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幻創の楽園  作者: 士宇一
第3章 前編(上)
108/195

3-02a プロローグ-馴れ初め

砂漠の王国編の導入部。その前編

 

 +++

 

 

 砂漠の民の少年は1人、数頭のラクダを率いて故郷の集落へ向かい砂漠を渡っていた。少年は旅商人だった。

 

 

 今も昔も、砂漠の民の主な仕事は遺跡掘りだった。

 

 《大災厄》と呼ばれるようになる大破壊を起こし、西国の大半を砂漠化して滅んだ《西の大帝国》の遺産。それを掘り出して他国へ売りだすことで砂漠の民は収入を得ていた。

 

 少年は遺跡掘りのオヤジが掘り出した遺物を他国へ運ぶことで生計を立てていた。特に『機械』と呼ばれるものは西国南部にある《技術交流都市》で《機巧術》の研究用に高く買い取ってもらえる。

 

 旅商人というよりも少年は下請けの輸送屋だった。《転移門》のない時代、魔獣も棲む広大な砂漠地帯を徒歩で往復するのは過酷な労働であり大人でも音を上げる。それでこの運び屋の仕事を黙々とこなす少年は皆に重宝された。

 

 砂上船なんて一部の大富豪が所持するものであり、《帝国》に『墓荒らし』、『砂喰い』と揶揄される砂漠の民には縁のないものであった。

 

 

 

 

 その日、少年は隣にある大きな集落の市へ食糧の買出しに向かい、帰りに1人の男をみつけた。

 

 不思議というか無謀な男だった。天候の厳しい砂漠地帯にいてまともな装備をしていなかったのだ。

 

 武器もなく荷物らしいものを1つ肩に担いでいるだけ。

 

 

 自殺志願者か? 見かねた少年はつい砂漠のど真ん中を歩く男に声をかけた。

 

「馬鹿かお前! 日除け砂除けの装備もなしで焼け死にてぇのか!?」

「いや。でも死にそうだ。助けてくれ」

「はぁ!?」

 

 あっけらかんと助けを請う男。男の体は少年よりも1回りも大きかったが、年はさほど変わらないように見える。

 

 男は少年の連れた食糧を積んだラクダを見て頼みこんだ。

 

「空腹で死ぬ。頼むから飯を分けてくれ」

「め、めしだと!?」

 

 とんでもなくズレた男だった。

 

 

「……おい、さ、きに……み、ずだろ……テメェ」

 

 

 それで男の担いだ『荷物らしいもの』が息絶え絶えに突っ込んでいた。

 

 

 

 

 担がれたその男は、悪魔だった。

 

 +++

 

 

 今より20年も昔。西国の砂漠地帯に《帝国》があった時代。

 

 

 青いバンダナを額に巻いた少年は、17の年からずっと戦火の中にいた。

 

 長年《帝国》に虐げられいた、砂漠の民の起こした反乱だった。

 

 +++

プロローグ

 +++

 

 

 西国は砂漠地帯を離れながらも《西の大帝国》の文化を引き継ぎ、その流れを組む国は多い。その中で皇族の血を引き、《大帝国》を正統に継承する国と主張して砂漠に国を置いたのが《帝国》である。

 

 《帝国》は豊かで腐敗した国だった。昔から『帝国貴族』と自称する者達が砂漠の民と貴賎の区別をつけていた。差別は元より、ある時期は砂漠の民を攫うように徴収し奴隷として扱っていたこともあった。

 

 末期になると『帝国貴族』は身勝手に砂漠地帯を『領土』として分割し、そこに住む砂漠の民を支配という統治と搾取という義務を以て砂漠地帯を治めはじめた。

 

 少年の住んでいた砂漠の民の集落も、その『政治ごっこ』によって《帝国》が擁する軍に焼かれた。

 

 

 ――滅ぼせばいい。お前達には報復する権利がある

 

 ――平和は勝ち取るものなんだろ? 戦争しろよ戦争

 

 ――憎っくき敵を根絶やしにして新しい帝国でも作れ。そこでお前らが幸せに暮らせばいい

 

 

 ――幸せになれるものならな

 

 

 悪魔のような男の言葉。少年は真向から否定した。

 

 だけど集落が焼かれた直後に結成された反乱軍に少年は身を置いた。

 

 何かを変えるには戦わねばならないことも、悪魔によって彼は思い知らされたから。

 

 

 潜伏期も合わせて10数年も続いた紛争。多くの同胞が殺され、多くの『帝国人』を殺した。流した血も流された血も、すべて砂漠の海に流され、染み込んでゆく。

 

