3-11b 闇を狩るゲンソウ 2
優真(梟狼解放モード)VS機巧魔獣
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1人じゃ何も守れない。
じゃあどうすればいい?
簡単だ。失う前に叩き潰せばいい。
守らなくても、同じことだ。
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優真はユーマだ。何かが変わったわけではない。
今までの疲労やダメージが回復したわけでもなければ、エイリークのスーパーモードのように劇的に強くなったわけでもない。彼は元の自分に戻っただけ。
窮地に立たされたユーマは機巧魔獣を叩き潰す為、左右の腕と拳に宿るゲンソウ術にすべてを懸けた。
この切り札を使うには発動条件があり『優真の記憶』から《幻想》を想起させる必要があった。そこでユーマがやったのはフォーマット、あるいはオプティマイゼーションと呼べるものである。
『ユーマ』を初期化し、2つのゲンソウ術を使いこなせる『優真』への最適化を行う。当の本人は戦闘における雑念を捨てる自己暗示だと思っているが、彼が無意識にしているのは《干渉》を使った自己暗示とは決定的に違う。これは以前精霊の風森が優真に《精霊使い》の適性を書き足して『ユーマ』に存在を書き換えたことに似ている。
『存在を書き換える』。これが《転写体》の特性1つであり、優真自身を危ういものにするということに彼は気付いていない。
《精霊使い》でないただの御剣優真に戻った彼は左右の腕と拳に宿る《幻想》を基にイメージを自身に投影する。『優真のゲンソウ術』は彼の2人の兄を模倣しているに過ぎない。
だけど《幻想》から《現創》し、優真は再現する。
《梟》と《狼》。闇を狩るモノを。
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4体の機巧魔獣は優真を前にして鳴いて助けを呼ぶ。しばらくして現れるのは百体に近い数の機巧魔獣。
先行した《雲鯨》が置き去りにした直援部隊のなれの果てだ。それを見た優真は特に何も思わなかった。
雑魚に用はない。それだけだった。
優真は自分の甘さと躊躇いを捨てた。疲労や痛み、頭痛はすべて無視。その上で機巧魔獣をどう潰すか考えた。《梟》ならどうするか?
アレがイキモノなら心を折ろう。そう決めた。
近くにいる4体の機巧魔獣は《魔導砲》を撃ち払われすっかり怯みきっていた。優真は容赦なく殴り飛ばして蹴散らす。とどめも刺さずに前へ進む。いちいち自爆されると余計なダメージを受けるし、何より乱戦において爆発に視界を奪われることを優真は嫌った。
優真は《天駆》も《高速移動》も使わず、しかし砂に足を取られることもなく砂漠を駆ける。
機巧魔獣の群れによる《魔導砲》の一斉攻撃を優真は躱すことなく左腕ですべて打ち払い、すべて相殺した。《梟》をイメージする今の優真に同じ技は2度と通じない。
優真は雄叫びをあげ、駆ける。機巧魔獣の1体に飛びかかり、右の拳で殴り飛ばす。
機巧魔獣は飛び道具が通じないとわかると腕の鎌を伸ばし、近接戦を仕掛けに優真に群がってゆく。機巧魔獣が優真を無視できなかったのは本能からだった。
天敵の出現。今倒さなければ『喰われてしまう』。そんな漠然とした恐怖に機巧魔獣は駆られていた。
「……いくぞ」
2度目はない。余裕もない。優真は賭けに出る。
1体100。乱闘がはじまった。
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優真が機巧魔獣に襲いかかるその時。
上空にいる《雲鯨》1番艦のブリッジは、《虎砲改》のすべてが魔獣になる信じられない光景を目の当たりにして混乱の極みに達していた。
「後方より魔獣接近。……間違いありません。魔力探知器よりあの魔獣から《虎砲改》の魔石が確認されます」
「魔獣の数は《雲鯨》の直援部隊と一致。つまり」
「そんな。それじゃあ機巧部隊の将兵は全部……」
「――! この艦に積んでいる《虎砲改》を放り出せ!!」
艦長である大佐は《虎砲改》の危険に逸早く対処し、指示を出した。艦の中に魔獣を積んでいるなんてぞっとしない。
《雲鯨》の格納庫はブロック化された増設式だ。船体の下部に取り付けられ容易に切り離せる。
「ブロックごと放棄しろ」
