片付けた。

 

 

「また後でな。ステージの観客が俺を待ってる」

「はあ」

「いくぜ……っと、いけねぇ。聞き忘れてた」

 

 レヴァンは《蜃楼歩》で跳ぶ前に2人に訊ねる。

 

「王さま?」

「昨晩《2重転移》の罠にかかって捕まっていた傭兵と、みつあみの嬢ちゃん達にやられて王立研究所で寝転がってた傭兵が『すべていなくなっていた』。何か知らねぇか?」

「……っ!」

「って、嬢ちゃん達に聞いてもわかんねぇよな。でももしかすると《帝国》関連でまだ何かあるかもしれねぇ。だから気をつけてくれよ」

 

 じゃあな。レヴァンと海蛇は2人の前から消えた。 

 

 

「……」

「エイリィ?」

 

 エイリークは返事を返さない。彼女は傭兵を逃した人物に心当たりがあった。

 

 

 黒い詰襟の学生服に腰に提げた黒い長剣。どこかユーマと似た雰囲気を持つ少年とその仲間。

 

 それでいてユーマをバケモノと呼んだ彼は、

 

 

(いつか。アイツはユーマの前に現れる。だけど)

 

 

 だけどその時。アタシに何ができる?

 

 思わず掴んだ剣の重さは、いいようのない不安を払拭するにはあまりにも軽く、頼りなかった。

 

 +++

 

 

 一方。神は降りた。

 

 あるいは女神だったのかもしれない。

 

 

「いいぞ。アギー!」

「アンコールだー!」

 

 ユーマの罠にかかり10数万人の観客の前で芸を披露するはめになったアギ。窮地に陥った彼を救ったのは歌だった。

 

 アギは歌った。《歌姫》の彼女に教わった、砂漠を渡る旅人の歌を。初めて聞く歌に誰もが耳を澄ます。

 

 

 家族を想う旅人が月に聞かせる故郷の歌。その歌は砂漠の夜の冷たい世界を歩く旅人にぬくもりを与えてくれる。

 

 恋人を想い倒れた旅人が捧げる愛の歌。その歌は太陽の下、乾ききった旅人の心に潤いを与え、再び歩む力を与えてくれる。

 

 旅人がどんな困難も歌を共に乗り越え砂漠を渡る、そんな歌だ。

 

 

 アギの歌声はともかくメロディは最高。砂漠の民向けの歌詞も悪くないむしろいい。アンコールからはバックコーラスとミュージックがついて勝手に盛り上がっていく。

 

 歌は少年を救う。アギはスベらず見事オオトリの勤めを果たした。

 

 

「た、助かった……俺が歌ってこれだ。やっぱあいつの歌すげぇよ」

「おつかれ様。でもアギ君。みんなが君を待ってるよ」

「先輩……。いいぜ。こうなったらあいつの代わりだ。やってやるぜ」

 

 

 俺の歌を聞けぇ! と言わんばかりに叫ぶアギ。ステージはクライマックスの最高潮。

 

 

 

 

「……俺の歌だって本気出せば」

 

 戻ってきたら出番がなくなっていた王様は、海蛇に慰められた。

 

 +++

 

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