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幻創の楽園  作者: 士宇一
第3章 前編(上)
106/195

3-01a 砂漠の航海 前

エンカウント率0%

 

 +++

 

 

 照りつける太陽、青い空。

 

 心地よい風、白い『砂浜』。

 

 

 夏休みの定番のスポットといえばここ。果てのない『地平線』を見れば、無限に広がるイベントに期待が膨らむ。

 

 

 さあ、叫ぼう。

 

 波が、俺達を、待っている。

 

 

「砂だ!!」

「だから何よ」

 

 

 

 

 エイリークはわかってくれない。

 

 

 +++

砂漠の航海

 +++

 

 

 エイリーク達が見たものは1艘の帆船。帆はまだ張られていない。

 

 全長は約9メートル、全幅約3メートル程。学園の貯水池や南区の湖に浮かぶ小舟と比べればとても大きい。小型艇といったところか。

 

 白い船体の上部は前から半分以上を蓋のように覆っていて船底が見えない。似ているのは靴の形。

 

 異様な流線形のフォルムで更に際立つのは、なぜか船首に取り付けてある真っ赤な衝角ラム

 

 

「舟?」

「そ。クルーザー? それともキャンピング・ヨットかな? サーフィンの次はクルージングをやろうってアギと前から準備してたんだ」

 

 

 

 

 それはユーマが初めて学園に向かった時のこと。

 

 《西の大砂漠》を抜けたあと、ユーマはとある砂漠の民の集落で同じく学園に向かうアギと出会い行動を共にした。

 

 その日2人は寝坊してしまい、1日1回しか使えない集落の《転移門》の利用時間に間に合わずくぐりそこなってしまった。それでアギは始業式に間に合わないと遅刻による大幅減点を覚悟した。

 

 何せ《門》を使わなければ集落から学園都市まで最低10日はかかる。距離はそうでもないが砂漠越えを考えるとそうなる。熱砂の中を全力マラソンする馬鹿はいない。

 

 始業式は明日。次の《門》の利用も明日。アギが諦めたその時、ユーマは言ったのだ。

 

 

「それじゃあさ、全速力で砂漠を渡ろう。こいつで」

 

 

 それを聞いてユーマの隣を見たアギは驚いた。現れたのは長身長髪の、貌を隠した砂の精霊。

 

 偶然出会った同行者の少年はなんと、《精霊使い》だったのです。(当時、アギの頭の中に流れたナレーション)

 

 

 2人は精霊が操作する追い風と砂の波に乗り、10日もかかる距離を1日で走破。

 

 アギはユーマのおかげで無事に(?)始業式に間に合う(?)のだった。

 

 

 

 

「サーフィン、てアンタ達がたまに砂場で板に乗って遊んでるあれよね。今度は舟でそれをやる気?」

「そんなとこ。本当はもっと小型のヨットを作る気だったんだけど、《組合》の大倉庫に試作段階で放棄された船体とかパーツがあってね」

「買い取って俺達で組み上げたんだ。中もすげーんだぜ」

 

 ユーマとアギは、まるで秘密基地を自慢するように小型艇を説明。エイリーク達を中へ案内する。

 

 

 船体の後部にあるコックピットから舟の中へ。立ちあがると頭をぶつけてしまいそうな天井の低い船室は、意外にも立派なものだった。

 

 メインキャビンには壁と天井に採光用の小さな窓があり、調度品は木製で作られている。

 

 壁と天井の白にオーク系の茶色がアクセントになっており、いわゆるモダンな雰囲気のある室内。

 

 中央に折り畳み式のテーブル、その両脇にマットが敷かれたベンチ。このベンチも折り畳み式で広げるとベッドの代わりになる。

 

「メインルームはベッドルーム兼用なんだ。歩きまわるには不自由だけど座ったり寝転んでいるとそうでもないよ」

「……すごいわね」

「あっ、リィちゃん。キッチンもあるよ」

 

