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幻創の楽園  作者: 士宇一
第3章 前編(下)
137/195

3-13a 王の帰還 前

最終決戦のパーティー結成


レヴァンの対話

 

 +++

 

 

 レヴァンを残して《駱駝》で撤退するアギ達。

 

 輸送車両でもある《駱駝》は、操縦席のある車内に操縦士のアレックスとシュリ、ファルケが乗り込み、装甲車の後部に増設されたキャリーにアギ、アイリーン、マーク、そして優真が乗っている。後部のキャリーでは長い間、沈鬱な雰囲気に包まれていた。

 

 アギは尊敬するレヴァンを今も信じている。それでも、言いようのいない不安とやるせなさが消えることない。

 

 

「アギ」

「……なんだよ」

「ごめん」

 

 アギは一瞬、優真に何を言われたのかわからなかった。

 

 王国を守れなかったことか、それとも「邪魔」と言ったことなのか。考えても返せる言葉が「馬鹿野郎」としか思い浮かばない。

 

 

 なんだよ。あの力は。

 

 なんだよ。その腕は。

 

 なんなんだよ、お前って奴は。

 

 

 本当は言いたいことが沢山ある。だけど何も言えない。この傷ついてぐったりとした親友が機巧魔獣を食い止めてくれなければ、王国はとっくに終わっていたのだ。王国を守った恩人に謝られる筋合いはない。

 

 居た堪れない。誰よりも故郷を守りたかったのは自分だった。守れなかったのは自分だった。

 

 最後まで王様と、故郷の為に戦いたかった。

 

 なのに。今こうやって退いていることが、心のどこかで諦めてしまった自分に気付いてることが何よりも悔しい。

 

 

「ユーマ。お前はよくやった。あとは王様を信じろよ」

「……うん」

 

 優真はもう1度「ごめん」と言った。こんな時でも優しくできるアギの強さを羨ましく思う。

 

 

 ――ああ。俺は最低だ。狂ってる。

 

 

 優真は思う。情けない。

 

 弱いから。もう力が残っていないから。――諦めが悪かったから。

 

 

 自分勝手な理由で仲間たちを巻き込もうとしている。

 

 

「お願いがあるんだ」

「! お前」

 

 この場にいる誰もがその一言にはっとした。

 

 アギだけではない。アイリーンも、マークさえも背筋が凍った。同時に自分の中で燻る何かを刺激されるのを嫌でも感じてしまう。

 

 

 少年の目が死んでいない。今も物騒な光を宿している。

 

 

 +++

 王の帰還 

 +++

 

 

「さーて。どうしたものか」

 

 優真たちの前では見栄を張った。迫り来る魔獣の山を前にしてレヴァンは思案する。

 

 

 『王蜥蜴』は片目が潰れたやつが1体、それと額に赤い何かが刺さっているやつでもう1体、

 

 そして。正面に立つレヴァンからはわからないが、彼と縁のある尻尾を半ばから切られているやつの計3体。正直これらを1人で抑えるのは無謀だと、レヴァンはわかっている。

 

 

「それでも……やるしかねぇだろうが」

「あらん。王さまったらほんとに1人でやる気?」

「あ?」 

 

 いきなり声をかけられた。レヴァンの前に姿を見せたのは燃えるような赤い髪の女と、凍てつく氷の目をした巨漢。

 

 《炎槍》と《氷斧》。

 

「ねーちゃんと旦那か。なんの用だ?」

「営業よん」

 

 軽い調子で言う、おそらく最強の女傭兵は、この土壇場で自分たちを売り込んできた。

 

 《炎槍》はレヴァンに提案する。今傭兵として自分たちを雇う気はないかと。

 

「なんだと?」

「これ以上無い援軍だと思うけど」

 

 報酬に期待するわよん、と《炎槍》。

 

 商売上手め。この魅力的な提案にレヴァンは舌打ち。

 

「なら2人で3体だ。時間稼ぎでいい。頼めるか?」

「……それだけ? 王さまは何をする気?」

「説明はあとだ。そのくらいやってくれなきゃ俺1人でいい」

「そうねぇ」

 

 彼女は相棒と目だけで相談する。相談を受けた《氷斧》は、あることに気付いて口を開いた。

 

「引き受けるのは2体。1人あたり1体だ」

「何?」

「あら。この子って」

「……」 

 

 3人の前に現れるのは金髪白ローブの、人型をした砂の精霊。

 

 流石にこれまでの戦いで魔力を消耗しているのか、砂更の姿は半透明に透けて見える。

 

