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幻創の楽園  作者: 士宇一
第3章 前編(下)
127/195

3-08d 機巧魔獣 4

アギ&マークVS機巧魔獣

 

エイリークの選択、ファルケの選択

 

 

《前書きクイズ》

 

*砂漠の王国編もラストが近づいてきました。今回で前書きクイズは一旦終了です。また次章で。

 

Q. 砂漠の王国編のラスボスはなんでしょう?(難易度S:展開先読みクイズ。これが《忘却》最後の罠)


 

 +++

 

 

 王国に突如転移してきた《忘却》の置き土産、機巧魔獣。

 

 機巧魔獣の脅威を目の当たりにしたユーマ達。それで彼らは3チームに別れ、それぞれが機巧魔獣を食い止めに向かっているのだが。

 

 

 

 

 激しい爆発音はずっと鳴り響いている。おそらく傭兵の攻撃ではなくポピラが《リュガキカミサイル》を乱射しているせいだろう。

 

 王立研究所方面に向かう途中、急に立ち止まったユーマ。

 

「ユーマ?」

 

 彼は空を見上げ、国の外の方を不安そうに見ている。

 

「何か気がかりでも?」

「……いや」

 

 アイリーンになんでもないと言うユーマだが、表情は冴えない。

 

 虫の知らせ、というよりも砂風の便りとでも言うべきか。精霊たちが感じ取る危機感はユーマを焦燥に駆らせる。

 

 見逃すととんでもないことになる。そんな予感。

 

 だけど。

 

「ちょっと疲れただけだよ。行こう。ポピラ達が心配だ」

「……そうですね」

 

 どこか不審に思う彼女たち。ユーマは構わず先を急ごうとする。

 

 ところが。

 

「待ちなさい」

 

 エイリークがユーマを呼び止めた。

 

 彼女はユーマの態度が気になるどころではなかった。癇に障ったのだ。

 

「外が気になるなら行きなさい。機巧魔獣はアタシ達だけで十分よ」

「エイリィ?」

「ちょっと、どうしたの?」

「《炎槍》が言ってたわね。精霊が2体いるアンタは『感じ取る』範囲と精度が高いって」

「それって。……ユーマさん。一体国の外に何があるというのですか?」

「多分」

 

 観念したユーマは彼女達に話した。

 

「国の外に帝国軍の増援がいる」

「なっ!?」

 

 驚いた。彼女達は外にいる機巧魔獣を確認していないが、たとえいなかったとしても王国軍はもう手一杯のはずだ。

 

 傭兵が主戦力とはいえ帝国軍はどれだけの兵力を用意していたというのか。

 

「こっちに向かってる。でもまだ遠くにいるみたいだから少し余裕があるんだ。だから急ごう。早く王都内の機巧魔獣を倒してそれで」

「それで間に合うの?」

 

 ユーマはすぐに答えられなかった。エイリークは間髪を容れず問い詰める。

 

「だから悩んでるのでしょ? 今なら、砂更とかで『アンタだけ』なら増援に対処できる。違う?」

「……」

「だったら行きなさい。この国の人たちを守る為に」

「でも」

「見くびらないで!!」

 

 込み上げる怒りにエイリークは叫ぶ。それが本音だった。

 

 エイリークは気付いている。ユーマが自分達に気遣って別行動を取れずにいることを。

 

 

 戦力に余裕はない。増援が本当ならば機巧魔獣を3人に任せて行くべきなのにユーマはそれができなかった。

 

 ユーマは彼女達の安全と王国の危機に秤をかけて彼女達をとってしまったのだ。その選択がエイリークは許せない。戦場で仲間を気遣い、守るべきものを優先しなかったユーマが。エイリークは《炎槍》の言っていたユーマの甘さをはっきりと理解した。

 

 その原因が自分達にあることが何よりも悔しい。自分にユーマが信用してくれるだけの力がないことに。

 

 

「行きなさい。アタシ達は守られる為じゃない。守る為にここにいるの」

 

 エイリークはユーマをまっすぐに見つめる。

 

 すぐ傍で彼女を見ていたアイリーンは、エイリークの翠の瞳が力強い光を放っているように感じた。

 

 まるで大丈夫だ、心配ないとユーマに言い聞かせているようにも感じる。

 

「アタシ達を気遣って国の人たちを守れなかったのなら、アンタを絶対に許さない」

「……わかった」

 

 ユーマはエイリークに頷いた。

 

 続いてユーマはアイリーンとチェルシーの方を見る。2人はユーマに応えてくれた。

 