 ミサが目に付けたのは入口から入ってすぐ隣にあるキッチンスペース。

 

 小型のシンクと加熱調理器が1つになったカウンター、食器棚と食糧庫もセットでコンパクトにまとめられている。

 

「船内に備えられたキッチンは『ギャレー』って言うんだよ。保存食ばかりじゃ味気ないからね。向かいの壁で仕切っているスペースはトイレ。シャワー室はこのサイズの舟じゃ無理だった」

「水も使えるのですか?」

「もちろん。二層になっている船底とフォクスル(最前部の空きスペース)の一部はポンプ式の給水タンクなんだ。この舟の生命線」

 

 砂漠越えするから、とユーマはアイリーンに答える。

 

「こいつを砂更の砂の波に乗せて、風葉の風を帆で受けて走らせるんだ。これなら帆走技術がなくても舟を動かせる」

「確かにこの舟はサイズの割に重量があるようです。水上ならともかく、砂地の上を1本のマストで走らせようとするなら揚力や推力といった力が全く足りないでしょう」

 

 技術士のポピラは観察の結果「これはもう《精霊使い》専用といえます」と言葉を付け足す。

 

「転移門がない昔は砂上船なんてものもありましたけど、今時これを再現して遊びに使おうとする馬鹿がいるとは思いませんでした」

「そう? ティムスに相談したら散々『なってねぇ』と文句言いいながらいきなり図面引きだしたんだけど」

「小型高性能化がどうとかって、あいつが1番こだわりをもってたな」

「……馬鹿ですね」

 

 こだわりにこだわりを重ねた結果がこの舟でこの内装。

 

 ジャンク品で組むつもりだったヨットは、ティムスが再設計し、《組合》に新規パーツを発注することでインテリア、水道設備と次々とオプションが組み込まれていくことに。

 

「……いくらで作ったのよ?」

「設計費込み、テストとモニター料を差し引いて約1500万」

「せっ!?」

 

 まさにヨット。贅沢な遊行船。

 

「凄いのができたけど、エースの任務で稼いだお金が全部ティムスにもっていかれた」

「俺がユーマを手伝って山分けした分もな」

 

 そこまでして作ったものだ。今乗らないで何時乗るというのか。

 

 豪遊したかったわけではないが、楽しまなければあの激務の日々がすべて無駄になる。

 

「そんなにして砂漠越えしたいの? アンタ達は」

「あの時の俺とは違うんだ。今は砂更がいてガンプレートもある。……短剣1本で《西の大砂漠》を突っ切ろうとしたあの頃の俺はもういない!」

「わたしもいましたよー」

 

 風葉の文句は無視。そもそも砂漠が見たいと罠に誘い込んだのはこの精霊である。

 

 語尾が強くなったのは、あの頃の無知で無謀な自分を思い出して震えてきたから。過去の惨劇を無理矢理振り切る。

 

「なんか、震えてない?」

「そんなことない。……それに母さんが」

「え?」

「昔、俺の母さんが言ってたんだ」

 

 神妙な顔をするユーマ。確かこの少年が兄以外で家族のことを話すのははじめてだ。

 

 

 ――いい? 優君

 

 

「女はいつまでも少女だから夢を見ていいけれど、男が少年でいられるのは長くて家庭を持つまで。冒険するなら今の内だけにしなさいって」

「……」

 

 これにはアギもせつない顔をした。

 

 

 世界的に有名な考古学教授、その助手を務める夫を持つ母の言葉。

 

 

「とにかく、夏休みは冒険なんだ」

「……わかったわ」

 

 子も子なら親も、ということが。

 

「それで。どこまで行くの?」

「前にアギと会った集落まで。途中で砂上サーフィンして遊ぶから1日半くらいの航海の予定」

「そこで1度船体をチェックして不備を発見したら舟は《門》を使って学園都市に送り返す。問題なかったら水とかを補給して長距離運転のテスト。《砂漠の王国》まで行くつもりだ」

