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幻創の楽園  作者: 士宇一
幕間章 合戦編
103/195

騎馬戦 -完結編-

騎馬戦はこれで終了。次回が番外編のエピローグ


……ほんと長々と続けてすいません

 

 +++

 

 

 前回からの続き。まずはエース達から。

 

 

 うさベアさんこと《剣闘士》、クルスの暴走にエース3人がかりで対抗したトニカ君こと《精霊使い》のユーマ。

 

 途中、リアトリスとミヅル、それにエイリークがクルスを止める為に救援に駆けつけてくれた。

 

 稀に起きる《剣闘士》の暴走はエース全員で止めるのが暗黙のルールなのだ。

 

 

 ところが。

 

  

 その10分後。彼らの奮闘虚しく、クルス1人に6人は全滅しかけていた。

 

「なんや。6人がかりでこのザマかい。……くそっ、いっそのこと本気を出せば」

「あはは。そしたらクルスも容赦なく《闘気剣》を使ってくるよ。殺し合いになるけどいい?」

「うっ、それは」

「そんなの私の方からお断りよ。でも、エースが5人もいてこの結果はちょっと、ね」

 

 同じ《Aナンバー》である彼らさえも、学園最強との実力差を改めて思い知らされる結果に。

 

「生徒会長を探しに行ったクオーツ達はともかく、ミストの奴はどうした!」

 

 また、『抜け忍』こと《霧影》のミストは参戦もせずアイリーンと何か話をすると、そのままどこかへと消え去った。

 

 

「……」

 

 アイリーンはどこかぼんやりとした様子で突っ立ったまま。

 

 彼女はトニカ君のほうをじっと見ている。

 

 

「もう終わりか?」

「散々暴れたくせに何つまらなそうに言ってるんですか」

 

 突っ込むユーマ。トニカ君の着ぐるみはボロボロだ。角は折れて耳も片方が千切れてしまっている。

 

 勝機が全く見えない。エイリークはユーマに訊ねてみる。

 

「どうするのよ? アギもどこかへ行ったっきり帰ってこないし」

「アギか」

 

 エイリークの馬を担いでいたアギは随分前からいない。それはユーマが彼に1つ頼みごとをしていたからなのだが。

 

 

 そろそろアギも『仕込み』を終えているだろう。切り札は何時だって使えるはず。

 

 

「こうなったらもう、あれしかないか」

「あれ? 何か手があるの?」 

「ああ。クルスさん相手なら最初から『痛み分け』には持って行けたんだ。ただ俺が使いたくなかっただけで」

「そんなの、もったいぶらないでさっさと使いなさい」

「……了解」 

 

 切り札はユーマにとって諸刃の剣。

 

 エイリークに急かされたことはともかく、覚悟を決めた。

 

 

 ユーマは最強最後の手段、精霊の力さえも使わない無敵の呪文を、叫ぶ。

 

 

 

 

 

「出番です。先生、せんせぇーーい!!」

 

 

 

 

 悪党の小物くさいそのセリフ。 

  

「……は?」

「何だと」

 

 

 奥義、《教師召喚》。

 

 

 唖然とするエイリーク達。

 

 拍子抜けしたその一瞬がクルスの致命傷となる。

 

「先生、ってまさか」

「……クルス」

「「!」」

 

 速すぎて、もう遅かった。

 

 

 現れたのは、枯れ木ような体躯の小柄な老人。ヒヒの仮面を被っている。

 

 この老人こそ《剣闘士》の師匠である《気》の伝道者。学園最古の教師。

 

 

 またの名を《超闘士》。

 

 

 とん、と軽い跳躍。ウロン老師は一瞬でクルスとの距離を詰める。

 

「老師!?」

「弟子よ。お前はまた教えを破り学園で《闘気剣》を振るったそうじゃな」

「まさか! 今日『は』1度も使っておりません」

 

 必死に、冷や汗だらだらで嘘をつくクルス。彼はマークの檻から脱出する際に闘気の刃を創りだしていたりする。

 

「そうか。……アギからお前に口止めされていた件があると聞いたが」

「!? ミツルギぃ!!」

 

 

 ――老師に話しやがったな!?

