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幻創の楽園  作者: 士宇一
第3章 前編(上)
112/195

3-03c 砂漠の王国3

私事ですが、70万字突破って……

 

 +++

 

 

 エイリーク渾身の《旋風剣・疾風突き》。

 

 それを難なく掌の《盾》で受け止めるのは、《砂漠の王国》の国王であるレヴァイア王その人。

 

 その《盾》はアギのそれとは違う。『防ぐ』というよりも『受け止めている』。

 

 

 もしアギがエイリークの相手をするならば、《盾》で受け止めたと同時に受け流して剣と風の衝撃を軌道を逸らす、若しくはより強固で分厚い壁のような《盾》のイメージを《幻創》して弾き返すのどちらかで対処するだろう。

 

 でもレヴァンは手鏡程の大きさの《盾》にもかかわらず、エイリークの剣と《旋風剣》の衝撃波をすべて受け止めていた。

 

 吸収ともいえる現象。攻撃の余波で巻き起こるはずの風さえ吹くことがない。


 これだけで王の実力が窺えた。

 

 

 途中から乱入してきたユーマとアギには状況が全くわからなかった。

  

「どうなってんだ、こりゃ」

「それ以前に王様ってさっき広場で殴り合いしてたんじゃ」

「ミツルギさん。アギさん」

「ポピラ?」 

 

 この場にはエイリークの他にポピラがいた。

 

 彼女に駆け寄り合流すると、ユーマは改めて騒ぎの中心にいるエイリークを見る。

 

 さっきまで喧嘩してましたといわんばかりに顔に青痣をつけているレヴァン。どうやらエイリークから誰かを庇っているらしい。

 

 彼のうしろには尻もちをついた少年が唖然としている。

 

「倒れたあいつは……ファルケか。あいつが姫さんに絡んだのか?」

「ポピラ、解説お願い」

「状況説明です。私に解説キャラを定着させようとしないでください。……元々私達が迂闊だったんです。ローブを身に付けず制服で外に出てしまったから」

 

 ポピラの状況説明はこうだ。

 

 ユーマ達を城門前で待っていたエイリーク、ポピラ、ミサの3人。リーズ学園の制服を着ていた彼女達は外へ出た途端やたらと目立ってしまっていた。

 

 学園都市内であればリーズ学園の名前が彼女達の身元と安全を保障してくれたのだろうが、異国の地ではただ物珍しいだけ。

 

 大抵は観光客の学生と見てくれる大人達ばかりだが、それだけじゃすまない者たちがいた。

 

 ユーマやエイリークと同世代の少年達だ。

 

 夏季休暇のこの時期、アギのように王国へ帰郷してきた彼らが地元では見ない顔の彼女達に絡んできたのだ。いわゆるナンパである。

 

 特に《中央校》の制服を着たエイリーク達は、西国にあるリーズ学園の付属系列校である《W・リーズ学園》出身の学生にとって羨望と妬みの対象になってもおかしくなかった。

 

「中には学園都市出身の子もいて、エイリークさんを知る人たちが場を取りなしてくれたので問題なかったのですが」

「そこにファルケの奴か」

 

 アギにポピラが頷いた。

 

「多分その人です。いきなり西校の制服を着た偉そうな人のグループが割り込んできて、砂喰いがどうだの帝国がどうのって言いながら強引に私達を誘いだしたのです」

「……間違いねぇな」

「エイリークさんだって最初は我慢して穏便に断っていたんです。でもその馬鹿のグループの1人がミサさんの手を引っ張って引き寄せようとしたので」

「まさか」

 

 ポピラが視線を真横に向けるのでユーマ達はそちらの方を見た。

 

 

 城壁に人がめりこんだ跡が3つもある。

 

 

「……アギ」

「遅かった。この国にまで姫さんの犠牲者を出しちまった」

 

 きっと2人が彼女の怒声を聞いたその時だろう。口と同時に手がでたに違いない。

 

「馬鹿野郎が。……姫さんの被害件数が減ったのは俺達のおかげだって、この前ブソウさんに褒められたばっかだったてのに」

「自警部で表彰までしてくれたのに。夏休みに入ってもう3人も」

「俺たちじゃやっぱり姫さんを止められねぇのか?」

「アギ……」

「畜生……」

「馬鹿ですね」

 

