3-06b 帝都解放戦 後
帝国軍、侵攻開始
新企画、《前書きクイズ》
Q. ケイオスって誰でしょう? 予想して下さい
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飛んで火に入ろうとする王妃様。
それで王様錯乱中。
「ぎゃあーっ! ササササ、サヨコさんが来ちまう。駄目ー、今危ないから来ちゃだめぇーー!」
頭を抱え、バンダナごと髪を掻き毟り絶叫。
「でも……今すぐサヨコさんに会いてぇええええ!」
「どっちですか」
ミハエルはクール。
絶叫するレヴァンに彼は動じない。
慣れていた。
それにミハエルは1つの確信があった。
これでレヴァンに『スイッチ』が入るはず。
アギもユーマに言っていたのだがこの王様、王妃が絡むと無敵になるのだ。
「レヴァン様。落ち着いて下さい。要はサヨコ様が戻られる前に決着をつければいいのです」
「はっ。……そうか。そうだな」
「そうなんです」
「よーしミハエル。お前クビな」
「はい?」
早速効果が発揮した。レヴァンの決断は早い。
「命令だ。お前の宰相補佐官の任を解く。今の仕事ほっぽり出して《技術交流都市》へ行って来い」
「……成程。わかりました」
「そんで6時間以内に帰ってこい」
「無茶苦茶ですね」
ミハエルはレヴァンの意図がわかっている。往復するだけなら直通の《転移門》を利用すれば問題ない。
しかし。
「いくらケイオス様でも数時間で『あれ』の調整は」
「やらせるんだよ。こっちは《三神器》にぶつける戦力がねぇんだから」
「ですが」
「あの野郎がぐちぐち言うなら娘のピンチだって言ってやれ。それでなんとかなる」
「娘……脅してでも間に会わせろと?」
「頼んだぜ。『准将』どの」
昔の肩書で呼ばれ、ミハエルは少しだけ眉を顰める。
「いつの話ですか」
「時間がねぇんだよ。すぐ行って来い。あとは居残り組の野郎どもと宰相のジジイ、他の宰相補佐達で準備する」
「わかりました。……レヴァン様」
「あん?」
「ファルケのことですけど」
ミハエルは気がかりがあって訊ねた。
偉大な父への憧れに付け込まれた、憐れな少年のことを。
「どうなさるのですか?」
「決まってる。とっ捕まえて説教だよ、あの馬鹿息子は」
「……」
「あいつは実の息子のくせに将軍のおっさんのこと、全然わかってねぇ」
レヴァンはそう答えた。
続けてこうも言った。
「ファルケに教えてやりてぇが……おっさんを殺した反乱軍の話なんか聞いてくれねぇよな」
「レヴァン様……」
「ま。説教役は適任者がいる。悪いようにはしねぇ」
「お願いします」
ミハエルは頭を下げる。
「このままだとお世話になったジャファル様に会わせる顔がありません」
「任せな。だからそっちは頼むぜ」
レヴァンはこうして王都防衛の切り札をミハエルに託した。
1人になるレヴァン。
「防衛戦の準備、ジジイにも話しとかねぇとな。あと俺がすべきことは……」
必要なのは《蜃楼歩》が使えなくなる夜戦への対策。
「鍵は……アギか」
襲撃は早くて数時間後。習得は間に合わないかもしれない。
しかし間に合えば大きな力になる。
「よし!」
そう思いレヴァンはアギを連れ出す為に『跳んだ』。
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一方その頃。皆が集まっているアイリーンの部屋。
そこへユーマを訪ねて来たのは、学園から来た彼と同じ《Aナンバー》の1人。
「お邪魔するよ。ユーマ君は……君、どうしたの?」
「……もう……死にてぇ」
