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幻創の楽園  作者: 士宇一
第3章 前編(上)
117/195

3-06a 帝都解放戦 前

準備フェイズ。嵐の前の静けさ

 

 +++

 

 

 ユーマがエイリークの容赦ない尋問(ユーマが押し黙る度に『かぜはげきじょー』が繰り返されるという拷問)を受けていた頃。

 

 

 レヴァンは1人、まだ屋根の上にいた。

 

 いや。あともう1人。

 

 

「ミハエル。いるんだろ?」

 

 

 レヴァンが声を掛ける。

 

 それで姿を現したのは、尖塔の影に隠れていた国王付き宰相補佐官。

 

「気付いてらしたのですか?」

「うおっ!? ほんといやがった」

「……勘でしたか」

 

 レヴァンが素で驚くのでミハエルは呆れた。

 

「一体誰に向かって格好つけようと思っていたのでしょう?」

「うるせ。調べはどうだ?」

「はい」

 

 ミハエルは集めた情報をまとめ、端的に明確な答えを述べた。

 

「間違いありません。相手は『帝国貴族』です」

 

 ミハエルの報告に険しい表情を見せるレヴァン。

 

「忙しくなるな」

「レヴァン様……」

 

 ミハエルはレヴァンの見せる横顔に何も言えない。

 

 

 彼が『レヴァイア』と名を改め王となった現在。

 

 それでも砂漠の民の自由を求め、20年も帝国軍と戦い続けた反乱軍のリーダーは今もここにいた。

 

 

 

 

 反乱軍時代からの仇敵。王国に課せられる試練。

 

 レヴァンはこの日、《帝国》を前にして王の資質を試されることになる。

 

 

 +++

帝都解放戦

 +++

 

 

 ファルケはユーマの思わぬ妨害で任務失敗のまま撤退という屈辱を受け、傭兵達と共におめおめと王都を脱出した。

 

 

 簡易式の《転移門》である魔法陣をくぐりぬけ『拠点』へと向かう。そこは《帝国》時代に放棄された砦の1つ。

 

 その地下に存在する遺跡を利用した《新帝国軍》の秘密基地であった。

 

 《新帝国軍》の士官候補生であるファルケはこの地下基地に来るといつも陰鬱な気持ちになる。

 

 

 砂の下、穴倉に住むなんてまるで『砂喰い』ではないかと。

 

 

 地下基地の基になった遺跡は『墓場』であったらしい。

 

 元帝国軍が潜伏場所として発見した地下の遺跡。広大なブロック構造の空間にあったのは、乾ききった数万人ものの遺体だったというのだ。

 

 大昔に大帝国の遺跡を掘り起こしていた『砂喰い』が事故を起こして生き埋めにあった。

 

 そう帝国軍の兵士に聞いたファルケは当然の報いだ、やはり愚かな奴らだと砂漠の民を嘲け嗤った。

 

 

 同時に、そんな場所に潜伏せざる得なくなった『帝国人』の惨めさに腹ただしい気持ちになる。

 

 

「相変わらず陰気な場所ねぇ」

「……」

 

 

 ファルケと同じく基地へ戻った2人の傭兵。

 

 赤い髪の女の愚痴はファルケも同意するところであったが、傭兵風情と同じ意見を持つというのが嫌になる。

 

 

 傭兵は根なし草。

 

 故郷を持たないあぶれ者の荒くれ者。

 

 

 傭兵は駒の狗。

 

 兵でさえない。金次第で誰にでも尻尾を振るひとでなし。

 

 

 傭兵は落ちこぼれ。

 

 失敗し、過ちを犯したハンターや騎士、兵士、そして学生たちの成れの果て。

 

 

 そんな傭兵達と行動を共にしなければならない誇り高き『帝国人』のファルケは、常に彼らへの嫌悪を露わにする。

 

「《炎槍》、《氷斧》。俺は将軍の下へ報告に行く。あんた達は『工場』で《機巧兵器》の部品でも磨いてろ」

「了解~。おぼっちゃんも任務失敗の報告、しっかりと伝えてらっしゃいねぇん」

 

 《炎槍》はファルケの意にも適わず茶目っ気たっぷりのウインク。

 

「……」

 

 《氷斧》は凍てついた視線を彼に送り踵を返した。

 

 

 傭兵達にすればたかが17の餓鬼だ。ファルケは相手にされていない。

 

「……くそっ。ちょっと腕が立つからと調子に乗って」

 

 力が欲しい。

 

 ファルケはいつも思う。

 

 

 学生レベルのランクAでは駄目だ。たとえ任務の邪魔をしたあの《精霊使い》のようにエース資格を得たとしても全く足りない。

 

