エピローグ-姉姫様のお帰り
40話以上も続けた番外編もこれでおしまい
次から3章です
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早朝。学園長室。
「ごめんなさいね。こんな朝早くしか時間が取れなかったもので」
「いいえ、そんなことは。無理を頼んだのは私ですから」
謝りたいのはむしろ彼女、エイルシアの方だった。学園長に頭を下げる。
運動会の終わった次の日。
エイルシアは学園長と面会する約束をようやく取り付け、こうして学園長室にやってきた。
「わざわざ機会を設けてくださりありがとうございます。それにアロウさんも」
「構わないさ」
学園で出会ったのは偶然。学園長を通して会って話がしたいと頼んだエイルシアに『アロウ』と呼ばれる彼女は快く応じてくれた。
女性としては長身で華奢。全身を構成するパーツがすべて細い。ある意味理想のプロポーションを持つエイルシアよりも年上の美女。
珍しい黒髪のエルフ。今は襲名しているのだが、『オーバ』の姓を名乗っていたこともある。
彼女は今代の《弓》。勇者である。
アロウは気さくにエイルシアに話しかけてくる。
「イゼットさんとは《盟約》もあるからね。学園を発つ前に挨拶するつもりでいたから丁度よかった。……それにしても」
「?」
まじまじとエイルシアは見つめられる。
「何か」
「君はもしかして……年下が好みかい?」
「なっ!?」
さらりと爆弾投下。
「いきなり何を言うんです!?」
「いや、初めて会った時ジンと同じくらいの子を連れていたからね。姉弟には見えなかったし、もしかしたらと」
もしかしたらなんだというのか。
その先は言わないアロウ。エイルシアをからかっている。
エイルシアは激しく動揺。あと「姉弟に見えない」と言われたのは案外嬉しかったり。
「そんなこと言うならあなただって」
年下の美少年と平然と腕を組んだりして……
「ジンは私の弟子だ。私はあいつを拾った責任を取る義務がある」
「責任? 義務って」
「私が持つすべての技を注ぎ、ジンを全力でいい男に仕上げる。それからいい女とくっつけてやって、私があいつを幸せにしてやるのだ」
「……」
なにか雰囲気に圧倒されてしまう。
「私の目に適う女がいないなら、ジンは私が食うけどな」
「食べちゃうんですか!?」
アロウ。弟子に『射抜かれている』かどうかは微妙なところ。
流石は勇者。外見に似合わず豪快なエルフにエイルシアはたじたじ。
「ああ。でも何かをしてあげたい、幸せにしてあげたいと思う気持ちはわかります」
「やはり。君とは気が合うと思っていたよ」
共感した。固く手を握り合う。
「400年前の《弓》と《風使い》は《剣》を取りあう程の険悪な仲だと聞いていたがな」
「時代は変わったんですよ」
「そろそろいいでしょうか」
学園長が年下好き同盟に割り込んだ。
「エイルシアさん。アロウさん。盛り上がるのは構いませんけど、わたしもあまり時間が取れませんから。そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか?」
「あっ、すいません。……でも」
エイルシアは困ったように室内を見回した。
彼女が話をしたいのは学園長とアロウの2人だけ。だけど学園長室にはもう2人いる。
1人は魔術科の教師で学園長の側近ともいえるオルゾフ。エイルシアは彼から得体のしれない何かを感じる。
感じ取ったのは厳重に抑え込んでいる膨大な魔力。彼は表向き《魔術師》とのことらしいが、エイルシアには違うことがはっきりとわかった。
でも、オルゾフと名乗る教師はエイルシアのような《魔法使い》よりもむしろ、『彼女』の方に気配が似ていて……
「流石は《風邪守の巫女》。気付きましたか」
「!」
急にオルゾフに声をかけられる。エイルシアは酷く驚いた。
「あなたは、まさか」
「エイルシア姫。私のことはご内密に。それと今はいないものだと思ってくださって結構です」
「そんな、でも」
「落ち着いてください。……そうですね。気になるのなら国にいる妹君にでも訊いて下さい」
「妹……」
「私の名は《心火》。言えば彼女も思い出してくれるでしょう」
心火。燃え立つような激しい憎悪、憤怒の情。
死者の魂が飛び交う炎。
エイルシアは学園長を見た。変わらず穏やかに微笑んでいる。
知っている? オルゾフの正体だけではない。
エイルシアの義妹のことまでも。
「土産話にでもしてください。彼女が私のことを知ってどう思うか気になりますが」
「きっと」
言葉を失っていたエイルシアだったが、苦笑するオルゾフを見ると思いなおして笑みを返した。
「ラヴちゃんはすごく驚くと思います。そのあとできっと……あなたがいてくれたことをすごく喜んでくれます」
「そうだといいですけどね」
ラヴちゃん?
