3-02b プロローグ-建国秘話
連載1周年記念、2話連続更新!
……いや、1話にまとめきれなかっただけで
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帝城にある庭の1つに案内されたリーダーは、そこで当初の目的である月見をした。
サヨコが酌をし、『先客』と一緒になって月見酒を味わう。
酒は砂漠でとれる穀物を使った、いわゆる地酒だった。
「こいつは」
「何だ」
「……よく飲む酒だ。帝都でこれを飲むとは思わなかった」
リーダーは先客の男にそう返した。
初老に差し掛かった体の大きな男。どこか疲れた顔をしており、両の手には血の滲んだ包帯を巻いている。
最初、男とサヨコと見比べたリーダーは「似てねぇ」と吹き出すのを堪えたりもした。
「貴族どもに他国の酒を何度も勧められたが、ワインなどより俺はこいつが1番美味い。その度に思った。俺は砂漠の人間だと」
「だろうな。砂漠に住む野郎なら1度は必ず飲む酒だ」
「そうか」
「忘れちゃいけねぇ味だ」
あとはただ黙々と2人で酒を飲み続けた。小望月の昇る空を見上げて。
夜が明ければ反乱軍の帝都攻略戦がはじまる。幾は近い。
「馳走さん。あんたと飲む酒も悪くなかった」
「……今日、都の中心で貴様を待つ」
「何?」
「俺の首は貴様にやる。それで終わらせよう」
「! おい」
皇帝はそう言ってリーダーの返事も聞かずに城の中へ。そのまま月見は開きとなった。
「あの野郎」
「……外までお送りしましょう」
「いい。危険なんてないんだろ? 1人で帰るさ。……じゃあな」
丁寧に頭を下げるサヨコに見送られ、リーダーは帝都を離れた。
「陛下をよろしくお願いします……か」
親父とくらい呼んでやれよと思う。
彼はこの夜に彼女と出会い、《帝国》のすべてと皇帝の覚悟を知った。
それで1つの決意をした。
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反乱軍の帝都攻略戦。それは無血開城というあっさりした展開で幕を閉じた。
サヨコの説得や手引きもあったのだろう。《帝国》はもう戦う力がないのだから。
戸惑う仲間たちを尻目に、リーダーはまっすぐ帝都の中心を目指す。
「リーダー。いくらなんでも無謀だ」
「黙ってついてこい。絶対こっちから手を出すなよ」
「だせるかよ。……なんだよ、これは」
リーダーが深夜に来たその時はわからなかったのだが、日の下に晒された帝都は酷い有様だった。
戦時中とはいえ1度も侵攻されてないはずなのに荒れ果てた街並み。彼らは『帝国貴族』に散々絞り尽くされていた。
食べるためなのか草木はむしり取られ、賊に侵入されたように家屋を壊された所もある。
反乱軍を見上げる《帝国》の民もそうだ。誰もが痩せ細り、目が据わっている。これなら集落に住む砂漠の民の方がよっぽどましな生活をしているはずだ。
反乱軍は驚くよりも同情し、罪悪感さえも覚えた。
彼らの生活を壊した一端は《帝国》の敵である反乱軍にもあるのだから。
そんな中でもリーダーは帝都の惨状に目を逸らさず、ひたすらに先を急ぐ。人を待たせてあるから。
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途中、リーダーは石を投げつけられた。投げたのは年端もいかない男の子だ。
「かえれよ。はんらんぐん」
男の子を庇おうとも止めようともする者は誰もいなかった。民は誰もが疲れ切っていた。
「ここにはなにもないんだ。きぞくさまがいっぱいもっていったから」
おかねも、ごはんも、おとうさんも。
「だから……かえってよぉ」
おかあさんを守れるのはぼくしかいないから。
泣きながら石を投げる男の子。
「……ちっ」
リーダーは石が当たるのにも構わず男の子に近づいた。男の子は背の高い男に見下ろされて怖気付いてしまう。
「ひっ」
「……そうだ。俺達も坊主と同じようにたくさんのものを奪われちまった。だから戦ったんだ。守りたくて、坊主と同じように」
「おんなじ?」
「ああ」
男の子と目線を合わせ、頭を少し乱暴に撫でた。手荒にも優しくされた男の子はきょとんとして彼を見ている。
国を想う男の子の勇気を、リーダーは褒めてあげたかった。
「でもこのままじゃ奪い合うだけでたくさん大事なもんを失くしちまう。坊主、俺達は奪いに来たんじゃねぇ。何も奪わず、奪われないように俺達は争いを止めに来たんだ」
