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幻創の楽園  作者: 士宇一
第3章 前編(上)
119/195

3-07a 王都防衛戦 1

はじめは王国サイドから。初戦はエイリークVS《炎槍》

 

 

《前書きクイズ》

 

*前回の問題は更新してから30分以内に解かれました。お見事。

 

Q. 現在、学園に残っている《Aナンバー》は3人。誰なのか答えよ(難易度E:以前までの話に十分なヒントあり)

 

Q. 今後の展開で王国へ救援に来る《Aナンバー》は誰か? 1人答えよ(難易度A:僅かな伏線。ほぼノーヒント)


  

 +++

 

 

 月明かりに輝くのは銀色の金属板。

  

 『銃口』を向けられた少年は恐怖でただ震えることしかできなかった。

 

 

 

 

 少年は怖かった。アレは悪魔だ。

 

 そうでなければ《帝国》の誇る《機巧兵》一個中隊がたった2人を相手に全滅するはずがない。

 

 

 全滅。

 

 生存者ゼロ。

 

 

 撤退した指揮官を除き、生き残ったのは従兵であった少年1人だけ。

 

 その少年も無事とはいえず片腕を潰されて重症。ただ失くした腕からくる激痛は感じる暇はない。恐怖で麻痺している。

 

 それほど少年は目の前にいる悪魔が恐ろしかった。

 

 

 悪魔は今、少年の前にいて武器を向けている。

 

  

「楽にしてやる」

 

 

 選択した魔法弾は《ペイン・キラー》。

 

 魔法弾は少年を確実に撃ち抜き――

 

 

 

 

「やめろぉお!」

 

 

 

 

 アギは彼の前に飛び込むと魔法弾を《盾》で弾いた。

 

 彼はアギの割り込みに一瞬驚いたようだったが、それだけだ。

 

 冷徹な眼差し。煮え滾る怒りを抑え、彼はアギに告げる。

 

「どけ」

「っ、させねぇ」

「お前等の敵だぞ」

「違う」

「お前が言っていた『帝国人』だぞ」

「違う!!」 

 

 アギは少年を彼から庇った。

 

 砂漠の民の敵であるはずの《帝国》の少年をその手で、その《盾》で守る。

 

 

 とめたかった。

 

 

 アギはこれ以上の惨劇を見たくなかったのだ。

 

 帝国軍だったモノはすべて彼によって潰された。人も兵器も、残骸と呼べるモノしかここにはない。

 

 彼の一方的な虐殺と蹂躙。人の為せる業ではなかった。

 

 

(わかる。お前の怒りはわかるけど、こんなの……違うだろ?)

 

 

 アギだって変貌した彼と彼のした所業に怖くなかったわけではない。

 

 それでも彼を正面から睨みつける。

 

 

 訴える。やめろと。

 

 

「もういいだろ? 軍の奴らはもういねぇ。だから」

「許せるのか?」

「っ」

 

 彼はアギに問う。

 

 

「お前は、あいつらがやったことが許せるのか?」

 

 

 許せるわけがねぇ。

 

 

 アギは一晩でたくさんのものを奪われ、傷つけられた。

 

 だけど言えなかった。アギは彼に見せつけられたから。

 

 

 憤怒、憎悪、復讐、報復。

 

  

 そういったものをすべて。

 

 彼から感じ取ったのは悪意を狩る悪意。

 

 

 だからアギは。

 

 

「……ねぇよ」

「何?」

「許さねぇよ。《帝国》が俺達にしてきたこと……それにお前が軍の奴らにしたことも全部」 

 

 だからこそアギは彼の前で《盾》を構えた。

 

 戦う決意を固める為に。

 

 

 この先ずっと戦わねばならない本当の『敵』と向き合う為に。

 

 

「潰し合ってどうする!? 傷つけるのも傷つけられるのも俺はまっぴらだ!」

「知るかよ。俺は許さない。それだけだ」

 

 彼は揺るがない。

 

「お前がどんなこと言おうがあいつ等はお前等から奪い続けるぞ。砂漠の民、たったそれだけの、くだらない理由で」

 

 彼は許さない。

 

 理不尽なモノに対する怒り。アギの中にも燻るそれが、心のどこかで彼が正しいと訴えている。

 

 だけど。

 

 アギに宿る《盾》が彼を認めさせなかった。

 

 その《幻想》は守るモノだから。

 

 

「だったら、だったら守ってやる。守れるようになってやる」

 

 

 アギは彼に向かって叫び、手にした《盾》に誓う。

 

 

 

 

「俺は、お前みたいには絶対にならねぇ!」

 

 

 

 

 これは少し先の未来の話?