オルゾフは今の《病魔》を想像できなくて可笑しそうに笑った。
「エイルシアさん。オルゾフさんを呼んだのは機密保持の為の結界を張ってもらう為なのです。ご了承ください」
「わかりました。……彼女は?」
「孫娘です」
エイルシアが集まった最後の1人を見て訊ねると、学園長はそう答えた。
孫娘と呼ばれた彼女は不機嫌そうな顔をしている。彼女とはもうエイルシアは会っていた。
報道部部長。
エイルシアは彼女が学園長の血縁者と聞いてここにいる理由を納得する。
「では彼女が次の《槍》……」
「違う! おばーちゃん。ボクは『ランス』の名前を継ぐ気は全くないって言ったはずだよ。『ナクル』だって」
特ダネという餌に釣られ、誘い出された部長。騙されて祖母である学園長を睨みつける。
「あらあら。だったら早くわたしに旦那さんを紹介しなさいな」
「うっ」
「どこかへ嫁ぐというのならわたしだって強制はしないわ。お祖父さんは知らないけれど」
「ううぅ……」
「そのお祖父さんから匿ってあげてるのはわたしですけどね」
「……」
部長の家柄は複雑であり、それに伴い彼女は厄介な事情を抱えていた。
黙り込む部長。昔から学園長には勝てないらしい。
「まあ、今日あなたを呼んだのは《槍》や《拳》といった継承者の話とはさほど関係ないですけど」
「イゼットさん?」
「ええっ? じゃあなんでボクはここにいるのさ」
驚くエイルシアと部長に学園長は説明した。
「エイルシアさん。あなたが話そうとしていることは大体察しがついています。……ユーマさんのことですね」
「……!」
「ミツルギ君?」
部長はまだ事情が飲み込めない。
「何の縁があってか、この子は今日までの間に何度もユーマさんを助けています。まあ、それは持ちつ持たれつつの関係ですが」
「それが、なぜ?」
「彼女にもユーマさんの正体を話してあげてください」
「!?」
「勇者の継承者であることとは別にして、学園にいる間はわたしよりもこの子の方が力になってくれるはずです」
「……どこまで」
知っているの!?
