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幻創の楽園  作者: 士宇一
第3章 前編(下)
139/195

3-14a 宴のはじまり

前半は「真鐘くんの日常外伝」、後半はエピローグ導入部


各キャラその後の話は次回



 

 +++

 

 

 人は夢をみる。

 

 それは過去の記憶から生み出す空想でもあれば、理想を描く未来への願望でもある。

 

 

「思い出して。自分を失くさないように」

 

 

 翠の髪をした精霊は少年に夢をみせる。

 

 それは過去の記憶を想起させることで、綻びが生じた少年の存在を繕う魔術。

 

 精霊の加護であり呪縛。

 

 

「私があの時、あなたに書き込んだ《精霊使い》の適正はあなたの可能性を縛ることで護る『枷』なのです。どうか無闇に捨てないでください」

 

 同一の存在である風葉を通して夢枕に立つ精霊の風森は、眠る少年にもう1度『枷』を施した。


 少年の右腕にそっと触れる。力を求めるあまり自力で『枷』を外してまで戦った、少年のもうひとつの代償。

  

 

 風森は腕を治す助言を少年に一言だけ告げると、風となって消えた。

 

 

 深い眠りの中、優真は夢を見る。

 

 +++

 

 

 桜道場。

 

 道場とは名ばかりのここは真鐘光輝の住居兼工房であり、古葉大和の居候している家でもある。

 

 

 夏休みに入って数日後。優真は小さな紙箱を持って道場を訪れた。

 

 道場の居住区の奥へ行き、古臭い二間続きの和室の、その手前の部屋の前で1度声をかける。

 

「光輝さん。いる?」


 中からの返事はない。

 

「寝てるの? 開けるよー」

 

 縁側の廊下と部屋を間仕切るのは障子の張られた4枚引き戸。優真が引き戸を開けて部屋の中を見てみればそこには、死体があった。

 

 布団の上でうつ伏せに倒れたソレは、確か真鐘光輝という名前があった気がする。

 

「光輝さん?」

「…………」

 

 光輝は顔を上げなければ身動きもしない。

 

 寝てる? ……動けない?

 

 息、してる?

 

「ちょっ!? 光輝さん、生きてるの?」

「生きてる。生きてるから死ぬ。……死にたい。久々に……」

「はぁ!?」

 

 なんだ。何があった? 優真はこの兄の身に何があったのか想像できない。

 

 まさかまた人知れず事件が? 優真の中で嫌な予感がすぎる。

 

「しっかりして光輝さん。いったい何があったの」

「優花に」

「姉さん?」

「プレゼントを……」

「……誕生日の?」

「渡して……死にたくなった」

「……」

 

 悶死か。優真はそう診断した。

 

 しかし完全秘密主義のこの兄がカミングアウトするほど弱っているとは。2人に何があったのだろう? 大和はこのことを知っているのか?

 

 姉の誕生日の翌日である今日。優真が見る限り今朝の彼女に何の変化もなかったのだが。

 

 

「まあ、いいや。それで光輝さん。その姉さんの誕生日のケーキ、残りを持ってきたけど食べる?」

「……どうせ食べるなら違うものがいい」

 

 光輝は死体のままそう言った。何か作れとも。

 

「わかった」

 

 勝手知ったる桜井さん(光輝の義姉)家の冷蔵庫。

 

 優真は冷蔵庫の中身が大和に食い潰されてないことを祈りながら戸を開けた。

 

 

 30分後。

 

 

「優真君」

「何? 大和兄ちゃん」

「これはなんだい?」

「パスタ」

 

 食卓のちゃぶ台を囲む3人。優真と光輝の目の前にあるのは野菜たっぷりのスパゲティ。

 

 茹でたキャベツを太めに千切りして水気を絞ったものにエノキ、ベーコンと一緒に炒めて固形コンソメスープをベースに味付けしたもの。やけにヘルシーな1品。

 

 

 ただし大和の目の前にあるのはキャベツ。

  

「俺の皿だけ茹でキャベツの千切りが山になっているのは気のせいか?」

「かさましだよ」

 

 そうは言うが、優真と光輝のパスタも麺は半分の量であとはキャベツとエノキで相当かさ増しされている。

 

