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幻創の楽園  作者: 士宇一
第3章 前編(下)
138/195

3-13b 王の帰還 後

レヴァイアの奇跡。守護者の再臨

 

 +++

 

 

 『王蜥蜴』が迫る。レヴァンまであと数十メートル。百メートルを切った。

 

 

「……ちょっと、しんどいわねぇ」

 

 《炎槍》は『王蜥蜴』の突進を《炎樹槍》で受け止めると同時に、柄にあたる部分を砂地へ斜めに突き刺し、突っ張り棒にして踏ん張っている。それでいてずるずると押されていた。

 

 彼女の精霊が宿る炎の翼刀は、自在に飛び回り『王蜥蜴』の脚を切り裂くが、刃は岩のように硬い皮膚までしか届かず微々たるダメージしか与えられない。《氷斧》は《炎槍》と似たようなもの。凍結攻撃も動きまわる『王蜥蜴』の巨体を凍らせるには至らないようで苦戦している。

 

 足留めをする《炎槍》と《氷斧》の2人は本来世界指折りのハンター、魔獣狩りのプロだ。制限なしの殺し合いならばいくら『王蜥蜴』が相手でも互角以上に戦える。しかし今回は条件が悪すぎた。『王蜥蜴』の突進を正面から受け止めるなんて彼女たちにも荷が重い。

 

 

「この賭けは負けかしらん?」

 

 《炎槍》はちらっと後ろを見て、微動だににないレヴァンと彼の掲げる《盾》の光に驚いた。

 

 世界を越えてどこにでも届くような、強くて青い輝き。光は王国から打ち上げる花火の『メッセージ』と、王国軍の声援を受けて更に輝きを増す。

 

 これなら届く。あと少し。

 

 

「……まだわからないわね」 

 

 このままでは退けない。《炎槍》は歯を食い縛り《炎樹槍》の展開に力を注ぐ。

 

 あの少年の手前、それにここにはいないもう1人相棒の目を疑ったことを詫びるためにも《炎槍》は無様を見せるわけにはいかなかった。

 

「大口叩いて、坊やにあんな戦いをさせたあたいが……引き下がれるわけないのよ!」

 

 レヴァンに協力を申し出たの他でもない。それは機巧魔獣との戦いで化物になるまでの覚悟を見せた少年と、少年を見出した《雷槌》に報いようとする彼女の意地。戦士としての誇りを以て《炎槍》は『王蜥蜴』に立ち向かう。

 

 それでも。『王蜥蜴』は止まらない。

 

 +++

 

 

 レヴァン《それ》にはじめて自分を『見られた』。声だけの《それ》の瞳はどこまでも深く、透き通って青く見える。

 

 そんな幻をレヴァンは見た。正直居心地が悪い。

 

 

「な、なんだよ」

 

 長い時を経てお前は現れた。《オレ》の嘆きを聞き入れ、受け入れてくれたお前が。

 

 新たな『レヴァイア』よ。

 

 

 感謝を。

 

 《それ》はもう1度レヴァンに気持ちを伝えた。

 

 

 お前の興した国をずっと見ていた。

 

 《オレ》がすべてを失った砂の世界で、《帝国》に歪められたあの国で、お前とお前の『家族』の創る『家』をずっと見ていた。

 

 お前たち砂漠の民の気概は、故郷を想い前に進む逞しさは彼女たちによく似ている。

 

 《オレ》は、お前の国に夢を見た。

 

「夢?」

 

 《オレ》は思う。お前が彼女に代わり『その名』を継ぐものならば、お前たち砂漠の民こそあの国を継ぐもの。《オレ》は信じたい。

  

 彼女たちはもういない。だけど、もう1度よみがえるかもしれないと。

 

 お前の理想は、《オレ》の愛した国によく似ている……

 

「俺たちの王国があの《西の大帝国》に……」

 