「しかし格納庫にはまだ技術士や兵が」
「構わん! 2番艦との連絡は?」
「……繋がりません」
「遅かったか」
大佐は最悪の事態を想定した。2番艦のクルーが機巧魔獣に襲われ、全滅したと。
魔力を扱う兵器なんて危険だと大佐は薄々気付いていた。これは中将をはじめ、《虎砲改》という未知の技術を使われた兵器を誰も疑わなかった結果だ。自滅と言ってもいい。
彼ら帝国軍は傭兵も含め皆利用されただけだった。しかも黒幕だった魔人はもう、この砂漠にはいない。
仕掛けた戦の実態。それが第3者の思惑で仕掛けを施されたものであったことに彼らは最後までわからなかった。
取り戻すべき《帝国》を目の前にして、2番艦のクルーをはじめとする帝国軍の将兵は遂に故郷に帰ることができなかった。無念だろう。大佐はやるせない怒りを感じた。
「艦長?」
「魔導砲用意。目標は真下の魔獣群」
大佐は真下に広がる魔獣を屠ることで志半ばに散った同胞を弔うことにした。
降下した中将のことはあえて無視した。魔獣の群れの中にいてはおそらく生きてはいまい。
「魔獣どもに見せてやれ。帝国軍の力を!」
「――了解っ」
最後の一兵まで戦うと意気込むクルー達。それでも、彼らは蚊帳の外の存在であることに気付いていない。
彼らは早く脱出するべきだった。《雲鯨》もまた、《虎砲改》と同じ魔石を積まれたモノであるのだから。
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殴っては襲いかかる機巧魔獣の脚を折り、腕の鎌を叩き割った。
殴っては黒銀の装甲を歪ませ胴を突き破り、頭部の魔石を砕いた。
泥沼の乱戦。1対100とは言っても近接戦ならば1度に戦う相手は限られている。近くに庇うものがなければ優真は十分に対処できた。
優真の武器は炭化した右の拳だけ。殴る度に拳と腕に無数のヒビが入るが、拳は決して砕けはしない。
敵と定めた獲物を狩り尽くすまでは《狼》の拳は砕けない。優真は振り下ろされる鎌に合わせて拳を叩き込み、体当たりには拳をぶつけては機巧魔獣を押し返した。
横槍を入れるように撃たれたレーザーも優真は拳で受け止める。感覚のない拳どころか同じく炭化していた肘から下までの腕までも赤熱化し、優真は呻き声をあげた。
でもそれだけだ。優真は吼えながらレーザーさえも殴り飛ばし、続く機巧魔獣のレーザー攻撃は左腕を振るい銀の燐光で相殺。
2度目はない。《魔導砲》に続き、優真は機巧魔獣の主力である2つの技を『理解』し、これで飛び道具を完全に封じた。
それは、《雲鯨》の《魔導砲》にも同じことが言える。
乱戦の中で優真は夜を照らす強い光に気付いた。帝国軍の飛行船が対地砲火を仕掛けようとしている。
再び焼き払われる。優真は目の前で機巧魔獣ごと消え去った、青い装甲車のことを思い出した。
「邪魔っ、するなぁああああああああああ――――!!」
叫ぶと同時に優真は左腕を振るい手を伸ばした。優真から光が伸びる。左腕に纏った銀の燐光が遠くに広がる。
優真が再現したこの燐光の『元となる力』の正体を彼は知らない。しかし、この力を以て真鐘光輝は《梟》としてあらゆる魔術を打ち払い、叩き潰した。
空を飛べない《梟》は手を伸ばし、守る為に翼を広げ、あらゆる脅威を叩き潰す為に打ち払うのだ。
優真もまた片翼の銀の光を大きく広げ、《雲鯨》の砲撃を1度にすべて打ち払う。次の砲撃が来ないのを見ると優真はとりあえず無視した。
『《雲鯨》の変異』がはじまってはいたが、魔獣化にはまだ時間がかかる。優真はそう判断し、先に機巧魔獣を潰すことにした。
片っ端から機巧魔獣を殴り飛ばす優真。機巧魔獣は完全に破壊せず邪魔になるモノだけをぶっとばしては果敢に飛び込み、群れの中を左腕と右の拳を使いかき分けて行く。
彼は勝機を探している。最後の最期まで殴り合っていたら、優真が先に倒れるのは当然のこと。
ここが自分が生き残るかどうかの賭け。かくして。優真は賭けに勝った。彼は周囲を囲まれ厳重に守られている1体の機巧魔獣を見つけた。
他のモノとは違い一回り大きくて背中に4枚羽を生やした、頭が2つある変わった機巧魔獣。
指揮官機だ。圧倒的な兵力差を前にして将の頭を狙うのは、兵法だろうが喧嘩だろうが常套手段だ。
機巧魔獣が《マシーナリービースト》と同種のモノならば、頭を潰せば群れとして機能しなくなるはず。そこに一網打尽の機会が生まれることに優真は懸ける。
