3-12 最後の罠
優真とレヴァン。そして砂漠の王国編のラスボス
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レヴァンに割り込まれた優真は、怒りに満ちた彼の顔、次に弾かれた短剣と見てぼんやりと考える。
わからなかった。どうしてこの人はアレを庇っているのだろう。
王国を襲撃した元凶の帝国軍、『帝国貴族』をどうして《盾》で守ったのか。
「どいてください」
「させねぇよ」
「敵なんですよ」
「そういう話じゃねぇんだ」
「こいつらが機巧魔獣を。あんな数、下手をしたら王国は!」
「違う!」
レヴァンは叫ぶ。同じやりとりを2度もする気はなかった。
とめたかった。
これ以上少年の振る舞いを見ていられなかった。
帝国軍の成れの果て、機巧魔獣の群れは少年によって壊滅した。ここにはもう墜落した要塞級以外は砂と瘴気と化した魔力の残滓しかない。
一方的な破壊。繰り出した多くの技は人のなせる業ではなかった。
連続発動した大規模殲滅術式。特に少年の見せた光の龍は《擬似召喚魔術》というゲンソウ術の秘奥に近い。それは《鳳凰術》のロート家をはじめ《世界の記憶》を保有する特殊な家系の人間しか使えなかったはず。
それに夜空に広がった輝く銀の燐光。
《魔導砲》の光を打ち払う翼を遙か遠くから見たレヴァンは酷く動揺した。あの力の使い手を彼は1人しか知らなかったから。『現れた』と彼はつい思ってしまった。
レヴァンは思う。先ほどの戦いといい、今の少年はあまりにも似すぎている。
(……違うだろ。なんで坊主だよ)
落胆に近い思いを抱いた。同時に僅かに期待していた自分に気付いてレヴァンは苛立ってくる。
(あれだけのことをしたのが、なんでここにいるのが『お前』じゃない?)
レヴァンはやるせない怒りに駆られつい優真を睨みつけてしまう。少年は全く動じず、逆に醒めた目で睨み返した。そんなところもそっくりでレヴァンは怒りを過ぎて憐れにさえ思う。
光を映さない少年の瞳。金色に見えるのはレヴァンの錯覚である。
一方であらゆるものを捨てた優真に迷いはない。機巧魔獣を潰し、要塞級を潰し、それから、
争いの芽を潰す。そのために彼は中将を……
「もういいだろ? 戦いは終わった。だから」
「許すんですか?」
中将を、帝国軍を。
大事なものを危険に晒されたあなたが!
激昂する優真。でもレヴァンにすればそのやりとりも2度目だ。煩わしくて何もは答えない。
優真の怒りなんて些細なことだった。もっと大事なことがある。その為にレヴァンは優真の前に立ち塞がった。
中将を守るためではない。レヴァンが『跳んで』きた理由は1つ。彼は大事なものを守ろうとするすべての味方だからだ。それは決して人だけではない。
見失っている優真は気付いていない。今。レヴァンだけが助けを求める『声』を聞くことができた。
「短剣を見ろ」
「……え?」
「ふざけた声出すなよ。いい加減気付きやがれ」
レヴァンの言うことがわからず、怒鳴られてやっと優真は握りしめた短剣を見る。
《守護の短剣》。元々は風森の国宝でありエイリークからの借りもの。エイルシアの短剣と対となる《精霊器》。
この短剣は彼女の『おうち』。
やめてくださいー
とまってくださいー
「……風葉?」
優真には短剣を握る手にしがみつく、ちいさな羽つき妖精が殆ど見えなかった。
身体の下半分を失い半透明どころか『もや』のように薄い。注意深く見て『いる』と感じ取れるのがやっと。
風葉は存在が危うくなるほど魔力を消耗し尽くしていた。弱りすぎて声も出すことも伝えることもできない。
届くことのない声をあげて、風葉は必死に少年の凶行を止めようとしていた。少年が壊れる最後の一線で踏みとどまっていた。
約束を守る為に。
――わたしたちは、あなたに人を殺めさせません
精霊はいつだって少年を護るためにいる。
「わかるか? そいつはお前を止める一心でくっついてるんだぞ。泣いてるんだぞ」
「レヴァン、さん……」
「なにしてやがる!!」
誰でもない。守るべきものをテメェが捨てるな。
踏み躙るな。そんな奴、この俺が許さなねぇ!