「お前は坊主の。どうしてここにいる?」

「……」

「あん? 代理だ? 坊主を止めてくれた礼だって?」

「……」

「わかったよ。好きにしろ」

「……」 

 

 砂更が参戦することに決まった。これには《精霊使い》である《炎槍》が「どちらも変わってるわねぇ」と感想を持つ。

 

 自分の意志で主人と別行動を取る少年の精霊。《精霊使い》でもないのに、精霊と意思疎通を図ることのできるレヴァン。

 

 

(見たところ火燕ちゃんと同格みたいだから下位の精霊よね? 坊やの精霊が離れて活動できるのは……? 契約が切れてる。それでいて坊やに尽くすの? 忠誠心かしらん?)

 

(それに王さまの力は……『レヴァイア』。ああ。そういうこと)

 

 

 《炎槍》はレヴァンが『王蜥蜴』を相手に何をしようとしているのか、なんとなく察した。

 

 

 面白い。前代未聞の奇跡を起こそうとしているこの王は、見る限りその資格と資質を持っている。彼女はそう思う。

 

 分の悪い賭けじゃない。《炎槍》はこれから起きるであろうことにゾクゾクしてきた。

 

 燃えてきたのだ。こうなると相棒である巨漢の斧使いは人知れず溜息を吐くしかない。

 

 

「最終戦のパーティー。これで決まりかしらん?」

 

 《炎槍》は全長10メートルを超える武装術式、《炎樹槍》を展開。燃え盛る大樹を思考操作で豪快に振り回す。

 

 

「……《雷槌》が仕損じた魔獣か」

 

 《氷斧》は『王蜥蜴』を見据えると、握った斧の柄に冷気を纏わせ《炎槍》に負けないくらいの巨大な戦斧を氷で創る。

 

 

「……」

 

 砂更は残る魔力を練り上げ砂漠の砂を操った。

 

 主人の少年を真似して模造するのは、20メートル級の大型魔獣『砂猿』。

 

 

「王さま。いつでもいいわよん」

「ああ。おめぇらに命を預けるぜ。いってくれ!」

「了解!」

 

 《炎槍》が《氷斧》が、砂の魔獣が。まだ遠くにいる『王蜥蜴』に向かい、それぞれぶつかっていく。

 

 

 最終決戦。

 

 +++

 

 

 しかし。 

 

「……やべっ。ブルってきた」

 

 

 《炎槍》たちが突撃する中。1人になったレヴァンはがくがくと身体を震わせていた。武者震いではない。

 

 

 本当はとっくに限界を超えていた。体力気力共に空。レヴァンはもう《盾》1枚展開するのも無理なくらい疲弊していたのだ。

 

 目眩と頭痛はゲンソウ術の使いすぎによる脳の負担から。身体が震えるのは恐怖ではなく疲労からくる痙攣だった。彼1人ではもう何からも守ることができない。

 

 

「あー。酒も飲んでねぇのに頭いてぇ。腹も減ったが眠てぇ。……サヨコさんに癒されてぇ」

 

 誰もいないことをいい事にレヴァンは独りごちた。まるで目の前で繰り広げる死闘から逃避するように。

 

 傭兵たちはそれぞれ巨大な武装術式をぶつけて、砂の魔獣は体当たりして『王蜥蜴』の勢いを殺そうとしている。しかし相手は80メートルを超える超大型魔獣。10メートルサイズの槍や斧でも20メートルサイズの魔獣もどきの体当たりでさえも、『王蜥蜴』の突進は速度が落ちるだけで止まらない。

 

 王国の崩壊は徐々に近づいてくる。そんな中でレヴァンは考える。

 

 

 そうだ。帰ってサヨコさんを抱きしめよう。

 

 

 レヴァンは妄想に耽る。膝枕もいいが抱き枕は最高だ。

 

 まずは彼女の細い肩を抱き寄せ、頭を自分の胸元に寄せてぎゅーっ。それから彼女の結い上げた髪を勝手に解いて、抱きしめながら髪に触れるのだ。

 

 艶やかで長い黒髪の感触はいつだって飽きない。彼女が自分の背中に腕を回してぎゅっ、と抱きしめ返してくれれば、それだけで幸せになれる。

 

 あとは彼女の匂いとぬくもりを感じながら、そのまま眠ることができたら――

 

 

 ――その前に。やるべきことがあるでしょう?