 

 それとも――

 

 +++

 

 

 現在より数時間前。《砂漠の王国》の王城。

 

 

 ユーマのもとに訪れた学園のエース、マーク・K・フィーは集まっていた彼らに王国へ来た事情を話し、エースとして《精霊使い》に協力を要請した。

 

 これに対しユーマは後方支援ならとマークに了承。防衛戦に参加することになる。

 

 

 戦争。

 

 少し前の優真ならばニュースの中の話であって直面することはまずないことだった。

  

 しかし、ここは彼のいた国でなければ世界までも違う。ありえないと思う方がおかしい。

 

「争いなんて事前に止められたらそれが一番だ。でも今は時間がない」

「マークさん」

「でも被害を最小限に抑えることなら今からでも間に合う。だから僕は王国の手伝いにここへ来たんだ」

「……」

 

 受け入れなければならない現実だったのだ。その上でユーマは自分にできることを考える。

 

 砂漠にある王国ならユーマの精霊である砂更はいつも以上に力を発揮できる。今ならば戦う手段以外のことで国の人を守ることができるはず。

 

 

 そう思った自分の甘さに彼が気付くのは少しあとの話だ。

 

 

 ユーマがマークに協力すると伝えたのとほぼ同じタイミングでレヴァンが瞬間移動して現れた。

 

 ドアも開けずいきなりのこと。

 

「レヴァンさん。それはマナー違反じゃ」

「緊急なんだよ。おっと。そこの黒い坊主がばあさんが寄越したエースだな」

 

 ミハエルの話からマークの正体を見破るレヴァン。

 

「俺が王様だ。早速だが頼むぜ。この国は魔術師が足りねぇ」

「よろしくお願いします」

「精霊を連れた坊主もだ。関わるなと言ったさっきの話は撤回する。坊主の精霊の力、貸してくれ」

「わかりました」

 

 エースの2人は頷いて了解した。

 

「西校の学生たちはもう集まってもらってる。近衛隊宿舎の方だ。シュリ、坊主たちを案内してやってくれ」

「は、はい」

「近衛見習いも学生たちと合流。作戦会議にも参加しろ。アギは別件で俺に付き合え」

「俺?」

「急げ」 

 

 矢継ぎ早に指示を下すレヴァンはアギを強引に外へ連れ出した。

 

 今度はドアから。どうやら《蜃楼歩》は人を連れて瞬間移動はできないらしい。

 

 

 マークは初めて会う王を見て一言。

 

「せわしない人だったね。アギ君みたいなバンダナしてるし」

「非常時でなくても大体あんな人でしたよ」

 

 その後でユーマはマークと少しだけ打ち合わせをすると、シュリの案内で近衛隊宿舎へと向かった。

 

 

 ところが。

 

 向かおうとしたところでユーマはうしろから首根っこを引っ張られた。

 

 エイリークだ。

 

「ぐぇ」

「ちょっと。置いてく気?」

「は、はなして……アイリさんの件があるんだ。エイリークも気を付けた方がいい」

「だからって」

「前に傭兵に攫われたこと、忘れてないよね?」

「……わかってる。でもあの時のアタシとは違う」

 

 エイリークは頑なに付いて行くことを主張した。今日までの著しい成長から足手まといにはならないという自信が彼女にはあった。

 

 何より、彼女にはユーマに無茶をさせないとエイルシアの約束があるのだ。

 

 

 加えてエイリークは以前攫われてユーマを巻き込んでしまったことを忘れていない。

 

 その時彼がどれだけ酷い目に遭って自分を助けだしたことも。

 

 

 エイリークは、いくら前線に立たない後方支援といってもユーマを信用できなかった。

 

「俺、シアさんにエイリークが危ないことしないように頼まれてるんだけど」

「そんなのお互いさまよ」

 

 エイリークに「一応お姫様」とか「立場ある身」だからと説得するが、彼女はなかなか納得してくれない。

 

 仕方なく隣の魔術師に援護を求めた。

 

「……はぁ。マークさん」

「君も大変だね。……ウインディさん。いくら君がリアちゃんの後輩で剣の腕が立つといっても、エース資格者でもなければ僕の騎士団員でもない。君はただの学生だ」

「先輩」

 

 マークは姫である前に学生であるという視点でエイリークに話をする。

 

