3-08b 機巧魔獣 2
インターミッション。それから……
《前書きクイズ》
Q. この世界における魔獣とは何か答えよ(難易度D:次回に備えてのおさらい)
Q. 次回ユーマ達は3チームに分かれます。その内訳を予想せよ。(難易度S:展開先読み問題。1チームでも当たるとすごい)
+++
「あたしの名前はチェルシー・レアメダル。17歳。西校の3年生でエース。二つ名は可愛くないけど《鉄拳》っていうの。自慢はスタビ(?)にもなるこのポニーテールと、ピエラ・エルド先生の1番弟子ってことだよ」
「「……」」
「好きな食べ物は」
「「いえ。もういいです」」
戦闘終了後。サイドポニーの髪を左側に結び直した(信じられないがこれで片腕を失くしたマシンアームのバランスがとれるらしい)チェルシーは初対面であるエイリーク達に自己紹介を捲し立てる。
扱う武器や服装はアレだが容姿や仕草はかわいらしい。エイリークよりもずっと『女の子』である。
磨けば光るタイプ。握手を求めてマシンアームの右手を差し出すのはご愛嬌。
「よろしくねっ」
不具合があるのか、残されたマシンアームの右腕からは金属の軋む音が聞こえる。
エイリークは、あの《氷斧》を沈めたバカでかい手に握り潰されては堪らないと、握手の代わりにマシンアームの人差し指を握った。
その指先から70ミリ砲弾を吐きだすなんて彼女は知るわけがない。
「エルド、と言いますともしかしてエルド兄妹の」
「そうだよ。《銀の氷姫》さん」
アイリーンの推測を彼女は肯定した。ピエラはエルド兄妹の母である。
ピエラ・エルドは西国でも有名な技術士の1人。今は《W・リーズ学園》の教師をしている。
彼女は考古学者でもあり《西の大帝国》の遺産、《機巧兵器》の解析とその技術応用はどの技術士よりも一頭抜き出ている。ティムス最大の敵。チェルシーの師であると同時に里親でもある。
チェルシーは幼少時に修行の一環として親元を離れ、遠縁にあたるエルド家の世話になっている。その関係でエルド兄妹とは幼馴染。
加えて彼女はその才能を師であるピエラに認められ、ピエラの意向とレアメダル家の希望でエルド家の長男、ティムスの許嫁とされてしまうが。
彼女はまんざらでもない様子。「妹がついてお買い得」くらいに思っている。
「エース資格者って、どこの学校も変わり者なのね」
「あはっ。そうかも。あたしも西校では奇抜奇人扱いされるよ。でも学生の枠に収まらず常識を覆してみせるからエースなのさ」
無邪気に笑うチェルシー。
周りの評価を気にないタイプらしい。
「その点じゃ中央校の《Aナンバー》はとびきりだね。特に《黒鉄》のマー君と《剣闘士》のクル君は」
「クル君って」
いくら同期とはいえ中央校の誇る学園最強のツートップにその呼び名はどうだろうか?
「それにあの子。11番目の《精霊使い》」
彼女の言葉にエイリークとアイリーンははっとする。
2人はレヴァンと話をしている中央校のエース達を見た。
結局の所、《炎槍》たちとの戦闘はユーマとマークの2人が決着をつけた。チェルシーの支援砲撃及びとどめの必殺技はおまけにすぎない。
精霊の魔法を駆使してエイリークのスーパーモードを遥かに超える高速戦闘をこなすユーマ。
その彼に連携して魔術を使う事ができるマーク。
特に《鋼城槌》を放つタイミングは絶妙だった。あの質量攻撃の術式は狙いをつけて放ち、初動から加速を得るまでが極めて遅い。スピード型を相手にするには全く向いていない。
あの連携はマークの予測射撃の正確さ、そしてユーマが《炎槍》に悟られずギリギリまで注意を惹き付けた猛攻があって為せる技だった。
そのあとの《旋風・鷲爪撃》と《黒鋼牢》のコンビネーション、《砂縛陣》を仕掛けるまでの時間を稼いだ物量攻撃も彼ら2人だからできたといえる。エイリーク達ではどちらか片方でも代わりを務めることはできそうにない。
特にマークと同じ魔術師であるアイリーンはエースとの力量差を思い知った。
見た目以上に頑強で質量のある鋼の武器。そのイメージの密度は再現度の高さと実体化の持続時間を見れば一目瞭然。たった1人で物量攻撃を仕掛けられる魔術の展開力、それを支える精神力も桁が違う。
