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幻創の楽園  作者: 士宇一
第3章 前編(上)
121/195

3-07x 間章 -魔人殺し-

裏話。またの名を○○○○最強説

 

あの先生の秘密

 

 

《前書きクイズ》

 

*前回の問題は時間切れです。今回の話に答えがあります

 

Q. 現時点までの登場人物の中で最強キャラは誰でしょう?(難易度A:ある意味世界の謎レベル)

 

Q. 《三神器》と呼ばれる3人を答えよ。二つ名でも可。(難易度E:おそらく3人目である彼の登場予定は、今のところない)

 

 

 +++

 

 

 遡ること数日前。

 

 

 《C・リーズ学園》の学園長イゼット・E・ランスは、世界中から集めた情報を基に1つの決断を下した。

 

 それは《砂漠の王国》の支援。

 

 西国の中心となりつつあるこの国を抑えられると情勢の悪化は免れない。そう彼女は判断したのだ。

 

 

 軍事国家である《帝国》の復活、偽りの選民思想を持つ『帝国貴族』の台頭。そして《機巧兵器》の悪用。

 

 この3つを彼女はどうしても未然に防いでおきたかった。

 

 しかし学園長は《預言者》といわれる程の、世界指折りの情報屋ではあるが一介の教育者でしかない。

 

 支援すると決めても派遣できる兵なんていない。そもそも私兵なんて持っていたら問題である。

 

 今の時代《聖王国》の血筋なんてあってないようなものだ。彼女にできることといえば、《エース》という特別な資格を持つ教え子に依頼することしかなかった。

 

 これは学生を戦場(この時点では違う)に派遣することが世界条約で定めた法に触れてしまうことに対し、エースの資格を持つ学生は世界で1人前と認められ例外とされるからだ。

 

 エースは実戦経験を積むことを理由に他国へ派遣、任務を請け負うことが可能であった。

 

  

 王国を支援するにあたって学園長が白羽の矢を立てたのは、学園でも優秀な生徒である《Aナンバー》の魔術師。

 

「ごめんなさいね。夏季休暇に入ったばかりなのに。無理な任務をあなた達に頼んでしまって」

「いいえ。学生の間で実戦の経験を積むなんて滅多にない機会ですから」

 

 朗らかに返すマークであるが、学園長はあまりいい顔をしない。

 

「実戦といっても後方支援が主となるはずです。くれぐれも危険を避けて上手くやって下さい。あなたならできるはずです」

 

 学園長はサヨコを通してレヴァイア王の人となりを理解している。

 

 彼ならば子どもたちを前線に送るなどぞんざいに扱うことはないだろう。マークも無理をするタイプでないので安心して送り出せる。

 

「わかりました。では《砂漠の王国》は僕と待機している《黒耀》の3年生で行きます。クルスや他のエースは?」

「既にクルスさんには別の任務に就いています」

 

 マークは学園のトップエース、《剣闘士》の相棒でもあり他国への任務は彼と共に行動することが多い。


 今回は違ったようだ。それがちょっと心配になる。

 

(また途中から見境なく剣を振るってないといいけど)

 

「他の《Aナンバー》の皆さんは殆ど帰郷なさっていて残るのはブソウさん、ティムスさん、ヒュウナーさんの3人です」

「あはは。僕しかいませんね」

 

 前期分の残務処理、新設工事の総監督、補習からの逃避行。

 

 居残り組は何かと忙しい面々だった。

 

「代わりといってはなんですが《W・リーズ学園》に協力を要請しています。現地で向こうのエースさんと合流して下さい」

「西校。となると来るのは《鉄拳》のレアちゃんかな?」

「もしかするとユーマさんも王国にいるかもしれません」

「ユーマ君?」

 

 マークは意外なことを聞いて聞き返す。

 

「彼が出立する前にそんなことを言っていましたから。あと《砂漠の王国》はアギさんの故郷です」

「なるほど」

 

 納得するマーク。それは災難だと彼は思った。学園長も同じ思いを抱いている。

 

 特に学園長はユーマの正体を知るので尚更だ。

 

 

 意図せず国レベルの事件に巻き込まれる異世界の少年。

 

 この世界の分岐点に直面するのは彼の運命だというのか。

 

 

(エイルシアさん。あなたが望まずとも彼はこういう運命なのかもしれません)

