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幻創の楽園  作者: 士宇一
第3章 前編(下)
135/195

3-11c 闇を狩るゲンソウ 3

優真から再びユーマへ


奥義戦闘開始。これが少年の、今持てるすべての力


立ち塞がるのは?


 

 +++

 

 

 機巧魔獣とは何か?

 

 創った本人に訊ねたならばこう答えるだろう。道具だと。

 

 魔人が創る高純度の魔石、その魔力で動く眷族のようなモノ。厳密には生物ではない。

 

 だけどイキモノだ。それは間違いない。

 

 機巧魔獣には感情がある。《魔導砲》でモノを破壊した時に喜び、ヒトを鎌で切り刻むのを楽しむ。仲間を破壊されて悲しむかどうかはわからないが、指揮官機の核の魔石を生きたまま引き抜かれ、晒し物にされた時は確かに怒りや憎しみを優真にぶつけ感情を現した。

 

 決して無機質な兵器ではなかったのだ。仕様なのか欠陥なのか、それはわからない。

 

 機巧魔獣はイキモノだ。間違いない。だから思い知ることになる。ソレらは恐怖というものを知らなかっただけで感じることができた。

 

 

 優真という手段を選ばなくなった少年は知っている。自分だけじゃない。相手の感情までもコントロールできるのならば、それは武器になるということを。

 

 

 ――喰らえ

 

 

 突き刺され、掲げられた魔石が声にならない悲鳴を上げる。辛うじて生きているといった感じでぼんやりと赤く輝く指揮官機の核はいきなり激しく発光した。まるで激痛に苦しみ呻き声を上げるよう。

 

 優真が自分の意思で『この力』を使うのは2度目だ。エイルシアに禁じられた為に行使することも鍛えることもしなかった(あまりに特異な為に仕様が無かったともいう)が、制御不能なはずの力はいざ使ってみると気持ち悪いほどすんなり従った。


 正しい扱い方だったのか、それともただ『飢えていた』のかはわからない。

 

 

 魔石の発する禍々しい光を奪う。

 

 突き刺した腕がそれを吸い上げる。

 

 優真が喰らうのは、指揮官機の生命力たる魔力。

 

 

 生きたまま喰われている。すべての機巧魔獣は核だけとなった指揮官機の絶叫に機械の身体をガタガタと震わせた。止めようとすることもできない。機巧魔獣はなぜ優真を恐れていたのかはっきりと気付かされた。

 

 《魔力喰い》。魔力を扱うものすべての天敵。

 

 彼を前にすれば例え魔人でさえも餌食、えさとして喰われるモノでしかない。

 

 

 やがて。指揮官機の魔石から光が失われただの石となった。石はそのまま砕け散り、砂の海に消えた。

 

 本当ならば演技でも恐怖を煽るように嗤いたかったがそんな余裕はない。優真は右の拳を真上に掲げた、指揮官機の魔力を喰らった状態のままで言った。不快そうに。

 

 

「……不味い」

 

 

 じゃあ、他も同じか?

 

 ゾッとしない一言に機巧魔獣は本能的な恐怖に襲われた。金属の軋む悲鳴を上げる。

 

 あまりに煩いので顰めた顔のまま優真が1歩踏み出すと、絶対の捕食者が牙を剥いたとすべての機巧魔獣が同じ思いを抱く。

 

 

 アレの前から今すぐ逃げたい。

 

 

 いとも簡単に自爆する機巧魔獣が生に執着し本能に従った。生きたい。アレに喰われたくない。我を失い優真から離れようと一斉に逃げ出す機巧魔獣たち。

 

 指揮官機という頭を失ったソレらに戦術的な撤退はありえない。敗走というよりも潰走。優真を中心に這這の体で、一目散でバラバラに散った。

 

 生き残る為に。喰われない為に。中には王国側へ逃げ出した機巧魔獣もいる。優真はそれを見逃さなかった。

 

 

 『罠』はもう、寡黙で忠実な彼の精霊が仕掛けている。

 

 

「逃がすと思ったか?」

 

 優真は言った。魔力を喰らった時の『味』に胸糞悪い思いをしながら。

 

 本当に不味かった。かつて喰らったラヴニカ(あるいはエイルシアだが、彼にその時の記憶はない)のそれとは比べ物にならない。「あれは甘かった」と普段では考えもしない下品なことを考えるほど。

 

 思い付きでするものじゃなかった。嫌な気分になった優真は今後一切《魔力喰い》は使わないと誓った。

 

 