 少年はその砂と血の地獄の中で戦い、生き残った。青年となると次第に戦場で活躍しだし、最後は反乱軍を統べるリーダーとまで成りあがった。彼がリーダーとなった後の2年で戦況は反乱軍に一気に傾くことになる。

 

 

 青年は戦い続けた。身体中を血の色に染めながら、自由の空を表す反乱軍の青い旗を帝国軍の前に掲げ続けた。

 

 

 悪魔の目の前で誓ったことを忘れることもなかった。

 

 +++

 

 

 そして現在より7年前。

 

 《帝国》の最期の日。

 

 

 その日の夜。反乱軍は帝都攻略戦を前に栄気を養っていた。

  

 次ですべてが終わる。そう思えば気が昂って誰もが眠れないらしく、宴は深夜まで続いた。

 

 

 酒瓶を片手に宴の中を闊歩するのは、額に青いバンダナを巻いた男。

 

 リーダーは酒で顔を赤くした男に声をかけられた。

 

「おうリーダー。飲んでるか?」

「うるせ。さっさと歯ぁ磨いてネンネしやがれ」

「何言ってやがる。夜はこれからだぜ」

「そうだそうだ!」

「ねぇんリーダぁ。今夜は……ね?」

「今夜も何も、男と寝る趣味はねぇ!?」

 

 がはは。と馬鹿笑い。とにかく騒がしかった。

 

 いくら《帝国》が10年以上続いた争いで孤立し、疲弊しきっているだろうとも油断し過ぎてはいないか。

 

「……悲願が成就する前祝いか。まっ、しゃあねぇ」

 

 彼ら砂漠の民の気持ちはわかる。《帝国》が夜襲をかける余裕がないことも事実なのでリーダーは苦笑するだけにした。

 

 

 《帝国》の存在は今や風前の灯。

 

 反乱軍という風が帝都に吹けばそれだけで。

 

 

「終わる、か。……いや、やっとはじめられる。俺の戦いはここからなんだ」

 

 

 それはかつて彼が悪魔に誓ったこと。

 

 悪魔に叩きつけた彼の挑戦。

 

 

 リーダーは手にした酒瓶を誰かに見せつけるように夜空に掲げた。

 

 

「見てろよ。どこかで。俺は……お前みたいに絶対ならないからな」

 

 

 それを見た仲間たちが何を思ったか乾杯してまた騒ぎ出した。

 

 +++

 

 

 うっかり仲間を焚きつけてしまったリーダーは少しだけ反省。1人になりたくて外の見張りを強引に変わった。

 

「いいんですか?」

「さっさと行け。鬼軍曹秘蔵の酒がなくなるぞ」

 

 適当に嘘をつきながら見張りの兵を展望用のやぐらから追い出す。

 

 

 そのまま彼は酒瓶をお供に月見と洒落こんだ。

 

 

「……終わる、か」

 

 

 再びその言葉が漏れる。

 

 終わるのは《帝国》だ。彼は明日滅ぼす国の、そこに住む人のことを思った。

 

 

 『帝国貴族』とそれに与する帝国軍、またその上に立つ皇族の人間は許せそうにない。でも民はどうか。

 

 多くの『帝国人』を殺した反乱軍。砂漠の民は《帝国》に住む人にどんな手を下せばよいのか。

 

 何もしなくとも故郷の砂漠はもう多くの血を吸い、傷を残したというのに。

 

 

 報復、反乱、戦争、粛清、憎悪、そして報復。

 

 

 次の戦いで争いは本当に終わるのか?

 

 

 リーダーの頭の中はこの先の期待よりも、迷いの方が強く浮き彫りになる。

 

「俺達は……武器を捨てることができるのか? 砂漠の民は本当に自由になれるのか?」

 

 どうしたら正しい? 考えがまとまらない。

 

 

 彼は酒の回り方が半端だと悪態をついて瓶を投げ捨てた。

 

 それから意味もなく夜空に浮かぶ月を褒めた。

 

 気を紛らわせようとした。

 

 

「畜生。いい満月だな」

 

 

 

 

 ――いいえ。今宵は小望月こもちづき。満月は明日です

 

 

 

 

 不意に、櫓の下から声をかけられた。

 

 気付かなかっただと? リーダーは慌てて下を覗き、侵入者を確認した。

 

 いたのは東国の着物を着た――砂漠の国にいてやけに異彩を放つ――黒髪の女。

 

 外見と雰囲気からして20代前半といったところ。月明かりの下、女は彼に向かって微笑んだ。

 

 その笑みは身に付けた着物の色と同じように淡く、儚くて、見惚れるほど美しい。

 

 

(桜……だったか?)

