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幻創の楽園  作者: 士宇一
第3章 前編(上)
120/195

3-07b 王都防衛戦 2

集う仲間たち、動き出す《氷斧》

 

さらにポピラ、出撃

 

 

《前書きクイズ》

 

*前回の問題も見事正解されました。展開読まれすぎ?

 

Q. 本来、《機巧兵器》の仮想敵はなんだったのか?(難易度C:世界の謎というよりもこの世界の歴史)

 

Q. 今回更新した話で『男』の前に現れたのは誰か? 彼が現れたその目的を答えよ。(難易度A:誰かだけならば難易度D。味方です)

 

 +++

 

 

 一方その頃。


 王立研究所。その中にある整備工場では地下都市へ避難しなかった多くの技術士たちが立て篭もっていた。

 

 ポピラもその1人。

 

「エイリークさん達には困りましたね」

 

 工場の1番奥の区画に集まった技術士達と共にいる彼女は密かに溜息をつく。

 

 

 外で巨大な火柱を見たエイリークは様子を見に行くと飛び出したっきり。彼女を追いかけたアイリーンもまた戻ってこない。

 

 それでポピラは考えた。彼女達はもしかしたら今の自分達と同じ状況かもしれないと。

 

「どうしよう、リィちゃん……」

「ほんと、困りましたね」

 

 閉じられた鉄扉を見て不安に駆られるミサ。ポピラは状況の悪さにもう1度溜息をついた。

 

 

 王立研究所は今、傭兵たちにその大半を占拠されてしまっている。

 

 

 研究所の技術士の中に内通者がいたのだ。取り押さえた時にはもう遅く、新たに設置された《転移》の魔法陣から傭兵の侵入を許してしまった。

 

 幸い各研究棟はもぬけの殻なので、研究棟に《転移》した傭兵は外から隔壁を下ろして閉じ込めた。人的被害は最小に抑えられている。

 

 現在、整備工場を占拠しようと研究所の外に転移した傭兵と交戦中。だがここに兵はおらず技術士と避難警備に残った学生しかいない。

 

 戦えるのはマークが残した《黒耀騎士団》の魔術師数人。戦闘員の数の差があり過ぎる。

 

 逃げ場もなくバリケードを作って牽制しながら後退することで時間を稼ぐのがやっとの状態だった。

 

「外の方が気になりますね。早くどうにかしましょう」

「どうにかって。リィちゃん達もいないのにどうするの?」

 

 ミサはいつ傭兵が来るのか、それとエイリークがいないことの不安でいっぱい。怯えてしまっても仕方がない。

 

 ところがポピラはそうでもなかった。むしろ彼女は外へ出た2人の方を心配している。

 

「大丈夫ですよ」

 

 ミサに声をかけるポピラはどこまでも淡々としている。

 

 いつも通りに振舞うことでミサが安心してくれればと不器用なことを彼女は考えている。

 

 

 それにポピラは《天才》の妹、エルド兄妹として、1人の技術士として言った。

 

 大丈夫だと。

 

 

「万全な準備を済ませた技術士は、傭兵なんかにおくれをとりません」

「その通りだ」

 

 答えたのは油汚れで黒ずむつなぎを着た壮年の技術士。

 

 整備工場の技術士たちをまとめ上げる整備士主任だ。

 

「主任さん」 

「整備は終わった。動力にやっと火が入ったんでな。あれは年代もんの気難しいじいさんだが、動きだすまでの問題だ」

「それで《駱駝》の操縦はどなたが」

「そいつは西校から来た学生たちに任せてある」

 

 その学生とは《W・リーズ学園》から派遣されたエースが率いてきた騎士団員。

 

 《エルドカンパニー》と同様、技術士で構成された珍しいタイプの学生騎士団である。

 

「西校、というとチェルシーさんの?」

「外にいる仲間を心配している。一緒に連れて行ってくれ」

 

 ここは大丈夫だからと主任。

 

「ですが《駱駝》はこの国の」

「《駱駝》はお嬢ちゃん達に預ける。飛び出した子達のことも心配なんだろ?」

「……ありがとうございます」

 

 自分の我儘に付き合ってくれた上に稀少な《機巧兵器》を貸してくれた。

 

 ポピラは工場の技術士たちに感謝し、頭を下げた。

 

