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幻創の楽園  作者: 士宇一
第3章 前編(下)
129/195

3-09a 総力戦 前

VS機巧魔獣。王都防衛戦の決着

 

*内容はぎゅうぎゅう詰めです

 

 +++

 

 

 マーク・フィーは魔術師だった。彼に会うまでは。

 

 

 +++

 総力戦

 +++ 


 

 居住区。対機巧魔獣戦。

 

 決戦の時。

 

 

「先輩!」

「下がって。僕1人でいい」

 

 漆黒の騎士の篭手。それだけを武器にマークは走る。

 

 自己修復中の機巧魔獣は、マークをさほど脅威と思わず牽制の《黒鋼術》を放った。鋼の武器がマークを襲う。

 

「単調すぎる。それがお前の見た僕の鋼だというのなら……」

 

 マークの篭手は難なく武器を弾いた。

 

 

「僕を舐めるな」

 

 

 マークは走る。降り注ぐ鋼の武器を篭手で弾き返し、ある時は《黒鋼壁》を壁に使い、足場にして機巧魔獣との距離を詰める。

 

 拳が届くその距離まで。

 

 

 鋼は刃金。刃物をつくる為に生まれ、鍛えられた鉄だ。鍛鉄とも呼ぶ。

 

 鋼は鍛えられることで強くなる金属。鍛錬を繰り返すことで不純物を除きより硬く、洗練され、強靭となる。

 

 表面は冷たくも芯は熱く、硬く。

 

 

 鍛えられた鋼は曲がらない。決して折れない。そしてマークは今、腕に鋼を纏った。

 

 マークが自身と共に鍛え上げた、彼だけの鋼を。

 

 

 《黒鉄》の拳は《鋼星球》を殴り返し、《鋼城槌》の質量攻撃も真正面から受け止めた。

 

 

「こんなものか? いや。所詮こんなものだ。意志の籠らない鋼なんて、ただの鉄クズだ」

 

 

 熱く、硬く。

 

 

 鋼の拳が《鋼城槌》を砕く。機巧魔獣がコピーした《黒鋼術》はこうなったマークにはもう通じはしない。

 

 それに。機巧魔獣はマークの篭手をコピーできなかった。

 

 篭手は《黒鋼術》。すでにコピーした鋼の魔術であったから。違いがあるとすれば、それは術式ではなくマークの方にある。

 

 技術だ。力だけで、身体強化の術式だけで出来る芸当ではない。1番に気付いたのはアギだった。

 

 

「……武術だ。あの体捌きと体つき。間違いねぇ。先輩はただの魔術師じゃねぇ」

 

 正確には違う。本当の彼は魔術師ではない。かつてのマーク・フィーが魔術師だった。

 

 

 

 

 強くありたかった。強くなればそれでいい。そう思った。彼も男だったから。

 

 

 魔術師を選んだのは貧弱な自分の身体を思ってのこと。特にこだわりがなかった。ただ力を求めただけだったから。

 

 それで打ちのめされた。がむしゃらな訓練の果て。成果を得ず、傷つき、死にかけて。本当の強さに彼は守られた。

 

 守られた彼は自分を守った青年に問われる。

 

 

「何がしたいんだ? お前は」

 

 

 強くありたかった。強くなればそれでよかった。

 

 でも駄目だった。彼には目標がなかった。力を欲する願いが、理想がなかった。

 

 

「あなたのようになりたい。あなたの、その黒騎士のように」

 

 

 あらゆるものを弾き返す強靭で逞しい身体、全てを打ち砕く拳。

 

 剣も盾も必要としない鋼の騎士は、人の強さを体現したように見えた。

 

 

 彼は願う。青年の持つ精霊のようになりたいと。それで彼は1月ほど青年と黒騎士の旅に同行した。彼にとってかけがえのない1月だった。

 

 

 旅の中、彼は学んだ。黒騎士の心は、青年の中にあった。黒騎士の拳は、青年の拳だった。

 

