3-08c 機巧魔獣 3
チーム散開。そしてミハエル参戦
《前書きクイズ》
*前回のクイズの回答は今回の話の中に含まれています。
Q. 対機巧魔獣戦。王立研究所付近で戦いに挑むメンバーを予想せよ(難易度D:メンバーはポピラを除き3人)
Q. 対機巧魔獣戦。新開発地区付近で戦いに挑むメンバーを予想せよ(難易度D:彼女達の出番です)
+++
砂漠の王国の命運を握る防衛戦。
王国軍の防衛線は全部で5つ。国内への侵攻を防ぐ最終防衛線の外郭より10キロメートル先に第1次防衛線がある。
防衛線はユーマが作った砂山だった。精霊の力で隆起した砂漠は巨大な砂の山脈を作り王国を何重にも囲った。学園にいた頃の砂更では不可能な力技である。
侵攻してくる1万もの傭兵は砂上戦に慣れない者は砂に足をとられ、慣れた者も山越えの傾斜のキツさに戦う前から体力を奪われていった。
そこへ王国軍は山越しに砲撃を行う。
《機巧兵器》の技術と部品を流用した長距離砲台は数こそ少ないものの、その力を遺憾なく発揮。王国軍は倍以上ある兵力差を前に反撃を受けない遠距離から帝国軍の兵力を確実に削ってゆく。
これも有効射程数百メートル(500~800)という砲台の性能がなせる業だ。命中精度はともかく、射程距離は並の魔術師の10倍以上ある。(比較すると、ユーマの大技である《サンドワーム・ブラスト》は砂の竜蛇を約60メートル走らせたところで竜蛇のかたちを維持できなくなる)
「やはり砲台の数が少ないな。本来なら散発的な砲撃を繰り返すよりも火力を集中し、飽和攻撃で殲滅するものだが」
王国軍砲撃部隊の隊長の1人は元帝国軍人だった。
元砲兵である彼が訳知り顔で愚痴のようにうんちくを零すと、副官が隊長を窘めた。
副官もまた帝国の出である。
「そう言わないでください。レヴァイア様がどんな思いでこいつををひっぱり出したと思ってるのです?」
「む」
副官は《帝国》の末期に作られてから長らく封じられ、今日最後の日の目を見た長距離砲台を誇らしそうに見上げた。
「今度こそ正しく扱いましょう。こいつは俺達の家族を守る剣です」
「……わかっとる」
「敵軍、山頂到達まで5分」
偵察兵の報告に王国軍の各部隊長が指示を飛ばす。
「後退だ。撃ち切った砲台は破壊して構わん」
「はっ」
「退くぞ! 間違っても仕掛けた罠を踏むなよ」
「「「了解!」」」
「3次防衛線の各部隊に連絡。撤退支援の砲撃準備。急がせろ」
数キロ間隔で配置された砂の山脈。その合間に部隊を展開する王国軍は帝国軍が砂山を登りきる前に後退。砲撃で侵攻を散々邪魔をしては潔い撤退をみせる。
夜明けには王国軍の兵約3万が駆け戻ってくる。それまで無理をする必要はないのだ。
王国軍の目的は帝国軍の殲滅ではなく、あくまで時間稼ぎであった。
「さらばだ。戦友」
起爆装置を作動して砲台を破壊した隊長は、副官と共に燃え上がる砲台に敬礼。そのあとで部隊をまとめ防衛線を放棄した。
+++
現在王国軍と帝国軍は、王国外郭より5キロ以上離れた第2次防衛線と第3次防衛線の間にて交戦中。
王国軍の損害が軽微なのに対し帝国軍はこの時点で2割強の損害を出してしまっている。
それでも帝国軍の方が数は上であり《虎砲改》も10両すべて健在。作戦とはいえじわじわと後退する王国軍は決して優勢とはいえる状況ではなかった。
そして。この時に戦況を大きく変える事態が起きた。
《虎砲改》の操縦士の1人が、足並みの揃わない傭兵に合わせてのろのろと前進することしかできず、加えて一方的な王国軍の砲撃に痺れを切らしたのだ。