レヴァンの怒りはどこまでも正しい。優真は捨ててしまったものの重さにようやく気付かされる。彼が止めなければと本当に失くしてしまうところだった。
風葉を大事に思う心。力を振るうために払った代償を優真は少しだけ取り戻した。
虚ろだった瞳に光が戻る。
「……ごめん」
優真は左手にしがみつく風葉の頭を撫でてあげたかった。でも感覚のない炭化した右腕は肘から下が全く動かない。
拳も握りしめたかたちのまま。優真は今になって言いようのない喪失感に襲われる。
壊すだけ壊して、壊れて失っていく。そんな力。優真がやったのは機巧魔獣を壊しただけ。
やっぱり。何も守れなかった。
「剣をしまえ」
「……はい」
それでも最悪の事態は免れた。
レヴァンは消えていく精霊の存在と、歪んでいく優真という少年の存在を救った。
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「納得がいかないって顔だな」
「そんなこと」
正気に戻ったのはいいが未だ険しい顔をしている優真。あれだけ自分を止めておいたレヴァンが中将に《必殺・王様パンチ》をぶち込んだことに納得がいかないらしい。
そう。レヴァンは1発殴って中将を解放した。レヴァンの仇敵ともいえる男だったにも関わらず。
20年前。私利私欲で軍を率いては道楽で砂漠の民の集落を焼いていた『帝国貴族』の1人。悪魔の怒りを買い、返り討ちにあっておめおめと逃げ帰った小物。それが中将だった。
中将は当時のレヴァンのことなど覚えていなかった。昔のレヴァンは勿論『レヴァイア』ではなく、王でなければ反乱軍にさえ参加していない。『帝国人』に虐げられる砂漠の民のガキの1人にすぎなかった。
昔の話だ。
捕虜にする価値もないと中将を見逃したレヴァン。
中将が「お、覚えてろ」と捨て台詞を吐くと「忘れるな」と言って彼は殴りとばした。
本当にそれだけだった。そのやりとりの意味を優真は最後まで理解することはない。
今の優真は反抗期の少年らしい楯突くような目つきをしている。危うさは大分薄れたが調子が戻るのは時間がかかりそうだった。
レヴァンは優真に少しだけ説明した。
「『帝国貴族』にもいろんな奴がいてな。前の戦で反省した奴もいれば懲りなかった奴もいる。あいつは後者だった」
その中でもあれで中将は過激な主戦派だったという。彼は《砂漠の王国》が怖かったのだ。
「ビビってたんだよ。虐げてきた『砂喰い』が国なんか作って力付けて。亡命先にいつ報復に来るかわかんねぇ、って」
「そんな」
「滅ぼさなきゃ安心できなかったんだよ。坊主、お前もそうじゃなかったのか?」
優真は答えられない。機巧魔獣の群れに空飛ぶ要塞級を前にしたあの時を思い返せばそうかもしれない。
弱い奴ほど攻撃的になるとレヴァン。優真は耳が痛い。
「それにな。本当に悪い奴ってのは慎重で狡猾だ。『深い』ところにいて決して姿を現さねぇ。正直あいつ1人締め上げてもたかがしれてる」
レヴァンは戦を仕掛けた黒幕は中将を唆した別の『帝国貴族』だと思っている。