 心も体も鍛錬を繰り返すことでより硬く、洗練され、強靭に。

 

 表面は冷たくも心は厚く、堅く。

 

 青年は精霊と共にあった。クロダと名乗る《精霊使い》は、彼そのものが鋼だった。

 

 

 マークは忘れはしない。黒騎士と共に突き出した青年の拳を。鍛鉄とも呼ばれる、鋼の意志を。

 

 

 

 

 機巧魔獣は《黒鋼術》が通じないとわかると頭部のレーザーを放った。マークは鋼の掌で受け止める。

 

 次に《魔導砲》が撃たれた。破壊をもたらす魔力の奔流。マークは恐れず戦意を、精神を研ぎ澄ます。

 

 刀を抜くような左腰に右腕を添えた構え。腕に纏う鋼に鍛え抜いた技を、心を込める。

 

「先輩!」

「――っ、セイっ!」

 

 抜刀。

 

 鋼を刃金に変えて、刃となる手刀は《魔導砲》の光を正面から切り裂いた。

 

 

「……マジかよ」

「その程度だよ。マガイモノ。僕の鋼はお前のそれとは違う」

 

 マークは鋼の篭手を、黒銀の装甲を持つ機巧魔獣に見せつける。

 

 機巧魔獣の攻撃を全て弾き返し、傷一つ付かなかった漆黒の黒鉄。

 

 

 厚く、熱く。堅く、硬く。

 

 

 自分の華奢な身体に見切りを付けず、諦めずにただひたすらに鍛え続けた。

 

 自分だけの鋼を求めて一層魔術を研磨し、《黒鋼術》を究めた。

 

 

 鍛え上げた心と体、技術と魔術。マークの在り方は、そのすべては鋼と共にある。

 

 青年と精霊。2つで1つの黒騎士だった彼のように。

 

 

「見ろ。これが僕の鋼だ」

 

 

 拳士、マーク・K・フィーは、鍛鉄の心と拳を以て《黒鉄》を名乗る。

 

 

 漆黒の篭手が放つ強い輝きに機巧魔獣が怯んだのがわかった。マークは《城壁》で身を固められる前に駆け出し、間合いに踏み込む。

 

 修復された鎌の刃を左の篭手、肘で弾いた。滑るような足捌きで飛び込んだ機巧魔獣の懐。

 

 マークは身体を捩り、右の拳を放つ。

 

 しかし機巧魔獣の展開する《盾》がマークの拳を受け止めた。あと1撃が届かない。それを見たアギが自分の《盾》が使われたことに痛恨の声を漏らす。

 

「ああっ。俺の《盾》が」

「まだだ!」

 

 マークは右腕を引くとさらに踏み込む。

 

 

 地面を踏みしめる震脚。同時に放つ魔術は地面を割り、機巧魔獣の足場を崩した上で、真下から突き出す岩盤が機巧魔獣を打ち上げる。

 

 《地裂突》。面でしか防御できない《盾》の弱点を突いた、真下からの攻撃。

 

「!!?」

 

 驚愕した気配がマークに伝わった。

 

「他人の技に頼るからこうなる。覚悟しろ」

 

 真っ逆さまに落ちる機巧魔獣にマークは拳を構える。

 

 

「受け止めれると思うな。僕の鋼は、お前を撃ち抜く」

 

 

 血潮が腕の鋼に通う。

 

 研ぎ澄ました意志を込め、拳を固める。

 

 熱く。硬く。

 

 

 腰の回転に加えて腕を捻る螺旋回転を拳に、腕に纏う鋼にすべて伝え、まっすぐに突き出す。

 

 この鋼拳こそマークが受け継いだ黒騎士の拳。

 

 正拳。

 

 

「ジオ・インパクト!!」

 

 

 体勢を崩しつつも《盾》で防ごうとする機巧魔獣。

 