 

 計算では集落から王国まで3日。学園都市からは5日程で到着する予定らしい。

 

 ユーマは王国から風森の国直通の《門》を使って帰るという。1週間足らずで風森の国へ帰るというならば、《門》を使い数ヶ国経由して風森へ帰るのとそう変わらない。

 

「ふーん。ところでこの舟の大きさで2人乗りってわけはないでしょうね?」

「ティムスの話じゃ4人か5人くらいは。ベッドは2つしかないけど寝袋あるし。……まさか」

 

 ユーマは改めてエイリークを見る。

 

 とおーーーっても楽しそうな笑顔。旅行ではなくて冒険、というのに剣士の少女は刺激を受けたようだ。

 

 アイリーンとポピラもそれぞれ興味津津。ミサなんて諦めてしまっている。

 

 

「エイリーク。まさか」

「ここまで見せて仲間はずれ、なんてないわよね?」

 

 +++

 

 

 うっかり「6人だと『重量』オーバー」と言ってしまい、「女は2人で1人分よ!」と強く主張する女子達の手痛い仕返しを受けてしまう男子の2人。

 

 諦めて学園都市に戻り、物資の追加と人数分の砂除けのローブを用意していると1時間が経過した。

 

 

「お前が姫さん達を上手く撒かなかったせいだぞ」

「ごめん。でもエイリークはともかく3人が反対しないのは意外だった」

「あの4人なら姫さん中心のグループだ。当然と言えば当然だな」

「そっか」

 

 追加物資をまとめた木箱を、砂更の砂で運ばせながら舟に戻るユーマとアギ。

 

「でも久しぶりだな」

「何が?」

「俺とお前と姫さん達。4人で一緒に行動するのがさ。初めてお前が学園に来た時からのメンバーだよ」

「ああ」

 

 ユーマはエースになってからもアギ達とはそれぞれ行動を共にすることもあったが、4人揃うことは滅多になかった。

 

「気楽な男2人旅もいいけどさ、これはこれでよかったんじゃねぇか?」

「そうだね……アギ」

「……なんだよ」

 

 ユーマは先攻を取った。

 

「襲うなよ」

「うるせ!」

 

 こういった話は先に言ったもの勝ちである。

 

 +++

 

 

 そして場面は「砂だ!!」に戻る。

 

 

「準備はいい? 荷物の固定終わった?」

「ええ。終わりました」

「水と食料もばっちり」

 

 キャビンからコックピットへ戻るアイリーンとミサ。

 

「アギ、ポピラ?」

「はい」

「いつでもいいぜ」

 

 船体に不備があるかの最終チェックをポピラが、アギはマストに帆を張る。

 

「帆を張るって言ってもレバーを回すだけでいいんだけどな」

「兄さんが設計しただけあって簡略化と簡易化できるところは徹底的にしたみたいですね。船体もかなり堅牢ですし」

「何が起きるかわからないからね。よし」

 

 コックピットに全員集合。発進時の衝撃と揺れに備えて安全帯をつける。 

 

 ユーマは舵を握り、精霊たちを喚ぶ。

 

「砂更、船体をゆっくりと持ち上げて。風葉、用意」

「……」

「はーい」

 

 砂の精霊が砂漠の砂を盛り上げると、それに合わせて砂上にある舟はゆっくりと上昇。横転しないように操る風でバランスを取る。

 

 標高約30メートルに到達。

 

「高っ!」

「みんなしっかり掴まってろよ。ユーマ!」

「おう。いくぞ」

 

 砂の腕が舟を押し出し、巨大な砂のスロープをゆっくりと滑りだす。

 

 滑走の勢いに合わせて舟の縦帆は風を切り、疾走。

 

 

「リュガキカ丸、発進!!」

「――って、何よ、そ、れぇぇぇぇぇぇ!!!」

「きゃあぁぁぁぁ」 

 