「こちらは大丈夫です。ここまでくれば機巧魔獣の位置は私でも感知できます」

「アイリさん」

「あたしもエースだから。2人のこともポピー達もあたしに任せなさい」

「チェルシーさんも。……お願いします。エイリーク」

「何」

「ごめん。あとを頼むよ」

  

 ユーマは2人にも頷きもう1度向き直ってエイリークに謝った。きっと彼女の誇りを傷つけたのだろうから。

 

 それに行動を別にする前にユーマは、彼女に伝えなければならないことがあった。

 

「気を付けて。機巧魔獣は多分《昇華斬》でしか倒せない」

「……えっ?」

「ずっと考えてた。アレに似た感じのを俺は『向こう』で見たことがある。もしも同じ性質があったら長期戦は不利だ。消し飛ばせるあの技で1撃で決めて」

「向こう、ってまさか」

「ポピラと急いで合流して。行ってくる」

「ユーマ!」

 

 言うことだけ言ってユーマは《天駆》、《高速移動》を使って先を急いだ。本当に余裕がなかったらしい。

 

 

 さらなる王国の危機にユーマの背中を押し、送り出すこと選んだエイリーク。

 

 この時ユーマと離れた彼女の選択が自身の分岐点だったとは思いもしない。

 

 

「アイツ……」

「急ぎましょう」

 

 少し時間を割いてしまった。アイリーンはエイリークを促す。

 

「ごめん。ついカッとなったわ」

「いいえ。気持ちはわかりますから」

 

 不調とはいえアイリーンも自分がユーマの役に立たないことを気にしていた。

 

 だけどエイリークのおかげで気持ちを切り替えることができた。今度は励ます番だ。

 

「今は為すべきことをやりましょう。心配無用だったとユーマさんに見せつければいいのです」

「……そうね。それじゃアイリィ、機巧魔獣はどこに」

「待って。静かにして」

 

 気付いたのは周囲を警戒していたチェルシー。

 

 耳を澄ます。それで2人も異変に気付いた。

 

 ずっと鳴り響いていた爆発音が……消えた?

 

「これは」

「もしかしてポピラが」

「走るよ。急いで!」

 

 駆け出す3人。その先で彼女達が見たものは。

 

 

 船体を無残に突き破られ、切り刻まれた『リュガキカ丸』と、鎌のような腕を振るう機巧魔獣の姿だった。

 

 +++

 

 

 居住区での戦い。機巧魔獣を相手に2人で善戦するマークとアギ。

 

 

 囮役のアギは機巧魔獣に張り付くように前に立ち、鋭い鎌の腕や槍のような脚の攻撃を《盾》で受け捌く。その合間を縫ってマークの《黒鋼術》が炸裂。この戦い方で彼らは機巧魔獣の脚を3本潰した。

 

 マークの攻撃のタイミングとコースはかなり際どい。前衛のアギのことなど構わず隙あらば遠慮なく鋼の武器を射出する。マークが要求するアギの動きはかなり厳しい。

 

 それで仲間にやられないよう前方と後方両方に《気》を配り神経をすり減らすように戦うアギ。その分彼の集中力は格段に上がり、結果だけ言えばアギはマークに無理してついていくことで実力以上の力を発揮している。

 

 実戦で得る経験は何よりも大きい。アギは激闘の中でもう1段上の強さを身につけようとしていた。

 

 

「離れて」

「……!」

 

 マークの指示にアギは真横に跳び、転がって大きく離れる。

 

 放たれたのは機巧魔獣の真上に展開した巨大なトゲ付き鉄球の《鋼星球》。落下させて叩きつけるが機巧魔獣はそれに反応し機敏な動きをみせジャンプして回避。

 

 その時度重なるダメージで限界が来たのか、機巧魔獣は着地時に残った多脚5本の内さらに2本が折れた。

 

 残る3本の脚では上半身を支え切れず、機巧魔獣はその場に座り込むように倒れる。

 

 

 アギはそこでやっと息を吐いた。

 

「ぜはっ! ……やったぜ。やっと足を封じた」

「アギ君!」

 

 休む間もない。機巧魔獣は頭部レーザーをアギに向けて撃った。

 

 対してアギは両手で《盾》を構える。

 

 

「それはもう効かねぇ!」

 

 

 もうレーザーに貫通なんてされない。弾く必要もない。

 