 だけど魔力で動くモノにとってこれほど効果的な脅しはない。機巧魔獣の心をへし折った。優真はこれで余計な反撃や妨害を気にすることなく大技に集中することができる。

 

 優真は念じる。本当に最後の力だ。

 

 機巧魔獣を1体も漏らさず破壊するには、すべてを出し切るしかない。《梟》や《狼》、《魔力喰い》だけではなく、彼のもうひとつの力までも。

 

 《精霊使い》の力を。その為に優真はもう1度『切り替わる』。滅ぼす為に。

 

 

 《全力》を超えた《本気》の戦い。持てる力をすべて晒し、搾り尽くして尚も戦う必殺技の波状攻撃。

 

 

 奥義戦闘。

 

 

「お前たちに次なんて与えない。……行くぞ、砂更!」

 

 ユーマが砂の精霊に最終トラップの発動を命じると、形振り構わず逃げるすべての機巧魔獣の動きが止まった。

 

 正確にはそれ以上前には進めなくなった。8本もある多脚を必死に動かし前に進もうとするが、尖った脚は元から砂地を走るには不向きであって逆に砂の中にずぶずぶと埋まる。更には流されてうしろへと引き寄せられていく。

 

 

 《砂縛陣》。地属性の大規模捕縛術式。

 

 

 ユーマの使えるものの中でも最大級の術式は、展開範囲の広大さに特徴がある。例えば皇帝竜事件の後、ユーマはエイリークや報道部部長に訊ねられてこう答えている。

 

 

『……精霊の、アンタの力なら面倒なことしなくても十分勝てたんじゃないの?』

『学園の半分を吹き飛ばしたり砂漠化したりして生徒会の派閥同士が争うきっかけを作ってもいいならね』

 

『……本気出せば学園を半分吹き飛ばせるなんて本当?』

『風葉で半分。砂更がもう半分を砂に変えるから学園は崩壊です』

 

 

 その根拠が《砂縛陣》なのである。故に学園では滅多なことでは使えず、最大展開することは1度もなかった。

 

 

 今回は周囲に気を配る必要もなく十分に『時間を稼いで』陣を練り上げている。縁の地である砂漠にいて強化された砂更の魔力もあり、ユーマは半径キロメートルを優に超えるトラップを創ることができた。

 

 《砂縛陣》は蟻地獄と地盤崩壊で起きる流砂の2つの性質を持っている。砂漠の海にできた超巨大なすり鉢に呑み込まれた百体もの機巧魔獣は、足掻けば足掻くほど砂に脚をとられ中心へ向かい滑り落ちてゆく。逃げられない。そして逃がさない。


 機巧魔獣は今、ウスバカゲロウの幼虫の巣穴に落ちて喰われまいとしている蟻やダンゴムシとそう変わらない。身体を半ば砂に埋めて流砂に引き摺り落とされまいと必死にもがいている。

 

 そこに怯えも恐れもない。機巧魔獣は自分達がただ狩られるモノだと思い知らされ、狂乱していた。

 

 

 許すな。許すな。許すな。許すな。

 

 壊せ。壊せ。壊せ。壊せ。壊せ。

 

 

 ユーマはとっくに魔力の狂気に侵されている。指揮官機の魔力を喰らう前からの話だ。自爆した機巧魔獣や《魔導砲》によって周囲の砂漠は有害なほどの瘴気が充満している。

 

 それでもユーマは正気を保っていた。むしろ利用するつもりであえて逆らわず狂気に侵されていたりする。殺戮と破壊の矛先を機巧魔獣に絞り込むことで自身をコントロールし、《狼》の拳に威力を上乗せしたりもしていた。

 

 《砂縛陣》から離れたユーマはひたすらにイメージを溜める。破壊の《幻想》を生み出すならば身体も精神を狂気に侵された今の状態が1番いいと何となく思い、それだけの理由で実践した。

 

 機巧魔獣を滅ぼす為ならば本当にユーマは手段を選ばなかった。

 

 

「……お前らは」

 

 在ってはいけないモノだ。奪うモノだ。だからユーマは許さない。

 

 

 誰もが戦った。ただ、守りたくて。

 

 『皆は』。今もきっと。

 

 

 なのに。あとからのこのこやってきた機巧魔獣が皆の想いを踏み躙ろうとしている。皆の大切なものを目の前で奪い、絶望に突き落とそうとしている。それが許せない。

 

 

 失ってからでは遅いのだ。ユーマはあとで泣きたくなかった。嘆きたくなった。

 