 しかしマークの拳は《盾》にぶつかっても曲がらない。決して折れない。

 

 鋼は撃ち貫く。

 

 

 《盾》をぶち破り、マークは機巧魔獣の巨体を殴り飛ばした。

 

 

「3分。あとはお願いします」

 

 マークは、気が済んだとばかりにとどめを彼女に譲った。

 

 

 宣言通り機巧魔獣を殴り飛ばしたマーク。

 

 彼らはこのあと、《精霊使い》の本領を彼女から教わることになる。

 

 

 

 

「――私の名はアニスタリス。エンの巫女」

 

 

 

 

 炎が舞う。


 《交信》する彼女は、燕のかたちをした精霊と共に炎を纏う。

 

 

「《世界》に問う。私の想いは、燃えるような願いは真か偽か?」

 

 

 包み込む炎は赤く、朱く彼女を染め上げる。

 

 燃えるような色の髪を靡かせ、熱い眼差しはまっすぐに悪しきモノを見定める。

 

 

「これから振るう私の力は正が邪か? 答えよ。もしも偽にして邪なれば、今すぐこの身を、この炎で焼き尽くせ」

 

 

 それは精霊を通して《世界》に繋がることのできる、《精霊使い》だけが使うことが許される呪文だった。

 

 

 自身の命を賭け、《世界》に問いかけることで莫大な力を授かる奥義。

 

 そんなものが使えるのは、本来《精霊使い》が《世界》より特定の使命を与えられるからである。

 

 《炎槍》と呼ぶ彼女、アニスタリス・エンもその1人だった。

 

 

 《世界》の代行者として秩序の循環を促すこと。精霊を通して地を治め、穢れを祓い、魂を還すこと。

 

 この使命を以て、《世界》の加護を国に与える《精霊使い》を《巫女》と呼ぶ。

 

 

「もしも。真にして正なれば――」

 

 

 元《エンの巫女》としては、悪しき魔力を持つ機巧魔獣を放っておく気はなかった。

 

 《炎槍》は《精霊使い》の奥義を以て機巧魔獣の魔力を祓う。

 

 

「応えよ。《世界》よ。私に――浄火の炎を与えよ!」

 

 

 《世界》は彼女に答えた。真であり、正であると。

 

 《世界》は彼女に応えた。炎は彼女の精霊に力を与えた。

 

 

 浄火。それは神聖なる破壊の炎。扱うにはその者の真正が試される。

 

 おそらく。この炎こそ機巧魔獣を最も安全に破壊できる力だった。

 

 

 奥義、《浄火燕舞》。

 

 彼女の請願は《世界》に認められ、穢れを祓う炎を熾した。《浄火》の炎は彼女の精霊に宿る。

 

 

「祓いなさい。火燕ちゃん」

 

 彼女の声に翔け抜ける炎。縦横無尽に機巧魔獣を切り裂く燕の舞。

 

 燕のかたちをした浄火の炎は、最後に巨大な火柱となって機巧魔獣を焼いた。

 

 

「これが、ユーマと同じ《精霊使い》の力……」

「違う。これこそが本来の《精霊使い》の在り方だよ」

 

 あの人やユーマ君は異色だよな、とマーク。 

 

 燃え盛る炎に焦げ臭さなど微塵も感じない。ただ周囲が清められていくようにアギは感じた。

 

 

「……ふぅ。それにしても、こっちのお仕事って実は別料金なのよん」

「《炎槍》さん?」

「でも。坊やたちの手前、サービスしてあげる」

「チ!」 

 

 真剣な表情から一転。あっけらかんとした笑みを浮かべ、いつもの調子に戻る《炎槍》。

 

 

 火の精霊に焼き尽くされた機巧魔獣は、魔力の残滓さえ残さなかった。

 

 +++

 

 

 装甲車型機巧兵器、《駱駝》で逃げるエイリーク達は、遂に機巧魔獣を決戦の舞台へと招き寄せた。

 