「うおおっ!」
ここが正念場だ。優真は護衛の機巧魔獣を無視して突撃し、右の拳を突き出して指揮官機を狙う。
それはもう酷使しすぎてヒビ割れ、黒ずんだ腕のようなものであったとしても、優真は《狼》の具現する拳の力を信じた。
対する指揮官機は、余裕を以て優真に対峙する。
――警戒。氷属性、防御術式発動
「……ッ!?」
《氷晶壁》が指揮官機を狙う優真を遮る。次に指揮官機の足元を中心に地を這うように銀色に輝く氷霧が広がった。
《氷輝陣・銀の舞台》の展開。その効果で指揮官機は次々と氷の防壁を周囲に巡らせる。これは間違いなくアイリーンの魔術だ。
指揮官機であるこの機巧魔獣は指揮下にある機巧魔獣すべての情報と同期している。今までコピーされた技がすべて使えた。
アイリーンだけではない。機巧魔獣と戦ったエイリークやアギ、マークやレヴァン、それにユーマのゲンソウ術だってきっと。
「それがっ、どうしたぁ!」
構うことはない。優真は怒り混じりに叫び、左腕を振るう。
アイリーンはユーマが学園で初めて戦った相手だ。《氷晶術》は知っている。
優真は広げた銀の翼で指揮官機の《銀の舞台》を《氷晶壁》ごと撃ち払い、吹き飛ばす。
指揮官機が驚く気配が優真に伝わった。指揮官機が続けざまに放った《鋼城槌》の巨大円柱は、右の拳で受け止め、殴り返した。
「――!!?」
「……潰せるかよ。そんな真似ごとで」
優真は静かな声で言った。指揮官機は後退しながら迎撃するが、優真はそれを左腕1本で払い除けながら、1歩ずつ歩み寄る。
ストーム・ブラスト。ボルテックストーム。ヒート・ジャベリン。
氷弾の雨。氷晶樹。裂風刃。とにかくあらゆる術式をすべて相殺。護衛の機巧魔獣の放った《魔導砲》も足止めにさえならなかった。
それらの技はユーマは身を以て知っている。だから左腕の燐光で打ち払える。
「止められると思うな。《梟》と《狼》を前にしたただのエモノに――」
2度目はない。
優真は暴虐の意思を機巧魔獣すべてに向けた。指揮官機は迫り来る脅威に動けずにいる。
微動だにできず、優真が間合いに入るのを指揮官機は許してしまった。
獣の咆哮と共に放たれる《狼》の拳。《城壁》は近すぎて使えない。指揮官機は咄嗟に《盾》で優真の1撃を食い止めた。
「ぐっ!? ああ……」
《盾》にぶつかる優真の拳。しかし機巧魔獣に《盾》を使われたことが優真の怒りに拍車をかけた。
優真は忘れていない。学園での昇級試験。アギと初めてぶつかったあの試合のことを。
信じろと、守らせろと叫んだあの時のアギの《盾》はこんなモノじゃなかった。もっとあつく、かたかった。
「ああ――」
拳が《盾》を押し始める。同時に優真の右腕と《盾》に亀裂が入る。それでも優真は構わず力を込め、念じる。
砕け、砕け! 砕け!!
あのマガイモノを――壊せ!
壊したいという破壊の願い。これも1種の《現想》だ。想いを現した優真の拳はこれまでにない力を生み出す。
小手先のイメージじゃない。願った想いそのままをぶつける大きな力。
「う……ああああああああああああ――――!!」
唸りを上げる叫びは漏れ出した力の一端。優真の拳に込められたゲンソウの力は莫大でとうとう指揮官機の《盾》を破壊する。指揮官機が展開する次の《盾》は優真が簡単に左腕で払い除けた。
《狼》が打ち破ったものは《梟》に2度と通じない。優真の力はそういうモノだ。
2度目はない。しかも機巧魔獣はこの優真の2つのゲンソウ術をコピーできなかった。
単に機巧魔獣の腕が鎌であり拳を握れないという理由でコピーしても使えないという理由もあるだろうが、優真が再現した《狼》はただのパンチ、《梟》に至っては魔術でも魔法でもない『できそこないの何か』だった。一方は解析する意味がなく、もう一方は解析しようがかたちにさえならなかったのだ。
しかし。優真は殴り飛ばすだけの拳と、打ち払うだけの燐光を使いこなす。指揮官機を圧倒する力を発揮する。
想いを現す力、それがゲンソウ術の真なる力。闇を狩るモノを再現したこの力を本当に使いこなせるのは、この世界で《梟》と《狼》を知り、最強と信じて疑わない優真しかいない。
追い詰める。指揮官機はもう優真を止められない。優真は拳を以て《狼》を再現する。
牙がなくとも噛みつき、喰らいついて、
噛み千切り、喰い千切る!