 

「彼もエース資格者ですので力を借りるかどうかはあなたの判断に任せます。それと」

  

 学園長は遠征するマーク達に『引率』をつけることにした。

 

 彼女の傍に控えた魔術科の教師に。

 

「オルゾフさん。お願いしてもいいでしょうか?」

「! しかし私は」

「お願いします」

 

 有無を言わせない学園長。

 

 その頑な態度にオルゾフは何かを察した。

 

「……わかりました」

「彼らの安全を確保してあげて下さい」

「では先生、よろしくお願いします」

「ああ。ではフィー、すぐに団員を集め準備をしろ」

「はい」 

 

 こうしてマークは《黒耀騎士団》を連れて《砂漠の王国》へ支援に向かうことになる。

 

 王国軍の防衛戦の準備と、奇襲への対策が間に合ったのは彼らの功績によるところが大きい。

 

 

 

 

「学園長」

「なんでしょう」

 

 マークが旅支度の準備で退室したあと。オルゾフは学園長に訊ねた。

 

「私が行くのはエイルシア姫との《盟約》の為ですか?」

 

 《盟約》。それは端的に言えば異世界人であるユーマの保護することを指す。

 

「いえ。今回はあの子に選択を委ねます。王国にとってユーマさんの力は決して小さいものではありませんから」

「ではもしや私を……人の起こした紛争に介入させようと思っていませんか? 私の力は」

「気になることがあります」

 

 オルゾフの追及を学園長はぴしゃりと遮った。

 

「学園長?」

「《機巧兵器》。もしかするとあれは新たに量産されているかもしれません」

「なっ!?」

 

 オルゾフの驚きは尋常ではなかった。彼は覚えている。

 

 

 400年前、魔法戦に絶対的優位を誇る魔人に対しゲンソウ術を除いて唯一対抗できた人の力。

 

 人類最後の砦といわれた《西の大帝国》を守る兵器の数々を。

 

 

 オルゾフは信じられない。

 

「ありえません。失われた技術の産物である《機巧兵器》は、特殊な燃料もあって今でも一部の技術を除き再現不可能な代物です。現にエルド兄妹や技術の最先端である《技術交流都市》の研究も一定以上成果を出していない。それを誰が量産なんて」

「だからこそあなたに頼みたいのです」

 

 学園長は命じた。

 

「《機巧兵器》の出所。その調査をお願いします。おそらくあれをよく知る何者かが『帝国貴族』に手を貸しているはずです」

「それは?」

「わかりません。ですから確実に突き止めておきたいのです。魔人が敵であった時代ならともかく、《機巧兵器》は今のわたしたちにとって過分な力です」

「……」

 

 教え子たちに任せるわけにはいかない。調べるにはあまりにも不確定な要素が多すぎる。

 

 

 もしも《機巧兵器》を『帝国貴族』にもたらした者が『人』でなかったら…… 

 

 

 だからこそ学園長も《砂漠の王国》に切り札を投入する。

 

「それともうひとつ。《機巧兵器》の量産、その脅威が確認されたのなら」

「焼き尽くしましょう」

 

 言われるまでもないとオルゾフは言葉を返した。

 

 

「《機巧兵器》。あれならば私の……《心火》の敵に値する」

 

 

 憎悪、憤怒といった感情。

 

 この時の彼の表情には、普段は決して見せない獰猛さがあった。

 

 

 +++

間章 魔人殺し

 +++

 

 

 《黒耀騎士団》の引率として《砂漠の王国》へ入国したオルゾフ。

 

 彼はこの国の王と面会を終えるとマークにあとを任せ、《機巧兵器》の捜索の為別行動を取った。

 

 訳あってオルゾフはマークたちと行動を共にし、王国に表だって加勢することができない。自らの力を振るうことに彼は厳しい誓約を誓っていた。

 

 

 オルゾフは傭兵が襲撃用に設置した《転移》の魔法陣をわざと1つ残し待ち伏せをする。

 

 その日の夜。襲撃で《転移》してきた傭兵を彼は《魔法》で瞬時に無力化すると、傭兵と魔法陣から『転移元』を読み取り逆探知に成功。

 

 地下基地の位置を特定。そのイメージを基に《転移》の魔法陣を発動し、彼は《新帝国軍》の拠点へと侵入を果たした。

 