 ユーマ達は、惨劇を止められなかったと己の不甲斐なさを悔やんだ。

 

 悔恨する2人を余所にポピラは話を続けた。

 

「ミサさんは駆け付けてくれた門番の人に保護してもらいました。怒ったエイリークさんは彼らを一蹴。そのあと最後に残ったリーダーの人が面子を守るためなのかエイリークさんに決闘を申し込みまして」

「蹴散らしたと」

「はい。あの人もランクAだの《鷹狩り》など言ってましたが」

 

 ポピラははっきりと言いきった。

 

「並のランクAが剣の勝負でエイリークさんに敵うわけないじゃないですか」

 

 エイリークはポピラの支援、つまりスーパーモードなしで圧倒したらしい。

 

 

 エイリークは《旋風剣》による力押しの印象が強いが、それは身体強化が使えず基本的な攻撃力が不足がちの彼女の唯一の決め技だからでしかない。

 

 彼女の剣士としての本領は高速連続剣技にある。1撃毎の剣速と技と技を繋ぐ速さは学園でもトップクラスなのだ。

 

 エイリークは単純な剣の勝負だけなら学園のエースである《烈火烈風》を相手にしても引けをとらない。

 

 

「問題はここからなんですが、エイリークさんがとどめの1撃を放とうとした瞬間、あのアギさんみたいなおじさんがいきなり現れて《旋風剣》を受け止めたんです」

 

 

 そして今に至る。

 

 

 エイリークは剣を向けた相手がこの国の王とも知らず、油断なく構えをとった。

 

 一度打ち合わせただけでレヴァンとの力量差を感じ取ることができたのだ。

 

 スーパーモード、もしかすると《昇華斬》が通じるかどうかも怪しいと彼女は判断する。

 

 

 敵かどうか。判別のつかないままエイリークは口を開いた。

 

「……何よアンタ。《それ》、まるでアギみたいじゃない」

「あー違う違う。あいつが俺の真似してんだ。そこんとこは勘違いしないでくれ」

 

 エイリークが発散する怒気を前に平然と答えるレヴァン。

 

 アギを知っている? それでエイリークの調子が少しだけ狂った。

 

「誰なのよ、一体」

「親父だよ。こいつらの」

 

 レヴァンは王とは名乗らず、周囲に集まっていた学生、つまりは砂漠の民の子供たちを見渡してそう言った。

 

 続けてレヴァンはエイリークに訊ねる。

 

「嬢ちゃん。怒ってるとこ悪いが俺に何があったか教えてくれねぇか?」

「なっ!? どうして」

「俺は騒ぎを『感じて』『跳んで』来たもんだから状況がわかんねぇ。何があった?」

 

 エイリークは驚くしかなかった。

 

 このおっさんは何も知らずに剣の前に飛び込んだのだ。さらには仲介しようとしている。

 

 流石にエイリークもそんな相手に剣を向けるわけにはいかなかった。剣を下ろし、事情を話す。

 

「……ミサが、アタシの友達がコイツらに怖い目にあわされそうになった。だからアタシは」

 

 レヴァンに庇われた少年をエイリークは睨みつける。

 

「許さない」

「くっ……」

 

 尻もちをついたままの少年。エイリークに打ち負かされた屈辱の為か、彼は顔を歪ませている。

 

「……そうか。そいつは嬢ちゃんの友達に悪かった。許さなくていい。ただ俺からも謝らせてくれ」

  

 そう言ってレヴァンは地面に膝をついて頭を下げた。

 

 これにはエイリークはもちろん、周囲に集まっていた少年達も驚きでどよめいた。

 

「なんでアンタが」

「けじめだよ嬢ちゃん。……ファルケ。それにお前達も謝れ」

 

 レヴァンは頭を上げないまま、背後にいる少年とそのグループに謝罪を促す。

 

「男だからな。何故こんなことしたかなんて問いはしねぇ。ただ嬢ちゃんたちに手痛い目にあわされるくらい不快な思いをさせたというのなら、けじめだけはつけろ」

「ちょ、ちょっとそこまでは……」

「うるせぇ!」

 