術式の発動速度にしても《氷輝陣》を展開したアイリーンよりも速い。彼の鋼の魔術、そのイメージの根幹である《幻想》はいつだって瞬時に引き出せるほど心身の隅々まで行き渡っている。
エースであるマークとではアイリーン、それにエイリークとも基本能力が違いすぎる。
以前彼女達が戦った《竜使い》なんて比べ物にならない。《黒鉄》は正真正銘、本物のエースだった。
そして《精霊使い》も。
今日初めてエースの実力を目の当たりにし、先程の戦闘を思い返して軽いショックを受ける2人。
チェルシーは2人の様子の変化に気付かない。
彼女は同じエースでありながら、人言のようにユーマとマークを評した。
「ほんとエース資格者ってみんなすごいよねー。《三神器》といえば世界ランクAのハンターでも指折りの実力者だよ。相手が油断してる『だけ』しか利点はなかったのに短期決戦の『博打』にでて、それで《氷斧》さんに勝っちゃうんだから」
「博打?」
「そう。全財産総賭け、イチバチの一発勝負」
ビビっちゃうよね、とチェルシー。
「マー君の力は大体わかるからそれを基にした推測なんだけど、あんな全力戦闘、彼さえ1分も保たないくらいハイペースだったよ。あの時レヴァイアさまが《炎槍》さんを抑えてくれなかったら危なかったね。丁度1分くらい経ってたからヤバイ! ってあたしもつい飛び出しちゃったんだけど」
「「……」」
エイリーク達は顔を見合わせる。
驚いた。そんなに余裕のないギリギリの勝負だったなんて。
「レヴァイアさまの実力が不明だからはっきりと言えないけど、普通なら8対1でも敵わないんだよ。あたしたち『学生レベル』じゃ」
「学生レベル……」
「だからあたしも躊躇いなく大事なマシンを自爆させたし《氷斧》さんに必殺の《チェルシークラッシャーⅢ》も使った。残った右腕もこれでダメダメ」
「……」
必殺技の妙なネーミングに突っ込む余裕もない。
2人は何も気付けなかったのだから。目の前にいる彼女とさえ壁を感じる。
エースの壁を。
「自分で言うのも何だけどマシンを使った奇抜奇策があたしの強み。あの2人と違ってあたしは打ち止めだよ。例えマシンが無事でも同じ手はもう通じないだろうし、《炎槍》さんが降参してくれてほんとよかった」
よかったね、と笑顔を見せるチェルシー。
しかし。笑顔を向けられた2人は素直に笑えなかった。
+++
チェルシーの活躍で《氷斧》が《砂縛陣》に呑みこまれたあと。《炎槍》は呆気なく降参の意を示した。
多勢に無勢。1人では敵わないと彼女は言うが、退却くらいできたはず。その真意はわからない。
《炎槍》は武器である槍と翼刀をレヴァンに差し出し、大人しく《黒鋼術》の枷に捕まった。ファルケも彼女に従い大人しくしている。
傭兵達との戦闘で消耗したユーマ達は、風葉の《癒しの風》で自然回復を促進させ今は小休憩をとっている。
休憩の合間、ユーマとレヴァン、マークの3人は集まり情報交換と今後の事を話し合った。
「坊主。《氷斧》はどうなった?」
「ここから400メートルくらい地下にある大きな空洞に閉じ込めました。いくらあの人でも砂更の力なしに脱出は不可能です」
「400だと!? そんな下にも大帝国の遺跡はあるっていうのか?」
レヴァンは驚く。
地下遺跡の発掘作業といえば、地表の砂を掻き出すことまで踏まえても発掘深度は最高で約150メートルほど。
ユーマが砂更の力で見つけた地下空洞は《西の大帝国》時代でも『地底』と呼べる場所のようだ。
「みたいです。砂更の話から考えると遺跡というよりも炭鉱や鉄鉱の採掘現場みたいですけど」
「採掘。つうことは砂漠の地下にはまだ資源がある可能性が」
「その話はあとでいいでしょうか。それで王様、彼女はどうします?」
脱線した話を修正し、マークは《炎槍》の処置について訊ねる。
「手足を封じても攻撃術式は使えるので安心とは言えませんけど」
「そうだな」
「あっ。俺、傭兵から奪った睡眠薬を持ってます。これで眠らせれば」
「やめて」
近くで話を聞いていた《炎槍》はすぐに拒絶する。
「その薬は睡眠薬に見せかけた別物よ。おそらく思考する力を奪う強力なやつ」