 

 もぬけの殻となった基地を探る途中、オルゾフは男に出会い、今に至る。

 

 +++

 

 

 久しぶり。

 

 

 男は気易い態度でオルゾフに言った。だが言われた彼は男の顔に覚えがない。

 

 特徴がない。違和感もない。

 

 どこにでもいて、すぐにでも忘れられそうな男の顔。

 

「……誰だ?」

「覚えてないのかい? 酷いなぁ。《心火》ともあろう君が、兄弟の顔を忘れたというのかい?」

「何?」

 

 男はオルゾフの正体を知っている。そのことにオルゾフは眉を顰める。

 

 兄弟と言った。だがオルゾフには思い当たる人物がいない。

 

 

 『忘れてしまっている』

 

 

 それが鍵だった。

 

 オルゾフは男のことを覚えていないが、魔神から与えられた知識と教師として400年蓄えた知識全てを総動員して答えを導き出す。

 

「《忘却》。お前なのか?」

「……へぇ」

 

 男は感嘆の声を上げた。

 

「流石だね。覚えてた?」

「忘れてる。ただそういう能力を持つ魔人がいたという知識があった」

「ははっ」

 

 男は笑った。つまりオルゾフは教科書に載る歴史上の人物のようにしか男のことを知らない。

 

 旧知の間柄にも関わらず男のことは全く覚えていないというのだ。

 

 それを男は別に悲しいとは思わなかった。

 

 忘れてるのに覚えてる。その矛盾を目の当たりにして、ただおかしいとそう思った。

 

「それで《心火》。何の用なんだい? その様子じゃ僕に会いに来たわけじゃないんだろ?」

「……」

「そう構えないでくれよ。どうせ忘れるんだ。今なら何でも答えてあげるよ」

「帝国軍の残党が持つ《機巧兵器》を作ったのはお前か?」

 

 オルゾフは単刀直入で訊ねる。

 

 男の返事は「いいえ」だった。

 

「あんな複雑で面倒なもの、作る気にもなれない。僕がやったのは中将たちが持ってた『壊れたおもちゃ』を動かせるように細工しただけさ」

「細工?」

「これだよ」

 

 男が見せたのは拳ほどの大きさの何かの結晶体。

 

「僕ら魔人が得意とするやつさ」

「魔石……まさか」

「そう。魔力で動くんだよ、あれ。動力だけでなく武器もね」

 

 魔石から魔力を抽出して利用する技術。

 

「《魔法》だよ。あの《虎砲改》ならば《魔法使い》でなくても人は容易に魔力を扱える」

「それは」

 

 オルゾフは男が用意した《機巧兵器》の危険性に気付き恐れを抱く。

 

 

 そもそも魔力及び《魔法》は魔神に属する魔人、あるいは魔族に与えられた力だ。《魔法使い》でもない限りその力は人に適合するものではない。

 

 ただの人は魔力が含む狂気への耐性が低い。そんな人が無暗に魔力を扱えば容易く侵されてしまう。しかも魔力を兵器として争いに使えばそれだけ人は魔力に触発されやすくなる。

 

 狂気に侵された人のその果ては正気を失い、暴れ狂うだけの狂暴な人格変成、あるいは魔獣のような生物の変異体になるかのどちらか。最悪その両方だ。

 

 かつて学園で《竜使い》と呼ばれた少年に起きた性格の変化はこの症状の初期段階だといえる。彼も《幻創獣》の腕輪に魔石を使い魔力中毒を起こした少年だった。

 

 

 あの時使われた魔石は自然から採れる粗悪品だった。だが男が見せたそれはおそらく彼自らが精製したものだろう。オルゾフは遠くからでもその純度の高い魔力が感じられる。

 

 

 あんなものが大量に出回り人の手に渡れば……

 

 

「この国で、何がしたいんだお前は」

「舞台づくりだよ」

「舞台?」

「勇者が倒すべき悪の帝国。なんてどう?」

 

 人と人が争う最高の舞台。その土台づくりだと男は言う。

 

「ふざけてる」

「そうでもないでしょう? 《心火》。人の憎悪と憤怒を煽り燃やし尽くす、そして死者の魂を燃やし自らの火とする君にとってそこは最高の餌場」

「……」

「睨まないでくれ。それともなんです? 貴方、私と違い本当に人に成り下がったのですか?」

 