これが《狼》。優真の知る爪と嘴を持たない《梟》の相棒にして彼の牙。狩るモノの力。
それでも。機巧魔獣の指揮官機にも群れの頭、指揮官としての矜持があった。ソレは切り札を以て優真を排除しようとする。
《疾風闘衣》。ユーマが使った風属性の複合強化術式。全身を風で纏った指揮官機は姿を消すように高速で移動し、優真の背後を取る。
「っ!?」
不意打ちの鎌の1撃は《ヒート・カッター》。優真は振り向きざまに右腕で受け止めた。高熱の刃が炭化した腕に食い込み赤熱化するものの、《狼》の拳を支える腕は決して折れはしない。
だが。指揮官機の攻撃はそれだけでは終わらなかった。
バチィ!
「があっ!?」
受け止めた指揮官機の鎌が放電。腕を伝って全身に走る電撃に優真の身体が跳ね上がり、意識が飛ぶ。近接戦において《スタンガン》の不意打ちはあまりにも効果的だ。
次で終わりだと指揮官機は思った。でもとどめを刺そうにも思うようにいかなかった。
優真の腕に半ば食い込んだ腕の鎌が抜けない。
「……終わりだと、思ったか?」
ゾクリとする醒めた声。思わず退こうとした指揮官機は、腕の鎌を優真に取られて下がれずにいた。《疾風闘衣》の力で強引に振り解こうとするも何故か動けなかった。
恐怖だ。指揮官機は倒れなかった目の前のモノにおののいている。
優真の意識が飛んだのは一瞬だ。倒れはしなかった。
この程度、古葉大和ならば倒れはしない。優真はその思い1つだけでその場に踏みとどまっていた。
優真は右腕を払い指揮官機の鎌を弾くと拳を構える。どれだけ傷つき、ボロボロになろうが優真はこの拳を最後まで信じていた。
《狼》を、優真が信じる大和の力を。
「覚悟しろ。俺は――」
決戦の時。
「潰す!」
踏み込んで来る優真に対し指揮官機は《疾風闘衣》を解いた。膨大な風の力を腕の鎌に纏わせ、収束させる。
巻き起こる暴風。この土壇場で指揮官機が苦し紛れで放つのは、これまでコピーした技の中で最強の技。
《旋風剣》の奥義。
旋風剣・昇華――
「遅い!!」
決定的な隙だった。大技で大ぶりな『昇華斬もどき』は剣技でさえなかったのだ。
エイリークよりも遅い斬撃が刹那の見切りができる優真に届くはずがない。
踏み込んだ先より更に大きく1歩踏み込むことで優真は、自分より2回り以上巨大な指揮官機の懐に飛び込み《旋風剣》をやり過ごす。同時に突き出す右の拳。
決着はついた。拳は指揮官機の核である魔石に突き刺さり、そのまま優真は右腕を、魔石ごと力任せに引き抜いた。
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終わった? いやこれからだ。
ここにいる機巧魔獣をすべて潰すのは。
指揮官機の核を引き抜いた優真は醒めた目のまま、機巧魔獣の群れを眺める。
機巧魔獣はすべて沈黙。動けずにいる。優真が動かないので次の挙動に注目しているようだった。
反撃か退却か? どうしたらいいのかわからないのだ。頭を潰されて動揺していると優真は感じた。
あとひと押しで機巧魔獣は戦意を失う。2度と抵抗されないよう心をへし折る気でいた優真は、何か手はないかと考えた。
手段を選ぶつもりはなかった。すべて叩き潰すと決意し、甘さはもう捨てたのだから。この時の優真の表情は、《梟》が狩りをはじめる時のそれにどこまでも似ていた。
冷徹で冷酷。今の彼ならば1度敵と定めた相手に凶悪な手段さえ平然と選びとる。
「――ああ。そういえば」
優真は右腕に突き刺さったままの魔石を見て思い出した。『まだ使っていない力』があったことに。
自分の意思でまともに使ったことはないが、試す価値はあると優真は思った。
丁度いい。見せつけてやろう。優真は右腕を掲げ、機巧魔獣に指揮官機の魔石を翳して見せる。
指揮官機は自爆しなかった。優真が突き刺したままの魔石はぼんやりと赤く輝いており、それは核がまだ生きていることを示している。
「見ろよ。魔獣ども」
討ち取った将の首を晒すような仕打ちに場の空気が変わったのを優真は感じた。
肌を刺す空気が痛い。優真は今、機巧魔獣の怒りと憎悪を一身に受けている。
今だ。ここで絶望へ突き落とす。優真は念じる。
喰らえ、と。
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