 泣かせたくなかった。嘆かせたくなかった。――失わせたくなかった。

 

 だから。

 

 

「止めてやる。壊してやる! 殴ってでも喰らってでも、どんな手でも使ってでもいい。見せつけてやる!!」

 

 

 たとえユーマのそれが《幻想》から生まれたマガイモノだとしても、確かに存在するのだ。

 

 絶望に絶望を叩きつけて相殺させる、災厄の闇を狩るモノは。

 

 

 ゲンソウの力が増す。《砂縛陣》が周囲にある砂漠の砂までも大量に呑み込み、尚も抵抗する機巧魔獣を力技で押し流した。流れ込んだ砂がすべての機巧魔獣を砂の奈落に落とし、そのまま《砂縛陣》の穴を埋めてしまった。

 

 これでもう機巧魔獣は『次』を躱すことができない。

 

 《砂縛陣》は2段構成の大規模術式。ユーマはもう必殺を超える必滅のイメージを完成している。

 

 生き埋めにした機巧魔獣を前にユーマは精霊の魔力、自らの狂気のすべてを解放。左腕を前に伸ばし拳を握り締める。

 

 発動。大規模殲滅術式。

 

 

「爆ぜろ。爆砂陣!!」

 

 

 起爆装置は風葉によって極限まで圧縮された空気爆発だ。それが地中で炸裂し、一か所に集められた機巧魔獣に自爆による連鎖破壊を起こさせ、最終的に数キロに渡る砂漠から地響きとはいえない轟音を上げて大爆発を起こした。

 

 砂が空まで届く勢いで上空に撒きあげられ、まるでその場に絶壁が生まれたよう見える。

 

 《爆砂陣》は砂漠地帯の一部を完全破壊した。爆心地を中心に半径数キロの地帯の砂が取り除かれ、埋まっていたはずの《西の大帝国》の都市の地下部分、ユーマが王国の新開発地区で見たような『基礎』を剥き出しにした。そこに機巧魔獣の姿はない。

 

 残骸さえも。今の1撃で百体もの機巧魔獣はすべて滅ぼされ砂塵となった。あとは撒きあげられた砂と共に地に墜ちて自然に還るだけ。

 

 そのはずだった。 

 

 

「――集え、集え集え集え」

 

 

 ユーマは止まらない。風葉の魔力を使い風で撒きあげた砂漠の砂すべてをかき集める。

 

 まだ敵がいる。あと2体。空を飛ぶ機巧魔獣が。2隻の《雲鯨》は変異を終えて『要塞級』と呼ばれる真の姿を現していた。

 

 

 機体の大部分を占める流線型の浮揚体(気嚢にあたる)が鱗のような強固な装甲板に覆われ、浮揚体の『顔』にあたる前面には元となった《雲鯨》の名の通り鯨のような口を開いて牙を剥く。

 

 要塞級の顔に目はない。代わりに額らしい場所に『威力偵察型』とは比べ物にならない大きな魔石が浮かび上がる。推進装置も重装化に伴い大型化。《魔導砲》の数も倍に増えている。

 

 

 ただそれだけ。敵がどんな姿になろうがユーマは構いはしない。

 

 余計なことはさせない。先制攻撃で撃ち滅ぼす!

 

 

「風よ集いて螺旋を描け! 竜巻よ、砂を喰らいて血肉と為せ! 模造するは砂の――」

 

 地を這う《サンドワーム・ブラスト》では届かない。ユーマは更なるイメージで術式に変化を与え《補強》する。

 

 天へと昇り、獲物を喰らう竜の姿を。それともう1つ。

 

 

「喰らえ喰らえ喰らえっ!――呑み込めぇ!」

 

 砂を喰らい続ける巨大竜巻は200メートル級の巨大な鯨のバケモノまでも2匹まとめて呑み込んだ。同時に竜巻が砂を纏ってかたちを変え、天へ昇るように直立する今までにない巨大な竜蛇となる。

 

 要塞級を逃がさないよう、腹の中に抱え込んだまま。

 

 

「バレル、展開!」

 

 それは『砂漠の竜蛇』のかたちをした『砂嵐の砲身』だった。《サンドワーム・バレル》は上空の敵を砂嵐に捕らえた上でガンプレートの射程を伸ばし、超長距離攻撃を可能にする支援術式なのだ。ユーマは砂嵐の中心で左腕を真上に掲げ、いつの間にか手に戻したガンプレートを構えている。

 

