騎馬戦 最終決戦2
コロデ小隊、最後の戦い
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激闘。
エイリークの《旋風剣》にリアトリスの《烈火剣》。
ミヅルの高速斬撃にクオーツの《水槍》。
「その程度で」
集中攻撃されるうさベアさんは、四方から来る4人の攻撃をほぼ同時に受け止めた。
「嘘」
「くっ、この非常識め」
ミヅルとクオーツの攻撃を両手の棒で防がれた。
問題はエイリークとリアトリスの攻撃。うさベアさんはその長い耳を自在に操って2人の攻撃を防いだのだ。
「なによ、あの耳」
「《操剣術》の応用か。うっ!」
うさベアさんが4人の攻撃を1度に跳ね返した。
「メリィもいるぞ!」
すぐさま攻撃を仕掛けるケルベロス、の着ぐるみ。
『けるベル子』ことメリィベルは、両手に付けた犬の人形型グローブをパクパクさせて攻撃。
見ため以上に鋭いワン・ツー。それからラッシュ。
スピード型の着ぐるみを身に付けた彼女の攻撃の速さに残像が見える。
うさベアさんは2刀流高速剣技、《五月雨》で対抗。スピード勝負は互角。
「わううううう。今だ、クオ」
「くらえっ」
クオーツはその隙にうさベアさんの背後をとり、《水弓》で狙い撃つ。
3連射。でも、それさえうさベアさんは、うしろからくる水の矢をうさ耳で器用に弾き返す。
「やはり《気》で読まれるか」
「それでも攻め続けるしかないでしょ」
今度はミヅルだ。
「飛ばすわよ」
斬撃を飛ばすという意外とポピュラーなその技は《翔ける斬撃》。
ミヅルはメリィベルごと、うさベアさんを斬り飛ばそうと斬撃を飛ばす。
「っ!」
「うわぁぁっ」
うさベアさんは騎馬から真上に高くジャンプして斬撃を回避。
メリィベルも慌てて頭を引っ込めた。
「あら、残念」
「ミヅル! よくもやったな」
「今は喧嘩をするな。来るぞ」
騎馬の上に難なく着地するうさベアさん。今までの波状攻撃に全く応えていない様子。
「メリィベル、合わせろ!」
「わかったぞ。ベル子さんファイヤー」
リアトリスの放つ火属性、放射攻撃術式の《凰火砲》に加えて、メリィベルの3つの口から吐きだされる火炎放射。
集中砲火。
「燃えろ!」
「単一の属性攻撃ならば」
うさベアさんは対火属性の魔法剣、《炎斬剣》で炎を切り払う。
「対応し易い」
「ならば」
「これで!」
続けてエイリークとクオーツの、風属性と水属性の同時攻撃。
《衝突風》
《激流槍》
すべてを吹き飛ばそうとする衝撃波と、すべてを飲み込まんとする水流波。
「ぐっ、流石にこれは……」
左右からくる攻撃の圧力にうさベアさんは2刀流の棒を盾に耐え凌ぐ。
そこへ、両手が塞がったうさベアさんをミヅルが強襲。
「――っ、斬!」
騎馬の上から跳び上がっての上段斬り。
必殺!
「……やっぱり貴方、反則よ」
「今の一太刀。見事だ」
真剣、白刃取り!
うさ耳で!
