3-11a 闇を狩るゲンソウ 1
恐れから闇を狩るモノ
目覚めるのは、誰?
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《雲鯨》よりパラシュートで砂漠に降り立つ4両の《虎砲改》と《虎砲》。《虎砲》は指揮官機として砂漠戦の迷彩がされず真紅の塗装と金の装飾の施されていた。
趣味の悪い機体だ。中将の乗る《機巧兵器》だった。
また。中将の昔からの趣味に『砂喰い狩り』というものがあった。この時、彼は《雲鯨》の対地砲火の威力を目の当たりにして興奮したという。
つまり「私も久しぶりに狩りをしたくなった」とのこと。砲撃で生き残ったらしい『少年』とは友軍ではないという。ならば好きに扱ってもいいというのが中将の理屈であった。
「《魔導砲》もいいがやはり狩りならば《虎砲》の主砲が良い。肉片が飛び散らんからな。……どこだ?」
焼き払った夜の砂漠は静かだった。走る《虎砲》の駆動音しか聞こえない。ハッチから顔を出し、『獲物』を探し砂漠を見渡す中将。
そして中将は見つけた。突っ立ったままの、黒髪の少年を。
少年の俯いた顔は見えない。服はあちこち焼け焦げており、少年を見た中将の兵は「あの砲撃の中よくこれだけで済んだ」と誰もがそう思った。
少年は重症だった。特に右腕は『形だけが残った』だけ奇跡ではないだろうか。肘から下が炭化している。
《魔導砲》に焼かれたのだろう。少年が受けただろう激痛はショック死してもおかしくない。
「あれは……生きているのでしょうか?」
「構わんよ。的になるのならそれでいい。逃げ回れば尚よかったが」
「……」
《虎砲》の乗員達は中将に返す言葉がなかった。
「主砲用意だ」
「……はっ」
せめてもの慈悲だ。これ以上苦しまないよう一想いにあの世に送ろう。
『砂喰い』であったことを恨んでくれと《虎砲》の砲手は120ミリ砲弾を装填した。
これから起こす惨劇に中将は愉悦の笑みを浮かべた。
中将は楽しみをすぐに失くさないようじっくりと、いたぶるように焦らして照準を少年の頭部つける。
「撃て」
主砲が少年に撃たれる。
砲弾が少年の頭を破砕し、吹き飛ばす。
その前に――
「――!」
少年は自分の死に反応した。それは、古葉大和に叩きこまれた刹那の見切りだった。
撃ち出された砲弾は、彼の拳に比べれば。
「遅い!!」
ピシッ
少年の右腕に小さなヒビが入る。だがそれだけだ。中将以下帝国軍の兵は目の前で何が起きたかわからなかった。
少年は砲弾を殴り飛ばす。
「なっ!? んだと」
「……そうかよ」
撃たれた少年は中将の悪意を正面から受け止めた。それでもう、十分だった。
それは、引き金だった。
それが、スイッチだった。
少年は『理解』する。躊躇わなくていいのだと。振るってもいいのだと。
「――ぁああああああああああああ!!」
吠える。
砂混じりの血を吐いて、全身を苛む火傷の熱と痛みを吹き飛ばして。
『切り替わる』
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闇を狩るゲンソウ
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優真は怖かった。あの日、しろい少女を《梟》に撃ち墜とされたその時から。何もできず、泣き叫ぶことしかできなかったから。
ユーマは恐れた。帝国軍を、機巧魔獣の侵攻を許してしまったあとに起きるであろう惨劇を。ユーマは王国の人たちとふれあい、知ってしまったから。
最初迎えてくれたのはシュリの母が振舞ってくれたご馳走。
――俺はいつだって『家』で『家族』と一緒に飯が食いたいのさ
――プレゼント何も準備してねぇ! お父さん失格じゃねぇか、どうすんだよ!?
――俺のかわいい娘に手を出すなんて……お父さん許さないからね!