 

 絶叫。ユーマが巨大スロープの勾配を計算違いした為に舟はとんでもない加速をつけて出航。

 

 遊園地の急流すべりというよりもジェットコースターに近い。まるで旅先の行方を顕すようだった。

 

 

 

 

 ちなみに。

 

 赤い衝角を持つこの舟の名は『竜牙鬼化丸』。

 

 帰郷する方向が違う為に乗り損なった、可哀相な赤バンダナを想って、2人の友人が付けたのだった。

 

 +++

 

 

 ユーマは予告もなく皆に絶叫マシンを味わわせたので、怒れるエイリークに吹き飛ばされた。

 

 安全帯のロープがなければ、ユーマは砂の海に放りだされるところだった。

 

 

 ……安全帯のロープがあったせいで、ユーマは砂の海で引き回しの刑を味わうことになった。

 

 

 

 

 酷い目に遭った。皆にロープを引っ張ってもらい舟の上に這い上がる。

 

 全身砂まみれのユーマはこんな場面のあるゲームをふと思い出す。

 

 

「……まあ、こんな感じで危ないからデッキ(コックピット以外を覆う舟の屋根部分)に登るときは安全帯を外さないようにね」

「あっても危険じゃない」

「舟を止めなかったからだよ。ブレーキは帆でかけないといけないから。あと安全帯はもっと短くていいな。これじゃ命綱だ」

 

 エイリークのおかげ(?)で航行時の危険を再確認。もしものことに備えてユーマとアギは舟の操縦を皆に教えた。

 

 

 出航時に一悶着あったものの、その後のクルージングは良好。

 

 前進する舟に合わせて砂更が作る砂の波で船体を押し出し、スロープを滑走した際に得たスピードを維持するのだ。

 

 旋回は帆の向きを変え、風葉が風を吹き付けることで推力を補助。帆の向きを変える作業もティムスが簡易化してくれたおかげで女の子でもできる。

 

 舵取りは進路の微調整のみ。元々《精霊使い》ともう1人いれば動かせる仕様なので、これだけで舟は砂の海を軽快に走った。

 

 

 舟こと『リュガキカ丸』は思いのほか高スピードで力強く走る。

 

 どのくらいかというと、人1人くらい平気で牽引してしまうほど。

 

 

「これ、いいわね!」

 

 

 砂除けのローブを風に靡かせ、砂の海で声を上げるのはエイリーク。

 

 彼女は《エルドカンパニー》特注のサーフボードの上に乗り、足を固定してロープで『リュガキカ丸』に引っ張ってもらっている。

 

 砂上スキーである。ユーマが引き回しの刑をしたことで生まれた偶然の産物。

 

 サーフィンなんてしたことのないエイリークはこれにハマった。バランスをとることに慣れると砂の隆起を利用してジャンプなんてことも。

 

 砂除けのゴーグルをしているのでエイリークの表情はわからないが、きっと喜色を浮かべているに違いない。

 

 

「ユーマ、舟のスピードを上げなさい」

「こっちは波だ。でっかいの頼むぜ」

 

 

 アギは自前のボードでサーフィン。彼はこの日の為に足の裏で《盾》を展開する特訓を重ねてきた。

 

 《盾》のボードを使うことで可能となる、文字通り一体化したライディング。

 

 砂の操作して作った、延々と続く波に乗るアギは『リュガキカ丸』に並走。大波を作ってもらえばそれを利用して練習したトリックターンにも挑戦。

 

 

「やっぱ広いとこでやると格別だな。学園の『ユーマの砂場』でやってたのはままごとみてぇだ」

「アギー、あと5分で交代ー」

 

 

 舵取りをするユーマは、恨めしそうにアギを見て叫ぶ。

 

 進路の確認をとりながら舵が取れるのはアギとユーマ(ユーマの場合、進路は砂更が確認)しかいない。『リュガキカ丸』を動かしながら遊ぶとなれば2人の内どちらか残らなければならなかった。

