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幻創の楽園  作者: 士宇一
第3章 前編(上)
111/195

3-03b 砂漠の王国2

王様は37歳です

 

 +++

 

  

 やけにハードな1日を乗り越えたユーマ達の次の日の朝。

 

 ここは元帝都、《再開発地区》と呼ばれる区域の、住居区の中のとある一軒家。

 

 またの名をシュリの家。

 

 

 テーブルの上に並べられたたくさんの料理を貪り食う少年たち。

 

 昨晩は結局夕飯を食べることができなかった彼らの食欲は無尽蔵だった。

 

 +++

 

 

 昨日『リュガキカ丸』の回収に砂漠へ向かったユーマ達はまたもや魔獣と遭遇。

 

 戦闘するにも疲弊していたユーマとアギ、魔獣戦の経験のない訓練兵のシュリの3人パーティーでは頼りなく、波乗りで逃げ回り命からがら『リュガキカ丸』に乗り込むと、今度はミサイルで魔獣を蹴散らしながら砂漠を突っ切り、夜遅くになってやっと王国へと戻った。

 

 砂の精霊に運んでもらった舟は王国の『整備工場』に預け、エイリーク達の荷物を王城に届けるよう人に頼むと3人はまっすぐシュリの家へ。

 

 玄関前で疲労の限界がきて、3人ともそこでぶっ倒れた。それを見たシュリの母が夜遊びしてきたと勘違い。

 

 シュリの母は怒りながら彼らをシュリの部屋に押し込み、そのまま一夜明けて今に至る。

 

 

「ほら。昨晩折角用意してたんだ。無駄にしないで全部食べな」

「わかってるて、おばちゃん」

「しっかりいただきます」

 

 恰幅の良い肝っ玉母ちゃんといったシュリの母に言われるまでもなく、とにかく飢えていたユーマとアギは食べに食べまくった。

 

 窯で焼かれた鳥の腿肉はすり潰した野菜と香草のソースをかけてかぶりつく。

 

 同じく窯で焼いた平たいパンは2種類。それぞれ干しブドウとチーズが練り込まれていてそのままでも美味い。

 

 スープは汁物というより具材ばかりでまるで煮物のよう。食卓を彩る果物の盛り合わせは瑞々しく、特に搾りたてのジュースは絶品。

 

 これは……メロンか?

 

「うめぇ。ここ数日侍女ちゃんのおかげで碌なもん食ってねぇってわけじゃねぇが、やっぱりうめぇ」

「うん。俺は今、完全に蘇った」

「腿肉はまだあるよ。焼くかい?」

「「お願いします!!」」

 

「……アギが食うのはわかってたけど、ユーマもよく朝からこんなに食えるな」

 

 2人の暴食ぶりに勢いをなくしたシュリ。

 

 このごちそうの数々はシュリの母が「アギが友達を連れて帰って来た」と聞いてわざわざ用意してくれたもの。

 

 3人が帰ってすぐぶっ倒れたせいで豪華な夕食は台無しになったのだが、シュリの母が朝食に合わせて温め直してくれのだ。

 

 もっとも、「折角用意したのにどこほっつき歩いてたんだい」とシュリだけが母に文句を言われてしまったのだが。

 

 そんなシュリの事情も知らず、ユーマとアギは食べまくる。

 

「食える時に食えるやつが強いって兄ちゃんは言ってたしね。思えば昨日は朝から何も食ってなかったし」

「実際食う暇なんてなかったよな。魔獣が次々と舟に迫ってきて」

「王蜥蜴がね」

「……」

「「……」」

 

 料理に伸ばした手が自然と引っ込んだ。

 

 黙り込んだユーマとアギ。思い出さなければよかったと後悔。

 

 シュリはシュリで昨晩初めて魔獣の群れに追いかけられた悪夢を思い出し震えだした。

 

「よく生きて帰ってきたな、俺達」

「そうだね」

「俺も」

「「「……」」」

 

「……よし! お前ら食え。嫌なことは美味いもん食って何もかも忘れるのが1番だ。ほら乾杯!」

 

 3人は顔を見合わせた。

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 というわけでフレッシュジュースで乾杯する『4人』。

 

