3-07c 王都防衛戦 3
対傭兵戦の中盤。4対2
アギの「俺の屍を越えてゆけ」フラグ発動
《前書きクイズ》
Q. 400年前に活躍した7人の勇者。その二つ名である7つの武器の名を全て答えよ(難易度C:1度も本文に出ていない勇者は《杖》です。あと6人をどうぞ)
Q. 次回登場予定の西校のエース、チェルシー・レアメダル。彼女はどんなキャラクターなのか? その設定、正体を予想せよ(難易度A:複数の答えあり。例. 彼女は技術士である)
+++
戦いは続いている。
たとえオルゾフが裏で黒幕を追い払っていたとしても。
帝国軍と傭兵の脅威は王国から消え去ってはいない。
王国外郭での防衛戦。
砂山に足を取られる傭兵に容赦なく降り注ぐ砲弾の雨は帝国軍の侵攻を食い止めてはいるが、砲弾も限りがあっていつまでも続かない。
魔石を積んだ《虎砲改》は着々と王国に迫る。
+++
王都防衛戦で最も苦戦し、王国の脅威となっているのはおそらく、ユーマ達と戦う2人の傭兵だろう。
《炎槍》も《氷斧》も、まだ本気を出していない。
戦斧を受け止めると同時に凍りつく《盾》。
アギは《盾》を通して全身を凍り漬けにされたような悪寒を感じ、呻き声を上げる。
「うぅ……ああっ!?」
「アギ! このっ」
「離れなさい」
《盾》が砕ける前にユーマの《ストーム・ブラスト》とエイリークの《爆風波》が戦斧を弾く。
「ぬうっ?」
「今の内だ」
「すまねぇ」
アギが離脱する時間を稼ぎ、それから2人は後退して傭兵達と距離を取る。
アイリーンの《氷散弾》が《氷斧》を牽制。おかげで追撃を受けることなくユーマ達4人は合流した。
「大丈夫?」
「……ああ」
ユーマに返事を返すアギだが、彼は悪寒で顔が青ざめてしまっている。
両腕は今もガタガタと震えていた。
「わりぃ。助けに来たのに逆に助けられた。……くそっ、鳥肌立って震えが止まんねぇ」
「《干渉》ですね。アギさんの《盾》を伝ってあの斧使いのゲンソウ術に浸食されています」
駆け寄ったアイリーンはアギの症状を見て言った。
《干渉》は《補強》のようなゲンソウ術の基本技術であり《幻操》と《現操》の2種類がある上級技。
特に《幻操》の《干渉》は扱い方次第では他人に自己のイメージを押し付け、相手の意思に関係なく無理強いをさせることができる。一種の精神攻撃だ。
《氷斧》の凍結攻撃はゲンソウ術による。彼は凍結したものに《干渉》して自分の心を投影させることができるのだ。また、《干渉》による精神攻撃はゲンソウ術同士の接触が1番効果が高い。
それでアギは震えている。凍らされた《盾》を通して《氷斧》というモノを思い知らされた。
(畜生。何者だよ、あのおっさん)
アギは初めて人のかたちをした化物に出くわし、その恐怖で心が折れそうになる。
氷の目をした傭兵の心は、その冷徹な視線よりも冷たく、暗い。
「強敵ですね」
「アイリさん」
「ゲンソウ術の防御を通してさえ、いえ、だからこそアギさんがここまで……あの斧使いへの接触は危険です」
「いや、そうじゃなくて」
「どうしてアンタまでここに来てるのよ」
自分のことは棚に上げ、エイリークは「研究所はどうしたのよ」とアイリーンに文句を言う。
「貴女を連れ戻しに来たのです。研究所は今、傭兵達に占拠されています」
「なっ!」
「なんですって」
「私達が飛び出した後すぐの話です。ですが」
アイリーンは傭兵達を見る。
「こちらも問題ですね」
「アイリさん。エイリークとアギを連れて研究所へ行って」
「ユーマさん?」
ユーマの決断は早かった。
「ここは俺1人で」
「なに馬鹿なこと言って」
「馬鹿をしたのはエイリークだ!」
思った以上に余裕がない。焦りからユーマは厳しい声を上げた。
八つ当たりに近かった。
「マークさんから言われたこと忘れたの? ポピラやミサちゃんから離れて何してるんだ」
「それはっ」
「相談はもういいかしらん?」
声をかけるのは傭兵の女。
「お嬢ちゃん。それと坊や。仕切り直しだけど、お互い飛び入り参加の4対2でいいのかしらん?」