エイルシアは学園長に畏れさえ抱く。
イゼット・E・ランス。
リーズ学園の学園長。かつての《聖王国》、その王家の血に連なる者。
400年も昔より、《槍》の名を預かる者の末裔。
「世界のあらゆる情報を集める癖は、祖先リーゼリットから続くわたしたちの宿命みたいなものです。この子もそうですし」
そうでしょう? と穏やかな笑みを孫娘に向ける学園長。
報道部の部長はばつが悪そうにそっぽ向いた。
「エイルシアさん。あなたが確認したいのは……わたしたち勇者の継承者が《残された者の盟約》を守る気があるかどうか、そうですね」
「……はい」
「ならばわたしは、わたしの預かる《槍》の名にかけて遠い約束を守りましょう。アロウさん?」
「いいだろう。その彼が本物ならば」
「ち、ちょっと《盟約》って? まさかミツルギ君は」
「お話します」
ここまで知られているならば話は早い。エイルシアは学園長の言葉を信じた。
《盟約》とは最後まで生き残った勇者たちの償いと誓い。
それは、もう2度と《剣》を生み出さないということ。
この世界の危機に対して、世界は同じ世界の人たちが守っていくということ。
《剣》の恩に報いること。それは今後異世界の住人が現れたなら必ず救い出し、元の世界へ還すことに協力を惜しまないこと。
《残された者の盟約》とは、エイルシアの願いと同じもの。
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学園長達の協力という確約を取り付けることができたエイルシア。
学園に来た最後の目的を果たした彼女は、残った時間で学園にいる時のユーマやエイリークの話を聞いた。
それからは楽しい会談となった。
学園長室をあとにすると、エイルシアは帰り支度の為に1度妹の寮へ。
途中、彼女は正門前で大きな十字架を2つ発見した。
「……ぐー」
「……」
エイルシアは、磔のままぐったりしているウサギの着ぐるみを発見してしまった。
「ユーマさん」
「……ん? あれ? おはようシアさん。早いね」
「ええ」
割と平気な様子で朝の挨拶をするボロボロのトニカ君。謹慎処分を破ったユーマは只今反省中。
隣の十字架はうさベアさんの頭を被ったクルスが磔になっている。
そもそも謹慎処分のきっかけ、スタジアムを消し飛ばしたのはユーマではなくエイルシアなので、彼女は少年に対してちょっと申しわけない。
「体、痛くなりませんか?」
「2度目だから慣れたもんだよ。ちゃんと着込んでるから寒くないし」
「2度目……着込んでるって」
着ぐるみを、である。
「こんな朝早くどうしたの?」
「今日学園を発つので学園長先生にご挨拶を。あとユーマさんやリィちゃんのこともたくさん聞いてきましたよ」
「えー」
ユーマはちょっとばつが悪い。
昨日のことといい碌な事をしてない自覚は彼にもある。
「変なこと、聞いてないよね?」
「どうでしょう? たとえば……《歌姫》さんを護衛するお仕事なのに彼女を埋めてしまったり」
「もういいです」
聞かなければよかった。
「もちろんいいお話も聞きましたよ。ユーマさんのおかげでリィちゃんがむやみに物や人を吹き飛ばすことが少なくなったとか」
「……うん。まあね」
被害がユーマやアギに集約しているだけだ。
がっくりするユーマ。片耳になったトニカ君のうさ耳もしょんぼりうなだれている。
エイルシアはそんなユーマを複雑そうに見て、改めて訊ねてみる。
「ユーマさん。あなたは学園にいて、楽しいですか?」
ユーマは彼女に正直に答えた。
「……まぁ。割と」
「そうですか」
エイルシアは僅かに微笑んだ。
よかったかもしれない。ずっと風森の国にいるよりは。
エイルシアはユーマの秘密を学園長達に話したのだが、学園長達もまた、彼女の知らないユーマの秘密を教えてくれた。
まず学園長が学園のエースとなったユーマが沢山の依頼をこなしてどれだけ学園に貢献しているのかを話してくれた。
《エルドカンパニー》をはじめとする《組合》の技術士たちと共同で物を作ったり、ある時は食堂の新メニューを考えだしたり。戦闘関連の訓練や指導も積極的で魔術師用の新術式も幾つか開発したらしい。