 砂更の力を使って砂漠から探しだしたのだろう。砂嵐をぶつけたくらいで巨大な要塞級を破壊できるとは思っていない。《爆砂陣》と同じく『必殺技』はここからだ。

 

 必殺技とは必中が絶対条件。いくら空を飛ばれても竜蛇が喰らった以上もう逃がさない。

 

 

 次にユーマが繰り出すのは、小手先と評された自身のゲンソウ術を覆す為に彼が学園で編み出したもの。その名も合成術式。

 

 複数のゲンソウ術を重ね合わせて1つの大きなゲンソウ術を生み出すのだ。未完成の技ながらこれ以上の『対空攻撃』がユーマは思いつかない。

 

 サンドワーム・バレル、フレイム・ブラスト、ボルテックストームの3つの術式を合成し、ユーマは新たな術式を生み出す。術式を1つに纏め上げるイメージはすでに存在する。

 

 風と砂で《現操》した竜蛇は炎と雷を1つにしたイメージ――光を与えられ《幻操》、神格化されて龍となる。

 

 ユーマが《幻創》するのは電光を纏い、輝く炎を吐くという伝説上の白い龍。

 

 

《光焔龍》

 

 

 この龍にユーマが込めた願い、《現想》はただ1つ。

 

 絶望を滅ぼせ!

 

 

 『白龍の砲身』が天に向かって口を開いた。ユーマは『腹の中の機巧魔獣』に向かってガンプレートを撃ち放つ。

 

 地風雷炎。4属性の複合、3術式の合成。光属性照射殲滅術式。

 

 

「灼き尽くせっ、ライフレム・ドラグ・ブラスタァーーッ!!」

 

 

 閃光。光焔龍は白熱の輝く炎を天に向かって吐き出した。龍の腹の中にいる要塞級に回避する余地はない。

 

 為す術もなく灼き尽くされるだけ。まず1体が光焔の熱線に耐えきれず爆散し、消し飛んだ。

 

 あと1体。しかし。

 

 ガンプレートが光焔を照射できたのは僅か0.2秒。それ以上はユーマの方が耐えきれない。

 

 

 バキン! 金属板が砕け散る。

 

 

「――ッ、くそっ!」

 

 この技が未完成な理由は1つだけ。ユーマのゲンソウ術にブースターが耐えきれず自壊してしまうことだ。

 

 ブースターが試作量産モデルである《レプリカ2》だからではない。複数のゲンソウ術を同時発動どころか合成しようとするユーマのしていることが無茶苦茶だった。

 

 高度な術式はユーマでなくてもブースターがなくては展開を長く維持できない。瀕死の要塞級1体を残し今度は光焔龍が爆散。

 

 龍を形作った大量の砂が一部は燃え尽きて激しい火花をあげるものの、ほとんどの砂がまさに土砂降りで地表に広範囲に降り注いだ。それがユーマの視界を奪ってしまう。

 

 あと1撃、あと少しだったのに。

 

 砂塵に紛れここぞとばかりに要塞級機巧魔獣が反撃に転じた。要塞級は焼け焦がした鱗のような装甲板を次々と真下に向けて落とす。爆撃機の真似ごとをした質量攻撃だ。

 

 要塞級は夜空で暴れ回り、鱗を落として所構わず砂漠の砂山を破壊する。まるで力を見せつけるように。

 

 

 機巧魔獣には感情がある。個性がある。この要塞級は傲慢な性格をしており、ここまでやられておいて尚、絶対の優位性を疑っていなかった。

 

 信じたかったのかもしれない。それは、地を這い蹲るモノとは違うという空の支配者としての矜持。

 

 《光焔龍》は学習した。それで考える。邪魔者を鱗で潰したあとでじっくり解析と自己修復を済ませてしまえば……

 

 

「……そんなんで」

「――!!?」

 

 立ち込める砂塵の真下からの殺意が放たれる。繕った矜持は一瞬で砕かれた。

 

 要塞級は戦慄する。どこにいようが関係ない。

 

 

 《狼》が再び牙を剥く。

 

 

「潰せると思ったか? ――逃がすと思ったか?」

 

 要塞級が反転して逃げ出そうとする気配がわかる。その態度に優真は苛立つ。握り締めた右の拳はあまりの力強さに更にひび割れ、また同時に唸り声を上げる。

 

 それに相棒の《梟》が呼応して左腕の燐光が空に広がっていく。――ああ。優真は思い出す。あの2人はいつもこうだった。

 

 

 ――届かない? だったら俺が届かせてやる

 

 ――だから行けっ! 大和!!