 

 

「……ああ。わかってるぜ。サヨコさん」

 

 実はレヴァンはその花を実際に見たことがない。だけどレヴァンは自分だけの『桜』を心に想い描くことができる。

 

 最愛の王妃を思い出せば、彼女の笑顔を守るためならば、レヴァンは何度でも力を取り戻せた。

 

 彼女を抱きしめたぬくもりはずっと左腕に残っている。守りたい。レヴァンは願い、力を手にする。

 

 左手の《盾》1枚。それがサヨコがくれた最後の力。

 

 

 レヴァンは《盾》を夜空に掲げ、念じる。すると最後の《盾》は眩い光を放ちはじめた。世界を越えてどこにでも届くような、強くて青い輝き。

 

 これはレヴァンが最近、西の果てにあるとある国で教わった魔術。奇跡を起こす鍵。

 

「感謝するぜおちびちゃん。俺は、いい買物をした」

 

 《交信》。それは『声』を聞くことしかできなかったレヴァンに『対話する力』を与える。

 

 

「はじめまして、だな。お前にはずっと世話になってたのに挨拶が遅れた。悪かったよ」

 

 

 聞こえるか? レヴァンは《それ》に話しかけた。 

 

 +++

 

 

 7年前。『レヴァイア』と名を改めたその日から彼は不思議な力を授かった。見えないなにかを知覚できるようになり、時折なにかの『声』が聞こえるようになったのだ。

 

 危ない。助けて。

 

 その声に導かれるままレヴァンが『跳ぶ』と、その先では常に事件が起きていた。都市開発の事故に遭遇することもあれば行き過ぎた喧嘩の最中に飛び込むこともあり、酷ければ人さらいが仕事する場面に出くわすこともあった。

 

 偶然とは思えない。このことをサヨコや彼の舅となる元皇帝(レヴァンは一応婿。今も殴り合うほど仲が良い?)に相談すると、2人は少しだけ驚いて「それは皇族ではない『真のレヴァイア』だから」とよくわからない答えを彼に返した。

 

 予知能力みたいなものだろう。レヴァンはそう割り切ると『声』の正体をよくわからぬまま受け入れた。それからは『声』を聞く度に《蜃楼歩》で事件に介入しては《盾》で国のものを守り、それ続ける内にレヴァンは王であると同時にヒーローのようになった。

 

 実は昔レヴァンが幼少のアギを孤児院の火事から救ったのも、ユーマたちの危機にどこからでも駆けつけることができたのもこの『声』のおかげである。

 

 目に見えなくても必ず傍にいる。王国を守る《盾》の王、レヴァンにとって《それ》は、相棒と呼べる存在であった。

 

 +++

 

 

 話かけてみたが返事がない。とりあえずレヴァンは対話を続けることにした。

 

 《それ》に伝えたい事は沢山あった。

 

「いつもありがとな。お前がいなけりゃ俺はこの国の家族を守ることができなかった」

 

 ……。

 

「こんな時になって礼を言うなんて随分情けない話だが……え?」

 

 そんなことはない。《それ》はレヴァンに答えた。

 

 助けてくれたのはお前だ。守ってくれたのはお前だ。そう言った。《それ》はいつも『声』を聞き入れ、力を貸してくれるレヴァンに感謝した。

 

 感謝を。その言葉がレヴァンは嬉しかった。こんなことならもっと早く話かけてやればよかったと彼は少し後悔した。

 

 

 でも今は親交を深める時間がない。レヴァンは真剣な顔をして対話を続ける。

 

 

「それはお互い様だぜ相棒。……それでだな。今の状況、わかるだろ?」

  

 ……。

 

「都合がいいのはわかってる。でも頼む。力を貸してくれねぇか?」

 

 それはできない。《オレ》は無力だ。

 

「駄目なのか? 俺の力が足りないせいか?」

 

 力ではない。願いだ。

 

 お前の守りたいという願い。それはどのヒトよりも強い。しかし1人には限界がある。

 

 あの《転写体》がそうだ。破壊を願うなど随分と無理をした。

 

「坊主のことか? 転写体? なんだそれ」

 

 《オレ》は無力だ。お前1人の願いに応えるには《オレ》は大きすぎる。

 

 《オレ》は無力だ。お前に声を掛けることしかできない。

 

 《オレ》は『また』、『お前たち』に何もしてやれない。

 

「……質問にも答えてくれよ」 

 

 

 無念と悔恨。無力に打ち拉がれる声。《それ》は、王国という芽生えた希望が潰えてしまうことに絶望していた。

 

 『王蜥蜴』が迫る。《炎槍》たちも粘るがレヴァンの元まであと1キロを切る。

 

 

 《オレ》は無力だ。《オレ》は……

 

「そんなことはねぇ! お前はずっと俺に力を貸してくれた。一緒に『俺たちの家族』を守ってきたじゃねぇか」

 

 ……。

 

「わかってくれ。お前は1人じゃねぇ。それに守りたいと願ってるのは俺だけじゃねぇんだ」

 

 ……本当にそうか?