 ヒトだけではない。夢や希望は《オレ》のようなモノにとっても生きる糧となる。夢を与えてくれたお前たちに《オレ》は何かしてあげたかった。お前は《オレ》の嘆く声を信じ、多くのものをその手で守ってくれた。

 

 感謝を。

 

「そいつはお互い様って言っただろ。『俺たち』が守ったんだ」

 

 感謝を。

 

 《オレ》は、《オレ》の愛する国によく似た、お前たちの国をずっと見ていたかった。

 

 守りたかったよ。

 

「そこでなんで過去形なんだよ」

 

 ……《オレ》は、無力だ。

 

 

(結局それか。頼むよ。諦めないでくれ)

 

 だけどレヴァンは慰めの言葉をかけてあげられない。《それ》の受けた傷はあまりにも深い。

 

 裏切られた悲しみの中で、それでも救いたいと願い、何もできず見殺しにしてしまったことにずっと打ちひしがれていた。

 

 レヴァンに王国内で起きる危険を呼び掛けるのは罪滅ぼしのようなものだったのだろうか。

 

 

(虫がよすぎた。今のこいつから力を借りようとした俺が馬鹿だった)

 

(せめて。こいつが悲しみから立ち直ってくれれば)

 

 

「お前は……本当に大帝国の奴らが好きだったんだな」

 

 ああ。その通りだ。だが彼女は《オレ》を捨てた。《オレ》はあの時。たとえ魔人どもに殺されたとしても、彼女たちを最後まで守り通したかった。

 

「……」

 

 《オレ》が弱かったせいだ。《オレ》があの時。深い傷を負わなければ、《オレ》が民を最後まで守り通すことができていれば、彼女は《オレ》を見捨てなかった。

 

 彼女も民も、《オレ》の代わりとなる守護者を求めて召喚の魔術に奔ることはなかった。

 

「何?」

 

 国が滅んだのもすべては《オレ》が……

 

「お前」

 

 

 何かが引っ掛かった。

 

 もしも。もしもだ。 

 

 

 ――仲間を置いて自分を犠牲にして、大事なもんを失くしそうなってまでして、お前は何がしたかったんだよ 

 

(そんな自己犠牲の塊のような馬鹿がいるのなら、俺だったら)

 

 ――だからそれやめろっつてんだろうが!!

 

 レヴァンなら、殴ってでも止める。

 

 

「ちょっとまて。……確認したいことがある。もう1度俺に『あれ』を見せてくれ。頼む」

 

 ……いいだろう。

 

 

 《それ》はレヴァンにもう1度『記憶』を見せた。今度のレヴァンは、自らの手で『記憶』を手繰り寄せることにした。

 

 何かを見落としている。そうレヴァンは思ったのだ。

 

 見せられたものでは駄目だ。《それ》の主観が混じっている。本当の真実を知るには『記憶』の隅々から自分の視点で見つめるしかない。

 

 

 記憶。戦があった。魔人戦争、その前哨戦とも呼ぶべき歴史に記されない戦い。民は魔人に機械で抵抗し、《それ》もまた民を守るため彼女と共に戦った

 

 記憶。魔人との戦いで《それ》と彼女は深い傷を負った。彼女たちだけでは数千万の民を守れなかった

 

 

(ここでお前は死を覚悟した。……わかる。お前は刺し違えても彼女たちを魔人から守ろうとしたんだ)

 

 

 記憶。亜麻色の髪の女。聡明で優れた力を持ち、《それ》と深く心を通わせることができた彼女。最後のレヴァイア

 

 

(そうだ。彼女はお前のことを誰よりも理解している――お前の覚悟に気付いていた!)

 

 

 記憶。彼女は《それ》との繋がりを自らの手で断ち切ると、《それ》を国から切り離して《世界》に還した

 

 

 ごめんね

 

 わたしたちの為に……ごめんなさい

 

 

(――!?)