 

 

 学園最強といわれる彼が余裕を失くしている。パニック状態。

 

 クルスは教えを破った時の老師が死ぬほど怖かった。

 

 

 ちなみに。

 

 

 この時ユーマは風葉と一緒にトニカ君の顔で「あっかんべー」の仕草をしている。

 

 ジェスチャーを言葉にするとこうなる。

 

 

『運動会で何1人マジでやってるんですか。騎馬戦もめちゃくちゃにしやがって、この戦闘狂脳筋』

 

『俺が相手するまでもないんですよ。クルスさんなんて、おじいちゃん先生にやられてしまえ!』

 

『ばーか、ばーか、ばーか』

 

 

 兄である光輝の真似をした、馬鹿にしたユーマの態度。

 

 クルスは風葉の罵倒まで聞こえた気がした。

 

 

「この野郎」

「馬鹿弟子が。3年にもなって少しは自制を覚えんか。では」

「違っ、待ってくれ、老……」

「制裁」

 

 放たれたのはクルスの首を狩り取るような鋭い回し蹴り。次の瞬間、クルスの姿は消えた。

 

 弾丸のように一直線。水平にまっすぐ、彼方へ。

 

 クルスは蹴り飛ばされた。

 

 

 瞬殺。

 

 

 まざまざと見せつけられた生徒と教師の力の差。

 

 そして何故か勝ち誇るユーマ。

 

「ふっ。勝った」

「んなわけ、あるかぁああああああ!!!」 

 

 唸る旋風。

 

 エイリーク新必殺のツッコミ、《昇華斬あっぱー》がユーマに炸裂。

 

「ぐはーっ!!」

「生徒のいざこざに教師を介入させるのは学園の生徒の、暗黙の禁じ手よ。覚えときなさい!」

 

 垂直に、まっすぐ、天に向かって打ち上げられるユーマ。

 

 それから地に墜ちた。

 

 

 ぐちゃ。

 

 

 

 

「……」

「思い切りの良い拳じゃ。鍛えれば立派な《闘士》になれそうじゃが、どうかの?」

「お断りします。私は剣士を志すので」

 

 感心する老師の誘いをやんわりと笑顔で断るエイリーク。

 

「それは残念。では教師としてこ奴らを連れて行こう」

「どうぞ」 

「「……」」

 

 

 老師が不肖の弟子と謹慎処分中の生徒を連れ去ることで騎馬戦は本当に幕を閉じた。

 

 +++

 

 

「……ブソウ。これお願い」

「お前という奴は。久々に顔を見せたと思えばこれか?」

 

 捕まえた編入生たちをブソウに押し付ける《黙殺》。

 

「……仕事する貴方は素敵よ?」

「棒読みで疑問形。それで褒めたつもりなのか?」

 

 

 自警部部長の宿命か。今日も彼は職務に追われることに。

 

 

 

 

 2つ目の話は編入生を捕まえたあとの、彼女の話。

 

 

 一段落したベスカは、この場を去る前にかつての仲間であるイース達に声をかけた。

 

「久しぶりね。……正直羨ましいわ。かつては同じ竜騎士団にいて、堂々と学園に残ることができた貴方達が」

「……」

 

 イース達は彼女を目にして戸惑っている。彼らの態度にベスカは少しだけ寂しく思う。

 

 同時に仕方ないとも彼女は思った。《竜使い》を裏切ったのはお互い様ではあるが、皇帝竜事件で《精霊使い》についたイース達とは敵対した関係でもある。

 

「それじゃあね。ワタクシとはもう、会うことはないでしょう」

「あのう、ちょっと待って」

 

 代表してイースが彼女を呼び止めた。

 

「何かしら?」

「失礼ですけど、どなたですか?」

「……」 

 

 ベスカは沈黙した。

 

 

(まさか。彼らでさえワタクシの『変装』に気付いてないというの?)

 

 

 表向きは学園にいないことになっている、ベスカさんことリリーナ・コンベスカ。今も彼女は金髪のかつらとニット帽を被った『リリーナさん』の変装をしている。

 

 ベスカだと気付かずに疑問を口にするイース達。

 

「あなたみたいな人が本当に竜騎士団にいたのですか?」

「曹長! 女性に対してなんと失礼な。早く思い出して私に紹介して下さい」

「王子、戻ってます」

「兄弟、覚えてるか?」

「いいや」

「こんな美人、忘れるわけがない」

 

 内緒話どころかがやがやと騒ぎたてる。エイヴンなんて素に戻ってしまってる。

 

「貴方達は」

 

 ベスカは呆れを通り越して怒りを覚えた。

 

 何より、変装した自分を美人と褒められても嬉しくともなんともない。

 

 