 オルゾフは答えない。

 

 代わりに別のことを訪ねる。

 

「お前は、他の魔人と組しているのか?」

「いいや。そもそも生存している魔人がどれほどいるんだい?」

 

 男はありえないと答えを返す。

 

「昔から封じられていた《病魔》は死んだようだし、他に僕を覚えている魔人がいるとは思えない。君が僕の正体を見破ったことはとんでもないことなんだよ?」

「そうか」

 

 オルゾフは表情には出さず内心で笑みを浮かべた。

 

 男は《病魔》の魔力消失を理由に彼女が死んだと勘違いしている。

 

「十分だな」

「何?」

「聞きたいことは十分だ。あとは」

 

 

 ――お前と《機巧兵器》を焼き尽くせばいい。

 

 

 解放された魔力が周囲の空気を焼いた。

 

 オルゾフは男に殺意を向ける。

 

「お前っ!?」

「《忘却》。お前を見つけられたのは幸いだった。俺がお前のことを忘れる前に消えてもらう」

「まさか……本当に人に成り下がったのか?」

「いや。俺はどこまでも魔人だ。決められた本質は隠すことができても『彼女』のように変わることはない。変わる気もないが」

「何?」

「約束があるんだ」

 

 昔のことを少しだけ思い出すと、オルゾフの表情が少しだけ緩んだ。

 

 400年経っても果たされていないその約束を、彼は今も心待ちにしている。

 

 

 男はオルゾフの言うことがわからない。

 

 自分のように利用する為でもなく、魔人が人につくその理由が。

 

 

「……いいでしょう。僕を燃やせるものなら燃やせばいい。ですがいいのですか?」

 

 いつだって炭化できる。そんな殺意を向けられても男はまだ余裕がある。

 

「戦闘タイプでないといっても僕も魔人です。無尽蔵の魔力を持つ魔人同士の戦い。それをやる覚悟があるのかい?」

 

 それは決着がつかないということ。

 

 ついたとしても早くて1ヶ月以上、下手をすると1年以上も戦い続けることになるかもしれない。

 

「そんなことしてると《王国》と《帝国》の争いは終わってしまうよ。僕の用意した《機巧兵器》で」

「……」

「きっと君の教え子たちも無事では済みませんよ。オルゾフ先生」

「『私』を知っていたのか?」

「もちろん。あのイレギュラーの《転写体》のことも知っていますし、会ったこともあります」

 

 彼は忘れているでしょうけど、と男。

 

 それがユーマのことだとオルゾフはすぐに気付いた。

 

 しかし、ユーマをイレギュラーと呼ぶ意味がわからない。

 

 

(ミツルギがこちらの世界に現れたのは《忘却》にとって想定外だった?)

 

 

 それは誰だって同じはずだ。ユーマの召喚者は今も特定されていない。

 

 それとも何か別に意味するところがあるのか?

 

 

(他にも奴が知る召喚されたモノがいる?)

 

 

 推測の域を出ない。オルゾフにしてもこれは学園長に調べてもらうしかない。

 

「……サービスしすぎたようだね。何を考えてる?」

「どうせ忘れてしまうことだ。お前も気にしていないだろ?」

「そうですね」

 

 ここまで男は多少驚きこそすれずっと笑みを絶やさなかった。

 

 しかし。次のオルゾフの発言は、彼の表情を崩すほど聞き逃せない内容だった。

 

「だが忘れない方法はある。お前を消せばいい」

「何?」

「《忘却》の魔力を放つお前を消してしまえばいい。それだけだ」

「面白い冗談だね。わかっているでしょう? 魔人同士の戦いは決着がつかないことを」

「戦い方次第だよ」

「……ご教授願いましょうか、先生」

 

 冗談ぶる男。

 

 『オルゾフ先生』はそれに真面目に答えた。

 

 +++

 

 

 授業開始。

 

「魔人や魔族、それと《魔法使い》は体内に内包する魔力を消費することで魔術、《魔法》を発動できる」

 

 オルゾフは《魔法》で指先に火を灯した。

 

「この火は火であると同時に魔力だ。魔力生命体である魔人にこの火をぶつけても大したダメージにならない」

「そうだね」

 

 相槌を打つ男。

 

 加えて魔人の持つ魔力総量は魔族や《魔法使い》に比べて桁が3つ4つ違う。

 