 

 記憶。全身を抉られた上に焼かれ、魔力の浸食に傷の再生が追いつかない死に体。眠る《それ》は彼女の声に気付いていない。

 

 記憶。傷ついた《それ》に触れ、泣いているのは亜麻色の髪の――

 

 

 彼女の独断じゃない。これはすべての民の意思。

 

 《剣》のゲンソウは民に希望を見せた。そして《剣》が《聖王国》が喚び寄せた異界のモノだと知ると、民はある決断を下した。

 

 

 もういいの

 

 あなたはもう戦わなくていい

 

 わたしたちは、あなたがいなくても大丈夫。わたしたちのために傷つく必要はないの

 

 

 新たな《剣》を喚ぶことができれば、わたしたちは

 

 だから安心してあなたは……

 

 

 そう。だから《オレ》は……

 

 

「――馬鹿野郎がっ!!」

 

 やり場のない怒りにレヴァンが吼える。

 

 

 畜生。畜生畜生畜生。

 

 畜生!

 

 

(お前は、お前たちは……)

 

「……全部。すれ違ってただけじゃねぇかよ!!」

 

 ……違う。

 

「あいつらは、お前を守りたかったんじゃねぇか。お前に死んでほしくなくて勇者を喚ぼうとしてたんじゃねぇか!」

 

 違う。

 

 《オレ》は裏切られた。

 

「それだけじゃねぇ。見たぜ。お前、あの時の傷は致命傷じゃなかったのか? こっちの世界じゃ癒せないほど酷かったんだろ?」

 

 ……。

 

「そんなザマで戦おうとしたんだろ? 守ろうとしたんだろ? 馬鹿野郎。……ああそうだ。おまえのせいだ。お前がそんなだから彼女が、大帝国の奴らは心配したんだ。非情になったんだ。お前の為に彼女は繋がりを絶ち切ったんじゃねぇか!」

 

 違う!

 

 

 いつからか泣いていた。《それ》もレヴァンも、彼女たちを想い涙を流した。

 

 優しいひとたちだった。優しかったから別れを選んだ。

 

 本当は、離れたくなんてなかったのに。

 

 

「畜生。なんでだよ。お前も、彼女たちも、大切に思いあってたじゃねぇか。もう少しわかりあえば、もう少しだけ手を取り合うことができたら、違う未来があったじゃねぇか!」

 

 ……ああ。

 

「馬鹿だよ。お前は間違った。でも彼女たちも間違ったんだ。召喚の儀式だって彼女はお前と力を合わせればうまくいったはずだ。そうだろ?」

 

 《オレ》は……彼女が自らを贄にするのを見たくなかった。

 

「俺だってそんなの見たくねぇ!!」

 

 

 《それ》は優しい亜麻色の彼女を想い泣いた。

 

 滅んだ国を想い、愛する民を想い、見殺しにしてしまった民を想って涙を流した。レヴァンは《それ》の悲しみを想い、相棒の為に涙を流した。

 

 気持ちがわかる。レヴァンは10数年も続いた紛争で多くを殺され、彼もまた多くを殺してきた。

 

 守りたくて、守れなくて、守られて失った、大切なものたち。

 

 

 ――泣けるさ。死んでいったダチを想うのなら、ちゃんと

 

 

(だからお前も泣いてやれ。泣くんだ! 彼女たちの為に)

 

 

 レヴァンもまた、託された未来と奪った命を想い、《それ》の傍で一緒に泣いた。

 

 ずっと。ずっと。

 

 

 

 

 ……聞いてくれ。

 

「ああ。いいぜ」

 

 《オレ》は、彼女たちを愛していた。

 

 叶うならば一緒に、あの国と運命を共にしたかった。

 

「俺は死にたくねぇな。でも。死んでいったあいつらとも一緒に国を、砂漠ここに未来を創りたかった」

 

 ……そうか。

 

「ああ」

 

 

 それ以上の言葉は要らない。レヴァンと《それ》は想いを共にする。

 

 

 

 

 彼女も友も、もういないけど。

 

 

 本当はずっと。

 

 ずっとそばに、

 