「どうせ増やすなら麺にしてくれ。あと肉を」

「うるさいよ。ギリギリの材料で作ったんだ。大体いつの間に兄ちゃん帰ってきてるのさ」

「家の方角から飯の匂いがした」

 

 方角? このはらぺこ狼はどこから嗅ぎつけてきたのか。

 

 優真は深く考えないことにした。

 

 

「これを教わったのは優花か?」

「夏だからダイエットするって。この前なんかうちの食卓に豆乳のカルボナーラがでた」

「ダイエット? ああ。今度『王子』と『姫』連れて海に行くんだったな」

「水着か。……無駄なあがきを」

 

 いつもの眼鏡を装着した光輝は、大和の話を聞くと微妙な女心に向かって悪態を吐く。

 

「いいから食べよう。ほら」

「そうだな」

「……キャベツか」

 

 大和の尻尾頭はしおしおにうなだれている。

 

 いただきます。優真と光輝は野菜パスタを、大和は箸で(麺が絡まない)もそもそと『パスタ入り茹でキャベツ』を食べはじめた。

 

「どう?」

「……キャベツもうまいな」

「馬鹿め」 

 

 光輝の悪態を他所に大和の尻尾頭が嬉しそうに揺れた。

 

 

 古葉大和。のちに《超人》と呼ばれる青年。

 

 味の感想は「うまい」と「食える」の2種類しかない上、食べればとにかく幸せになれる男である。

 

 +++

 

 

 腹ごしらえを済ませて一息つく3人。

 

「そういやコウ。結局ユウのアクセサリー間に合ったのか?」

「……徹夜続けてギリギリだ。できたのは昨日の夜」

「夜? それじゃ当日の内に渡せたのかよ」

「0時を回る前にな」

 

 それ以上は何も語らない光輝。大和は優真とアイコンタクト開始。

 

 

(おい。あの2人は何か進展あったのか?)

(わかんない。今朝見た姉さんはいつも通りだったし、光輝さん死んでたし)

(そうか。……俺の推測はこうだ。コウは深夜にユウに会いに行って誕生日のプレゼントを渡した。おそらくこの馬鹿は誰にも見つからない時間帯を選んだ)

(夜行性の鳥類だもんね。それで?)

(ポイントは2人きりの夜)

(……夜這い?)

(そこまでは。でも確実になにかあったな。俺にはわかる)

 

 

「いったい何が」

「それは……きっと2人並んで夜空を見てるとな、その時寄り過ぎて2人の肩がぶつかるんだ。はずみで振り向くと2人の顔が思いのほか近すぎて」

「見つめ合って?」

「そして遂に!」

「おお!」

「途中から声に出てるぞ」

 

 ドスの効いた低い声にはっとする2人。目だけの会話を『聞いていた』光輝の表情は眼鏡で隠れてよくわからない。

 

 でも彼の目が金色になってるのは気のせいか?

 

「冗談だコウ。だから『変わる』な」

「ちっ。俺のことはいいんだよ。じゃあ大和、お前は昨日優花に何やったんだ」

「肉」

 

 大和が即答すると光輝は絶句した。これが高校で1、2を争うモテる男の言動だと思うとムカつくので諸兄を代表して殴りたくなる。

 

 それより光輝は気になることが。

 

「肉ってお前まさか」

「うまかったよな、優真」

「うん。姉さんはすっごい複雑そうに食べてたけど」

 

 いくら誕生日とはいえ、ダイエットを決意した年頃の少女にハイカロリーな焼肉セットはどうかと思う。

 

「そういやあの肉、牛や豚じゃなかったよね。猪でもなかったし……羊?」

「蜥蜴だ」

「……光輝さん?」

 

 冗談でしょ? と優真は耳を疑う。大和から貰った肉は10キロもあるブロックだった。

 

 『肉』の出所を知る光輝は「マジかよ」と疑問の目を大和に向ける。

 

「大和」

「うまいもんは皆で分け合うべきなんだ。俺はこの夏、それを学んだ」

「……そうか。そうだな」

「肉を食べれることは幸せなことだ」

「ああ」

「「それがなんの肉でも」」

 

「しみじみしないで説明して!? 俺が食った肉は何!?」

 

 兄たちは一切答えなかった。

 

 

「いいからほら。俺たちコウに話逸らされてるぞ」

「いいって何? 家の冷凍庫にはまだ正体不明の肉が……それで夜這いした光輝さんは姉さんに何したの? 抱いた?」

「おい」

 