 ベスカは憤ってうっかり正体を明かそうとした。

 

「い、いいですか。ワタクシは竜騎士団の幹部の1人だった……」

「リリちゃん!」

「大丈夫でしたか? リリーナさん」

「リリーナ? そんな名前の奴いたか?」

「さあ?」

「……」

 

 またもや押し黙ることになるベスカ。諦めた。

 

 

 彼女に駆け寄って来たのはリンとジン。

 

 ベスカは変装でジンに正体を気付かれてないことは前から知っている。むしろ絶対に気付かれたくないのだが。

 

「リリちゃん。大丈夫だった? 刃物向けられて怖くなかった?」

「……ええ」 

 

 問題は抱きついて彼女を心配するフェアリーの親友。

 

 相変わらずね。そう思いつつもベスカは曖昧な返事をした。

 

 

 実は《濃霧》の中で迷子になったリンを、ベスカは正体がばれる覚悟で保護に向かったのだが、変装した自分にまさか全く気付かれないとは思いもしなかった。

 

 リンは変装した彼女のことを『リリーナ』という別人で認識してしまっている。

 

 

「……親友と思っていたのはワタクシだけだったのかしら」

 

 

 正体はばれない方が良いに決まっているけれど。内心複雑。

 

「ねぇねぇ、リリちゃん」

 

 そんな彼女の心情を知らないリンは『リリーナ』に声をかける。

 

 にこーっとした無邪気な笑顔は相変わらず。意地悪で耳をつねってやりたくなる。

 

「……なんでしょうか?」

「よかったね。ジンに助けてもらって」

「っ!?」

 

 ドキリとする発言をいきなり言うのも相変わらず。

 

「ジンは弓を使うと一段とかっこいいんだよ。ちょっと羨ましいな」

「……!」 

 

 だけど、この照れ気味に恥じらう親友の表情は初めて見た。

 

 

(この子はっ!)

 

 

 ジンに『射抜かれている』。

 

 

 ユンカのみが習得しているという識別能力をベスカは、《射抜く視線》の副作用も何も知らないまま本能で理解してしまった。

 

 ベスカは無意識にリンの尖った耳をつねり、ジンを睨みつける。

 

「リリーナさん?」

「リリちゃん!? 痛い、痛いよ~」

 

 じたばたするリンはこの際無視。

 

「あの、リン先輩が」

「いいのよ。手加減してるから。それよりも貴方。この子に手を出したら許さないわよ」

「はぁ」

 

 それよりも手を離してあげた方が……。ジンはベスカの剣幕の前にその一言が言えず、リンを助けられなくておろおろ。

 

「た、助けて~」

「先輩!?」

 

(何よ。りんりんばかり心配して。先程はワタクシのこと守ってくれたくせに……って!?)

 

 ベスカは何かとんでもないことに気付きそうになって、慌てて思考をシャットアウト。

 

「リリーナさん?」

「黙って。……ちょっと落ち着きたいから」

「いえ、その前に手を……」

「やめてリリちゃん。耳がのびる~」

「先輩!?」

 

 ベスカは顔を真っ赤にしながら、手慰みにリンの耳をいじりまわし続ける。

 

 

 彼女の奇行はジンに対するリンへの嫉妬か。それともリンに対するジンへの嫉妬故か。

 

 未だジンに『射抜かれた』自覚のないベスカの心情は親友の存在で一層複雑となり、1人でずっとぐるぐるすることに。

 

 

「リリーナさん、いい加減にしないとリン先輩の耳が」

「ああっ! でもこの絶妙な力加減は怒った時のベスカちゃんそっくり……」

「……そこまでわかっていながら、貴女という子は!」

「きゃあ~」

 

 

 リン(天然)、ベスカ(無自覚)、そしてジン(無節操?)の三角関係。

 

 

 

 

「あいつは、私の生涯の敵ではないだろうか?」

「王子……」

 

 傍目からは美少年が女の子2人と楽しそうにはしゃいでいるようにしか見えない。

 

 

 ジンを羨み、嫉妬する彼の敵は増える一方。

 

 +++

 

 

 運動会の騎馬戦、そこで起きた編入生の事件とエースの場外乱闘、そのすべてが終わろうとした頃。

 

 

 生徒会長はとある校舎の裏で佇んでいた。報道部の中継で騎馬戦を観戦しながら。

 

 彼はトニカ君が現れたのを見ると、そろそろ迎えが来るはずと踏んでいた。

 