カッコつけた自分を晒された恥ずかしさで。
ユーマは尋問と精神的拷問を受け、正座したまま精も根も尽き果てていた。
とばっちりでアイリーンも再起不能。
それはさておき。
「……どうしてあなたがこの国に?」
「緊急の任務だよ。夏休みだけど仕方ないよね。僕らはエースなんだから」
「ら?」
《新帝国軍》の王国襲撃まで残り5時間。
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この世界で最近起きた戦争といえば3年前。
北国にある《召喚陣》の遺跡を巡った《雪羅の事変》がある。
これは遺跡を占拠した《雪羅の国》対《銀雹の国》を中心とした北国同盟軍の争いであった。結果は多勢に無勢。同盟軍の勝利で終わっている。
この戦争で注目されるのは、北国の盟主であり《銀の大魔術師》と呼ばれる銀雹の王自らが編み出した戦術。
《召喚》を研究する過程で再現された『とある魔術』を活かした新戦術は、世界的に重要な意味を持つ遺跡を盾にして戦った雪羅軍に対して損害をほぼ出さずにして制圧することを可能とした。後の戦術にも大きな影響を与えることになる。
使われた『とある術式』。それは《転移》。今の時代ではなくてはならない移動術式。
その戦術とは、敵地に工作兵を潜入させて簡易式の《転移門》を設置、直接兵力を送り込んで強襲をかける電撃的な制圧作戦であった。
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その日の夜。《新帝国軍》は予定通り王国に夜襲を仕掛けた。
王国から遠く離れた地下基地で準備をするファルケ。
傭兵部隊を率いる彼が総司令である中将から直接聞いた作戦はこうだ。
まず予め傭兵が仕掛けておいた《転移》の魔法陣を使い先行部隊を投入。強襲して王国の防衛隊の撹乱と《転移門》や研究所など主要施設の占拠を図る。
同時に国外に待機させてある《機巧兵器》を含めた攻城部隊が進軍。その火力で一気に城を制圧して王の首を取る。
最後に中将が指揮する本隊が王国全域を虱潰しに反乱軍を駆逐。以上が帝都解放作戦の内容である。
強襲故に内容はシンプル。傭兵の数と《機巧兵器》の火力に頼り過ぎな感はある。
敵の寝首を掻くことにファルケは不満があるが、相手は人でなしの『砂喰い』。構うことはないと自分に言い聞かせた。
何よりこの作戦が彼の帝国軍人としての初陣である。
上官の命令に従い任務を完遂する。それが正しい帝国軍人としての在り方。
全幅の信頼を寄せる中将が立てた作戦をファルケは疑うことがなかった。
「これだけの戦力をもって夜中に奇襲ねぇ。軍といってもやることはセコいわん」
「……夜盗の真似ごとか」
ただし雇われである彼女達はファルケと違う意見を持つようだ。
ファルケはすでに準備を終えた傭兵達の話を聞き、振り返る。
「なんだと?」
「何って言った通りよん。やり方が汚い」
赤い髪の女傭兵はきっぱりと言い切った。
「宣戦布告もなく戦争を仕掛ければ民を避難させる時間もない。これじゃ被害が大きくなる」
「……傭兵風情が。狗の癖に中将の作戦に口答えする気か?」
「正規軍はどうした?」
今度は氷の目をした巨漢の傭兵がファルケに問う。
「編成された強襲部隊は指揮官のお前と傭兵だけ。本隊はどこで見物している?」
「それは」
「《帝国》自慢の《機巧兵器》。あれもここには配備されていないな。どういうつもりだ?」
ファルケを見据える彼の目は冷たい。思わず居竦んでしまう。
口籠るファルケに《氷斧》は諦めた。
「所詮駒か。何も知らされてないのだな」
「なっ!?」