しかし。それは間違いで本当の黒幕は彼らさえも『覚えていない』。
機巧魔獣の出所を含め、手がかりとなるのは後にオルゾフが『忘れずに』持ち帰った情報だけである。これが大きな波紋を呼ぶのは別の話。
《新帝国軍》は機巧魔獣により壊滅。7年もかけて用意した機巧兵器をすべて失い、集めた1万を超える傭兵もその半数が機巧魔獣によって虐殺された。王国の外で暗躍する『帝国貴族』の中には中将に支援した者も多く、今回の大敗で手痛い打撃を受けてしまっている。
軍を失い主戦派は再起不能に陥った。これで『帝国貴族』が王国に一切手を出さなくなるか一層危険視するかどうかはわからない。
言えることは『帝国貴族』の中でも失墜するであろう中将にはもう、なんの力もない。全て失ってしまった。レヴァンはそんな中将に手を差し伸べるまでの優しさはなかった。
王国を巡る一連の戦い。失うものはあっても得るものは誰も、何も無い。
「奪いあって潰しあって、傷つけあっても。それじゃあ何も取り戻せねぇんだ」
「……」
レヴァンが思い出しているのは失ってきた同胞たちのことだろうか? 彼の視線の先はここではないどこかで、どこまでも遠い。
潰すことしかできなかった優真は、何も言い返せなかった。
戦いは終わった。王国はレヴァンの《盾》のおかげで人的損害は殆ど無かったが怪我人は多く、消費した物資やこれから必要になるだろう医薬品、都市の修繕などのことを考えるとレヴァンは頭が痛い。
「傭兵も放置しとくわけにはいかねぇよな。……あー。とりあえず帰るか」
優真も相当酷いがレヴァンも負けずボロボロだ。包帯代わりに右腕に巻いた帯が血に染まって痛々しい。
レヴァンは誰よりも疲れきっていた。
いくら『サヨコさん成分』を途中補給したとはいえ今日1日で《城壁》をはじめ何百万枚もの《盾》を使っている上に負担の大きい《真・王様ジャンプ(仮)》を使いすぎた反動もある。そんな素振りは決して見せない男であったが。
「近くまでアギたちも来ている。待たせてるから合流するぞ」
「あっ……」
歩き出すレヴァンの一言にはっとする優真。
機巧魔獣と戦っていた時の自分を見られていたかも知れない。そう思うと優真は足を動かせなかった。
今回はやりすぎたなんてレベルじゃない。常軌を逸してることは優真だってわかっている。
自分は普通じゃない。
本当にすべてを晒してしまった。どう思われるだろうか?
『ユーマ』が築いたもの、そのすべてを壊してしまう覚悟を持って力を振るった。だけどやっぱり迷ってしまう。
戻ってはいけない。そんな気がする。
先を歩くレヴァンは途中で優真が付いて来ていないことに気付いた。見ると優真は俯いて1歩も動いていない。
「……ったく」
レヴァンは面倒そうに反転。ざくざくと砂を踏んで戻ると、優真の頭を遠慮無く右の拳で殴った。
拳骨だ。
――切り替えろ。抱え込むんじゃねぇ
「あ……」
驚いた。その拳は、その言葉は間違いなく彼のものだ。
優真が《幻想》したマガイモノの《狼》じゃない。今では懐かしいその痛みが優真の心を強く揺さぶる。
(大和、兄ちゃん……?)
どうして?
知っている?