「……」
《炎槍》は槍を、《氷斧》は戦斧を無造作に構え様子を窺っていた。
隙がない。彼らの侵攻を食い止めているはずのユーマ達が、逆に立ち塞がれているような重圧感に襲われている。
答えに詰まるユーマ達。
1番に返事を返したのはアギだった。
「やるぜ」
「アギさん?」
「時間がねぇ。4人で一気に勝負を決めてエルド妹や侍女ちゃんのところへ行こう。それしかねぇ」
「でもアンタ、そんなんじゃ立ってるのがやっと」
「大丈夫だ!」
アギは制止を振り切り仲間たちの前へ出る。
「力を貸してくれ。俺1人じゃ守りきれねぇ」
仲間も、故郷も。
このままでは大事なものは今すぐにでも戦火に晒され、失ってしまう。
それを《盾》であるアギは見過ごすわけにはいかなかった。
アギは震える腕を抑え、拳を握る。
掌に爪を喰い込ませて血を流し、その痛みで無理に自分を奮い立たせる。
流した血の熱さが、心が凍りついてゆく幻に熱を与えた。
「頼む。ユーマ」
「アギ……」
息を呑むしかない。アギの守るという強い意志に。
腕の震えは止まっていた。アギは自分の意思で《氷斧》の凍てつく《干渉》を打ち破った。
「ほう」
「短時間で持ち直したわ。強いわよ、あの子」
これには《炎槍》どころか《氷斧》までもアギの精神力を賞賛した。
「剣士のお嬢ちゃんといい先の楽しみな子達ねぇ」
「まだ遊ぶ気か?」
「もちろん。でもあの子達に失礼だからちょっと本気出そうかしらん」
「ナイトフォーメーション!」
アギの気迫に応えるしかない。
ユーマは連携戦闘の指示を出す。
陣形はユーマを中央に据え、前衛は『盾』であるアギが左、『剣』のエイリークは右。ユーマの後方にアイリーンがついたY字隊形。
これが4人が最も得意とするフォーメーションだ。
「アギ、覚悟しろよ」
「わかってる。行くぜ、姫さん!」
「行くわよ!」
第2ラウンド、開始。
+++
アギとエイリークを前衛にして、4人は傭兵2人に突撃を仕掛けた。
短期決戦だ。エイリークは《炎槍》に、アギは《氷斧》にそれぞれ向かう。
「ストーム・ブラスト!」
先制はユーマ。ガンプレートが放つ竜巻の奔流がアギと迎撃態勢をとった《氷斧》の間に割り込む。
「む?」
「お嬢ちゃん。今度はこっちからも攻めるわよん」
鋭く突き出される赤い槍。
受け止めたのは。
「うらあっ!」
アギだ。ユーマが牽制した隙に4人の陣形が変わる。
アギがワントップとなり、エイリークがユーマのいる2列目に下がった「ト」の字の陣形。
まるで騎士が盾を前方に翳して身を守るように。
そして手にした槍を敵に向けて構え、突き出す直前のように。
アギはサイドステップしてスペースを空け、そこへエイリークは飛び出す。
《旋風剣・疾風突き》
アギとエイリークの連携に虚を突かれた《炎槍》だが、構わず《旋風剣》に槍を打ち合わせた。
剣の纏う竜巻が槍を弾く。
「くっ?」
「まだよ!」
エイリークは受け捌かれた剣を引き、《旋風剣・二段疾風突き》を繰り出そうとする。
そこへ《氷斧》が側面から割り込んだ。エイリークに戦斧を振るう。
振るおうとした。
「させねぇ!」
陣形は「ト」から「T」へ。
アギとユーマがエイリークの間に立ちユーマがエイリークの、アイリーンがアギのバックアップに入る。
「同じ手は、効かねぇ!」
「降れよ、氷弾!」
「ぬぅ!?」
再び戦斧を受け止めるアギは凍りつく前に《盾》を叩きつけるようにして捌き、アイリーンが《氷弾の雨》で弾幕を張って《氷斧》の動きを封じる。
「はぁっ!!」
「まだまだよん」
一方、エイリークが繰り出した《旋風剣・二段疾風突き》は《炎槍》には通じなかった。彼女は《旋風剣》を真正面から受け止めてみせる。
竜巻の中心。剣の切っ先にまたもや槍の穂先を合わせ、《旋風剣》の衝撃波が放たれないようにして受け止めているのだ。
細剣と槍をお互い突き出したまま、拮抗状態。
力と速さ、そして技量の差があまりにも違いすぎる。
「どう?」
「わかってる。でも動きは止まった」