 ずっといっしょにいたかったよ。

  

 +++

 

 

 レヴァンの意識が現実に戻った。

 

 

「なあ。こっち来ねぇか? ずっと見てるだけじゃやっぱ寂しいだろ?」

 

 ……。

 

「大帝国はもう無いけどな、お前の居場所くらい俺たちが用意する。一緒に暮らそう。だから」

 

 すまない。《オレ》は、行けない。お前の力になれない。

 

 足りないのだ。願いが。想いが。

 

「足りない? ……おい。まさか」

 

 お前たち20万人を超える願いを以てしても《オレ》を喚び戻せない。

 

 かつて《オレ》は、8千万もの民の願いに応じあの国の守護者となった。

 

「なっ!?」

 

 言ったはずだ。《オレ》は大きすぎる。

 

 お前の、お前たちの願いは、《オレ》が応えるには小さすぎるのだ。

 

 わかってくれ。《オレ》は無力だ。守りたくとも、救いたくとも、

 

 お前たちには、何もしてやれない。

 

「そういうことは最初に言ってくれ!?」

 

 

 絶対量が足りない。《それ》がレヴァンに力を貸せないのはそういうことだった。

 

 レヴァンは重大なミスに気付かされ動揺。《盾》の光は一瞬揺らぎを見せる。

 

 このままでは……

 

 

 悪いことは続けて起こった。《炎槍》たちが食い止める3体の『王蜥蜴』の内、中央の『王蜥蜴』が抜け出した。

 

 砂更の魔力が尽きてしまったのだ。『王蜥蜴』を押さえ込んでいた『砂猿』もどきが砂に還る。

 

 突進する『王蜥蜴』は正面に立つレヴァンに襲いかかるかたちになる。《盾》を通して《交信》する今のレヴァンにこれを防ぐ手段がない。

 

 

「レヴァン様!」

「来るんじゃねぇ!!」

 

 ミハエルたち王国軍を叫び1つで押し留めるレヴァンだが彼に『王蜥蜴』を止める術はない。

 

 気休めでも《盾》で凌ぐなら《交信》を解くしかない。そこまで彼が考えたその時。

 

 

 レヴァンのうしろから《機巧兵器》が駆け抜ける。

 

 

 度重なる戦闘にガタガタになった車体。応急処置だけされたエンジンは限界を迎え悲鳴をあげた。

 

 それでも止まらない。『王蜥蜴』に立ち向かうのは、青い装甲をした装軌式装甲車。

 

 古びたその機体の名は、

 

 

「あの《駱駝》は!?」

 

 違う! あれはっ!

 

 

 《それ》は驚くレヴァンの言葉を訂正し、彼にしか届かない声で叫んだ。

 

 あれは《虎砲》。たとえ武装を外され輸送車両に改修されたとしても、《それ》はかつて共に戦ったあの機体の勇姿を覚えている。

 

 それは脅威に立ち向かう為に生まれ、守る為に作られた《西の大帝国》の剣。

 

 この機体こそ最後の《機巧兵器》。

 

 

 人を運び物を引っ張ることしかできない、武器を積まれなかったそれは、人を守る為に『剣』を引っ張ることができた。

 

 あるときはおんぼろ舟を引いて、あるときは剣士の少女を連れて。この《機巧兵器》は剣だけなく騎士の馬の役までこなし、何度も王国の敵と戦ってきた。

 

 

 《駱駝》は走る。騎馬として、剣として『王蜥蜴』に突撃する。

 

 +++

 

 

 これが少年たちの最後の戦い。

 

 

「いきます!」

 

 《駱駝》の後部キャリーにいるアイリーンは風属性のブースターであるガンプレートのカートリッジを握り締め、《ストーム・ブラスト》を放った。彼女が旋風の反動で飛ばされないようシュリとファルケがアイリーンを支えている。

 

 オーバーブースト。《駱駝》が砂山の段差を利用し、勢いをつけて空を飛んだ。


 絶叫するのは操縦士のアレックス。そのまま『王蜥蜴』に特攻を仕掛ける。

 

「う…わぁぁぁぁぁ!!」

「先輩、ユーマ! 先にいくぜ。おらぁ!」

 

 《駱駝》の上、左腕で手摺を掴み身体を支えていたアギは、折れた右腕を無理やり伸ばして《盾》を突き出す。

 

 シールド突撃!