戸惑う優真を他所に、レヴァンは声をかける。
「ここで寝るなよ。いいから国に帰るぞ」
「! 離して。俺は!」
レヴァンは優真言い分を聞きはしない。少年の無事な方の手を掴んでは強引に引っ張り、ざくざくと先へ進む。
大きくてかたい手だった。
少年の生きた年数以上の時を戦いの中で過ごし、その中で多くのものを守ってきた男の手。
殴るだけじゃない。少年の手を掴むことも、包むこともできる手だ。
「見ろよ」
しばらく引っ張られるままに歩き続けていた優真は、レヴァンが促されるままに前を向いた。
月と星と、砂の世界で。
暗闇の先に光り輝く大きな国がある。
砂漠の王国。
砂漠に住むすべての民の故郷。1人の男が理想を形にした家族の家。
その光の正体があちこちで打ち上げた照明弾だと優真は知っているけど、綺麗だと素直にそう思う。
あの国に住む人達の力強さとあたたかさを知っているから。
「俺たちが守ったんだ。胸を張れ」
お前も誇っていいんだ。優真に言うレヴァンの声は優しかった。
本当はもっと言いたいことが沢山ある。少年に向かってあんな馬鹿の真似をして、救いようがない馬鹿だと、レヴァンは昔のように胸ぐらを掴み罵ってやりたかった。
そうしなかったのは少年が身も心も深く傷ついてることに気付いたからであり、気遣う余裕があったからだ。今の彼だからできる。
大人になった。
少年を見るとレヴァンは昔わからなかったことに気付かされることが多い。それで酷くそう思う。
レヴァンは訊ねた。
「なぁ坊主。仲間を置いて自分を犠牲にして、大事なもんを失くしそうなってまでして、お前は何がしたかったんだ?」
「それは……」
「言えねぇか?」
優真は頷いた。
自分の戦いを省みて、誇らしい気持ちには決してなれなかった。
「……そうか。でも気まずい思いすんのなら最初から1人で突っ走るんじゃねぇ。悪いことしたと思ってんならちゃんと向きあって、頭を下げて謝って、自分の言葉で謝って……それで許してもらえ」
「許す?」
「仲間なんだろ? だったら怖がるな」
「――!」
心を見透かされたような気がした。優真は驚いてレヴァンを見る。
「レヴァンさん……」
「まずは皆に会って安心させてやれよ。それで互いの無事を喜べ。お前が誰かの為に戦ったというのなら、皆と一緒にいていいんだ」
1人で背負うな。
1人で責めるな。
お前を受け入れてくれる奴は、お前がしたことを許してくれる奴は必ずいる。
なぜなら。
「お前は守ったんだ。よくやったよ」
「!」
「やり方はまずかったがな。今度はうまくやれよ」
「……はい」
――“ありがとう”と言って貰えた。それだけでよかったんだ
(……光輝さん。俺は)
王国を守ったなんて自分からは決して言えなかった。決して褒められることはしていない。八つ当たりのような暴力を振るっただけだったから。
でもレヴァンが「よくやった」と言ってくれたから。優真は救われた気がした。
近くまで来た優真たちを発見したのか。王国側から何かが2人に近づいてくる。
高スピードで走ってくるのはボロボロの《駱駝》。アギ達だ。優真とレヴァンを迎えに来てくれた。
「おーさまー! ユーマぁーーっ!」
《駱駝》の上から叫ぶのは右腕を吊ったアギ。ライトの逆光で優真からは何も見えないがアイリーン、マーク、シュリ、ファルケの5人が乗っている。あとは待機組のようだ。エイリークの姿はない。
「アギ。みんな……」
「ほら。手くらい振ってやれ」
レヴァンがどん、と優真の背中を押す。
押された力が強くてよろめくがなんとか転ばず、優真はぎこちなくアギたちに左腕を振ってみる。
また戻れるだろうか? 学園にいる時みたいに皆と笑いあえるだろうか? そんな不安を抱きながら。
「アギー!」
優真は大きな声で親友の名を呼ぶのだった。
でも。
次の瞬間。優真の不安は粉微塵に砕け散る。
優真の声に気付いたアギが必死な声で叫び返している。
「――え?」
「逃げろーーっ! 王蜥蜴だぁーーーーっ!!」
その声に振り返れば。
優真は巨大な砂山が『3つ』も迫っているのを見てしまった。