「それにねぇ、この作戦なんだけどもしかすると」
「い、いい加減にしろ!! 傭兵の癖に」
ファルケは部下である2人に向かって怒鳴り散らした。
傭兵なんか『砂喰い』なんかと見下すことしかできない彼は話を聞こうとしない。
それが自身の成長の妨げになることに、彼は気付かない。
「命令だ。余計な口出しはするな」
「……わかったわよん。了解です、少尉様」
「少尉……そうだ。俺は《新帝国軍》少尉、ファルケ・シュペルなんだ」
青褪めた顔を元に戻し、ファルケは与えられた肩書に陶酔しはじめる。
「帝国最後の剣、ジャファルの子。英雄の再来……」
「「……」」
「この戦いに敗北は許されない。そう。『帝国人』の誇りに懸けて」
傭兵達は何も言わない。
《氷斧》はともかく《炎槍》はむしろ少年のことを不憫に思った。
《帝国》という過去に囚われた彼の未来。
それがあまりにも狭く、決めつけられたものだったから。
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今夜が王国最期の時。
先行強襲部隊の傭兵約千人の前に立つファルケ。
彼は指揮官として侵撃の号令を下した。
「行け、《帝国》の剣達よ! 『砂喰い』共から我等の国を取り戻せ!!」
傭兵達に向けて言うにはあまりにも道理に合わない狂言。
一方的な開戦の火蓋は切って落とされた。
10人単位の部隊に編成された傭兵達は、それぞれ襲撃ポイントに繋がる《転移》の魔法陣へ次々と飛び込んで行く。
「遅れるなよ。お前たちは俺に付いてこい!」
「はぁい」
「……」
最後にファルケも《炎槍》、《氷斧》を連れて魔法陣を抜け、王国へと《転移》する。
揺るがない勝利。
この戦いの先にある栄光。
「でもやっぱりこれって」
《帝国》の復活。そこで英雄となる自分を信じて疑わないファルケは。
「……え?」
檻の中に《転移》した。
「な、なんだこりゃ!?」
「基地に戻るぞ。……駄目だ、使えねぇ」
先に捕まった同じ部隊の傭兵達だ。彼らも何が起きたのかわからず慌てふためいている。
ファルケも同じ。想像していなかった展開に頭の中が真っ白。
「な……んで?」
「ほーらねん」
《炎槍》はがっくり。
「この戦術って所詮奇策なのよん。しかも3年も昔のもの」
「《転移》による奇襲は研究され尽くしている。『仕掛け』の位置がバレていたらあまりにも脆い」
つまるところ、「ここから攻めますよ」と言ってるものだ。
魔法陣の仕掛けを施していたのは下っ端の傭兵だった。カムフラージュも杜撰だったに違いない。
予想通りだった展開に溜息を吐くしかない2人。
「他の隊も捕まっただろうな」
「前も思ったけど、傭兵ってお粗末ねぇ。また転職先、考えようかしらん」
「……」
ファルケには《炎槍》の愚痴なんてもう聞こえていない。
呆然。
「嘘だ。こんなの、こんなはずじゃ……うあっ!?」
「っ」
「きゃっ」
次の瞬間。
打ち上げられる照明弾が夜空を白く照らし、ファルケと傭兵達の目を眩ませた。
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ほぼ同時刻。ファルケ達のいる場所とは別の襲撃ポイント。
国全域で打ち上げられた光の玉が夜をかき消す。
この照明弾は技術士の育成に長けた《W・リーズ学園》の学生たちが持ち込んできた試作品。
「やるじゃねぇか、学生さんもよお」
転移先を細工されて、まんまと檻の中に飛び込んでくる傭兵たち。
それを見たレヴァンは、隣に立つ少年を褒めてバシバシと背中を叩いた。
「あはは。お褒めに頂き光栄です」
