0-08b 能力測定日 後
その日の放課後。アギとリュガ
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「……というわけで彼は既存の術式にさらにイメージを加えることの発想に長け、他の魔術の実技測定でも高い結果を出しています」
「特に属性弾を投擲する発想は戦士系に相性がいいと自分は思いました。装備重量を気にせずほぼ無限の投擲武器になりますので」
再びその日の昼休み、職員室にて。
オルゾフ、グルール、学園長の3人はユーマの能力測定について話しあう。
「なるほど。では属性弾の投擲は実戦でも有効なのですか?」
「それはやはり個人の能力次第です。ミツルギの場合、《火球》は球のイメージが強く火の性質はほぼありませんでした。ただの炎を纏うように見える球です。スピードのほうを《補強》していたようですし魔術攻撃として威力は未知数。他の生徒もミツルギのようにうまく軌道を変化できるとはいかないでしょう」
オルゾフは実戦では不向きと判断。属性攻撃としては弱いので魔術としては半端なのが理由である。
「曲げなくていいんだよ。投げるスピードとコントロールはパワーとテクニックで補える。後は《氷弾》や《岩弾》のような質量のある術式を選んで物理攻撃と考えればいいんだ」
「……物理攻撃の投擲ならそのへんの石でいいじゃないですか」
「なんだと!」
「まあまあ、落ち着いてください」
学園長が仲裁に入る。
「使えるかどうかは生徒たちに判断させましょう。投擲自体が魔術師には向いてなさそうですし、戦士系の生徒も『掴める』魔術を再現できるかわかりませんから」
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昼休み、学園内にある1つの中庭にて。
「行くわよ、アイリィ!」
「くっ、今度こそ」
エイリークとアイリーンはキャッチボールで対戦している。
エイリークの選んだグローブは《火球》。ユーマと同じように『燃えているように見える球』を想造すると手で掴んで投げる。
「いっけえ!」
ユーマよりもスピードは数段落ちるが、彼女は《旋風剣》の応用で火球に竜巻を纏わせている。
いわばトルネード火の玉キャノンボール。
「きゃあっ」
アイリーンは《氷弾》で迎撃しようとも竜巻が氷弾を弾いてしまうので威力を相殺できずに受け止め、弾いてしまった。
「いけるわ。《風弾》は掴めなかったけどユーマの球を参考にすれば《火球》なら掴める。掴めるなら《旋風剣》も使える!」
「……ここまでくるとそれはもう《旋風剣》ではないのではなくて? 今度はこっちの番です」
アイリーンの撃ち出す《氷弾》は岩ともいえる巨大な氷塊。魔術師の彼女は投げるよりも従来の術式を使う方が弾速は速い。
対するエイリークは、
「せいやあーーーっ」
右腕に風を纏った《竜巻ぱんち》で氷塊を砕き、その破片を掴んだ。
「勝てる、勝てるわ! アイリィなんて敵じゃない!」
ははは、と高笑いするエイリークに悔しがるアイリーン。
それを少し離れた所で見るユーマとアギ。
「あれはいいの?」
「ルール上撃ち返していいんだぜ。正直パンチはありかわかんねえけど」
学園長が言うまでもなく測定を終えた生徒たちは各々で今日の結果を省みて新しい試みを試している。
もちろん属性弾の投擲もだ。
「まあ、いいや。昼休み終わる前に行ってくるよ」
「どこにだ?」
訊ねるアギにユーマは答える。
「お見舞い」
そう言って救護室に向かった。
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「失礼します」
第2救護室に来たユーマ。よく吹き飛ばされて運ばれる彼だが、自分の足でここまで来たのは初めてかもしれない。
「いらっしゃい、ユーマ君。どうしたの? 湿布の交換?」
迎えてくれたのはセレス・スニア先生。ふわふわの金髪に碧眼。銀縁の眼鏡の似合う若い先生。ユーマはよく彼女の世話になっている。
「見舞いにきたんですけど……顔、酷いですか?」
時間が経つにつれて腫れ上がっていたユーマの頬。言われたら熱を持つようにヒリヒリしてきた。
「ちょっと待ってね。湿布薬用意するから」
「お願いします」
手際良く薬を塗るセレス先生。ガーゼを貼りテープで固定する。
「におうけど我慢してね。もう、ボロス先生は手加減しないんだから」
戦士の人は苦手だわ、とセレス先生。
「君も無理しないでね。かわいい顔してるんだから。ボロス先生みたいな筋肉にはならないでね」
頭をなでられるユーマ。末っ子で弟体質のユーマに抵抗はないが、男にかわいいはやめてもらいたかった。