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中将に協力することで『帝国貴族』を利用した魔人の男がいた。彼の目的は今は《砂漠の王国》と名を変えた《西の大帝国》の滅亡。その為に男はいくつかの策を弄した。
1つ目は《新帝国軍》への介入。破棄同然の機巧兵器を改修して1万を超える傭兵を集めてやった。
傭兵の中には《炎槍》、《氷斧》という規格外がいたにもかかわらず王国軍は学生の力を借りて奇襲に対応し善戦。中将の戦下手もあって人間同士の潰し合いはうまくいかなかった。
2つ目は機巧兵器の細工。帝国軍を囮にした機巧魔獣による《転移》強襲と本隊での制圧、2段構えの作戦。
しかし思わぬ妨害にあって機巧魔獣を王国に3体しか転送できず、エイリークたちの活躍に阻止される。更には帝国軍の《虎砲改》に偽装した先行部隊はレヴァンとミハエルが、要塞級を含めた本隊は優真に潰されて失敗に終わった。
本当はこの2つ目の策までで王国は墜ちるものだと男は踏んでいたのだが、実際はそうはいかず逆に彼はオルゾフというイレギュラーの介入により深手を負い撤退せざる得なくなった。男はこうしてオルゾフを恨みつつ『ゲーム』に敗北した。
遊びだった。どの道すべてを滅ぼす気でいたから。男にとって王国、いや『レヴァイア』は邪魔になる存在だったのだ。
罠は最初から仕掛けられていた。
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山が迫ってくる。
それに気付いたのは周囲を探る為《暗視》できる望遠鏡を手にしていた《遠見》持ちのシュリだった。
救援に来たものの、優真の力を見て呆然とすることしかできなかったアギ達。遙か遠くから『王蜥蜴』が突進してくると気付くと流石にまずいと思い2手に別れた。砂地でもマシンのホバー走行で高速移動できるチェルシーが別行動をとって王国へ危機を伝えに行き、アギ達は先行して優真の元へ『跳んだ』レヴァンを追いかけたのだ。
『王蜥蜴』は全長80メートルを超える化物。その巨体の割に動きは素早く、特に砂中を潜行するスピードはこのあたりのどの魔獣よりも速い。この魔獣の王は破壊された機巧魔獣の『匂い』に釣られ、『ごちそう』を求めて《西の大砂漠》よりやってきた。
だけど『ごちそう』なんてここにはない。あるのは瘴気となった魔力の濃い残滓だけ。その『匂い』は魔獣にとって極上の酒のようなものであり、『王蜥蜴』を酔わせるのに十分だった。
もっと。もっと食わせろ。
飢えた魔獣が餌を求めて向かうのは、砂漠の王国。
「なんだよ。そりゃ……」
どこからきやがった? ヌシってのは1匹じゃなかったのか?
目前に迫る魔獣の脅威にレヴァンが呆然と呟く。
「王様!」
「ユーマさん!」
優真とレヴァンに合流する《駱駝》。すぐにアギとアイリーンが2人の名を呼んだ。
「おいアギ! 一体どうなってる?」
「そいつは」
「機巧魔獣です。あれは魔石の魔力で動いてましたから」
「――! そうか」
アイリーンの返答にレヴァンはとんでもないことを見落としていたことに気付く。
魔獣は強い魔力に惹かれる習性がある。そして先ほどまで高純度の魔石を積んだ百体を超える機巧魔獣がいた。その高密度な魔力は周囲の魔獣だけではなく《西の大砂漠》のヌシも呼び寄せるにも十分な餌となったのだ。
「やられた! まさか帝国の奴ら、これまで見越して仕込んでいたのか?」
「今は時間がねぇ。早く乗ってくれ」
「急いで王国へ避難を」
「駄目だ!」
地下都市への避難は危険だ。下手をすると生き埋めになる。レヴァンはそう判断した。
かつての大帝国の民のようになる。だから。たとえ辛くても王である彼の決断は早い。
「国は……放棄する」
「王様!?」
「何を馬鹿な!」
故郷を捨てることに声を荒げるのはシュリとファルケ。決断を下したレヴァンに迷いはない。
「いいかシュリ。それにファルケ。俺たち砂漠の民は何者にも屈しねぇ。踏み躙られも、虐げられても今日まで助けあい、生きてきた。生きていれば国はなんとでもなる」
「でも! あの国は王様の!」
「このことは国には知らせてるのか?」
「っ」
淡々としたレヴァンの声に気圧された。これ以上反論できずシュリは頷く。
