0-10 練金科の兄妹
ユーマ、ブースターを創ってもらう
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「……であるから《魔法》は魔力の質によって威力が増減されるがそれは微々たるものだ。術式を安定して発動できるのが魔法の利点といえる」
午前中最後の授業。
「自分以外を対象とするイメージの難しい補助系統や回復治療系統の術式は魔法の方が効率が良いのはそのためだ」
今日はオルゾフ先生の魔術講義だった。
「しかし、攻撃の術式や生活で使われる術式はゲンソウ術が優れている場合も多い。攻撃に関しては術者のイメージ次第で初級術式でも中級以上の高い威力や変化を与えることもできる。魔法ではそこまで威力を上げることも自由に魔術を運用することができない。次に生活用の術式だが、たとえば《灯火》の術式。この基本IMは何だ?ミツルギ、答えろ」
当てられたユーマ。でもこのあたりはしっかり予習していた。
「はい。火と明るい光、周囲を照らすもの、です」
「そうだ。ただし、《灯火》は『周囲を照らす光』で構わない。屋内の照明にも使われるこの術式は火の持つ熱や燃える性質は必要ない。慣れれば明かりだけをイメージすればいいのだ。屋内で《灯火》が利用できるのはこの『曖昧な火』を創造できることにある。魔法ではこの曖昧さが不可能で必ず《火》を作り出してしまう。魔法の魔術と比較するゲンソウ術の魔術の利点は他にもあるが……」
1度話を止めるオルゾフ。教室の生徒の大半がそわそわしている。
「そうか、今日は『あの日』か。次回までに生活用の術式とその基本IMのレポート1枚を提出するように。……5分前だがいいぞ。行って来い」
喜び叫ぶ生徒たちを尻目にユーマは飛び降りた。
3階の窓から。
「風葉!」
「はーい」
下方に向けて《突風》を起こして軟着陸するユーマ。
そのまま《高速移動》で渡り廊下を走り抜ける。
「ここは通さねえぜ」
「アギ!」
途中アギが立ちふさがった。身構えるユーマ。
「お前が風葉達を使ってくるのはわかっていた。足留めさせてもらうぞ」
「……どうして俺より教室を出るのが早かった?」
「ふっ、授業はさぼった」
「出ろよバカ野郎!」
アギ相手に正面突破は無理だ。ユーマは《天駆》を使って宙を駆け上り、アギを飛び越える。
「ちいっ、後は頼むぞリュガ!」
「……リュガもかよ」
今度からは2人と手を組んだ方がよさそうだとユーマは思った。
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今日は週に1度の『購買部ビックリサービスデイ』。
普段の商品が大量に出荷される上に割引されるお得な日。この日じゃないと出てこないびっくり商品もある。
普段は食堂派の生徒もこの日は人気のパンが手に入りやすいので購買部を利用することが多い。
だから激戦になる。誰もがライバルを蹴散らし、目当ての品を大量に求めるのだ。
ちなみにユーマの狙いはフィッシュドッグ。
白身魚のフライにタルタルソース。さらに特製マスタードの組み合わせが絶妙の一品。今日の昼食はこれにしようとユーマは決めていた。
「廊下をそのスピードで走るなミツルギ! ……まさか貴様、この日に3つしか出ない俺の『大怪鳥ギガグリルサンド』が狙いか!!」
「違う! 先生は授業はいいのかよ。まだ3分前だぞ」
「今日は自習だ。当然だろ」
「それが教師のやることかぁああああ!!!」
立ちふさがるは格闘技顧問の緑ジャージ。
この人相手では《天駆》では躱せない。ハエたたきのように叩き潰されてしまう。
「……いけよ。ユーマ」
「えっ?」
突然現れグルールを抑え込むリュガ。
「ボロス先生が自習にしたクラスはもう購買だ。俺じゃもう間に合わない。でも、お前のスピードなら!」
「ありがとう。リュガ!」
隙を突いてユーマは走り抜ける。ありがとう、戦友。
「しまった! キカ、貴様……」
「俺はデミグラスサンド、アギはトリプルコロッケだ。頼むぞ!」
授業終了のベルが鳴ると同時に購買部に辿り着くユーマ。すでに行列ができていた。
でもここで諦めたら戦友たちに申し訳が立たない。
「うらああああ!!」
ユーマは風葉の力を借りて跳んだ。生徒たちを飛び越えて購買部のおばさんの前に立つ。
「デミとトリコを3つずつ。あと『ユポン魚のフィッシュドッグ』3つ!!!」
ユポン魚は南方に生息する深海魚だ。実物はユーマも知らないが触手を持つ魚らしい。
この戦、勝った。そう思ったけど。
「そこおっ、割り込むなぁ!」
《旋風剣・疾風突き》
ユーマを吹き飛ばすのはエイリーク・ウインディ。ついでに生徒の行列も割れた。
「……予約していた『フルーツパフェサンド』と『大怪鳥ギガグリルサンド』ください」
「はいよ」
パンを受け取るエイリーク。
「……」
C・リーズ学園高等部の購買部は、お値段そのままにパンの予約を受け付けています。
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練金科の兄妹