操縦士はファルケのように王国に馴染めなかった、プライドの高い『帝国人』だった。
彼は砲手に指示した。
「おい。主砲を撃て」
「えっ? でも作戦ではまだ」
「威嚇でいいんだよ! 『砂食い』にやられっぱなしで気分が悪い。……どうにかなっちまう」
「……」
操縦士に起きた心境の変化。
元々操縦士の性格が乱暴だったこともあるが、原因が機体に積んだ魔石の影響にあるとは砲手は最後まで気付かなかった。
砂山の山頂まで登った《虎砲改》。その頃にはすでに王国軍の部隊は撤退し、ここから約2キロ先にある次の砂山付近まで後退しきっている。砂山を下り今から追撃を掛けようにも再び砲撃の雨の中だ。
そしてまた山登り。思うように『砂食い』を狩ることができず、操縦士の苛立ちは最高潮に達した。
「撃てぇ!!」
操縦士の怒声に砲手は狙いも付けず、まっすぐに主砲を撃ち放った。
《虎砲改》の砲身から光が奔る。
闇夜を所々照らす照明弾よりも激しい魔力の奔流に時が止まった。
硬直して目を見張る。敵味方どちらも何が起きたのかわからなかったのだ。
稲妻のような唸り声と共に放たれた一条の閃光。それは目の前の砂山を貫き、そのまた数キロ先の砂山まで貫いて王国の外郭に直撃。
《魔導砲》は有効射程外からの砲撃にもかかわらず外郭の上端に当たった。しかも砂に威力を減衰されながらも錬金術で耐熱強化されていた外壁を灼き、大きな穴を穿った。
最終防衛戦で待機している王国軍は兵に被害こそなかっが、思わぬ攻撃に動転してしまっている。
「今の、魔術攻撃なのか? ど、どこから……」
「2次防衛線から!? 嘘だろ」
誰もがその威力に絶句するしかない。王国軍に戦慄が走る。
今のが有効射程外から超長距離砲撃だからよかったものの、もしもあの《虎砲》の威力を知らないまま、接近を許し外郭付近から一斉攻撃を仕掛けられていたら――
本来帝国軍は《虎砲改》の性能をギリギリまで悟らせず、《魔導砲》の威力を以て一気に外郭を破壊、《機巧兵器》の脅威を効果的に見せつけることで王国軍の士気をどん底にまで叩き伏せ、反撃の意気を挫いてしまってから国内へ侵攻するのが作戦だった。
操縦士の身勝手な行動は帝国軍の作戦を台無しにしてしまうが、王国軍に《虎砲改》への恐れを抱かせるには十分であった。
「……凄い。これが《魔導砲》……」
「は、ははっ。あはは」
操縦席に乾いた笑い声が響く。
「軍曹?」
「はははは。なんだよこれ。《虎砲》の主砲(120ミリ)とは別モンじゃねぇか」
操縦士は《魔導砲》の破壊の光に魅入られる。
あの光こそ《帝国》の新たな威光。
『砂喰い』共への神の鉄槌であり、砂漠の地だけでなく西国、そして世界のすべてをひれ伏せる力だと操縦士は確信した。
その力が今、この手にあることに彼は愉悦に浸る。
「……前進する。次弾用意」
「待って下さい。視界が狭くて死角の多いこの機体は周囲の兵と連携することが運用の絶対条件のはずです。それに砲身の冷却に時間が必要です。これじゃ命令違反……」
「黙れ! 外はどうせ傭兵だろ。連携なんてできはしない」
操縦士は血走る目で砲手を見た。
彼はもう、魔力にあてられ狂気に侵されている。
「撃つんだよ。撃って、破壊して、見せつけるんだよぉ。《帝国》の《虎砲改》を、いや俺の力を!」
「軍曹!」
「撃て! 命令だ。撃って、撃って、撃って! ――――あっ」
もう十分だった。
ソレが『殻』を破る糧を得るのは。
「軍曹!? うあ、あ、ああああああっ!」
断末魔の絶叫。それは産声でもあった。