 話を即切り替えた優真(中3男子)は直球だった。

 

「キスくらいしただろ」

「黙れ大和」

「でもいくら光輝さんでも何かしたでしょ? 『高校最後の夏』って焦るものらしいし」

「……一応聞こう。何の話だ?」

「○○卒業」

 

 優真の暴言に大和がおののいた。

 

 そして光輝がキレた。金の目だけでなく髪まで銀に変わる。

 

「餓鬼が。表出ろ」

「嫌だね。弟として言わせてもらう。光輝さんは責任取るべきだ」 

 

 おお! 今日の優真君はひと味違う。

 

 『いい加減に姉と相棒をくっつけよう同盟』の同志、大和は頼もしそうに弟分を見た。

 

 だけど次の瞬間。大和は優真の背後を見て青褪める。

 

 

 優真の力説がはじまった。

 

「いい? 光輝さん。光輝さんと姉さんは幼馴染だ。姉さんは光輝さんの『事情』を知りながらもずっと傍にいる。『幼馴染』だから」

「……それで?」

「光輝さんのせいだ。光輝さんみたいな陰険眼鏡が幼馴染のせいで姉さんはずっと」

「……」

「18にもなって彼氏なし。男っ気が全くないじゃないか!」

「それが俺のせいかよ」

 

 訂正を入れておきたい光輝。その原因は彼よりもむしろこっそり逃げようとしている大和(美形)にある。

 

 光輝絡みとはいえ無駄にモテる大和と親しい優花は色々苦労している。光輝は光輝で彼女と周囲に軋轢が生じて実害がないよう便宜を図っていたりするのだ。

 

 

「光輝さんは光輝さんで姉さんをないがしろにして兄ちゃんとばっかりイチャイチャしてるし」 

「妙なこと言うな。……わかった。落ち着こう」

 

 光輝は怒りを自制して髪と目を黒に戻した。

 

「優真。お前何が言いたいんだよ」

「男同士のぶっちゃけ話。光輝さんは姉さんのことどう思ってるの?」

「どうって……なぁ?」

「姉さんのどこが不満なのさ」 

 

 余計なことを言おうとした光輝の視線が、正面に座る優真より『やや上に』逸れた。優真はそれを話をはぐらかす行為だと思い、「話を聞け」と思いっきりちゃぶ台を叩く。

 

 優真は光輝に言った。

 

「光輝さん。姉さんに告白して、いい加減ちゃんとしたかたちで付き合いなよ」

「……」

「もう何年も宙ぶらりんで見てるこっちがもどかしい。2人がくっつくのなら、光輝さんが姉さんを襲おうが俺も兄ちゃんも何も言わないし責めないから」

 

 むしろ襲って責任とれ!

 

 そこまで言われた光輝は。

 

「――と弟君は申してますが、どうなんでしょう?」

「……え?」

 

 気付いた。優真は気付くのが遅すぎた。光輝はちゃぶ台の下にある隠し通路へ避難しようとしている。

 

 居間の入り口の、優真の背後に立つ、昨日18になられました幼馴染のお姉さまから。

 

 

「はっ!」

 

 戦慄が走る。優真は振り返れない。大和も光輝もすでにいなかった。とばっちりを受ける前に撤退完了。

 

 1人だけ逃げそびれた。

 

 

「優くん……余計なお世話って知ってる?」

 

 

 羞恥か怒りか、真っ赤になった優花から放たれるプレッシャーが優真を縛り付ける。これは魔法でも何でもない。優真が弟として生まれ染み付いた習慣。

 

 躾ともいう。

 

 立ち上がれない。優真は無意識に正座している。

 

「姉さん、違っ、これは姉さんを思って、いやだからっ!」

「優くん!」

 

 背を向けた優花は、ミニスカートにも関わらず脚を振り上げ、軸足を中心に半回転。

 

 このとき。優真は姉の首を飾る細いシルバーチェーンが目が入った。

 

 

 ああ。今年はネックレスか。

 

 ピンクダイヤかな? 光輝さんどこで手に入れたんだろう? 優真は迫る惨劇を前にそんなことを考える。

 

 

 裁きの時。紫電一閃。

 

 放たれるのは御剣優花必殺の――

 

 

 

 

 ――起きなさい! 優くん!!