「……ありがとうございます、先生は今日も忙しいんですか?」
「そうよ。能力測定の日だから何かと張り合う生徒が多いの。学生の頃は気にもしなかったけどこんなにけが人が多いなんて……まだ慣れないわ」
セレスはリーズ学園の卒業生で去年学園に赴任してきた。
彼女は薬学が専門の教師だが傷薬等の調合とその扱いに関して優秀であり、臨時ながら救護室の1つを任されている。
「それでお見舞いってリュガ君?」
「はい。いますか?」
見舞いの品なんです、とカツサンドを見せる。何の肉なのかは知らない。
「彼はまだ寝てるわ。……余程打ち所が悪かったみたいね」
「……」
ベッドで眠るリュガは青ざめて苦しそうに唸っている。
やりすぎたなとユーマは反省。
「……ごめんな。風葉?」
「はーい」
《守護の短剣》から精霊を呼ぶユーマ。
「回復の術式って《癒しの風》だけ?」
「そうですねー、風属性は万能ですけど特化していませんしー、わたしも《風森》の一部でしかありませんからー」
高位の魔法は無理と風の精霊は答える。
「それじゃあ、《癒しの風》頼むよ」
「はーい。いたーいのー、とんでけふー」
《癒しの風》は風属性広範囲治癒術式の魔術で現在では再現できない《魔法》だった。
効果は風に触れた複数の対象の治癒能力を高め、さらに疲労回復を促すものだがRPGゲームでいう「毎ターンHP微小回復」といったものだ。即時に高い効果は望めない。
それでも室内に吹く《癒しの風》を浴びてリュガの表情は少しづつ穏やかになっていく。
「……すごいわね、なんだかすっきりする。私にも効果があったわ。そうだ君、保健委員になりなさい。助かるわきっと」
「《癒しの風》ですか? これ即効性ないですよ」
「私に使うのよ。そうすれば疲れ知らずに私24時間戦えるわ。きっと!」
「……本当に忙しいんですね。また風葉連れて来ますから。そう言えば回復専門職って学生どころか教員でも少ないんですね」
ちょっとした疑問を口にする。
「そうよ。治療の術式はけが人の『痛み』を理解しないとうまく再現できないの。《同調》の特性持ちも少ないけどやはり人気がないわ。回復・治療は《魔法》の方が効率がいいの。だから『魔術師型の魔族のヒーラー』は需要が高いのよ」
なるほど、とユーマ。
だから第1救護室の先生の白衣は黒いんだなと思ったが関係は全くない。
「傷薬の需要が高い訳だ。それなら治療用のマジックアイテムみたいなのないんですか? ……これみたいな」
「? それは何?」
ユーマが彼女に見せたのはとっておきの1枚の札。
「これは回路紙ていうんですけど、魔術回路を紙に沢山刻み込んだやつなんです。この紙に付与した魔法を1度発動すると魔力が魔術回路を循環して術者が離れても長時間魔法が持続するんです。ちなみにこの紙は回復魔法が付与されてます」
「マジックアイテム? 魔術回路? 専門が違うから分からないわ」
「えーと。要するに回復魔法が誰でも使える紙なんですこれ」
「ええっ!」
流石にセレスは驚いた。そんな道具聞いたこともない。
「初めてだわ。『魔術を補助する道具』や『道具に付与する魔術』があるのは知っているけど『魔術の効果を発動できる道具』なんて聞いたことないわ。精霊器や神器の類よそんなもの」
「ええっ!」
今度はユーマが驚いた。まずい。
これは『この世界』ではオーバーテクノロジーの類なのかとユーマは吃驚する。
「そ、そうなんです。これ偶然手に入れたんですけど稀少過ぎて使い道に困ってたんですよ。……よかったら貰ってくれません? 魔術が専門じゃなくてもオルゾフ先生とかに相談したらもしかすると量産できるかもしれないから先生も助かりますよね?」
必死に誤魔化すユーマ。稀少品扱いにして泣く泣く最後の1枚を手放すことにした。
「え、オルゾフ先生!? いいわ。もちろんよ。ありがとう!」
「?」
――先生とお話するきっかけができちゃった。
ユーマにはセレス先生がお礼を言うのになぜ赤い顔をするのかわからなかった。
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放課後。
目覚めたリュガは救護室を後にした。
「あの野郎、これで許されると思ってるのか?」
手にしたカツサンドを睨みつける。
ちなみにこのカツサンド、購買部ではお約束で人気の1品。
何の肉なのかは誰も知らない。
「お、元気じゃんリュガ」
「……アギか」
リュガは友と呼べる青バンダナの少年に声をかけられる。アギは彼を待っていたらしい。
「何の用だ?」
「いや、ユーマは風葉に魔法使ってもらったって言ってたからどんなものかと。すげーな、精霊って」
「フン」
感心するアギに面白くもないリュガ。