 《魔法》が主戦力であった400年前は、それで魔人に人は惨敗しているのである。

 

 続けて男は饒舌に語る。

 

「あの頃魔人に対抗できたのは魔石や魔力を一切使わなかった《機巧兵器》くらいだったんだよね。でも《西の大帝国》は僕らと戦う前に自爆したんだ。新たな勇者を《召喚》しようとしてね」

「……」 

「ほんと、人間って馬鹿な奴らだよ。あの頃だって《精霊紀》レベルの、十分立派な技術力を持ってたくせに。《召喚》なんて異界のオーバーテクノロジーに頼ったりして台無しにしてさ」

「話が脱線している。静かにしろ」

 

 はーい。生徒の真似をする男。

 

 こうして振りをしていると、彼も少年らしく見えるから不思議だ。

 

「まあ。確かに人は魔術戦闘では魔人に敵わず、唯一対抗できた《機巧兵器》はその力を発揮することなく砂の中に沈んだ。あの時《西の大帝国》が健在であったならば、《魔人戦争》の被害は抑えられ、現在の世界人口はおそらく今の10倍以上となっていただろう」

「……」

「失礼。……結局の所魔人は人と魔族の連合軍に敗北した。何故負けたのか覚えているか?」

「……勇者達の、ゲンソウ術だ」

「その通り。あれは魔力とは別次元の同等の力だ」

 

 嫌そうに答えた男にオルゾフは苦笑する。

 

「人は400年もかけてそのゲンソウ術を研究し実用化に成功した。完成とはまだいえないが、今では人にとって《魔法》の代わりとなる新たな力となり今度は技術として発展した」

 

 オルゾフはもう1度指先に火を灯す。

 

「例えば《灯火》。『周囲を照らす光』というイメージを再現したこの術式は屋内の照明に付与して使われることが多い。これは火が持つ熱や燃える性質を持たないのが特徴だ。煙も立たないし安心して屋内で使える。やろうと思えば水の中でも」

「!?」

「理に縛られた《魔法》ではできない、『曖昧な火』を創ることができるのがゲンソウ術の利点ではあるが……」

「待て」

 

 男はとんでもないことに気付いた。

 

 それで生徒の振りをするどころか、ずっと浮かべていた笑みも完全に消え失せてしまった。

 

 

 男はオルゾフが指先に《幻創》する《灯火》を見て驚愕している。

 

 

「お前、その火は……『ゲンソウ術』だな? 魔人のお前が、どうしてっ!?」

「『私』のことは調べていたんだろ? 俺は正体を偽ってはいるが別に『魔法使いの教師』とは名乗っていない」

「!」

「俺は表向き《魔術師》を名乗っている。『私』が生徒に教えているのは『ゲンソウ術を使った魔術の再現』だよ」

 

 魔人が人のゲンソウ術を使う。

 

 その脅威を目の前にしてさえも、男は信じることができなかった。

 

 +++

 

 

 彼は長い時を人と共に過ごした。

 

 

 最初、彼女に教師をしろと言われた時の驚きは今でも覚えている。魔人の俺にできるもかと散々文句をいったものだ。

 

 

 ――君が学ぶんだよ。子どもたちから

 

 

 半ば強制的に孤児院の子どもたちとに触れ合うことになる魔人の青年。そこで彼は子どもの成長というものを間近に見て驚き、ひどく関心を持った。

 

 子ども達は物事を教える度に自由な発想と想像力を自分勝手に育て、時折おもしろいとんでもないことをしてみせる。

 

 ゲンソウ術の根幹である《幻想》はきっと子どもの頃に培われていくのだろうと彼は誰よりも早く理解した。

 

 

 にわか教師として振舞う傍らで子どもの成長を見て学ぶ《心火》の魔人。

 

 彼もまた、自分だけの想いを子どもだちを通してゆっくりと育んでゆく。

 

 

 『オルゾフ先生』は彼の中で生まれた《幻想》だった。彼は随分昔にゲンソウ術のきっかけを手に入れていたのだ。

 

 教師である自分を思い描くことでオルゾフは魔人でありながらゲンソウ術を使うことができる。

 

 その奇跡を知る者が世界に一体どれだけいるのだろうか?