 反発して叫ぶのは、彼に庇われていたファルケという名の少年。

 

 彼が屈辱を感じたのはエイリークに負けたことではない。レヴァンに守られたことの方だったのだ。

 

「俺は『砂喰い』共と仲良くする女共が気に入らなかっただけだ。こいつらだって『帝国人』である俺達と一緒にいた方がいいんだよ」

「お前、まだそんなこと」

「黙れよ反乱軍。《帝国》を滅ぼすだけで飽き足らず、サヨコ様を誑かして王の座に居座った国賊が。俺は」

  

 仇敵とばかりにファルケは王を睨みつける。

 

「あんたを絶対にゆるさねぇ」

「……ファルケ」

 

 対してレヴァンは睨む少年と正面から向き合う。

 

「なんだよ」

「間違えんじゃねぇ。誑かしたんじゃなく俺がサヨコさんラブなんだ!」

「ふ、ふざけんじゃねぇ!!」

「ふざけてねぇ!! 大マジだ」  

 

 この場面で王妃への愛を叫ぶ王様。

 

 レヴァンは軽蔑されようがそこだけは譲らなかった。

 

「……アギ」

「こういう人なんだよ。ほんとに」 

「つまり馬鹿なんですね」

  

 呆れるユーマ達はさておき。

 

 ファルケは苛立たしく、もう1度だけ憎悪の目でレヴァンを睨みつけるとそのまま背を向けた。

 

「ちっ。話にならねぇ。ちょっと俺を助けたくらいでポイント稼いだなんて思うなよ」

「おい。嬢ちゃんへの謝罪はまだ」

「覚えてろ。帝国最後の剣である俺が、いつか必ず……!」

「ファルケ!」 

 

 この場から逃げようとするファルケは走り出した。

 

「待ちなさい!」

 

 エイリークは思わず彼を追いかけようとして、

 

 

「たーつーまーきー」

 

 

 突然発生した竜巻に行く手を阻まれる。

 

「っ、何よ! ユーマ、邪魔しないで」

「待って、俺じゃない! 風葉!?」

「むー」

 

 姿を現したちいさな精霊は怒っていた。

 

 謝りもせず逃げたファルケにかちんときたらしい。

 

 エイリークの目の前で竜巻に呑まれたファルケは急上昇、そのまま錐揉み回転しながら急降下。

 

 これは本当にユーマの指示ではなかった。

 

 仲良しのミサに何かあったと聞いた風葉が勝手に報復攻撃をおこなったのだ。

 

「ミサちーをー、いじめたなー、すぴーん」

「やべっ、砂更!」

 

 ファルケはそのまま地面に叩きつけられる。

 

 

「うわぁぁぁぁあぁぁ!」

 

 

 ドシーン! ギュルギュル

 

 

「……」

 

 ファルケは頭からめりこむようにして腰まで埋まった。

 

 

 沈黙。この場にいた誰もが彼を襲った災厄に言葉を失う。

 

 

「……危なかった。砂更が地面を砂に変えなきゃ追落死してた」

「……坊主、いくらなんでもお前」

「そういう問題?」

 

 ユーマは風葉の凶行に冷や汗をかいた。レヴァンは呆気にとられ、エイリークは怒りのやり場を失ってしまう。

 

 

「……はぁ。ユーマまでやっちまったか」 

「馬鹿ですね」

 

 

 こうして不本意にも《精霊使い》もまた、《旋風の剣士》に続いて王国デビュー(?)を果たしたのだった。

 

 +++

 

 

 エイリークが倒した少年達やファルケは彼らのグループとは違う他に集まっていた学生達に頼んで近くの診療所へ運んで貰った。

 

 手痛いしっぺ返しを受けた彼らを可哀相に思ったユーマは、一応《癒しの風》をかけておく。

 

 

 一応騒ぎの収まりをつけた彼らはレヴァンに促されて1度王城の中へ。

 

 

 城内に入ったユーマはまず、自分の精霊にお説教をした。

 

「お前な。また勝手に魔法使って、駄目じゃないか」

「だってー、ミサちーがー」

「やり過ぎなんだよ。反省しないならしばらくミサちゃんのクッキーなしだからな」

「あーん」

 