朗らかに笑い、それでいて背中を叩かれる力強さに少し顔を顰ませるのは、中性的な顔立ちをした黒衣の少年。
彼は《C・リーズ学園》からの援軍でエース資格者。《Aナンバー》のナンバー2。
《黒鉄》の魔術師、マーク・K・フィー。
学園長のイゼットが先見の明を以て王国に派遣したのは、学園でも魔術師の精鋭チーム、《黒耀騎士団》を率いた彼であった。
イゼットの情報とミハエルの調査で奇襲に気付いていた王国軍。彼らは援軍に来た学生たちの助けもあり数時間で見事に対応。
傭兵達を分散して警備隊の詰め所に閉じ込めた。あとは眠り粉でも使って無力化すればいい。
「僕達が上手くやれたのも王様やこの国の人たちのおかげです。国中に仕掛けられた魔法陣を探して貰わなければ細工する時間もありませんでした」
「ガキんちょどもが役に立っただろ? なんせ国のあちこちで砂の掃き掃除してるからな」
ちなみにマークたち《黒耀騎士団》の魔術師が仕掛けたのは《二重転移》と呼ばれるトラップ。
転移先の上に《転移》を上乗せすることで術者を意図せぬ場所へ飛ばす、魔術の応用だ。
こうして奇襲は完封され、帝国軍は出だしを完全に挫かれた。
対する王国側は国民を地下都市へと避難済み。夜戦の不意打ちに備えた照明弾の数も十分。
「しかし王様。わざわざ転移先を弄るのではなく、使えなくした方が良かったのではないですか?」
「こいつらは全員、撹乱が目的だ。奴らの本隊は国の外にいる」
マークの質問にレヴァンはまだ序盤だと答えた。
「《転移》できねぇと気付かれると本隊に合流される可能性がある。だからおびき寄せて閉じ込めちまった方がいいんだ。今残ってる兵力だけじゃ国に侵入されるのを防ぐので手一杯になるからな」
本番は国の外郭で展開されるであろう防衛戦。
帝国軍の兵力は不明だが、王国は約5千の兵力で侵攻を阻止しなければならない。
正直言って今の王国軍は国内に待機させるだけの兵力がない。外郭を突破されると街も城もすぐに制圧されてしまう。
もしも帝国軍の目論見通り、奇襲が成功して外と内両方から攻められることになっていれば、王国はひとたまりもなかった。
(ばあさんには今度、お礼言わねぇとな)
レヴァンはマークたちを派遣してくれた学園長に密かに感謝した。
「防衛は一晩持てばいい。明日の朝には外に出ていた王国軍の兵3万人が戻ってくる」
「つまり籠城戦ですね。僕たちはどうしましょう?」
マークが学園長に頼まれたのはレヴァイア王と王国の支援。内紛に参加しろとは言われていない。
「外はいい。お前らは国内に待機して避難してる奴らを頼む」
レヴァンも元より学生たちが内紛に巻き込まれるのを良しとしていない。
彼は避難民のいる《新開発地区》の地下都市、国交の要でいざとなったら脱出経路となる大型《転移門》、《技術交流都市》から来た技術士の研究員がまだ多くいる《王立研究所》の3か所に学生たちを待機させ万が一の時に備える。
万が一とは帝国軍の侵入を許した時。学生たちに頼むのはその時に国民を誘導して王国の外へ逃がす重要な役割だ。
マークは了解して王に頷いてみせた。
次にレヴァンは伝令に控えさせていた近衛見習いを呼び、1人の少年に声をかけた。
「シュリ。お前たちも黒い坊主たちと一緒だ。付いて行け」
「はい」
「学生たちの道案内を頼む。こっちの隊長はお前だ」
「王様!?」
突然の抜擢に驚くシュリ。
「なんで」
「お前が強いからだよ」
守ろうと想う心が。
レヴァンは忘れていない。反乱軍のリーダーに泣きながら石を投げつけた、あの小さな男の子の勇気を。
「俺が?」