「セイ!」

「無事か?」

「やあ。クオーツ、メリィ」

 

 現れたのはクオーツとメリィベル。

 

「早かったね。騎馬戦を途中で放棄してロートさん達にリンド先輩を押し付けてきたなら当然か」

「何を呑気なことを。……こいつらは?」

 

 生徒会長の近くに積まれているのはロープで縛られた学園の生徒たち。

 

 中には編入生でない生徒も、まして学園の生徒でさえない者もいる。

 

「襲撃者。僕を狙ったね」

「……!」

「拉致か暗殺か。目的はまだわからないけど『本物』だよ。《濃霧》を発動したあの時にね」

 

 襲われたんだよ、と生徒会長。

 

 本物。

 

 生徒会長の素性を知り、彼を狙って密偵や暗殺者を学園に送り込んだり、潜伏させていた誰か。

 

「やっと捕まえたよ。こんな物騒な奴ら、僕のせいで学園にのさばらせたままなんてできなかったら」

「まさか、わざと囮になったのか? 騎馬戦で俺やセルクスと離れて行動しようとしたのは」

「その通りだよクオーツ。彼らもだから油断して……メリィ。いい加減止めてくれ」

「がう、がう」

 

 メリィベルは、両手に付けたベル子さんグローブで生徒会長をかぷかぷしていた。うっとおしい。

 

 生徒会長の護衛としては心配以上にとても憤慨している。

 

「セイ。メリィは怒ってるんだぞ。1人で危ないことしたら駄目じゃないか」

「悪かった。でもちゃんと護衛は頼んでいたから僕に危険はなかったよ」

 

 心配する2人の精神衛生上、気絶させられたことは黙っておく生徒会長。

 

「護衛……もしや《霧影》が」

「そうだよ。裏の戦いで《忍者》である彼ほど頼りになる人はいないからね。僕の事情も容易く口にすることはしないだろう」

「……あいつ」

「ううー。変態め、よくもセイを」

 

 頼りにされず、若干拗ねている生徒会長の側近たち。ミストに嫉妬してさえいる。

 

 

 これはユーマも知らない裏舞台の裏の話。生徒会長の事情。

 

 

 もう終わったことだと、クオーツは溜息をついた。

 

「今度からは俺達にも相談してくれ。そうでないと俺とセルクスがお前の側にいる意味がない」

 

 生徒会長の《騎士》は念の為釘をさしておく。

 

「わかった。今度から気をつける」

「そうしてくれ。ミツルギのように動かれては困る」

「……彼か」

 

 

 ここからは裏舞台の話。

 

 

「あのあと僕は彼の実行委員会に連れ去……いや、保護されてね。メリィ、睨まないでくれ。僕は大丈夫だったから……それで彼と話をしたんだよ。編入生の扱いのことで、ってクオーツ?」

「そのことも俺は聞いてなかったな」

 

 クオーツもメリィベルと同じく、問い詰めるように生徒会長を睨みつけた。

 

「編入生は《会長派》の戦力に取り込むだけだったはずだ。どうして彼らに功を急ぐように唆せた? それで学園に余計な混乱を招くことはお前には想定できたはずだ」

「学園の生徒が問題なく治めることもね」

 

 平然と答える生徒会長。

 

「その点でもミツルギ君は大したものだ。編入生のことも知らない段階から、あらゆる事態を想定して実行委員会を編成していたのだから」

 

 また、ユーマの作った実行委員会を承認したのは生徒会長である。

 

「話を逸らすな。俺はお前がなぜそうしたかを聞いている」

「……クオーツ。君が気に入らない話だよ」

 

 そう前置きして生徒会長は話した。

 

 

 編入生を使った生徒会長の思惑。それは『敵』を用意すること。

 

 生徒の成長を促す刺激、事件を彼は編入生を使って起こそうとした。

 

 勿論《会長派》の戦力増強も考えてはいたが、それは彼の優先順位の中では下でしかない。

 

 

 学園の総合力が高くなる方が彼にとって後々都合がよかった。

 

 

「僕達は今以上に強くならないといけない。来るべき時の為に」

「……」

「事件を起こした編入生は学園ではこれからずっと悪者だ。居場所を失くした彼らは裏で援助してやれば僕に縋りつくようになり、使いやすい駒になる」 

「! セイ、お前」

「比較的平和な学園にいる僕たちが急成長するには、皇帝竜事件のような試練がもっと必要なんだ。僕はそう思う」

「その為に編入生を自分で集めておきながら、切り捨てる気なのか?」

 