自警部の仕事を手伝って学園の治安に努めもすれば、運動会のような生徒会の企画運営の手伝いなんてことも。
新しい企画や試みを興せば、エースの任務で得た報酬を元手に学生ギルドで募集をかけて多くの生徒にテストや作業を頼み仕事も斡旋している。
エースの任務となれば使役する精霊たちの力やガンプレートの高い汎用性が大いに役立つ。
癖の強い《Aナンバー》の誰と組んでも相性が良く、どんな困難な任務も仲間たちと協力して達成。多くの戦果をあげている。
もちろんアギ達と無茶苦茶やって自警部部長や生徒会長に迷惑かけることも多々あるし、学園に大損害を与えることだってある。
ユーマが未だ学園を追放されずエースのままでいられるのは、今までの功績というか善行が辛うじて彼の悪行を上回っているおかげである。
いつだって首の皮1枚のような気もするけれど。
また、エイルシアは学年主任であるオルゾフの話からユーマが主に社会系、世界史や地理の授業を選択し学んでいることを知った。
報道部の部長の情報では、彼は時間があればしょっちゅう大図書館、《塔》の地下に潜り込み、秘蔵の著書や研究資料を漁っているという。
エイルシアはわかったことがある。
ユーマは積極的に学園の皆と関わることでここに自分の居場所を自分の力で確保しようとしている。
ユーマはこの世界のことを詳しく学び、調べることで何か大事なものを探そうとしている。
ユーマが風森の国へ戻らず学園に留まった理由。エイルシアが知りたかったその答え。
ユーマは。
長期戦の覚悟で自分の世界へ還る方法を探している。
諦めていない。エイルシアはユーマの還る意志をはっきりと理解した。
なぜなら《塔》の地下、《迷宮》に遺されたものの多くは《召喚》に関する研究書と異世界の勇者、《剣》の伝記ばかりなのだから。
ユーマが学園にいるはきっと準備期間なのだ。時がくればきっと旅立つ。
「ユーマさん」
「何? シアさん」
「約束しましょう」
いつか。
自分を救ってくれたこの少年は、本当に自分1人の力で元の世界へ還ってしまうのかもしれない。
(私の力なんて必要ないかも)
そう思うと少し寂しい。いつの間にかいなくなってたりしていたら、もっと。
「夏休み。必ずリィちゃんと一緒に風森の国へ帰ってきてくださいね」
「? わかった」
だから約束をしよう。
もう1度、再会する約束を。
「待ってますから。ラヴちゃんも、お母様だって」
「そっか。王妃様は目を覚ましたんだっけ。快気祝い、何がいいかな?」
「? 何のお祝いなんですか、それ?」
「あれ? ないの?」
「ないんですよ」
笑い合う2人。
いつまでも笑顔でありたいと彼女は思う。
少年が還る、その時まで。
ずっと。
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エイルシアが立ち去ったあと。
「エイルシア・ウインディか」
「クルスさん? 起きてたんですか」
「彼女は、強いな」
「……まさか」
「ミツルギ」
「……」
「闘っていいか?」
「あんた、ほんとそれしかないんですか」
以上。磔バトルマニアの話。
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「リィちゃん?」
「……シア様ですか」
次にエイルシアが出会ったのはアイリーン。
エイルシアは昔から妹と同じくらいアイリーンを可愛がっており、区別する必要がなければ2人とも同じ呼び名で呼んでいる。
「リィちゃんはリィちゃんみたいに朝の稽古?」
「わかりにくいですよ」
本人以外は。
「いえ、今朝はちょっと散歩していました。魔術の訓練をするには今ひとつ集中できなくて」
「そう。ゲンソウ術の魔術は魔法と違って集中の仕方が違うものね」
「ええ」
「……」
会話が続かない。
昔はもっと『シアおねえちゃん』と慕ってくれていたのでちょっともの寂しいエイルシア。
「何か悩みごとでもあるの?」
「そんなことは」
「ユーマさんと仲直りした?」
「っ!?」
いきなり核心を突かれた。驚いてアイリーンの蒼い瞳は大きく開かれる。