「!?」
それで彼女はガンプレートを向けるユーマの方を見てしまった。
瞬きほどの隙をエイリークは見逃さない。《旋風剣》の竜巻を前方に向けて解放。
《衝突風》の衝撃波で《炎槍》は吹き飛ぶ。
「まだそんな手をっ!?」
「風弾、ガトリング!!」
ユーマの追撃は半分はガードされたものの、初めて彼女にダメージを与えた。
《ナイトフォーメーション》と名付けられた4人の連携戦闘はアギが防御、エイリークが攻撃の主力となって戦う。
棲み分けがはっきりとしているので攻守の切り替えが早く、状況に応じて中央に構えるユーマとアイリーンが2人と連携することで攻撃防御共に層を厚くすることができる。
「やるわね。でも大体読めたわよん。連携の要は坊やね」
《炎槍》は弾き飛ばされたまま距離をとり、腰に付けた翼刀を投げた。
赤い翼刀は大きく旋回して弧を描き、アギのフォローに入ったユーマの死角を突いてくる。
「氷晶壁!」
氷の壁が翼刀を弾いた。
「あらん?」
「気を付けて」
「ありがとう、アイリさん」
エイリークが剣、アギが盾ならばアイリーンはユーマという騎士の頭を守る兜だ。
彼女は後方に位置して全体を把握する司令塔ポジションにいる。
目まぐるしい攻守の切り替えでエイリーク達の援護に手一杯になるユーマを、アイリーンがカバーすることでこのフォーメーションが成り立っているのだ。
《ナイトフォーメーション》の基本は攻撃がユーマ、防御がアイリーンで連携の指揮を執り、前衛の2人と後衛の2人の組み合わせであらゆる状況に対応することができる。
《炎槍》が距離を取った分4人は《氷斧》に集中できる。彼女が戦列に戻るまでが勝負だ。
再び「Y」の字陣形に戻ったユーマ達は果敢に攻め立てる。
戦斧をアギが弾いた隙をエイリークが狙い、彼女が狙われた隙をアギがフォローして次にユーマが攻める。
《氷斧》が守りに入ったらユーマに続いてエイリークが攻め、波状攻撃を仕掛ける。
反撃がきたらアギが……とローテーションで攻めることで《氷斧》を休ませない。
「お前等っ」
「皆さん、下がって」
「!」
散開した次の瞬間。ブースターである銀の腕輪を輝かせ、アイリーンが《氷斧》に向けて魔術を発動。
氷属性捕縛術式、《氷晶樹・蔓》
貫通攻撃の《氷晶樹》の派生であるこの術式は、無数に枝分かれする氷晶の枝が蔓草のように伸びて《氷斧》の手足に絡まり、束縛する。
「……っ、この程度の氷で」
「今です!」
「ユーマ、合わせて」
「いくぞ」
エイリークの細剣とユーマの短剣が同時に煌めく。
旋風剣。
ダブル疾風突き!
2人の同時突撃は氷の蔦を砕いた《氷斧》の戦斧で受け止められたものの、その勢いは2メートル近い巨漢の身体を地面より浮かせた。
「甘い」
だが浮かせただけだった。
このままでは受け止められた剣を通して2人は《干渉》され、アギのように精神を凍らされてしまう。
「まだだ」
ユーマは諦めない。右手に持ったガンプレートを構える。
「何を」
「ブースト!」
後方に撃ち出した《ストーム・ブラスト》が、ユーマを《氷斧》ごと前方へ押し出す。
エイリークはユーマに付いていけずに離脱。
「ユーマ!?」
「ぬおっ」
「集え、集え集え」
「……!」
「風よ集いて螺旋を描け」
戦斧を通して凍りつき始めた短剣の切っ先。
その氷を弾き飛ばすように短剣に竜巻が纏い付き、高速回転しながら風を収束させることでドリルを形成する。
《旋風剣・螺旋疾風突き》
ユーマは《氷斧》を押し出しながら風のドリルで戦斧を砕いていく。
「砕け、砕け! 砕け!!」
「っ!?」
ユーマが短剣を真横に振るった瞬間。戦斧は柄を残して砕け散り、武器を弾かれた《氷斧》に大きな隙ができる。
ガンプレートを向ける。ユーマは《氷斧》にとどめの1撃を放つ。
「終わりだ!」
「うおおおおっ!」
「――えっ?」
とどめを撃とうとしたその時。
ユーマ達へ真横から飛び込み、剣を持って割り込んできたのは――
「! ファルケさ…!?」
「らあっ!!」