 

「なんだと? ちょっと待て!」

 

 

 《それ》は口を閉ざす。なんと言おうが今ここにはレヴァンしかいないのだ。

 

 長い時を経て捻くれモノになった《それ》は、レヴァンの言葉を信じる事ができずにいる。

 

 

(畜生。俺だけじゃ無理だ)

 

 レヴァンに反応して《盾》が更に輝く。

 

 

(誰でもいい。このわからず屋に教えてやってくれ!)

 

 

 世界を越えてどこにでも届くような、青い光が夜の砂漠を照らす。

 

 光はレヴァンの『メッセージ』。受け取った彼女たちは彼に応える。

 

 

 ドン! ドドン!

 

 

「! こいつは……」 

 

 レヴァンのいる場所から遥か後方。砂漠の王国から鳴り響く炸裂音。

 

 

 砲撃ではない。これは……花火だ。

 

 +++

 

 

「キャノンストライカー、ダブルで起動。いっくよーーっ!」

 

 

 マシンアームの両腕を《虎砲》の主砲である120ミリ砲――それをマシンアームに内蔵できるよう短砲身に改造したマルチシリンダー――《キャノンストライカー》に換装したチェルシー。

 

 一足先に戻り『王蜥蜴』の接近を伝えた彼女は、何故か王国の外郭から砲弾の代わりに花火を打ち上げていた。

 

 チェルシーだけではない。《レアメダル・メカニック》をはじめとする西校の生徒にポピラ、残った王国軍の兵たちや研究所の技術士たちも次々と花火を打ち上げている。マークが率いてきた《黒耀騎士団》の魔術師は代わりに炎系の魔術を夜空に撃つ。

 

 

 危機を知らされても誰も国を放棄しなかった。今は国の外に出ては王妃であるサヨコと共に、皆で王国の運命を見守っている。20万の国民だけではない。ここにはレヴァンに助けられた傭兵たちもいる。

 

 王国からはまだ『王蜥蜴』を確認できない。でも遙か遠くにある青い光は、ここからでもはっきりとわかった。光が王のものだと誰もが理解し、じっと見つめていた。

 

 

 一方、サヨコの傍にいるミヅルは《転移門》で速やかに脱出しない彼女たちをどうしても理解できない。

 

 また。今打ち上げてる花火はすべて彼女の敬愛するサヨコの指示だった。

 

 

「叔母様。花火なんて、どうしてこんなことを?」

「なんとなく。ただあの光を見るとあの人が助けを求めてる気がしたのです」

「なんとなく、って」 

 

 ミヅルは絶句。でもまっすぐに先を見つめるサヨコの横顔に何も言えることができない。

 

 サヨコは確かにレヴァンの『メッセージ』を受け取った。花火は彼への返事なのだ。

 

 

「聞こえますか? 私たちはここにいます。私たちはあなたを信じてます」

 

 

 ――あなたが守るというのなら、わたしたちはいつだってあなたを支えます

 

 

 皆がレヴァンを思い青い光を見つめている。

 

 王国は輝く《盾》のもと、ひとつになる。

 

 +++

 

 

「……おい。聞こえるかよ。みんなの声が!」

 

 ……。

 

 《それ》は返事をしない。だけどサヨコたちの花火、声は確かに届いている。

 

 それだけじゃない。青い光に導かれ、レヴァンたちのもとに集まる人だっていた。

 

 

「レヴァン様!」

「リーダー!」 

 

 先頭を走るのは《機巧剣》を担いだミハエル。続くのは精鋭たる3万もの王国軍の兵たち。

 

 レヴァンを「リーダー」と呼ぶ多くの猛者は反乱軍時代からの戦友たち。強行軍で王国に戻る彼らもレヴァンの『メッセージ』を受け取っていた。それでさらに無茶をして、潰れる覚悟で彼のもとへ駆けつけたのだ。

 

「おめぇら!」

「リーダー。おもしれぇことやってんじゃねぇか」

「帝国軍の野郎が相手じゃなかったのか?」

「へっ。元々『王蜥蜴』とやりあう話だったんだ。こっちがやりがいがあるってもんだ」

「またあいつの尻尾、食ってやろうぜ」

 