 主人の務めとして風葉の躾を行うユーマ。

 

 やり過ぎなどと言っても彼に説得力はない。

 

 クッキーを取り上げられた風葉はふよふよー、と飛んで行きミサに泣きついた。

 

「……ミサちー。わたしのー、クッキー……」

「わかってるよ。風葉ちゃんはわたしのために怒ってくれたんだよね。わたしは大丈夫だからクッキーはいつでも焼いてあげるね」

「ミサちゃん、風葉を甘やかさないでよ。でも怪我とかしてないの?」

「うん」 

 

 思いのほかミサはけろっとしている。

 

「掴まれたのは一瞬だったから。リィちゃんが間近で人を吹き飛ばす方が驚いたよ」

「……エイリーク」

「……何よ」

「もしかして過剰防衛だったんじゃ」

「うるさいわね。アタシだけならともかく、ミサとポピラがいる状態で男達に囲まれていたのよ」

 

 ジト目で見るユーマにエイリークはすかさず反論。

 

「先手を取って場を制さないと2人が何をされたかわからないじゃない」

「それは……そうだけどさ」

「アンタは同じ状況だったらどうするのよ?」

「……砂更で埋めて逃げる」

「ほら」

 

 威張られた。どこか釈然としないユーマ。

 

「まったく勇ましい嬢ちゃんだ。姉ちゃんに似てねぇな」

 

 ユーマ達の話に入り込んできたのは青バンダナのおっさんことレヴァン。

 

 彼がこの国の王だとエイリーク達はまだ知らされていない。

 

「そういや誰よ? この《盾》を使うおじさん。アギの親戚?」

「言っただろ? 親父だって。この国のガキどもはみんな俺の息子で娘さ」

「……何それ? それにアタシや姉さまを知っているの?」

「まあな。西国で《風邪守の巫女》といや有名じゃねぇか。あの若さで1つの国を支えてんだ。ただの姫さんにできるもんじゃねぇ」

 

 サヨコさん程ではないが良い女だぜ、とレヴァン。

 

「風森とは最近国交を復旧したばっかでな。ちょっと前に商売の話をしてきたんだが、何故か紫のおちびちゃんに足元掬われていいように買い叩かれちまったよ」

「……商人?」

 

 謎が謎を呼んだ。

 

 あの魔人の義妹は何をしているのだろう、とエイリーク。

 

 

 結局エイリークはユーマとアギにレヴァンのことを訊いたものの、やはり信じられないようだ。

 

「王様、って全然らしくないわね」

「そうだね。でも風森にいるおじさんだってこんなんじゃない?」

「父さまと比べないで」

 

 ユーマに言われてエイリークは嫌な顔をした。

 

 夏のこの時期。風森の国王はきっと、城の中庭で雑草と格闘しているであろう。

 

 

 

 

 城の1室にアイリーンを除いたユーマ達5人とレヴァンは集まり、そこに遅れて来たシュリが加わった。

 

「なぁアギ。城壁に人型ができたんだけど……なにあれ?」

「聞くな。あと気にしない方が身のためだ」 

「?」 

 

 シュリがこの真相に触れることはなかった。

 

 アギがエイリークに睨まれたので迂闊なことを言えなかったから。

 

「アイリさんは?」

「アイリーンさんは別の部屋で休ませてるよ。元々暑いの苦手だったから大人しくしてた方がいいみたい」

「とりあえず集まったな。じゃあ、まずは嬢ちゃん達に謝らねぇと」

 

 レヴァンはそう言って、「息子達が迷惑をかけた」と先程の件を謝った。

 

 ただし元々目立つ制服姿で出歩いた彼女達にも非があり、エイリークの過剰防衛のきらいもあった。

 

 だから一応被害者といえるミサが頭を下げる王に恐縮しながら謝罪を受け入れることで事態を丸く収めることとなった。

 

「嬢ちゃんは特に自分の立場を理解しておいてくれ。それで一応国の来賓扱いにしてるんだからな」

 

 レヴァンはエイリークへ一応の注意をした。

 