国の父として在り続ける破天荒な王。
――誰よりもこの砂漠の国を想い、砂の地を踏みしめてきた。そしてこれからも駆け抜ける方ですから
苦笑しながらも王と共に国を駆ける宰相補佐官。
仲間たちと歩いた砂漠の国はどこも活気にあふれたいた。
――ここは砂漠に住む皆の理想郷、楽園なんだ
――砂喰いに国を変えられることが、俺は我慢できない!
あの幼馴染の2人は、道を違えても故郷を想う気持ちは同じだった。
――美味しいです。甘いというよりもやさしい、そんな味です
――ここは人のあたたかさに包まれた国なんでしょう?
静養していた彼女はこの国を知らない。だけど一緒に食べたお菓子から砂漠の国に想いを馳せた。
――君もいつか国へ、私達の家に遊びにいらっしゃい。歓迎するわ
学園で出会った桜の王妃にちゃんと伝えたい。訪れてよかったと。
一緒に砂の履き掃除をした子供たちのほとんどが前の戦で親を亡くした子だった。だけど皆が翳りもなく笑顔でいた。
誰もが皆の母である王妃のことが大好きだったから。国が家で皆が家族だったから寂しくなんてなかったのだ。
王の描く理想の国。その素晴らしさを知るのに1日もいらなかった。
――争いなんて事前に止められたらそれが1番だ。でも今は時間がない
――被害を最小限に抑えることなら今からでも間に合う。だから僕は王国の手伝いにここへ来たんだ
そう。だから彼に同意した。守れるものなら守りたかったから。それだけの力があることを自負していた。
うぬぼれてた。
「マークさんから言われたこと忘れたの? ポピラやミサちゃんから離れて何してるんだ」
不測の事態にすぐ動揺してエイリークに八つ当たりした。アギの強い意志に引っ張られなければ戦うどころではなかった。
――嫌だったら覆してみなさい、坊や
――隠してる? それとも出せない理由でもあるのん?
数段格上の強敵を前に、この期に及んで覚悟することが怖かった。連携を組むことで皆を守って、庇って、それで満足に戦えなくて。
その為にアギが皆を守って犠牲になろうともした。
――俺の代わりに……守ってくれ
「やめろぉおおおおおお!!」
情けなかった。あの時も叫ぶことしかできなかった。
レヴァンやマークたちが間にあわなければ、きっとアギは。
――どんなに強くても、精霊が2体もいても坊やは『戦士』じゃない。敵も味方も切り捨てる覚悟がないから。
その通りだった。
「俺は、『俺』のまま戦います。どんなに足掻いても、何もできないまま終わってしまうのなら尚更」
そのあと彼女の前で「それでも」と啖呵を切ったが、きっと反発してのことだ。機巧魔獣が現れた時にまた決意は揺れた。
なぜアレと似たモノがこの世界にある? 思い出してしまう。
《フェンリル事件》。自分の血とも誰かの血ともわからない、全身をアカに染めた2人の兄の姿。大和の食い千切られた肩や腕は勿論のこと、優真はあの時の光輝の目が忘れられない。
刻みつけられた誰かの絶望。もう忘れることのない、救われず終わってしまった命。
怖かった。何も知らなくても、優真は彼を通して闇を見ることがあった。
2度と見たくなかったモノ。だけどソレは王国に現れた。
――坊やは気付いてるわよね?
言われなくてもその脅威は誰よりも知っていた。《マシーナリービースト》と同種だと感じたのは間違いではなかった。
精霊を通して王国に迫る危機にすぐに気付いた。急がなければ間に合わない。だけど優先順位をつけた。まずは彼女たちを守ろうと。
迷いは筒抜けだった。
――行きなさい。この国の人たちを守る為に
――見くびらないで!!