 

 +++

 

 

「やめて姉さん! それはっ、光旋脚だけは、ぎゃああああああああ!!?」

 

 

 自分の絶叫で目が覚める。

 

 ダメージを抑えようと全身のバネを使い蹴られる方向へ飛ぶ――実際は勢いよくベッドから転げ落ちた。

 

 心臓がバクバクとうるさい。身体がやけに火照って熱い。首。首は無事か?

 

 熱い。それに暑い。エアコンが効いてない? どこだ、ここは?

 

 覚醒した少年が首筋に左手を当て、状況を把握するその前に。

 

 

「こうやってー、起こすんですよー」

 

 

 目の前をふよふよ飛んでいる羽妖精さんがそんなことを言っている。

 

「……風葉?」

 

 正気になった。どうやら風葉は今日も《変声》を使って主人を起こしたようだ。

 

 少年は姉の声で起こすのは「心臓に悪いからやめて」と何度も頼んでいるのだが、この風の精霊はちっとも言うことを聞かない。

 

「わかりましたかー?」

「ええ。……まぁ」

「碌な起き方してないわね」

 

 風葉だけじゃない。いつからいたのかわからないが、少年の様子を見に来たアイリーンとエイリークもいる。

 

 2人はなんだか気まずそう。

 

「何が、どうなってるの?」

「アンタ、アタシたちが何をしても起きなくて、それで風葉の『声』を聞いたらいきなりうなされたのよ。姉さん、ごめんなさい姉さん、って」

「それからいきなり飛び跳ねて……どんな夢を見たのですか?」 

 

 調子に乗ったせいで姉の回し蹴りを受けて飛び出ました。……言えるわけがない。

 

 

 状況確認。ここは王城の中。部屋の造りを見ると、どうやらアイリーンが使っていたような客室のひとつのようだ。

 

 それでやられたのは寝起きドッキリ。

 

 少年は「お姫様2人に寝顔を晒し」「姉さん姉さん、と寝言で唸り」「ベッドから飛び跳ねて転がり落ちる」という醜態を晒したと理解した。それで男らしくない悲鳴をあげる。

 

「風葉ぁ!」 

「べー、ですよー」 

 

 悪戯した風葉はあっかんべー。どうやらおかんむりらしい。

 

 こうして。ユーマも半日遅れで日常に帰ってきた。

 

 

 +++

エピローグ

 +++

 

 

「(もう何度目かわからない)1番王様! サヨコさんへ捧ぐ愛を歌います!」

「「「ひっこめー!!」」」

 

 

 空の瓶が宙を舞う。ナチュラル・ハイと呼ばれる興奮状態で笑いが絶えない。

 

 ごった煮の人の輪の中、レヴァンは速攻で国民の顰蹙を買った。構わず彼はブーイングに負けじと調子の外れた自作のラブソングを披露する。

 

 そしてシャウト。

 

「すぅぅぅぅわぁよぉくぅお! さぁぁぁぁぁーーーーぐぇ!!?」 

「シャァーッ!!」

 

 耳障りだとレヴァンの首をキュッと締めるのは、全長150センチほどの海蛇。窒息してレヴァンがぶっ倒れると「いいぞにょろすけー!」「げこくじょーだー」と歓声が上がる。

 

 海蛇は2本の角と立派な長髯を持ち、鱗は水色に透き通った色をしている。声援を受けると海蛇はすこぶる上機嫌で本物のスネークダンス(?)を披露して場を沸かせた。

 

 王様ピンチ。このままでは国民の人気ナンバー2の座(1位はサヨコ)を『ペット』に取られてしまう。

 

 

 不眠不休ではじまった宴は、おわりが見えない。

 

 +++

 

 

 実は戦いが終わってまだ1日も経っていなかった。 

 

 レヴァンと海竜が『王蜥蜴』を追い払ったあと。負傷者の手当や機巧魔獣に殺された傭兵たちの埋葬など、最低限の戦後処理を済ませるともう夜明け。そんな誰もが疲れきった中、王であるレヴァンは国を挙げての宴を強引に開いた。『ペットの歓迎会』だという。

 

 ユーマが王国に運ばれてから目覚めたのは、その日の昼だった。

 

 