 この国で他国の姫に何かあったら、という話だ。デリケートな国際問題といえる。

 

 

 もうとっくにその他国のお姫様が、この国の王様に剣を向けてしまっていたりするのだけど。

 

 

「何かあったらすぐに呼んでくれ。この国にいる限り俺が『跳んで』きてやるからな」

「……ほんとに『跳んで』来るんだろうなぁ」 

 

 ユーマとしてはその『跳ぶ』技の正体を知りたいところだった。

 

 

 別のことをユーマは訊ねる。

 

「それでファルケ、だっけ? エイリーク達に絡んだあいつ等って何なの?」

「あいつか」

 

 答えたのはアギ。ファルケという少年はこの国のアギと同じ世代の少年の中でも割と有名な方だった。

 

 

 ファルケは《帝国》育ちの少年で《W・リーズ学園》の2年生。エイリークと同じランクAの剣士で西校のエース候補の1人だと言われている。

 

 同じ学校の同世代には随分と幅を利かせてはいるが実力は先程の通り。エイリークの足元にも及ばない。

 

 彼は『帝国人』であることを誇りを持ち、同時にアギのような建国以前からの砂漠の民を見下しているという。

 

 

 もちろん彼が最も侮蔑するのは《帝国》を滅ぼしたとされるかつて反乱軍、そのリーダーだった今の王である。

 

 

「ファルケは《帝国》でも上流階級の家にいたらしい。それで差別意識は強いし今の王国や王様に不満を持ってるんだよ」

「差別」

「『砂食い』ってのは《帝国》に昔からある砂漠の民を指す言葉だ。砂漠の民と《帝国》の昔は省くぜ。学園で習っただろ?」

「そうだね」

 

 ユーマは複雑そうに頷いた。

 

 

 はじまりは大昔に『帝国貴族』が設けたという階級制度だった。

 

 この階級制度を設けることで歴史的問題になったのは、《帝国》が帝国国民でさえなかった砂漠の民を『帝国人』であると認め、主張したことだ。

 

 広大な砂漠地帯に集落を形成して点在するだけの砂漠の民に《帝国》が世界各国へ通達したこの主張を政治的な力で覆すことはできなかった。それで砂漠の民は形だけでも《帝国》の庇護を受けたとされ、彼らは300年以上も《帝国》に従属したと世界各国に認められてしまうことになってしまった。

 

 こうして一般人以下と格付けされた砂漠の民は《帝国》に最下層の地位を持つ『帝国人』であること強要されたのだ。

 

 

 特権階級を持つことで得られる優越感。

 

 それを満足する為に行われた一部の『帝国人』による砂漠の民への迫害は、それこそレヴァンの世代まで長く続くことになる。

 

 

「ここに来る前に集落に寄っただろ? ああいったところが残ってるのは《門》の中継地点とかの意味合いもあるけど王国に近寄りたくない人がいるからなんだよ。実際に差別や迫害を受けていた世代だからな。じいさんの世代の中にはここは変わらず《帝国》だって言ってるのもいる」

 

 ここまで聞いたユーマは気になったことをアギに訊ねてみる。

 

「《帝国》から今の体制になったのは7年前だよね? それじゃアギも子供の頃は」

「俺か? 確かに俺は戦災孤児だが砂漠の民だからって理由でそんな酷い目には遭ってねぇよ。生活も苦しくなかったぜ」

 

 ユーマは訊いてみて気まずそうだったが、アギは特に気にしていなかった。

 

「俺達くらいの世代は反乱軍が《帝国》を圧倒しはじめた頃なんだよ。それに反乱軍のリーダーだった王様が《技術交流都市》や他の西国の国々と支援体制を築いてくれていたんだ。おかげで砂漠の民は最低限の生活を保障されていた」

 

 反乱軍の時代からレヴァンの優れた手腕は発揮されていたらしい。

 

 今の王国の国交や流通の基盤もこの頃に築いたものだという。

 

「むしろ苦しかったのは《帝国》の方だ」

「……そうだな」

 

 アギの話を接いだのはシュリ。

 

 彼は元《帝国》に住んでいた少年だった。

 