 傭兵ごときに馬鹿にされない力、帝都に巣食う反乱軍と『砂喰い』共を追い払い、《帝国》を取り戻す力。

 

 何より『レヴァイア』の名を騙る『砂喰い』の王。あれを殺す圧倒的な力をファルケは欲した。

 

 

 《帝国》を守り砂の地に沈んだ父、ジャファルの無念を引き継ぐのは息子である自分しかいない。

 

 ファルケはそう信じて疑わない。

 

 

「失敗したのは傭兵達のせいだ。話せば俺に非がないことくらい中将もわかってくださる」

 

 

 『銀雹の姫の保護』に失敗したファルケ。

 

 彼は《砂漠の王国》の存在に絶望し、燻っていた自分を見出してくれた恩ある将軍の期待に応える事ができなかった。

 

 

 それでファルケはさらに陰鬱な気持ちになり、そのまま司令室の扉を叩いた。

 

 +++

 

 

 王城の屋根の上。

 

 いるのはこの国の王様と宰相補佐官。

 

 

「『帝国貴族』。サヨコさんの言うとおりになったな」

「正確にはイゼット様からの忠告です」

 

 

 ――そろそろ『賊』が『収穫』にきますよ

 

 

 それはひと月ほど前のこと。

 

 学園都市にいる子供たちの様子を見に行った王妃サヨコは《C・リーズ学園》学園長、イゼット・E・ランスのもとへ挨拶に伺ったところ、彼女は学園長から1つの助言を受けていた。

 

「《預言者》のばあさんか」

 

 世界中で知る人ぞ知る学園長の異名。

 

 その由来は世界中から集める情報の速さと正確さ、加えて彼女の優れた分析力からはじき出される未来予測にある。

 

「イゼット様の家系は情報収集にかけて昔から確かなものをお持ちです。『収穫』とはおそらく国の運営が軌道に乗った今の時期を見計らってくるという隠喩だったのでしょう」

「軌道に乗った? 都市の開発に資金を注ぎすぎて借金まみれだぜ、ウチは」 

 

 レヴァンは「あと最低20年は……」とぼやく。

 

 王様はでっかい『マイホーム』のローン完済に勤しむ国父でもあった。

 

 

 帝国貴族。

 

 長年《帝国》を裏から支配し続けてきた特権階級、砂漠の民を虐げる元凶を作った者たち。

 

 皇帝の名の下に特権を振りかざしては民からあらゆるものを徴収、軍を率いては砂漠の民から略奪行為をするなどして一時の栄華を極めた生粋の『帝国人』。それが『帝国貴族』と呼ばれる国賊である。

 

 彼らは7年以上も昔に帝国軍を退ける反乱軍の猛攻に恐れをなし、1度は《帝国》を棄て砂漠の地から姿を消していた。

 

 終戦後も反乱軍は元凶たる『帝国貴族』の行方を捜すも、その足取りを掴むことができなかった。

 

 おそらく貴族たちは皆彼らを支援する他国へ逃亡したと思われていたが。

 

 

「今更かよ」

「今更です。彼らの戦争はあれで終わってなかったのでしょう。帝国軍に敗北はないのですから」

 

 ミハエルの皮肉。レヴァンには面白くなくて鼻を鳴らす。

 

「気に入らねぇな。こっちが汗水流して働いて国を興している間、奴らは俺達を追い出す為の軍を再建してた、つう話だろ?」

「そうですね。彼らの狙いは《帝国》の復権による王国の支配。鍵となるのは」

「サヨコさんか」

 

 レヴァン最愛の王妃。彼女の昔の名はサヨコ・K・レヴァイア。

 

 皇帝の正妃の子ではないものの《帝国》の第3皇女、皇族の血を引く者である。

 

 

 彼女を傀儡の女皇に据えた《新帝国》。きっとそれが『帝国貴族』の狙い。

 

 

「だがサヨコさんは」

「関係ありません。『欠陥品』であれサヨコ様が皇女である以上、彼らは皇族救出を大義に乗り込んでくるでしょう」

「てめぇ」

 

 ミハエルは睨みつけられるが涼しい顔をしている。

 

「欠陥なんて、サヨコさんのことをそんな風に言うんじゃねぇ!!」

「事実です」 

 

 ある意味レヴァン以上に《帝国》を知るミハエル。

 

 彼の推測は辛辣で、容赦なかった。

 

 たとえ自らの発言で不快になり、また不快にさせたとしてもミハエルは構わず仕事に徹する。

 