 朝から宴の勢いで盛り上がりだした。

 

 

 丁度よいタイミングで腿肉が焼き上がる。シュリの母が大皿を持ってきた。

 

 先程食べた腿肉は温めなおしたものだったが、やはり焼きたては違う。滴る肉汁とカリカリした皮の香ばしさが堪らない。

 

「追加だよ」

「きたきた。ありがとうおばさん。おじさん、そこのソースとってくれません?」

「ほらよ坊主。こいつはこっちの辛いのを混ぜるとまたうまいぜ」

「へぇ」

 

 早速ユーマは緑色の香草ソースに加え、赤いソースをかけて腿肉を食べてみる。

 

「! ほんとだ。なんか足りないと思ってたんだ」

「だろ? ……かあーーっ。たまには甘いもんも悪くねぇ。おい、つまみねぇか? 塩っぽいもんが食いてぇ」

「ジュースでつまみって。そういや舟に積んでた食糧に燻製なかったけ?」

「あったな。塩ものといやお前が作った海鮮せんべいがあるぜ」

 

 ユーマの呟きにアギが答えた。

 

 ここでいう海鮮せんべいとは、魚介類を高熱で熱した分厚い鉄板で焼きながらプレスしたもの。

 

 これはユーマがリュガの《高熱化》を利用して作ったもので、骨までパリパリとなった魚介類はそのまま食べても出汁を取るのもよしという逸品。

 

「それだ! 坊主」

「ユーマ、わりぃが王様に持ってきてやってくれ」

「わかったよ。舟の食べ物はシュリ君ちのお土産代わりでこっちに持ってきたから……」

 

 立ち上がったユーマはそのまま荷物を置いた部屋に向って。

 

 

 思い直して振り返った。

 

 

「……王様?」

「なんだ坊主?」

 

 返事をするのはアギのように青いバンダナを額に巻いた、30代後半ほどのおっさん。

 

 最初から違和感なく食卓にいたこのおっさん。ユーマはシュリの家族だと思い、なにも疑問に思っていなかった。

 

「シュリ君のお父さんじゃなくて?」

「まぁそれでも間違っちゃいねぇが」

「?」

 

 おっさんの返答に疑問符が浮かぶ。どうもおっさんの正体に疑問に思っているのはユーマだけのようだ。

 

 誰?

 

「シュリ君? アギ?」

「あー。俺も普通に流したからな。紹介するとこの人がうちの王様。レヴァイア様だよ」

「レヴァンでいいぜ坊主。どうもこの名前は堅苦しくてな」

「……。はあ!? 王様って、何でそんな人がシュリ君ちで飯食ってんの?」

 

 もっともな疑問にレヴァンは悪気もなく答えた。

 

「悪いか? 他の王は知らねぇが、この国は俺ん家だ。俺はいつだって『家』で『家族』と一緒に飯が食いたいのさ」

 

 『家』とは国。『家族』とは砂漠の民のことだ。

 

 

 この破天荒な王こそアギの憧れであり、彼の目標である《盾》の王。

 

 

 シュリの家に来たのは久々に帰って来た息子アギがいたからだとレヴァンは言う。

 

「しっかしこの時期は忙しいぜ。ガキどもが一斉に帰ってくるから会いに行くのも1日じゃ全く足りねぇ」

「はぁ。なんかイメージが違う」

 

 どこまでも王というイメージからかけ離れているレヴァン。

 

 ユーマはシュリの家にいて親戚のおっさんのように振る舞うこの王がどこか釈然としない。

 

 アギは気にするな、とユーマの肩を叩く。

 

「こういう人なんだよ。……王様、遅くなったけど只今戻りました。わざわざ会いに来てくれて嬉しいです」

「おう。学園で大分揉まれてきたみてぇだな。見違えたぜ」

「はい! こいつと一緒にいると碌な目に遭わないんで」

「ちょっと」 

 

 レヴァンの言葉にアギは嬉しそうに笑い、アギの軽口にユーマはふてくされた。

 

 アギはレヴァンにユーマを紹介した。

 