 舞台は大通りを抜けた王都の中心。宣誓の地と呼ばれる中央広場だ。

 

 

「ここって。色々と大丈夫なの?」

「仕方ありません。どの道《昇華斬》を使ったあとの被害を考えると、ここしかありません」

「……ちゃんと真上に打ち上げるから大丈夫よ」

 

 念の為です、と言うポピラに憮然とするエイリーク。

 

 

「では手筈通りに」

「任せて」

「いきます」

 

 《駱駝》から降りて機巧魔獣を迎え撃つのはポピラとチェルシー、アイリーンの3人。とどめ役のエイリークは《駱駝》と共に離脱した。

 

 アイリーンは魔術発動の為、すぐに集中しはじめた。遅れて広場に現れる機巧魔獣。

 

 機巧魔獣は殺戮行為において、直接手にかけるのを好む傾向にある。無防備に立つ3人を腕の鎌で斬り殺そうと接近。

 

 作戦通り。最初の彼女達は囮だ。

 

 

「いきますよ。皆さん」

 

 広場の中央までおびき寄せられる機巧魔獣。

 

 そして周囲の建物に隠れて待ち伏せしていたのは、大きなバックパックを担いだ《レアメダル・メカニック》の学生たち。ミサもここにいる。

 

 包囲網は完成した。ポピラはガンプレートを構える。

 

 

「一斉攻撃」

 

 

 《ミサイル・トリガー》だ。学生たちのバックパックから撃ち上げられるのは《リュガキカミサイル》。大量の炸裂弾が機巧魔獣を全周囲から襲う。

 

 対する機巧魔獣は迎撃体勢をとった。頭部のレーザーに加えて《氷晶壁》、《氷弾の雨》さらに《旋風剣》、《爆風波》とエイリーク達からコピーした術式でミサイルの集中砲火を防ぎ、耐えきってみせる。

 

 

「厄介ですね。この程度では決定打になりませんか」

 

 術式をコピーする能力を間近で確認したポピラは成程、と呟く。

 

 でも時間稼ぎはできた。ここからが彼女達の出番だ。

 

 

「みんな! 緊急着装スクランブル、いっくよぉーーっ!」

 

 

 移動中に推進剤を補給したチェルシーはバックパックから火を噴いてブーストジャンプ。

 

 続いて《レアメダル・メカニック》の面々が、専用の移動式カタパルトでマシンパーツをチェルシーに向かって打ち上げる。

 

「ハンガー2番。発射!」

「次はコネクターだ。タイミングを合わせろ」

「ブーツ発進、どうぞ!」

 

 チェルシーはまず空中で『ハンガー』、マシンアームの両腕のついたパーツをバックパックに装着。

 

 続いてバックパックの下部に取り付ける接続器コネクター、『ブーツ』と呼ばれるマシンと装着。チェルシーの両脚はマシンの脚部に覆われた。

 

 チェルシーは《機巧兵器》のエンジンを積んだバックパックを核にマシンを換装することであらゆる局面に対応できる。彼女のマシンは背面から全身を覆うその姿から《機巧外骨格》と呼ばれる。パワードスーツだ。

 

 完全武装。完全復活。

 

「エンジン起動。システムオールグリーン」

 

 チェルシーは最後、額にかけた多目的ゴーグルを被り、不敵な笑みを浮かべる。

 

 

「チェルシぃー、ボクサー! 完、成っ!」

 

 

 爆誕! マシンアームを突き出し空中で決めポーズ。

 

 背後の爆発エフェクトは《レアメダル・メカニック》のこだわりだ。ポピラとは一生気が合いそうにない。

 

 

 チェルシーはそのまま自由落下の勢いを乗せて飛び蹴りを放つ。機巧魔獣が展開した《氷晶壁》を砕き割った。

 

「ダイバー、キック! ハンマーナッコォ!」

 