 改めてベッドに腰掛け、その後の話を彼女たちから聞いたユーマ。

 

 アイリーンはスツール(背もたれなしの椅子)に座り、エイリークは近くの壁にもたれかかっている。風葉は彼女の肩の上だ。

 

「じゃあ、みんな休んでないの?」

「流石に料理や会場作りとかの準備の間に交代で仮眠とったわよ」

「色々ありましたから」

「そうだね……よく生きてたよな」

 

 アイリーンの言うその色々(王蜥蜴に特攻等)を思い出し、ユーマは自分の酷使した右腕を見た。

 

 

 肘の下から骨まで炭化して無数のヒビの入ったその腕は、痛覚どころか感覚がまったくない。拳も塊のように固まったまま。2度と指は開かない。

 

 今はうっかり砕いたり折れないよう丁寧に包帯が巻かれ三角巾で吊っている。

 

「切り落とさなかったんだ。どうせ再起不能なのに」

「馬鹿を言わないでください」

 

 割り切ったことをユーマが言えばアイリーンは少し怒るような声を出した。実は炭クズのような腕に包帯を巻いたのは彼女である。

 

「まだ治る可能性があるのですから」 

「治る? これが?」

 

 肩で吊った腕を上げて見せる。アイリーンは頷いた。

 

「上位精霊の力。ユーマさんの腕もレヴァイア様に頼めば」

「精霊? ……ああ。あのでかい竜のことか」

 

 夢じゃなかったんだな。ユーマの反応はどこか鈍い。

 

「夢か」

「ユーマさん?」

「なんでもない。でもどうなんだろう? 要はあの竜の精霊に、風葉みたいに魔法使ってもらうってことだよね?」

「ええ。気付いてますか? 貴方の右腕以外の傷、全部治っているんですよ」

 

 言われてはじめて気が付いた。ユーマは右腕だけじゃなく《炎槍》の炎や機巧魔獣の攻撃に炙られた火傷のダメージを全身に受けていたはず。

 

 身体はなんともない。被った砂や汗の不快感もなく髪までさっぱりしている。焼け焦げた戦闘衣の着替えは……気にしないことにした。

 

「これって」

「海竜レヴァイアサンが喚ばれた際に私達は皆幻の海に呑まれましたね。あの時私達は精霊の魔力、その余波の影響を受けたのです」

 

 

 水を司る上位精霊レヴァイアサン。

 

 その魔力の波動は津波を起こして多くの生命を奪うことも出来れば、海の持つおおいなるめぐみをもたらすエネルギーで多くの命を癒すことも出来るという。

 

 精霊の力は世界を管理するためにあるものだ。上位精霊ともなれば地形さえも大きく変えてしまうだけの力がある。

 

 あの海竜は制約さえなければ幻ではなく、本当に新たな海を世界に創ることだってできる。

 

 

「ユーマさんの火傷もそうですし、アギさんは折れた腕がほぼ完治したそうです。他の皆さんの傷も同じく精霊の恩恵を授かっています」

「……ここまですごいと反則だな」

「『王蜥蜴』を押し流す程ですから。……単なる魔力の余波だけでこれです。ゲンソウ術では高度な治癒魔術は再現できませんが、上位精霊の使う魔法なら」

「……」 

 

 なんとなく。ユーマは駄目だろうと思った。

 

 おそらく。ユーマの腕を元に戻すことができるのは、

 

「風葉、どう思う?」

 

 とりあえず精霊のことは精霊だ。ユーマが意見を求めると風葉は、

 

「つーん」

 

 エイリークの肩にちょこんと座ったまま、そっぽ向いた。

 

「? どうした?」

 

 無視。風葉は怒っている。ストライキ中だった。

 

 ユーマはそれがどうしてかわからない。

 

「なんだよ、お前」

「ユーマさん。わかってないのですか?」

「えっ」

 

 呆れるアイリーン。

 

「拗ねてるのよ。ほら」

 

 ここで胡乱な目付きをして静観していたエイリークがようやく口を開いた。彼女がユーマに投げ渡すのは、翠の鞘を持つ《守護の短剣》。

 

 ユーマは『王蜥蜴』を前にした時、これを風葉ごとアイリーンに渡して……

 