「そうか。坊主が《精霊使い》の」

「王女誘拐犯なんです。俺も舟じゃこいつに捕まって酷い扱いを受けてたんだ」

「アギ!」

「おっと。文句あるならお前が今日まで俺を巻き込んで何してきたか、この場で言ってみやがれ」

「うっ」

 

 言葉に詰まるユーマ。多少は酷いことして迷惑かけている自覚があるらしい。

 

 昨日の磔尋問といい、どうもこの国はアギの故郷ホームだけあって彼はいつになく強気だ。

 

 ユーマはアウェーな感じが拭えない。

 

「俺がアギにしたことって……アギが生まれて初めて女の子にデートに誘われたから、その相談にのってデートプランを……」

「なんだって? よしそれ、詳しく話せ!」 

「てめぇ! よりにもよってそれを言うんじゃねぇ!?」

 

 でも口での勝負ならやっぱりユーマの方が上だった。

 

 皆の前でわざとアギの地雷を踏み、爆発させるユーマ。2人のやり取りに爆笑するレヴァン。

 

 

「ははは。間違いなく息子アギのダチだな。城にいる嬢ちゃん達と一緒に歓迎するぜ、坊主」

 

 

 これがユーマと《砂漠の王国》の国父、レヴァイアとの出会い。

 

 

 

  

 少年と王。2人はこの出会いが奇縁だということに今は気付かない。

 

 +++ 

 

 

「失礼します。……レヴァン様、探しましたよ」

 

 シュリの家へ王を迎えに現れたのは国王付き宰相補佐のミハエル。

 

 なぜか彼はダークグレーのスーツを着ている。眼鏡もかけてどこかビジネスマンのような風体。

 

「その格好はなんです?」

「? ああ。この服、《技術交流都市》での流行りなんですよ。仕事のできる男みたいで似合いませんかね?」

「……いえ。いい生地を使ってるみたいですね」

「そうなんです。意外と通気性がいいんですよ」

 

 砂漠の国には場違いだなとユーマは思うが、これが異国異世界文化なのだろうと黙っておく。

 

「レヴァン様。今朝の朝食は3丁目のドマさん宅でお世話になると言ってませんでしたか?」

「気にすんな。ほら、お前も食えよ」

「はぁ。食事が済んだら1度城に戻って下さいね。君たちもシュリと一緒に」

「俺達もですか?」

「ええ。お友達のお姫様たちが待っていますよ」

 

 エイリークとアイリーンは一国の姫君。アイリーンが熱射病で倒れたこともあってポピラとミサを含めた彼女達4人は、来賓扱いで昨晩から王城に滞在していた。

 

 ミハエルは王を呼び戻すついでにユーマ達を城まで案内に来てくれたのだ。

 

「それでレヴァン様。今日の予定なのですが」

「おいおいミハエル。あとにしろよ。飯食ってるんだぜ」

「ですが」

「それと午前中は俺休みな。腹いっぱいで動きたくねぇ」

「……あなたという人は」

 

 まったくと言わんばかりにミハエルは溜息。

 

 彼は聞き取れないほど小さな声でぼそりと呟いた。

 

「……サヨコ様に言いつけますよ」

「……何?」

 

 でもって王妃の名前はしっかり聞きとる王様。餌に獲物かかって内心ほくそ笑むミハエル。

 

「若しくはお郷帰りなさったサヨコ様宛に一筆送りましょう。こちらは問題ないので、あと1週間くらいごゆっくりくださいと」

「冗談じゃねぇ! 淋しさで俺を殺す気か!?」

「情けないのでそんな理由で死のうとしないでくださいね」

 

 この王様、ガキっぽい反面非常に扱いやすい。

  

「だったら働いて下さい」

「ちっ」

「……はぁ」

 

「……アギ」

「こういう人なんだよ」 

 

 アギはユーマにそれだけを言った。

 

「それで今日のことなのですけど」

「んだよ。政務関係は宰相のジジイとお前らがいりゃ十分だろ? 新開区の方は工事の親方と話し合って資材の搬入はもう済ませてるぞ。ああ、6区の職人共は今日休ませるぜ。あいつら働き過ぎだ。再開区の水道設備の拡張も順調。そういや節水の政策に関してだが生活用水の消費量は調査報告を読んだ。でもここ数年で人が一気に増えたんだ。1人あたりはそうでもねぇししばらく様子を見る」