 マシンアームの剛腕は空振り。意外と機敏な動きができる機巧魔獣は、8本脚でジャンプして距離をとった。

 

 反撃の《氷弾の雨》がチェルシーを襲う。

  

「なんの。ブーツを装備したあたしのスピード。甘く見ないでよ」

 

 チェルシーはマシンの脚部ユニットから大量の空気を地面に向けて吹き込み、浮力を得て地表より少しだけ浮かび上がった。

 

 『ブーツ』とは推進装置とホバーユニットで構成されるマシンだ。今のチェルシーはブースターによる飛行ができない代わりにホバー走行で地上を高速移動できる。

 

 高機動戦のガンファイト。氷弾の速射を躱しつつ、チェルシーはマシンアームの人差し指から70ミリ砲弾を撃って応戦。機巧魔獣はチェルシーの動きと砲撃で釘付けになる。

 

 

「このままでは流れ弾の被害が尋常になりません。アイリーンさん」

「ええ。――氷輝陣。舞台よ、輝け!」

 

 チェルシーが奮戦する間、ポピラの指示でアイリーンの魔術が発動。

 

 ブースターである銀の腕輪を輝かせ、彼女の足元を中心に氷霧が地表に薄く、広範囲に広がった。

 

 広場全域を覆う氷晶は照明弾に照らされて散光。決戦の舞台を銀色に輝かせる。

 

 

《氷輝陣・銀の舞台》

 

 

 《銀の氷姫》の為に存在する舞台だ。展開した氷晶の補助効果を受けたアイリーンは存分に《氷晶術》を振るう。

 

 《銀の舞台》の外周を覆うように連続展開した《氷晶壁》のバリケードが周囲の被害を抑えた。また、機巧魔獣の周囲からも《氷晶壁》を出現させて障害物として妨害。チェルシーを援護する。

 

 地形操作攻撃。アイリーンは《銀の舞台》の領域内ならば、地表のどこからでも正確、瞬時に《氷晶術》を発動することができる。

 

「貫け。氷晶樹!」

 

 アイリーンは機巧魔獣の真下から巨大な氷の樹を出現させ、機巧魔獣を足元から突き上げた。

 

 更に無数に枝分かれして伸びる鋭い氷晶の枝が機巧魔獣の脚を貫き、絡めとる。身動きを封じ込める。

 

「咲けよ。氷晶華!」

 

 包囲を目的とした《氷晶壁》の派生術式。花びら状の《氷晶壁》が機巧魔獣を何重にも囲い込む。

 

 

「これでどうです?」

「上出来です。いきますよ、エイリークさん」

 

 これですぐには逃げられない。ポピラは待機中のエイリークに合図を送ろうとした。

 

 しかし。

 

 もしも作戦指揮を執るポピラにミスがあるとすれば、それは念の為といって《リュガキカミサイル》を全弾撃ち尽くさなかった彼女の用心深さにあった。

 

 

 ――無属性操作術式、発動

 

 

 機巧魔獣が発動したのは《ミサイル・トリガー》。包囲する学生たちのバックパックから打ち上げられる《リュガキカミサイル》。

 

 機巧魔獣は当然のようにポピラの術式までコピーしていた。

 

「これはっ!?」

「いけません」

 

 機巧魔獣がミサイルで狙ったのは自分自身だ。爆発の衝撃で機巧魔獣は氷の束縛を振り解く。

 

 

 ――風雷複合放射術式、発動

 

 

 間髪入れずに放つ《ボルテックストーム》。機巧魔獣は放電する竜巻の奔流で彼女たちを薙ぎ払う。

 

「氷晶壁!」

「きゃあ!」

 

 アイリーンは近くにいたポピラごと《氷晶壁》で身を守った。チェルシーはマシンアームでガード。

 

 バチッ、とマシンから火花が上がった。

 

「!? ……うっ、動かない」

「チェルシーさん!?」

 