ユーマは咄嗟に《ヒート・カッター》でファルケの攻撃を受け止め、その剣を根元から焼き切った。
「くそっ! 駄目かよ」
「どうして?」
戸惑うユーマ。それで千載一遇ともいえるチャンスを不意にしてしまった。
「邪魔だ」
「――!? があっ!!」
戦斧の柄で思いっきり横腹を殴られ、ユーマはエイリーク達のもとまで吹き飛ばされて地面を転がる。
「……っ、がはっ」
「ユーマ!」
「ユーマさん!」
「しっかりしろ、おい。ファルケ、お前」
アギはここで初めてファルケの存在に気付き、彼が敵であることを悟った。
「お前、やっぱり帝国軍に」
「……そうだ。俺は新帝国軍少尉、ファルケ・シュペルだ」
その目に以前のような傲慢さはなかった。瞳は彼の心情を映すように揺れている。
作戦に失敗し、エリートであるどころか『帝国人』である誇りと自信までも失いつつあったファルケは、今も迷いの中にいる。
自己崩壊しかけていたともいう。ファルケは挫折してアイデンティティーの主軸が大きく揺らぎ、一時は呆然とするだけで立っていられないほど不安定になっていた。
それでも自分の足で立っていられるのは《炎槍》のおかげだ。
自分の足で立ち、自分の目で見て感じとったものをそのまま受け入れろと、彼女がそう言ってくれたからファルケは今ここにいる。
ファルケは《炎槍》の言いつけを守らず、エイリーク達ではなくて2人の戦いをずっと見ていた。
彼女達の戦いを見て、2人が追い込まれて行くのを感じて、思わずユーマに飛びかかった。
「この2人は俺の……部下なんだ。部下がやられそうになって……放っておけるか」
『帝国人』や傭兵なんか関係なく、ファルケは仲間を守ろうとして自分の意思で動いた。
彼が迷いの中から踏みだした、はじめての一歩だ。
それがたとえ、彼女が少年に望んだ答えでなかったとしても。
「しょうがないわね。それがあなたの出した答えなら」
「《炎槍》さん」
「……一応礼を言おう。助かった」
「《氷斧》さん」
傭兵の2人はファルケの傍に立ち、それから前に出た。
「エンソウ……それにヒョウブ?」
「まさか《三神器》の」
「ご名答。今は2人だけど」
《炎槍》、《氷斧》。そして《雷槌》。
世界ギルドランクAの3人が組むハンターチームは《三神器》と呼ばれ、その名は世界に7人しかいないAAに次ぐ実力と功績もあって世界中に轟かせている。
何より《炎槍》と《氷斧》はそれぞれ、次代の《槍》と《斧》の勇者候補の中でも有力といわれている実力者だ。
普通に相手したならば、ユーマ達に敵う道理がない。
驚く少年達。中でもファルケの驚きが1番酷い。
「ほ、本物!?」
「酷いわね。あたい達を何だと思っていたのん?」
「だ、だって傭兵だから名を騙る偽物とばかり」
「……なんで。そんな有名人が傭兵なんか」
「言ったでしょ。大人のじ、じょ、う。ハンターの資格取り上げられて最近まで無職だったのよん」
「……」
「辛かったわん」
エイリークの問いにあっけらかんと答える《炎槍》。
お茶目に振舞う彼女だが相当厳しかったのだろう。《氷斧》の視線が冷たい。
「まっ、それはさておき。お坊ちゃん。どうするの?」
「えっ?」
「この子達。放っておくとまたあたい達の邪魔をするわよ。きっと」
「……」
ここにきて彼女はファルケに指示を仰ぎ、選択を求めた。
何かを試すように。
「……倒します。奴らは《帝国》の敵です」
「そう」
彼女は特に落胆する素振りは見せなかった。
敵とみなしてしまえば、その選択も正しいから。
(結局、この子はあの子達があたい達に立ち向かう、その想いを感じ取れなかったのね)
《炎槍》は槍を、《氷斧》は砕けた柄に斧の刃を氷で《現創》して構える。
「退くなら今よ」
彼女はユーマに話しかけた。
ユーマは横腹を殴られた痛みに呻き、まだ立ちあがれない。
「……どうして? どうしてあなた達は帝国軍に味方するんです?」
「最初は割のいいお仕事だったからよん。嫌な話だけど戦士って戦争が一番稼げるの」
「そんなこと」