「どうしてそうお思いに?」
「昨日のお昼のやり取りを見てますから」
「そうでしたね」
「それに私、《魔法使い》ですよ?」
「……ふふっ」
アイリーンは思わず笑ってしまった。《魔法使い》のくだりは幼少の頃によく言われていたことだ。
「懐かしいです。私やエイリィが何でもできるシア様に『どうして?』って訊ねると、いつもこう返されてましたね」
――私はお姫様で魔法使い。しかもお姉ちゃんだからすごいんですよ
「……そんなこと言ってたんですか、私」
「ええ。よく覚えてます」
「恥ずかしいですね」
「あの頃のシア様は今の私よりも子どもでしたから」
けれどその『魔法使いのお姉ちゃん』こそがアイリーンの憧れで、理想だった。
今でもそう。
綺麗で何でもできて、困った時はいつも助けに来てくれた幼馴染のお姉ちゃんは、魔法使い。
「それでは……ちいさなお姫様。この魔法使いめにお話し下さい。あなたの願い、私が叶えてあげましょう」
昔を思い出し、芝居ががった台詞で相談に乗るエイルシア。
「魔法使い様。あなたに願うことはありません。ただ、1つだけ貴女にお訊ねします」
「何でしょう」
アイリーンは訊ねる。
エイルシアに話すのは少し躊躇いがあるけれど、きっと確かな答えを与えてくれるはず。
「ユーマさんはどうして、あの時私の前に現れたのでしょうか?」
「……え?」
昨日、アイリーンは『抜け忍』という怪しい忍者に真実というものを話された。
聞いたことはユーマは1度《剣闘士》と戦い完全敗北しているということ。彼女が知ったことは《闘気剣》はユーマに刻まれた恐怖の《幻想》だということだ。
ユーマは斬られそうになった時に感じた死の感触を、叩きのめされた敗北感も相まって払拭しきれずにいたらしい。
「なのにどうして、あの人は私を庇ってくれたのでしょうか? 怖いと言っていた《剣闘士》を前にして」
一応の答えは『抜け忍』から聞いている。わかるようでわかりたくないようなもどかしい答え。
鵜呑みしてしまえば何かが変わってしまう。だからアイリーンはぐるぐるしていた。
「たかが運動会の競技です。庇われなくとも私が多少怪我をするくらいで済むことだったのです」
「……」
「あの人が謹慎を破ってまで、正体を明かすような真似をする必要はなかったのに」
「リィちゃん」
エイルシアはちょっと呆れる。
「はい」
「本気で聞いてる?」
「え?」
「そんなのリィちゃんだからに決まってるじゃないですか」
――『あの子』みたいに大切なものを傷つけられ、失うことこそユーマさんが1番怖れていることだから
――お姫様、貴女だから後輩は
形振り構わず、《剣闘士》に刻まれた恐怖の《幻想》を打ち破ってまでして。
「あなたを守ってくれたんですよ?」
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アイリーンが真っ赤になって走り去るのを見送ったあと。
『お姉ちゃん』の義務を果たしたエイルシアは、自分の精霊を喚びだした。
「……ねぇ、カレハ」
「何でしょう、エイルシア様」
「こういうの、何といったかしら?」
紅葉色の精霊は答える。
「確か……素敵なお塩を差し上げる、かと」
ユーマ(原文)→風葉(変換)→カレハ(意訳)と伝わった謎の故事。
「複雑です」
しょっぱい顔をした。
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出立の時間になった。
「リィちゃん。毎日ちゃんとごはん食べてね。夜更かししないで寝る前に歯も磨くのよ」
「姉さま……」
今度の「リィちゃん」はエイリーク。またもや『お姉ちゃんモード』全開のエイルシア。
「剣の修行ばかりじゃなくてお勉強もしっかりしてね。あと女の子なんだからお肌と髪の手入れにもっと気を配らなきゃ駄目よ。身だしなみも髪型とか服ももっと可愛いの着て欲しい……」
「姉さま!」
暴走中。
「大丈夫ですシア様。リィちゃんにはわたしがいますから」
お任せ下さいと胸を張るミサ。