 

 《駱駝》とアギの体当たりは『王蜥蜴』の弱点である額に直撃。しかしこれだけでは『王蜥蜴』は怯みはしない。アギたちは《駱駝》ごとその巨体にはじき飛ばされた。

 

「アギ! アイリさん!」

「構うな! いけぇ!」

 

 だがまだ直前で《駱駝》から飛び出した優真とマークがいる。

 

「いくよ。ユーマ君」

「……ああっ!!」

 

 宙を舞うほんの僅かな時間に2人は迫る『王蜥蜴』に向かって拳を構える。

 

 マークは鋼に覆われた騎士の拳を、優真は炭化してボロボロの、唸り声をあげる右の拳を。

 

 波状攻撃。《狼》と《黒鉄》のゼロ距離同時攻撃。

 

「ジオ・インパクト!!」

「ああああああああ――――っ!!!」

 

 2つの拳の衝撃は、確かに『王蜥蜴』の額に浸透し脳まで届いた。魔獣の巨体が思わぬ1撃にぐらりと揺れて、僅かに怯む。

 

 均衡は一瞬。飢えに狂う『王蜥蜴』は止まらない。優真とマークもまた、力負けして『王蜥蜴』にはじき飛ばされる。

 

 

 彼らの悪あがきはそこまでだった。全身がバラバラになってもおかしくないその衝撃。

 

「っ!! ……まだっ!」

 

 優真は意識を飛ばす直前で左腕を伸ばし、銀の燐光を翼のように伸ばす。

 

 

 伸ばしたけれど、届かなかった。

 

 +++

 

 

「坊やたち! あうっ!?」

「……これまでか」

 

 《炎槍》と《氷斧》も武装術式が維持できなくなりとうとう力尽きる。これでもう3体の『王蜥蜴』を止めるものは誰もいない。

 

 

 レヴァンが押し潰されるまであと数秒。


 王を守れと突撃をはじめる王国軍。ミハエルまでも冷静を欠いてレヴァンの前に立とうと駆け出した。

 

 間違っている。ミハエルたち王国軍も、特攻した優真たちも。それに動かないレヴァンも。状況はどう考えても撤退するべき場面だった。

 

 

 だけど戦おうとした。戦った。

 

 ただ守りたくて。

 

 

 ああ。ああ!

 

 《それ》は泣いた。《駱駝》と少年たちの姿が、間に合わないとわかっても走りだす王国軍の姿が、《それ》はかつて魔人と共に戦った彼女や民の姿と重なって見えたのだ。

 

 大帝国は滅びても、この砂漠の世界にはまだ、今を変えようとする人の心が残っている。

 

 《それ》の愛した民と同じ心が。

 

 

 レヴァンだけじゃない。失われたと思ったものが、砂に埋れずまだここに沢山あったことを思い知らされ、《それ》は嘆いた。

 

 すまない。すまない。

 

 《それ》はレヴァンが『王蜥蜴』に潰されるその直前までレヴァンに、砂漠の民に何度も謝った。

 

 レヴァンにしか聞こえない声で何度も謝り、嘆き、泣いた。

 

  

 すまない。すまない。

 

 《オレ》は無力だ。まただ、また何もしてやれない。

 

 《オレ》は救えない。お前たちを守れない。

 

 すまない……

 

 

「諦めんじゃねぇ!!!」

 

 

 山のような『王蜥蜴』の突進がレヴァンを飲み込んだその時――

 

 +++

  

 

「レヴァン様!? これはっ……ああっ!?」

 