 

 レヴァンはすらすらと国の様子を語り、自分の仕事はもう済ませたとばかりにミハエルに話をする。

 

「ガキどもが帰ってくるのを考えて食糧の備蓄をどうにかしておきたいな。俺が調べた小麦の流通ルートはどうだった? 同じ品質で今より1割安く仕入れられると思うが」

「はい。1割3分といったところですね。ここはほかにもいくつか安価で手に入る物が……資料はこれです」

「どれ。国でとれるもんとかぶらねぇといいが」

「……普段からこうされていれば優秀な方ですのに」

「なんか言ったか?」 

 

 レヴァンに紙の束を渡したミハエルはまたもや溜息。

 

「レヴァン様は奔放で、事ある毎に我儘言う割には仕事はしっかりとしてくださるんですよね」

「当たり前だろ。単なる駄目親父じゃサヨコさんに見捨てられちまうじゃねぇか」

「……はぁ」

 

「……アギ」

「こういう人なんだよ」

 

 アギは先程と同じセリフにもう一言付け足した。

 

「サヨコ様がいる限り王様は無敵なんだよ」  

 

 これにユーマを除いた誰もが頷くので、妙な国に来たとユーマは思ってしまった。

 

「逆にサヨコ様がいないと、反動がきて昨日のように全く使い物にならない時があるんですけど」 

「うるせ。まあとにかくミハエル、国のことは把握しているし指示も送っている。それでも俺が動く必要のあるとこがあるのか?」

「はい。『王蜥蜴』の件で」

 

 大砂漠のヌシの名を聞くと、レヴァンどころかユーマ達も顔を顰めた。

 

「……また現れたのか?」

「いえ。そういうわけでは。念の為防衛線の周辺に《消魔石》を散布しようという話ですが」

 

 《消魔石》とは西国の砂漠地帯で採掘される特殊な鉱石。魔力の『匂い』を消す効果がある。

 

 魔獣の多くは魔力に惹かれる性質がある。なので魔獣は魔石のような魔力資源のあるところに多く生息するし体内に魔力を持つ魔族、《魔法使い》は優先的に魔獣に狙われてしまう。魔力生命体である精霊を連れたユーマも同じ。

 

 《消魔石》は魔獣が嗅ぎとれる魔力の残滓をかき消すことができる。これは魔よけアイテムとしてだけでなく魔獣除けの結界の素材としても重宝されている。

 

「散布作業を行うとそれに伴い防衛線に派遣していた全部隊の撤収作業と王国への帰還が遅れてしまいます。それで現在国に残る部隊は殆どおらず、治安警備に回せる兵が少ないものでして」

「……俺に警備隊の見廻りをやれってか?」

「お願いします。夏季休暇のこの時期は人の出入りが激しく子供たちも帰ってきます。警備隊にシュリのような訓練兵の子達を入れても人手不足なもので」

「……」

 

 それに、とミハエルが言葉を濁すと、レヴァンは一瞬だけ物騒に目を光らせてみせた。

 

 2人は誰にも悟られずにやりとりを終える。

 

「レヴァン様なら1人で警備兵百人分の働きが見込めますから」

「百人どころか千人だな。確かに俺向きの仕事じゃああるが」

 

 レヴァンはここで何かを考える。

 

「アギ。お前らもう今日の予定は決まっているのか?」

「特にないです。ユーマ達に色々案内しようと思ったけど」

「よし。だったら今日は国の仕事手伝え。坊主達も」

「はい?」

「今なら特別に俺の財布から小遣いも出してもいいぜ」

「レヴァン様。いくらなんでもそれは」

 

 ユーマ達の予定を勝手に決めるレヴァンは、名案とばかりに笑った。

 

 

「なーに。ちょっとした社会見学の体験学習だ。学生なんだからこの国を知るいい機会だろ?」

 

 +++

  

 

 シュリの家をあとにする5人。

 

 日除けも兼ねた砂除けのローブを纏い、ユーマ達はエイリークを迎えに王城へと向かう。

 