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「どうして購買部の予約使わないのよ?」
「それは邪道だ。戦って勝ち取ることに意味があるんだ」
能力測定日から1週間。ユーマが学生ギルドから依頼を受けて3日が経つ。
今日は以前アイリーンと約束した学生ギルド公式依頼を実行する日だった。
アイリーンはエイリークと2人で依頼を受けるつもりでいたが、ユーマは飛び入りで参加することになったのだ。
「今日の依頼は私達3人なら難度がかなり低くなるでしょう。だから私は新しい術式を試すつもりです。……それにしても」
アイリーンはユーマの腰のあたりを見る。
「それが貴方のブースターですか?」
「そうだよ。まあ、武器に近いかなこれ」
「?」
そう言われても彼女にはそれが武器には見えなかった。
ユーマはいつものように腰の背面に《守護の短剣》を差しているのに加え、右腰と左腰のホルダーに金属板を数枚ぶら下げている。
右腰の金属板は「へ」の字に曲がったような形をしている。片側はグリップのような滑り止めがついていてもう片側の先端と下の方には縦にスリットがある。
まるで『銃のようなもの』。引き金はない。
左腰の金属板は形の揃った長方形。色違いの物が5枚ある。
「今日はこれを使うよ。実戦データが欲しいって製作者も見に来てるし」
ユーマの視線の先には茶髪と黒髪の双子がいる。
「エルド兄妹!? あの2人に頼んだのですか?」
「うん。昇級試験が近いせいか頼める人がいなかったんだ」
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昨日の放課後。
ユーマは練金科の実験棟に向かった。ブースターの製作を依頼するためだ。
「こんにちはー」
「帰りな」
速攻で断られた。
「いや、ちょっと待って」
「お前、俺達のこと知ってるのか? この天才兄妹のことを」
「うん。腕が良いのに暇してるって聞いた」
「……」
「馬鹿ですね」
ユーマが訪ねた2人は髪の色こそ違うが顔立ちがよく似た双子だった。
茶髪の長髪が兄のティムス・エルド。ブースター本体の製作と修理・改造を担当。
年齢は15の3年生。飛び級の天才。
黒髪のみつあみがポピラ・エルド。ブースターに付与する術式の構築と調整を担当。
口癖は「馬鹿ですね」
「ちっ、名前は?」
「ユーマ・ミツルギ。最近編入してきた」
「ユーマつうとお前か? 《ドラゴンライダー》の上位に最近ランク入りしたのは? 3面のボス相手に面白い飛び方したんだってな?」
「インメルマンターンか。もうちょっとでできそうなんだけどな」
《ドラゴンライダー》は飛竜に乗って竜騎槍と飛竜のブレス攻撃で空中戦を展開する仮想体験ゲームだ。最近アギやリュガに教えてもらった。
インメンマルターンは縦方向にUターンする空中機動でユーマはこれで追いかけられたボスキャラの背後をとろうとしたのだが、旋回中に飛竜から落ちたのだ。
「馬鹿ですね。あの動きをやるならば物理的に飛竜の速度が足りません」
「まあ、久々にあのゲームのランキング変わったし面白い馬鹿は嫌いじゃない。……それで何の用だ、《精霊使い》」
兄妹はユーマのことをある程度知っているらしい。
「ブースターの製作依頼と見積りを」
「10万からだ」
ティムスは即答。
「調整でも1回1万。俺達に依頼するならそのくらい用意しろ。話はそれからだ」
「……じゃあ、これで」
ユーマは自分のクレジット・カードを見せた。ポイントは126028とある。
「何? 魔獣狩りでもしたのか?」
「いや、土砂崩れした道の復旧工事と古文書の意訳をね」
ユーマが学生ギルドで受けた依頼はこれだった。魔獣狩りは遠方に1人ではリスクが高すぎる。
「砂更、砂の精霊の方だけどこいつが博識で古代語にも詳しいんだ。あと土砂や岩も砂にして運んでもらった」
《白砂の腕輪》で砂にすれば後は砂更が操作して運ぶだけだ。
土砂の量も規模も関係ない。3日かかる仕事が1時間で終わり、手当てを3日分貰った。
「ったくいいモン持ってるじゃねぇか。確かに古文書の意訳は内容次第じゃ1冊10万行くかもな。いいぜ。どんなブースターが欲しいんだ? 話くらい聞いてやる」
ユーマは2人に『銃のようなもの』の形を説明する。
「何だそりゃ。そんな金属の板きれを俺達に頼むのか?」
「馬鹿ですね」
「なるべく形と重さ、質感を再現してほしいんだ。似たような物がないから説明が難しい」
自分に馴染んだものだからオーダーメイドでも欲しいと兄妹に伝える。
「ちっ、金属板の加工なんてこんなの5千もしない仕事だぞ。今ここで創ってやる。おい、この水晶球に触れて《それ》をイメージしろ。俺がそれを『読み取って』《練金》してやる」
ユーマは言われたとおりに水晶球に触れてイメージする。ティムスはその間に合成金属の板を持ってきた。
「どれ。おっ、思ったよりも変な形じゃねえな。昔あったっていう《銃》みたいだ」