 

 

 あれから何百年も経ち、彼女の子孫には代代何かと振りまわされているけど、それでも今は素直に感謝できる。

 

 魔人である自分に居場所を与えてくれた彼女。

 

 

 《聖王国》最後の女王、リーゼリット・E・ランスに。

 

 

 だから。

 

 《心火》の魔人はその本質を偽ってでも守ろうと思う。

 

 今の世界は彼にとっても約束の地。

 

 彼女の用意してくれた居場所の中で、魔人は彼女の子孫と共に《槍》の勇者の再来を待っている。

 

 +++

 

 

 オルゾフは《魔法》ではい《烈火剣》を《現創》し、その切っ先を男に向けた。

 

 魔人同士の戦いは決着がつかない。それは互いに魔力生命体でいて魔力を武器とするからお互いに有効打を与えられないからだ。

 

 しかしオルゾフは違う。彼は魔人の天敵たるゲンソウ術が使える。

 

 

 学園長の切り札たる彼の正体は。

 

 

 

 

 魔人にして魔人殺し

 

 

 

 

「授業は終わりだ。授業料は高くつけさせてもらう」

「オルゾフ! お前ぇ!!」

 

 向き合う2人の距離は、決して剣の届く間合いではない。

 

 だけど届く。

 

 ゲンソウ術なら。

 

「逃がさん。届け、疾れ」

「ひぃっ!?」 

 

 

 ――斬る!

 

 

 その1撃は《疾る斬撃》。

 

 《剣》の勇者が得意とした、遠くに斬撃を当てるだけの《現操》の剣技。

 

 今では初級術式に分類されるこの技が、魔人にとってどれだけ有効なのかは魔人である彼らがよく知っている。

 

 男は魔力による防御などなかったかのように、ばっさりと胸元を大きく斬られた。

 

 

 しかし男は倒れなかった。

 

 

「ぐあっ!! ……お、おのれぇぇぇ、裏切り者がぁぁぁぁ」

「浅かったか?」

 

 怒りのままに男はオルゾフに吠える。

 

 

 同族に勇者の真似ごとで致命傷を負わされたことは屈辱だった。

 

 オルゾフの剣の構えに怯み、うしろに下がったことで助かった自分が許せなかった。

 

 

 このことは《忘却》の力でオルゾフは忘れてしまうだろうが、男はもう、この屈辱を一生忘れそうにない。

 

 

「もう1撃だ」

「させるか!」

 

 発動させるのは、仕掛けてあった基地の自爆装置。

 

「畜生がぁぁぁぁ!!」

「何だと? 待て!」 

  

 男は《転移》すると、オルゾフを地下基地ごと砂漠の地に沈めた。

 

 +++

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 

 砂漠地帯。地下基地のあった場所の上空。

 

 

 男は斬られた胸元を抑え、血を流しながら荒く息をついている。

 

「……畜生。あの瞬間じゃ《虎砲》に似せたアレをたった3機しか王国に転送できなかった。糞っ、オルゾフめ!」

 

 生き埋めにしたオルゾフに悪態をつく男は、すぐに長距離移動用の《転移》の魔法陣を展開した。

 

 

 男は撤退するしかなかった。

 

 生き埋めにしたとしても相手は魔人だ。大した時間稼ぎにもならない。

 

 それに早く傷を癒さねば流れる血と共に魔力を無駄に浪費してしまう。

 

 

「これ以上の介入は無理だ。あとはせいぜい中将に期待しよう」

 

 

 王国側の切り札であろうオルゾフは封じた。ここから《転移》なしで王国に戻るには距離があり過ぎて時間がかかり過ぎる。

 

 オルゾフは攻撃に特化した魔人で《転移》の魔法が使えないのだ。ゲンソウ術を使うにしても魔法陣は全て砂の中だ。

 

 ならば《機巧兵器》のある帝国軍の勝利は揺るがないはず。

 

 

「今日は負けを認めるさ。だが《忘却》たる僕は覚えておくぞ。オルゾフ、お前は僕の敵だ」

 

 

 捨て台詞を吐き、男は砂漠地帯から姿を消した。

 

 

 

 

 この戦いは、決して語られることのない戦い。

 

 魔人同士がぶつかりあい痛み分けになったことで王国は、魔人の介入による完全敗北の運命を回避された。

 

 

 ただそれだけの話。

 

 +++

 

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