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幻創の楽園  作者: 士宇一
第3章 前編(下)
132/195

3-10b 帝国の闇 後

ユーマVS機巧魔獣

 

 +++

 

 

 月とも星とも違う、赤い光が《砂漠の王国》に迫る。

 

 砂の海の下、王国の命運を分ける戦いはここからが本番だった。

 

 

 これまでの戦いを台無しにする愚かな策謀と、無謀だった少年の戦い。

 

 

 +++

 帝国の闇

 +++

 

 

 帝国軍の増援による奇襲を精霊たちによって逸早く察知したユーマ。

 

 彼はエイリーク達と別れたあと、王国の外郭その北西部(主戦場となった防衛線は南部)にただ1人向かい、暗闇に紛れ帝国軍に強襲を仕掛けた。逆奇襲である。

  

 砂漠の砂で模倣した《千騎兵》による一斉突撃。これを見て王国軍の迎撃部隊と勘違いしたのは2千人もの傭兵達。

 

「敵襲!」

「なんだと?」

「この足の速さは騎兵か? それ以上に速い」

「馬鹿な! 砂漠地帯を高速で走れる馬なんて……」

「来るぞ。迎撃ぃ!」

 

 夜襲に失敗したと悟り、浮足立つ彼らが本当に驚くのはこの次だった。

 

 

「押し流せ。砂更!」

 

 砂の騎兵隊と共に突撃するユーマは砂の精霊に命じた。

 

 真横に広がった砂の騎兵は、隊列を組む傭兵の前衛部隊にぶつかると同時にかたちを崩して大きな波となる。砂の津波は突撃の勢いそのままに傭兵達を呑み込み、後方の部隊と《虎砲改》までまとめて押し流してゆく。

 

 王国より数キロ離れた場所まで帝国軍を押し流すと、ユーマは次に自分の肩にしがみつく風の精霊に命じた。

 

 

「吹き飛ばせ、風葉!」

「ぐるぐるぐー、どかーん」

 

 風属性局地範囲攻撃術式《竜巻》。ゲンソウ術による魔術の再現も大分慣れて来たユーマだが、広範囲にわたる大技や特殊効果のある支援術式等はやはり風葉の魔法に頼るしかない。

 

 発生した巨大な竜巻が砂に呑み込まれた傭兵を砂漠の砂ごと上空に巻き上げ、遥か遠くへ撒き散らす。

 

 それで増援の傭兵部隊は回避不能の天災に巻き込まれたように一瞬で壊滅した。

 

 

「……死んでないよな?」

「砂が受け止めてくれますよー」 

「……」

 

 風葉の返答に同意する砂更。ある程度の落下の衝撃は砂漠の砂がクッションになるという。

 

「中級者くらいの難易度ですよー」

「……」

 

 これも肯定する砂更。

 

 障害物の多い学園で《旋風剣》の衝撃波に吹き飛ばされた方が余程危険なのだと精霊たちは言う。

 

 その指摘にユーマ(吹き飛ばされ上級者)はなんだか虚しくなった。

 

 

「……俺ってよく今日まで生きて来れたな。さて……」

 

 気を取り直して、ユーマは正面を見据える。彼が見たものは、砂漠の夜の中で不気味に輝く赤い光。その数は20。

 

 ユーマの攻撃に脅威を感じたのか、増援部隊に配備された《虎砲改》が腹の中にいる『異物』を排除して変異、偽装を解いたのだ。

 

 腹部と頭部の魔石を輝かせ、10体もの機巧魔獣がユーマの前に現れる。

 

 

 対してユーマは装備の最終確認。

 

 右手に火と雷の属性カートリッジを差し込んだ《ガンプレート・レプリカ2》。左は腕に篭手に変形した《白砂の腕輪》、手には《守護の短剣》。腰のガンベルトには別のカートリッジが数枚。さらには応急キットのポーチに『ミサちゃんクッキー』が5枚。

 

 そして肩に風葉、傍に砂更とユーマの精霊たち。これが《精霊使い》のフル装備だ。

 

 