「なーに。お嬢ちゃんは俺達にいいもんを触らせてくれた。お礼だよ」

「……馬鹿ですね。その言い方はセクハラみたいですよ」

「手前の区画、もちません。1分後に後退するそうです」

「傭兵、来ます!」

 

 傭兵はもうそこまできている。

 

 これ以上逃げるわけにはいかない。

 

「俺達も戦える。だから行きな」

「わかりました。《黒耀》の皆さん、すいませんが工場の皆さんをお願いします」

「了解」

 

 快くポピラに応じる学園の魔術師。

 

 ポピラはエースである兄、ティムスが率いる騎士団の副団長でもある。《黒耀騎士団》の平団員である魔術師たちよりも立場が上だったりする。

 

「ミサさん。エイリークさんが心配です。探しに行きましょう」

「! うん!」

 

 ミサはその一言で腹を括った。

 

 +++

 

 

 双月、双月双月。

 

 双月双月双月双月、双月。

 

 連続して繰り出される2連斬撃の乱舞。

 

「はぁあああああああっ!」

 

 エイリークは果敢に攻めることで《炎槍》の動きを封じに入った。

 

 たった1度のチャンスを作る為に。

 

「……っ、こうも速いと」

 

 受けるのが精一杯ねぇん。と《炎槍》。

 

 

 エイリークの《双月》から《双月》へと繋ぐ時に生じる隙はあまりにも小さい。

 

 《炎槍》ならばその僅かな隙を見抜くこともできるのだが、間合いが近すぎることもあって彼女は槍を突き出すことも薙ぐこともできない。

 

 何よりエイリークの気迫がそれを許さない。

 

(……ねぇ。ちゃんと見てる? この子の剣に乗せる気持ち、感じることができる?)

 

 《炎槍》はエイリークが見せる僅かな隙を、呆然とこちらを見るファルケを見る為に使った。

 

「……」

 

(あの調子じゃまだみたいねぇん)

 

 傍目から見ればエイリークが押している。ただしそれは、《炎槍》が受け手に回っているからこそ今の状況が長く続いているだけ。

 

 もしも立場が逆ならば、エイリークはおそらく《炎槍》の槍を捌ききれまい。

 

 

 エイリークが《炎槍》の実力を見せつけられたのは3回、いや4回か。

 

 不意打ちとクロスカウンターで放った《旋風剣・疾風突き》を防がれて2回、《雨月》の連続突きに剣先を槍の穂先ですべて合わせられたことに3回。

 

 そして《鏡月》。あの技は相手の《月の型》を模倣する技で、格上の剣士が『指導用』に用いるものなのだ。おそらく《雨月》も《鏡月》で返されたのだろう。

 

 《鏡月》は模倣する相手の剣技を先読みした上で速度が上回らなければ成り立たない。迎撃用の技でなければ実戦で使うものでもない。あれは芸なのだ。

 

 

 エイリークはもう1人では《炎槍》には勝てないことを悟っている。赤い髪の槍使いにはもう1人、氷のような目をした斧使いがいるのだからどうしようもない。

 

 だからといって退くわけにはいかなかった。この傭兵達を自由にすれば、王国は致命的な打撃を受けてしまう。

 

 

(アタシは……)

 

 

 エイリークは今、剣を手にした理由を問われている。

 

 

 姉を、家族を守りたかったと願い手にしたもの。

 

 その力を今度は。

 

 

(アタシの剣は)

 

 

 誰かを守る為に振るうのだと。

 

 

 スーパーモードが使えない今、チャンスは1回だ。エイリークは体力の限界を迎えつつも諦めずに《双月》を放つ。

 

 1、2、1、2、1、2……

 

 細剣が槍に受け止められる度に生じる剣戟は激しくも、規則正しい2拍子を刻む。

 

 1、2、1、2、1、2……

 

(ん? ……成程。お嬢ちゃんの狙いは)

 

(緩んだ? 今!)

 

 1、2、1、2

 

 1、2、3!

 

 2拍子の《双月》からいきなり3拍子の3連斬撃。

 

 《奏月》。《双月》とほぼ同じモーションで放つその剣技は《双月》と組み合わせることで真価を発揮する。

 

 刻みつけたリズムに変化を与えることで相手の調子を狂わせ、隙を作らせる技だ。

 

 しかし、この攻撃パターンも《炎槍》に読まれていた。

 

「残念」

 

 剣は受け止められ……

 

「えっ?」

 

 フェイントだ。エイリークは《奏月》の3撃目の斬撃を途中で無理矢理止め、剣を胸元へ強引に引き寄せる。

 

 それから力強く踏み込む。同時に《旋風剣》で風が舞う。

 

 

「はあっ!」 

 

 

 3と見せかけてとっておきの1。

 

 

 疾風突き!