 窘めるべきだ。目的の為とはいえ、生徒会長の行いをクオーツは許せそうにない。

 

 だが、その前に生徒会長を咎めた少年がいた。

 

 

「いいや。このことを知ったミツルギ君は僕に言ってきたよ」

 

 

 ――道具じゃないんだ。彼らを同じ学園の仲間だと扱ってください

 

 ――あなたが責任を取るべきだ。編入生を捨てるような真似をするなら、俺は……

 

 

 以前ユーマは生徒会長にこう言ったことがある。学園のことで手伝うことがあれば手伝うし、間違っているのなら全力で止めると。

 

 

 ユーマの《本気》を生徒会長はついさっき目の当たりにした。

 

 恐ろしかった。生徒会長はユーマに選択を迫られたのだ。

 

 

 自分の態度1つで《会長派》どころか学園を潰しにかかると。

 

 

 ユーマが見せたのはあらゆる力を駆使してでも喰らい、潰すという暴虐なほどの決意。

 

 それでいながら生徒会長に対して敵意も殺意も映さなかった、澄んだ色をした黒い瞳。

 

 

 あんな矛盾を孕んだ瞳の色を彼は知らない。

 

  

(いや。僕は2人、あんな目をした人を知っている)

 

 正義や悪という余計な概念を捨てた、力を振るうことに躊躇いを失くした目を。

 

(あの人と違い、彼は自分の意志で切り替えることができるのか? だとしたら)

 

 彼の知る2人の内の1人、《剣闘士》と同じだ。

 

 

 生徒会長は思い知らされた。《精霊使い》は《剣闘士》と本質は同じだと。

 

 学園の守護者にも破壊者にもなれる危険を孕む存在だと。

 

 

(学園長が《Aナンバー》とは別の《アナザー》のエースを作った狙いはまさか……)

 

 

 その考えは無理矢理封じ込めた。推測でしかない。

 

 

「クオーツ。それにメリィベル。編入生は皆、僕らで面倒をみるよ。……彼を敵に回したくないからね」

「……そうか」

「軽蔑するかい?」

「いや。俺もセルクスもお前の《騎士》だ。最後までお前を守り、信じよう」

「ありがとう。まあ、編入生のことは最初からそのつもりだったけどね。やり方が少し変わるだけさ」

「……」

 

 クオーツは不審に思ったが、顔と口には出さなかった。

 

 生徒会長は今後のことを彼に伝える。

 

「編入生たちは一旦君達に預けるから指導を頼む。使える者は早速《蒼玉》で鍛えてくれ。人格に問題のある者は今度結成するヒュウナーの騎士団へ。荒っぽい連中の扱いは君より彼の方が向いているはずだ」

「……了解した」

「セイ。メリィはどうする?」

 

 難しい話が終わったと、話に混ざってくるメリィベル。

 

「そうだね」

 

 生徒会長は無邪気に抱きつく着ぐるみに辟易しながら――中身の柔らかい何かを意識しないようにしながら――彼女に1つ頼みごとをした。

 

 

「とりあえず着替えを用意してくれないかな? まだ外は寒いよ」

「あ」

 

 

 ユーマにトニカ君の着ぐるみを剥ぎ取られた生徒会長は今も下着姿のまま。

 

 クオーツは言われてやっと気付き、配慮のない自分を恥じた。

 

 

「……すまん」

「セイ。水中戦用のかえるさんでいいか?」

「……とりあえずはね」

 

 なぜカエルで、メリィベルがどこから着ぐるみを取り出したのか、生徒会長は突っ込みさえしない。

 

 

 

 運動会、ひいては騎馬戦内で起きた事件と争いの数々は、これで一応の決着がついた。

 

 +++

 

 

 運動会が終わった翌日。

 

 

 学園の正門前には磔にされた2人の姿があった。

 

 ユーマとクルスだ。

 

 ユーマは謹慎処分を破った罰、クルスは以前老師の教えを破ったことがばれたせいで、とりあえず2人は一晩外で反省させられることになった。

 

 

 

 

 その日、エイルシアは磔にされたユーマを複雑そうに見て、こう訊ねている。

 

 

「ユーマさん。あなたは学園にいて、楽しいですか?」

 

 

 ユーマは彼女に正直に答えた。

 

 

 

 

「……まぁ。割と」

  

 +++

 

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