「傭兵達の『避難』は済ませた。……いくぞ!」

 

 ユーマは砂に足を取られないよう超低空の《天駆》を使い、《高速移動》で砂漠を駆ける。機巧魔獣のレーザーを躱しながら果敢に距離を詰めにかかった。ユーマはまず、確認しなければならなかったから。

 

 

 恐れはなかった。ユーマは感づいている。

 

 機巧魔獣をツクり出した技術はおそらく、《再成世界》のモノだと。

 

 +++

 

 

 今から(ユーマの主観時間で)3年ほど昔の話になる。《MB事件》、あるいは《フェンリル事件》と呼ばれる事件があった。発端はとある科学者が魔力(再成世界では《マナ》、あるいは《オド》と呼ぶ)を使い自己進化する機械生物の開発に着手したことにある。

 

 《マシーナリー・ビースト》と呼ばれたソレは、生物の特性が強く自律思考で動くが外部操作を全く受け付けない。使われた動力源の危険性もあって外部から横槍が入り、開発は強制凍結されることになる。これに憤慨した科学者は試作機を暴走させ、街に解き放ち無差別テロを起こした。

 

 試作機の暴走を食い止めたのは当時15歳であった2人の少年。ライセンスの未取得から《ガード》の隠し玉であった《梟》と《狼》である。試作機《MB-T0X フェンリル》は《狼》の拳に殴り飛ばされ、彼の『牙』によって砕かれた。

 

 この時。科学者は《梟》の力を目の当たりにし、彼の『不完全な力』を《マーシナリー・ビースト》に導入し自己進化を用いて完全再現、完成させようとしたのだが。

 

 その2年後に科学者の企みは数千の《機獣部隊》ごと《梟》1人に叩き潰されている。

 

 

 《梟》の持つ『銀の力』は、決して魔術をコピーするものではなかったから。

 

 +++

 

 

 機巧魔獣10体を破壊したユーマは増援を確認。続いて闇夜の向こうから現れた機巧魔獣10体に挑みかかる。

 

 最初の10体でユーマは倒すコツを掴んだ。初見で戦ったエイリーク達と比較してユーマは機巧魔獣に対し真鐘光輝から学んだ知識が活かせることが何よりも大きい。

 

 

 機巧魔獣と戦う際にユーマが確認したかったのは機巧魔獣が《マシーナリー・ビースト》と同じ性質を持つのかということ。

 

 自己修復、術式の学習によるコピー能力は勿論のこと、1番重要だったのは「機巧魔獣はどうやってコピーするのか」ということの確認だった。

 

 要は学習ラーニングの条件は『視認』なのか、それとも『ダメージを受ける』などといった別のものなのかということ。牽制を繰り返し幾つか技をコピーされつつも、時間をかけてユーマの検証した結果は視認だった。

 

 機巧魔獣はユーマの《天駆》、《高速移動》に加えガンプレートの魔法弾や風葉の魔法をコピーしたものの、砂嵐を起こし視界を潰してしまえばそれ以上技をコピーされなかったのだ。他に気付いたのは複雑で高度な術式ほど解析に時間がかかるといったところ。

 

 また。砂更の固有能力である砂を操る力もコピー対象ではなかった。《炎槍》の《翼刀火燕》やチェルシーのマシン、サヨコやミヅルの剣技のような術式のかたちをとらない技は、下位の機巧魔獣である《威力偵察型》の学習能力では再現不可能だった。

 

 機巧魔獣の弱点はそれだけでもなかったが。

 

 

 《虎砲改》から生まれたばかりの、あるいは偽装を解いた機巧魔獣は幼生体ともいえるモノ。装甲も厚くなければ核も剥き出しの状態。

 

 加えると思考能力も高くない。機巧魔獣はエイリークやアギ達の戦いで見せたように多少のダメージを受ければ自己修復を優先するし近接戦を好む傾向にある。

 

 コピーした攻撃も応用できない。アギやレヴァンならばもっと柔軟に《盾》を使えるし《旋風剣》に至っては鎌に竜巻を纏わせただけで剣技は使えない。ただ振りまわすだけ。

 