 レヴァンの《盾》を間近で見たアギは思考錯誤する内にコツを掴んだ。両手で《盾》を展開するのではない、左右2枚の《盾》を1つに重ね合わせるのだ。

 

 複合展開。今のアギは2枚が限界ではあるが、これを何十何百と《盾》を重ね複層化し広域展開できるようになればレヴァンの《城壁》になる。アギは《盾》の奥義への糸口までも掴んだのだ。

 

 強度は単純に2倍。アギは《二重の盾》で機巧魔獣のレーザーを完璧に受け止めてみせた。

 

「どうだ!」

「……参ったね。前から見込みはあったけど、たった1戦でここまで」

 

 もう安心して前を任せられる。アギの《盾》は今でも十分にエースに通用する。

 

 アギの成長を目の当たりにしてマークはそう思った。

 

「アギ。お前いつの間にこんな」

 

 取り残されたシュリはアギ達に加勢することもできず、手足を封じられた《炎槍》と一緒にただ戦いの行方を見守っていた。ファルケに至っては機巧魔獣に対するショックが抜けていない。

 

「魔獣……あれが帝国の……違う。でも……」

「ファルケ」

 

 シュリは呆然とするファルケに何も言えない。

 

 

 機巧魔獣の足は封じた。《魔導砲》は壊れ頭部レーザーも通じない。あと少しで無力化できる。

 

 マークは警戒を解かないまま、疲弊したアギを労う。

 

「お疲れ様。おかげで僕は攻撃に専念することができたよ」

「……先輩。エースってここまでキツイ戦い方しねぇとやっていけねぇのか? 絶対俺狙って撃ってただろ?」

「あはは。だから意表を突けるんだけどね」

 

 マークは変わらず邪気のない笑みを浮かべる。

 

「うしろを見ずに味方の『誤射』に気付いて躱すなんて芸当、クルスしかできないと思ってたよ」

「なっ!? 冗談だろ誤射って」

「あはは」

 

 冗談に聞こえない。わざとアギごと機巧魔獣を狙っていたことを弁解しないマークにアギは絶句。

 

「上出来だよ。2分くらいとはいえクルスの代わりができたんだから」

「たった2分……マジかよ」

「あとは任せて。足が止まりさえすれば」

 

 マークはここぞとばかりに《鋼城槌》を展開。強力な質量攻撃で勝負に出る。

 

「叩き潰せ。鋼城槌」

 

 巨大な鋼の円柱を機巧魔獣に向け、勢いをつけて射出。

 

 

 しかし。彼らが機巧魔獣の本当の恐ろしさを知るのはこの時だった。

 

 

「……ギギ」

 

 

 ――解析完了。無属性防御術式、発動マデ0.5秒

 

 

 迫り来る円柱を前に機巧魔獣の腹部と頭部が赤く輝き出した。備えられた魔石から魔力を抽出している。

 

 《鋼城槌》が直撃するその瞬間。

 

 

 ガキィッ!!

 

 

「なっ! んだと」

 

 アギは驚愕した。マークも驚きで目を見開いている。

 

 脚を失い見動きのとれない機巧魔獣は《鋼城槌》を難なく防いだ。目に見えない『壁のようなもの』で。

 

 

 あれは――

 

 

「俺の……《盾》?」

 

 +++

  

 

 一方その頃。レヴァンは新開発地区に向かい走っていた。

 

 王都内に現れた機巧魔獣3体の内、新開発地区に向かう機巧魔獣はレヴァン達が散開した居住区から1番遠い位置にいる。急がなければ地下都市に非難している家族たち、警備についた学生たちが危ない。

 

「……わかってる。わかってるけど身体が足りねぇんだ。黙ってくれ!」

 

 レヴァンはずっと幻聴を聞いていた。これが『普段より』煩雑で酷く、頭が痛い。つい叫んでしまう。

 

 何かが「危ない、危ない」とあらゆる場所から国に迫る危機を教えてくれるのを感じるのだが、レヴァンはそれすべてに対処することができないのだ。焦りだけが先走ってしまう。

 

 今はただ1ヶ所に向かって走ることしかできない。

 

 

「くそっ、《蜃楼歩》が使えりゃ……だぁーーっ。わかってるよ」

(……)

「言われなくてもこいつだけはわかる。誰でもない、俺がぜってぇに守らなきゃなんねぇもんくらいはな!」

(……)

 

 レヴァンは走る。今日はどれだけ走ったか覚えていないがずっと全速力だ。

 

 へばりそうになると「サヨコさーん!!」と叫んではど根性を発揮する。《魔導砲》を防いだ時にズタズタになった右腕の激痛は、この際無視した。

 

 

 そして、レヴァンは間に合わなかった。

 

 +++

 

 

 機巧魔獣が《盾》を使った?