「ここは学園でも学園都市でもない。国民でもない学生に他国の作戦に参加する義務も介入する権限もないよ」

「でも」

「君には君にしかできないことがあるはずだ。僕がユーマ君を連れて行ったあと、もしもの時残された彼女たちは誰が守るんだい?」

「あっ……」 

 

 視線を向けられた先にいるのはミサとポピラ。

 

 特にミサは襲撃されると聞いて不安そうにエイリークを見ている。

 

「リィちゃん……」

「彼女達のこと、頼んでもいいかい?」

「……わかりました」

 

 誰よりも守るべきものがここにいることに気付かされる。

 

 エイリークは頷くしかなかった。

 

 

 ひと揉めはしたが、こうしてユーマとマークはそのまま近衛隊宿舎へと移動した。

 

「流石ですね」

「あはは。普段僕が誰の相手をしてると思ってるんだい。じゃあ、行こうか」

「はい。シュリ君、案内をお願い」 

 

 ユーマはこのあと、マークが連れて来た《黒耀騎士団》と《W・リーズ学園》の学生たちと合流し王国軍の防衛作戦の会議に参加した。

 

 この時、会議の席に王の姿はなかった。

 

 

 作戦の内容は防衛戦の準備。マークたち魔術師は《二重転移》トラップの仕掛けを施し、西校の技術士たちが打ち上げ式照明弾の設置作業を、他にも有志で集まった学生たちは近衛見習いの少年達と共に一般人の避難誘導と警備を担当した。

 

 ユーマは砂更の力を使い前線の防御陣地構築の方を手伝った。

 

 砂とはいえあちこちに山を作れば進路妨害の障害物や遮蔽物になる。ユーマは王国軍の指示で砂の山やら谷やらを作り、兵が多くの罠を張った。

 

 

 また、学生たちの役目は戦の準備まで。防衛戦には基本参加しないことになっている。

 

 その中で義勇部隊となるマークら《黒耀騎士団》、西校から来たエースとその騎士団、そしてユーマの30数名は有事に備え、遊撃として自らの意思で王都や避難施設となった地下都市の警護に就くのだった。

 

 +++

 

 

 一方、ユーマ達が出て行ったあと。

 

 

「何よ。アタシだって……アンタのことは姉さまに頼まれてたんだから」

 

 

 エイリークはユーマ達に付いて行けず不貞腐れていた。どこか言い訳染みた台詞。

 

 ミサはエイリークが残って安心する反面、また仲間外れにされたと拗ねてしまった彼女にちょっぴり申しわけない。

 

「リィちゃん……ごめんね。でも危ないのは」

「わかってる。けど」

「エイリークさん。よかったら私を手伝ってもらえませんか?」

 

 そこに彼女は1つ提案をした。

 

「ポピラ?」

「《王立研究所》へ行きます。ミツルギさんに風葉ちゃんを連れて行かれたのでエイリークさんには護衛を頼みたいのですけど」

「……何をする気?」

「私は技術士ですから。私は私なりにこの国の為にできることをやろうと思います」

 

 昔に比べればポピラもエイリークたちに感化されて、多少積極的(あるいは攻撃的)になったものだが。

 

「らしくないわね」

「そうでしょうか」

 

 今回は流石に気を遣われてるのだとエイリークはわかった。

 

 でも。

 

「どうでしょう? 付いてきてくれませんか?」

「行くわ」

「リィちゃん?」

「アタシ達もユーマ達と違うことで何かができる。そういうことね」

 

 ポピラは返事を返さなかった。

 

 でもエイリークは概ね正しいとそう思う。

 

 第一じっとしてるなんて性に合わない。

 

「技術士の名言に『こんなことはあろうかと』というのがあります。これを実践するだけです」

「何よそれ。大体裏でこそこそするのはユーマの専売特許よ」

「ちょ、ちょっと。2人とも待って」

 

 まさかひとりぼっち?

 

 慌てだすミサ。

 

「ミサさんも行きますよ。私の見立てでは襲撃された時、兵のいないお城よりもあそこや地下都市の方が安全なはずです」

「ええっ!?」

「決まりね。アイリィもいい加減布団から出てきなさい」

「……」

 

 のそりと布団から這い出てくるもう1人のお姫様。

 

 『かぜはげきじょー』の巻き添えを受けて悶えていた彼女も随分落ち着いたようだ。

 

 顔が赤いのは布団を頭から被っていた暑さのせい。多分。

 

 

 それとは別にしてアイリーンの様子がどこかおかしい。

 

 沈んでいる。どちらかというと……拗ねてる?