「なっ……!?」
「後遺症も残るしクスリで木偶人形になるなんてごめんよ」
絶句するユーマ達。
ファルケも知らなかったようだ。一緒になって驚愕している。
「こんなものを……アイリさんに使おうとしてたんですか?」
「お、俺は……」
震える声。ユーマの顔を見たファルケは青褪めている。
違法である禁薬の使用。本当に知らなかったですまされなかった。
この場にアイリーンがいなくてよかった。ユーマはそう思う。
「ファルケさん。これが帝国軍のやり方ですか? それとも傭兵の」
「はいはい。あまりお坊ちゃんを責めないでね。末端の兵なんて所詮そんなものだから」
「……やけにファルケの肩をもつじゃねぇか」
「一応あたいの上官なのよん」
レヴァンを相手にして冗談交じりに《炎槍》は答えた。場を和ませるつもりらしい。
今詮索するのは無駄な行為だ。それでユーマも憤りを抑え、彼女の意図に乗じて話題を変えた。
「……訊いてもいいですか?」
「何かしらん」
「あのブーメラン。かえん、でしたっけ? それがあなたの『精霊』ですか?」
ユーマは訊ねる。
途中からもしやとは思っていたが、まさかこんな形で自分やエイルシアとも違う、他の《精霊使い》に出会うなんて思いもしなかった。
燕のかたちをした火の下位精霊。《翼刀火燕》は彼女の《精霊器》である。
「そうよ。あたいの故郷の精霊。だから坊や、あたいの火燕ちゃんに変なことしないでね」
「……」
そう言われて微妙に目を泳がせるユーマ。
《炎槍》の精霊はユーマの精霊たちが相手をしていた。
+++
その頃の精霊たちといえば。
「素直にー、はいてくださいー」
「チ?」
砂の鳥かごに閉じ込められた赤い燕。砂更の魔力が込められていて脱出できない。
火燕は風葉の『じんもん』を受けていた。
すなわち、「どうして赤い人といっしょにいるのですかー?」と「悪事の片棒をかつぐのはだめですよー」である。
「おさとのおっかさんがー、啼いてますよー」
「チチッ」
「ごうじょーですねー」
「チ」
羽妖精と小鳥。
小動物同士、精霊同士の会話は成立してるらしい。
「しかたないですねー。こうなったら『かつどん』ですよー」
風葉はどこからともなく交渉の切り札を取り出した。
ミサちゃんクッキーである。
「チ?」
「おいしーですよー。これ食べてー、吐いてくださいー」
「……」
寡黙な砂の精霊は突っ込まない。
火燕はクッキーを拒んだ。小首を傾げてぷい。
精霊は物を食べることができない。良識ある火の精霊は、それで食べるのを拒否したのだが。
「むー。下位精霊のくせにー、中位のわたしのクッキーが食べられないというのですかー?」
「チ!?」
風葉は横暴だった。火燕の顔にクッキーをぐいぐいと押し付ける。
まるで先輩上司の絡み酒である。
ちなみに砂更(後輩)は先輩(風葉)に逆らわず、彼女の振る舞いを黙認した。火燕に助けはない。
「たべるんですよー」
「チチ……」
仕方なしにクッキーをついばむ火燕。
食べて……感動した。
「チ!」
「おいしーですねー」
「チ」
肯定する火の精霊。彼(?)は奇跡を味わった。
気の良い返事に風葉は大盤振る舞い。さらに『へそくり』のクッキー3枚を取り出す。
「一緒に食べましょー」
「チチッ」
「……」
こうして風葉と砂更は火燕と仲良くなった。恐るべしはミサちゃんクッキーである。
いずれミサの名声は、彼女のクッキーと共に精霊界(多分ある)に名を轟かせることになるだろう。
+++
「坊やの精霊、火燕ちゃんを餌付けして懐柔してるみたいだけど」
「……まあ、いいや」
放任主義のユーマは黙認した。
でもあとで風葉には『へそくり』をどこに隠していたか問い正さなければならない。
躾の問題である。
「まあ、そんなとこであたいの相棒である《氷斧》と火燕ちゃんが捕まってるの。人質みたいなものだし迂闊なことはしないわ」
《炎槍》はレヴァンに意味ありげな視線を送る。
「王国軍は捕虜に寛容。でしょ?」
「……成程な」
レヴァンは《炎槍》が捕まった真意を悟った。彼女は自分達が使い捨てであることを理解している。