 

 ユーマにとって機巧魔獣で本当に厄介なのは、彼では防御できない《魔導砲》と自爆攻撃だけだったのである。

 

 しかもその自爆攻撃さえも市街地での集団戦では脅威になるだろうが、多対一、しかも何もない広い場所で乱戦となればあまり効果がなかった。

 

 

「弱点を晒したままでっ」

 

 砂嵐の中、ユーマは全身を覆う《風の衣》で砂礫から身を守り、ガンプレートの《ヒート・カッター》を正面に構える。

 

 視界は最悪。その中で狙いを付けるのは砂嵐の中でも赤く輝く機巧魔獣の魔石。

 

 ユーマがイメージを《補強》し《幻創》することで創る非実体の高熱刃を、今度はゲンソウ術でさらに《補強》。

 

 創りだすのは《炎槍》の持つそれと同じような赤く鋭い、長い槍の穂先。

 

 

「ジャベリン、シュート!」

 

 ガンプレートで撃ち出すのは貫通力と爆発力に特化した《ヒート・ジャベリン》。その1撃は砂嵐の暴風をものともせずまっすぐに突き進み、機巧魔獣の腹部に命中。魔石に突き刺さった直後にジャベリンは爆発し、機巧魔獣の核を粉砕した。

 

 ユーマはすぐに《高速移動》で離脱。近くにいた機巧魔獣も自爆した機巧魔獣に巻き込まれ、砂嵐ごと跡形もなく消し飛んだ。

 

 また、この時の砂嵐をシュリは王都上空から確認した。

 

 

 2体撃破。残り8体。

 

 ここで増援が接近。機巧魔獣が10体、更にこちらへ向かってくる。

 

 

「風葉、闘衣を」

「くろーす、あーっぷ」

 

 皮膚や目鼻を空気の膜で保護する《風の衣》から纏う風を変え、戦闘モードの《疾風闘衣》へ。

 

 超高機動戦闘が可能となるこの複合強化術式はいわば決戦用。風葉の魔法でさえも1分も維持できない。

 

 ユーマは瞬く間に4体の機巧魔獣の核に《ヒートジャベリン》を突き刺し瞬殺。自爆するのを無視して別の機巧魔獣に向かう。

 

 《疾風闘衣》をコピーされる前に先程と同じようにして核のみを狙い、さらに4体の機巧魔獣を倒す。

 

 

「うぉおおおおっ!」

 

 闘衣が維持できなくなる前にユーマは身に纏う風を解放。全周囲に放つ強力な衝撃波で自爆する直前の機巧魔獣をすべて爆発圏外まで弾き飛ばす。

 

 これで計20体撃破。あと10体。

 

 そしてさらなる増援を確認。

 

 

「はぁ、はぁ……。風葉、《疾風闘衣》はあと何回使える?」

「もう無理ですー。《竜巻》でもあと1回ですー」

 

 魔力を消費しすぎて風葉の身体が透け出してきた。

 

「……辛いな。じゃあ、クッキー食べたらどのくらい回復する?」

「5枚あるなら《疾風闘衣》が2回ですねー」

「2回」

 

 ユーマは考える。今の戦い方だと持久戦は無理だ。

 

 《疾風闘衣》を使った超機動、高速戦闘は機巧魔獣の反応速度を上回る動きが可能なので急所狙いのヒット&アウェイだけで10体くらいなら余裕で圧倒できる。しかし、闘衣の持続時間が短い上に風葉の魔力消費が大きい。

 

 もう1つの有効な戦法である砂嵐による撹乱&各個撃破は、砂嵐を作る《竜巻》の持続時間が長く《疾風闘衣》ほど消費もしないので長期戦が可能ではあるが、機巧魔獣が自爆する度に砂嵐をかき消してしまうので実際効率が悪い。どちらにしてもこれ以上主力となる風葉に負担をかけられない。

 

「風葉は休憩だ。クッキー食べて『おうち』にいろ」

「でもー」

「大丈夫だ。砂更、行くぞ」

「……」

 