 

 

「アギめ。《盾》のくせにグーだしやがって。パーだろ、普通」

「何の理屈ですか?」

 

 ユーマに話しかけてくるのはアイリーン。

 

「遊びたければ1度舟を止めればいいでしょうに」

「いや、それだと砂上スキーができないからエイリークが怒る。まあおかげで予定より早く集落に着きそうだけどね」

 

 この調子だと明日の夕方に到着する予定が午前中になりそうだ。

 

「アイリさん、まだ日差し強いけど暑くない?」

「ええ。でもこれ着てますし。風も気持ちいいですよ」

 

 頭までずっぽり被った砂除けのローブの中でアイリーンは微笑む。

 

 ユーマは備え付けのボックスから水の入ったボトルを取り出して彼女に差し出した。

 

「そう? でも水分はこまめにね。ちびちび飲むんだよ。汗がでなくなったらもうあぶないんだからね」

「はい」

 

 今度はおかしそうに笑うアイリーン。ユーマはたまにこうやって誰を相手にしても世話を焼くことがある。

 

 

 根っからの弟体質。

 

 

(年下、でしたものね)

 

「何?」

「いいえ。でも、ひとつ訊いていいですか?」

 

 アイリーンはユーマに精霊のことで訊ねた。

 

「もう大分長い時間砂更の力を使っているようですけど、大丈夫なのですか?」

「ああ」

 

 ユーマは皆に隠しているが、《魔力喰い》の特性を持っている。それが《精霊使い》としては1つ制限をかけてしまっていた。

 

 現界した精霊たちの魔力を少しずつ奪ってしまうのだ。魔力の尽きた精霊は消失してしまうので、ユーマは精霊を長時間使役できなかった。

 

 でも今日の砂の精霊はもう3時間も『リュガキカ丸』を動かしている。

 

「ここが砂漠だからだよ。精霊は土地の影響を大きく受けるんだ。今の砂更は学園にいた時より何倍も強い」

「そうなのですか?」

「うん。一番力を発揮できるのは精霊の縁の地。砂更だったら《西の大砂漠》、風葉だったら風森の国だね。この辺りは大砂漠に近いから」

「成程」

 

 下位の精霊である砂更でも今ならば中位の精霊並だという。

 

 その中位精霊である風葉だが、彼女は《風森》の一部なので実は下位精霊より少し強いくらいだったりする。

 

「まあ、風葉は風葉で」

「ぐるぐるぐるぐるー」

 

 風葉は吹く風に合わせてくるくる回っている。

 

「……何をしているのですか?」

「自然の風を魔力に変換してるってさ」

 

 風力発電?

 

「べるとのー、ふーしゃにー、かぜをあつめー」

「……いつもどこで覚えてくるんだ?」

 

 風葉の言動はユーマにもわからないことがある。

 

 おそらく『繋がって』いることによる知識の共有だと思うのだが。

 

「まあ、いいや。それにしても砂漠の海をクルージングか。……偉くなったもんだ」

 

 金持ちの道楽だよなこれ、とユーマ。アイリーンはこれもおかしかったらしい。

 

「王族や世界に名を連ねる名家の方でもしませんよ」

「そう?」

「お金持ちと言うと、これはどこかの商人、大富豪のする贅沢な遊びなのでしょうか」

「かもね」

 

 ユーマがこの世界の大富豪の道楽事情なんて知るわけがない。

 

 今度のアイリーンは悪戯っぽく微笑んだ。これはエイリークをからかう時と同じ顔。

 

「でもこんなことを知っているなら、もしかすると貴方も実は……どこかの商人の子だったりして」

「俺はずっと庶民だよ」

 

 大ハズレ、とユーマは笑う。

 

 ついでに一応『カウンター』を発動しておく。

 

「それなら現役のお姫様に訊くけどさ、大富豪ってどんな遊びするの? 王族は?」

「えっ?」

「銀雹の国って今の時期何が面白い?」

「それは……」

 