イメージの形を読み取ったティムスはその形状に興味を持った。
「このはっきりとイメージされてる『エンブレム』はどうする? 装飾は別料金だぞ」
「それはいい。俺にはまだ似合わないから」
「……分かった。もういいぞ」
水晶球から手を離すユーマ。ティムスは水晶球と金属板を手にした。
「いいか? 想像と創造の合成。これが『錬金術』だ。ゲンソウ術のなかでも本当の《幻創》と呼べるのはきっとこれだと俺達は思ってる。……お前の『想像』は大したものだ。あとは俺が最高なヤツを『創造』してやる。いくぞ!」
ティムスの両手が輝き、一瞬の鋭い光がユーマの視界を奪う。
次の瞬間にはもうティムスの手にはユーマのイメージ通りの金属板があった。その早さこそ《天才》の実力。
ユーマは手渡された金属板のグリップにあたる部分を握り、振りまわしてみる。
「どうだ?」
「……すごいや、イメージ通り」
『実物』と同じ感触に感嘆の声を上げた。
「どこかで『試し撃ち』できないかな?」
「馬鹿ですね。まだ補助術式の付与はしていませんよ?」
本当にそれはただの金属板ですよ、とポピラ。
「いいんだ。これならきっと《補強》で十分使える」
「……隣の部屋を使え。的ぐらい用意してやる」
確かにブースターは突き詰めればイメージ補助の道具だ。思い入れがあればがらくただって効果は望める。
ティムスは金属板を持つユーマに興味を持った。
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ユーマは金属板を手に的の前に立つ。
ティムスの仕事は最高だった。ユーマは形だけでもここまで《これ》を再現してくれるとは思わなかったから。
金属板はイメージで《補強》して扱えばこれは自分だけの武器になる。その確信がユーマにあった。
「いくぞ」
的にスリットだけの『銃口』を向ける。
トリガーはない。この武器の引き金は心で念じる魔法の呪文。
風葉のおかげで身に付けた風属性の適性。ユーマは唯一操れる属性のイメージから攻撃術式を撃ち放つ。
「風弾!」
『銃口』にあたるスリットから撃ち出される《風弾》。
小さくも鋭い風の銃弾を6連射して的を撃ち抜くとユーマは『カートリッジ』のリロードをイメージ。
「次!」
次の的は厚い金属板。この的を前にユーマはイメージをさらに《補強》する。
(風よ集いて螺旋を描け。この一撃で撃ち貫け!)
「はあっ!」
螺旋を描く風弾は貫通弾のイメージ。金属の的を風弾が貫き撃ち破く。
「次!」
今度は複数の的。ユーマは次のイメージで竜巻を撃ち放つ。
「ストーム・ブラストぉ!!」
この世界ならば《旋風砲》と呼ばれる術式だ。的の半分を吹き飛ばす。
「風刃!」
ユーマは金属板を横に振るう。
金属板の『銃身』の部分、その下のスリットからカマイタチが発生。残りの的を1つ残して真横に切り裂いた。
「ラストぉ!」
最後に残した的にユーマは接近。
スリットから発生する《風刃》を維持した風の刃で的を縦に切り裂いてテスト終了。
ユーマは結果に満足した。
「うん。これだけ再現されてると風属性なら風葉の魔法なしでも十分に扱える。これいくらになる? 実はあれが全財産だからこれ以上は無理なんだけど」
「「……」」
エルド兄妹は絶句している。
「……馬鹿ですね。魔術師でないあなた自身は大した術式は使えないはず。なのに補助術式もないただの金属板で数種類の術式を撃ち分けるなんて。既存の《インスタント》のブースターなんて比べ物にもならない」
「銃のようなものだとは思ってはいたが近接戦にも対応しているのか? ……それに『これだけ再現』『風属性なら』だと?」
引っかかるものがあったらしい。
「おい待て、《これ》はまだ完全じゃないのか? まさか『本物』はただの金属板ではなくて何か『機能』があるのか?」
「えーと……」
ユーマは正直に答えた。『本物』に対してわかることだけだが。
「馬鹿が! 何故それを言わない! ……よし。今から詳しく話せ。俺達が創ってやる」
「当然です。このままでは私の仕事がありません」
「いや、でもお金が……」
「なにつまらねえこと言ってる! 久々に面白いモン創れるんだ、金はいい。創ったら実戦データとらせろ」
「いや、もう時間も遅い……」
「馬鹿ですね。ここの研究室は私達の貸し切りです」
その日の深夜、ユーマのブースターは兄妹の手によって完成された。実戦データはまた後日とその時約束したのだった。
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「だから今日は眠くて眠くて」
「……それでこのブースターは名前があるの?」
エイリークは訊ねた。彼女も天才のエルド兄妹が関わったと聞いて興味を持ったようだ。
「ああ。これは《ガンプレート・レプリカ》。本物じゃないけど今の俺にぴったりだ」
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