「用は済んだか。じゃあな」
「まあ、待てって。後でユーマも来るから一緒に市街に出ようぜ」
「お前、わかって言ってるのか? アイツと仲良くする気なんてないぞ」
「氷の姫さんのことか?」
「その呼び方やめろって言ってるだろ!」
アギにも憤る。最近は彼のアイリーンに対する態度も気に入らない。
「リュガ、あの模擬戦は姫さんが望んだことなんだ。負けても満足したって言われたんだろ?」
「ああ。でもアイリーンさんは優しいからそう言うに決まってる。気に入らないのはアイツの態度だ。あんなにぼろぼろに打ち負かしたくせに平然と彼女の傍にいる」
だから気に入らない。
「アイリーンさんの優しさに付け込んでるんだよ! 他の《公式応援団》の連中が納得しても俺は許せない!」
「……」
何を言っても無駄な気がする。
感情的になってるリュガ。それでもアギは話しかけた。
「なあ、どうして《公式応援団》立ちあげたんだ? 団長じゃないけどお前、初期メンバーなんだろ?」
「決まってる。彼女が強くて、綺麗で、何より格好いいからだ」
リュガは即答。
「彼女がどれだけの努力をして、どれだけ魔術に挑戦してきたのかを知っているからだ。泥にまみれて血を吐いたことがあるのも知っている。先輩に負けて1人で泣いていたことも知っている」
リュガはずっと見てきた。
「彼女は自分の決めた道をまっすぐに堂々と進むんだ。その在り方を格好いいと言わないでどうする? そんな彼女を応援しないでどうする? だから俺たちは彼女のことをずっと見守ってきたんだ」
「それだよ」
アギは口を挟む。
「どうして見守るんだ? 応援しているのはわかるんだけどそれがわかんねえよ俺。もっと違う方法があったんじゃねえか?」
「何が……」
リュガは黙り込んだ。
「ユーマだって氷の姫さんの良さはわかってるんだ。だからあいつ一緒に姫さん用の新しい術式の構築考えているんだぜ。俺も一緒になって考えたこともあるけどさっぱりだな」
俺は純粋な戦士タイプだからな、とアギは笑う。
「でも俺も2人の手伝いができるんだぜ。何しているかは秘密だけど」
「お前……」
「ユーマが来て氷の姫さんや風森の姫さんと一緒になることが多くなったから分かったんだけど2人とも同じ学園の生徒だ。普通の女の子だぞ、リュガ。知ってるか?」
アギは知っている。見守るのではなく彼女達と同じ日々を過ごしているのだから。
「氷の姫さんは風森の姫さんの幼馴染だけあって全然姫っぽくないんだ。食べ物に好き嫌いがないどころかキワモノでも失敗作でもなんでも食べる。怒ると氷塊で俺やユーマの頭殴るし」
そのあたりは勘弁してほしかったが。
「今日は風森の姫さんとキャッチボール対決して負けたんだけど、もう一回ってムキになるんだぜ。知ってるか?」
「……」
実は最近4人で過ごしていたからリュガとの付き合いが悪かったな、とアギも少し反省していた。
「楽しいんだ、みんなと一緒にいると。だからお前も来いよ。応援団の存在が間違ってるとは言わねえけど、それで壁作ってんじゃないか? お前」
リュガは黙る。アギの言い分はきっと正しい。でも、
「でもな、俺は……」
問題はこれからのユーマとの関係だ。冷静になればいかに自分の態度が幼稚だったのかが分かるから、これからどう接したらいいのかわからない。
「それにな、リュガ。ユーマは同じ学年にいるけどあいつ、まだ15だぞ。俺たちの1コ下だ。あいつは俺の親友で弟分だ。お前にとってもそうさ。兄貴はカッコよくなくちゃな」
「……そうだな」
格好いいところ見せろよ、と言っているのだろうか?
アギなりの励ましにリュガの胸のつかえは取り除かれた気がした。
「……ならゲーム街の方に行くぞ。《ドラゴンライダー》のハイスコア、あいつに見せてやる」
「いいな、ゲーム屋巡りか。それでいこう。あとはユーマだけど……お。きたきた」
廊下の向こう側からユーマは現れた。遠くにいるが彼もアギ達に気付いて駆け寄ろうとしている。
しかし途中、アイリーンと遭遇するユーマ。呼び止められてなにやら話し込む2人。
そして。
ユーマは彼女に連行された。
「ち、ちょっと、アイリさん!?」
ユーマの驚く声だけがアギ達に届いた。
「……おい。呼び方がいつの間にか変わってるぞ」
「そうだな」
「……もしかしてと思うが、あいつに気がなくてもアイリーンさんの方があいつに気があるんじゃないか?」
やっぱり訝しく思ってしまうリュガ。
「弟だろ。どう見てもあれは」
アイリーンに首根っこを掴まれて引きずられるユーマを見ながら、アギは笑った。
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