「あっ」

「アイリィから聞いたわ。アンタ、また人づてに短剣をアタシに返そうとしたでしょ。なんのつもり?」

「それはっ、その……」

「昇級試験の時はいいにしても、今度は風葉まで捨てるような真似まで」

「……」

 

 言い返せない。あの時はこれ以上風葉を使い潰さないようにと思ってのことであったが、最後まで一緒に戦おうとした風葉にすれば短剣を捨てる行為は裏切られたようなものかもしれない。

 

「約束、忘れてるんじゃないでしょうね」

「いや。ちゃんと覚えてる」

 

 エイリークが神妙に訊ねれば、ユーマはしっかりと頷いた。

 

 忘れていない。風森の国で《精霊使い》となったユーマが、風葉の『おうち』にと彼女の短剣を預かった時の話だ。

 

 

 彼女に短剣を返す時。それは少年が還る時だという約束。

 

 

 忘れていたのではなくて約束を放棄しようとした。ユーマはあの時捨てようとしたものにまた1つ気付かされて、自分の傲慢、愚かさに酷く落ち込んだ。

 

「……ごめん」

「……」 

 

 沈みがちに謝るユーマ。エイリークは仕方がないと溜息を吐く。

 

 思うところがあっても、彼女は決して問い詰めたいわけじゃなかった。

 

「反省してるならもういいわ。風葉。アンタもいい加減人の肩の上で拗ねないで向こう行きなさい」

「拗ねてませんよー」

 

 風葉はエイリークに言われてふくれっ面のまま、ふよふよー、と飛んで行きいつものようにユーマの肩にしがみついた。

 

 変わらずそっぽ向いてるけど。

 

「風葉もごめん。そういやお前、あの時消えかかったけど、大丈夫なのか?」

「にょろっちにー、魔力をたくさん分けてもらいましたー」

「にょろ?」

「王さまに会えばわかるわよ」 

 

 それ以上誰も説明してくれないので事情が飲み込めない。

 

 

「話を戻そう。……なんだっけ?」

「アンタの腕のこと。どうするの?」

「……うん。一応レヴァンさんに会いに行って話を聞いてみるよ」

「そう。じゃあアンタは王さまを探してきなさい。ついでに《門》の使用許可を直接貰ってきて。アタシはミサとポピラを探して帰り支度を始めておくから」

「え? 帰る?」

 

 意外だったのかきょとんとするユーマ。

 

「今後のことを話し合ったのです。アギさんはともかく私達は本来立ち寄っただけ。王国が落ち着くまで長居するわけにもいきませんから」

 

 彼女たちは故郷で帰りを待つ人がいる。それなら王国を発つのは早いほうがいいとユーマは納得した。

 

 

「いい? 3時間後に王城前に一旦集合よ。挨拶はその間に済ませておいて。……先に行くわ」

 

 エイリークは素っ気無く、言うことだけ言ってさっさと部屋から退出した。

 

「……。すいませんユーマさん。私もこれで」

「うん。またあとでね」

 

 アイリーンがエイリークのあとを追い、精霊はいるけどユーマは1人になった。

 

 最後のエイリークの態度は気になる。でも一方で仕方ないとも思った。本当ならもっと避けられてもおかしくないのだ。

 

 あの時の優真じぶんの戦いを見られたのなら……

 

 

「あれ?」

  

 ふとユーマは思い出した。

 

 国の外でアイリーンやアギたちの乗る《駱駝》と合流した時。そこにエイリークはいなかったはず。

 

 それじゃあ彼女はあの時、何をしていたのだろうか?

 

 +++

 

 

 一方その頃。


 中央広場でケンカするようにはじまった、王様対海蛇のパフォーマンス対決は佳境を迎えた。

 

 大昔の伝統芸を披露する海蛇にレヴァンは大苦戦。国民の反応を見るからに3:7でレヴァンの負けという展開。

 

 

 水芸なんて反則だ。こうなりゃ脱ぐしかねぇ。

 

 レヴァンが一発逆転の下策を決意したその時。

 

 

「ここで真打見参! いっくよー!」

「あらん。これって賞金でるのかしらん?」

「……俺もなのか」 

「あはは」 

 

 マシン芸を引っ提げたチェルシーを筆頭に次々と現れる挑戦者たち。

 

  

 一発芸大会の開幕。王様は勝ち残れるか?

 

 +++

 

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