比べるまでもなくエイリークの覚悟は本物だったのだ。誰かの為に命を張り、剣と振るうと。
――アタシ達を気遣って国の人たちを守れなかったのなら、アンタを絶対に許さない
そこまで言われ、彼女達に背中を押されてやっと少年は自分の戦いをはじめたのだった。
全てを守る為に。
だけど。
――そんな薄弱な意志で振るう力が何かを守れるはずがない
かつて、小手先のゲンソウ術と彼は評した。
間違ってはいない。それに小手先というのなら機巧魔獣の能力は何よりも優れていた。
敵わないわけではない。でも押しきれなかった。
圧倒的な数の機巧魔獣を前にたった1人のユーマは限界を迎えた。
――弱いくせに。誰かをなんて守れるはずがない
誰も殺さなければいいと思った。甘かった。
誰も死ななければいいと思った。すごく甘かった。王国の外で傭兵が機巧魔獣にどれだけ殺されたのか彼は知らない。
変わらなかったのだ。《精霊使い》であろうがユーマは優真であり、ちっぽけな1人の少年なのだから。
無謀に挑んで、倒れるだけ。
結局。何もできない。
泣いて喚かなくなっただけで何も、変わらない。
だから。目の前で呆気なく消え去った《駱駝》を見て、夜空を支配する2隻の《雲鯨》を見て、少年は諦めた。
守れない。何もできない。
――《剣》ヲトレ
うるさい。
――《剣》ヲ
うるさい。もう諦めたのだ。《ソレ》はいらない。少年は『声』を突っぱねた。
(好きなようにやらせろ。俺は……)
目の前に広がるすべてを潰したい
絶望への怨恨。怒り。
ユーマは自棄になって《魔導砲》の光に向かい右の拳を――
その時だった。
握り締めた拳が、そこに宿る《幻想》が何かを伝えたのは。
――優真、それでもな
(――!?)
思い出す。誰だった? 捨てたくないと言ったのは。
――俺はコウを見捨てたくない
古葉大和。
――脆いから、すぐ傷つくから。身体を張れる俺が守るしかない
――弱いから、すぐ間違うから。俺が殴ってでも止めなきゃいけない
《梟》、真鐘光輝の相棒。優真の、もう1人の兄。
――あいつが受ける傷を俺が少しでも俺が背負えたら、あいつが少しでも正しく在れるのならきっと
俺達は、
もう少しだけ何かができる。
思い出せる。彼は決して「全てを守れる」とか「何も失わない」なんて言わなかった。それでいて「何もできない」なんて絶対言わなかった。
相棒がいれば。2人なら何かができる。そう言った。
そうだった。2人が揃えばできないことはない。誰にも負けない。優真はずっと信じてきた。
今のユーマだってそう。そうでなければ、『相棒』に呼応した左腕が輝くはずがない。
牙のない狼。飛べない梟。
(大和兄ちゃん……光輝さん)
思い出した。すべてを投げ出す前に、最初に諦めなければならないものがあった。
もう少し。この状況でもう少しだけできることがあった。
――弱いくせに。誰かをなんて守れるはずがない
ユーマは優真だ。思い出せる。なんだかんだいって『彼』が1番諦めが悪かったのだ。
――切り捨てろ。そんなちっぽけな力、できることなんてたかが知れてる
――抱えきれない余計な想いを捨てろ。誰かをなんて考えるな
それでも。
それでも叶えたい願いなら。想いなら。
思い出せる。光輝は言ったのだ。
――かなぐり捨てろ!!