「お前は絶対に諦めねぇよ。お袋さん、守りてぇんだろ?」
「王様……」
シュリが返事をしようとしたその時。
外からの轟音。振動がレヴァン達のいる詰め所まで響く。
「な」
「何だ? 今のは」
飛び出した先で彼らが見たものは、ここより離れた場所で闇夜を照らす、照明弾とは違う光源。
空を灼く、赤い火柱。
「まさか……あれが《機巧兵器》ですか?」
「違う。こいつは」
レヴァンに誤算があるとすれば、帝国軍の主力部隊に投入されると予想していた彼らの存在。
「《炎槍》か! 帝国軍の野郎、あいつらを使い捨ての奇襲部隊なんかに組み込みやがって」
+++
閉じ込められた檻は詰め所ごと火柱で吹き飛ばした。
「……脱出するにしても目立ち過ぎだ」
「いいのよん。どうせ後方撹乱がお仕事なんだから。そうでしょ?」
「あ、ああ」
ファルケは受けたショックでへたり込んでしまい、まともな言葉を発しない。
残ったのは3人。
同じ檻に捕まっていた傭兵達は、《炎槍》が放った火柱の衝撃に巻き込まれ瓦礫の中だ。
「さーて、隊長さん。これからどうするのかしらん?」
「……あ? 俺、俺は……」
「? ……駄目ね。使い物にならないわ。撤退する?」
「だ、だめだ」
うわごとのようにファルケは喚く。
「駄目だ……2度も任務にし、失敗したなんて。中将に知られたら……俺は……」
少年のあまりの哀れさに《炎槍》は同情した。彼女はとっくにファルケの運命に気付いている。
利用されたことに気付かず流された代償。
それが使い捨て上等の前線送りだなんて。
「……わかったわ。任務続行。それで行きましょ。《氷斧》?」
「ならばまず捕まった傭兵の解放だ。数が揃わなければ話にならん」
「あらん。あたいが1人暴れてもいいのよん?」
「……勘弁してくれ」
火の海の中を走り回るなんて、いくら《氷斧》といえど嫌なものは嫌らしい。
調子に乗って来た《炎槍》。《氷斧》も彼女に触発されて心なしか雰囲気が緩む。
「あ、あんたたちは……この状況でどうして」
「ほら。あなたも立ちなさい」
座り込んだままのファルケに彼女は手を差し出し、立ち上がらせる。
「立って。自分の足で立って、自分の目で物事を見なさい」
「あ……」
「信じるのは他人の言葉じゃない。自分の肌で、心で感じたものよ。自分の頭で考えて感じるままに身体を動かしなさい。あなたに欠けたものはそういった想いを描く力よ」
「俺、に?」
諭すような言葉だった。ファルケは彼女のあつい眼差しに魅入られる。
「あなたは……」
「最後まで付き合ってあげる。だからお坊ちゃん。あなたは任務とか関係なく自分の選んだ道の結果ちゃんとを見て、感じとったものをしっかりと受け止めなさい」
それだけ言って《炎槍》は駆け出した。《氷斧》もそれに続く。
「俺は……」
彼女が焼き付けた、ファルケに生まれる迷い。
おぼつかない足取りのまま、彼は赤い髪の傭兵を追いかける。
『帝国人』であり続けることを選んだ自分の道。
その先を見る為に。
+++
《再開発地区》の街を迷いなく駆ける《炎槍》と《氷斧》、そしてファルケ。
他の傭兵が捕まっているであろう詰め所の場所はすべて把握している。傭兵の2人は事前に国を視察しているし、ファルケにすればここは一応彼の故郷だ。
近くの詰め所に僅か数分で辿りつけるはず。
ところが。
「ねぇ。道に迷ってない?」
「……」
彼女の相棒は答えない。
実は3人はもう10分以上街中を走り回っていた。迷子だ。
「照明弾のおかげでどこも明るいから、暗くて迷いましたなんていい訳できないのよねぇ」
「……引き返すか?」
「そうね。ここは火燕ちゃんに誘導してもらって」