「……どうやったらとまるの?」
リーダーは男の子に笑いながら「まあ見てろよ」と、それだけ言って都の中心にある広場へ向かった。
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広場にはたくさんの民が集まっていた。その中心で反乱軍を待っていたのは、皇帝その人。
そのうしろには変わらず桜色の着物を身に纏うサヨコもいる。
「待ちかねた」
「ああ。悪ぃ」
正装の鎧を纏う皇帝は覇王と呼ぶにふさわしい出で立ちだった。
戦鎧に施された紋章はレヴァイアサン。古くから西国に棲むといわれている伝説の大海竜を模したもの。
それと同じ紋章を施した豪奢な長剣を1本携え、皇帝はリーダーを待っていた。
「あれが、皇帝……」
「ここからは俺1人でいい。邪魔すんじゃねぇぞ」
「おい!」
仲間の制止を振り切り、リーダーは1人皇帝と対峙。
反乱軍も帝国の民も、サヨコもあの男の子も、中心に立つ2人を見ていた。
皇帝はリーダーに自分の長剣を差し出した。
「約束通り貴様に首をやる。それでこの戦は終わりだ」
周囲がどよめいた。皇帝の話は続く。
「首と一緒に《帝国》もくれてやる。だが民の自由は保障してくれ。……娘も」
「っ、お父様」
「これだけが俺に残された、俺が守りたかったものだ。頼む」
皇帝の言葉に民は動くこともできず、ただ涙を流した。
今、1つの国が終わりを迎えようとしている。
「……」
リーダーは皇帝から長剣を受け取り、鞘から剣を抜いた。
その剣を彼は――
「!?」
自ら生み出した《盾》にぶつけ、剣を叩き折った。
「……何を?」
「皇帝。あんたに、それに皆にも俺は誓おう。俺はこの先、決して武器を手にしねぇ」
折れた剣を投げ捨てた。
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後の戦史では反乱軍の若きリーダーが皇帝と決闘し、これに勝利して皆の前で皇帝を許したと記されている。
また、《帝国》と砂漠の民、同じ砂漠に住む者として垣根を取り払い共に新たな国を創ったと。
でも実際は……
反乱軍のリーダーは皇帝の前で土下座した。
娘さんを俺に下さいと彼は言った。
「……は?」
「《帝国》なんていらねぇ。国はてめぇで創る。だけど、姫さんは良い女だ。俺はこの人と一緒に新しい国を創りてぇ」
反乱軍、帝国の民、皇帝、そしてサヨコ本人の目の前でリーダーは土下座して大告白。
しかも彼女へのプロポーズも飛ばして皇帝(親御さん)に、である。
「幸せにします。姫さんも砂漠の民も、帝国の奴らも。砂漠に住む誰もが幸せになる国を創って、一生守り続けます。だから、お願いします!」
リーダーは《帝国》の中心で「お義父さん!」と叫んだ。
唖然。
「……だ、だれが…………お義父さんじゃぁぁぁぁ!!!」
「ぐはぁっ!」
皇帝、ご乱心。
《帝国》最期の日。その顛末の真実とは。
1日中続いた婿と舅の殴り合いにはじまり、サヨコの仲裁(刀で)で幕を閉じていたりする。
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その後。
一応サヨコと婚約(仮)という形をとった反乱軍のリーダーは身を粉にして働き、あたらしい国の基盤を創るとその功績を認められ、半年後にようやく元皇帝から結婚のお許しを頂いた。
彼はそれから俄然やる気を出し、急いで建国式の準備に取り掛かかる。単に新たな国で早く結婚式をあげたかったともいう。
現金な新王であった。
尚、リーダーだった男は王になる際、元皇帝たっての願いで名を改めることになった。
レヴァイア。《西の大帝国》から続く皇族の姓だ。《帝国》とは別の意味で深い意味があるらしい。
それで彼はこの先「レヴァイア王」又は「レヴァン」と名乗り、そう呼ばれることとなる。
そして建国式当日。
反乱軍のリーダー改めレヴァイア王は砂漠の民と帝国の民、同じ砂漠に住む者として1つとなった新たな砂漠の民約5万人の前で宣言した。
――砂漠の民は俺の家族
――子どもはみんな俺の息子で娘
――女は俺の娘で姉貴でお袋さん
――野郎は兄貴で弟で親父だ
その国の名は《砂漠の王国》
レヴァイアは右手に家族を守る《盾》を、左手に新たな国旗を掲げた。
砂漠の民の自由と未来を表す、空のような青。旗に散りばめられた桜色の花弁はこの国の国母となる王妃を称えている。