 チェルシーのマシンは機巧魔獣同様、雷に弱かった。《ボルテックストーム》の放電に感電したマシンはガード体勢のまま動かなくなる。

 

 そこへ機巧魔獣が接近。動けなくなったチェルシーに狙いを定める。

 

「このおっ、動けっ」

「させません」

 

 振り下ろされた鎌はアイリーンの《氷晶壁》が凌いだ。邪魔をするなとばかりに機巧魔獣は彼女に頭部レーザーを撃つ。

 

 これ以上援護できなかった。チェルシーはその間も操縦レバーをガチャガチャ動かす。

 

「動け。お願い、動いて」

「チェルシーさん、脱出して下さい!」

「嫌だ! うあっ!?」

「チェルシーさん!」

 

 何度も振るわれる機巧魔獣の鎌は《氷晶壁》を切り裂き、マシンアームの装甲を傷つけた。装甲はあとどれだけもつのかわからない。

 

 絶体絶命。それでもチェルシーは、自分を包み込むマシンを信じていた。

 

 

「……動いて。お前はあたしがパーツの1つ1つから組み上げたマシンだ。だから信じてる。お前は私を守ってくれる」

 

 機械にも心がある。そうチェルシーは信じている。

 

 大事にすれば、心をもって接してあげれば、マシンは応えてくれる。そう信じている。

 

 

 《機械の心臓》。それが彼女の《幻想》。唯一無二のゲンソウ術。

 

 動力であるバックパックのエンジンとは違う、マシンを動かす彼女の熱意ちから

 

 

 チェルシーは自分の拳をマシンアームに叩きつけた。

 

 

「動けぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 ……ドクン

 

 

 叩きつけた衝撃に心臓が動く。鋼のパーツが1つ1つが軋む音を上げ、マシンが咆哮する。

 

 

 機巧魔獣が振り下ろす両腕の鎌をマシンアームの手が掴み、受け止めた。

 

 マシンは、彼女に応える。

 

 

「……ありがとう。――いっくよぉおおおお!!」

 

 

 フルパワー。機巧魔獣の鎌をチェルシーはマシンアームで握り潰した。

 

 ここで勝負だ。両方のマシンアームの肘からシリンダーユニットが突き出す。

 

 

「右腕、パイルストライカー起動。チェルシぃー、クラッシャー!」

 

 必殺の右ストレートをガードの上から叩き込み、シリンダーを打ち込む衝撃波が機巧魔獣の腕を完全破壊する。

 

 

「左腕、プラズマストライカー起動。チェルシぃー、ブレイカー!」

 

 これが直前に換装した秘密兵器だ。電光石火の左フック。プラズマを纏う鉄拳は頭部の魔石を破壊。

 

 機巧魔獣は全身から火花を散らした。感電して身動きがとれなくなる。

 

 

「インパクトォ!!」

 

 最後は右のボディ。

 

 右腕のシリンダーに蓄積した圧縮空気を前方に解放。衝撃弾となって機巧魔獣を弾き飛ばす。

 

 

 腹部の魔石が割れた。あと1撃。

 

 このタイミングをポピラは見逃さない。

 

 

「今です。エイリークさん!」

「アレっく君! エスコート頼むよ」

「了解だ!」

 

 チェルシーの声に彼女の副団長、アレックスは応える。

 

 

 広場に《駱駝》が駆け込んだ。機巧魔獣を倒す剣を連れて。

 

 剣の名はエイリーク・ウィンディ。《旋風の剣士》。

 

 

 修復が追いつかない大ダメージを受けた機巧魔獣は、エイリークが纏う風の凄まじさとこちらを見据える彼女の翠の視線に脅威を感じ取る。

 

 スーパーモードは事前に発動している。エネルギーの消耗を避け、彼女を機巧魔獣の元へ無事に送り届けるのが《駱駝》と操縦士の彼の役目だ。

 

 