傭兵達が《魔導砲》の威力に呆然とする中。《虎砲改》は『腹の中の異物』を排除すると『殻』を完全に破り、真の姿を露わにする。
ソレは高純度の魔石を核とした、魔力によって変異したモノ。
もっともあたらしい、魔獣誕生の瞬間。
+++
機巧魔獣
+++
《魔導砲》が外郭に撃たれたほぼ同時刻。
同じく《虎砲改》の主砲を撃たれたユーマ達は、直撃にもかかわらずレヴァンの《城壁》に守られなんとか無事でいた。
彼らが最初に見たのは、右手を翳し身を呈して庇ってくれた王の背中。
「王様!」
「レヴァンさん!」
「……っ、大丈夫だ。だが」
最前面にいたレヴァンは一早く目の前のモノに気付いた。
「何だ……アレは」
キャタピラや装甲板、砲身といった《虎砲改》の残骸の中にソレはいた。
鋭い金属のパーツで構成された蜘蛛のような多脚の下半身。上半身は細く、鎌のような腕部を見るとカマキリを連想させる。
頭部らしい部分に顔はない。茎のような首の上にあるのは、赤くて鈍い光を放つ巨大な球体が1つ。
おそらくこれが活性化した魔石だ。同じものが腹部にもある。
全高約3メートル、全長約8メートルと大きさは《虎砲改》と変わらない。ただし、全身を包む黒銀の装甲は照明弾に照らされて禍々しい光を発していた。
《虎砲改》だったモノは生まれたてのようだ。何かを探るようにじっとしている。
「こいつ。まるで魔獣じゃねぇか」
「おそらくそうです。……なんて魔力濃度」
レヴァンの疑問にアイリーンは肯定した。彼女はただならぬ魔力の気味悪さに青褪めている。
「アイリさん?」
「……大丈夫です。アレはきっと魔力による《機巧兵器》の変異体。ですから」
「だから魔獣だっていうの? 生物でもないものに魔力が作用するなんて、信じられない」
「ですがそれしか説明がつきません。目の前のモノは」
アイリーンは目の前のソレがもう魔獣にしか見えない。
おそらく誰もが本能で理解している。アレは人の天敵だと。
「機巧魔獣、とでもいうのでしょうね。アレは」
「……むう。技術士としてはあのデザインは気に入らない」
チェルシーは面白くなさそうに呟き、虫のような機巧魔獣を睨みつけた。
その時だ。機巧魔獣が動き出したのは。
まるで睨まれたことに反応したようだ。機巧魔獣は魔石だけの頭をチェルシーの方に向けた。
「うっ。なによぉ」
「……」
もちろん返事はなかった。
ピッ
代わりに僅かな起動音と共に頭部からレーザーが放たれる。
「――え?」
「危ねぇ!!」
近くにいたアギが彼女の前に出てレーザーを《盾》で受け止める。
「ぐっ……熱っ!?」
アギはレーザーを弾いて真上に打ち上げた。
「アギ!」
「心配ねぇ。……なんつう威力だよ」
「嘘。アギの《盾》を……貫通した?」
アギは痛そうに右手を振る。彼の掌には小さな赤い点が穿たれていた。
レーザーを打ち上げたのは《盾》で受け止めるのが数秒も持たないと咄嗟に判断したからのようだ。
危うく瞬殺だった。チェルシーは命拾い。
「あ、ありがと」
「気を付けてくれよ西校の先輩。……氷の姫さんの言うことが正しいぜ。こいつには殺気がある」
「……うん」
だからこそ《気》が読めるアギはレーザーに反応できた。
狙われたチェルシーだけではない。これで誰もが理解した。
機巧魔獣は紛れもなくイキモノだ。ユーマ達は油断なく戦闘態勢をとる。
「……魔力って《機巧兵器》に命を宿せるものなの? それってすごい発見なんだけど」
「あはは。君も懲りないね」
「危険だぜ。こいつは」
「でも、コイツ1体くらいアタシ達みんなでやれば」