うさベアさんはそのまま耳で、ミヅルを掴んだ棒ごと投げ飛ばした。
騎馬から落とされるミヅル。失格。
「これを被っていなければ危なかった。……あと4人だ。さあ、かかってこい」
何事もなく棒を構えるうさベアさん。心なしか気が弾んでいるように感じる。
「あの馬鹿、1人だけ楽しんでるぞ」
「戦闘狂め」
「なあクオ。あれは絶対メリィより《狂戦士》だよな」
あまりの無敵ぶりに正直戦意を失くしつつあるエース達。むしろ呆れている。
「もうこれって騎馬戦関係ないじゃない」
エイリークが思うのはごもっとも。
エースでさえない彼女はこのまま彼らの戦いに付き合わされることに。
そして――
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南軍の本陣を前にしたエイヴンはボロボロだった。
強行突破を図った際に滅多打ちにされたダメージは、思いのほか酷かったのだ。
騎手であるエイヴンがボコボコにされていたのは元より、騎兵同士でぶつかりあったイース達もまた、散々痛めつけられていた。
「少尉殿、まだいけるか?」
「……無論だ」
イース達はともかく、荒事に慣れていないエイヴンは今にもぶっ倒れそうな状態。
それでも、燃えたぎるような闘志が彼らを支えていた。
大将旗を獲るまでは倒れない。その思いがエイヴンを奮い立てる。
「南軍の騎兵は残り少ない。あとは奇襲部隊と合流すれば……」
「残念だったな」
「!?」
声をかけられた南軍の騎兵達にエイヴンは見覚えがあった。
編入生。それも運動会の前日にエイヴンに絡んできた奴らだ。
「お前は」
「覆面してようがわかるぜ、この屑王子」
「……」
「おっと。味方の援護なんて期待すんなよ。ここを奇襲してきた奴らは全部倒したんだからな」
南軍の本陣で健在なのはエイヴン達と編入生達の騎兵5騎だけ。あとは皆倒れて気絶している。
彼ら編入生達の実力は本物だ。1人1人がランクB、ランクA並の力を持っていた。
「ここまでご苦労だったな。見逃してやるからさっさと尻尾を巻いて帰んな」
「断る」
「んだと?」
恐怖はない。皆と共に最後まで闘うとエイヴンは決めたから。
「王子!」
「エイヴンさん!」
遅れていたシラヌイ君とルックスも来てくれた。
小隊集結。
相手はたった5騎だ。向こうだって消耗している。
恐れる必要は、ない。
「……コロデ少尉、突貫します」
エイヴン達は突撃する。目標は大将旗。目指すは勝利だ。
「てめぇ。やってしまえ!」
編入生達はエイヴンに襲いかかる。
決戦開始。
「くたばれ!」
「王子はやらせません」
エイヴンに向けて振り下ろされる棒をシラヌイ君は前に出て受け止めた。
「そこだ!」
隙を突いて、エイヴンは攻撃してきた騎兵に向けて手を伸ばし、ハチマキを奪う。
シラヌイ君が隙を作りエイヴンが仕留める。これはエイヴンが『教官』から授かった必勝パターン。
「ちっ。一丁前に連携なんかしやがって。防衛兵はシラヌイを抑えろ。クズには2人がかりで行け」
未だにエイヴンを見下しながら次の手を打つリーダー格の編入生。
シラヌイ君はすぐに防衛兵に囲まれて身動きを封じられてしまった。
「シラヌイ!」
「王子! 負けないでください」
「……わかってる」
シラヌイ君を置いて先に進むエイヴン。今度は2騎同時に襲われた。
「僕だって!」
エイヴンのうしろを追従していたルックスが前に出た。
彼が手にしているのは、偵察兵が持つ唯一の妨害アイテム。
煙玉だ。
途端に立ち込める煙幕に紛れて、エイヴンは編入生を抜き去る。
「エイヴンさん、今の内です。うわっ!?」
「少尉!」
ルックスは敵の防衛兵に捕まってしまった。
「少尉……」
「振り返るな。次が来るぞ」
正面からさらにもう1騎。うしろからも抜き去った2騎の騎兵が追撃をかけている。
このままでは挟み撃ちだ。
「アルス!」
「了解だ」
イース達が動いた。
エイヴンの馬を担いでいた4人組の内、イースとアルスは馬から離れて後方の騎兵の足留めに向かう。