「貴族たちの得意とする戦場は『政治』です。《帝国》を興しさえすればあとは昔通り思いのまま。傀儡となった新皇帝から帝位を奪う事だって考えるはず。それでサヨコ様は用済みです」

「……ちっ。やりそうなことだな」

「レヴァン様。貴方だってそう思っていたから、今になってサヨコ様にお郷帰りを勧めたのでしょう?」

 

 レヴァンは答えない。ミハエルの言うことは概ね正しかったから。

 

 

 実は10年以上も昔に国外へ亡命したサヨコの母と実姉の行方を捜しだしたのはこの王である。

 

 寂しいとか「サヨコさん成分が足りない」なんてふざけている場合でもない。

 

 

 万が一に備えての避難。

 

 

「お前、昔に比べると随分嫌な奴になっちまったな」

「レヴァン様と宰相様。お2人に鍛えてもらえばこうもなります」

「……ジジイめ」

「いえ。貴方にお仕えする方が何倍も大変なんですけど」

 

 国中を『跳び回る』王様を追いかけ、事ある毎に王妃愛を語る彼の相手はそれはもう大事なのだ。

 

 レヴァンに振りまわされず、その上で仕事をこなせるからこその『国王付き』である。

 

 決して名誉職ではない。

 

 

 ミハエルの愚痴はレヴァンに「話を逸らすな」と無視された。

 

「とにかく。サヨコさんがいない内に決着がつけるに越したことはねぇ。ミハエル。奴らが襲撃してくる時の予想はつくか?」

「調査の結果、国中に十分な数の『仕掛け』が施されていました。おそらく観光客などに紛れた傭兵の仕業です」

「なんだと?」

「襲撃は数日以内、早くて今晩。しばらくは夜襲への警戒が必要です」

 

 レヴァンは舌を打つしかない。

 

 

 帝国軍の戦力はおそらく傭兵が主力だろうが詳細は不明。

 

 せめてあと1日あれば『王蜥蜴』の事後処理に派遣した近衛隊以下多くの部隊が王国に戻る。

 

 明日以降ならば万全の状態で迎え撃つことができるというのに。

 

 

「今晩は勘弁してぇな」 

 

 

 せめて国に無関係な坊主や嬢ちゃん達を送り出す時間があればいいのだが。

 

 レヴァンはそう思った。

 

 +++

 

 

 《新帝国軍》拠点。司令室。

 

 ここは他の部屋に比べるとやけに派手な内装をしていた。決して実用的ではない。

 

 司令室とは名ばかりの私室である。

 

 

 ファルケは《新帝国軍》の総司令官である中将の前に立ち、硬直していた。

 

 中将は元帝国軍のトップの1人で侯爵の爵位を持つ。

 

 『帝国人』の中でも優れた者とされる、いわゆる『帝国貴族』である。

 

 中将は前の戦争で敗走し散り散りになった兵を時間をかけて秘密基地に集め、軍の再建に成功した英傑でもある。それで再編した《新帝国軍》の総司令を務めていたりする。

 

 

 英傑。そうなのだろうか?

 

 きらびやかな階級章と数多くの勲章で軍服を飾る、50代半ばの小太りな男。

 

 7年以上潜伏していたとは思えないほど肥え太った中将は、戦士には程遠く指揮官としてもどこか頼りない、そんな男であった。

 

 

 だがファルケは中将のことを疑わない。

 

 中将は父、ジャファル准将の同僚であり戦友だったという。半年前、彼はファルケの存在を知るとわざわざ西校、《W・リーズ学園》まで会いに来てくれたりもした。

 

 英雄だった父の話をしてくれて、反乱軍に殺された友を悔やみ、涙を流してくれた。そんな中将を不審に思うなんてファルケには出来なかった。

 

 父のことで盲目だったともいえるが。ファルケを《新帝国軍》にスカウトしたのもこの中将だった。

 

 

「英雄ジャファルの息子が《帝国》の為に剣を取る。これほど心強いことはない」

 

 

 帝国最後の剣。その意志を継ぐ者。

 

 

 ファルケは中将の言葉に酔いしれ、呑まれていた。

 

 

 そんなファルケだが、今はその中将に任務失敗の報告をせねばならず、失望されないかと内心ビクビクしながら中将の顔を窺っていた。

 

 中将の脂ぎった顔。表情からは何も読めない。

 

 値踏みするような視線に耐えきれず、ファルケは覚悟して口を開いた。

 

「中将、あの」

「ファルケ君」

 

 中将の声は思いのほか優しかった。

 