 眼の前で起きた現象に驚愕するミハエル。レヴァンの掲げた青い光が、彼の叫びに応じてどこまでも広がっていく。

 

 光は近づくミハエルたちを弾き飛ばし、3体の『王蜥蜴』を包み込む。

 

 

 これが本当に最後の、最後の時間稼ぎだった。レヴァンは《交信》を維持したまま、《盾》の光でだけで3体の『王蜥蜴』の突進を食い止める。

 

 それでも止まらない。レヴァンは左手を突き出し、王国に向かう『王蜥蜴』に押し潰されそうになりながら、《それ》に向かって大声で叫ぶ。

 

 

「願え! お前が願うんだ!」

 

 ――!?

 

「お前はまだ何もしちゃいねぇ! 泣く前に! 嘆く前に! 足掻きやがれ!!」

 

 ……。《オレ》に足はない。

 

「茶化すな! ……信じるぜ。お前の言葉を」

 

 

 半ば《盾》ではなくなった光では突進の衝撃を殺し切れない。

 

 レヴァンは受け止めたダメージに血を吐き、それでも声を上げる。

 

 

「救いたいんだろ? 守りたいんだろ? だったら、だったら願ってくれ! 俺たちと共に!」

 

 《オレ》は……、

 

「守るんだ。俺たちが。お前も、お前の願いに応えるんだ!」

「レヴァン様!」

「ミハエル! 野郎共! 声を出せ! 出しやがれ!」

 

 

 願いが届くように。世界を越えて届くように。

 

 

 レヴァンは3体の『王蜥蜴』の突進に飲み込まれた。ミハエルたちはひたすらに『レヴァイア』の名を叫ぶ。

 

 王を信じて。王の無事を祈り、叫び続ける。3体の『王蜥蜴』は何も食えないことに我を忘れて突進を続ける。

 

 レヴァンの発する青い光に包まれながら。彼はまだ諦めていない。

 

 

 《オレ》は……、

 

「帰ってこい! お前の家はここだ! ここにある!!」

 

 《オレ》は……、

 

「迷うな! 願え! 願って、てめぇの願いを、叶えやがれ!」

 

 《オレ》は、

 

「お前は、いったい何がしたいんだよ!!」

 

 《オレ》は!

   

 

 守りたい。

 

 帰りたい!

 

 《オレ》が、皆が愛した世界へ。あの国へ。

 

 

 帰りたい!!

 

 

 《それ》は、自身を縛り付けていた柵を遂に自らの想いで振り切った。帰るべき場所を見出し、全速力で《世界》の海を泳ぎはじめる。

 

 《世界》の理、制約が行かせまいと茨のようにまとわりついて《それ》を傷つけるが構いはしない。たとえ半身を千切られたとしても《それ》は前に進むつもりだった。

 

 見ているだけで悲しみ、嘆くことで傷ついた痛みにくらべればなんてことはない。

 

 

 《それ》は初めて自身の願いを叶えるために力を行使した。天を駆け昇り、空の先にある《世界》の壁、《鏡界》をレヴァンたち王国の願いと、自身の力で突き抜ける。

 

 空の果てから再生の世界に降りる。ここまで決して迷いはしなかった。レヴァンがずっと道を示してくれていたから。

 

 本当に世界を越えてどこにでも届いた、強くて青い輝き。《盾》の光はレヴァンのメッセージをずっと《それ》に伝え続けている。

 

 

「そうだ。見えるか? ここだ。俺たちはここにいるぞ!!」

 

 

 レヴァンの《盾》は多くの願いと想いを集め青く輝く。王国にいるサヨコたちの、王国軍らミハエルたちの、倒れた優真やアギたち、《炎槍》たち、レヴァンに救われた傭兵たち。それだけでない。

 

 王国の地下都市に眠る大帝国の民の魂はレヴァンたちに手厚く弔われたことを覚えている。彼らも共に願う。

 

 砂漠の地に次々と精霊たちが姿を現した。金髪白ローブの、砂更と同タイプの砂の精霊たち。

 