 

 

 《炎槍》は槍で受けそびれた。

 

 《爆炎壁》を使う暇もなく、首を動きと僅かな身体の捻りで突き技を躱す。

 

「あぶっ! ちょっと危な……?」

 

 《炎槍》は剣を躱したあとでおかしいことに気付いた。《旋風剣》の衝撃波が来ない。

 

 ただの《疾風突き》だ。ならば吹き荒れる旋風はどこから?

 

「もらったわよ」

「!」

 

 この瞬間だけ、エイリークは《炎槍》の先読みを上回り不意を突くことに成功した。

 

 学園の生徒でない傭兵の彼女は知らないはずだ。エイリークのおかしな力を。

 

  

 エイリークは《旋風剣》の竜巻を腕や足に纏わせることができ、《竜巻ぱんち》のような格闘技(あるいはドツキ系突っ込み)に応用できる。

 

 それはもう《旋風剣》ではない気もするが。

 

 

 彼女が竜巻を纏わせたのは、突き技を放った時に踏み出した前足。

 

 その足を軸足に竜巻の高速回転に身を委ねることで素早く体の向きを反転。

 

 無理をして体勢を変え《炎槍》に背を向ける。

 

 剣の間合いよりも近づき過ぎたエイリークが次に《炎槍》に向けて放つのは、回し蹴りだ。

 

「ちょっ!?」

「吹き飛びなさい」

 

 《旋風きっく》、炸裂。

 

 蹴り飛ばされる《炎槍》だが彼女は只者ではない。

 

 直撃を避け、一瞬で槍の柄を盾にしてガードしている。これでも彼女は倒されない。

 

 届かない。おそらくエイリークの最後のチャンスだったはずだ。

 

 

 それでもエイリークは構わなかった。

 

 この1撃は次のチャンスに繋いだからだ。

 

 

 彼女は最初から1人ではない。

 

  

「今よ!」

「喰らい尽くせ、サンドワーム・ブラスト!!」

 

 

 機会を窺っていたユーマの追撃。

 

 体勢を崩された《炎槍》に襲いかかるのは、砂で模造された魔獣の突進。

 

「……!」

「《炎槍》さん!」

 

 巨大な『砂漠の竜蛇』に呑まれそうになる彼女を見てファルケは思わず声を上げる。

 

 

 今度こそ直撃か?

 

 +++

 

 

 《砂漠の王国》では今、3つの戦いが展開されている。

 

 

 1つは国の外郭で展開される王国軍対《新帝国軍》。

 

 今いるすべてをかき集めた王国軍の兵約5千に対し《新帝国軍》の兵力は帝国兵と傭兵の混成で約1万、そして《機巧兵器》である《虎砲改》10両。

 

 単純に倍以上ある戦力差。だが帝国兵は序盤、ユーマが作っておいた砂の山々の起伏に足をとられ、《虎砲改》と足並みが揃わず進軍が遅滞している。

 

 そこに王国軍は山越しに長距離砲撃を行い、今のところ王国軍が優勢を保っていた。

 

 王都防衛の序盤戦は《機巧兵器》の有効射程までにどれだけ敵兵に打撃を与えられるか。そういった戦いだ。

 

 

 残る戦いは国内。

 

 罠を抜け出した《炎槍》らを抑えにかかるユーマ達と、傭兵に制圧されつつある王立研究所の2ヶ所。

 

 どちらも敗北すれば王国は傭兵の内側からの攻撃で中から切り崩されることとなる。

 

 

 国王であるレヴァンは国内の戦いを問題視し、自ら対処しようと動き出している。

 

 《三神器》の存在を見逃せないレヴァンはマーク、シュリを連れてユーマ達のいる住居区へ。王立研究所は《W・リーズ学園》のエースが残された仲間を心配して偵察を買って出た。

 

 

 戦いは序盤ながら一応膠着状態。

 

 その様子を遥か遠く、《新帝国軍》の地下基地から様子を見る男がいた。

 