 《氷弾の雨》による迎撃にアレックスは構わず全速力で突撃した。多少の被弾は覚悟の上。

 

 フロントの強化ガラスにヒビが入った。装甲板に氷塊が突き刺さった。それでも《駱駝》は突き進む。

 

「アレっく君!」

「まだまだぁ!!」

 

 あと少しなのだ。頭部と腕を失くし、感電して動けない機巧魔獣の迎撃手段は限られているから。だけど彼らの前を機巧魔獣の《氷晶壁》が行く手を阻んでいる。

 

 高速で連続展開された《氷晶壁》の防壁。いくらなんでも魔術の発動速度が早過ぎる。

 

「これは……」

 

 アイリーンは気付いた。《銀の舞台》が機巧魔獣にコピーされている。

 

 

 チャンスだ。

 

 最後の力を振り絞るのはここしかない。

 

 

「それを待っていました。教えてあげます」

  

 いくら模倣されたとしても、

 

 《氷輝陣》は、《心像》に繋がるこの魔術は自分だけのものだと。

 

 

 アイリーンは《銀の舞台》を構成する氷晶をすべてかき集めた。

 

 自分のものも、機巧魔獣のものも全てだ。彼女が氷晶で創る氷の結晶は普段の倍以上の大きさになる。

 

 アイリーンの最大攻撃。氷晶から生成し、《幻創》するのは輝く銀の剣。

 

 

「――集え氷晶。剣よ、斬り裂け!!」

 

 

《氷輝刃》

 

 

 アイリーンは巨大な氷の刃で足元を薙ぎ払う。

 

 その一太刀はエイリーク達を阻む《氷晶壁》を全て斬り払うだけでなく、機巧魔獣の多脚までも斬り飛ばし、その下半身を凍りつかせた。

 

 これで彼女も打ち止め。限界だ。

 

 頭痛でふらつくのを我慢して、アイリーンはエイリークに向かって叫ぶ。

 

 

「これで決めなさい。エイリィ!」

「いくわよ!」

 

 

 御膳立ては十分だ。機巧魔獣の目前で急ターンする《駱駝》から、エイリークは飛び降りた。

 

 そのまま宙を舞い、突撃。

 

 

 《ボルテックストーム》は《爆風波》で受け止め、《風盾》を併用して軌道を逸らした。

 

 《爆風波》の迎撃はそのまま《旋風剣》で突き破った。

 

 

 機巧魔獣はもう、エイリークを止められない。

 

 彼女の渾身の《旋風剣・疾風突き》が腹部の魔石を、機巧魔獣の核を貫く。

 

 

「ギ……ィイイッ!?」

「……負けないわよ。アタシは」

 

 ずっと我慢してた。ピンチになる度に飛び出したくてずっと我慢していた。

 

 だけど信じた。チャンスは巡ってくる。みんなが繋いでくれる。そう信じていた。

 

 

 1人じゃきっと何もできなかった。

 

 でも仲間がいたから、皆で支えあうことができたから。

 

 

 ひとりじゃなかったから。だからアタシは――

 

 

「アタシにはみんながいる。支えてくれるのを信じられる。だからっ」

 

 

 細剣を突き刺した魔石から魔力の光が漏れ出した。これが機巧魔獣の自爆攻撃だとは彼女は気付かない。

 

 だけどエイリークは手にした剣に力を込めた。剣から吹き荒れる暴風が魔力の光をかき消していく。

 

 機巧魔獣を倒すには、最初から《これ》しかないとわかっていたから。

 

 

「アタシの剣は――」

 

 

 奥義。

 

 

「絶対に、負けないのよ!!」

 

 

《旋風剣・昇華斬》

 

 

 エイリークは全身全霊を懸けて魔石を斬り上げる。

 

 膨大なエネルギーを生み出す剣の暴風は、何もない天へと突き上がり機巧魔獣の身体を夜空へ攫う。

 

 

 あとは、何も残らなかった。

 

 +++

 

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