「あらん。そんな悠長なことでいいの?」
割り込んだのは手足を枷で束縛された《炎槍》。
「……何が言いたいの?」
「坊やは気付いてるわよね?」
「……」
「ユーマ?」
ユーマはずっと沈黙していた。じっとりとした汗をかいている。
怪訝な顔をするエイリーク。《炎槍》は構わずユーマに話しかけた。
「精霊が2体いるんですもの。しかも風と地である砂。火の火燕ちゃんしかいないあたいよりも『感じ取る』範囲と精度は高いはずよ」
「《炎槍》さん……」
「だから何の話なの」
「他にも機巧魔獣がいます。しかも複数」
「!?」
気付かなかった皆が驚く。しかも答えたのはアイリーンだった。
意外なところから答えが返ってきたので《炎槍》も驚く。
「やるじゃないお姫さま。単なる《感知》能力じゃ遠くにある魔力は把握できないわよ」
「それは」
「アイリィ。じゃあ、一体何体いるっていうの?」
「そんなに数はいません。おそらく5体以下」
「いや。……目の前の奴を合わせて、王都内に3体だ」
レヴァンはアイリーン以上の精度で機巧兵器の位置を特定した。
「王様?」
「マズイ。向かってるのは研究所方面と……新開区の方だ! こいつら人がいる方へ」
「……驚いた。王さま、あなた何者?」
《炎槍》が精霊を通して機巧魔獣の位置を特定した場所もレヴァンの言うとおりだった。
「知るかよ。ただヤバイ時はいつも『感じる』し、『聞こえてくる』。それだけだ」
「まさか」
「レヴァンさん、マークさん。俺達は散開しましょう」
「ユーマ君?」
ユーマの表情には焦りが見える。
「王都内にいるやつは俺達にしか止められません」
「坊主?」
「ファルケさん」
ユーマは蚊帳の外にいるファルケに訊ねた。
「帝国軍の《機巧兵器》はみんな、目の前のアレなんですか?」
「「――!?」」
皆が事態を深刻さに気付いた。
機巧魔獣は《虎砲改》より生まれている。ということは。
「国の外にアレが10体もいるっていうこと?」
「マズイ。だとしたら軍の奴らが」
「ファルケさん。時間がない。どうなんですか」
「あ、ああ」
「ファルケさん!」
「わ、わからないんだ。なんで……なんで?」
ファルケは《帝国》の誇る《虎砲》が魔獣になったことに大きなショックを受けている。
彼の知らない《帝国》のなにか。
ファルケはずっと信じていたものが揺らぎ、崩れ落ちる音が自分の中から聞こえてくる。
「おい。しっかりしろ、ファルケ!」
「なんで魔獣なんかに。だって中将は」
呆然自失。
「駄目だ。……《炎槍》さん」
「残念だけど。《機巧兵器》って《帝国》の機密だから傭兵は何も知らされてないのよ。お坊ちゃんが知らないならさっぱり」
「くそっ。わからずじまいか」
「最悪の展開は予想するべきね」
《炎槍》は拘束されておきながらまるで他人事のようだった。
「待って。あの機巧兵器、様子が変」
気付いたのはエイリークだ。
レーザーを撃った後しばらく大人しかった機巧魔獣。
その腹部の、頭部よりも大きな魔石の輝きが激しくなっている。
「あれは……最初に撃ったやつか!」
「そんなの、やらせないよっ」
レヴァンが《城壁》を展開する前にチェルシーが前に出る。
「チェルシーさん!」
「散開するのはあたしも賛成。合図は任せて」
チェルシーは残ったマシンアームの右腕を突き出し、拳を機巧魔獣に向ける。
「さっきのおかえしだよ。右腕部ロック解除。自爆装置時限起動」
《鉄拳》チェルシーの放つ、その1撃は。
「強制射出、3、2、1! いっくよぉーーっ!」
唸る鉄拳。ユーマは生で初めてあの必殺技を見た。