「任務のことは別の者から報告を受けている。残念ではあるが、君が捕まらず無事に帰ってきてくれて何よりだ」

「……は? でも自分は」

「君は本物の戦場を知らない。失敗がなんだというのだい? 任務で帰ってこなかった兵は沢山いるのだぞ」

 

 そう言われれば何も言い返せない。

 

「君は英雄だったシュペルの名を継ぐ者。《帝国》の未来になくてはならない存在だ」

「中将……」

「それに君に何かあっては君の父に申しわけない」

「ありがとうございます」

 

 感激したファルケは敬礼ではなく代わりに頭を下げた。中将に泣き顔を見られるのが恥ずかしかったのだ。

 

 それで彼は、この時ほくそ笑んだ中将の顔を見ることはなかった。

 

 

「休みなさい。今夜は忙しくなる」

「……! では《虎砲》が」

 

 驚いて泣き顔のままにも構わず顔を上げるファルケ。

 

 中将は鷹揚に頷く。

 

「保有するすべての機体の動力源の換装、改修作業は終わった。場合によっては《雲鯨》も動かす」

「!!」

 

 帝国軍の誇る《機巧兵器》。それは《帝国》が独占していた大帝国の遺産。

 

 今の技術では生産どころかまともな修理、整備さえも出来なかったそれが今日、長い時を経て復活したというのだ。

 

 幼少期に見た《機巧兵器》の勇姿を思い出し、ファルケは思わず胸を躍らせた。

 

「す、すごい」

「帝都解放作戦。決行は今夜だ。ファルケ君、いやファルケ少尉。君にも出てもらうぞ」

「俺が……少尉」

「作戦の第1段階で傭兵部隊を1つ率いてもらう」

 

 突然の尉官拝命。

 

 中将の作戦に参加せよとの命令にファルケは打ち震える。

 

 

 武者震いだ。いよいよ来るべき時がやってきたのだ。

 

 『砂喰い』共から『帝国人』の誇りを、英雄の息子である誇りを取り戻す時が。

 

 

「君の初陣となるにふさわしい舞台だ。父親にも負けない戦果を期待する」

「はっ!」

 

 

 ファルケは行きがけとは全く別の気分で、堂々と司令室から退室した。

 

 +++

 

 

 ファルケが退室した司令室。

 

「……とても素直で、それ以上に愚かな少年だ」

 

 中将はファルケをそう評した。

 

 駒としては弱いとも。

 

「あれの親があのくらい従順ならばもっと使い出があったものを」

「失礼しますよ」

 

 顔を顰めた中将。今の独り言が聞かれたか?

 

 彼の部屋に入って来たのは男だった。

 

「おお。あなたでしたか」

「先客がいらしていたようなので少し時間を潰してまいりました。今、よろしいですか?」

「もちろんです。ささ、お座り下さい」

 

 中将に椅子を勧められた男。彼は外見に特徴のない、普通の男のようだった。

 

 彼の素性は《帝国》を支援する他国の事業家の1人。それだけしかわかっていない。

 

 しかしこの男がもたらした物資と技術がなければ《機巧兵器》の復活はありえなかったのも事実。それで中将は男を重用していた。

 

 

 先に男が口を開いた。

 

「《虎砲》、でしたか。あれの改修具合を見てきました。中々良い仕上がりでしたね」

「そうでしょう。《虎砲改》の完成はあなたが提供して下さった魔石とそれを使う動力器あればこそです」

 

 中将は満足気に頷いたあとで男に謙遜した態度をとった。

 

「あれはもう《魔導兵器》と呼ばれる代物です」

「ははは。それはまた大げさな。……あんなバカでかい棺桶が? 冗談でも酷い」

「……は?」

 

 

 パチッ。指鳴り音が響く。

 

 

 次の瞬間、中将は男の暴言を忘れた。

 

 

 何事もなかったかのように会話を続ける男。

 

「それで無理を承知でお頼みした件ですけど」

「……銀雹の姫ですか」

  

 アイリーンの拉致を依頼したのはこの男だった。中将は顔を曇らせる。

 

「すいません。我が軍は只今作戦行動中でして。急ぎならば人を割いてすぐにでも用意しますが」

 

 中将は誘拐に失敗したことを誤魔化した。

 

 しかしアイリーンをすぐに『用意』するとは、まるで物。商品扱いである。

 

 『帝国貴族』にとって王族や皇族、特に『姫』と呼ばれるモノは他国のモノだろうが出世の道具でしかない。

 

 中将の提案に男は「結構です」とやんわりと断った。

 

「いえいえ。帝国軍も大事な時期だというのは承知しております。偶然手に入れた情報でしたのでつい」

「そうでしたか」

「はい。……《銀雹》のモノならば主様の良いお土産になったと思ったのですが……」

 