この日、砂漠の民はすべてひとつの家族となる。レヴァイアは国を『家』だと言った。
「俺は王という国の父として誓う。この国は俺達の家だ。家と家族は俺が守る。いや、俺達で守るぞ」
青いバンダナを王冠の代わりに額に巻いた、家族を守ると誓う国父の誕生である。
「そして、オメェらの嫁は、俺の嫁だぁああああ!!」
「……死にますか」
王妃となる彼女は、レヴァイアの喉元に刀を突きつけた。
よく悪ふざけする王は、とっくの昔に尻に敷かれていた。
冗談はさておき。彼の王の国が、建国して数年で西国最大の国となったことは真実である。
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現在。
国王付き宰相補佐なる妙な役職を持つ男ミハエルは今、《砂漠の王国》から数キロ離れた地点に調査に向っていた。
「全く、レヴァン様は人使いが荒い。幾ら警備隊と近衛隊がすべて出払ってるからって」
愚痴を零しながらも調査隊を率いて砂地を歩くミハエル。
王国は現在、国全体に警戒態勢を敷いていた。
パトロール隊の報告で《西の大砂漠》より『王蜥蜴』が縄張りから離れて現れたというからだ。これは建国以来の大事件である。
もしもあの山のような魔獣が王国に向かってくるのならば、どれ程の被害がでるのかわからない。なので王国の全部隊が動員され『王蜥蜴』の偵察と防衛ラインの構築に取り掛かっていた。
そんな中でもう1つ事件が起きた。それが今ミハエルが行っている「謎の飛来物の調査」である。
だが調査に向おうにも動かせる兵がすべて出払っている。そこで王の一声でこの一件は政務担当であるはずの彼が調査することになったのだ。
お前、ちょっと訓練兵の息子共を連れて行って来い、である。
「何かの前触れですかね。こうも事件が立て続けに……」
「ミハエルさん。見つけました」
今年17になる近衛隊見習いの少年、シュリはミハエルに報告。
彼は《遠見》の特性持ちである。
「あれはなんでしょう? ……舟?」
シュリが見つけた謎の飛来物は巨大な岩盤に突き刺さった、一艘の舟らしきものだった。
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ミハエル達調査隊はそのまま舟(?)に接近。
調査しようと踏み込んだところで何者かに遮られた。
それは、白いローブに身を包んだ長身の男。
金の長髪とローブで目元と口元を隠していて貌が見えないが、どうやら舟を守っているようだ。
「……」
「どなたでしょうか? 私は《砂漠の王国》で宰相補佐を務めるミハエルと申します」
「……」
「貴方はこの舟の持ち主ですか?」
「……」
「無口な方ですね」
ミハエルが訊ねても下位の精霊である砂更は話すことができない。
「……」
「どうしましょうか?」
「あ。ミハエルさん。下です」
「下? ……これは」
シュリに言われて足元を見るミハエル。
そこには砂更が砂地に書いた文字があった。
――我等の末裔達よ、主を頼みます
ミハエルが読んだのを確認した砂更はそのまま姿を消した。
「今のは……精霊? 主、ということは中に人が」
「ああっ!? ミハエルさん!」
一足先に舟の様子を見たシュリが驚きの声を上げる。
「今度はなんですかシュリ。おや」
改めて岩盤に頭から突き刺さった白い舟を見たミハエル。
彼らは折れかかったマストにぶら下がった黒髪の少年を1人、それと舟の先頭、岩盤に衝突寸前といったところでシートにぐるぐるに縛り付けられていた青バンダナの少年を1人ずつ発見。
特に後者の少年はミハエルのよく知る、シュリの幼馴染である少年だった。
「2人共気絶してるだけみたいです。……何してたんだ、こいつ」
「舟の中も調べましょう。まだ人がいるかもしれません」
「了解です」
「それにしても」
ミハエルは気絶している青バンダナの少年を見て苦笑した。
「今年は何時になく面白迷惑な帰郷でしたね。でもお帰りなさい、アギ」
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ここまで読んでくださりありがとうございます。
《次回予告》
『王蜥蜴』との激闘の果て、ユーマ達は《砂漠の王国》になんとか到着する。
アギの故郷である王国、ユーマはここで《盾》の王、レヴァイアに出会った。
次回「砂漠の王国」
「これは罠だ! 光輝さん、いるんだろ!?(ユーマ、錯乱中)」