2人は落ちていた防衛兵の大盾を拾い、騎兵の追撃を阻む。
「曹長! アルス伍長!」
「行け、少尉殿!」
「兄弟! あとは任せるぞ」
「「任せろ!」」
元戦士系であるサンスー兄弟は2人で馬を担ぎ直すとエイヴンを支えた。
「曹長……」
「振り返るな少尉殿」
「俺達は皆、まだ闘っている」
「……はい」
コロデ小隊はとうとう3人になってしまった。人馬にも欠員をだして、スピードもパワーも格段に落ちてしまっている。
でも、だからこそ負けられない。
後方はイース達が抑えてくれた。彼らに報いる為にも、正面から迫る騎兵は何としても突破しなければ。
「この先は通さん」
「いや、通してもらう」
ここで初めてエイヴンは武器をとった。
真向勝負。
「「兄弟パワー!!」」
たった2人の人馬。サンスー兄弟はここぞとばかりに底力を発揮して敵騎兵の体当たりに踏みとどまる。
同時に、エイヴンも多少押されながらも鍔迫り合いの状態に持ちこんだ。
「……やるじゃないか。見直したぞ」
「私も……意地があるんでね」
先に打ち込んだのはエイヴンだった。自分の弱さを知る彼は、守りに入れば一瞬で倒されるとわかっていたから。
捨て身にも近いエイヴンの攻撃には編入生も防御せざるえなかった。
「だが、それだけだ」
腕力で劣るエイヴンは少しずつ押し込まれていく。
「どんなに足掻いてもお前じゃ俺達に敵わない」
「普通にやり合えばそうだろうな」
「何?」
剣で勝てないのは当たり前。でも、エイヴンはもう退けないのだ。
勝ちたいから。だからエイヴンは切り札を切った。彼の手にした棒が一気に膨らんでいく。
騎馬戦で使われる武器の棒は風船のように空気で膨らませる特殊な衝撃緩和材。持ち手の空気調節器を使うことで槍のように伸ばすことや棍棒のように太くすることができる。
もしも、その空気調節器のリミッタ―を外し、限界以上に棒を膨らませたらどうなるのか。
エイヴンは『教官』と一緒に試したことがある。
……酷い目に遭った。
エイヴンの棒は、空気調節器からどんどん空気を取り込んで、棍棒どころか丸く、それこそ風船のように球体となってとてつもなく大きく膨らんでいく。
それは、裏技ともいえる必殺技。
触れたらそれだけで爆発するようなエイブンの棒(?)。その危うさに戦く編入生。
「なっ、なんだよ、それは!?」
「食らえ!」
エイヴンは容赦なく振り下ろして彼にぶつけた。
大、爆、発。
空気爆弾と化して破裂した棒の威力は、エイリークの得意とする《爆風波》にも匹敵する。
直撃を受けた騎兵は爆音と同時に吹き飛ばされた。
その衝撃と爆音はエイヴン達にもダメージを与える。
「――っ! 大丈夫か、伍長」
「ああ?」
「音が飛んだ。全く聞こえん」
2人とも無事のようだ。
大将旗を守る敵はあと1騎。エイヴンは遂にここまできた。
「……なんだよ、お前。クズのくせに」
追い詰められる編入生のリーダー。構わずエイヴンは進む。
残るは編入生と……本陣を囲む塹壕。
深さ2メートルもある溝が、最後にエイヴンを阻んでいる。
塹壕に橋をかけてくれる味方はここにはいない。
「……」
エイヴンは立ち止った。
「……へっ。どうした? 先に行けなくて困ってます、ってか」
立ち止ったエイヴンを見て嘲る編入生。
しかし、エイヴンは彼の嘲笑を聞いてさえいなかった。
「私は、皆の力を借りてとうとうここまできた。ブソウ将軍、カンナ大佐、エルド少佐……」
これまでの戦いを振り返るエイヴン。
「シラヌイにルックス少尉。イース曹長、アルス伍長。それにサンスー伍長達も。東軍の仲間たち皆に支えられて私は」
ここまでこれた。
大将旗は目の前だ。
だから、最後は。
「皆の為に、私達東軍の勝利の為に。……伍長、頼みます」
「少尉殿の覚悟」
「確かに受け取った」
サンスー兄弟は最後の力を振り絞る。
「兄弟パワー」
「フル!」
「「パワーーッ!!」」
投げた。
兄弟は担いだ馬ごとエイヴンを投げ飛ばした。
「いっ!?」
驚く編入生。エイヴンは飛んだのだ。
塹壕を飛び越え、大将旗めがけて。
勝利の為に、特攻!