 

 

 その色は。

 

 

「ですが小望月は幾望きぼうの月。幾が近いという意味では確かに良い月です」

「誰だい? あんた」

 

 女は彼の問いに答えず、代わりに別のことを言った。

 

 

 

 

「お月見の誘いにあがりました。お酒も用意しましたので、ご一緒に如何ですか?」

 

 +++

 

 

 なんだかなぁ。

 

 そう思いながらも、のこのこと着物美人について行くリーダーの男。

 

 美人と月見酒。

 

 うん。野郎として理由はこれで十分。それにどうも罠のように彼は思えなかった。

 

 

「お久しぶりですね」

「久しぶり? 俺はお前さんみたいな美人さんに知り合いの覚えはねぇぜ」

「……そうですね。もう10年以上も昔のことですから」

 

 と女。

 

「私も貴方が反乱軍のリーダーとなるまで貴方のお名前を知りませんでしたし」

「なんだそりゃ? 知り合いですらねぇじゃねぇか」

「そうですね」

 

 女は変わらず微笑してみせる。

 

 それからはっきりと言った。

 

「でも私は、貴方のこと良く知っています。私が子どもの頃からずっと、貴方のことは覚えています。……青いバンダナを巻いたお兄さん、そしてあの人達のことを」

「あの人? ……まさかそいつらは」

「……」

 

 女は答えず先を急いだ。

 

 黒塗りの鞘を腰に差した女の姿は凛と毅然としている。その佇まいから、相当腕の立つ《刀使い》だろうと思った。

 

 

 リーダーは彼女の背を追いかけた。同時に彼はますます彼女のことを知りたくなった。

 

 《帝国》の人間なのは間違いない。でも東国人の容姿だからなのだろうか。貴族とも軍人とも雰囲気が違う。

 

 『奴ら』を知っているらしい、しかも1度会ったことがあるという謎の女。

 

「あんた、名前は?」

「サヨコ・K・レヴァイア。《帝国》の第3皇女です」

「姫さんだと!?」

 

 つまり先程は一国の姫が1人、敵対する反乱軍の拠点に姿を晒したというのだ。なんと無謀な。

 

 驚愕するリーダーにサヨコは告げた。

 

 

帝国ここにはもう『私達の敵』はいません」

 

 +++

 

 

 気付けば反乱軍の野営地から随分と離れてしまっていた。

  

 目的地に着くまでの間、歩きながらサヨコはリーダーに淡々と話をした。今の《帝国》の話だ。

 

 《帝国》は彼が知る、反乱軍の情報以上に酷い惨状だった。

 

 

 まず帝国軍の戦力。『帝国貴族』の命の下、砂漠の民を蹂躙し続けた帝国軍は度重なる敗戦で壊滅状態。それ以前に兵は消耗品のように扱われていた。

 

「帝都に残る兵はすべて義勇兵、つまり民間人です。将だった者はほとんどが戦死か逃亡。尉官も多くが戦死してしまい新米少尉ばかり。元々軍のトップは『帝国貴族』で占めていましたから」

 

 帝都に残る帝国軍の戦力は、戦時特例でも異例の3階級昇進した准将(つまりは元少尉)が率いる義勇兵、女子供を含めた300人(これは反乱軍の1割にも満たない)だけ。もちろん《機巧兵器》を扱える者もいない。

 

「……嘘だろ」

「本当です。明日、彼らと戦いますか?」

「冗談じゃねぇ。だったら電撃戦を仕掛けて、うしろで踏ん反り返ってる貴族どもを」

「無理です。あれはもう砂漠の地にはいませんから」

「なっ!?」

 

 反乱軍の憎むべき最大の敵、『帝国貴族』はもういない。彼らは滅びゆく《帝国》を見捨て他国へ逃亡した。

 

 国の財も徴収した民の私財も、全部彼らが持ち出して。

 

「……なんだよ、貴族って奴らは。自分の国も守れねェ腰抜けなのか?」

「あれは大昔から貴族などではありません。偽りの特権を振りかざして奪うことしかできない愚者の集まり。虐げられていたのは砂漠の民だけではないのです。最後までこの国、この砂漠の地からあらゆるものを吸い上げ奪い去って行きました」

「あんたは」

 

 怒りで声が震える。

 

「あんた、この国の姫さんなんだろ? あんた達皇族は貴族どもがここまで荒らすまで何してたんだ!」

「知っていますか? あれにとって皇族は政治の道具でしかないのですよ」

 