 厳しくはなるがまだ戦える。ユーマは思う。

 

 《精霊使い》のユーマは『優真』と比べれば振るえる力の幅があまりにも違う。今のユーマは師である2人の兄の教えを存分に発揮することができた。学園内、学生相手にはできなかったことも徒広い砂漠の上で魔獣相手なら躊躇うこともない。

 

 ユーマは気付いていない。力を振るうことに高揚し過信している。

 

 

 心配する風葉を余所に、ユーマは機巧魔獣に向かって走り出す。砂更はユーマに追従した。

 

 今度の増援は機巧魔獣20体。計30体。

 

 +++

 

 

 《新帝国軍》の本隊は『予定通り』進軍を開始していた。

 

 そう。すべては『帝国貴族』の1人であり《新帝国軍》の総司令官である中将の予定通り。

 

 例え《転移》による王都奇襲の失敗も《虎砲改》が魔獣化するアクシデントも関係ない。彼はそんな現実は見ていない。

 

 

 《雲鯨》の『艦長席』に座る中将は誰にともなく語る。 

  

「私は《帝国》を救う英雄になるのだ」

 

 +++

 

 

 風葉の魔法によるサポートがなくなると、予想通りユーマの戦いは一気に厳しくなった。砂嵐がどれだけ有効だったのかを30体もの機巧魔獣に思い知らされる。

 

 機巧魔獣は視認でラーニングする。では機巧魔獣の『目』は何かというと頭部と腹部の魔石であった。その視野は頭部に至っては360度、全周囲である。魔石の球体だけしかない機巧魔獣の頭部は、全周囲カメラのようなものでもあったらしい。

 

 機巧魔獣はその『目』で常にユーマを観察している。どれだけ隠そうともユーマの使う術式と魔法弾は機巧魔獣にコピーされていった。

 

 

 照明弾が1つもない暗闇の中。機巧魔獣は夜目に優れているかどうか定かではないが、ユーマは全く見えていない。

 

 ユーマは魔石の光と《風読み》の感覚を頼りに近接戦を仕掛けていた。

 

 《ヒート・カッター》の鎌をユーマは《高速移動》で機巧魔獣の懐に飛び込むことで回避。ゼロ距離で《ヒート・ジャベリン》を核の魔石に撃ち込む。

 

「砂更!」

 

 砂漠から出現した巨大な砂の腕が機巧魔獣を掴みあげると、砂更は後方でレーザーを撃とうとしている別の機巧魔獣に向けて投擲。自爆寸前の機巧魔獣を手榴弾のように扱い他の機巧魔獣を屠る。

 

 

 爆発。砂の壁で爆発の衝撃波を凌ぐ。だがすぐにレーザーの集中砲火がユーマを襲う。

 

 ところが。そこには灼かれた砂の壁だけしかなくユーマの姿はなかった。

 

「……?」

 

 姿を消したユーマを索敵する機巧魔獣。動きが止まる。その隙を突いてユーマが機巧魔獣の真下から飛び出した。

 

 砂地に潜り攻撃をやり過ごしたユーマは砂更の力を使い砂の中を地中移動。強襲する。

 

「ああああっ!!」

 

 真下からの攻撃に腹部の魔石を《ヒート・ジャベリン》で撃ち抜かれる機巧魔獣。自爆する前にユーマは《高速移動》で離脱。

 

 すると今度は別の機巧魔獣3体が《高速移動》でユーマを追撃。

 

 高速戦闘。囲まれないよう逃げるユーマの行く先を阻むのは、《魔導砲》の発射態勢を取る5体の機巧魔獣。ユーマは構わず突進した。

 

 

「ストーム・ブラストっ」

 

 《魔導砲》が放たれる直前にユーマはガンプレートで足元の砂を撃った。砂埃を巻き上げる《ストーム・ブラスト》の反動を利用してユーマは真上に緊急回避。《魔導砲》は砂に視界を奪われたユーマを追跡する機巧魔獣3体を消し飛ばした。

 

 

 一方。上空に飛んだユーマは、《天駆》で跳び上がった更に別の機巧魔獣の攻撃を受ける。

 