 

 

「まさか。くっ!」

 

 《鋼城槌》を防がれたマークは、続けて鋼の武器を機巧魔獣の全周囲に向けて展開。一斉射撃。

 

 その攻撃を機巧魔獣は何重にも重ねた《盾》を周囲に展開して攻撃を全て弾いた。

 

「先輩! 今のは」

「間違いない。《城壁》、だね。……あはは。参ったや」

 

 笑うしかない。マークは瞬時に確信を持ち、戦慄した。機巧魔獣はアギやレヴァンのゲンソウ術を『学習』している。

 

 アギは目の前で起きたことが信じられない。思わずマークに訊ねてしまう。

 

「先輩。魔獣がゲンソウ術を使うなんてあるのか?」

「……いや」

 

 マークは機巧魔獣の魔石が輝いているのを見て、1つの仮説を立てた。

 

「《魔法》だよあれは。おそらく機巧魔獣は僕達とは逆の手法で魔術を使っている」

「逆?」

「魔力を使って1度見た僕らの『ゲンソウ術を再現』してるんだ。だとしたらまずい」

 

 アギの《盾》、レヴァンの《城壁》。ならばもちろんマークの《黒鋼術》も。

 

 嫌な予感は的中した。いつの間にか無数に展開された鋼の武器が、マークたちを狙っている。

 

「ギ……ギギィッ!!」

 

 一斉掃射。

 

 容赦なく降り注ぐ鋼の雨。物量攻撃を前にマークとアギは逃げる間もなく《黒鋼壁》や《盾》で耐え凌ぐ。

 

 彼らにはもう鋼の武器が激しく叩きつけられる音しか聞こえなかった。耐える間にも2人は精神力を削り確実に消耗していく。

 

 機巧魔獣の攻撃は無差別だった。周囲にある居住区までも破壊している。故郷が壊されているのにアギは耐えることしかできない。

 

 《黒鋼術》で猛威を振るう機巧魔獣。しかも《盾》や《城壁》で身を守られては手の打ちようがない。

 

「このっ。どうすりゃいいんだよ!」

「ファルっ!」

「!?」

 

 アギは気付いた。攻撃は少し離れた場所にいるシュリ達の方にも降り注いでいる。

 

 親友の幼馴染までも危険に晒されていることにアギは我を失くした。

 

「畜生!」

 

 アギはシュリを守る為になけなしの精神力を振り絞り、瞬間移動を使おうとした。そこに隙が生まれる。

 

 アギは跳べなかった。ゲンソウ術の負荷で頭痛が酷くなり意識が朦朧とする。

 

 連戦の上に碌に休んでいなかったアギはもう限界だったのだ。《盾》を維持するのが精一杯。それでアギは向かってくる《鋼城槌》にも気付けなかった。

 

 追突時に右腕から身体の芯に響く鈍い音がした。アギは《盾》ごと巨大な円柱に弾き飛ばされる。

 

 

「アギ君! ――っ!?」

 

 マークも倒れたアギを気遣う余裕がない。

 

 いつの間にか彼の目前に迫り、腕を振り上げている機巧魔獣。

 

 破壊したはずの脚が8本に戻っている。

 

 

「自己修復だって?」

「ギ……ギガァアッ!」

 

 それ以上驚く暇もなかった。

 

 

 機巧魔獣の鋭い鎌のような腕の1撃はボロボロになった《黒鋼壁》を削り取り、2撃目でマークの黒衣を袈裟掛けにばっさりと切り裂いた。

 

 +++

 

 

 鋼の武器が降る中でもファルケは呆然としていた。彼は何を信じればいいかわからなくなっていた。

 

 

 最初は失くしたものを取り戻したかっただけだった。取り戻したかったのはかつての故郷である《帝国》と亡き父の誇り。

 

 新王レヴァイアの下で復興された《王国》はかつての故郷とはあまりにも違い、大事なものを塗りつぶされたような気がしてただ反発していた。父を殺した反乱軍のリーダーが王になったのも、そいつに帝国の拠り所だった皇女サヨコが娶られたこともショックだった。

 

 幼馴染だった少年が新王に憧れはじめ、『砂喰い』の子供と遊びはじめたことも。

 