 感情のない声。

 

「兄や弟達は派閥の代表として傀儡となり戦争の矢面に立たされました。姉や妹達はあれに政略的な婚姻を強要され他国へ。今どうされてるか知りたいですか?」

「……」

 

 何も言えない。彼女の言う『私達の敵』の意味がわかった。

 

 

 すべての元凶は『帝国貴族』。砂漠の地に《帝国》を建国してからずっと貪り続けた国賊。

 

 でももういない。

 

 

 リーダーは怒りのやり場を失い、乱暴に足元の砂を蹴る。

 

「……姫さんはどこにも嫁がなかったのか?」

「私は……政治の道具にもならない欠陥品の姫でしたから」 

「あ?」

「ほら。あれを相手に刀を振りまわす乱暴な女なんてどこにも貰い手がない、というわけです」

「ちげぇねぇ」

 

 リーダーはサヨコの冗談に笑った。

 

 彼女の嘘だとわかっても笑ってやった。

 

「でも勿体ねぇ話だぜ。姫さんみたいな別嬪さん、俺が貰いてぇくらいだ」

「お上手ですね」

「だろ? ……ずっと戦ってたんだな。あんた達も」

「はい。でも私達は、中から国を変えることはできませんでした」

 

 《帝国》に巣食う闇は余りにも深くて。

 

「そうかい」

 

 

 リーダーは、淋しく微笑むサヨコにそれ以上かける言葉がなかった。

 

 +++

 

 

 リーダーはサヨコに連れられるまま、とうとう単身で帝都に入ってしまう。

 

「おいおい」

 

 リーダーの呟きに振り返るサヨコ。

 

「姫さん。一体どこまで連れて行く気だい? ついて行く俺も俺だが」

「お月見に良い場所を知っているのです。ところで」

 

 サヨコは話題を変える。

 

「貴方は今の皇帝陛下のこと、どれ程ご存知でしょうか?」

「皇帝? そういやよく知らねぇな。噂じゃ血も涙も流さねぇ冷血野郎だとか」

「……」

「あ。1つだけ知ってるな。姫さんの親父だ。そうだろ?」

「ええ。まあ」

 

 あけすけなリーダーに苦笑するサヨコ。

 

「ではジャファル将軍。彼のことは?」

「強かった。奴が率いる部隊を相手にして多くの仲間が死んだ。勝てる戦は殆どなかった」

 

 ほぼ即答するリーダー。

 

 ジャファルという将軍はそれほど彼の印象に残る軍人だった。

 

「でも、奴は決して俺達反乱軍以外の、砂漠の民に決して手を下さなかったし下させなかった。集落を魔獣から守ってくれたこともあったな。立派なオッサンだった」

 

 弱者を守る剣であり盾。軍人の鑑ともいえる人物だった。

 

「英雄だよ。敵ながら尊敬さえしたさ。でも俺達が殺した。先の戦でな」

「……」

 

 帝都を守る最後の砦、その攻防戦でジャファル将軍は最期まで《帝国》を想い、守るために戦い、砂の上に倒れた。

 

「知り合いだったか?」

「はい。彼から貴方のことを聞いたこともあります。……《帝国》の敵なれど、砂漠の未来を想う荒々しくも新しい風だと」

「……ちっ」

「戦争、ですから」

 

 

 だから敵対し、殺し合った。

 

 互いに守るものと譲れないものがあったから。

 

 

 サヨコは黙り込んだリーダーに「貴方のことを責めているわけではありません」と言葉を足した。

 

「将軍は陛下の最後の友人でした。陛下の心を理解する者、傍にいる者はもう私しかいません」

 

 ある者は不正を正そうとして『帝国貴族』の姦計にかかり、ある者はジャファル将軍のように戦場で。

 

 

 誰もが皇帝と《帝国》を想い、守ろうとして皇帝の前からいなくなった。

 

 

「陛下は王です。だから下の者の為に涙を流すことは許されません。けれど、陛下は何かを失う度に泣いておられます。ここで」

 

 そう言ってサヨコは拳を握り、もう片方の手で拳を包み。

 

「ここで」

 

 

 今度は口元に手を当て。

 

 

「ここで泣くのです」

 

 

 最後に胸に手を当てた。

 

 

「貴方は、どうでしょうか?」

「泣けるさ。死んでいったダチを想うのなら、ちゃんと」

「そうですか」

「ああ」

 

 皇帝は馬鹿だとリーダーは思った。

 

 

 爪が掌を食い破るほど拳を握り締めなくても。

 