 7年経った今でもふてぶてしい仲間たち。

 

 流石に疲弊しきった王国軍を頼るわけにはいかなかったが、直接彼らの声を聞くことができたのが何よりもレヴァンの力となった。

 

 《盾》の輝きが更に増す。

 

 

「……馬鹿野郎が」

「レヴァン様。どうしましょうか?」

「よし! ミハエル、お前が応援団長だ。音頭をとれ。あとは野郎どもと適当に声出してろ」

「はい?」

 

 またとんでもないこと言われた国王付き『元』宰相補佐官の改造人間。

 

 これにはミハエルだけでなく王国軍の誇る歴戦の猛者たちも「はぁ?」それから「なんじゃそりゃ!?」でそのあと遠慮無いブーイング。

 

「リーダー! ここまできてそりゃねぇだろ」

「「「そうだそうだ!」」」

「うるせぇ! バテバテのおっさんどもが。今のおめぇらでも声くらいいくらでも出せるだろうが!」

「そりゃあ……そうだが」

 

 3万人のブーイングをレヴァンは一蹴。

 

「なんだよ。『俺たち』を信じられないってか?」

「「「……」」」

「どうなんだよ?」

 

 あーもう。

 

 野郎どもは思いをひとつにしてレヴァンに叫んだ。

 

「「「勝手にしろ!!」」」

「おう。任せな」

「……はぁ。あなたという人は」

 

 ミハエルは溜息に苦笑。王命で応援団長に就任した彼は仕方なしに王国軍の指揮を執る。

 

 夜の砂漠に野太いおっさんたちの声が轟く(もちろん青年たちもいるが)。彼らの声は応援団長がいるにも関わらず全く揃わないが、誰もが喉を枯らして必死で声を張り上げている。

 

 彼らはずっとレヴァンに声援を送り続けた。

 

 

 『王蜥蜴』はレヴァンまであと数百メートル。《炎槍》は《炎樹槍》を突き出すと同時に特大の火炎放射を浴びせ続け、《氷斧》は氷の巨大戦斧を何度もぶつけては砕いてを繰り返し、砂更の『砂猿』もどきは真正面から組み付いて踏ん張っている。

 

 

 3万もの声援を受けたレヴァンは、《それ》にもう1度話しかける。

 

「なあ。間違ってねぇだろ? 俺たちにはみんながいる。みんなが国を守りたいと願っている」

 

 ……。

 

「お前言ったよな? 俺1人の願いに応えるのにお前は大きすぎるって。でも俺たちみんなの願いならどうだ? みんながいて、それでもお前は力になってくれねぇのか?」

 

 ……駄目だ。それでも。

 

 それでも《オレ》は無力だ。お前たちに何もしてやれない。

 

「なんでだよ!」

 

 

 《それ》の言ってることがどこかおかしいのにレヴァンは気付いていた。まるで力になれないと言うよりも『力になっても意味が無い』そう聞こえるのだ。

 

 わからない。レヴァンは初めて向き合った《それ》のことをよく知らないのだ。

 

 わからなければ訊ねるしかない。

 

 

「……教えてくれよ。どうして拒むんだ? 一体お前に何があったんだよ?」

 

 《オレ》は……

 

 

 裏切られた。そして救えなかった。

 

 《それ》は、わかりやすく『記憶』を直接レヴァンに見せた。

 

 +++

 

 

 400年前。かつて西国で栄華を極めた国の名は、今では正しく知るものが殆どいない。人は今も昔もその国を《西の大帝国》と呼んでいた。《それ》はこの国の守護者だった。

 

 

 記憶。《それ》は大帝国の民を愛し、民もまた国を護り恵みを与える《それ》に感謝を捧げていた

 

 記憶。国には代々《それ》に仕えて《それ》の声を民に届ける巫女がいた

 

 記憶。亜麻色の髪の女。聡明で優れた力を持ち、《それ》と深く心を通わせることができた彼女。最後のレヴァイア

 

 記憶。彼女は《それ》との繋がりを自らの手で断ち切ると、《それ》を国から切り離して《世界》に還した

 

 

 彼女の独断じゃない。これはすべての民の意思。

 

 《オレ》は裏切られた。

 

 

「なっ!?」

 

 驚くレヴァン。まさかこれこそが大帝国が滅んだ原因だというのか?