 何もかもが許せなかった。確かに戦時中幼少期の生活は厳しくて昔と比べれば随分と豊かになった。でも困窮した原因は『砂喰い』の反乱にあって、あの頃は帝国軍が『砂喰い』に勝つことを信じてみんなが耐え忍んでいたはずだ。終戦後、掌を返すように反乱軍を受け入れ『砂食い』と仲良くする『一般の』帝国人が当時のファルケは信じられなかった。

 

 決定的だったのは「帝国軍人は酷い奴らだった」と言った元帝国人がいたこと。絶望した。父ジャファルはこんな奴等を守って死んだのかと。だから『帝国貴族』は民を見限ったと思いこんでしまった。父が将軍で裕福層にいたファルケは軍人が民に乱暴を働いていたなんて知らなかった。

 

 勿論ファルケを諭す大人もいたが彼は全て拒絶した。「お前たちはもう帝国人じゃない」と。父の部下だったミハエルやレヴァンの言葉など絶対に聞き入れなかった。

 

 

 裏切られ、寝返られ、《帝国》は滅んだ。ファルケはそう思った。王国とレヴァンに対する確執はこうして凝り固まってしまう。

 

 当時11歳。砂漠の王国が建国して間もない頃だった。

 

 

 それから6年。戦死した父を追うように母を亡くしたファルケは1人で生きることを選んだ。王国の支援を拒否して父の財産を切り崩す生活を送り、がむしゃらに力を求めた。帝国軍の中将という男に出会ったのもその時だ。

 

 

 ――君は英雄だったシュペルの名を継ぐもの。《帝国》の未来になくてはならない存在だ

 

 

 《帝国》を取り戻す。中将の甘言のせられ、密かに諜報活動をはじめるファルケ。

 

 彼はただ命令に従い、アイリーンの誘拐のようなうしろめたいこともやっていたのだが、それらは全て《帝国》を取り戻す為だと自分に言い聞かせていた。

 

 

 ――あんたのしていることが自分を、『帝国人』の誇りを汚していることに気付け

 

 

 《精霊使い》の少年が言った言葉も、結局彼は聞き入れていなかった。

 

 

 ファルケはどこまでも『お坊ちゃん』だった。《帝国》の実態、レヴァンが王国に懸ける想い、中将への疑問、そういったもの全てに目を逸らし現実を見ていなかった。

 

 幸せだった過去に想いを馳せ、都合のいい帝国の幻想に囚われていた。自分が何をしているのかに疑問をもたず、ただ同じ志を持つ上官という理由だけで中将に依存した。

 

 だから疑問をもたない。ファルケが『望んだもの』と中将の『欲しいもの』が決定的に違うことに最後まで気付かない。

 

 

 その結果がこれだ。帝国の剣であったはずの《機巧兵器》が魔獣に姿を変え街を破壊している。

 

 《帝国》の街並みが残る居住区を《機巧兵器》だったモノが踏み荒らす現実は、ファルケとって耐えがたいものだった。

 

(中将はどうしてこんなものを……? どうして俺は)

 

 ここにいる? 《帝国》を取り戻す為に立ち上がった自分が、何をしているのかわからない。

 

 何がしたかったかも。わからない。

 

(親父は、父上なら……)

 

 どう思うだろう? どうするだろう? わからない。

 

 記憶の中の父はあまりにも遠くて霞んで見える。

 

 

 ――あなたは自分の選んだ道の結果ちゃんとを見て、感じとったものをしっかりと受け止めなさい

 

 

 もう考えたくなかった。受け入れたくなかった。

 

 どこかで道を誤ったと、遂に思ってしまった自分なんて。

 

 

(俺は……)

 

 

 ――ファルっ!

 

 

 気付いた時は地面を転がっていた。

 

 

「……シュリ?」

「馬鹿野郎! ぼさっとするな!」

 

 鋼の武器がファルケに当たる直前。シュリはファルケに飛びかかって彼を庇い一緒になって地面を転がった。

 

 倒れ込む2人。ファルケの上に乗るシュリは片腕でファルケの胸倉を掴むと上半身を起こさせた。

 

「立てるな? だったら逃げろ!」

「なん」

「アギ達がやられたんだ。時間がない、早くしろ!」

 

 切羽詰まった必死な声。シュリは額から血を流していた。

 

 シュリは強引にファルケを立たせると彼を背に庇った。シュリの背中を見てファルケは絶句する。

 

 血まみれだった。傷は浅いようだがシュリの背中は皮鎧ごと無数に切り裂かれ、左腕の袖も血の色に染まりだらりとぶらさがっている。ファルケを鋼の武器から庇った時に受けたものだ。