 今度の呟きは誰にも聞こえない。

 

 

 男は話題を変える。

 

「いよいよ決行するのですね」

「そうです。傭兵をはじめこれだけの戦力を調えられたのは間違いなくあなたのおかげ。感謝しきれませんよ」

「将軍閣下の人徳があってこそです」

 

 上辺だけの褒め合いが続く。

 

「我が《帝国》を『砂喰い』から取り戻した暁には是非あなたを《帝国》にお迎えしたい。どうでしょう?」

 

 中将の男をとことん利用する魂胆は丸見えだ。

 

 だが男はわかっていながらそれを了承した。

 

「その時を楽しみにしています」

「約束ですよ」

「ええ」

 

 固い握手を交わす2人。

 

 

「『種』はもう十分に撒きましたし、どうせあなたも忘れるでしょうから」

「……? 何か?」

 

 

 言ってる傍から。

 

 中将は男との言葉を忘れはじめている。

 

 +++

 

 

 レヴァンとミハエルは未だ屋根の上。

 

 

 2人は帝国軍が仕掛けてくるであろう作戦、それに対抗する王国の戦力について確認した。

 

 

 兵力は主力部隊は欠いてもなんとかなる。傭兵達が仕掛けたものは分析済みなのでその対応策も立てることができた。

 

 レヴァンに浮かび上がった問題は1つ。

 

「兵力より兵種のバランスだな。残ってる戦力は戦士系と技術士ばかりだ。あの『仕掛け』に対処するには魔術師が絶対的に不足してる」

「それはなんとかなるかもしれません」

「何?」

 

 レヴァンは怪訝な顔をする。

 

「おい、そりゃどういうこった」

「実は私が調査している間に学園都市のイゼット様から最新の情報が届きました」

 

 学園から王国へ。

 

 《Aナンバー》の1人と魔術師の学生たちと共に。

 

「……なんつうタイミングだよ、あのばあさん」

「《C・リーズ学園》だけでなく《W・リーズ学園》からも王国の援軍にと学生が集まっています。学生とはいえエース資格者が率いる部隊です。彼らに後方支援を頼みましょう」

「……仕方ねぇ。編成じゃ学生たちの安全を第一に考えろよ」

 

 ミハエルは了解した。

 

「それでレヴァン様。イゼット様からの情報ですけど」

「ん?」

「悪いものと悪いもの、それとすごく悪いものがあるのですが」

「全部かよ」

 

 突っ込むしかない。

 

「如何しましょう」

「……1つ目は?」

「帝国軍が《機巧兵器》を所有している可能性についてです」

「それは予想済みだ。俺らは昔からずっとあれを相手に戦ってたんだ。対処法はいくらでもある」

「それで大丈夫でしょうか?」

 

 ミハエルは不安に駆られる。

 

 この時の彼の直感は不幸にも当たっていた。

 

「もちろんあんなの市街地で使われたくねぇが。2つ目は?」

「帝国軍の主力となるだろう傭兵部隊のことです」

「あん? 傭兵なんて数ばかりだろ?」

「それが例外がいるようなのです」

 

 次のミハエルの言葉にレヴァンは目を剥いた。

 

「《炎槍》に《氷斧》。彼女らが帝国軍に雇われている可能性があります」

「待て。そいつらはまさか……《三神器》の内の2人か?」

「おそらく」

「……なんであんなのが傭兵なんてやってるんだよ」

 

 聞きたくなかった。あの2人を相手にすればいくら《盾》の王たるレヴァンでもただでは済まない。 

 

 むしろ今の王国の戦力では彼女達に対抗できるのがレヴァンしかいない。

 

 2人の新米傭兵はそれほどの実力者であり、実は有名人であった。

 

「最悪だ」

「もうひとつありますよ」

 

 ものすごく悪いのが。

 

「……なんだよ」

 

 これ以上のものなんてないはずだ。

 

 レヴァンは半ば自棄に、投げやりに返事をする。

 

「サヨコ様のことですが」

「……なんだと?」

 

 これにはレヴァンも目の色が変わる。

 

 構わずミハエルは無慈悲に告げた。

 

 

「どのようにしてお知りになったのかわかりませんが……国の事態に気付いたサヨコ様が、東国のお郷から急いでこちらに向かっているそうです」

「……」

 

 

 沈黙。

 

「……」

「……」

「……レヴァン様?」

「ぎゃあー!!」

 

 

 離れるのも我慢してこっそりと避難させていたのに。

 

 

 最悪の展開だ。

 

 +++

 

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