 

 

『風森をはじめ○○の加護を受けた国は《世界》に守られる。逆に○○のいない、『○○を拒絶した国』は例になく滅びの運命を辿る。《帝国》もそうだ』

 

 

 信じられない。大帝国の民が《世界》の守りを放棄していたなんて。

 

 ……違う。何か理由があるはずだ。レヴァンは見せられてる『記憶』を巡る。

 

 

 記憶。戦があった。魔人戦争。その前哨戦とも呼ぶべき歴史に記されない戦いに民は魔人に機械で抵抗した。《それ》もまた民を守るため彼女と共に戦った

 

「そうか。魔力を使わない機巧兵器は魔人に有効だが反面魔法攻撃に対する防御が弱すぎる。そこをお前が盾になって守ってたんだな」

 

 記憶。魔人との戦いで《それ》と彼女は深い傷を負った。彼女たちだけでは数千万の民を守れなかった

 

「まさかお前らだけですべての攻撃を受け止めていたのか? そりゃ無茶だろ」

 

 そう。いくら彼女が優れても1人で《オレ》を支えるのは限界があった。《オレ》は、

 

「大きすぎる、か。なるほどな。体験談かよ」

 

 ……。

 

 記憶。幾千の剣を操る黒髪の少年。白を身に纏い白猫を抱いた魔人の少女

 

 この時、一時的にも魔人から民の危機を救ったのは《剣》。そして《裏切りの魔女》。

 

「! 勇者か」

 

 《剣》のゲンソウは民に希望を見せた。そして《剣》が《聖王国》が喚び寄せた異界のモノだと知ると、民はある決断を下した。

 

 それは。

  

  

「大帝国を守る新たな守護者。……勇者の召喚だと!?」

 

 民を守れなかった《オレ》は、切り捨てられた。

 

「お前……」

 

 

 声は深い悲しみに満ちていた。《それ》はレヴァンにその後を語る。

 

 

 用済みとなった《オレ》は《世界》へ強制送還された。その後の民を行く末を《オレ》は遠くから見ていた。

 

 結局召喚の儀式は失敗。膨大な『魔人の魔力』を暴発させて国は滅び、儀式の贄となった彼女も死んだ。

 

 《オレ》の声を聞けるものは誰もいなくなった。民の多くは国と運命を共にして砂となった。

 

 だが。すべての民が滅んだわけではなかった。

 

「そいつは、まさか地下の!」

 

 彼女のいない《オレ》は、この世界では何もできない。《オレ》は大災厄を生き延びた民が砂の下で10年かけて緩やかに絶望し、飢えて死ぬのを見ているだけしかできなかった。

 

 生き埋めになった民を助けるものは誰もいなかった。《オレ》しか知らなかったのだ。《オレ》の声はもう、誰にも届かない。

 

 《オレ》は無力だ。救えなかった。

 

 《オレ》の愛した民は、《オレ》の目の前で滅んでしまった。

 

 ひとり残らず、すべて。

 

「……待てよ。ひとり残らず、だと? じゃあ《帝国》は何だよ? サヨコさんたち皇族は!」

 

 

 レヴァンがふとした疑問を口にすると、《それ》は悲しみから一転して怒りを露にした。

 

 《帝国》は大昔に『帝国貴族』と名乗りを上げた、余所者が作った彼らの国。すべて偽りだと《それ》は侮蔑の思いを込めて言う。

 

 それを聞いてレヴァンは、初めてサヨコと出会った時のことを思い出す。

 

 

『……なんだよ、貴族って奴らは。自分の国も守れねェ腰抜けなのか?』

『あれは大昔から貴族などではありません。偽りの特権を振りかざして奪うことしかできない愚者の集まり』

 

  

「……サヨコさんは知ってたんだな。ほんとは皇族じゃねぇって」

 

 《オレ》と彼女たちの名は、『帝国貴族』に国の象徴として使われた。彼らに『レヴァイア』の名を与えられた偽りの皇族たちもまた、《オレ》の知る皇族や民、彼女たちとはなんの縁のないもの。

 

 彼らの奴隷。『砂喰い』と呼ぶものたちだった。

 

「!?」

 

 《オレ》は、《オレ》の愛した国の、次に生まれた国に失望した。

 

 《帝国》と呼ぶあの国にもしも《オレ》の声を聞けるものが現れたとしても、力を貸すつもりは微塵もなかった。

 

 《オレ》は、遠くから見ているだけ。裏切られた悲しみと救えなかった後悔を抱えたまま。

 

 ずっと。ずっと見ているだけだった。

 

 

 それから……

 

 

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