「クズがぁぁぁ!!!」
驚きは一瞬。怒りで真っ赤になった編入生はエイヴンを迎え撃つ。
「屑が、糞覆面が! この俺を、《会長派》に選ばれた俺を散々虚仮にしやがって」
編入生はハチマキの制限を無視して、エイヴンを叩き潰さんと強力な攻撃術式を放つ構えをとる。
「俺はエリートだ。いずれエースとなり、生徒会の上層部に入って学園の頂点に立つこの俺が、お前なんかに負けるわけねぇ!!」
――ぶっ殺す
「っ!」
エイヴンに向けられた悪意と殺意。寒気が走る。
「死ねよ。お前みたいな駄目王子は学園には不要だ。だから……死ねぇええええ!!」
両手を突き出し、一直線に向かってくるエイヴンに狙いを絞る編入生。
攻撃が放たれようとした瞬間――
ぺしっ
「あ?」
編入生の視界が真っ暗になった。
エイヴンは注意を逸らす為に、被っていた覆面を彼の顔に投げつけ、叩きつける。
「何だ、こりゃ……がはっ!?」
続けて激しい衝撃が彼を襲った。
エイヴンの乗っている馬が編入生に衝突。
直撃。
「……確かに、今の私は馬鹿で屑の駄目王子だ」
エイヴンは編入生を弾き飛ばしながら、手を伸ばした。
「私のような男はこの学園には相応しくないのだろう」
掴んだ。
「だったら、今日から私は生まれ変わろう。学園の生徒として相応しくあれるように」
エイヴンは大将旗をその手に掴む。
「誰よりも私は……皆がいるここに居たいのだから」
「王子!」
エイヴンに駆け寄るシラヌイ君たち。
南軍は皆エイヴンを見て呆然としている。
「ルックス少尉、将軍に連絡を」
「は、はい!」
「報告の内容は……コロデ小隊、大将旗の奪取に成功、と」
「……」
「私達の、勝利だ」
「……」
「……」
「「「「うおぉぉぉぉっ!!」」」」
イースが、アルスが、サンスー兄弟達が。倒された東軍の仲間たちも勝鬨を上げる。
南軍陥落。エイヴンは皆と共に勝利を掴み取った。
「「エイヴン! エイヴン!」」
湧き上がるエイヴンコール。
「やったな、少尉殿!」
「王子! 僕は、僕は感動です……」
イース達もエイヴンを称え、従者の少年シラヌイ君なんて主が見せてくれた勇姿に涙ぐむ。
「みんな……」
エイヴンはここまで皆の注目を浴びて、褒め称えられるのは生まれて初めてだ。
感動も一入。素直に喜びたい。
だけど。
「……シラヌイ。曹長達」
「どうした」
「王子?」
「頼むから早く馬を持って来てくれ。この体勢は……辛い」
実は、大将旗を手にする前に馬を乗り捨て飛びだしたエイヴン。
もちろん騎兵であるエイヴンは地に足をつけた時点で失格だ。折角大将旗を手にしてもそれが失格者であったなら無効である。
なのでエイヴンは今までずっと大将旗に抱きつき、しがみついていた。
ボコボコに腫らした素顔を晒して、猿のように。
「シラヌイ。実は、今の私は凄く格好悪くないか?」
「……。そんなことないですよ」
嘘をつかれた。
「いつも通りの王子です」
「……そうか」
シラヌイ君。それもどうかと思うよ。
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エイヴンが南軍の大将旗を奪取した時とほぼ同じ頃。
北軍の本陣でも最後の戦いが繰り広げられていた。
襲撃者は棒を2刀流に持ったうさベアさん。
大将旗を守るうさぎさんはアイリーン。ディジーをはじめとする北軍の防衛部隊はすでにやられてしまっていた。
そして、アイリーンを庇うようにうさベアさんの前に立ち塞がるのもうさぎさん。
そのうさぎさんは、額にある立派な1本角でうさベアさんの攻撃を受け止めていた。
《氷晶壁》さえも容易く打ち砕いた、うさベアさんの攻撃を。
「なっ!?」
「お前は」
「……」
アイリーンは自分を守ってくれた角付きうさぎさんに見覚えがある。
「あれはトニカ君……でも」
隊長専用の着ぐるみである『トニカ君』は生徒会長が着ていたものだ。
「一般生徒である生徒会長が、氷晶壁を砕いてしまうような攻撃を受け止められるはずがない。貴方は……誰?」
「……」
トニカ君は答えない。
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