あまりにも見え見えの作戦に担がれた傭兵達。帝国軍からは助けはこないだろうし、王都から脱出したとしても作戦失敗の責任を問われる可能性がある。
捕虜とはいえ大人しく王国の『保護』に入った方が安全だ。
彼女、ではなくファルケが。
「優しいこった。サヨコさんほどではねぇが」
「あらん。これでもあたい娘がいるの。子どもには優しいのよん」
嘘か本当か、冗談かどうかもわからない。
見た目20代後半の彼女ではあるが年齢不詳。とてもじゃないが外見からして母親には全く見えない。
傭兵だし民俗衣装という彼女の服装は日に焼けた肌を惜しげもなく晒している。おへそなんてまるだし。
「だから『子ども』とは戦いたくないのよ。……坊やみたいな」
「!」
《炎槍》はいきなりユーマを見据えた。眼差しが鋭い。
「いい? どんなに強くても、精霊が2体もいても坊やは『戦士』じゃない。敵も味方も切り捨てる覚悟がないから。だから仲間を『お友達』扱いするしあたいや《氷斧》を殺さない」
「それはっ」
「殺意がないのよ。坊やは敵にも味方にも優しすぎる」
《炎槍》はユーマを非難する。
彼女はずっと少年に厳しかった。
「……」
「そこの黒い坊やも急所を狙っていたし、あのへんてこお嬢ちゃんも言動とは裏腹に《氷斧》を相手に本気で殺しにかかったわよ。そのくらい気付いてるわよね? なのに坊やは」
「やめろ《炎槍》。降参したんなら大人しくしろ」
黙り込むユーマにまずいと思ったか、レヴァンが制止に入る。
「坊主を惑わすな」
「違うわよ王さま。これは忠告」
「あ?」
「仮にも《雷槌》が認めた子よ。それで《三神器》の元リーダーとして言わせてもらうわ」
《炎槍》はユーマをもう1度見つめなおし、告げた。
「『子ども』のまま戦うことをやめなさい。そんな脆い覚悟で戦い続けるというのなら……死ぬわよ」
「……!」
肝心な時に何もできず、無力を噛み締めたまま。
彼女はそう言った。
+++
(俺は……)
――そんな薄弱な意志で振るう力で
――弱いくせに。誰かをなんて守れるはずがない
クルスが、そして光輝が。
彼女の言葉は、いつか聞いた彼らの言葉と重なる。
少年の在り方を否定し、真向から打ちのめした2人の言葉と。
誰にでも、どんなに足掻いても、
何もできず、何も守ることができないことが、必ずあるという現実。
世界中のどこにでもある理不尽。それに直面した時。
目の前で奪われ、失ってしまったその時。少年が善悪、正負どの方向に進むか彼女は全くわからなかった。
戦いに身を置けば嫌でもその理不尽を目にしてしまう。それで彼女は少年を問い質した。
『戦士』として割り切る覚悟をするか?
『子ども』のまま、戦う世界から身を引くか?
今のままでは少年はいつか、何の覚悟もなしに『現実』とぶつかって、潰れてしまうと彼女は危ぶんだ。
少年が世界の暗い所を何も知らない『子ども』にみえたから。
それでも戦うというのなら変わらなければいけない。そうしないと心から先に死んでしまう。
だからこその忠告。それが《炎槍》の優しさだった。
だけど。
彼女は少年を見くびっていた。
ユーマは世界の闇を知らなくても、『彼ら』が何と戦っているかを知っているから。
――優真、それでもな
今のユーマは思い出せる。
捨てたくない。そう言った彼の言葉を。
「それでも」
ユーマは、自然と右の拳を握った。
「《炎槍》さん。俺は、『俺』のまま戦います。どんなに足掻いても、何もできないまま終わってしまうのなら尚更」
「っ!?」
「捨てたくありません」
《炎槍》が、それにレヴァンとマークが、ユーマの拳に目を見開く。
『相棒』に呼応して僅かに輝く、少年の『左腕』にも。
握り締める右の拳。左腕を纏う銀の燐光。
それがユーマの抱く彼らの《幻想》、そのかたち。
《幻創》である。
(坊やの拳。あの『おもさ』は、一体何?)
(……おいまて。その銀色は)
(この力、まさかクルスを)
(これが……エースの力だというのかよっ!)
「……」
息を呑む。ユーマを含む全員が黙り込んだ。同じ場所にいたファルケもまた。
少し離れた場所にいるエイリーク達も、様子がおかしいことに気付いてこちらを窺っている。
(キリンジ。あんたは坊やの何を見たの?)