「ああああああああああああ!!」
ユーマはあの時、右の拳で《魔導砲》を殴り飛ばしたのだ。
《狼》の拳
全ての痛みを受け止め、あらゆる脅威に屈することない優真の、右のゲンソウ。
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「ああああああああああああ―――――!!」
獣の咆哮。叫びと共にユーマは捨てていく。
自分の甘さを。自分の保身を。
――俺の代わりに……守ってくれ
アギが託そうとした願いや想いも。
――アンタを絶対に許さない
許さなくていい。エイリークの檄に込められた想いも捨てる。
アイリーン、ポピラ、マーク、チェルシー。レヴァン、ミハエル、シュリ。
彼女たち、彼らを今は気遣うことも辞めた。
精霊たちもだ。下手をすると喰い潰すかもしれない。だけど無視した。
今はいらない。目の前の脅威を取り除けばあとはどうにでもなる。
すべてが終わったあと。そこに『ユーマ』という少年はいなくてもいい。
退くことはできない。そう決めた。
だから限界まで力を引き出す為にユーマは自分を捨てる。
きっとそれがユーマのできる『もう少し』。
俺は、『俺』のまま――
捨てろ。今は、ただ――
砂漠に響き渡る咆哮。それを聞き、目の前の少年に恐れを抱いたのは、中将たち帝国軍ではなく機巧魔獣だった。
「う……ああーーっ!?」
「な、なんだ?」
中将は護衛である周囲の《虎砲改》がいきなり『殻』を破り変異するのを見た。機巧魔獣の『腹』の中にいる兵の断末魔が聞こえる。
ここでやっと中将は機巧魔獣が《虎砲改》である事実を目の当たりにした。
「なんだこれは? わ、私の《機巧兵器》が……」
「――っ、後退します!」
危険と判断し慌てて後退する中将の《虎砲》。4体の機巧魔獣はこれを無視した。
機巧魔獣は金属の軋み声を上げて悲鳴のように鳴いた。助けを求めるように。
そして。
咆哮のあと。『ユーマ』を搾り尽くした少年は1歩踏み出す。怯みつつも戦闘態勢を取る機巧魔獣。
「……もういい。理解した」
久しぶりに現れた『少年』は、目の前に広がるモノを全てを悪意ある敵とみなした。
ガンプレートを失くした彼は《守護の短剣》を鞘に納めて無手となる。
炭化して感覚もなければ指も開かない右の拳を握り締め、左腕に銀の燐光を纏わせた。
「――覚悟しろ」
誰にでもない。『少年』は自分に言った。
戦う覚悟。守らない覚悟。
戻れない覚悟。何があっても叩き潰す覚悟。
『ユーマ』という存在を、磨り潰す覚悟。
機巧魔獣が少年に感じたものは恐怖だ。『天敵』が現れたことをソレは本能で察した。
だから遠くにいる仲間に助けを求めた。だから恐怖に負けて思わず《魔導砲》を撃った。
直撃?
少年は……優真は迫り来る魔力の光を見て少し考えた。
こんな時、叩き潰すモノを前にして彼は何と言っていただろうか?
夜を識り、闇を狩る《梟》は。
「《魔導砲》は知ってる」
優真はそう言うと、左腕を前に翳した。
それだけでなく優真は手を広げ、腕を振るい、銀の燐光で《魔導砲》を容易く打ち払った。
相殺。
優真は思い出した。《梟》は、絶望を相手に見せつけるようにこう言うのだ。
「――2度目はない」
《梟》の翼
それが、優真の左のゲンソウ。
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月と星、砂だけの夜の世界。辿りついた時にはもう砂嵐は止んでいた。
目的地まであと数百メートルという場所で彼女は立ち止る。暗闇から迫りくる絶望はここからでもはっきりとわかったのだ。空を飛ぶ『何か』が2つ、闇夜を照らしている。
それから地表には機巧魔獣らしい魔石の光が複数。数えたならきっと百は下らない。
これが帝国軍の本隊?
無理だと思った。勝てないと、王国はもう守れないと思ってしまった。
機巧魔獣の力を知り、今の自分達に残された力を知っているからこそそう思わざる得なかった。
敗北。最後まで戦ったその果て。
すべてが無駄だった。本当の意味で絶望というものを彼女は初めて味わったのかもしれない。
なのに。
「ああああああああああああ―――――!!」
暗闇の向こう。聞こえてくるのは足掻くモノの叫び。
ここからでは姿は見えない。だけどわかってしまった。まだあの中にいる。
戦っている。今も1人で。
「……なによ。それ」
エイリークは砂漠に響き渡る咆哮に足が竦み、その場に座り込んでしまった。
知りたくなかった。この先にあるモノを。
だからもう先に進めなかった。駆け付けることができなかった。
一斉に放たれた《魔導砲》の光が何かに弾かれる。聞こえてくる咆哮は今も止まらない。
何を怖いと思ったのか、エイリークはわからなかった。
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