 

「私は……」 

「アイリィ?」

「マークさんが来てから私はずっと……相手にされませんでした」

「……アンタねぇ」

 

 エイリークは呆れた。

 

 その間もアイリーンはか細い声で愚痴を零す。

 

「魔術師が必要って言ってたのに。それこそ私の出番なのに……ユーマさんもマークさんも、私に声をかけず行ってしまいました」

「布団被ってて気付かれなかっただけじゃない。ほら。いいから行くわよ」

「……」

 

 《銀の氷姫》の復活はまだ先のようだ。

 

 +++

 

 

 エースとしてマークと共に王国軍に協力するユーマ。

 

 レヴァンに話があると連れ出されたアギ。

 

 ユーマと別行動をとり《王立研究所》へ向かうエイリーク達。

 

 

 それぞれが帝国軍の襲撃に備え動きだす。

 

 

 

 

 なんだけど。

 

 

 

 

「放っておけるわけないじゃない!」

 

 

 

 

 現在。

 

 巨大な火柱を見て研究所から飛びだしたエイリークは今、赤い髪と赤い槍を持つ女傭兵を前に剣を構える。

 

 それを影から見て頭を抱えるのは、傭兵たちを罠へ誘導していたユーマ。

 

 

「ああもう。台無しじゃないか」

 

 

 どうしてこうなった?

 

 

 +++

王都防衛戦

 +++

 

 

 《炎槍》に続いて砂の壁を突破した《氷斧》とファルケ。

 

 ファルケは目の前で剣を構えるエイリークを見て、驚きの声を上げた。

 

「お前は!」

「成程ね。アンタも傭兵の手先だったわけ」

「ち、違っ」

「はいはい。お喋りしない。お嬢ちゃん、一応3対1よん。だけど退く気ない?」

「ないわよ」

 

 エイリークは即答。

 

 この傭兵達は何としても抑えなければならないことを彼女は理解していた。

 

 

 王国のどこからでも見渡せたあの巨大な火柱。

 

 あんなもの国のあちこちで連発されたら、王国は中から瓦解してしまう。

 

 

「止めるわ」

「……いいわね。まるで正義の味方じゃないのん」

「え、《炎槍》さん!?」

 

 流石に非難するファルケ。

 

 彼はまだ《帝国》に大義があると思っている。

 

「その言い方まるで俺達が悪役……」

「立場が変われば見方も変わる。あなたの正義なんて個人の価値観の1つでしかないわよん」

「そんな」

「それよりもお坊ちゃん。あの子をちゃんと見てなさい」

「え?」

 

 《炎槍》はファルケの方を振り向かず、調子を確かめるように手首の返しだけで槍を何度か振り回す。

 

「手出しは無用よん。あなたはお嬢ちゃんだけを見て、あの子のありのままを感じとってみなさい。わかりやすい子よ」

「感じる?」

 

 レッスン1。そう彼女は言った。

 

「《氷斧》、あんたも」

「……別行動は?」

「あの坊やが姿も見せずに警戒してるわよ。念の為じっとしてなさい」

「……」

 

 《氷斧》は従がって戦斧を手にしたまま動くことはなかった。

 

 

 《炎槍》は2人から離れ、1人エイリークの前に進む。

 

「1人?」

「問題ないでしょ? 正直言えばこんな賊みたいな真似、あたいもしたくないのよん」

 

 ファルケと離れた事をいいことにこっそり本音を漏らす女傭兵。

 

「ならなんで」

「大人のじ、じょ、う。無職は辛いのよん」

 

 ふざけてる。だけどエイリークは挑発に乗らない。

 

 不意打ちの必殺技を止められた。その事実が彼女の気を引き締めている。

 

 ただまっすぐ翠の瞳で睨みつける。

 

「……合格。お嬢ちゃん。頑張りなさい。あたいを食い止めればそれだけ街の被害は抑えられるわよ」

「っ!」

 

 槍の穂先に炎が宿る。

 

 その生み出された炎の赤があまりにも澄んだ色をしていて、エイリークは息をのむ。

 

(あんな炎を《幻創》できるのに、どうして傭兵なんか)

 

「見せて頂戴。あなたの力。《幻想》を創るあなたの想いを」

「……行くわよ」

 

 エイリークの細剣に風が集まる。

 

 纏う風は剣のまわりで渦を巻き、吹き荒れる。

 

 

 《炎槍》対《旋風の剣士》

 

 

「来なさい。このへそ出し放火魔!!」

「失礼な子ね。これは民俗衣装よん」

 

 

 激突。

 

 +++

 

 

 槍は剣に比べればリーチが長く攻撃範囲が広い。しかし槍のような長柄武器は共通の弱点として至近距離での取り回しの悪さがある。

 

 もちろんエイリークも槍使いである傭兵に対しそこを突く事にした。

 

 

(踏み込みの速さなら――)

 

 

 エイリークは足の裏に溜めのイメージ。

 

 圧縮した空気を爆発させ、その勢いで大きな加速力を得て走り出す。

 

 

(負けない!!)