「私は先に《新開発地区》に行って話をしておきますので。途中からはシュリ、あなたに案内を頼みます。城の門番には話を通してますから」

「わかりました」

「それじゃ俺も。……待てよ。ミハエル、今日は俺の『用事』なかったのか?」

「えーと、待って下さい」

 

 レヴァンに訊ねられたミハエルは分厚い手帳を取り出し、何やら調べ出した。

 

「今日は……再開区2丁目のミミルちゃん(6)ほか149人の子どもたちのお誕生会がありますね。あとは……大通りの花屋を営むメルシェさん(21)と新開区で石切りをしているゴロ(27)が婚約したらしくレヴァン様に挨拶に伺うとか」

「何でそれを先に言わねぇ!!?」

 

 王様、絶叫。

 

「プレゼント何も準備してねぇ! お父さん失格じゃねぇか、どうすんだよ!? あとゴロは殺す。俺のかわいい娘に手を出すなんて……お父さん許さないからね!」

「キャラがぶれてますよ」

 

 ミハエルの冷静な突っ込みが入った。

 

「子どもたちへのプレゼントは予めサヨコ様が用意しています。お誕生会の時にレヴァン様から渡して下さい」

「流石だぜサヨコさん。愛してるぅ!」

「それとゴロは手加減してあげて下さいね。メルシェさん泣いてしまいますよ?」

「いや、先に俺が泣く。だから俺はこの国の親父としてゴロに『お前に娘はやらんぞ』をやらなきゃいけねぇ」

 

「……アギ」

「何も言うな」

 

 ユーマにはもうテンションの高い変なおっさんにしか見えなかった。

 

「つーわけで俺は今からゴロを殴りに行く。じゃあな」

 

 そう言って次の瞬間、レヴァンは『跳んで』姿を消した。

 

「えっ? 消えっ?」

「……はぁ。昨日は昨日でうっとうしかったのですが、いつもの調子に戻られても。……では私達も行きましょう」

「おう」

「はい」

「ミハエルさん? アギ? シュリ君まで」

 

 レヴァンが消えたことは誰も驚かない。

 

「はい? ああ。レヴァン様はゲンソウ術で瞬間移動できるだけですから」

「うちの王様は神出鬼没の王様なんだよ。気にすんな」

「気にすんな、って……まぁ、いいや」

 

 流した。

 

 このくらいで動転しては学園でもやっていけない。

 

 +++

 

 

 ミハエルと別れたあと。3人は王城目指して人気のない大通りをまっすぐに進む。

 

 

 《再開発地区》にあたる王都はとにかく雑多な印象を受ける。

 

 以前の《帝国》のものと思われる家屋の間に、砂色の四角い住居施設が混ざり統一感がないのだ。

 

 加えて道端に布団や洗濯物が干してあるような下町といえる生活感のある街並み。大通りはともかく区画同士を繋ぐ裏通りの道はとても複雑になっているらしい。

 

「だれもいないね」

「働ける奴はみんな新開区の方に行くからな。それと日の高くなる時間帯は日陰になる裏通りや地下の方に人が集まる」

「地下?」

「それはあとのお楽しみだ。夕方になれば大通りも露店市で賑わうんだけどな」

「へぇ」

 

 

 アギとシュリの説明を受けながら大通りを抜けるユーマその先は大きな広場になっていた。

 

 王都の中心地になる場所だ。王国の名所の1つで『宣誓の地』と呼ばれている。

 

「ん? ここは人だかりができてる。見えないけど何かやってるの?」

「……ああ。王様だよ」

「早速だね」

「は?」

 

 ユーマが訊ね返す前に人だかりの中から叫び声が聞こえてきた。

 

 

「王様! 俺達の結婚を認めて下さい!!」

「上等だぁ! その覚悟、試してやるからかかってきやがれ!!」

 

 

 殴り合いがはじまったらしい。喧騒が大きくなる。

 

「……なに、あれ?」

「ここは王様が反乱軍のリーダーだった頃、皇帝の前でサヨコ様を嫁に下さいって土下座して、殴り合ったことで有名な場所なんだよ」

「はい?」

「以来結婚する男はここで王様に誓いを立てるんだ。娘さんを幸せにします、って」

「……それでなんで殴り合い?」

「男の気概をみるんだとさ。建国以来の伝統だよ伝統」

 