「待って下さい」
踵を返す傭兵達をファルケは呼び止めた。
「どうしたのん?」
「いくらなんでもおかしい。俺の知る限りこの辺りはまだ昔の、帝国風の煉瓦造りの家がたくさんあったはずです。なのに」
「そうは言ってもねぇ」
ファルケ達のいる場所は王国らしい、退黄色の色をした集合住宅ばかりしかない。
「最近建て直したんだろ」
「違う。そんなこと」
そんなことはない。いくらファルケでも最近見た街並みを間違えるはずがない。
おかしい。
砂でできている集合住宅を見て、ファルケは何かが引っ掛かっている。
彼は気付いた。
「砂……そうだ! あいつなら」
ファルケは思い出した。
今この国には砂を操る《精霊使い》がいることを。
「大声を上げるな」
「聞いて下さい。俺達が道に迷ったのは」
「黙って。来たわよん」
「えっ……!?」
勘づかれたことに気付かれたようだ。
ファルケが見たのは、偽装した砂の家が崩れて大きな波になったところ。
大量の砂が3人を呑みこまんと襲いかかってくる。
「う、うわああああっ」
「ちょっと、《氷斧》!」
《炎槍》の指示で《氷斧》は背負っている武器を手にした。
彼の二つ名に相応しい巨大な戦斧。
「……フン!」
《氷斧》は斧を振り下ろして風を巻き起こした。
《凍破》。学園ではディジー・バラモンドが得意とする広範囲の凍結破砕術式。
砂の大波はファルケの目の前で凍りつき、砕け散った。
「す、凄い」
「まだよん」
「……!」
続いて周囲から砂がせり上がり、壁のようになって3人を囲む。
「閉じ込める気?」
「また凍らせてもいいが……きりがないな」
「ど、どうすれば」
「突破するわよん。2人とも付いてきて」
《炎槍》は愛用の槍を構えて突撃。砂の壁を突き破って突破口を開く。
「来たわね。そこっ!」
「っ!?」
壁を突き破った先。
《炎槍》を持ち構えていたのは、竜巻を纏う細剣。
《旋風剣・疾風突き》
不意を突かれた《炎槍》。それでも彼女は突き出した槍を手元に引き寄せ、剣を受け止める。
「!? ……傭兵の癖に、やるじゃない」
「そうかし、らん!」
均衡した状態から槍を振るい、剣を弾いた。
バックステップして体勢を整える襲撃者を《炎槍》は改めて見る。
西国の人間らしい金の髪をした、ファルケと同じくらいの少女だった。《砂漠の王国》のものでない白地に翠の刺繍を施した騎士服に身を包んでいる。
何より彼女を見据えるまっすぐな翠の瞳が《炎槍》に強い印象を与えた。
「お嬢ちゃん、何者? 王国の子じゃないわよね?」
「そうよ」
「危ないわよん。部外者ならあたい達やこの国に関わらないで欲しいのだけど」
「……」
エイリークは剣を構えたまま黙る。
「お嬢ちゃん?」
「先輩に聞いたわ。《帝国》が逆恨みしてこの国を襲いに来るって」
「まぁ、間違ってないわねん」
「ユーマは……アタシにも立場があるから関わるなって言ってたけど」
そこでエイリークはキッ、とここにはいない誰かを睨みつけ、叫ぶ。
「そんなの聞いて、放っておけるわけないじゃない!」
《旋風の剣士》、参戦表明の瞬間。
この時、近くに隠れていたユーマは頭を抱えている。
+++
ここまで読んでくださりありがとうございます。
《次回予告》
《新帝国軍》の侵攻と同時に展開された傭兵部隊の強襲作戦。
マークたちのおかげで奇襲は食い止めたものの、それでも《炎槍》と《氷斧》、2人の強敵がまだ王都に残っている。
迎え撃つのはエイリーク達。レヴァンは間に合うのか?
次回「王都防衛戦」
「……見たか。これが新必殺、《王様ジャンプ》だ」
「そんな技じゃねぇ!?」