《炎槍》は、目の前の少年のことがわからなくなった。
沈黙。空気の重さに誰もが動けずにいる。
「只今もどりました」
「王様、偵察行って来たぜ」
場の空気を変えたのはアギとシュリ。
周囲を探るついで、伝令役の近衛見習いの少年達と情報交換しに行った2人だ。
「? なんかあったか?」
「……なんでも。それで王都の他の場所や防衛戦の様子はどう?」
「ああ」
アギは偵察で集めた情報を皆に伝えた。
「王都の戦闘はここ以外に派手にやったとこはねぇ。傭兵は民間の自警団と学生でうまく無力化させてるみてぇだ」
「そっか」
「でも王立研究所は派手なことになってる。遠くからでも爆発音が酷かった」
「ミサ。ポピラ……」
今更だが、エイリークは2人を研究所に置いて飛び出したことを後悔している。
マークの言いつけを破ったその責は、彼女に重くのしかかる。
「あ。それポピー達よ。あたしここに来る前に空から偵察してきたから知ってる」
これはチェルシー。エイリークは食いつく。
「それ、本当!?」
「うん。《駱駝》、だっけ? あの《機構兵器》におんぼろ舟くっつけてさ、なんかばかばか撃って傭兵を蹴散らしてたよ」
「舟、ってまさかリュガキカ丸?」
「そこまで知らない。あたしの騎士団もいるから、しばらく大丈夫と思ってこっちに合流したんだけど」
「となると王都の警戒より研究所の奪還が先だな。……シュリ。防衛線の方は?」
訊ねるレヴァン。
「はい。防衛線は2次まで突破されました。砂山の障害物とそこに仕掛けた罠が思った以上に効果的で帝国軍の進軍は予想より遅れています」
「悪くねぇな。外郭までの防衛線はあと3つある」
「損害は重傷2、軽傷84です。殆どが自軍の砲撃の余波による火傷と暴発らしいです」
「まあ、白兵戦にならなきゃそんなもんだな。暴発は聞き捨てられねぇが」
今の損害状況を聞いても楽観できなかった。
ちなみに王国軍の長距離砲台はチェルシーのマシンアーム同様、《機巧兵器》を流用して作ったものだ。今の技術力では十分なメンテナンスが不可能だった。
「向こうの《機巧兵器》は確認できたか?」
「はい。現在《虎砲》タイプが10両確認されてます。これも砂山の傾斜のせいで射線が取れないのか、向こうからは1発も撃たれていません」
「あれの有効射程を考えると、本当の勝負は直接外郭を狙える第4次防衛線あたりだな。……いいぞ。射線の話が本当なら、坊主の精霊はいい仕事してくれた」
これは素直に喜ぶレヴァン。悩みの種だった《機巧兵器》は思ったより数が少ない。それに時間を十分に稼いでいる。
「あとはミハエルが来てくれりゃ」
「待ってくれ」
ところが。ここで水を差したのは誰でもない、帝国軍に属するファルケだった。
同じく《炎槍》も首を傾げている。
「シュリ。《虎砲》は本当に10両なのか?」
「ファルケ?」
「それっておかしいわねぇ」
「しかも《虎砲》だけなんて」
「だけ? おい。それってどういう――!?」
レヴァンが問い詰めようとしたその時。
悪寒が走った。
「――っ! 風葉、砂更!?」
「これはっ」
「ユーマ? アイリィ?」
「チ!」
「わかってるわ火燕ちゃん……やばいわね。これ」
気付いたのはレヴァン、ユーマ、アイリーン、それと《炎槍》の4人だけ。
何かが……来る。
「……戦車?」
ユーマは初めて《機巧兵器》を見た。
転移して現れたのは、戦車型の《機巧兵器》である《虎砲》、違う。帝国軍が改修した《虎砲改》である。
高純度の魔石を積み、魔力を扱える《機巧兵器》だったモノ。《虎砲改》はいきなり皆に向けて主砲を撃った。
警告もなし。完全な不意打ち。味方であるはずのファルケと《炎槍》諸共。
このままでは一か所にまとまっていたユーマ達は、1撃で焼き払われてしまう。
「ああっ!」
「しまっ!?」
「畜生がっ!!」
レヴァンはアギが使う瞬間移動で皆の前に立つと、瞬時に《城壁》を展開。
その直後。攻性エネルギーに変換された魔力の奔流、光がユーマ達を襲った。
+++
いきなり主砲を撃った《虎砲改》。
その機体はずっと、ギチギチと『殻』を破るような音を発している。
変異はもうはじまっていた。
+++