 振るわれた鎌をユーマはガンプレートに《風盾》を付与して受け捌き、同時に《スタンガン》を機巧魔獣に叩き込んで感電で動きを封じる。

 

 核を撃ち抜いたユーマは《ストーム・ブラスト》で下にいる5体の機巧魔獣に向けて『爆弾』を叩きつけた。爆発。

 

 

 12体撃破。残り18体。更に増援を確認。

 

 

 ユーマは気付いていない。この機巧魔獣の群れが《新帝国軍》本隊である機巧師団のなれの果てだということに。

 

 気付いたとしても王国に危機を伝えることもままならない。ユーマは王国に向かってくる機巧魔獣を1人で食い止めるしかなかった。

 

 それが勝ち目の見えない戦いでも。

 

 

 《ストームブラスト》をコピーした機巧魔獣12体による一斉攻撃がユーマを襲う。

 

「裂風、ダブルブーメラン!!」

 

 ユーマはやむを得ず対風属性斬撃術式、《裂風刃》を《風刃ブーメラン》の要領で短剣とガンプレートから射出。

 

 旋回するカマイタチが旋風の一斉放射を切り裂く。しかしこれで《裂風刃》はコピーされてしまうはず。

 

 

 同じ技の応酬。学習する度に強くなる機巧魔獣。

 

 尽きることのない増援。ユーマは少しずつでも手の内を晒すしかなく、その上で疲弊していく。

 

 

 消耗戦だった。

 

 +++

 

 

 長らく『砂喰い』に留守を預からせた《帝国》。「今日までご苦労だった」と照明弾で光り輝く夜の王都を遠くから眺め中将は言った。

 

 

「しかし所詮『砂喰い』だ。きっと私等の《帝国》を守れまい」

 

 中将は言った。

 

 

「なにせ《機巧兵器》を持ち出した1万を超える『ならず者の傭兵』が相手なのだ。民を救えるのは我等《新帝国軍》しかおるまい」

 

 

 占領された《帝国》を中将が軍を颯爽と率いて傭兵を駆逐。民衆を救いだし『帝国貴族』の凱旋を大々的に伝える。きっと民は英雄として軍を迎え入れるだろう。

 

 

 それで知らしめる。思いあがった『砂喰い』達に。

 

 《帝国》は誰の国なのかを。

 

 

 妄想をそのままに描いた中将のシナリオ。自作自演の計略。

 

 それはレヴァン達の奮闘と《忘却》が施した機巧魔獣の存在によってとっくに崩壊しかかっているが、中将は何も気付いていない。それ以前に民は圧政に悪政を強いた『帝国貴族』全く支持していない。

 

 それでも。予定通りなのだ。彼にとって。

 

 中将、『帝国貴族』は都合のいい現実をつくるのだから。

 

 

 中将は《雲鯨》の通信兵に訊ねた。

 

「先行する機巧部隊はどうか?」

「はっ。……それがどの隊も連絡が一切つきません」

「何? 200もの《機巧兵器》を擁する機巧師団、そのどこの隊もか?」

 

 流石に不審に思い眉を顰める中将。通信兵達が状況を説明。

 

「《虎砲改》の魔石を《雲鯨》の魔力探知器で探ったのですが、帝都まで3キロという場所で足留めを受けているようです」

「先行部隊の全滅を確認。損害は《虎砲改》50。現在後続の部隊が交戦に入った模様」

「確認しました。機巧部隊、一斉に2キロ後退します。これは……何?」

「……反乱軍か」

「いえ。こちらからの観測結果によると魔獣らしきものに遭遇したのかと。しかし」

「使えんな。兵どもはたるんでいる」

 

 魔石は感知しているが《虎砲改》の姿が一切見当たらない。そう通信兵が報告するのを遮り、中将は僅かに苛立った声で命じる。

 

「《雲鯨》を前に出す。2番艦にも通達しろ。魔獣など《魔導砲》で蹴散らしてしまえ」

「将軍! それはっ」 

 