「まあ、今はお坊ちゃんとの約束もあるけど」
「約束?」
訊ね返すユーマ。
「この子が選んだ道。その行く先を見せる為に」
「……」
ユーマは納得がいかない。彼女を睨みつける。
「そんなの……わかっているんでしょ? 帝国軍が勝ったら王国の人たちは」
「『それ』を見せなきゃいけないのよ」
「!」
「いい勉強になるわよ。温室育ちの学生さんには刺激の強い、『現実』ってやつ」
「あなたはっ!」
ユーマは考えたくもない想像に嫌悪し、熱り立つ。
痛みに構わず無理して立ちあがり、よろめいた所をアイリーンに支えられた。
エイリークとアギが前に立ちユーマを庇う。
「痛っ。離して」
「無茶をしたらいけません」
「でもっ」
「嫌だったら覆してみなさい、坊や」
《炎槍》は言う。
「さっきまではお嬢ちゃん達に合わせているせいかもしれないけど、そんなものじゃないでしょ?」
「……え?」
「少なくともあたいがキー君、《雷槌》から聞いた坊やの力は、あたい達ランクAハンターに匹敵するはずよ」
ユーマを除く誰もが驚いた。だけど彼女は見抜いている。
例えばエイリークと2人で《氷斧》を突き飛ばした時。あの時だってユーマ1人で十分だった。
ただ2人で仕掛けたからこそ《氷斧》はユーマの実力をエイリークと同等と見誤り油断した。ファルケが割り込まなければ彼は手痛いダメージを負っていたはず。
ユーマはあの瞬間の時だけエイリーク達との連携を無視し、自分の手札を切って勝負に出たのだ。
「隠してる? それとも出せない理由でもあるのん?」
「……」
「ユーマ?」
ユーマは答えない。
もしも《全力》以上の《本気》になれというならば、覚悟しなければならない。
ユーマはその覚悟をするのに躊躇いがあった。
無意識に右の拳を握る。
(大和兄ちゃん……俺は、この人を相手に)
――拳を振るってもいいのか?
少年の、両の拳に宿る2つの《幻想》はあまりにも重い。
ユーマは沈黙した。それでエイリーク達も動揺している。
沈黙が長く続いたので《炎槍》はユーマから答えを聞くのを諦め、突撃の構えをとった。
《氷斧》がそれに倣う。
「仕方ないわね。残念だけど、あたい達と敵対したことを不幸と思って頂戴」
「……」
邪魔者の排除に2人の傭兵が動く。
「来るわよ」
「ユーマさん」
「……くそっ」
迎え撃つユーマ達だが反応が鈍い。
ユーマは迷いから、エイリークは連戦による疲労で。
それにアイリーンは病み上がりだ。フォーメーションを使った連続攻撃の反動も今更来て3人に致命傷となる大きな隙が生まれた。
だからこそ。
3人を守る為、アギは前へ駆け出し1人で迎え撃った。
衝突。
アギが展開した左の《盾》は灼熱の槍が貫き、右の《盾》は氷でできた斧の刃が半ばまで食い込む。
「がぁああっ!!」
熱気と冷気。《盾》を通じて対極する痛みを同時に受けたアギは悲鳴を上げる。
「アギぃ!!」
「……っ、……捕まえたぜ」
「「!?」」
精神的なダメージは受けたものの、刃はアギにまで届いていない。
彼はわざと《盾》に槍を貫通させ、斧を食い込ませた。
言葉の意味を悟り、《炎槍》と《氷斧》はアギに驚かされる。
2人の武器が、《盾》から抜けない。
木でできたような『やわらかい盾』は、わざと刃を食い込ませて武器を奪い、敵の動きを封じることにも使える。
アギがやったのはそれだ。
「どうだ。《盾》には、こんな使い方もある」
「だが、それだけだ」
「そうね。バンダナの坊や、その状態から一体何ができるのん?」
「見せてやるさ。あいつの、ユーマの本気ってやつをな!」
アギは背を向けたままユーマに向かって叫ぶ。
「やれぇ、ユーマぁ! 《砂縛陣》だ!!」
仲間の中でアギだけがその技を知っていた。
今までユーマが精霊たちの力を極力使わなかった理由を悟り、予め『仕掛けていた』ことに確信を持っていたのは彼だけだった。
《砂縛陣》
ユーマが使える最大級のトラップ。
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