 口の中を噛み切るほど歯を食い縛らなくても。

 

 

 心から涙を流し、王ではなく人として、人を想って泣いてやればいいのに。

 

 

 リーダーはサヨコに訊ねた。

 

「姫さん、いい加減教えてくれ。何故俺を帝都へ連れ出した? 今の話をしたかったからなのか?」

「今宵貴方をお誘いしたのは今の《帝国》を知ってもらいたかったから。その上で考えてもらいたかったのです」

「? 何を」

「貴方の未来」

「俺の、だと」

 

 わけがわからないといったリーダーにサヨコは構わず話を続ける。

 

「《帝国》にはもう金も宝石も、水も食糧もありません。あるのはただ国を想い、最後まで守ろうとして残った民だけです。私達の故郷は砂漠の地にあるこの国だけだから」

「……」

「貴方にはそのことを知ってもらいたかった。知ってもらった上で貴方に訊きたかった。貴方の描く、砂漠の未来を」

「俺は」

 

 リーダーの男はサヨコの問いに答えた。答えはずっと昔からあったものだ。

 

 

「俺は変えるんだ。この砂漠の世界を」

 

 

 争わなくても滅ぼさなくても、奪わなくても。

 

 そんなことしなくても砂漠に住む皆が幸せに暮らせる場所を作ると。

 

 

 そう言って彼は昔、悪魔のような男に啖呵をきったことがあった。

 

 そのことを彼は思い出した。

 

「確かに理想だ。でも夢じゃねぇ。《技術交流都市》で実験している緑地化の計画も、砂漠に強い作物の苗の研究も実用化の目処が立った。水だって《大帝国》が使っていた地下水脈と水道施設が使えることを俺は知ってるんだ」

「それはっ、本当なんですか?」

「ああ」

 

 リーダーは驚くサヨコの前で思いのままに言葉をまくしたてた。

 

「知っているか? 『あの野郎』が言うには《大帝国》の地下はまだ使えるところがあるらしいんだ。それを基盤に国を興せば……住める場所ができれば人を呼ぶことができる。交流都市から技術士を呼べるようになれば、砂漠越えして遺跡を売りに行かなくてもその場で研究して貰えるし新しいものも作れるようになる。それに……」

 

 止まらない。彼は遠々と理想の未来と希望を語る。

 

「砂漠の地は決して貧しい国なんかじゃねぇ。ここにはまだ《大帝国》の遺したものが、《機巧兵器》なんてもんじゃねぇのが、可能性が残っている。それを正しく使えさえすれば……そうだよ。俺はこんな戦争なんてしたかったわけじゃねぇ。さっさと終わらせてはじめたかったんだ」

「……何を?」

 

 訊ねるサヨコの声は僅かに震えていた。リーダーは気付かずに少年のように笑う。

 

「あたらしい国づくりをさ。生活の基盤がしっかりした国があれば今のように争う理由なんてねぇんだ。砂漠の民も《帝国》も関係ねぇ。砂漠に住む皆が暮らせる理想郷を実現して、砂漠の地に広げるんだ。それであの野郎を見返し……っ!?」

「……よかった」 

 

 突然、サヨコは近づきリーダーの手を取った。

 

 そしてだいじなもののように、その手を胸に抱いた。

 

「貴方を待っててよかった。……貴方はあの日から、変わらないまま夢を実現しようとしてくれていた」

「姫さん!? なにを」

 

 抱きしめられるほど近い距離。彼はいきなりのことに戸惑う。

 

「私は覚えてます。貴方が『彼』に言ったこと。それが私の希望だった。砂漠の地、私達皆の故郷であるこの砂漠の世界を変えると、変えることができると言った貴方の言葉が」

「あんた」

「貴方がいたから、戦い続けてくれたから、私もこの国の闇と戦うことができた」 

「……」 

 

 この期におよんで、リーダーは昔のサヨコのことを思い出せなかった。

 

 だけど彼女の言う『彼』とはきっと『あいつ』だと、それだけはわかった。

 

 悪魔のように振舞ったあの男。

 

 

 

 

 今宵は小望月。幾望の月。

 

 帝都から遠くへ離れることのできないサヨコにとって、反乱軍のリーダーとなった彼に会うことができる機会は決戦前の今夜しかなかった。

 

 この幾を何よりも待ち望んだのは彼女だったのだ。

 

 

 ただ確認したくて、ひとつだけ、彼に伝えたくて。

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 この時の、涙交じりのサヨコの微笑みが致命的だったと、後に彼は語る。

 

 +++

 

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