チェルシー最後の切り札、《ロケットパンチ》は機巧魔獣の腹に直撃。
同時にマシンアームの自爆装置が起動。誘爆して《魔導砲》は暴発した。
「今の内よ!」
「坊主ども。無茶すんじゃねぇぞ!」
大きな爆発は砂埃を巻き上げ、それに紛れてユーマ達は3つのチームに別れた。
機巧魔獣を食い止める為に。
+++
「……!? ギギギッ」
声にならない金属の軋む音を発する機巧魔獣。
機巧魔獣は《魔導砲》の破損による使用不可を確認すると、殲滅モードから近接戦モードに切り替えた。両腕の鎌を伸ばす。
続いてターゲットを探す。何を以て索敵しているのかわからないが、機巧魔獣が発見したのは正面に2人。
砂埃が止み、対峙する2人が姿を現した。
場に残ったのは《黒鉄》のエース、マーク・K・フィーとアギだ。
「あはは。珍しい組み合わせだね」
「ああ。でもいくら先輩の《黒鋼壁》でも頭の攻撃は防げねぇはずだ。防御は任せてくれ」
「うん。期待してるよ」
アギはマークの前に立って《盾》を構え、マークは《氷斧》戦と同じく《黒鋼術》で《現創》した鋼の武器を展開。
「いくよ」
「おう!」
1回戦は即席の鉄壁コンビVS機巧魔獣の対決。
アギは注意を惹こうと果敢に機巧魔獣に詰め寄り、マークは動き封じる為に多脚に向かって鋼の槍をぶつけた。
「……枷、解いてくれないかしらん?」
あとこの場には2人の他、隅の方に置いてけぼりの《炎槍》とファルケ、シュリがいる。
+++
一方、王立研究所へ向かうのはユーマ以下エイリーク、アイリーン、チェルシーの4人。レヴァンだけが新開発地区の地下都市へ向かっている。
ユーマ達はまずポピラ達と合流することを最優先とした。
ポピラがいればエイリークは《スーパーモード》が使える。それとマシンアームを失い戦力外となったチェルシーは、彼女の騎士団である《レアメダル・メカニック》と合流してスペアパーツを受け取る必要がある。未知の敵である機巧魔獣を前に戦力の増強は欠かせなかった。
「ううぅ、推進剤も切れちゃった。バックパック担いで走るの重い~」
「チェルシーさん。しっかりしてください」
「アイリィもへばっちゃだめよ。……それにしてもよかったの? 王様1人で」
先頭を走るユーマにエイリークは訊ねる。
「レヴァンさんは強いよ。アギの上位種みたいなもんだから多分俺達が束になっても傷つけられない」
グレーターアギ=レヴァンというのがユーマの公式。モンスター扱いである。
「言ってることはなんとなくわかるけど」
「それにレヴァンさんは何か手があるって言ってたから。だから大丈夫だよ」
そう言ってユーマは前を見据える。
このメンバーで機巧魔獣の位置を特定できるのは、精霊たちを通して風と砂で周囲を探れるユーマしかいない。
「急ごう。俺達より近くにいるポピラの方が先に機巧魔獣と遭遇するかもしれない」
「……そうですね」
「わかったわ」
「道案内、よろしくね」
頷くエイリーク達。
しかし。この合間にもエイリークとアイリーンには漠然とした疑問と不安を抱いていた。
それは、ユーマが自分達をおいて先行すれば良いのではないかと思ってしまうこと。
そして自分達なんかいなくてもユーマ1人でどうにかなるのではないかということ。
自分はいても何も役立たないのでは? その疑問に彼女達は不安を覚え苛んでいた。
2人の沈みがちな様子に声を掛けるチェルシー。
「ほらしっかりして。まだ終わってないよ」
「チェルシーさん」
「エースだって疲れるし限界があるんだよ。マシンのない今のあたしは駄目駄目だし、あなた達を頼りにしてるんだからね」