 異を唱えるのは《雲鯨》の艦長である帝国軍大佐。

 

「《魔導砲》を対地砲火に使えば下にいる機巧部隊は」

「構わん。《虎砲改》なら『あの男』に頼めばいくらでも用意できる」

 

 違う。大佐は味方の将兵に被害が出ることを危惧しているのだ。そんなこと名ばかりの階級である中将が気にすることではなかった。

 

 

 兵など金と権力で集まる。

 

 今回は7年もかかったが《帝国》があればすぐにでも。

 

 そういう男だった。

 

 

「命令だよ。大佐」

「……了解です」

 

 +++

 

 

 巨大な砂の腕が機巧魔獣を殴り飛ばす。

 

 逆手に持った《守護の短剣》を振るい、《突風》で機巧魔獣を弾き飛ばす。

 

 《ボルテックストーム》の放電に多くの機巧魔獣が感電し、動きを止める。

 

 

「押し流せっ、砂更ぁーーっ!!」

 

 

 巨大な砂の津波が50体近い機巧魔獣を呑み込み、後方数キロ先へ全て押し流す。

 

 仕切り直しだ。そして、更なる増援を確認。

 

 

 闇の中、ざくざくと砂漠を踏みしめて進む音をユーマは聞いた。

 

 近づいてくる、無数の赤い不気味な光をユーマは見た。

 

 その数はざっと百を超える。

 

 

「はぁ、はぁ……はぁ。……砂更」

 

 まだやれるか? 声もなくユーマは訊ねる。砂の精霊は無言でも力強く主人に応えた。

 

「……そっか。砂漠でのお前はほんと頼りになるなぁ」

 

 ユーマは力なく笑う。軽口を叩いて気を紛らわせたかった。

 

 

 レーザーや《魔導砲》の熱に、魔力の爆発に何度も煽られ、叩きつけるように降り注ぐ砂を何度も全身に被った。

 

 連戦による疲労もあればゲンソウ術の負荷による頭痛も酷い。気を抜けば足も腕も、首さえもう上がらなくなる。 

 

 ユーマはもう限界だった。精神も身体も。

 

 身体が動く内に勝負を決めるなら、今しかない。

 

 

「……砂縛陣を使う。風葉」

 

 ユーマは温存させておいた風葉を短剣から呼んだ。

 

「疾風闘衣を頼む。砂更が陣を張る時間を稼ぐ。あとはお前も爆砂陣の方を」

「待ってくださいー。あれー」

「えっ?」

 

 風葉に促されるままに王国側に振り返り、ユーマが見たものは、こちらに向って来る1台の、装軌式の青い装甲車。

 

 《駱駝》だ。ユーマはポピラ1度も合流していない為、この王国軍が所持する《機巧兵器》の存在を知らない。

 

 

「機巧兵器? ――っ!」

 

 ゾクリとする悪寒。今度は機巧魔獣のいる方向だ。

 

 ユーマは夜空を見上げる。

 

 

 

 

 ――撃て

 

 

 

 

 遥か遠く上空から撃たれたのは複数の《魔導砲》。魔力の奔流がユーマに迫り来る機巧魔獣ごと砂漠を焼き払う。

 

 思わぬことにユーマは咄嗟に閃光から目を守り、爆発の衝撃波と飛び散る砂礫を砂更が防いだ。

 

 目を瞑る瞬間。ユーマが最後に見たものは。

 

 

「あっ――」

 

 

 《魔導砲》の光に焼き尽くされ、跡形もなく消え去る青い――

 

 

「消え……しんだ?」

 

 目の前で見たものが信じられず、ユーマは愕然とした。

 

 

 機巧魔獣ではなかった。ならあの青いやつには誰かが、人が乗っていたはずだ。

 

 それが呆気なく光に――

 

 

 《魔導砲》の一斉掃射はまだ終わらない。

 

 攻撃は機巧魔獣を狙ったものではない。この辺り一帯を焼き払う無差別な殲滅砲撃。

 

 危ないのはこの場にいるユーマだけではない。

 

 下手をすれば彼が吹き飛ばした傭兵達にも被害が。

 