 貴様なんぞに娘はやらん、誰がお義父さんじゃぁぁぁぁ、のノリだとアギ。

 

 それを聞けばなんだろうこの国と王様、と思うしかないユーマ。

 

「……異文化だなぁ」

「何言ってんだよ、お前」

「俺は子供の頃に王様と皇帝陛下の殴り合いを実際みたんだけど、あれが1番凄かったなぁ。あとサヨコ様の刀も」

「刀って。……じゃあさ、2人がお嫁さん貰う時はやっぱりここで王様と殴り合うの?」

「……まあ」

「だろうな」

 

 曖昧な返事をされた。

 

 自分の将来を予想して、2人は正直うぜぇと思ってないだろうかとユーマは考える。

 

 

 広場の殴り合いは無視。3人はその場をあとにした。

 

 

 もうすぐ城門前。雑談しながら歩く。

 

「そういやアギ、お前いつの間にあんなにたくさんの女の子と知り合いになったんだ? しかもお姫様付き」

 

 シュリは幼馴染に羨む視線を送る。

 

「いいよな。華やかな学園生活送って」

「なんだそりゃ? 勘違いすんなよ。全部ユーマ繋がりだからな」

「どっちの知り合いでもいいよ。俺が見た時はみんな気絶してたけどみんな可愛かったもんなぁ。なぁ、ちゃんと俺のこと紹介してくれよ」

「まあ……いいけどな」

 

 アギはユーマに意味深な視線を送り。

 

「あんまり期待しない方がいいよ」

 

 ユーマはアギの視線の意味をはっきり理解してシュリに言った。

 

「ええっ、なんでさ」

「なんというか……なぁ?」

「うん」

 

 エイリークやアイリーンが美少女だってことくらい2人もわかっている。

 

 でも2人はしょっちゅう風で吹き飛ばされたり、氷塊を叩きつけられたりされているので素直にそう言えない。

 

「エルド妹もとっつきやすくなったけど、相変わらず興味ないのは『馬鹿ですね』で切り捨てるしな」

「ガンプレートを持った最近のポピラは特に酷いね。普通で1番まともなのはミサちゃんなんだけど……」

 

 と噂をすれば。

 

 

 

 

「いい加減にして! 吹き飛ばすわよ!!」

 

 

 

 

 向かう先から聞こえてくる彼女の怒声。

 

「エイリークがいるから、ね?」

「……ああ」 

 

 2人は溜息をついた。


 どうも城門前で揉め事があったようだ。そこにも人だかりができている。

 

「……アギ」

「行くしかねぇだろ。どこの馬鹿が絡んだか知らねぇけど、姫さんの犠牲者は俺達だけで十分だ」

「そうだね。……はぁ」 

 

 『素人』がエイリークに吹き飛ばされるのは危険だと判断するユーマとアギ。

 

 《旋風剣》の威力を身を以てよく知る2人は「俺達で被害を抑えなければ」と妙な使命感を持って動きだした。

 

「どうしたんだ、2人とも」

「シュリ。ここは『素人』に任せられない。だから俺達が行く」

「はぁ? お前、何言って」

「アギ! 急いで」

「わかってる。いいからシュリ、ここで待ってろよ」

 

 ユーマとアギはシュリを置いて城門へ駆けだした。

 

 

「ちょっ、素人って。じゃあお前らは何なんだよ」

 

 

 もちろん、吹き飛ばされるプロです。

 

 +++

 

 

 城門前。

 

 人垣を前にしたユーマは初めて学園来た時と同じようにアギを掴むと、風葉の魔法でハイジャンプ。

 

 一気に跳び越える。今回はうまく風の出力を調整していたので2人は見事着地。

 

「エイリーク! 早まるな」

「一般人を吹き飛ばすんじゃねぇ……って」

 

 エイリークに割り込もうとした2人。

 

 そこで彼らが見たものは。

 

 

「なっ!? 邪魔しないで」

「悪かったな。でもちょっと乱暴じゃねぇか、嬢ちゃん」

 

 

 彼女の《旋風剣》を片手で受け止める、青バンダナのおっさん。

 

 +++

 

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