 口籠ってしまった。アイリーンは不自然に会話が止まりそうになって彼女は内心焦る。

 

 そんな彼女に助け船を寄越すのもユーマ。

 

「ま、そんなことより。俺のボトル温くなったからアイリさん冷やしてくれない?」

「そんなこと、ってもう」

 

 呆れたように彼女はボトルを受け取り、氷属性の魔術を使いだした。

 

 ユーマの作戦通り。これを機に話題を変えてしまえば、アイリーンも気まずい思いをしないですむはず。

 

 

(探られてる、よな?)

 

 

 最近ユーマが感じることだ。

  

 以前も、それこそユーマが初めてアイリーンと出会った頃もそうであったのだが、最近になってまた。

 

(エースだから、《精霊使い》だからって、結構無茶しても怪しまれなかったから気にしてなかったけど、今頃になってまた俺の素性に疑問を持たれてる? 何が原因だ?)

 

 元々公式の素性は『風森の召使い』ということだけだ。誰からもいつ怪しまれてもおかしくはない。

 

 ただの雑談だったかもしれない。でもユーマの中の『陰険な方の兄』は念を入れて手を打っておけというのだ。


 それでカウンター。アイリーンは自分の故郷のことは極力話すことを避けている。このくらいならユーマだって気付いている。

 

(アイリさんは賢い。今のやりとりで気付いてくれるといいけど)

 

 彼女のタブーと同じ。話したくない内容があったのだと。

 

 

 アイリーンがボトルを冷やしている内に、誤魔化す話題をユーマが考えていると。

 

「ミツルギさん、アイリーンさん。夕食の準備ができました」

 

 キャビンでミサと一緒に支度していたポピラが呼びに来てくれた。

 

「わかった。ミサちゃんは?」

「加熱調理器の余熱を使ったオーブンで風葉ちゃんたちのクッキーを焼いています。……ミツルギさん」

 

 ポピラの声が一段と低くなる。

 

「どうした?」

「先程ミサさんがクッキー作るのを観察していたのですが……」

「うん?」

「どんなに見ても、普通のクッキーと作り方も材料の分量もそう変わらないのです。風葉ちゃん達がどうして食べれるのか、その秘密がわかりません」

「……あー。あのサクサク感がどうしてもね」

 

 ユーマも以前、風森の国で『ミサちゃんクッキー』に挑戦したことがあるが、彼も完成に至らなかった過去がある。

 

「ミサちゃんは前に完成に10年の月日がかかるって言ってたけど」

「そんなにも」

「風森の国で色々と教えてもらったら?」

「……そうですね」

 

 力ない返事をするポピラ。風葉ともだちに自分のクッキーを食べてもらえるのはまだ先の話のようだ。

 

 彼女が唯一認めた強敵ミサに勝てる日は……遠い。

 

 

「とにかく。一旦舟を止めて飯にしよう。早めに休んで明日、日が高くなる前に集落に辿り着けるように」

 

 ユーマは明日の航海の予定を2人に告げ、ついでにポピラに夕飯の献立を訊いてみる。

 

「ミサちゃんは外で食べれる物用意してくれた? 中に6人はちょっと狭いけど」

「はい。トレイで持ち運べるようにしています」

「流石。それじゃあ2人はミサちゃんの手伝いをお願い。俺はアギ達を呼んでくるから」

「わかりました」

 

 船内へ入って行く2人。

 

 そしてユーマはエイリーク達に向かって叫んだ。

 

「エイリーク、飯にするよー! ……アギー!」

 

 ここでユーマはガンプレートを抜いた。

 

 

「5分、とっくに過ぎてるじゃないか、うらぁ!」

「ちょっ、待て。ぎゃあーーっ」

 

 

 はらいせと、食前の運動を兼ねてアギを撃ちまくった。

 

 +++

 

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