 

「やめろぉおおおおおお!!!」

 

 

 絶叫。ユーマはガンプレートを上空に向け構える。敵はそこにいるはず。

 

 見えた。あれは……飛行船だ。

 

 

 爆撃機型機巧兵器《雲鯨》。全長200メートルを超える空飛ぶ要塞。

 

 それが2隻。

 

 

「……なんだよ、それ」

 

 ユーマは8つの砲門を向ける2隻の飛行船を見て、自分の力が抜けていくのがわかった。

 

 遠い。それに届かない。

 

 百体を超える機巧魔獣。《魔導砲》による上空からの一方的な砲撃。その火力による制圧力ならば帝国軍に傭兵なんて必要なかったはず。

 

 

 最初から王国軍は勝てない戦いを仕組まれていたというのか?

 

 

 ユーマにわかるわけがない。傭兵は捨て駒であると同時に悪役として利用されたのだから。

 

 《炎槍》も《氷斧》も。切り捨てられたファルケも。

 

 

 無駄だったのか? すべてが。

 

 

 《盾》を凍らされ、砕かれても《氷斧》に立ち向かったアギも、1人飛び出して《炎槍》に挑みかかったエイリークも。

 

 アイリーンは本調子じゃなくても駆け付けてくれたし、マークやチェルシーだってエースという理由だけで戦ったわけじゃない。

 

 

 誰もが戦っていた。ただ、守りたくて。

 

 今もきっと。

 

 

 それが、すべて無駄?

 

 

「……ふざけるな」

 

 脱力した右手からユーマはガンプレートを落とした。

 

「ふざけるなよ」

 

 抜けてしまった力の代わりに込み上げてくる、湧き出したモノを抑え込むようにユーマは拳を握った。

 

 

 尚も降り注いでくる《魔導砲》の光。その中の1つがユーマに直撃しようとしたその時。

 

 

「ああああああっ!!!」

 

 

 光に向かってユーマは、右の拳を――

 

 +++

 

 

 《雲鯨》の1番艦。メインブリッジ。

 

 

 高みの見物。中将は目下の光景に歓喜の声をあげた。

 

 光が、すべてを焼き払う。

 

 

「……はっ、はは。あはははは。見ろ。これが《雲鯨》の力だ」

 

 まさに中将が望む伝統ある《帝国》の力だった。

 

 圧倒的な《機巧兵器》による蹂躙。武力による支配。

 

 

「……観測室より報告。視認で周辺の魔獣の殲滅を確認」

「魔力探知器による《虎砲改》の反応……ありません」

「構わん。まだ置いてきた直援部隊に艦に積んだ《虎砲》も残っている」

 

 通信兵の報告と中将の言葉にやるせない思いをするクルーたち。

 

 傭兵と『砂喰い』を適度に殺し、支配するには十分な戦力がある。中将は勝利を確信した。

 

「誰にも止められんよ。この空飛ぶ要塞は」

「待って下さい。……観測室より報告。生存者を確認」

「何? 友軍か?」

 

 訊ね返すのは大佐。

 

「いえ。ですが少年が1人、砲撃した地帯で確認されています」

「……わかった。直ちに保護を」

「待て。私が出る」

「将軍!?」

「私の《虎砲》を出せ」

 

 言われていることがわからなかったのではない。大佐は中将がやろうとしていることに絶句した。

 

「聞こえなかったのか?」


 中将は言った。後続の部隊が追いつくまでの暇つぶしだと。

 

 

「私も久々に人を撃ちたくなったのだよ」

 

 +++

 

ここまで読んでくださりありがとうございます。

 

《次回予告》

 

 守れない。もう何もできない。だから、ユーマは諦めることができた。

 

 百体を超える機巧魔獣。そして2隻の《雲鯨》を擁する帝国軍を前にユーマは、遂に捨てる覚悟ができた。

 

 ただ、許せなかったから。

 

 

 次回「闇を狩るゲンソウ」

 

 もう退くことができない戦い。少年は最強のゲンソウを手に拳を握る

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