 

 

 2人が揃えば不可能はなかった。信じられる。これが優真の抱く最強の《幻想》。

 

 最後の最期まで少年の中に残り、支えてくれるもの。

 

 

 切り札。

 

 

「――っ、ああああああああああああ――――!!」

 

 《梟》は飛べない。だけど真鐘光輝は挑むモノだ。あらゆる手を尽くし、その上で諦めない。

 

 飛べなければ跳べばいい。

 

 優真は手を広げ空へと伸ばす。それからどこまでも広がる銀の片翼を地面に叩きつけ、反動を利用して一気に跳びあがる。

 

 砂塵を突き破り、苦し紛れの《魔導砲》を左腕で打ち払い、要塞級の正面に立ち塞がる。優真は要塞級が自分を直視して怯えるのがわかった。

 

 逃がしはしない。狙うは要塞級の額にある魔石。

 

「うぅ……らあっ!!」

 

 要塞級の額に張り付くと右の拳を魔石に突き出す。パキッと音を鳴らしたのは優真の拳。要塞級の魔石はあまりにも硬い。

 

 構わない。優真は拳を魔石に叩きつける。殴り続ける。炭化した右腕が先に砕けるなんて優真は微塵も思っていない。

 

 《狼》を名乗る古葉大和は超えるモノだ。どんなに傷つこうがその心は厚く芯は堅い。

 

 彼の拳が砕けるはずがない。

 

 

 殴る。殴る殴る。

 

 殴る殴る殴る殴る殴る! 

 

 殴って、殴りつけて、咆哮し、砕く。

 

 砕いて、突き破り、また拳を叩きつける。咆哮。

 

 

 壊すまで殴ってやる。優真の発する狂気を受けて要塞級が悲鳴を上げた。

 

 魔石より先に要塞級の心が砕ける。イヤダ、ヤメテと暴れ狂い、要塞級は振り落とそうとするが優真は離れない。離さない。

 

 

 だからどうした? すべて潰すと決めた優真は躊躇わない。

 

 それにもう拳しかないから。殴るだけしかできないから。

 

 楽に消してやる武器はもうないから。

 

 

 慈悲はない。

 

 

「――いい加減に、おちろぉぉぉぉ!!!」

 

 

 その1撃を最後に要塞級は絶望し生きることを諦めた。魔石の核に刻まれた自律思考の術式プログラムを自分で焼き切ったのだ。

 

 自殺した要塞級は自爆もせず、ユーマ諸共そのまま墜落した。

 

 +++

 

 

 あれからどのくらい時間が経ったのだろう? わからない。

 

 

 月と星と、砂の世界で。少年は1人佇んでいた。鈍く輝く赤い光は1つもない。

 

 機巧魔獣は全滅。いるのは空っぽの少年だけ。

 

 少年はボロボロだった。全身火傷まみれの砂まみれ。

 

 特に酷いのが右腕。形だけが残った炭クズみたいなもので、もう一生使えそうにない。

 

 

 でもこれで王国の脅威はすべて排除したはずだ、これでよかったんだと少年は自分に言い聞かせる。

 

 だけど虚しい。何の達成感も得られない。


 守ったわけじゃない。その自覚が少年にはあった。

 

 

 少年がやったのはただ――

 

 

「……帰ろう」

 

 そう思い少年は足を動かそうとして、思い直した。

 

 

 どこへ?

 

 この世界は自分の世界じゃないのに。

 

 

 本当の家もなければ家族も、光輝さんや大和兄ちゃんもいないのに。

 

 まして『この俺』は――

 

 

「……歩こう」

 

 止まってはいけない。考えてもいけない。そう思った。

 

 ここは沢山の魔石を破壊したせいで魔力の瘴気が濃い。どうにかなりそうだ。

 

 

 今は空っぽのまま、倒れるまで進もう。

 

 少年はあてもなく、のろのろと夜の砂漠を歩きはじめた。

 

 +++

 

 

 少年が歩きはじめて数分経った頃だろう。歩みも遅くそんなに進んでいない。

 

 その時。

 

 

 パァン

 

 

「ぎゃああああ!」

「……?」 

 

 背後から聞こえてくるのは火薬の炸裂する音。発砲音? 