 

「お前!」

「時間を稼ぐから。早く逃げろ」

 

 どんなに疎遠になっても、シュリにとってファルケはアギよりも古い幼馴染で大事なかけがえのない親友だ。

 

 たとえ敵対する関係になったとしても魔獣なんかに奪われたくなくて、失いたくなかった。

 

「……どうしてだよ」

 

 シュリは獲物をいたぶるようにゆっくりと迫る機巧魔獣を睨みつけ、うわごとのように呟いた。

 

「どうして戦争になるんだよ。レヴァイア様がつくってくれたこの国で。もう何も奪わないで、誰からも奪うこともなくて、みんなで暮らせるはずのこの国で」

「シュリ……」

「なんで傭兵が襲いに来て、魔獣が現れるんだよ? 街を壊すんだよ? ダチを殺すんだよ! ふざけるな。もう十分なんだ。俺達からもう何も奪うな!」

 

 悲痛の叫びがファルケには痛かった。

 

 シュリが叫んだことは、彼が傷ついたのは自分のせいでもあるから。

 

 傷だらけで自分を庇おうとする幼馴染の背中をファルケは目を逸らすことができない。

 

 

 ――信じるのは他人の言葉じゃない

 

 

 その背中がファルケに何かを訴えている。

 

「……やらせるか。俺の大事なもの、目の前で奪われてたまるか」

「シュリ、やめろぉ!」

「行けぇ! ファル!」

 

 突撃するシュリ。時間を稼ぐ為だけの特攻に機巧魔獣は無慈悲に腕の鎌を振るう。

 

 

「っざけんじゃねぇ!!」

 

 

 シュリが切り裂かれるのを阻止したのは《盾》だ。

 

 守る者は限界を超えて機巧魔獣に立ち塞がった。

 

「アギ!」

「……おいシュリ、勝手に俺を殺すんじゃ……ぐあっ!?」

「うああっ!?」

 

 アギは《盾》で切られはしなかったものの、次の攻撃でシュリごと弾き飛ばされた。2人はファルケのいる場所まで吹っ飛ばされる。

 

「お前等!」

「……くそっ、シュリ。さっさとファルケ連れて行きやがれ。俺が時間を稼ぐ」

 

 すぐに立ち上がったアギは左腕を突き出す構えをとった。シュリはアギが怪我しているのを見て反発。

 

「おまっ、何言ってるの!? それっ、右腕折れてるじゃないか!」

「うるせ! あんなやつ腕1本で十分なんだよ」

「馬鹿野郎!」

 

 アギとシュリは互いを庇い合いながら機巧魔獣に向き合う。まだ諦めていない。

 

 ファルケはボロボロになっていがみ合う2人に圧倒された。

 

「なんで、お前等は……」

 

 

 ――信じるのは他人の言葉じゃない。自分の肌で、心で感じたものよ

 

 

 正直眩しくて羨ましかった。同じ砂まみれなのに、その上傷だらけでなのに堂々と立つ2人の姿が。

 

 同時にファルケは自分が情けなくなった。どうして『帝国人』の自分は誇り高くあれないのだろうと。

 

 

 そこでふと、ファルケは気付いた。

 

 機巧魔獣が『また』大人しくなっている。様子を見ているのか?

 

 おかしい。見れば腹部の魔石が輝いている。 

 

 まさか。

 

 

 《魔導砲》が修復されている?

 

 

 ファルケは青褪めた。レヴァンがいない今、次に撃たれたら今度こそ――

 

 

 ――感じるままに身体を動かしなさい

 

 

「お前等、どけぇ!!」

 

 ファルケは思いっきりアギとシュリを突き飛ばした。ふらふらだった2人は簡単に地面を転がる。

 

「うわっ!」

「痛ぇ! てめぇ、なん……!?」

 

 遅れてアギ達も《魔導砲》に気付いた。突き飛ばしたことでファルケだけが射線上に取り残されたことも。

 

 もう逃げる時間はない。機巧魔獣の腹部の魔石から魔力の光が放たれる。

 

 

「ああああああーーっ!?」

  

 迫りくる光にファルケは絶叫。自分を滅ぼす光を睨みつけ、雄叫びをあげた。

 

 

 

 

 最後の最後でファルケはすべてのしがらみを捨て、自分の意思だけで、思うがままに身体を突き動かした。

 

 ただ、失いたくなくて。

 

 +++

 

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