 《新帝国軍》に《機巧兵器》を改造する技術と資材を提供したあの男。

 

 

「戦下手ですねぇ。中将は」

 

 

 自らの手で生みだした鏡を見て、男はつまらなそうに、ここにはいない中将に不満を漏らす。

 

「傭兵なんて先行させずさっさと《機巧兵器》を投入して蹂躙すればよいものを」

 

 つまらない。

 

 見世物としておもしろくない。

 

「ならばちょっと演出でもしましょうか。……おや?」

「ここが《帝国軍》の隠れ家か」

 

 すべての兵と傭兵が出払ったあとの地下基地。闖入者の登場に男は少なくとも驚かされた。

 

 長らく生きた男が久しぶりに出会う、懐かしい顔。

 

 

「お前が首謀者だな」

「久しぶりだね」 

「……? お前は」

 

 

 男は質問に答えず、背の高い、いかにも魔術師といった姿の彼を見る。

 

 誰だかわからないといったその表情に男は、面白そうな笑みを浮かべた。

 

 +++

 

 

「喰らい尽くせ、サンドワーム・ブラスト!!」

 

 

 姿を隠し、いつでもエイリークの加勢に入れるようにしていたユーマ。

 

 エイリークが蹴りを放つのを見て、ここぞとばかりに大技を女傭兵に向けて撃ち放った。

 

 ユーマがエイリークと遭遇したのは偶然。打ち合わせなしの連携攻撃は傭兵達の意表を突いたはずだ。

 

 直撃コース。ところが。

 

 

「このっ、男らしくないわよ坊や。いい加減姿を見せなさいっ!」

 

 

 《炎槍》はあろうことか守りに入らず、腰の背面に装備した武器を掴み投げつけた。

 

 翼刀と呼ばれる折れ曲がったかたちをした大型の飛刀(投げナイフの類)は、ユーマの位置を特定していたかのようにまっすぐ飛んで行き、円の軌道を描く。

 

 旋回する翼刀は赤い刃を煌めかせ、ユーマの背後を襲う。

 

「いいっ!?」

「ユーマ!?」 

 

 逆にユーマが意表を突かれることとなった。隠れていた建物の屋根から慌てて飛び出す。

 

「ブーメラン? ってあんなの実戦で使えるもんじゃ……えっ?」

「嘘!?」

 

 2人が驚くのはそれだけでは済まなかった。

 

 ユーマの放った《サンドワーム・ブラスト》が《炎槍》に当たる前に受け止められていた。

 

 氷の目をした巨漢の戦斧に。

 

「ちょっと、《氷斧》?」

「油断しすぎだ」

 

 受け止められ、ユーマのコントロールから離れても尚も突進する砂でできた魔獣。

 

 砂の竜蛇は戦斧に触れた先から全身を凍らされていく。

 

 

「それに……遊びすぎだ」

 

 

 《氷斧》の次の1撃が《サンドワーム・ブラスト》を完全に打ち砕いた。

 

 今度は凍り砕けた竜蛇の破片が飛散してユーマ達を襲う。

 

 

 《氷破弾》。その氷塊1つ1つがあまりにも大きい。

 

「エイリーク!」

「きゃっ」 

 

 ユーマは弾き返すのは無理と判断すると、《高速移動》で駆け出しエイリークに飛びかかった。

 

 彼女の腕を掴み2人で一時離脱を試みるが、エイリークに駆け寄った分時間をロスしてしまう。

 

 回避が間に合わない。

 

 

「氷晶壁!」

 

 

 その時。ユーマ達の危機を凌いだのは目前に現れた透き通る氷の壁。

 

「アイリィ……?」

「今のうちだ」

「逃がすと思ったか」

「「!!」」

 

 声に振り返った2人が見たものは、いつの間にか背後を取り巨大な戦斧を振り上げる傭兵。

 

 

「うらぁっ!!」

「……!」

 

 

 ユーマに振り下ろされる戦斧を止めたのはアギだ。

 

 例の瞬間移動を使ったアギが、ここでもその《盾》で仲間たちを守る。

 

 前触れもなく突然現れた青バンダナの少年に流石の《氷斧》も驚いた。

 

 

「だが、それだけだ」

「!? あ、うああっ」

「アギ!」

 

 

 アギの《盾》が。

 

 

 凍りついてゆく。

 

 +++

 

 

 一方、整備工場。

 