「貴族達の横暴な振る舞いが表沙汰になって各国から孤立してしまった《帝国》。そこに住む俺達は戦争を理由に貴族達からあらゆるものを徴収されて食べる物にも困る生活を送っていたよ」

 

 《帝国》の階級制度で最下層の砂漠の民のすぐ上にいたのは、帝国国民である一般人だ。

 

 彼らは砂漠の民の反乱で階級制度から抜け出したあと、自分達が搾取される側に立たされることで初めて『帝国貴族』の在り方と砂漠の民の扱いに疑問を持ったのだ。

 

 それは『帝国貴族』が砂漠の地から逃亡する直前の話。彼らは気付くのが余りにも遅かった。

 

「はっきり言って《帝国》は自滅したんだ。反乱が起きたのも自業自得と言っていい。……砂漠の民の犠牲の上に安穏と暮らしていた俺達も、報復を受けてしょうがない立場だった」

「シュリ君」

「滅ぶのは当然。そうやって諦めて絶望してたんだよ。俺達『帝国人』は」

 

 

 でも。

 

 

 シュリの話はこう続く。

 

「帝都に現れたレヴァイア様、それにサヨコ様が俺達に希望を与えてくれた。砂漠の民も帝国の民も関係ない、同じ砂漠の地に住む皆が家族だって言ってくれて皆が住めるでっかい『家』をここに創ってくれたんだ」

「その『家』つうのはまだ未完成なんだぜ、シュリ」

 

 横から茶々を入れるたのはレヴァン。 

 

「この国はできてまだ7年だ。俺の理想が実現するのはきっと、お前達の次かその次の世代だろう」

「王様……。でも、王様が創ってくれたこの『家』はもう立派な国です。……昔からの因習を断ち切り、誰からも奪わず誰からも奪われることのなく暮らせる、ここは砂漠に住む皆の理想郷、楽園なんだ」

「シュリ」

「だから俺達《帝国》の人間はすんなりこの国を受け入れることができた。なのに」

 

 シュリはアギとは別の、もう1人の幼馴染のことを思う。

 

「俺は……ファルケがどうしてこの国と砂漠の民を、レヴァイア様を受け入れてくれないのかわからない」

「そういやあいつ、この前会った時は落ち着いてきたと思ったけど、またギスギスしていたな」

「ああ。俺もそう感じた」

「最近か」

 

 

 レヴァンはシュリとアギのやり取りに何か思うことがあったのだが、特にそのことに触れることはなかった。

 

 

「話が随分逸れてるな。とにかく。王である俺が言うのもなんだが、ファルケのような奴もいるしこの国はまだ不安定なところが多い。『王蜥蜴』の件で国を警備する兵の大半が出払っていることもある。外へ出る時は身の回りに気を付けてくれ」

 

 レヴァンはユーマ達に王国を出歩く際の注意を説明した。元々そのつもりで彼は一旦城内へユーマ達を集めたのだ。

 

「砂除けのローブを被って、なるべく目立たないようにな」

「……わかったわよ」

 

 これはエイリーク。城門前で大立回りを演じたものだから釘を刺されていた。

 

 

 一通りの国内での注意を説明をしたレヴァンは、次に話を今日の『予定』へと移る。

 

「でだ。大人しくしろとは言ったが、折角この国に来てもらったのに何もしないのは勿体ねぇ。そんな坊主や嬢ちゃんたちの為、俺は安全も考慮した『砂漠の王国体験学習ツアー』なるものを企画した」

「何それ」

「なんか俺達にこの国の仕事手伝わせるんだってさ」

「ちょっと黙れよな、坊主」

 

 私語は厳禁だと今更なレヴァン。

 

「それで、まず君達に体験してもらうことは……」

「外?」 

 

 レヴァンは城の外、城門の方を指差す。

 

 

「この国で使われる建築素材。それを使って先程穴を開けた城壁の補修をやってみよう」

「……は?」

「えー」

 

 

 レヴァンは都合よくユーマ達を扱おうとして全員からブーイングを受けるのだった。

 

 

 

 

「じゃあ城壁の修繕費、風森へ請求してもいいか?」

「……やるわ」

 

 エイリークが1番に折れた。

 

 +++

 

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