 

 

 風属性移動術式、《疾駆》。

 

 《疾駆》の加速を十分に活かし、突撃して彼女が繰り出そうとするのは、お馴染の必殺、《旋風剣・疾風突き》。

 

 予想以上のスピードで間合いを詰められた《炎槍》は、エイリークに向けて片手で槍を持ち、カウンター気味に突きを放った。

 

 目前に迫る炎の穂先。

 

 エイリークは肌を灼く感覚、それよりも前に空気を通して伝わる『感覚を灼かれる』感覚を頼りにカウンターに反応。

 

 半身を右に捻り、紙一重で突きを躱す。

 

 エイリークの見せたこの独特の見切りは《烈火剣》を使うリアトリス、《熔斬剣》を使うリュガといった火属性の魔法剣士を相手にすることで身につけたものだ。

 

 これには《炎槍》も驚いた。

 

「っ!」

「そこおっ!」

 

 捻った体を弓を引き絞るようにして、そこからエイリークは渾身の突き技を放つ。

 

 

《旋風剣・疾風突き》

 

 

 当たると思った次の瞬間、《炎槍》が繰り出したのは火属性の防御術式である《爆炎壁》。

 

 これは爆発の衝撃波で攻撃の威力を相殺させる、《爆風壁》や《爆風波》と同等の術式だ。

 

 2人は間近で生じた爆発に呑まれ、同時に《旋風剣》の衝撃波はかき消された。

 

「くっ!」

「仕切り直しよん」

 

 《爆炎壁》の弱点は《爆風壁》と違い術者も爆発の影響を受けるので多少のダメージを負ってしまうこと。

 

 ところが《炎槍》は火傷も気にせず、爆発の反動を利用し大きくバックステップ。詰められた距離を開けた。

 

「まだよ!」

 

 エイリークは爆発の余波を《旋風剣》で振り払うと、もう1度傭兵に向かって走り距離を詰める。

 

 《炎槍》はカウンターは見切られる事を知り、今度は両手で槍を持ち迎撃する構えを取った。

 

 

 エイリークの次の手は彼女の得意とする《月の型》の連続剣技だ。

 

 上弦と下弦。2つの弧を描く2連斬撃、《双月》。

 

 対する《炎槍》は放たれた《双月》の2種類の軌道をそのままトレースし、手にした槍でまったく同じ軌道を描き容易く打ち払った。

 

 この技は。

 

「鏡月!?」

「割と有名な剣技よねぇ。あれくらいなら真似できないわけじゃないわよん」

「だったら」

 

 もっと速く、もっと鋭く。

 

 エイリークは次々と剣を繰り出した。

 

 +++ 

 

 

 真上から飛び込む幹竹割りの《断月》、着地と同時に足元を薙ぐ《水月》。

 

 さらに円を描くように放つ連続突きの《雨月》。

 

 繰り出される剣技の数々。ハイスピードの攻防戦。

 

 

 ファルケはエイリークの剣の軌道を見るのがやっとだ。

  

 受け捌く《炎槍》が信じられない。

 

 

「凄い。なんだよ、あいつ」

 

 

 《炎槍》はエイリークから何かを感じろとファルケに言った。

 

 だが彼はまだ、凄いといった『表面』しか感じ取れない。

 

 

「確かに速いな。だがそれだけだ」

 

 

 《氷斧》の冷たい視線はエイリークの実力を正確に見切った。

 

「あのペースではそう長く体力は持つまい」

 

 +++

 

 

 《雨月》の連続突きは正確に槍の穂先で合わせられた。

 

 エイリークはそれで《炎槍》との実力差を思い知ることになる。

 

 ポピラを連れてこなかったことが今になって悔やまれる。

 

 

(強い! こうなったら、チャンスは1回きり)

 

 

 エイリークは再び《双月》を放つ。

 

 +++

 

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