 それらもまた、滅んだ大帝国の民の成れの果てである。精霊たちもかつて共にあった《それ》を覚えている。だから青い光に向かって願う。

 

 

 それの帰還を。

 

 

 『王蜥蜴』は止まらない。青い光は何も見えなくなるくらい激しい光を放っている。

 

 王国崩壊まであとわずか。

 

 

 あと少し。レヴァンは光を翳した左手を伸ばす。

 

「来い。ここだ! 俺の手を取れ!」

 

 《それ》に手はない。だけど光をめがけ、雄叫びを上げてレヴァンの手に向かい必死に伸ばす。

 

 届け。届け届け。

 

 

 届け!!

 

 

 レヴァンの手が何かに繋がったその時。

 

 彼と《それ》は、声を聞いた気がした。

 

 おそらく。きっと亜麻色の彼女の声を。

 

 

 

 

 ――ありがとう。それに、

 

 

 

 

 おかえりなさい

 

 

 彼女は《それ》に向かって微笑んだとレヴァンは思った。《それ》は泣いている。

 

 

 《盾》はかたちを失い、青い光は砂の世界に弾けた。

 

 +++

 

 

 王国の外郭の外。結局彼女たちは最後の最後まで逃げ出そうとしなかった。

 

 信じたから。ひとつになった想いを。


 王国の民は身じろぎもせず、レヴァンの光を見つめ、誰ひとり目を背けなかった。

 

 

 光が弾けたその時。サヨコたちが見たものは、目の前で静止する3体の『王蜥蜴』の巨体。

 

 そして。左手を突き出したまま、魔獣に立ち塞がっている彼の背中。

 

 

「あなた……」

 

 立ち往生。レヴァンは、力尽きたように動かない。

 

 

 終わった? そうじゃない。彼は今、サヨコの声を聞いた。

 

 そうだ。男なんて単純だから。愛する女性ひとを守るためならば、

 

 

 限界も不可能も、いくらだって超えていける。

 

 

 

 

「――《世界》に問う!」

 

 

 

 

 レヴァンは叫ぶ。まだ足りないのだ。

 

 それは、《精霊使い》が授かることのできる、己を賭けて《世界》に請い願い、力を授かる呪文。

 

 

「俺の、俺たちの、守りたいと願う想いは間違っているか?」

 

 

 変わる。

 

 

「違ってるなんて言わせねぇ。応えろ、《世界》! 俺たちに! 『レヴァイア』にもう1度、守る力を寄越しやがれぇぇぇぇ!!」

 

 

 世界が変わる。

 

 月と星と、砂の世界が。

 

 青く、青く輝いてゆく。

 

 

 《世界》は答えた。頑なな《あれ》の心を動かした、お前たちの勝ちだと。

 

 どこへでも連れて行け。《世界》は応えた。

 

 レヴァンは湧き上がる力に促されるままに左手を掲げ、叫ぶ。砕けた《盾》に繋がった《それ》を喚び寄せる。

 

 

「……いいぜ。帰ってこい。相棒!」

 

 《それ》の正体は再生の世界にて西の地を守る、海の悪魔の名を持つ水を司るモノ。上位精霊4体の内の1体。

 

 

 Leviathan

 

 

 世界が変わる。《幻創》の海が砂漠を覆い尽くす。

 

 

 レヴァンに応じ現れたのは、透き通る鱗を持つ巨大な海蛇。海竜と呼ぶにふさわしい。

 

 その大きさは全長80メートルの『王蜥蜴』を超え、《雲鯨》を呑み込んだ《光焔龍》よりも大きい。海竜は何重にもとぐろを巻いて、王国全域とすべての民を守るように包み込んでいる。

 

 全長は10キロなんて下らない。それ以上だ。圧倒的だった。現れた海竜の姿に誰もが呆然とする中、レヴァンは初めて見た相棒に笑うしかない。

 

 