チェルシーは笑顔を見せる。
元々戦闘系ではない技術士である彼女。それでも疲弊してる姿を一瞬もみせない力強い笑みだった。
少しだけ2人は励まされる。
「ね?」
「……わかったわ」
「行きましょう」
「よし。それじゃあ、れっつご……ってあれ?」
「ユーマさん?」
先を走っていたユーマはいつしか立ち止っていた。
「風葉? ……砂更も」
繋がる精霊たちから伝わってくる危機感。
ユーマは国の外の方を向いて、じっと夜空を見上げていた。
+++
王国の外、第3次防衛線の前では機巧魔獣による虐殺が行われていた。
すべての《虎砲改》が最初の1体に続いて『孵化』したのだ。計10体の機巧魔獣はまず近くにいた傭兵達を狩りはじめた。
機巧魔獣は間違いなく人の天敵、害獣たる魔獣だった。敵味方の区別がなかったのだ。
機巧魔獣はただ無差別に両腕の鎌を振るっては切り裂き、鋭い脚で踏み潰し、貫いた。頭部のレーザーで焼き払った。
犠牲になったのはすべて帝国軍に味方する傭兵だ。機巧魔獣は片っ端から近くの人間を狩り、夢中になっている。
すでに第3次防衛線の砂山まで後退した王国軍は、目の前の惨劇に何もできずにいる。ただ恐れ、おののいていた。
突然のことに恐慌状態に陥った傭兵、残り6千人を狩り終えたあと。機巧魔獣が次に狙うのは間違いなく王国軍であり、王国の民なのだから。
「味方諸共人を襲う《機巧兵器》。帝国軍はなんて危険なモノを……」
「あ、あんなの一体どうしたらいいというのだ。このままだと俺達も、国も奴らに」
「まずは彼らを助けましょう」
何もできず手をこまねいた王国軍の指揮官たちを前にして、彼は言った。
ダークグレーのスラックスにカッターシャツ。それにネクタイ。靴だけは砂上戦に向いたブーツを履いている。
現れたのは砂漠の国にいて、場違いな装いをした青年。
「彼ら傭兵が足留めしてくれているからこそ、国はあの怪物の危険に曝されていないのです。ならば彼らは友軍です。むざむざと死なせるわけにはいきません」
「ミハエル殿」
王の命で現在クビになっている元宰相補佐官は、そこでふと苦笑を洩らした。
「――と、変な理屈を言って傭兵を助けに飛び出すでしょうね。レヴァン様なら」
「ならば私達も?」
「いえ。ここは王の名代として私が出ます」
ミハエルは指揮官に命じた。
「怪物は私が惹き付けます。軍は引き続き支援砲撃と負傷者の救出を」
「……了解です。准将」
「やめて下さい。昔の、しかも名ばかりの階級ですから」
指揮官をはじめ、ミハエルに敬礼する元帝国軍人たちにきょとんとする元反乱軍の兵たち。
知らない者は皆、ミハエルの左腕と彼の武器にただ驚いている。
ミハエルのシャツは左袖がなかった。代わりに彼の左腕は右腕に比べて、1まわり以上巨大なものに『換装』されている。
チェルシーのマシンアームとは比べ物にならない、洗練されたフォルムの機械の腕。さらにその手には2メートルを超える無骨で巨大な武器を携えている。
剣と呼ぶには奇形の機械の塊。複合兵装型《機巧兵器》。
その名も《機巧剣》。
彼こそレヴァイア王の切り札。《技術交流都市》にて封印していたモノを王は事前に解き放っていた。
対機巧兵器戦に備え王の盟友、ケイオス・エルドによって調整された最終兵器。
説明しよう。
《機巧剣士》ミハエルは改造人間である。
「では。参ります」
巨大な《機巧剣》を左片手で軽々と持ち上げ肩に担ぐと、ミハエルは砂山を下り機巧魔獣の群れに挑みかかった。
+++