 

 それから喚き声。少年は立ち止まり振り返る。すると少年は少し離れた場所でひっくり返っている男を見つけた。

 

 やけに派手な装飾の軍服を着た小太りの中年。指が変に曲がった手を抑え激痛に呻いている。地面にはおそらく儀礼用であろう、単発式の装飾銃が転がっていた。

 

 《新帝国軍》の総指揮官を名乗る中将だった。

 

 

 どうやって生き延びたか知らないが、さっきは少年を狙って発砲したらしい。

 

 中将は名ばかりの将軍であってこの装飾銃さえも撃ったことがなかったのだろう。狙いを外した上に反動で指を折り、ひっくり返っていた。

 

 少年にすれば全くわけのわからない状況だ。中将は少年に向かって喚いている。

 

 煩い。

 

「ぁああーーっ!? 痛い。痛い痛い。いたいぃぃ!! ……きさまぁ、よくも」

「……なんだよ。あんた」

「五月蠅い! まただ。またも私の前に現れ邪魔したな!」

「あ?」

 

 錯乱している? 言いがかりにしても訳がわからない。

 

「と、惚けるな!! お、おお覚えてるぞ。その銀色! 悪魔め! よくもまた私の軍を、機巧兵器をぉ!」

 

 煩い。

 

 ナンダ、コレハ?

 

「な……なんだその目は? 砂喰いめ、ひれ伏せろ!」

 

 ナニヲイッテルンダ? コノイキモノハ?

 

「私は、私はジャファルのような負け犬ではない! 《帝国》を統べる真の英雄だぞ。私は侯爵、帝国貴族だぞ!!」

「お前がそうかよ」

「――ッ!?」

 

 ようやく理解した。今回の争いの経緯は粗方知っている。それで。目の前にいるコレが元凶なのだと。

 

 傭兵を利用し争いを起こし、機巧魔獣を招き寄せたコモノ。

 

 

 シッテル。アレハ、ツマラナイイキモノ。

 

 ツブシテモ、ツブシテモワイテクルモノ。

 

 

 空っぽだった少年、優真は中将という些細なきっかけで魔力の瘴気に当てられ、簡単に狂気に満たされた。

 

 『ユーマ』でなかった。危険だ。存在が歪みはじめている。

 

 

「……」

 

 何かなかったか?

 

 優真は思い出して背中腰に左手をやり、短剣を抜いた。そのまま中将に歩み寄る。

 

 身体が重い。頭も痛くて目も霞む。だからゆっくり、ゆっくりと進む。

 

 短剣を逆手に持って。刃の輝きはやけに鈍い。

 

「……」

「なっ!? なにを?」

 

 ゆっくり、ゆっくりと進む。

 

「ま、待て。……わかった。お前に私の権限を一部譲渡してやろう。私達の議会にも参加させるし発言権も与えてやる」

「……」

 

 今の優真の瞳に映るものはない。聞こえもしない。

 

 中将なんてヒト、見えはしない。あるのは煩わしいモノが1つだけ。

 

「に、2割だ。いや3、4割だ! ……駄目なのか?」

「……」

「じゃあ金か? 女か? 《帝国》か!? 欲しいものはいくらでもやる。だから」

「……」

 

 一体何を見たというのだろう? 中将の悲壮に満ちた絶叫が煩い。 

 

 煩い。煩い。煩い。煩い。煩い。

 

「だからぁぁぁぁぁぁ!!」

「黙れ」

 

 煩い。――黙らせよう。

 

 優真は中将に向かって短剣を振り下ろす。

 

 そして。

 

 

 ガキィィッ!!

 

 

 短剣は、見えない何かに弾かれた。

 

 

「……?」

「何をしてる?」

 

 彼はいきなり目の前に姿を現した。中将を《盾》で守り、優真の前に立ち塞がる。

 

 青いバンダナを額に巻いたその男は。

 

 

「……レヴァン、さん?」 

「随分と暴れたな。……でだ。てめぇはまだ満足しないのか? おい」

 

 レヴァンの少年を見るその目は、どこまでも怒りに満ちていた。

 

 どこまでも『奴』に似ていたから。黙っていられなかった。

 

 

「餓鬼が。いい加減にしろよ」

 

 +++

 

ここまで読んでくださりありがとうございます。

 

《次回予告》

 

 少年は守ることを捨て脅威を滅ぼした。だけど間違っていると、立ち塞がった男は少年の過ちを許さなかった。

 

 対峙する2人の前に現れるのは王国を滅ぼす最後の罠。少年を諭した男は、王として1人立ち向かう。

 

 王国と帝国。そのすべてを背負い、愛するものすべてを守る為に。

 

 

 次回「王の帰還」

 

 『レヴァイア』の名を継ぐその意味。男は最後の《盾》を掲げる。

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