 技術士たちが立て篭もった区画の、その手前の区画。

 

「工場の制圧も粗方終わったな。あとはこの先だけだ」

「ったく、無駄な抵抗しやがって」

 

 傭兵の言うとおり研究所は整備工場までもがほぼ占拠された。最後の区画を前にして一同に集まる傭兵達。

 

 傭兵はじわじわと追い詰める感覚に愉悦さえ覚えている。

 

「さっさと奴らを締め上げて研究棟の隔壁を上げねぇとな」

「閉じ込められた奴らなんてやることなくて金目のもんを漁ってるぜ」

「くうぅ。気楽なもんだ」

「真面目に働く俺達の分け前も残しとけって話だな」

 

 思い思いに喋る傭兵達。

 

 彼らは傭兵といわれる者の中でも格下の集団だ。《炎槍》のような腕もなければ、普段していることは盗賊のそれと変わらない。

 

 

 《新帝国軍》の主力となる傭兵は質よりも量。

 

 何故彼らのような集団を雇ったのか疑問が残る。

 

 

「さっさと片付けるか」

「扉を壊すぞ」

「? 待て」

 

 傭兵の侵攻を最後に妨げている巨大な金属の扉。

 

 横にスライドするタイプの扉が傭兵たちが破壊する前に開かれた。

 

「何だ?」

「連中、やっと諦めたか?」

「いや、何か来るぞ」

「あれは……まさか《虎砲》じゃ」

 

 傭兵の目の前に現れたモノをユーマが見たならば、彼は何と答えるだろうか?

 

 例えるなら砲身のない戦車だ。

 

 

 全長約7メートル、全幅は約4メートル。

 

 高さは3メートル程あって青く塗られた大きな筐体。

 

 10センチ以上の分厚い装甲に覆われ、おどろおどろしい唸り声を上げながら動く鉄の塊。

 

 

 1両とはいえ《機巧兵器》の登場に傭兵達は驚きを隠すことができない。

 

「そんな。王国が《虎砲》を持ってるなんて話、聞いてねぇぞ!」

「よく見ろ。大砲を積んでない。《虎砲》じゃない」

「じゃあ何だよ、ありゃ?」

 

 それは厳密には兵器ではなかった。

 

 

 《駱駝》は王国が所持する唯一の《機巧兵器》。終戦後に破棄された《虎砲》の改修機である。

 

 改修時に主砲など武装をすべて取り外されたそれは、いわゆる装軌式装甲車である。装軌式でわからなければ足回りがキャタピラと言い換えても良い。

 

 大型魔獣並のパワーがあり、砂漠のような柔らかくて起伏のある不整地を易々と進む《駱駝》は、王国では主に輸送と牽引作業など工事に用いられ建国時に大活躍した。

 

 決して兵器として扱われることがなかったのは王の意向に依る。

 

 

「こいつらも生まれ変わっていいんだ」

 

 

 人を傷つける以外のモノ、人の役に立つモノに。


 前にそうレヴァンは言ったことがあるが、その彼もまた《帝国》同様、《機巧兵器》の在り方を理解していない。

 

 

 《機巧兵器》は武器であり兵器。民衆を守る剣である。少なくとも《西の大帝国》ではそうだった。《帝国》がその在り方を歪めてしまった。

 

 《帝国》の力の象徴として君臨した《機巧兵器》は侵攻侵略の道具に成り下がってしまっていたのだ。

 

 

 しかし今日、《機巧兵器》は長い時を経て蘇った。それは《新帝国軍》が保有する《虎砲改》などではない。

 

 その名は《駱駝》。

 

 人を運び物を引っ張ることしかできない、武器を積まれなかったそれは、人を守る為に今でも『剣』を引っ張ることができたのだ。

 

 古びた青い《駱駝》は最後の《機巧兵器》だった。1人の少女のアイデアによって不格好ながら本来の《機巧兵器》としての姿を取り戻した。

 

 

 《機巧兵器》。それは脅威に立ち向かう為に生まれ、守る為に作られた《西の大帝国》の剣。

 

 

 蘇る《機巧兵器》。手にしたその剣は。

 

 

 

 

 ボロボロの舟のかたちをしている。

 

 

 

 

「駱駝、及びリュガキカ丸、発進」

 

 

 ポピラは《駱駝》に牽引された舟の名を嫌そうに呼んだ。

 

 +++

 

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