ここ数日でエイルシアは気付いたのだが、この妹の幼馴染は『リィちゃんの親友兼専属侍女』と名乗る割にむしろ保護者として過剰に振る舞うきらいがある。
「リィちゃんはわたしが必ず、騎士服よりもドレス姿が似合うお姫様に矯正して見せます」
「よろしくお願いね」
姉としては問題なかった。
エイルシアのお見送りはエイリークとミサの2人だけ。
「姉さま。ユーマには会わなくていいの?」
「今朝のうちに挨拶は済ませましたから。あ、でも」
エイルシアは大事なことを忘れていた。
「エイリーク。あなたにお願いするわ。ユーマさんに気をつけて」
「姉さま?」
「ユーマさんが無茶するのを止めて欲しいの」
「……アイツはいつも無茶苦茶よ」
嫌な顔をするエイリークだったが、エイルシアの表情は真剣。
「そういうことではないの。……本当に、誰もがどうしようもない窮地に立たされた時。ユーマさんは必ず《本気》で立ち向かうはず。私とラヴちゃん、それにあなたの時と同じように」
「……」
「それだけはやめて欲しいの」
「わかったわ」
「リィちゃん?」
あっさりと頷く妹に姉は呆気にとられる。
「皇帝竜事件も、運動会の時もそう。アイツはいつもあんなだから姉さまは心配するのよね?」
「リィちゃん」
「だから面倒をみてあげるわ。アタシやアイリィ、アギやポピラ。みんなで」
「うん。……ありがとう」
伝えなくても妹はわかってくれていた。
1人じゃきっと何もできない。何も見つからない。
でも誰かといたなら、皆でいろんなものを分け合って支えてあっていけたら。
ひとりじゃないと伝えることができたなら。
「……ユーマさんだって1人で無茶なんてしない。どんな困難も、みんなの力で乗り越えてくれる」
「姉さま?」
「お願い。ガンプレートや精霊の力まではいいの。ユーマさんに拳を、それを使わせないで」
「拳?」
「右だけならともかく、左だけは絶対」
スタジアムを消し飛ばしたのはエイルシア。だがスタジアムを消し飛ばした《ゴッドフリート》を消し飛ばしたのはユーマだ。
あの力を得るきっかけを与えたことをエイルシアは後悔している。
「それって」
「ユーマさんだけの《幻想》、あの人だけのゲンソウ術。あれを多用しだしたらユーマさんはきっと誰も頼らなくなってしまうから」
「わかったわ」
姉妹はあたらしい約束を交わした。
「そろそろ行くわね。楽しかった。学園に来ることができて本当によかった」
「またね。姉さま」
「ええ。今度は夏の風森の国で。……カレハ、行きましょう」
「はい。エイルシア様」
こうしてエイルシアはちいさな護衛を連れて風森の国へ帰って行った。
ユーマやアイリーン、報道部部長など学園にいる多くの人に影響を与えて。
そしてエイリークは。
のちに、この日に交わした約束を破ってしまうことで、彼女は1つの転機を迎えることになる。
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おまけの話。
「……アンタ、何してんの」
「打ち上げ」
全校生徒で一斉に行われた運動会の片づけが終わった頃。
食堂の1室を間借りして、『コロデ小隊祝勝会』なるものを開いているのは『教官』ことユーマ。
室内の熱気がすごいことになっている。覆面野郎共が数人どころか数十人も集まった異様な空間。
祝勝会。またの名を『天下無双薙刃神教、武人たちの宴』。
「磔はどうしたのよ」
「着ぐるみから抜け出して、中に砂更の砂を詰めておいた。しばらくはバレないよ」
覆面パーティーは一応自分を隠すためらしい。
「……」
「エイリークも食べる?」
どうもまた食堂の厨房を借りたらしい。テーブルにはメニューにない料理がたくさんある。
「教官! 第3テーブルの部隊はすべて撃破。至急増援を」
「司祭様。おかわりをお願いします!」
「よし! 次は姉さんの師匠、陽香先生直伝のミックス玉だ」
「おおっ!?」
お好み焼きだった。
エイルシアの心配を余所に、今日も少年はマイペース。
「姉さまの心配を、返せぇぇぇぇ!!」
だから今日も吹き飛んだ。
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