「……ははっ。たしかにでけぇ。『大きすぎる』ってマジだったんだな」

 

 

 海竜の上位精霊はずっと泣いていた。巨大な口から覗く鋭い牙を見せて、巨大な青い目から滝のように涙を流した。

 

 帰ってきた。《オレ》は帰ってきた。それは歓喜の涙だった。

 

 

「……感謝を。今代の《巫女》よ。オレは、オレは……ッ!」

「泣くなよ。あとで歓迎会もしてやるからな。――今は守ろう。俺たちの家を」

 

 レヴァンと彼の精霊は、立ち止まったままの『王蜥蜴』を見た。あの巨体が怯えるように心なしか震えている。

 

 海竜は魔獣を高いところから見下ろし、睨みつける。

 

「薄汚ない『小物』が。ひれ伏せろ。ここがオレの守る国と知っての狼藉か!」

「……なんでそんな高圧的なんだよ」

 

 豹変する海竜の態度に呆れるレヴァン。

 

「我が牙で噛み砕き、喰らい尽くしてくれる」

「食うなよ」

 

 レヴァンは今更ではあるが、利用されただけの魔獣が蛇に睨まれたようにおとなしくなるのを見て申し訳なく思った。

 

 確かにこの精霊の力は『王蜥蜴』を相手にしても大きすぎる。これでは一発逆転どころか弱い者いじめだ。

 

 それでレヴァンは『王蜥蜴』に慈悲を見せることにした。

 

「こいつらは腹が減って暴れただけだ。だからな。食わせてやれよ。お前の魔力」

「……よかろう」

 

 1人と1体は互いを見てニヤリと笑う。

 

 

「浴びるほど、溺れるほどに。さあ。遠慮なく喰らうがいい!!」

 

 

 海竜は身体を少しだけ捻り、それだけで逆巻くほどの波を起こした。

 

 魔人に匹敵する膨大な魔力の奔流は、巨大な津波となって3体の『王蜥蜴』の腹を満たし、呑み込み、魔獣の縄張りである《西の大砂漠》まで押し流す。

 

 

 それだけで王国の脅威すべてを押し流してしまった。

 

 +++

 

 

 王国から遙か遠い場所で、力なく幻の海に浮かんでいる少年たち。

 

 ここからでも守護者たる巨大な海竜の姿が見えた。優真はやっとの思いで隣の溺死体(?)に声をかける。

 

 

「……アギ」

「……こういう人なんだよ。もう何も聞くな」

 

 

 すげぇよ。でもあそこまでやられると俺たちやってらんねぇな。

 

 ……うん。噛ませ犬だね。 

 

 

 だけど。王国は守られた。報われた。

 

 そのことは素直に喜ぶことができた。

 

 

 こうして、一夜にして長い戦いは終わりを迎えるのだった。

 

 +++

 

 

 海竜に守られながら、津波に流されていく『王蜥蜴』を見ているだけの民たち。誰も口を開くことができない。 

 

 

「さーよこさーん!」

 

 

 沈黙する中、最初に声を上げたのはレヴァン。

 

 すべてを守りぬいた王は、やっぱり呆然としていた王妃に話しかけた。

 

 

「あなた」

「こいつさ、うちで飼っていいか?」

「……何だと?」

 

 海竜の姿をした偉大なる守護者、上位精霊は新たな契約者の発言に耳を疑った。

 

「待て。その言い方はまるでこのオレが……ペットだと?」

「名前はあなたが決めてくださいね」

 

 

 サヨコはあっさりと受け入れた。

 

 長い時を経て帰ってきた、新しい家族を。

 

 +++

 

ここまで読んでくださりありがとうございます。

 

《あとがきらしいことを》

 

 最後の数話が難産でうまくまとめられなかったのですが(戦闘パートは伸ばしすぎてはいけないと反省)、砂漠の王国編もエピローグを残すところとなりました。

 

 優真を再びユーマに戻して、私自身も調子を取り戻したいと思います。

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