「は、はい。チェルシーさんが」
「よし。あとはミハエル達やジジイがなんとかするだろう。お前らも早く行け。黒い坊主、悪いが」
「わかりました。……ご武運を」
マークはレヴァンの覚悟を受けてそう答えた。彼はレヴァンが足止めするつもりだと察した。
王としての責任だろうか? マークはレヴァンの覚悟を止められない。
マークが背負える責任は後輩たちを守るくらいしかない。
「ありがとよ」
「はい。……さあ、行こう」
「先輩!?」
「時間を無駄にしないで。僕らは僕らで今できることをするんだ。……こういうことだってあるんだ」
「わかってる! わかってるけど!」
アギは王国を守りたかった。マークだってそうだ。でも彼らの鋼も《盾》も、『王蜥蜴』の巨体から王国を守るにはちっぽけすぎた。
畜生。アギは自分の無力に嘆くしかできない。慰める言葉は誰も持たない。
時間がなかった。誰もが絶望から立ち直り、気持ちを切り変えて次に進むことを強要された。そうしなければすべてを本当に潰されてしまう。
次々と王国を襲う脅威を前に誰もが戦った。戦い抜いて、守った。守りぬいた。
そのはずだった。でもそうじゃなかった。
幻だった。
あと数分で3体の『王蜥蜴』の突進が王国の外郭にぶつかる。『王蜥蜴』に悪意なんて無い。ただ餌を求めただけだ。それだけの理由で王国は大打撃を受け壊れてしまう。
すべての戦いが無駄になってしまう。
そんなこと。そんな理不尽を、
『あの2人』が許すと思っているのか?
「ああああっっ!!」
「ユーマ!?」
咆哮にビリビリと空気が震える。誰もが少年を見て目を見開いた。
炭クズの腕に力を込め、拳が唸り声を上げる。左腕からは今までにない銀色の強い光が溢れ出してくる。
まだだ。まだ。もう少しだけ――戦える。
2度目はない。だったら足掻け。足掻け足掻け!
牙を剥け。喰らいつけ。
俺はっ、まだっ、
全部を捨てちゃいない!
優真は抗うために押し潰されそうになった恐怖を捨てた。クリアになった思考で武器を探す。
技もへったくれもない『王蜥蜴』に左腕の燐光は役に立たない。ヒビ割れた右の拳はいつ砕けてもおかしくない。
あとはガンプレートのカートリッジ。これも属性IMが付与されたブースターだ。焼け石でも使いようはあるはず。
他に、ないのか?
わたしがいますよー。サラっちもですよー
「! 風葉?」
(あなたがあなたのままでいるのなら、わたしたちは……)
「……ありがとう。――アイリさん」
「えっ?」
優真は《守護の短剣》を彼女に向かって投げ捨てた。
精霊のやさしさは、もういらない。
「それ。エイリークに返しておいて」
「! 貴方はっ」
「おい待て!」
「アギ」
《駱駝》から飛び降りたアギに向かって優真は、
「邪魔。どいて」
「っ!?」
仲間を切って捨てた。アギは親友だったはずの少年の目を見て思わず退いてしまう。
透明だった。その狂気はあくまで澄んでいた。アギは寒気さえ覚える。
あきらめない、叩き潰すと覚悟したその目は。
「お前」
「俺は、俺が――」
優真が背を向けて『王蜥蜴』に向かって1歩踏み出したその時。
「だからそれやめろっつてんだろうが!!」
拳骨だ。優真が砂地に沈む。
「……お、王様?」
誰も、何が起きたかすぐには理解できない。
「なに勝手に盛り上がってんだよ。坊主を連れていけ。邪魔だ」
「レヴァンさん! 何を!」
「どうしてそうなんだよ。『お前ら』は」
優真の抗議をレヴァンは無視した。いい加減頭に来る。
自分を切り捨て、犠牲にすることに躊躇いのない馬鹿は1人でいい。それに付き合う馬鹿も1人知ってれば十分だ。
レヴァンには信念がある。
――俺は、絶対にあいつみたいにならねぇ
「諦めんなよ。俺はな。お前らも、国だって誰1人犠牲を出さず全部守る気でいるんだ。勿論死ぬ気はねぇ」
「な、なにを」
無理だ。疑問の目を向ける優真にレヴァンは不敵に笑ってみせる。
「まあ見てろよ。俺はな」
レヴァイアなんだよ。
彼はそう言って1人残り、少年たちを送り出した。
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